老人と娘 ウンディーネにおける会話 |
かつてアクアリアという清水の精が、あの泉には棲んでいた。 彼女は数年前から旅をしていた賢者を伴侶として持ち、賢者と共にわたしたちに様々な智恵を与えた。 智恵を得る代わりに、わたしたちは賢者へ食料を与えた。 「この続きの史料はないの」 「んあ、ほら、そこの棚。一番薄い茶色のファイル」 「ん…と、あ。あったあった」 アクアリアはわたしたちの守り神であった。 上流に位置する泉は彼女によっていつも清らかに浄化され、下流の田園も大いに栄える事ができた。 しかし、それもいまや昔の話である。 「…ねえ、これなんて読むの」 「どれ、今手が離せないから持ってきてくれないか」 「やれやれ・・・どっこいしょ」 「年頃の女の子がそんな親父臭い言葉ついてどうするんだい」 「…そんなことより、これこれ」 「あぁ、これは方言だね。穢れたって意味じゃの」 「へぇ」 「どれどれ。ここらへんはもう解読できないだろう。わたしが代わりに読んであげようかの」 「え、いいの?やった。おねがいします」 ―これがわたしたちの村なのか。 川縁に咲く花々は絶え、木も黒く染まり、白樺も増えた。 魚も消え、田畑も荒れた。果物も実る前に腐るようになった。 川の様子がおかしいとはいえ、数日間の間にここまで急激な変化はありえない。 あの新月の夜から村は変わってしまったのだ。 男も女も肉欲に飢え、殊にわたしの娘も悪魔のような外見になってしまった。 わたしは無事な男を集めて調査隊を編成し、上流へと向かわせた。 しかし、彼らが戻ってくる事はなかった。 今やこの村で正気なのはわたしだけだろう。 「…ウンディーネという精霊が起こした事件だというのは判るな」 「うん」 「とある新月の夜という記述があるのだが、これは他国の文献にも恐らくこれに該当する夜の出来事が残っているんじゃよ」 「え」 「魔物の王に変革があった夜じゃ」 「あぁ、永い夜の魔法ね。多くの魔法使いたちが日記に書いたって言う」 「そう。そのとき、彼女と賢者は深い契りを交わしてしまったんじゃろうな」 「で、続きは?」 「無い。この筆者は、恐らく魔界に連れ去られておる」 「えっ」 「そして今も、魔物によって生きている筈じゃ」 「だって、永い新月の夜は何百年も前のことなんでしょう?」 「…淫魔となった愛娘に精を絞られ続けておるのかも知れん」 「そんな!」 「わからないからこそ、否定のできない推理なんじゃよ」 「…悲惨ですねぇ」 「わしらから見るとな」 「へ?」 「…もう、快楽に溺れきって、多分ふたりは幸せなんじゃろうて」 |
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