アルとマティのWAY 第一話「先に寝てはならぬ」
どの町にもあるような、酒場付きの宿屋。
その一角に置かれたテーブルの一つを、大勢の人間が囲んでいた。
テーブルに着いているのは二人で、その上には山のように詰まれた銀貨とカードがあった。
「・・・二枚チェンジ」
三十過ぎほどの男が、悩んだ末に手元のカードを二枚捨てながらそう言った。
「・・・一枚チェンジ」
男の向かいに座る俺は、一応の期待をかけて手札を一枚交換する。
そして新たに引いたカードを確認しながら、俺は視線を上げた。
見るのは俺の手元を注視している男ではなく、その後ろに立つ少女。
年は俺と同じぐらいだろうが、彼女は衣服や肌どころか髪まで真っ白だ。
彼女は男の肩越しに彼の手札を確認していたが、俺の視線に気がついていたのか顔を上げた。
「上乗せだ」
男が自身ありげな笑みを浮かべながら、手元の詰まれた銀貨をテーブルの中央に押しやる。
銀貨の枚数を確認すると、視線を男の後ろに立つ少女に向けた。
『つ、う、ぺ、あ』
彼女の口がやや大袈裟に動くが、誰もとがめない。
俺は手札を確認すると、手元から同じだけの銀貨を押し出した。
「受けるぜ」
「よし・・・俺はツーペアだ!」
男が手札をテーブルに叩きつけながら、声を上げた。
「悪いね、フルハウス」
「何!?」
俺の役に男が立ち上がり、テーブルを囲むギャラリーから喝采が上がる。
「いいぞ、ガキィ!」
「そのままケツ毛まで毟っちまいな!」
「うるせえ!外野は黙ってろ!」
苦虫を噛み潰したような顔をしながら、彼は観客に向けて怒鳴った。
銀貨二枚で勝負を挑んできた俺に、もちが根の半分を巻き上げられたのだ。
無理も無い。
「まあまあ、夜は長いからさ、他の連中からゆっくり取り返しなよ」
勝ち取った銀貨を手元に引き寄せながら、俺は男に向けて言った。
「てめえ、勝ってるからって調子に乗るなよ・・・」
「別に乗ってないよ」
ややイラついているような彼に向け、俺は薄く笑みを浮かべながら続けた。
「なんなら・・・レートを上げようか?」
「なに?」
「これからツキが回ってくるってんなら、その方が俺から簡単に取り返せるだろ?」
「・・・このガキ・・・後で泣いても知らねえぞ・・・」
俺は薄く笑みを浮かべながら、刺すような男の視線を受け止めていた。
そしてその背後で、白い少女が小さく笑っていた。
「ストレート」
「わ・・・ワン・・・ペア・・・・・・」
俺の手札と絞り出すような声を確認すると、男はにやりと笑みを浮かべた。
「悪いな、ありがたく取り返させてもらったよ」
テーブルの中央に積み上げられていた、起死回生の一発逆転を狙って賭けた俺の最後の銀貨が、男のほうへと手繰り寄せられていく。
「で、どうする?なんなら俺がいくらか貸してやってもいいが?」
「いや、やめとく・・・」
俺はどうにかそう応じると、席を立ちギャラリーの間をよろよろと通り抜けていった。
「おい、坊主!いつでも取り返しに来いよ!夜は長いからな!」
気分のよさそうな男の声が俺の背中に投げかけられ、笑い声が後に続いた。
だが、俺は応えることなく足を引きずるように酒場を離れ、二階の予め取っておいた自分の部屋へと戻っていった。
ドアを閉めると、酒場の喧騒がいくらか遠ざかり夜の闇が部屋を包み込んだ。
「・・・・・・よし」
窓から差し込む月明かりを頼りにベッドまで歩み寄ると、俺は腰を下ろした。
そして左右の袖口から、俺は今日の稼ぎを取り出した。
「ええと、二の四の六の・・・」
男との勝負に勝ち、銀貨を引き寄せるたびに袖口に隠していたおかげで、元手は数倍に膨れ上がっていた。
これなら次の町までの路銀にはなるだろう。
ある程度重くなった財布に、自然と笑みがこぼれる。
「ま、こんなもんかな・・・」
『なーにがこんなもんよ』
財布の重さを堪能する俺の隣から、不意に澄んだ声が届いた。
目を向けると、俺の隣には酒場で男の背後に立っていた白い少女が腰掛けていた。
『いっそのこと身包みはがしちまえば良かったのよ、アル』
「何言ってんだ、マティ。んなことしたら目をつけられるだろう」
白い少女、マティの言葉に俺はやれやれ、と頭を振った。
ほどほどに勝っていたのに、欲を掻いて儲けを全部失ってしまって、とぼとぼ部屋に帰る馬鹿一名。
そんな奴から金を巻き上げようとする奴がどこにいるだろうか?
「いいか、欲ばっていいことなんざ一つもないんだ。必要なのは今日を生きる糧と寝るためのスペース。これだけの稼ぎがありゃ十分だ」
『私にイカサマ博打の片棒担がせて、良くそんなこといえるわね』
呆れた、といった様子で彼女はそう応じる。
「そりゃ仕方ないだろ。この町じゃ仕事は無いし・・・」
本職で稼ぐために立ち寄ったはずだったのだが、仕事が無ければ稼ぐ方法は無いのだ。
『だったらなおのこと次の町へ急ぐ!』
「へいへい、明日すぐに準備して出発しますよ、マティアータお嬢様」
どうせ起きてても説教なので、明日のために早く寝ることにしよう。
俺はシャツとズボンを脱ぐと、適当に部屋の椅子にかけてからベッドに潜り込んだ。
「ところで・・・マティ、お前はどうする?」
いつの間にかベッドから立っていた少女に向けて、俺はそう問いかけた。
『んー、ちょっと町の様子を見てこようかな・・・』
「昼間さんざ見回っただろう」
『昼と夜じゃ違うかもしれないし・・・』
「はいはい、なら行ってらっしゃい」
シーツの中から腕だけ出して、手を振りながら俺は言う。
夜の町を一人で歩くことについて心配はしないし、する必要も無い。
『朝までには帰るわ』
彼女はドアに歩み寄ると、開くことなく通り抜けていった。
マティは俺が幼い頃からいつも側にいた。
しかしその姿は俺以外の者には見えず、声を聞けるものもいなかった。
彼女がゴーストだと分かったのは、物心ついてしばらくしてからだった。
同時に、マティが自身について何も知らないことも知った。
いつどこで死んだのか。
どのような生活をしていたのか。
彼女の本当の名前すらわからないのだ。
マティアータという名前も、昔何かで聞いた名前をつけているだけで、彼女の名前ではない。
マティは自身に何も無いのを驚いていたようだったが、気にはしていなかった。
しかし、俺が気になるのだ。
どこの、誰が、なぜ俺に取り付いているのか。
両親が早くに死んでいるせいで、情報は全く無い。
ニコニコと笑うマティの傍らで、俺はいつも悩み考えていた。
そして数年前、俺は彼女の謎を解くべく、村を訪れた商人の一団と共に村を離れた。
商人に混じって各地を渡り、一人で遺跡探索の依頼を受け、町から町へ行商の真似事をしながら旅を続けた。
しかし、これまで彼女が何かを思い出すことは無く、得られるものは何も無かった。
恐らく、これからも何も無いのかもしれない。
だが、旅をやめるわけにはいかない。
顔がひんやりする。
寒さから逃れるために俺は身体を丸め、ベッドのシーツを引き寄せた。
だが、顔を襲う冷たさは変わらない。
「・・・・・・マティ」
目を閉じたまま名を呼ぶと、不意に頬をなでていた冷気が消え去った。
「収穫は?」
『何にも』
ベッドの少し上から、返答が返ってきた。
新しい街に着く度、夜毎繰り返されるこの会話もこれで何度目だろうか。
『ねえ、アル・・・一緒に寝ていい?』
しばしの間を置いて、彼女はそう続けた。
無論断ったところで強引に入り込んでくるだけだ。
「・・・・・・どーぞ」
『ありがと』
心なしか嬉しそうに言うと、背中側にマティがシーツを通り抜けて入り込んできた。
やがてひんやりとした彼女の身体が、シーツと俺の体温により次第に温もりを帯びていった。
『アル・・・』
どれ程経過しただろうか。不意に彼女が俺の名を呼んだ。
『寝てるの・・・?』
そう彼女は問いかけるが、俺は応じない。
その理由は眠いのが半分。残る半分は面倒臭いからだ。
それに何度かこうして話しかけてくる事はあったが、いつも胴でもいい話ばかりで、俺の睡眠時間が削られるばかりだ。
明日の準備を考えると、早く寝ていた方がいい。
そう判断して俺は彼女を無視することにしたのだ。
『寝てるね・・・』
どうやら眠っていると判断してくれたようだった。
だが、マティはそれで終わりにするつもりではなかったようだ。
俺の背中に抱きつき、彼女が身体を押し付けてきた。
片方の手をベッドを通り抜けさせて腕を回し、意外と豊かな乳房が背中に押し付けられる。
そしてそのまま、彼女は俺の首筋に顔を寄せたのだ。
『すぅ・・・はぁ・・・』
低くゆっくりとした呼吸音が耳朶を打つ。
呼吸を重ねるにつれマティの両腕が強張り、小さく震えていく。
興奮か緊張によるものかは分からないが、仮に彼女が生きていれば背中の乳房越しにその脈拍が伝わりそうだった。
『すぅ・・・はぁ・・・すぅ・・・はぁ・・・』
次第の呼吸のペースが上がっていき、もどかしげにもぞもぞと身をくねらせる。
そして、俺の胸元に回されていた彼女の手の片方が、次第に下のほうへと移動し始めたのだ。
「・・・・・・っ!」
背中に押し当てられる乳房の感触により、いつの間にか屹立していたペニスに彼女の手が届いた瞬間、俺は声を上げそうになった。
だが、どうにか声をかみ殺すことに成功した。
『ん・・・アル・・・』
俺の名を呼びながら、マティは下着の上から屹立したペニスを撫で、擦る。
布地越しに触れる彼女のひんやりとした掌が心地よい。
『アル・・・んっ・・・ぁ・・・』
俺の名を呼ぶマティの声が次第に色っぽいものに変化し、手の動きもまた淫靡になっていった。
広げた掌でペニスを撫でる程度であったのが、形を確かめるように指を添えて上下になぞっていく。
下着越しに彼女の指が、膨れた裏筋や張り出したカリ首など、ペニスの凹凸を刺激していく。
『んぁ・・・・・あぁ・・・』
いつの間にか俺の名を呼ばなくなった彼女は、耐えられないといった様子で片足を俺の足に絡め、オレを抱きしめているほうの腕を引き戻した。
遅れて、くちゅ、と粘着質な音が響く。
『ぁあ・・・んくっ・・・ん・・・』
彼女の昂ぶりの為か、ペニスに添えられていた指はいつしかそれを鷲づかみにし、なぞる程度の動きはもはや扱くほどになっていた。
「・・・・・・・・・っ・・・」
断続的に襲ってくる大きな快感の波を堪え、ともすれば漏れそうになる声を押さえ込む。
しかし俺の努力に構うことなく、マティはその手の動きを加速させていた。
『んぁあ・・・あっ・・・く・・・ぅ・・・』
背中越しに届く嬌声も、粘着質な水音も次第に大きくなっていく。
彼女の手の中で、ペニスが跳ねるように脈打ち始める。
背中に押し付けられる彼女の身体も、興奮により大きく震えている。
『くぁ・・・あひ・・・ひ・・・も、う・・・!』
「・・・っ・・・・・・っ・・・!」
そして、俺とマティはほぼ同時に限界に至った。
『んぁぁぁぁああっ!』
「・・・っ・・・ぅっ・・・っ・・・!」
俺は全身を小さく痙攣させながら射精し、彼女は身体を大きく震わせながら絶頂に昇った。
下着の中に精液が迸っていくが、不思議と不快感は無い。
それどころか、彼女と同時に達したことへの快感と幸福感が俺の心を占めていた。
やがて射精が収まり、意識が醒めていくのにあわせ眠気が襲ってきた。
『ふ・・・ん・・・・・・アル・・・』
絶頂の余韻に浸るマティが、本当に眠りにつきつつある俺の名を呼んだ。
『・・・・・・・・・』
そして続く言葉を聞く前に、俺は眠りに沈んでいった。
眼を覚ますと、下着がぐちょぐちょに濡れていた。
無論寝小便ではない。夢精だ。
それに犯人は分かっている。
「・・・・・・」
俺は無言で、顔をベッドの傍らに立つ白い少女に向けた。
『おはよう、アルベルト・ラストス君。よく眠れたかな?』
俺の視線を受けるなり、ニヤニヤ笑いでマティが言う。
「このクソ幽霊・・・人が寝てる時にリアルな妄想送り込むな、って言ってんだろ・・・!」
『あたしが帰ってもぐーすか寝てるあんたが悪いのよ』
面白くてしょうがない、といった様子を隠すことも無く彼女は言う。
『それより早く下着洗ったら?人目につかないうちに』
「余計なお世話だ!」
大声を上げて彼女を捕まえようとした瞬間、マティは軽く床を蹴った。
同時にスカートの裾から除く二本の足が、煙のようにぼんやりとした塊に変わり、俺の手が彼女を通り抜ける。
『それじゃあたしは情報収集に出てくるから』
そう言うと、彼女は宙に浮いたまま部屋の壁を通り抜け、宿の外へと逃げていった。
「〜〜〜〜〜ッ!!」
誰にも見えない幽霊相手に逃げるな、などと声を上げるわけにも行かず、俺は怒りを押さえ込み、堪えた。
夢の中とはいえ、あの幽霊を一瞬でも可愛いと思った時分が悔しくてしょうがない。
「あの・・・クソ幽霊・・・!」
俺は小声で小さくそう呟くと、それで怒りを発散させたことにした。
そろそろ下着を洗わねば、町の住民が起き出してしまう。
俺は溜息をつくと、替えの下着を出すべくベッドから立ち上がった。
(はやいとこ、天に還ってくれねえかな・・・)
ぐちゅぐちゅの下着の感触に泣きそうになりながら、俺はそう思った。
その一角に置かれたテーブルの一つを、大勢の人間が囲んでいた。
テーブルに着いているのは二人で、その上には山のように詰まれた銀貨とカードがあった。
「・・・二枚チェンジ」
三十過ぎほどの男が、悩んだ末に手元のカードを二枚捨てながらそう言った。
「・・・一枚チェンジ」
男の向かいに座る俺は、一応の期待をかけて手札を一枚交換する。
そして新たに引いたカードを確認しながら、俺は視線を上げた。
見るのは俺の手元を注視している男ではなく、その後ろに立つ少女。
年は俺と同じぐらいだろうが、彼女は衣服や肌どころか髪まで真っ白だ。
彼女は男の肩越しに彼の手札を確認していたが、俺の視線に気がついていたのか顔を上げた。
「上乗せだ」
男が自身ありげな笑みを浮かべながら、手元の詰まれた銀貨をテーブルの中央に押しやる。
銀貨の枚数を確認すると、視線を男の後ろに立つ少女に向けた。
『つ、う、ぺ、あ』
彼女の口がやや大袈裟に動くが、誰もとがめない。
俺は手札を確認すると、手元から同じだけの銀貨を押し出した。
「受けるぜ」
「よし・・・俺はツーペアだ!」
男が手札をテーブルに叩きつけながら、声を上げた。
「悪いね、フルハウス」
「何!?」
俺の役に男が立ち上がり、テーブルを囲むギャラリーから喝采が上がる。
「いいぞ、ガキィ!」
「そのままケツ毛まで毟っちまいな!」
「うるせえ!外野は黙ってろ!」
苦虫を噛み潰したような顔をしながら、彼は観客に向けて怒鳴った。
銀貨二枚で勝負を挑んできた俺に、もちが根の半分を巻き上げられたのだ。
無理も無い。
「まあまあ、夜は長いからさ、他の連中からゆっくり取り返しなよ」
勝ち取った銀貨を手元に引き寄せながら、俺は男に向けて言った。
「てめえ、勝ってるからって調子に乗るなよ・・・」
「別に乗ってないよ」
ややイラついているような彼に向け、俺は薄く笑みを浮かべながら続けた。
「なんなら・・・レートを上げようか?」
「なに?」
「これからツキが回ってくるってんなら、その方が俺から簡単に取り返せるだろ?」
「・・・このガキ・・・後で泣いても知らねえぞ・・・」
俺は薄く笑みを浮かべながら、刺すような男の視線を受け止めていた。
そしてその背後で、白い少女が小さく笑っていた。
「ストレート」
「わ・・・ワン・・・ペア・・・・・・」
俺の手札と絞り出すような声を確認すると、男はにやりと笑みを浮かべた。
「悪いな、ありがたく取り返させてもらったよ」
テーブルの中央に積み上げられていた、起死回生の一発逆転を狙って賭けた俺の最後の銀貨が、男のほうへと手繰り寄せられていく。
「で、どうする?なんなら俺がいくらか貸してやってもいいが?」
「いや、やめとく・・・」
俺はどうにかそう応じると、席を立ちギャラリーの間をよろよろと通り抜けていった。
「おい、坊主!いつでも取り返しに来いよ!夜は長いからな!」
気分のよさそうな男の声が俺の背中に投げかけられ、笑い声が後に続いた。
だが、俺は応えることなく足を引きずるように酒場を離れ、二階の予め取っておいた自分の部屋へと戻っていった。
ドアを閉めると、酒場の喧騒がいくらか遠ざかり夜の闇が部屋を包み込んだ。
「・・・・・・よし」
窓から差し込む月明かりを頼りにベッドまで歩み寄ると、俺は腰を下ろした。
そして左右の袖口から、俺は今日の稼ぎを取り出した。
「ええと、二の四の六の・・・」
男との勝負に勝ち、銀貨を引き寄せるたびに袖口に隠していたおかげで、元手は数倍に膨れ上がっていた。
これなら次の町までの路銀にはなるだろう。
ある程度重くなった財布に、自然と笑みがこぼれる。
「ま、こんなもんかな・・・」
『なーにがこんなもんよ』
財布の重さを堪能する俺の隣から、不意に澄んだ声が届いた。
目を向けると、俺の隣には酒場で男の背後に立っていた白い少女が腰掛けていた。
『いっそのこと身包みはがしちまえば良かったのよ、アル』
「何言ってんだ、マティ。んなことしたら目をつけられるだろう」
白い少女、マティの言葉に俺はやれやれ、と頭を振った。
ほどほどに勝っていたのに、欲を掻いて儲けを全部失ってしまって、とぼとぼ部屋に帰る馬鹿一名。
そんな奴から金を巻き上げようとする奴がどこにいるだろうか?
「いいか、欲ばっていいことなんざ一つもないんだ。必要なのは今日を生きる糧と寝るためのスペース。これだけの稼ぎがありゃ十分だ」
『私にイカサマ博打の片棒担がせて、良くそんなこといえるわね』
呆れた、といった様子で彼女はそう応じる。
「そりゃ仕方ないだろ。この町じゃ仕事は無いし・・・」
本職で稼ぐために立ち寄ったはずだったのだが、仕事が無ければ稼ぐ方法は無いのだ。
『だったらなおのこと次の町へ急ぐ!』
「へいへい、明日すぐに準備して出発しますよ、マティアータお嬢様」
どうせ起きてても説教なので、明日のために早く寝ることにしよう。
俺はシャツとズボンを脱ぐと、適当に部屋の椅子にかけてからベッドに潜り込んだ。
「ところで・・・マティ、お前はどうする?」
いつの間にかベッドから立っていた少女に向けて、俺はそう問いかけた。
『んー、ちょっと町の様子を見てこようかな・・・』
「昼間さんざ見回っただろう」
『昼と夜じゃ違うかもしれないし・・・』
「はいはい、なら行ってらっしゃい」
シーツの中から腕だけ出して、手を振りながら俺は言う。
夜の町を一人で歩くことについて心配はしないし、する必要も無い。
『朝までには帰るわ』
彼女はドアに歩み寄ると、開くことなく通り抜けていった。
マティは俺が幼い頃からいつも側にいた。
しかしその姿は俺以外の者には見えず、声を聞けるものもいなかった。
彼女がゴーストだと分かったのは、物心ついてしばらくしてからだった。
同時に、マティが自身について何も知らないことも知った。
いつどこで死んだのか。
どのような生活をしていたのか。
彼女の本当の名前すらわからないのだ。
マティアータという名前も、昔何かで聞いた名前をつけているだけで、彼女の名前ではない。
マティは自身に何も無いのを驚いていたようだったが、気にはしていなかった。
しかし、俺が気になるのだ。
どこの、誰が、なぜ俺に取り付いているのか。
両親が早くに死んでいるせいで、情報は全く無い。
ニコニコと笑うマティの傍らで、俺はいつも悩み考えていた。
そして数年前、俺は彼女の謎を解くべく、村を訪れた商人の一団と共に村を離れた。
商人に混じって各地を渡り、一人で遺跡探索の依頼を受け、町から町へ行商の真似事をしながら旅を続けた。
しかし、これまで彼女が何かを思い出すことは無く、得られるものは何も無かった。
恐らく、これからも何も無いのかもしれない。
だが、旅をやめるわけにはいかない。
顔がひんやりする。
寒さから逃れるために俺は身体を丸め、ベッドのシーツを引き寄せた。
だが、顔を襲う冷たさは変わらない。
「・・・・・・マティ」
目を閉じたまま名を呼ぶと、不意に頬をなでていた冷気が消え去った。
「収穫は?」
『何にも』
ベッドの少し上から、返答が返ってきた。
新しい街に着く度、夜毎繰り返されるこの会話もこれで何度目だろうか。
『ねえ、アル・・・一緒に寝ていい?』
しばしの間を置いて、彼女はそう続けた。
無論断ったところで強引に入り込んでくるだけだ。
「・・・・・・どーぞ」
『ありがと』
心なしか嬉しそうに言うと、背中側にマティがシーツを通り抜けて入り込んできた。
やがてひんやりとした彼女の身体が、シーツと俺の体温により次第に温もりを帯びていった。
『アル・・・』
どれ程経過しただろうか。不意に彼女が俺の名を呼んだ。
『寝てるの・・・?』
そう彼女は問いかけるが、俺は応じない。
その理由は眠いのが半分。残る半分は面倒臭いからだ。
それに何度かこうして話しかけてくる事はあったが、いつも胴でもいい話ばかりで、俺の睡眠時間が削られるばかりだ。
明日の準備を考えると、早く寝ていた方がいい。
そう判断して俺は彼女を無視することにしたのだ。
『寝てるね・・・』
どうやら眠っていると判断してくれたようだった。
だが、マティはそれで終わりにするつもりではなかったようだ。
俺の背中に抱きつき、彼女が身体を押し付けてきた。
片方の手をベッドを通り抜けさせて腕を回し、意外と豊かな乳房が背中に押し付けられる。
そしてそのまま、彼女は俺の首筋に顔を寄せたのだ。
『すぅ・・・はぁ・・・』
低くゆっくりとした呼吸音が耳朶を打つ。
呼吸を重ねるにつれマティの両腕が強張り、小さく震えていく。
興奮か緊張によるものかは分からないが、仮に彼女が生きていれば背中の乳房越しにその脈拍が伝わりそうだった。
『すぅ・・・はぁ・・・すぅ・・・はぁ・・・』
次第の呼吸のペースが上がっていき、もどかしげにもぞもぞと身をくねらせる。
そして、俺の胸元に回されていた彼女の手の片方が、次第に下のほうへと移動し始めたのだ。
「・・・・・・っ!」
背中に押し当てられる乳房の感触により、いつの間にか屹立していたペニスに彼女の手が届いた瞬間、俺は声を上げそうになった。
だが、どうにか声をかみ殺すことに成功した。
『ん・・・アル・・・』
俺の名を呼びながら、マティは下着の上から屹立したペニスを撫で、擦る。
布地越しに触れる彼女のひんやりとした掌が心地よい。
『アル・・・んっ・・・ぁ・・・』
俺の名を呼ぶマティの声が次第に色っぽいものに変化し、手の動きもまた淫靡になっていった。
広げた掌でペニスを撫でる程度であったのが、形を確かめるように指を添えて上下になぞっていく。
下着越しに彼女の指が、膨れた裏筋や張り出したカリ首など、ペニスの凹凸を刺激していく。
『んぁ・・・・・あぁ・・・』
いつの間にか俺の名を呼ばなくなった彼女は、耐えられないといった様子で片足を俺の足に絡め、オレを抱きしめているほうの腕を引き戻した。
遅れて、くちゅ、と粘着質な音が響く。
『ぁあ・・・んくっ・・・ん・・・』
彼女の昂ぶりの為か、ペニスに添えられていた指はいつしかそれを鷲づかみにし、なぞる程度の動きはもはや扱くほどになっていた。
「・・・・・・・・・っ・・・」
断続的に襲ってくる大きな快感の波を堪え、ともすれば漏れそうになる声を押さえ込む。
しかし俺の努力に構うことなく、マティはその手の動きを加速させていた。
『んぁあ・・・あっ・・・く・・・ぅ・・・』
背中越しに届く嬌声も、粘着質な水音も次第に大きくなっていく。
彼女の手の中で、ペニスが跳ねるように脈打ち始める。
背中に押し付けられる彼女の身体も、興奮により大きく震えている。
『くぁ・・・あひ・・・ひ・・・も、う・・・!』
「・・・っ・・・・・・っ・・・!」
そして、俺とマティはほぼ同時に限界に至った。
『んぁぁぁぁああっ!』
「・・・っ・・・ぅっ・・・っ・・・!」
俺は全身を小さく痙攣させながら射精し、彼女は身体を大きく震わせながら絶頂に昇った。
下着の中に精液が迸っていくが、不思議と不快感は無い。
それどころか、彼女と同時に達したことへの快感と幸福感が俺の心を占めていた。
やがて射精が収まり、意識が醒めていくのにあわせ眠気が襲ってきた。
『ふ・・・ん・・・・・・アル・・・』
絶頂の余韻に浸るマティが、本当に眠りにつきつつある俺の名を呼んだ。
『・・・・・・・・・』
そして続く言葉を聞く前に、俺は眠りに沈んでいった。
眼を覚ますと、下着がぐちょぐちょに濡れていた。
無論寝小便ではない。夢精だ。
それに犯人は分かっている。
「・・・・・・」
俺は無言で、顔をベッドの傍らに立つ白い少女に向けた。
『おはよう、アルベルト・ラストス君。よく眠れたかな?』
俺の視線を受けるなり、ニヤニヤ笑いでマティが言う。
「このクソ幽霊・・・人が寝てる時にリアルな妄想送り込むな、って言ってんだろ・・・!」
『あたしが帰ってもぐーすか寝てるあんたが悪いのよ』
面白くてしょうがない、といった様子を隠すことも無く彼女は言う。
『それより早く下着洗ったら?人目につかないうちに』
「余計なお世話だ!」
大声を上げて彼女を捕まえようとした瞬間、マティは軽く床を蹴った。
同時にスカートの裾から除く二本の足が、煙のようにぼんやりとした塊に変わり、俺の手が彼女を通り抜ける。
『それじゃあたしは情報収集に出てくるから』
そう言うと、彼女は宙に浮いたまま部屋の壁を通り抜け、宿の外へと逃げていった。
「〜〜〜〜〜ッ!!」
誰にも見えない幽霊相手に逃げるな、などと声を上げるわけにも行かず、俺は怒りを押さえ込み、堪えた。
夢の中とはいえ、あの幽霊を一瞬でも可愛いと思った時分が悔しくてしょうがない。
「あの・・・クソ幽霊・・・!」
俺は小声で小さくそう呟くと、それで怒りを発散させたことにした。
そろそろ下着を洗わねば、町の住民が起き出してしまう。
俺は溜息をつくと、替えの下着を出すべくベッドから立ち上がった。
(はやいとこ、天に還ってくれねえかな・・・)
ぐちゅぐちゅの下着の感触に泣きそうになりながら、俺はそう思った。
09/12/21 09:13更新 / 十二屋月蝕