神官録 |
海に囲まれた岩山に、生命力溢れる木々が生え揃う島がある。
切り立った崖を崩して作った石段を登った先には竜宮と呼ばれる社がある。 竜宮の名は、霊験あらたかなる場所として地元から全国にまで知れ渡っていた。 その潮風を殺す林に囲まれた境内には、神を奉る神官と巫女が住んでいる。 ふたりは人々から尊敬の眼差しにある特別な存在であった。 文武両道及び容姿端麗他様々なものに優れたものだけが務める事を許されていた職であった為だ。 社を守る大切な職務でありながら、職務自体は奔放なものだった。 また就任してからの仕事がどうと言うわけではない以上に、神官らは国民が思うよりも気儘に生きていた。 ある程度の日課や季節及び時事に纏わる行事をこなしていくだけであったためである。 例えば、今。 ざざと昼前に境内で鳴る音は、その巫女が竹箒で土埃を掃く音である。 これこそが紅白装束に外套を羽織った女の日課であった。 「...はー」 巫女は汗を浮かばせていた額を拭い、空を見る。 冬空の淡い色には雲の白がより儚く映り、夏より低い天蓋は天上の神に近づいた気がする。 次に、本殿を見遣る。 何はともあれ、6日目である。 国々の民は口を揃え、かのものを神と讃えている。 事実、それに応える事が可能である絶大な力を有しており、かのものが天に昇る様は人を圧倒する。 しかしながら、当の本殿の座主は今、汗にまみれて男に覆い被さっていた。 二本の腕を男の耳元に立てて男の頭を固定し、浅紫色の髪先で男の耳先を擽る。 割れた口からは舌が伸び、涎が琥珀色に輝く雫となって滴る。 男の頬や顎に垂れて、一筋の光を反射する幕を作る。 黄金色の目で仰向けに寝る神官を見つめる。 煌々と揺らめく瞳は一心に男を見据え、その奥で揺らめく赤い火焔が男にまで飛び火する。 声を失うほどに息絶え絶えと肩を動かし、呼吸を整えている。 神々しい。 その言葉の軽々しさ。 一介の神にあって麒麟の如く生殖を持つ雌が発情して神官を押し倒す所作に、何の神性を見るか。 別段光の粉がかのものの周囲に舞っており、虹を見せているわけでもない。 凛とした佇まいや毅然とした身姿である訳でもない。 それでもかのものに対して揺るがず抱く一種の畏怖の念は、かのものが神なればこそであった。 存在に神々しさを感じずにはいられず、ゆえにかのものが何をしようが変わらない評価である。 これを言葉の軽々しさよと嘆いて矛先を誤魔化す事に、神官は理解ある青年だった。 「はっ、はっ」 この社において神官と龍による目交わいの営みを拝む事は禁忌とされている。 幾ら最中に於いてさえ神々しさを欠かなかろうが、許されない。 萌葱と青緑に分かたれた着衣が本殿の隅に投げ捨てられている。 体から汗なり何なりと、ヒトとあまり見た目で変わらない液を飛ばし散らしている。 あられもないのは愛嬌かもしれないが、神妙の乱心たる姿は信奉者に対し些か礼を欠くためだ。 光沢のある木張りの床にはその雫が玉になっており、独特の芳しい香を伴って蒸発する。 龍のにおいは生物的なものではない。 ただ、それはあくまでも超常たる高貴なにおいであるため、形容する言葉が無い。 社を包む独特な雰囲気とは、そういったにおいが境内中に拡散して覆っているのが原因なのだ。 「ふう、...。 っふう」 中でも本殿内はそのにおいで溢れている。 においが煙に見えるほど、濃く充満しているためである。 そのにおいに対し、人はあまりに弱く脆い。 劣情を催す芳しさに体は奮え、何をせずとも脳天達する程である。 噎せ返るようなにおいの中で組み敷かれている神官はそれでも気丈であった。 並の人間なら劣情に心身蝕まれ尽くされて咆哮するところだが、精神を一律に保っていた。 後頭部へと長く伸びる支天の角を鷲掴み、迫るかのものを張り抑える。 恐ろしい力だったが、男も必死で腕を突っ張る。 神の舌から雫が垂れて鼻の頭を濡らす。 「はぁ、はぁ」 6日間。 神官と社主はそれまでずっと途切れる事無く繋がっていた。 肌を重ね続けた故に、ふたりは体温や感覚さえも同調してしまっている。 神官が腕の力を緩めると、龍が突進してくる。 絶えず荒い息を漏らす神は、牙の生えた口で神官に繰り返し襲い掛かる。 巫女は嬌声を聞き流していた。 溜息に白い呼気が空へと消える。 境内の土埃を掃き終えて竹箒を片付けて、社の離れで新聞を読んでいた。 彼女は神官に対して、いったい何日間人払いをさせておくのかと呆れていた。 途方も無い信奉の根源にあるものは、途轍も無い神通力である。 その神通力を蓄えるため、龍はよく“休み”を取る。 大抵の伝説の龍に棲み処があるのはそういった理由がある。 「...うええ。まだ聞こえるよ」 そしてかのものらはある時を境に、女性の心体を持って顕現するようになった。 同時に食事の様式を変え、遂には信奉者らとの関係も変わって今に至る。 「暇な奴らね」 「...あんたも大概だけどね」 「まーね」 巫女のもとに、有翼の魔物が舞い降りる。 気品がありつつも、ルーズヘアによる子供らしさも残した鴉天狗であった。 鋭い目つきで人を敬遠させる天狗だが、海沿いの山に住む彼女は巫女と仲が良い。 鴉天狗は持ち前の銀色煙管から煙を揺らして呵呵笑う。 「最近四六時中盛ってんじゃん」 「本殿は実質あのふたりの盛り場だからね」 「巫女の本殿盛り場発言はどうかと」 巫女は天狗を見つつ肩を竦め、新聞に再び目を配る。 そして静かに、でも事実よと呟いた。 今度は鴉天狗が肩を竦めて、巫女の隣に座った。 かのものが神官の首筋に齧り付いて体をくねらせ、神官は魔性の汗を浴びて体を火照らせる。 幾度と無く繰り返された叫び混じりの喘ぎによって、お互いに喉が渇き通しである。 その都度喉を潤し合うのだが、常に潤し合っていても足りないほどに乾ききっていた。 ゆえに、ふたりは口を塞ぎ合ってなお汗を撒き散らすほどに動く。 互いの爪が無意識のうちに互いの背中を傷つけ、それに気付かないほど互いを狂わせている。 脳を強く絞るような絶頂にかのものは叫び、同調する神官も声無く果てる。 神官の四肢を雁字搦めにする長き肢体は、充分量の蜜を吸収して直ぐに枯渇する。 かのものは男を下にして唇から離れて仰け反り、御身を収縮させて更に搾り取ろうとする。 空気の塊だけを吐き出すような絶叫と共に、双房が鞠のように揺れる。 神官を締め付ける力は鼓動に順じており、その優しさは脈動を通じて増幅される。 挿し抜きによる運動ではなく、神官を収めたまま内部で恰も回転するよう蠢く。 敏感でもなお絶えず捻られるようにして搾られ、吐白を止めずかのものの肉に浸る。 純粋な意味での人を辞めている神官は、かのものが望むままに応じ続けていた。 しかしながら、幾ら注いでも枯渇の留まるところは無い。 終わらない淫獄に神官は喘ぐ。 「前々から思ってたんだけどさ」 「何よ」 「そもそも人間のあんたが龍神の巫女ってのはどうなの。白蛇いないの」 「一応言っとくと元々巫術は人間が編み出したものだからね」 「知ってるよそんなもん」 巫女と鴉天狗は縁側から離屋の炬燵に潜り込んで煎餅を齧っていた。 彼女は先日ここで出された熱いお茶で舌を火傷して以来、お茶を飲まなくなっていた。 その慌て振りは巫女が大変気に入るものであり、鴉天狗は時に茶化されるようになった。 長らく付き合っているが、巫女の友と呼べるものはこの天狗と出入りの忍と商人程度だ。 また、参拝客にも幾らか仲の良い者はいるが、鴉天狗以上に心を許す友は居なかった。 「...ウチの神さんにも白蛇巫女いるよ」 「知らなんだわ」 「訊かれなかったし」 「普通訊かんし」 天狗が蕩けた表情のまま口を開いて巫女に向く。 巫女はその口に煎餅を持っていく。 「神さんは信仰範囲が広いもんだから、遠い山奥で祀って貰ってるの」 「んん、へえ」 「必要とあらば召喚される」 「立場逆転してる気が」 「...人導力とか無縁な神さんだから」 精神汚染の激しい目合わいであった。 気を失ってもかのものによって続行され、起きてなお蹂躙される。 神官が求めての事の始まりであったにせよ、陵辱されていることに変わりなかった。 かのものは下になり、神官に巻き付く尾がかのものに出入りさせていた。 尾は神官から吹き出る汗を余す所無く舐め取り、背先の長毛で肌を刺激する。 神官の胸板によって潰された双房は揺れに応じて体を擦りつける。 鎖骨に浮かぶ琥珀色を舐めると、かのものは喜んで神官を抱きしめた。 そこはかのものの中で最も甘い部位である。 糖蜜こそ溢れてこないが、温度も比較的冷たく気持ちよいものであった。 ただし、独特の香りが最も強く放たれる場所であり、舐めていると最悪命が削られる気分になる。 かのものは4本指の掌を神官の両頬に添える。 爪長く重ね重ねの頑丈な鱗が、熱い神官にひと時の冷涼を与える。 その掌の奥は神官と同様に滾っているが、かのものはその冷たさを神官に与えて活力を取り戻させる。 昨今は数年毎に水不足による飢饉により、困窮する機会が多い。 貧窮の都度に神通力の行使を求められる水神は、幾ら活力を補給しても充足しない。 そこで効率の向上を画策したのは他ならぬ巫女である。 彼女の神通力は普段より貯蓄するべきであり、必要時以外にも顕現力を行使するべきである。 崇め奉る人間を増やすことにより、更なる神社の発展を考えてのことであった。 巫女は古来の礼節を大きく重んじない性格であり、特別仲の良いものも妖怪であった。 ある意味において神性を脅かす行為に当たることも一向として意に留めないのだ。 神官はそんなじゃじゃ馬な巫女を止めきれずにいた。 そして、彼女の案に対して水神は相当の理解を示した。 水神が乗り気になったのは、神官を気に入っていたゆえにあるのだろうが、そこに神官の心は無かった。 しかしながら神官は意見に頷く前に、押し倒される。 それが2年ほど前のことである。 確かに参拝客も増え、神社の影響範囲は広がった。 今の龍神の力であれば、政事の一端を握っても問題は無いだろう。 そこで漸く神官は首を縦に振る。 押し倒されて何度体を交わしたかわからないが、神官はその上で行為を認めたのだ。 神官は水神を受け入れた以上、責任を持ってかのものに接した。 神官は果て、かのものは甘受する。 感覚に痺れをきたした神官の髪をかのものは優しく撫でる。 そして深く口を交わして神官に精力を与え、かのものは息をつく。 神通力の混じる活力を得た神官は、ゆっくりと臀部下の一枚鱗を撫でた。 |
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