(52)ジョロウグモ
かたん ぱたん かたん ぱたん
仕事部屋として使っている一室に、機織りの音が響いております。
横糸が行き来し、縦糸が入れ替わり、布が少しだけ織り上がる。
私の仕事の音が響いております。
かたん ぱたん かたん ぱたん
「･･････」
声を出さず、機織りの音の合間に耳を傾けますが、ほかの音は何も聞こえません。
まるで、この一室だけが切り離され、砂の海の真ん中に取り残されたような。
あるいは、この部屋を残しほかのすべてが消えてしまったような。
そんな錯覚を覚えます。
かたん ぱたん かたん ぱたん
ですが、私の胸に不安や孤独はありません。仮にこの部屋だけになったとしても、私一人ぽっちではないのですから。
「タケ」
「はい」
後ろからの、私の名を呼ぶ声に、私は返事をしました。手を止めて振り返ると、殿方が一人部屋の隅に座っておりました。
「縫い上がったぞ」
「あら、もうですか」
「ああ、ほら」
殿方は私に見えるよう、幅広の布を広げながら掲げてくださいました。
それは一本の帯でした。布を綺麗に縫いあげて作った、あの方の思いが籠もった帯。
「ああ、よく見せてください」
私は、帯の仕上がりをよく見ようと立ち上がろうとしました。
「ああ、タケ。そのままでいい。俺が行く」
ですが私を制止すると、あの方は立ち上がってささと私の側まで歩み寄って下さいました。
一度布を織り始めたら、私があまり機織りから離れられないのを気遣って下さっているのです。愛しいお方。
「さ、どうかな」
愛しい方の差し出した帯を受け取り、私はまずは軽く眺めました。
黒字の帯に、銀の糸が織り込まれ、六角八角の広がりゆく模様を描いています。
ですが模様などどうでもいいのです。私は帯の縁に触れ、よくよく確かめました。
帯の縁は糸で縫いつけてあり、縫い目が隠されています。そして縁をたどり、裏側に縫い糸を隠せない場所では、布と同じ色の糸を使って縫い目が目立たぬようにしてありました。
「よく、できましたね･･･」
「タケが上手に教えてくれたからだよ」
愛しいお方は、照れくさそうに頬を掻いてらっしゃいました。
「それで、ほかに仕事は？」
内心嬉しいのをごまかすように、愛しい方は早口で訪ねました。
「いえ、今日はもうありません」
「納品も受け取りも？」
「ええ。今日はこれを織りあげたらおしまいです」
私は今まさに織りつつある布を示しながら、愛しい方を見上げました。
「ですから、今日の仕事は私のそばにいることです」
「側にいる？機織りの際は、心を乱さないようにとか、言ってたんじゃなかったっけ？」
「あなたが側にいるだけでは、私の心は乱れません」
そう。私の心は、愛しい方が側にいるだけで、ただほっとするのです。
「それに、あなたが側にいた方が、仕事がはかどります」
愛しい方と、心が乱れるようなことをしたいからでしょうか。
「そうか。じゃあここにいよう」
愛しい方は、私の手から帯を受け取ると、私の斜め後ろに立ちました。
「しばしお待ちを」
私はそう愛しい方に告げてから、機織りに向かいました。
かたん ぱたん かたん ぱたん
縦糸が上下に動き、横糸が左右に滑ります。
一滑りごとに、横糸が模様を織り込み、一織りごとに縦糸が布となっていきます。
かたん ぱたん かたん ぱたん
布の上に描かれているのは、白の地を背景に舞い踊る蝶。
蝶一つ一つの羽の模様は違い、羽ばたき方も違っております。
この布で着物をこしらえ、愛しい方の帯を巻けば、それはそれは映えることでしょう。
かたん ぱたん かたん ぱたん
最後まで織りあげてから、私は手を止めました。
最後に、織り上がった布の模様を確かめますが、一筋とて間違いはありませんでした。
「できたな」
「ええ」
私は愛しい方の言葉に振り向き、小さく頷きました。
「では、片づけるとしようか」
愛しい方は私の後ろに歩み寄り、屈み込みながら続けました。
「糸を掴んだぞ」
「ん･･･」
私は軽く力を込めました。
すると、私の腰の下、黄と黒の縞模様で彩られた大きな蜘蛛腹の先で、横糸を紡ぎ続けていた窄まりが、粘液の塊を吐き出しました。
愛しい方は、塊が床に触れぬよう受け止めつつ、糸を鋏で切りました。
「よし、立っていいぞ」
「ありがとうございます」
私は六本の蜘蛛足に力を込め、台に乗せていた蜘蛛腹を浮かせました。
そして機織りの前を離れると、少しだけ伸びをしました。
「うん、今度もいい出来だ」
私の織りあげた布を確かめながら、愛しい方は頷いて下さいました。
「それでは片づけを･･･」
「いい、いい。今日は疲れただろう。片づけは俺がやっておくから、ゆっくり向こうで休んでいてくれ」
「でも･･･」
私は愛しい方の言葉に、はい、と答えかねました。帯を縫っていた愛しい方の方が、疲れていらっしゃるはずなのに。
「じゃあ、こうしよう。晩飯の準備をしてくれないかな？俺、腹が減ってるから」
「そういうことならば、かしこまりました」
私はにっこりほほえみながらそう答えました。
そちらの方が、やりやすいですからね。
「では、ここはよろしくお願いします」
「ああ」
私は愛しい方を残し、蜘蛛足を動かして仕事部屋を出ていきました。
それから、お夕飯をいただき、湯浴みをすませ、私は布団を敷きました。
針仕事や機織りで疲れているため、早めに横になるのです。
「あぁ、今日も一日よく働いたな」
愛しい方は、布団の上にごろりと仰向けになり、伸びをしながらそう呟きました。
「ええ。今日も一日、お疲れさまでした」
やや大きめの布団の一角、愛しい方の傍らに蜘蛛腹を置き、うつ伏せに横たわります。
そして腰をひねり、胸から上が愛しい方の方を向くよう、横になりました。
「いつも、針仕事をしてもらってありがとうございます」
「なに、タケの邪魔にならないよう手伝えているだけでも、俺は嬉しいんだ」
仰向けになりながら、私の方に顔だけを向けて、愛しい方はにっこりとほほえんで下さいました。
「それに、タケが機織りに専念できるようになったおかげで、生地がいい値段で売れるようになって、だいぶ余裕が出来てきた」
「ええ」
お金の事は、愛しい方に任せているのですが、こうしてちょくちょく話をしたり、帳簿を見せて下さいます。おかげで、我が家に大分蓄えがあることを、私は知っていました。
「それと･･･実は問屋のご主人から、生地の値段に色を付ける、って言われてね･･･」
「あら」
「今までの値段で大丈夫だ、って言ったんだけどね･･･どうも、タケの生地は今までの値段のままでは申し訳なくなるほどいいものらしい」
「そうなんですか」
私は、問屋さんのご主人の評価に、少しだけ嬉しくなりました
「それで、だ･･･」
愛しい方は、こほんと咳払いを一つはさんで、続けました。
「蓄えもあるし、生地の値段が上がったら仕事もそう急がなくてよくなるから･･･その･･･子供、欲しくないかな･･･？」
「･･････そうですね、私も欲しいです」
「そうか」
「でも」
私の返答に顔を輝かせる愛しい方を制して、私は言葉を続けました。
「子供というのは欲しいと思えば、生まれるものではありません。ですから、いつ私が身ごもっても大丈夫なよう、心構えだけしておきましょう」
「そ、そうだよな･･･」
「それに、出来ればもう少しだけ、あなたと二人きりを楽しみたいと思いますし」
「そうか･･･二人きり、か･･･ふふ」
愛しい方はほほえみ、肩を浮かして私の方に腕を伸ばしました。愛しい方の指先が、私の髪を撫でます。
「だったら、しばらく二人きりを楽しむとしようか」
「はい」
私の答えに、愛しい方は顔を寄せ、私と唇を重ねました。
柔らかな唇は、私の唇を優しく吸い、愛しい方の温もりを伝えてきます。
愛しい方が唇の向こうにいる。目を閉じていても、その姿を感じられる。たったそれだけで、私の奥で生じる幸いのあまり、胸が裂けてしまいそうです。
ですが、愛しい方は、私の胸を幸いで破裂させるだけでは飽きたらぬようで、私の背中に手を回し、上体を押しつけてきました。
愛しい方の二本の腕が私をとらえ、離すまいと強く、しかし優しく締め付けます。私はただその抱擁を受け入れました。
「ん･･･」
唇を一度離し、息継ぎを挟んでから再び接吻する。唇だけで、私の唇を軽く噛み、舌先で二人の唾液に濡れるそれを軽く舐める。
愛しい方が、私を味わっていました。
すると、私を抱きしめる腕の一本が、ゆっくりと背中から腰へと下り、蜘蛛腹との境に触れました。
生え揃った黄と黒の短い毛を数度撫でると、愛しい方の手が蜘蛛腹を持ち上げつつ、軽く押します。
私は、蜘蛛足を伸ばし、蜘蛛腹を傾けると、その場でころりと仰向けになりました。丸みを帯びた蜘蛛腹の背中が押され、少しだけ息苦しさを感じます。
ですが、私は蜘蛛腹からの息苦しさよりも、愛しい方がこれからして下さる事への期待で、息が詰まるようでした。
愛しい方は、唇を重ねながら、仰向けになる私に覆い被さりました。
寝間着の裾が乱れ、固いものが私の蜘蛛腹に押し当てられます。
すると愛しい方は、重ねていた唇を離しました。ですが、顔を遠ざけるわけでもなく、唇を私の肌に触れさせたまま、少しずつ移動を始めます。
唇の下、顎の先、顎の裏、喉、首筋、鎖骨と、肌を吸い、軽く舐めながら、全身を下へと移していきます。
まるで、捕らえた獲物のどこに噛みつけば、たちまち絶命させられるのか確かめるように、愛しい方は私の肌を吸いました。
私の胸の奥に、心地よさともどかしさが同時に生じます。
「あぁ･･･」
いっそのこと噛みついて欲しい。そんな思いさえ浮かんでしまう、淡く切ない快感に、私は思わず声を漏らしました。
ですが、そんな私を苛む優しい責めも、程なく終わりを告げました。
愛しい方が、寝間着の袂を押し広げ、乳房の間を吸いつつ、片手で蜘蛛腹の先端に触れたのです。
普段はきゅっと締まっている私の窄まりが、彼の接吻にゆるんでいました。
愛しい方は、指先をゆるんだ穴に差し入れると、軽くほぐすようにかき回しました。
濡れた内側が、くちゅりと小さな音を立て、続々するような感覚を私の背筋へ伝えます。
痺れが蜘蛛腹を伝わり、震えとなって腰から背筋を駆け登り、頭の中で心地よさとなりました。それは、体が意に反して思わず心地よいと、震えやあえぎ声として紡ぎ出すような、抑え難い心地よさでした
もっとも、私には堪える理由も、必要もありません。
「あ･･･」
蜘蛛腹からの痺れのまま、私は口からあえぎ声を紡ぎました。
「痛かったか？」
指を止めて唇を離し、愛しい方が心配そうな声で尋ねました。
「大丈夫です･･･気持ちよくて･･･」
「そうか･･･」
私の言葉に、愛しい方は指の動きをやや弱めつつも、再び肉の穴をかき回しました。
先ほどよりも弱くはあるものの、蜘蛛腹の先端から、寒さに冷えきった指先が焚き火で温もっていくかのように、快感がじわじわと広がっていきます。
「あぁ･･･も、もっと･･･」
愛しい方の、優しい指遣いに、私は思わずはしたなく求めました。
「こ、こうか？」
少しだけ力を込め、軟らかな肉を指先で押します。私が傷つかぬよう、ほんの少しだけ増した力が、快感とは別の心地よさを胸の奥に宿らせました。
こんな時でも、私を気遣って下さる、優しい方。
ですが私は、その優しさに身悶え混じりで首を振りながら、続けました。
「もっと、もっと強くぅ･･･！」
「もっとか」
一本だけだった指を二本に増やし、グリグリと穴の内側を擦りました。
いくらかの遠慮や、迷いはあるものの、愛しい方の指は根本まで蜘蛛腹の先端に埋まっており、私の求めに応じようと言う気配が一杯に宿っていました。
「ああ･･･ん･･･んん･･･！」
蜘蛛足を目一杯広げ、愛しい方に当たらぬようにしながら空を掻き、両手で敷き布団を握りしめます。
ですが、痺れと震えの命ずるがままに四肢を動かしても、頭の芯がとろけていくような快感は薄まりません。
やがて、私は耐えきることも出来ず、達してしまいました。
「ん･･･！」
口を一文字に結び、ぎゅっと布団を握りしめながら、私は体をふるわせます。
蜘蛛腹の先端で、愛しい方の指が動きを止め、太さを増しました。いいえ、私の穴が、愛しい方の指をきゅうきゅうと締め付けていたのです。
「･･･はぁ･･･」
頭の奥で、真っ白になっていた意識がどろどろとした快感の中に落ちてきて、私はこわばらせていた全身を緩めました。
「よかったか」
「ひもひ･･･よはっはぁ･･･」
愛しい方の問いかけに答えようとしますが、舌がうまく回りません。それどころか、顔や手足に力がこもらず、きっとだらしのない表情と姿勢なのでしょう。
ですが、私はそのまま寝入ってしまいたい心地を制しながら、どうにか続けました。
「あなはもぉ･･･」
私だけが先に達してしまったことへの申し訳なさと、愛しい方と一緒に心地よくなりたいという想い。そしてなにより、愛しい方が欲しいという衝動を込めて、私はそう呼びかけました。
「わかった」
愛しい方は小さく頷くと、寝間着の裾を広げ、固くなったご自身を取り出しました。
そしていそいそと、私の蜘蛛腹の先にあてがうと、ぐいと腰を突き出しました。
「ふゃぁぁぁぁ･･･！」
指では届かなかった腹の奥へ、愛しい方が肉を押し広げながら入り込んでいく感覚に、私はなにやら頓狂な声を漏らしました。
私の肉が、一瞬驚きつつも、愛しい方を一杯感じようと押し寄せます。見えず、指で触れていないにも関わらず、軟らかな肉は愛しい方を包み込み、締め付けました。
入り口近く、愛しい方が指先で愛して下さった、すべすべとした滑らかな肉壁は、肉棒の根本から半ばほどまでを包んでいます。きゅうきゅうと締め上げ、肉棒に浮かんだ血管の一筋一筋や、根本から続く裏側の筋の膨らみが、肉壁越しに伝わります。
半ばより先を包むのは、さらに柔らかな肉壁です。いえ、肉壁と言うよりも、狭い穴に薄く柔らかな肉膜を無理に詰め込み、折り重なり皺を寄らせた襞です。襞は入り口とは異なり、愛しい方を優しく包み込んでいました。ですが、折り重なる肉膜は絶えることなく波打ち、うごめき、屹立の血管や裏筋はもちろん、赤く膨れた亀頭や、張り出したその縁を撫でていきます。
「･･･！」
締め付けと、柔らかな愛撫。その二つに、愛しい方は息を詰まらせたように声を断ちました。
ですが、それでも快感を味わおうと言うかのように、あるいは指で届かなかった私の奥を探ろうと言うかのように、腰をゆっくりと揺すり始めました。
ぐちゅぐちゅ、と私の肉穴から湿った音が響き、愛しいか他の動きが少しだけぎこちなくなります。
愛しい方が私で心地よくなっている。実感が、肉穴からの刺激に加わり、私に快感をもたらします。
「あぁぁ･･･ん、ぅ･･･！」
私の頭の中が、徐々に塗りつぶされていきます。
ですが今度は快感だけでなく、愛しい方への想いがそこにはありました。
愛しい方の唇が、愛しい方の指が、愛しい方の屹立が、愛しい方の手が、愛しい方の足が、愛しい方の背中が、愛しい方の胸が、愛しい方の腰が、愛しい方のお顔が、私の内側を塗りつぶしていきます。
ああ、愛しい方。好きです。愛しております。慕っております。
頭の中に浮かび上がり、私と繋がり合う愛しい方に、いくらこの想いを伝えようとしても伝わりません。
言葉は足りず、弱く、歯がゆさだけが気を焦らせます。
「･･･っ･･･！」
私は思わず広げていた蜘蛛足を曲げ、愛しい方の背中を、六本の足で抱き寄せました。
温もりが蜘蛛腹に伝わり、少しだけ歯がゆさが和らぎ、頭の中が温もりに満たされていきます。
そして、愛しい方が低いうめき声をもらし、全身をふるわせた直後、私の中に熱い物が溢れました。
愛しい方の精です。私はその熱と、蜘蛛腹の奥を打つ刺激に、一瞬遅れて達してしまいました。
快感だけがもたらした、頭の芯が塗りつぶされるような絶頂ではなく、頭の中に浮かび上がる愛しい方と一体となるような、私自身がとろけるかのごとき絶頂でした。
蜘蛛腹の中で震えながら精を吐き出す肉棒は、まるで私の腹の中が溶けていくようでした。
蜘蛛足で抱き寄せ、温もりを伝え合ううち、肌が消え去り一つになっていくようでした。
そして、愛しい方の射精が止まる頃には、私の頭の内側は溶け崩れ、愛しい方と一つになれるという悦びを抱いたまま、朦朧としていきました。
ああ、愛しい方。あなたと一緒になれて、タケは幸せです。
仕事部屋として使っている一室に、機織りの音が響いております。
横糸が行き来し、縦糸が入れ替わり、布が少しだけ織り上がる。
私の仕事の音が響いております。
かたん ぱたん かたん ぱたん
「･･････」
声を出さず、機織りの音の合間に耳を傾けますが、ほかの音は何も聞こえません。
まるで、この一室だけが切り離され、砂の海の真ん中に取り残されたような。
あるいは、この部屋を残しほかのすべてが消えてしまったような。
そんな錯覚を覚えます。
かたん ぱたん かたん ぱたん
ですが、私の胸に不安や孤独はありません。仮にこの部屋だけになったとしても、私一人ぽっちではないのですから。
「タケ」
「はい」
後ろからの、私の名を呼ぶ声に、私は返事をしました。手を止めて振り返ると、殿方が一人部屋の隅に座っておりました。
「縫い上がったぞ」
「あら、もうですか」
「ああ、ほら」
殿方は私に見えるよう、幅広の布を広げながら掲げてくださいました。
それは一本の帯でした。布を綺麗に縫いあげて作った、あの方の思いが籠もった帯。
「ああ、よく見せてください」
私は、帯の仕上がりをよく見ようと立ち上がろうとしました。
「ああ、タケ。そのままでいい。俺が行く」
ですが私を制止すると、あの方は立ち上がってささと私の側まで歩み寄って下さいました。
一度布を織り始めたら、私があまり機織りから離れられないのを気遣って下さっているのです。愛しいお方。
「さ、どうかな」
愛しい方の差し出した帯を受け取り、私はまずは軽く眺めました。
黒字の帯に、銀の糸が織り込まれ、六角八角の広がりゆく模様を描いています。
ですが模様などどうでもいいのです。私は帯の縁に触れ、よくよく確かめました。
帯の縁は糸で縫いつけてあり、縫い目が隠されています。そして縁をたどり、裏側に縫い糸を隠せない場所では、布と同じ色の糸を使って縫い目が目立たぬようにしてありました。
「よく、できましたね･･･」
「タケが上手に教えてくれたからだよ」
愛しいお方は、照れくさそうに頬を掻いてらっしゃいました。
「それで、ほかに仕事は？」
内心嬉しいのをごまかすように、愛しい方は早口で訪ねました。
「いえ、今日はもうありません」
「納品も受け取りも？」
「ええ。今日はこれを織りあげたらおしまいです」
私は今まさに織りつつある布を示しながら、愛しい方を見上げました。
「ですから、今日の仕事は私のそばにいることです」
「側にいる？機織りの際は、心を乱さないようにとか、言ってたんじゃなかったっけ？」
「あなたが側にいるだけでは、私の心は乱れません」
そう。私の心は、愛しい方が側にいるだけで、ただほっとするのです。
「それに、あなたが側にいた方が、仕事がはかどります」
愛しい方と、心が乱れるようなことをしたいからでしょうか。
「そうか。じゃあここにいよう」
愛しい方は、私の手から帯を受け取ると、私の斜め後ろに立ちました。
「しばしお待ちを」
私はそう愛しい方に告げてから、機織りに向かいました。
かたん ぱたん かたん ぱたん
縦糸が上下に動き、横糸が左右に滑ります。
一滑りごとに、横糸が模様を織り込み、一織りごとに縦糸が布となっていきます。
かたん ぱたん かたん ぱたん
布の上に描かれているのは、白の地を背景に舞い踊る蝶。
蝶一つ一つの羽の模様は違い、羽ばたき方も違っております。
この布で着物をこしらえ、愛しい方の帯を巻けば、それはそれは映えることでしょう。
かたん ぱたん かたん ぱたん
最後まで織りあげてから、私は手を止めました。
最後に、織り上がった布の模様を確かめますが、一筋とて間違いはありませんでした。
「できたな」
「ええ」
私は愛しい方の言葉に振り向き、小さく頷きました。
「では、片づけるとしようか」
愛しい方は私の後ろに歩み寄り、屈み込みながら続けました。
「糸を掴んだぞ」
「ん･･･」
私は軽く力を込めました。
すると、私の腰の下、黄と黒の縞模様で彩られた大きな蜘蛛腹の先で、横糸を紡ぎ続けていた窄まりが、粘液の塊を吐き出しました。
愛しい方は、塊が床に触れぬよう受け止めつつ、糸を鋏で切りました。
「よし、立っていいぞ」
「ありがとうございます」
私は六本の蜘蛛足に力を込め、台に乗せていた蜘蛛腹を浮かせました。
そして機織りの前を離れると、少しだけ伸びをしました。
「うん、今度もいい出来だ」
私の織りあげた布を確かめながら、愛しい方は頷いて下さいました。
「それでは片づけを･･･」
「いい、いい。今日は疲れただろう。片づけは俺がやっておくから、ゆっくり向こうで休んでいてくれ」
「でも･･･」
私は愛しい方の言葉に、はい、と答えかねました。帯を縫っていた愛しい方の方が、疲れていらっしゃるはずなのに。
「じゃあ、こうしよう。晩飯の準備をしてくれないかな？俺、腹が減ってるから」
「そういうことならば、かしこまりました」
私はにっこりほほえみながらそう答えました。
そちらの方が、やりやすいですからね。
「では、ここはよろしくお願いします」
「ああ」
私は愛しい方を残し、蜘蛛足を動かして仕事部屋を出ていきました。
それから、お夕飯をいただき、湯浴みをすませ、私は布団を敷きました。
針仕事や機織りで疲れているため、早めに横になるのです。
「あぁ、今日も一日よく働いたな」
愛しい方は、布団の上にごろりと仰向けになり、伸びをしながらそう呟きました。
「ええ。今日も一日、お疲れさまでした」
やや大きめの布団の一角、愛しい方の傍らに蜘蛛腹を置き、うつ伏せに横たわります。
そして腰をひねり、胸から上が愛しい方の方を向くよう、横になりました。
「いつも、針仕事をしてもらってありがとうございます」
「なに、タケの邪魔にならないよう手伝えているだけでも、俺は嬉しいんだ」
仰向けになりながら、私の方に顔だけを向けて、愛しい方はにっこりとほほえんで下さいました。
「それに、タケが機織りに専念できるようになったおかげで、生地がいい値段で売れるようになって、だいぶ余裕が出来てきた」
「ええ」
お金の事は、愛しい方に任せているのですが、こうしてちょくちょく話をしたり、帳簿を見せて下さいます。おかげで、我が家に大分蓄えがあることを、私は知っていました。
「それと･･･実は問屋のご主人から、生地の値段に色を付ける、って言われてね･･･」
「あら」
「今までの値段で大丈夫だ、って言ったんだけどね･･･どうも、タケの生地は今までの値段のままでは申し訳なくなるほどいいものらしい」
「そうなんですか」
私は、問屋さんのご主人の評価に、少しだけ嬉しくなりました
「それで、だ･･･」
愛しい方は、こほんと咳払いを一つはさんで、続けました。
「蓄えもあるし、生地の値段が上がったら仕事もそう急がなくてよくなるから･･･その･･･子供、欲しくないかな･･･？」
「･･････そうですね、私も欲しいです」
「そうか」
「でも」
私の返答に顔を輝かせる愛しい方を制して、私は言葉を続けました。
「子供というのは欲しいと思えば、生まれるものではありません。ですから、いつ私が身ごもっても大丈夫なよう、心構えだけしておきましょう」
「そ、そうだよな･･･」
「それに、出来ればもう少しだけ、あなたと二人きりを楽しみたいと思いますし」
「そうか･･･二人きり、か･･･ふふ」
愛しい方はほほえみ、肩を浮かして私の方に腕を伸ばしました。愛しい方の指先が、私の髪を撫でます。
「だったら、しばらく二人きりを楽しむとしようか」
「はい」
私の答えに、愛しい方は顔を寄せ、私と唇を重ねました。
柔らかな唇は、私の唇を優しく吸い、愛しい方の温もりを伝えてきます。
愛しい方が唇の向こうにいる。目を閉じていても、その姿を感じられる。たったそれだけで、私の奥で生じる幸いのあまり、胸が裂けてしまいそうです。
ですが、愛しい方は、私の胸を幸いで破裂させるだけでは飽きたらぬようで、私の背中に手を回し、上体を押しつけてきました。
愛しい方の二本の腕が私をとらえ、離すまいと強く、しかし優しく締め付けます。私はただその抱擁を受け入れました。
「ん･･･」
唇を一度離し、息継ぎを挟んでから再び接吻する。唇だけで、私の唇を軽く噛み、舌先で二人の唾液に濡れるそれを軽く舐める。
愛しい方が、私を味わっていました。
すると、私を抱きしめる腕の一本が、ゆっくりと背中から腰へと下り、蜘蛛腹との境に触れました。
生え揃った黄と黒の短い毛を数度撫でると、愛しい方の手が蜘蛛腹を持ち上げつつ、軽く押します。
私は、蜘蛛足を伸ばし、蜘蛛腹を傾けると、その場でころりと仰向けになりました。丸みを帯びた蜘蛛腹の背中が押され、少しだけ息苦しさを感じます。
ですが、私は蜘蛛腹からの息苦しさよりも、愛しい方がこれからして下さる事への期待で、息が詰まるようでした。
愛しい方は、唇を重ねながら、仰向けになる私に覆い被さりました。
寝間着の裾が乱れ、固いものが私の蜘蛛腹に押し当てられます。
すると愛しい方は、重ねていた唇を離しました。ですが、顔を遠ざけるわけでもなく、唇を私の肌に触れさせたまま、少しずつ移動を始めます。
唇の下、顎の先、顎の裏、喉、首筋、鎖骨と、肌を吸い、軽く舐めながら、全身を下へと移していきます。
まるで、捕らえた獲物のどこに噛みつけば、たちまち絶命させられるのか確かめるように、愛しい方は私の肌を吸いました。
私の胸の奥に、心地よさともどかしさが同時に生じます。
「あぁ･･･」
いっそのこと噛みついて欲しい。そんな思いさえ浮かんでしまう、淡く切ない快感に、私は思わず声を漏らしました。
ですが、そんな私を苛む優しい責めも、程なく終わりを告げました。
愛しい方が、寝間着の袂を押し広げ、乳房の間を吸いつつ、片手で蜘蛛腹の先端に触れたのです。
普段はきゅっと締まっている私の窄まりが、彼の接吻にゆるんでいました。
愛しい方は、指先をゆるんだ穴に差し入れると、軽くほぐすようにかき回しました。
濡れた内側が、くちゅりと小さな音を立て、続々するような感覚を私の背筋へ伝えます。
痺れが蜘蛛腹を伝わり、震えとなって腰から背筋を駆け登り、頭の中で心地よさとなりました。それは、体が意に反して思わず心地よいと、震えやあえぎ声として紡ぎ出すような、抑え難い心地よさでした
もっとも、私には堪える理由も、必要もありません。
「あ･･･」
蜘蛛腹からの痺れのまま、私は口からあえぎ声を紡ぎました。
「痛かったか？」
指を止めて唇を離し、愛しい方が心配そうな声で尋ねました。
「大丈夫です･･･気持ちよくて･･･」
「そうか･･･」
私の言葉に、愛しい方は指の動きをやや弱めつつも、再び肉の穴をかき回しました。
先ほどよりも弱くはあるものの、蜘蛛腹の先端から、寒さに冷えきった指先が焚き火で温もっていくかのように、快感がじわじわと広がっていきます。
「あぁ･･･も、もっと･･･」
愛しい方の、優しい指遣いに、私は思わずはしたなく求めました。
「こ、こうか？」
少しだけ力を込め、軟らかな肉を指先で押します。私が傷つかぬよう、ほんの少しだけ増した力が、快感とは別の心地よさを胸の奥に宿らせました。
こんな時でも、私を気遣って下さる、優しい方。
ですが私は、その優しさに身悶え混じりで首を振りながら、続けました。
「もっと、もっと強くぅ･･･！」
「もっとか」
一本だけだった指を二本に増やし、グリグリと穴の内側を擦りました。
いくらかの遠慮や、迷いはあるものの、愛しい方の指は根本まで蜘蛛腹の先端に埋まっており、私の求めに応じようと言う気配が一杯に宿っていました。
「ああ･･･ん･･･んん･･･！」
蜘蛛足を目一杯広げ、愛しい方に当たらぬようにしながら空を掻き、両手で敷き布団を握りしめます。
ですが、痺れと震えの命ずるがままに四肢を動かしても、頭の芯がとろけていくような快感は薄まりません。
やがて、私は耐えきることも出来ず、達してしまいました。
「ん･･･！」
口を一文字に結び、ぎゅっと布団を握りしめながら、私は体をふるわせます。
蜘蛛腹の先端で、愛しい方の指が動きを止め、太さを増しました。いいえ、私の穴が、愛しい方の指をきゅうきゅうと締め付けていたのです。
「･･･はぁ･･･」
頭の奥で、真っ白になっていた意識がどろどろとした快感の中に落ちてきて、私はこわばらせていた全身を緩めました。
「よかったか」
「ひもひ･･･よはっはぁ･･･」
愛しい方の問いかけに答えようとしますが、舌がうまく回りません。それどころか、顔や手足に力がこもらず、きっとだらしのない表情と姿勢なのでしょう。
ですが、私はそのまま寝入ってしまいたい心地を制しながら、どうにか続けました。
「あなはもぉ･･･」
私だけが先に達してしまったことへの申し訳なさと、愛しい方と一緒に心地よくなりたいという想い。そしてなにより、愛しい方が欲しいという衝動を込めて、私はそう呼びかけました。
「わかった」
愛しい方は小さく頷くと、寝間着の裾を広げ、固くなったご自身を取り出しました。
そしていそいそと、私の蜘蛛腹の先にあてがうと、ぐいと腰を突き出しました。
「ふゃぁぁぁぁ･･･！」
指では届かなかった腹の奥へ、愛しい方が肉を押し広げながら入り込んでいく感覚に、私はなにやら頓狂な声を漏らしました。
私の肉が、一瞬驚きつつも、愛しい方を一杯感じようと押し寄せます。見えず、指で触れていないにも関わらず、軟らかな肉は愛しい方を包み込み、締め付けました。
入り口近く、愛しい方が指先で愛して下さった、すべすべとした滑らかな肉壁は、肉棒の根本から半ばほどまでを包んでいます。きゅうきゅうと締め上げ、肉棒に浮かんだ血管の一筋一筋や、根本から続く裏側の筋の膨らみが、肉壁越しに伝わります。
半ばより先を包むのは、さらに柔らかな肉壁です。いえ、肉壁と言うよりも、狭い穴に薄く柔らかな肉膜を無理に詰め込み、折り重なり皺を寄らせた襞です。襞は入り口とは異なり、愛しい方を優しく包み込んでいました。ですが、折り重なる肉膜は絶えることなく波打ち、うごめき、屹立の血管や裏筋はもちろん、赤く膨れた亀頭や、張り出したその縁を撫でていきます。
「･･･！」
締め付けと、柔らかな愛撫。その二つに、愛しい方は息を詰まらせたように声を断ちました。
ですが、それでも快感を味わおうと言うかのように、あるいは指で届かなかった私の奥を探ろうと言うかのように、腰をゆっくりと揺すり始めました。
ぐちゅぐちゅ、と私の肉穴から湿った音が響き、愛しいか他の動きが少しだけぎこちなくなります。
愛しい方が私で心地よくなっている。実感が、肉穴からの刺激に加わり、私に快感をもたらします。
「あぁぁ･･･ん、ぅ･･･！」
私の頭の中が、徐々に塗りつぶされていきます。
ですが今度は快感だけでなく、愛しい方への想いがそこにはありました。
愛しい方の唇が、愛しい方の指が、愛しい方の屹立が、愛しい方の手が、愛しい方の足が、愛しい方の背中が、愛しい方の胸が、愛しい方の腰が、愛しい方のお顔が、私の内側を塗りつぶしていきます。
ああ、愛しい方。好きです。愛しております。慕っております。
頭の中に浮かび上がり、私と繋がり合う愛しい方に、いくらこの想いを伝えようとしても伝わりません。
言葉は足りず、弱く、歯がゆさだけが気を焦らせます。
「･･･っ･･･！」
私は思わず広げていた蜘蛛足を曲げ、愛しい方の背中を、六本の足で抱き寄せました。
温もりが蜘蛛腹に伝わり、少しだけ歯がゆさが和らぎ、頭の中が温もりに満たされていきます。
そして、愛しい方が低いうめき声をもらし、全身をふるわせた直後、私の中に熱い物が溢れました。
愛しい方の精です。私はその熱と、蜘蛛腹の奥を打つ刺激に、一瞬遅れて達してしまいました。
快感だけがもたらした、頭の芯が塗りつぶされるような絶頂ではなく、頭の中に浮かび上がる愛しい方と一体となるような、私自身がとろけるかのごとき絶頂でした。
蜘蛛腹の中で震えながら精を吐き出す肉棒は、まるで私の腹の中が溶けていくようでした。
蜘蛛足で抱き寄せ、温もりを伝え合ううち、肌が消え去り一つになっていくようでした。
そして、愛しい方の射精が止まる頃には、私の頭の内側は溶け崩れ、愛しい方と一つになれるという悦びを抱いたまま、朦朧としていきました。
ああ、愛しい方。あなたと一緒になれて、タケは幸せです。
12/10/11 14:33更新 / 十二屋月蝕
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