油断していた。
地上の一角に突然出現した魔界の調査とはいえ、ごく小規模なものと舐めてかかるべきではなかった。
せいぜい魔術師が、大量の魔力を発生させてよからぬことをたくらんでいるのだろうと踏んでいたが、魔界化した村の中心にいたのは、黒い球体にまたがる少女だった。
村の女たちをサキュバスに、男たちをインキュバスに変え、村の広場で交わらせるのを、少女は黒い球体の上から眺めていた。
その瞳は興奮によって潤みと熱が宿っており、白い肌は桜色に紅潮していた。
無理もない。彼女の跨る球体から延びる幾本物触手が、彼女の体をまさぐっているからだ。
薄い胸の先端、桃色のつぼみを真っ黒な触手がくすぐり、闇色の髪の間に見え隠れするうなじから背筋を這い、広げられた両足の間で触手が小さな女陰を出入りしていた。
「あ、んん･･･」
サキュバスたちの嬌声と、インキュバスの呻きに混じって、少女の喘ぎ声が響く。小鳥のさえずりにもにた、美しい声だった。
一見すると、幼い少女が黒い球体から陵辱の限りを受けているようにも見えるが、私は彼女の正体を知っていた。
ダークマター。魔力をまき散らし、土地を汚染し、魔物を作り出す魔物。
生きて動く魔界と言っていいほどの魔物との遭遇に、私は村の家屋の陰から、様子を伺うことしかできなかった。
村の人口は数十名で、広場にはほぼ同人数のサキュバスとインキュバスがそろっている。
どうやら、村人が抵抗したり逃げたりする間もなく、辺り一帯の魔界化と村人の魔物化が行われたらしい。
ダークマターの秘めた力に、私は戦慄した。魔力から身を守る護符のおかげで私は影響を受けていないが、ダークマターに立ち向かえる自信はない。
とりあえず、この場を離れて帰還し、十分な戦力で挑まなければ。
私は広場の中央に目を向けたまま、ゆっくりと退いた。
だが、数歩進んだところで、私は地面に落ちていた枯れた小枝を踏んでしまった。
パキ、という乾いた音が響く。
「･･･？」
ダークマターが、周囲の元村人たちから私の方に目を向けた。しかし真っ黒な瞳が私の姿を捉えるより先に、私は建物の陰に身を隠した。
そのまま可能な限り足音を忍ばせながら、急いで積まれていた荷箱の陰に飛び込む。
すると、羽音とも声とも異なる、何かが震えるような音を立てながら、ダークマターが先ほどまで私のいた場所にやってきた。
「･･･？」
触手が少女の肌をこすり、濡れた音を立てながら、私の踏み折った小枝を見つめている。
そして、情欲にとろけた瞳で、黒い球体に跨る少女は左右を見た。
私は息を潜め、心臓の鼓動さえも落ち着かせながら、ダークマターが退くのを待った。
首から下げた護符を握りしめ、主審に祈りを捧げる。
すると、ダークマターの放つ魔力に抗うかのように、護符が熱を帯びていた。
どうかこのまま、やり過ごせますように･･･！
「･･･？」
ダークマターは気のせいだったかと判断したのか、その場で旋回して広場の方を向いた。そしてそのまま、再び何かが震えるような音を立てながら、空中を滑っていく。
助かった。私は護符を握りしめたまま、ほっと胸をなで下ろした。
だがその瞬間、手の中の護符が音を立ててひび割れた。
「っ！？」
「･･･！」
護符に走ったひびに、私は思わず息をのみ、その気配をダークマターが悟った。
彼女は私が隠れる荷箱まで一瞬で距離を詰めると、黒い球体から新たな触手を生やし、荷箱をなぎ払った。
「うわあああ！」
「くすくすくす･･･！」
箱の陰から姿を現した私に、ダークマターが笑みを浮かべる。
私は尻餅を付いたまま、ダークマターから逃れようとした。しかし、箱をなぎ払った触手が私の足首に絡み付き、引きずり寄せる。
その圧倒的な力に、私はなすすべもなく、黒い球体の下に無様に転がされることとなった。
「ああ･･･！」
「かくれんぼ･･･わたしの、かち･･･」
ダークマターが、震える私を見下ろしながら、途切れ途切れに言葉を紡ぐ。
「いっしょになろ･･･」
「や、やめて･･･！」
震える声で懇願するが、ダークマターは聞き入れなかった。
黒い球体の下部が左右に割れ、どす黒い触手のひしめく内側をさらす。
私の足に絡み付く触手も、球体の断面から生えているようだった。
ダークマターは球体ごとゆっくりと体を沈め、私の足を球体の中に引きずり込んでいった。
内側から生える触手が一本、また一本と足に絡み付き、私を引きずり込んでいく。
「うわあああ･･･！」
ズボン越しに足に絡み付き、得体の知れない粘液を布地にしみこませる触手の感触に、私は声を漏らした。
片手で護符を握りしめ、もう一方の手で地面を掻く。
しかし、ひび割れた護符を握ってもなにも起こらず、地面を掻く指は土を掘り返すばかりだった。
膝から太腿がダークマターの球体に飲み込まれ、やがて腰に至る。
すると、腰のあたりで球体の亀裂が閉じ、ちょうど大きな生き物に下半身を咥えられているような状態になった。
「あああ･･･」
「たべちゃった･･･くすくす･･･」
ダークマターが笑みを浮かべると、球体の内側にひしめく触手が、その蠢きを変える。
足に絡み付き、逃さないようにしていた触手が、少しだけその締め付けをゆるめ、私の体をこすり始めたのだ。
にゅるにゅるとした感触が、ズボンの布地越しに足をなで回す。
まるで、無数のミミズがひしめく穴に下半身をつっこんでしまったかのような感触に、私は怖気を覚えた。
「や、やめろ･･･！」
「･･･？」
嫌悪感に声を漏らすと、ダークマターはふと不思議そうな表情を浮かべた。そして膝の裏や内腿を触手で撫で、触手を操ってベルトをゆるめ、ズボンを引き下ろす。
「や、うわ！」
ズボンを脱がせようとする触手の動きに、私は足をばたつかせた。
しかし、いくらもがいても球体の表面は穏やかで、触手は抵抗する足を一度縛り上げてから、ズボンを脱がせた。
触手の海の中にズボンが消えていき、むき出しの肌をぬめりが遅う。
「うぅ･･･」
なま温かい感触に、私は声を漏らした。
だが、内心の嫌悪感と裏腹に、私の股間は熱く、固くなっている。
触手は、私の性器に触れはしていたが直接擦るようなまねはせず、下腹や会陰など、その周辺を撫でるばかりだった。
ぬるぬるとした感触に体が反応し、肉棒が固く、大きくなっていく。
気持ちよくない、というと嘘になってしまうが、恐怖と嫌悪感の方がまだ勝っていた。
「んー？」
顔をしかめる私を見下ろしながら、ダークマターが小さく声を漏らす。
いつも通りのはずなのに、うまくいかない。そんな表情だ。
このまま耐えれば、向こうから諦めてくれるかもしれない。そんな可能性が私の胸に浮かんだ。
だとすればやることは一つ。私は護符を握り、主神に祈りを捧げた。
「んー･･･」
ダークマターは小さくうめくと、球内の触手の一本を動かした。
屹立の根本に先端を触れさせ、裏筋を伝って亀頭まで這わせたのだ。
肉棒を能動的に擦る触手の感触に、腰から背筋へ痺れのようなものが走った。
続々するようなその感覚に、私は祈りを中断し、遅れてそれが快感だと気が付く。
「ぐ･･･！」
歯を食いしばり、快感を堪えながら、私は途絶えさせた祈りを再開した。
顎に力を込めているため、祈りの文句は脳裏で響かせるばかりだ。
しかし、私の抵抗をあざ笑うかのように、ダークマターの触手は私の屹立を上へ下へと舐めるように撫で回した。
そのたびに脳裏の祈りが揺れ、腰がふるえ、食いしばった歯の間からうめき声が漏れる。
触手はにゅるにゅると肉棒に緩く絡み付き、その表面を波打たせて屹立を弄んだ。
そして、先端が私の亀頭を軽くつついた瞬間、私の脳裏から一瞬祈りが消えた。
「･･･っ･･･！」
肺から息が搾り出され、のどを鳴らす。その声ともいえない声とともに、私の屹立から何かが迸った。
精液、すなわち絶頂の証だ。
精神的な高ぶりがなくとも、人は達することができるのだ。
私は屈辱と主神への申し訳なさ、そして後ろめたい快感とともに、その事実を知った。
「でちゃった･･･くすくす･･･」
直接目にすることはできないが、真っ黒な触手に迸る白濁を感じたのか、ダークマターが笑みを浮かべる。だが、その笑みも一瞬のことで、私を見下ろす少女は表情を変えた。
「でも･･･あなたはちがう･･･」
妙なものを見るような表情で、彼女はそう言った。
「なんで･･･？」
ダークマターは、球体の外に出ている私の上半身を、上から下まで舐めるように眺めた。
そして、私の胸のあたりで彼女が目を留める。
そこには、首から下げた護符を握りしめる、私の手があった。
「それね･･･」
納得がいったように彼女が頷くと、球体から新たな触手が生えた。
「っ！」
護符を奪われる。球体の上部から生えた触手に、私はとっさに身構えた。
だが、触手は私ではなく、跨る少女の方に絡み付いていった。
細い二の腕や薄い胸など、それまで触手が撫で回す程度だった場所に、触手が巻き付いていく。
すると、跨っていた彼女の体が、徐々に私の方に向けて倒れ始めた。
四肢に巻き付く触手と、幼い女陰に食い込む触手を支えに、ゆっくりと彼女の顔が迫ってくる。
まだまだ幼さの残るかわいらしい顔には、不釣り合いなほど淫蕩な表情が浮かんでいた。
私は、接近する彼女の桜色の唇に、ダークマターの目的を悟った。
「く･･･！」
うめき声を漏らして、私は顔を逸らす。しかし、ダークマターの両腕が触手から解放され、私の頬を押さえた。
無理矢理正面を向かされた直後、彼女の唇が私のそれと重なる。
「･･･！」
魔物とのキス。それを感じた瞬間、何かが唇を伝って、私の中に流れ込んできた。
すると、握りしめていた護符が一瞬にしてさらなる熱を帯び、ぶるぶると震えだした。
その振動と、火傷しそうなほどの熱さに、私の手から護符が飛び出しそうになる。だが、指がゆるむ前に、護符は私の手の中で砕けた。
「･･･っ！」
指の間から破片がこぼれ落ちていく感触に、私は喉の奥で声を漏らした。
その直後、私の頭の中が一瞬で塗りつぶされていく。
唇が柔らかい。甘い香りがする。足が温かい。股間がぬるぬるする。目の前の少女がかわいい。体が熱い。熱い。熱い。
一瞬のうちに、私の内から主神への祈りが消え去り、嫌悪感が無くなり、恐怖が消失する。
後に残されたのは、興奮と情欲ばかりだった。
一度の射精を経て少しだけ萎えていた肉棒が、一瞬のうちに固さを取り戻す。
それどころか、勃起の際に巻き付く触手と擦れて、刺激が腰へと走り、我慢する間もなく精液が迸った。
「ん･･･！」
唇を重ねたまま、ダークマターが声を漏らす。
肉棒が震え、ひしめく触手の奥へと白濁がほとばしり、私と彼女の体が強ばる。
球体の内側の触手が、精液の奔流に群がり、奪い合うように絡み合う。
その刺激が肉棒をくすぐり、二度目の射精が三度目の射精につながっていく。
「んぐ･･･！」
ダークマターと唇を重ねたまま、私は喉の奥で声を漏らした。
体内の水分が、白濁となって彼女に吸い上げられていく感覚が、意識を蕩かしていく。
もはやものがまともに考えられず、ただ刺激と快感に体を震わせるばかりになっていく。
ダークマターへの恐怖も、下半身に群がる触手への怖気も、このまま体液を放っていれば訪れるであろう死も、意識の外へ流れ出してしまった。
「ぷは･･･」
ダークマターが、球内に注がれ続ける白濁の感触によるものか、瞳を潤ませながら唇を離し、軽くのけぞった。
「うあぁぁ･･･あぁぁ･･･」
解放された私の唇から、情けない声が漏れ出す。
肉棒から腹の中身を吸い上げられていくような感覚が、そうさせるのだ。
だが、私にはもう自分の声に対する感慨は残っていなかった。
「あ、はぁ･･･こんなにぃ･･･」
どくどくと、精を放ち続ける肉棒に、少女がうわずった声で漏らす。
「あなたのこと･･･もっとほしい･･･ずっと、いっしょにいてぇ･･･」
「うあぁ･･･あぅ･･･」
触手が肉棒に絡み付きしごきあげるように蠢き、私の口から意味のある言葉を奪う。
だが、それでも彼女の言葉を、快感に蕩けた私の意識はおぼろげに理解することができた。
胸中に、この快感を味わい続けられることに対する喜びが生まれる。
「ん･･･」
ダークマターが小さく声を漏らし、球体が再び割れる。
下半身を飲み込んでいた球体の内側から、新たに触手が伸び、私の腕館に巻き付き、徐々に引き込んでいく。
触手のせいで足の感覚が定かではないが、胸まで飲まれても球体表面に変化はない。
球体の中は、触手のひしめく別のどこかにつながっているのか、それとも私の両足はすでに溶かされてしまったのか。浮かぶべき疑問すら私の脳裏には浮かばなかった。
ただ、ゆっくりゆっくり引き込まれ、触手が体に絡み付く感覚に、前進をわななかせるばかりだ。
「あぁ･･･」
両肩が球の内側に消え、ついに顔だけが球の外に残される。
私は最期に、球に跨る少女の顔を見た。
「おかえり･･･」
ただいま。
その一言を口にすることもできず、私は球の中に飲まれていった。

■作者メッセージ
「これでおしまいかね」
「イエスこれでおしまいですサー！」
「おまえさんざスピリカさんのこと話していたから、てっきりスピリカさんで書くかと思ったじゃないか」
「イエススピリカさんのこと話してましたが、ノースピリカさんですサー！」
「何で？」
「スピリカさんは変化球ですサー！」
「なにを今更」
「イエススタンダードダークマターでありますサー！」
「まあ、比較的スタンダードだった気がする」
「イエスダークマターのダークエネルギーで攻撃力三倍でありますサー！」
「ああ、昔はむちゃくちゃなカードが多かったよね。今もむちゃくちゃだけど」
「ついでにいうと、ノー時間のため急ぎ足でもありますサー！」
「時間？まだ･･･ないね。オラ、急げ！」
「イエスサー」