連載小説
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(39)バブルスライム
ごぼごぼと音がする。粘つく液体が泡立ち、弾けるような音だ。
音は異様に近い。それもそのはず、音を立てているのは私だからだ。
目を体に向けると、透き通った緑色の体の奥に気泡が生じ、体表面に向けて浮かび上がってくる。小さな粒ほどだった気泡は、浮かぶにつれて膨らんでいき、私の表面に握り拳ほどの泡を作った。
そして、泡はしばし表面に留まると、音を立てて弾けた。
辺りに、気泡が内側に抱え込んでいたガスのにおいが広がる。
私たち、バブルスライムの特徴である、気泡とガスのにおい。平原にでれば、いくら隠れようとこの二つが私の場所を喧伝してしまう。
だから、今私のいるここ、森の奥の沼地だけが私が身を隠せる場所だった。
窪地に雨水や泥、落ち葉や朽ち木、動物や虫の死骸が集まってできた沼地だ。濁った水は妙な粘り気を帯びており、時折雨水で流されてくる動物の死骸が腐敗して発生したガスが、ごぼごぼと沼地の表面に気泡を作っていた。
沼のほとりに屈み込み、目を閉じると、自分の内側から生じる気泡の音と沼地を泡立たせるガスの音が一体となったような気分になる。
まるで、一人きりじゃなくて、誰かと一緒にいるような安心感が胸の奥、緑の粘液以外なにも入っていないはずの胸の中に生じる。
いつものようにそうしていると、私の粘液の表面を、空気の震えが撫でた。
風とは違う空気の動き。沼の気泡が立てる音とは違う空気の動き。何か動くものが、こっちに近づいているのだ。
私は目を開き、辺りを見回した。しかし見えるのは木と草ばかりでなにも見えない。
私は、近くに生える木の幹に触れると、樹皮の溝に粘液を注入して固まらせ、足場を確保しながら木を上っていった。そして大きく張り出した木の枝に絡み付いて、沼を見下ろす。
しばしそうやって隠れていると、木々をかき分けて影が一つ沼のほとりにでてきた。
人間だ。胸とお腹の辺りだけを覆う鎧を身につけた、若い男だった。
私は木の枝の影に隠れながら、じっと彼を見た。
男はきょろきょろと沼の周囲を見回すと、背負っていた袋を下ろして髪を一枚取り出し、しげしげとそれを見つめた。どうやら道に迷ったらしく、地図を見ているようだ。
彼は完全に地図に集中しており、私に気が付くどころか、周囲を警戒すらしていないようだった。
今なら、不意打ちで彼に襲いかかることができる。
私の胸の奥に、そんな考えが浮かんだ。
まともに物も考えられないバブルスライムからこの姿になってから、時々妙に人間の男がほしくなる。そんな私にとって、こうして沼地に迷い込む彼のような人間は、とても貴重だった。
私は意識して体の奥に気泡を発生させると、ゆっくりと体の表面に移動させた。緑の粘液の表面が膨れ、小さな音を立てて弾ける。そして内側にたまっていたガスが広がった。
ガスかすかに色づいており、枝から広がりながら、彼の方にゆっくりと降りていくのがよく見えた。
そして、地図を広げる彼の背中にガスが被さった。
「・・・!・・・!」
彼は吸い込んでしまったガスにせき込み、辺りを見回した。だがもう手遅れだ。ほんの一息吸うだけで、効果が現れる。
「うぅ・・・」
めまいでも覚えたのか、彼が地図を取り落とし、よろよろと立ち上がった。
そして沼から離れようとするかのように、周りの木々の方へ、私が隠れている木の方へ歩み寄ってくる。
私は、じっと彼が寄ってくるのを待ちかまえ、ちょうど枝の真下に来たところで、樹皮の隙間に差し込んで固めていた粘液を柔らかくした。
枝に絡み付いていた私の体がずるりと滑り落ち、ふらふらする彼の頭上に降り注ぐ。
彼は一瞬上を見上げるが、私の重量によって仰向けに押し倒されてしまった。
「うぁ、ああぅ・・・」
舌もろくに回らない様子で、彼が声を漏らす。その目はどこも見ていないかのようにとろんとしており、頬も微かに赤かった。
「ごめんなさい。ごはんをたべないといけないからこうしました。ごめんなさい」
聞こえてはいるだろうが、聞いていないだろう彼にそう謝ると、私は彼のズボンに粘液を染み入れさせ、下着に包まれた股間に触れた。
冷えた粘液に、熱と固さを帯びた肉棒が当たる。じんわりと粘液が温もりを帯びていくのは心地よかったが、楽しんではいられない。
粘液を十分に下着の内側に染み込ませると、私は彼の勃起を包み込み、上下にこすり始めた。粘液で作った筒の内側に、指ほどの起伏を設け、軽く固める。柔らかな粘液と、弾力のある盛り上がりが、ズボンの中の男根の起伏にあわせて凹凸し、異なる刺激と快感を彼にもたらした。
「うぅ・・・」
私の下で、男がうめき声を漏らした。急がなきゃ。
私は粘液を彼のズボンだけでなく、鎧の下にも染み込ませた。
鎧と上半身を覆う下着の下に粘液が入り込み、汗の塩味の残る肌を撫でる。
同時に、ズボンにしみこませていた粘液も、彼の肉棒を刺激しながら腰全体に広げていく。肉棒から、その下の皮袋へ。性器を包み込んだら会陰を伝い、肛門へ。きゅっと窄まったそこは、屹立への刺激が心地よいのか、小さくひくついていた。
肛門に至った粘液の一部分を固め、窄まりを軽く撫でる。濡れた指先か、舌先でくすぐられたかのような感触に、男は小さく体を跳ねさせた。
同時に、彼の肉棒も脈動を徐々に大きな物にしており、限界が近いことを示していた。
私は、衣服を通って彼の全身を濡らす粘液を波打たせた。
鎧の下で、浮かび上がる筋肉の溝を粘液の指が撫でる。
興奮により少しだけ固くなった乳首を、柔らかな粘液で摘む。
鳩尾から腹筋をたどり、へそを軽くかき回す。
腋をグリグリと圧迫し、そのままわき腹へと撫でていく。
ズボンの下では、粘液が彼の肛門をつついては舐めるようにくすぐっていた。
会陰を上下に擦り、粘液を肌に刷り込む。
近づく絶頂に縮こまった睾丸と皮袋を包み込み、優しく揉んでやる。
そして、限界まで膨れた彼の肉棒を、私の作り出した粘液の筒が、しごき、締め付け、吸っていた。
彼の屹立は、それが心臓ではないのかと錯覚するほど力強く脈打っており、今にも破裂せんばかりであった。
私は、粘液の中の肉棒をきゅっと締め上げた。
直後、男は限界に達し、全身を痙攣させながら精液を粘液の中に迸らせた。
透き通った緑の中に、不透明な白がそそぎ込まれ、射精の勢いが二者をかき回す。
放たれた精液は私の中をしばし漂うと、攪拌されながら緑の中に広がり、消えていった。
だが、私が吸収しても吸収しても、彼の射精は止まらず、緑の粘液が白く染め上げられていく。
そして、たっぷり十数度の脈動を経てから、彼は全身を弛緩させた。
「こんなにたくさん・・・」
肉棒を解放し、衣服から染み出させた粘液を染め上げる白に、私は思わずそうつぶやいた。
彼の精液は私の内側で、徐々に吸収されているが、しばらく時間がかかりそうだった。
そして、彼もまたたっぷりの射精で気を失っており、しばらく目を覚ます気配はない。
もう一つ仕事を片づけなければ。
「よいしょ・・・」
私は彼の体に再び粘液を触れさせた。


沼から少し離れたところに、男が一人倒れていた。
つま先を沼に向け、うつ伏せに横たわっている。
彼は目を開くと、身を起こしながら頭を振った。軽い頭痛と全身の疲労感にうめき声を漏らしながら、彼は自分がなにをしていたのか思いだそうとした。
そして彼は後方にある沼と、沼から放たれるにおい、そして沼から続く何かを引きずった後に気が付いた。
そうだ、森の中をさまよい、沼にでたのだ。そして地図を確認しているうちに妙なにおいがして、その後のことが分からなくなった。
おそらく、沼の放つガスにやられ、朦朧としながらもここまで這って逃げたのだろう。
彼は地震の幸運に感謝しながら身を起こした。濡れた地面に横たわっていたためか、衣服は下着まで濡れていた。
だが、あのまま沼のほとりにいたらこの不快感も感じられなかっただろう。
男は不快感をそうやって紛らわせながら、背嚢から地図を取り出した。
そして、自分の場所と向かうべき方向を確認すると、彼はそちらに向かって歩きだした。
彼の背後、沼のほとりの樹木にまとわりつく、緑の粘液に気が付くことなく。
12/09/16 08:12更新 / 十二屋月蝕
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■作者メッセージ
「世界には地獄谷だとか、死の沼と呼ばれている土地が以外とたくさんある」
「以外と!」
「その多くは、鳥も近づかないだとか、いって帰ってきた者がいないだとかいう曰く付きだ」
「曰く付きだ!」
「まあ、だいたいの場合地形的に二酸化炭素がたまりやすいとか、沼がメタンガスが発生させているとか、そういう理由がある」
「二酸化炭素とメタンガス!」
「もっとも、ガスが原因だと分かったところで、不用意に近づけば帰ってこられないことには変わりないのだけどね」
「バブルスライムを探して沼に近づき、なんか動けなくなった僕たちみたいに!」

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