連載小説
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(82)ネレイス
海沿いの町の港に桟橋が並んでいた。
僕は桟橋の一本の先端に座り込み、海をぼんやりと見つめていた。すでに日が沈んでから大分過ぎ、まだまだ暑い季節とはいえ寒さが身にしみてくる。
しかし、僕は桟橋から離れることもなく、寒さをこらえて海を見つめていた。
彼女が、連れ去られた海をだ。
この町を一として、海沿いの町に新興宗教が広がっている。主神ではなく、海を崇め、海に帰ることを掲げる団体だった。
人はすべて海の恵みによって生かされているにすぎず、海に帰ることこそが人類の目的であるという主張だった。
連中は、漁師など海と関わりの深い者を中心に仲間を増やしており、今ではかなりの規模になっているらしい。
そして現在、連中は海に捧げものをして、海を宥め、未来の保証を得ようとしている。
簡単に言うと、海に生け贄を捧げているのだ。
男女関わらず、身よりのない者を沖まで連れ去り、足におもりを着けて海に放り込むらしい。
僕の恋人も、そうやって連れ去られたのだ。
連中からしてみれば、親兄弟がおらず、僕と同居していない彼女は、身よりのない者に見えたのだろう。
連中が彼女を連れ去るとき、僕は全力で止めようとした。しかし、数人を相手にどうにかできるはずもなく、僕は動けなくなるまで殴られた。
声も出せなくなった僕を見下ろしながら、リーダー格の太った男は彼女に、気絶した僕を連れていくか自分で付いていくか問いかけた。
彼女の答えは、自分で付いていくことだった。
止めようにも声が出ず、指一本動かない。彼女は最後に僕の頭に一度触れてから、連中とともに立ち去っていった。
それから、痛む体に鞭を打ち、どうにかこの桟橋まで移動した。だが時はすでに夕刻で、連中は船を出したどころか、彼女を海に放り込んで帰った後だった。
この、青い海のどこかを、彼女はさまよっている。
海を見つめながら、僕は情けなさと痛みに涙があふれるのを感じた。
そして、僕は桟橋から前のめりになり、海に身を投じた。
海水が全身を打ち、傷が濡れて痛み出す。
だがそれ以上に、口と鼻から入ってくる水が苦しみを生んだ。
僕は思わず、海面を目指して浮かび上がりそうになるが、脳裏に彼女の顔がよぎって思いとどまった。
彼女は、足におもりを着けられ、海に投じられたのだ。苦しくとも浮かび上がることなど許されなかったのだ。
僕も、そうしなければ。
空気を求めてひくつく肺を宥めながら、僕は手足を動かし、海の底目指して海水を掻いた。
立てば顔ぐらいは出せるかもしれないほどの深さだが、底を目指すのは難しい。
勝手に浮かび上がりそうになる体を、必死に底へ向けて沈め続ける。
すると、心臓が早鐘のように打ち、苦しさに肺が痙攣する。もう息を止めていられない。
限界の訪れに、僕は口と鼻から息を溢れさせた。そして反射的に吸い込み、たっぷりと水を飲んでしまう。
肺に流れ込んだ海水に、勝手に体がせき込み、空気を求める。だが、それは肺に残っている空気を吐き出すだけでしかなかった。
すると、息苦しさが急速に薄れ、同時に視界が暗くなっていくのを感じた。
海を透かして海底を照らす月明かりが、だんだん暗くなっていく。
代わりに、頭の中でこれまでの日々が、あっと言う間に駆け抜けていく。
あまり覚えていなかったはずの子供の頃がありありと目の前に浮かび、覚えている出来事についてはもう一度体験しているのではないかと言うほど鮮明に蘇った。そして、彼女との出会いに至り、彼女との日々が流れ、今日の別れが通り過ぎていった。
後に残ったのは、闇だった。
いや、ちがう。最後に、彼女の顔を、見たような気がした。



目を開くと、薄暗い空間が広がっていた。
ここはどこだろうか。遙か上方に、ゆらゆら揺れる銀色の光が見える。
「あら・・・目が覚めたのね・・・」
横からの声に、僕は顔を横に向けた。
するとそこには、僕に添い寝するようにして、彼女が横たわっていた。
連中に連れていかれ、海に放り込まれたはずの、彼女がだ。
「え・・・何で・・・え・・・?」
「びっくりした?」
混乱する僕を見ながら、彼女がくすくすと笑った。
「そんな、君は海に・・・」
そこまで言ったところで、僕は思いだした。僕も海に身を投げたのだ。
よく見ると、彼女の顔は妙に青い。きっとここは、海で死んだ者が集う場所なのだろう。
「違うわよ。確かに放り込まれたけど、死んでないわ」
僕の心を見透かしたかのように、彼女が笑った。
「ほら、見て」
そう言って彼女が腕を差し出す。二の腕までは、妙に青ざめてはいるが人の肌をしている。だが、彼女の肘から先は、青黒い鱗が並ぶ奇妙な手袋に包まれていた。
「これは・・・?」
「これだけじゃないわよ、足も、頭も・・・」
彼女は僕の傍らで身を起こすと、見せつけるように、自身の足を掲げて見せた。彼女の足は、太腿の半ばまでが手と同じように鱗に覆われており、くるぶしから先には鰭が備わっていた。
一方頭髪の間からは、妙に青い角のようなものが覗いている。
そして極めつけは、彼女の腰だった。尻の上のあたりから、魚の尾のようなものが生えていたのだ。
「これって・・・」
「そう、私、魔物になっちゃったの」
彼女は自分の体の、明らかに人間でない場所を一通り見せつけると、再び僕の傍らに身を横たえた。
「あなたと別れた後・・・私は予定通り、海に落とされたのよ。鎖が重くてどんどん沈んでいって、少し苦しかったわ・・・」
そのときのことを思い返したのか、彼女が少し顔をしかめる。
「でも、息が我慢できなくなって、思わず水を飲んでしまったとき、変わったの。体にいろんなものが入ってくるのを感じたの。そして、気が付いたら・・・この姿になっていたわ」
彼女はそう言って、僕の方を見た。
「それで、足の鎖を外したら、急にあなたに会いたくなって、港まで泳いだのよ。そうしたら・・・」
「僕が海に飛び込んでいた、というわけか」
気を失う直前、彼女の顔が見えた気がしたのは、幻覚ではなかったということか。
「海から出る手間が省けてよかったけど、少しびっくりしたわ」
「ごめん・・・」
「いいのよ。間に合ったし、私の後を追おうとしたのは・・・ちょっと悲しかったけれど、嬉しかったし」
彼女は一度言葉を切ると、頭を振った。
「それで、ここは・・・?」
僕は話が途切れたところで、胸中に抱いていた疑問を口にした。
「ここは海の底よ。あの町から少し離れているけど」
「底・・・!?」
彼女の言葉に、僕は揺れている光の正体に合点が行った。あれは、月だ。
「でも、息が・・・」
「気を失いかけていたあなたを見つけたとき、私が魔力を分けたのよ。だから、あなたは今だけは海でも息ができるの」
彼女は、そう説明した。
「でも、それも日が昇るまでの間。それまでに、あなたには決めてもらいたいの」
「なにを?」
「ここで私とずっと過ごすか、あなたが陸に帰るか」
「決まってるじゃないか。君とずっとここで暮らしたい」
彼女の、どこか重々しい口調での問いかけに、僕は即答した。
「いいの・・・?海の底は、地上と違って殆ど何もないわよ・・・?」
「いい。君のいない地上がいやで、僕は海に飛び込んだんだ。こうしてまた会えたのなら、たとえ地獄でも一緒に行くよ」
「・・・・・・あり、がと・・・」
彼女は一瞬言葉を詰まらせながら、そう紡いだ。
「じゃあ、急がないと・・・」
「急ぐって?」
ちょっと間をおき、心を落ち着かせた彼女に、僕はそう問いかけた。
「あなたが、海で暮らせるようにする準備よ。今のあなたは、私が魔力を分けてるから、ここでも生きていけるの。それを本物にするの」
「ええと、どうやって・・・」
何か儀式でもしたり、呪文でも唱えたりするのだろうか。
しかし彼女の答えは、全く違うものだった。
「私とセックスするのよ」
「セ?」
「そう」
彼女は、僕の思わず漏らした一音に頷いた。
「魔力を注入するのは、そう言うのが一番なのよ。そうすれば、あなたの体も海で暮らせるようになるわ」
「い、いやちょっと待って、急なことで心の準備が・・・」
「何よ。いつもみたいにすればいいのよ」
地上にいたときと変わらぬ顔で、彼女は微笑んだ。
「何なら、初めての時みたいに、私に任せなさい」
直後、彼女は僕と唇を重ねた。
急なキスに驚くが、彼女の鱗に覆われた両手が頬を挟み込み、逃さなかった。
彼女の唇が僕のそれを押し開き、舌が僕の中に入り込んで、歯や唇の裏をなでていく。
すると、くすぐったさや快感とともに、何かが流れ込んでくるのを感じた。彼女の唾液?違う。
僕の体に入り込んだ何かは、舌や歯茎から直接頭にしみこみ、血の流れとともに全身に広がっていった。
体が熱くなり、心臓がドキドキと高鳴っていく。やがて、頭がぼんやりとし、これまでのことがどうでもよくなってきた。
ただ、彼女がほしい。
その衝動だけが、僕を満たしていく。
「ん・・・んむ・・・ちゅ・・・」
彼女の舌に、僕は自分から舌を絡め、唇を吸った。
僕の反撃に、彼女は一瞬ひるんだかのように動きを緩めるが、直後さらに勢いづいた。
舌と舌で、唇と唇で、互いに舐め、吸い、啜りあっていく。
唇同士がふれているだけにすぎないのに、僕は自分が高まっていくのを感じた。
ズボンと下着の内側で肉棒が屹立し、心臓がそこに移動したかのように脈打っていく。
布と肉棒が擦れる感触しか感じられないが、それでも十分だった。
二度と会えないと思っていた恋人と再び出会い、言葉を交わし、唇を重ねている。その喜びが興奮を過熱させ、屹立を猛らせる。
しかし、もう少しで限界に達すると言うところで、彼女が不意に唇を離した。
「ぷはっ・・・!」
「・・・っ・・・ぁ・・・!」
突然絶えた唇の感触に、僕は情けない声を漏らした。
「ふふ、どうしたのかしら?もう少し楽しみたかった?」
僕の頬を撫でながら、彼女はささやく。
「焦っちゃだめよ・・・まだ、楽しまないと・・・」
僕の射精の気配を察していたのか、彼女はそう言った。
そして、彼女は僕の頬から首筋、胸、腹へと手を移し、僕のズボンにふれた。
ズボンの合わせ目を開き、射精寸前の状態からいくらか落ち着いた屹立を解放する。
「ふふ、キスだけでこんなになって・・・本当、初めての時みたい・・・」
肉棒を指先でちょん、とつつくと、肉棒がびくんと震えた。
彼女は身震いする肉棒に微笑むと、指を離して身を起こした。
「もう少し我慢してね・・・出すなら、ここで・・・」
彼女は自身の下腹に手を当て、俺の腰の上にまたがった。
膝を海底に着き、両足を開いているため、太腿の付け根に刻まれた女陰が左右に開いている。
青ざめた太腿や下腹の肌とは裏腹に、彼女の内側からは赤い肉が覗いていた。
「ん・・・く・・・」
彼女は自身の内側に、鱗に覆われた指を沈めると、軽くかき混ぜながら小さく声を漏らした。
彼女の女陰の柔肉は、彼女の指を受け入れ、その動きによって柔軟に形を変えていた。
そして、彼女は指を秘所から引き抜くと、屹立に向けて腰を下ろし始めた。
そそり立つ肉棒が、僕の期待と興奮によって脈動し、ついに膨れた亀頭と開いた女陰が接触する。
その瞬間、熱く柔らかな彼女の秘所のキスに、僕の興奮が弾けた。
「・・・っ!」
「きゃ・・・!」
脈打つ肉棒とほとばしる白濁に、彼女が声を上げた。
最初の迸りは彼女の内側に放たれたが、肉棒自身が大きく揺れたため、女陰から亀頭がはずれ、辺りに白濁がまき散らされる。
だが、白濁が僕や彼女の体に降り懸かることはなく、辺りの海水が受け止めたため、ふわふわと漂った。
「んもお、早すぎ・・・」
「ごめん・・・」
「まあ、ちょっとだけ興奮させすぎた私も悪かったわ・・・」
彼女は少しだけ困ったように言うと、漂う白濁を手でたぐり寄せると、口へ運んだ。
「ん・・・おいし・・・」
唇をすぼめて精液をすすり上げた彼女が、そう漏らす。
「一回出したから、少しだけ落ち着いて楽しめるわね?」
彼女は屹立をつかむと、角度を整えつつそう言った。
「うん、たぶん・・・」
「じゃあ、今度こそ入れるわよ」
再び腰を屈め、屹立と女陰の入り口が触れあった。
二度目のキスも、女陰の吸い付く感触のもたらす快感が大きかったものの、無様に精を迸らせることはなかった。
腰から背筋へと伝わる快感を味わいながら、肉棒が彼女の内側に埋まっていく感触を楽しむ。
彼女の膣肉は、人間だった頃と変わりなく、柔らかく温かだった。ただ、肉棒に絡み、締め付け、吸い付くような蠢きが、僕を責め立てる。
「うぅ・・・」
「ん・・・」
僕があまりの心地よさに声を漏らすと、彼女もそれに応えるように小さく鼻にかかった吐息を漏らした。
意識に染み入る快感をこらえ、彼女の顔を見てみると、彼女もまた悩ましげに眉値を寄せている。
よくよく見てみれば。彼女の腰の動きもぎこちなく、時折体を強ばらせていた。
どうやら、快感に耐えるのに必死なのは、僕だけではないようだ。
ほんの少し、ごくごく小さないたずら心が僕の内に芽生え、僕は小さく腰を突き上げた。
絡み付く膣肉が、僕の動きによって不規則にその蠢きを変える。瞬間的に強い快感が僕を襲い、体内で渦巻く興奮がその勢いを増す。
その一方で、彼女もまた僕の動きに反応していた。
胎内のさらに奥を突き上げられる快感に、甘い吐息を漏らしたのだ。
彼女はあえぎ声とともに、体をくねらせる。すると彼女の膣道が屹立を不規則に揉み立て、ぞくぞくするような快感をもたらした。
彼女が動き、僕が感じ、僕が動けば、彼女が声を漏らす。
ゆっくりゆっくり、互いの体を楽しむように、交互に動く。
いつまでも互いを楽しんでいられそうだったが、ついに僕の方に限界が訪れた。
僕の動きが小さくなる一方で、彼女の内側に埋もれた屹立が激しく脈動する。
すると、彼女は僕の限界を察したのか、腰を数度回すように動かした。
体内で膨らみつつあった射精感が見る見る内に膨らみ、僕の口からうめき声が漏れる。
僕はとっさに歯を食いしばり、快感をこらえようとした。だが、不意に上半身を倒し、僕に覆い被さってきた彼女が、唇を触れさせた。
不意のキスに僕は虚を突かれ、食いしばっていた歯を緩めてしまった。
彼女の唇は、僕の横一文字に結ばれた唇を押し開き、口内に舌を差し入れた。口内を擦られる快感が、再び僕を襲う。
彼女の女陰、彼女の唇、彼女の体。そのすべてが、僕の興奮をついに限界に押し上げた。
「・・・っ!」
僕は小さく体をふるわせながら、彼女の内側に向けて精を迸らせた。
肉棒が脈動とともに大きく揺れるが、根本まで彼女の内側に埋まり、膣肉が締め付けているため抜ける心配はない。
白濁の奔流は、彼女の内側へと注がれていった。
「ん・・・!」
彼女の唇から小さな声が溢れ、声とともに僕の内側に何かが流れ込んでいく。
体に熱をもたらし、快感を高め、興奮を煽る何か。これが、彼女の言っていた、魔力だろうか。
僕は、体液とも吐息とも異なる何かを受け入れ、代わりに彼女に精を捧げた。
注ぎ、注ぎ込まれる。上下の違いはあれど、僕たちは互いにそうした。
そして、たっぷりと彼女の内側に射精し、ついにその勢いが収まったところで、僕たちは唇を離した。
「ふふ・・・こんなにいっぱい・・・」
嬉しげに、彼女がそう漏らす。
「これで・・・ずっと一緒なんだよね・・・?」
二度の射精を経て、少しだけ冷静になった僕が、ふと胸中をよぎった不安に、思わずそう問いかけた。
「そうよ、これでずっと一緒・・・」
僕と繋がったまま、彼女が続ける。
「このまま海の底で、ずっと一緒・・・」
彼女の頭の向こう、遙か上方の海面で、ゆらゆらと月の光が揺れていた。
12/11/23 14:44更新 / 十二屋月蝕
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■作者メッセージ
旅行の一環で寂れた漁村を訪れた僕は、漁村住民の歓迎サプライズパーティにビビり、宿どころか村を飛び出してしまう。しかし帰宅後、自分の祖母がその漁村出身であることを知り、精神病院にぶち込まれている従兄弟を連れだして漁村に向かい、村から半マイルほど離れたところにある海の底へと泳ぐ。そして海の底で暮らす、若いままの曾祖母と出会うのだった。
そう言う話を書こうと思いましたが、やめました。

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