改編少年録 |
この世界は不思議で充ち満ちていた。
だって、そうだろう。 人が花と恋する伝説があった。 人が魚に成るお伽噺があった。 人が魔性と化す寓話があった。 我らの祖先は、きっとそんな夢物語が大好きだった。 そうじゃなければ星座なんて、誰が思いついた事だろうか。 熱中症に気を付けようが気を付けなかろうが、外を歩けば倒れてしまうと錯覚させる強暴さを秘めた日差しと照り返しの夏の日。草々が身の成長を謳歌する青い大地の中、疎らに在する茶軸の緑は凪ぐ風に揺れず、茂りに誇っている。少年は周囲と自身に溜まりゆくばかりの熱に浮かされて、大きな木陰で茹だりきっていた。彼は大きく節くれだった木の根と一体化するかという程に動かざること山の如しを体現しており、ただ黙って空の青を眺めている。沈黙することや仰ぐことといった少年の現行動の全ては、夏の暑さに精神を殺されかかっているためである。しかしながら少年は何らかを思案することすら、一人では侭成らなかった。何をするまでもなく疲労し、そして何をする気にもさせない熱気であったのだ。天上高くに映える青は仰ぎ見ている少年を引き込もうとより青くより青く彩度を上げており、少年はと言えばそれに引き上げられ昇ってしまわないように、木へ対してほぼ全体重で崩れきっている。それは座ると言うより寄りかかると表現した方が辛うじて合っているのだろうという、非常に曖昧な体勢であった。 顎から喉に伝う汗が服に染み入り、服の色は一部だけ濃くなった。もう何度同じ現象を繰り返した事か。その染みは直ぐに渇き落ち、元々あった色に戻っていく。 「暑がりね」 樹上から、涼しげな声が聞こえた。 「貴女が変なんですよ」 少年は気怠そうに唸る。 そこで自身の渇いている喉に気付いて水を欲するが、生憎少年は何も持っていない。 木の上の方が本当は涼しいのだろうかなどと考えるが、身体を動かす気力もない。 仕方がないとばかりに、非常にゆっくりと首を動かした。 熱で弛緩する首の筋肉が若干の痺れを伴って木陰を覗く。 視界の端、幽かな暗がりの中から、細い脚が映り込む。 「人間ってのは相当に弱いんだから、やんなっちゃうでしょう」 「いやぁ、それが全く」 「諦めて認めちゃえばいいのに」 くすくすと、あくまでも慈愛に満ちた声は笑う。 面白いことや楽しいことがあるのだと、その小さくも通る声は高々と主張する。 「魔界はいいところよ」 「嫌」 「むう。どうしてそんなに強情なのかしら」 女の声は朗らかであった。 その上機嫌も、彼女の心情を知れば解り得るところはあった。彼女は後ほんのもう一息だけで永遠の愛を手に入れ、半永遠を恋に燃え盛り愛の疼きを晴らしていられると思っているのである。当然ラストスパートよろしく意気込んで、その相手である少年に近づき、話し掛ける。 「認めちゃったら、僕は終わりだろう」 少年は無言で首に掛かる力を緩め、再び全身を木の根元に預けて空を見る。彼女の事を鬱陶しいとこそ思っていないが、それでもやはり今の彼女にいい思いをしている訳ではない。愛される事に疲れていたと言ってしまえば究極に容喙な表現となってしまうものの、それもあながち間違った答えではなかった。 溜息を漏らして、呻く。 すると、娘は木の上からすらりと伸びるシルエットの足を下ろしてきた。暗色のタイツに、アンクレットを模した端から始まる黒と白のブーツ・カット型のレッグ・アーマーを付けている。異常なことに、彼女と言う存在はタイツ越しからであったとしても、その五指ひとつひとつが妖艶の気を放っており、一目見るものにも衝動を中てつける。そこに例外は無く、少年も同様である。彼女を一端だけでも見たならば目に一筋血が走り、視神経を通って脳が揺さぶりかけられる。心の臓を柔らかい手で包まれ、そこから優しく力を加えられている感覚を覚える。 「ううん、始まるの」 本来であれば姿に匹敵する衝動を聞く者に与え、心を掻き乱す性質を持っている彼女の声が、だらけて否定する少年を甘く諭す。 しかしながら彼はこれらの衝動に対して剰りに永く触れて来ており、彼女に対して起こり得る衝動に既に慣れきっていた。少年はこの衝動を、日毎の生活のうちに起こる定期的な発作だと錯覚すら抱いているのである。そんな少年を一種の中毒者ではないかと呈しても、彼自身は神妙な表情をとろうが地団駄を踏もうが、否定の句を漏らす事は無かった。事実、そうであった為である。 「…何さ」 女はくすくすと笑いながら、少年の視界に足を往来させていた。少年は面倒だと言わんばかりにその足を睨め付ける。しかし、彼女は少年のその仕草に対して一層の喜びなり楽しみなりを得るらしく、少年が無視を決め込んでから少々の時間が経つまで、ふらふらと足を揺らしていた。視線に与る事の素晴らしさを、この女は知っていたのである。 「つまんない」 しかし、やがて飽きる。 無視を決め込まれてから暫くして、女は不満を漏らした。 「あ、でも。これって放置プレイってやつ?」 愚痴を垂れて一瞬経つや否や、彼女は考え直して楽しみを新たに見出した。 少年は首を捻る。 この女は、人間とは、少なくとも自分自身とは違った回路を持っている。価値観の相違についてはこれまでの間にうんざりするほど話し合いをした事がある。しかしそもそもの話で協議の余地が先ず少なすぎた上、例え議論が熱中しようとも平行線のまま水掛け論で終わるばかりであった。最終的に少年は口を閉ざす他が無かったのである。 どうしようもない。 「放置プレイには物足りないから、これって焦らしプレイなのかなぁ」 女は身体をくねらせて笑っていた。 少年は嘆息する。 どうしてこんなやつと会ってしまったのだろうと、心の中だけでことり呟いた。 夏の暑さに身を溶かしながら、昔を思い出す。 少年の名前はこの際置いておくとする。 そんなことよりも重要な事があった。 彼女の名前に関する事だ。 いや、元より親から付けられた名前が彼女にあって、その名前が重要である、というわけではない。そもそもにおいて彼女には親から付けられるべき名前が無く、結果として少年によって彼女が名付けられてしまった事が、他の何より重要な点であった。 気付いたら生まれていて、気付いたら考えられるようになっていて、気付いたら母が居て、気付いたら父が居た。そして彼女はまたもや気付いたら知らない場所にいて、そして初めて自分自身の意志で少年を見て聴いて惚れた、らしい。物心がついてから数年を経過させた少年が彼女から聞いた話である。彼女自体があまり信用に足る存在ではないという点においては少年も十分本能的に理解していたし、とりあえずはこの供述の線で彼女と話を合わせてみようと思ったのが始まりである。もっとも、その知らない場所というところが少年の家の庭であったところからも、怪しさの充満具合が饅頭よろしくぎっしりとした密度である。少年がいくら少年であったとしても、全てを信じてしまう程愚かで純粋な人間ではなかったと、少年を褒めたり貶したりする事も出来るだろう。 とにかく、そうして彼女と少年は初めて相対した。 会って数十の日が過ぎて、数え切れない時間を共に遊んで過ごした。 そして、少年はある日彼女に名前を付け、それを彼女が了承した。 名前を付けるという行動は、魔のものにおいて限ればある種の原初的な告白と同義である。使い魔と言うには意味を違えている上に、剰りに恐ろしく強大すぎる力を持っているものの、どの道にも名づけによる呪縛効果は魔のもの以上に人間に効果的な節がある。なまじ彼女に名前が無かったばかりに、少年は彼女を自分の精神の内に無意識で迎え入れてしまった事になったのだ。そんなある日、少年は彼女に誘われた。記念するべきか忌念するべきか、少年が目合わった最初の日である。 とは言っても、当時はあまりに少年であった彼は、少女であって本能から娼女であった彼女に耐えきる事が出来なかった。それから幾度のそれを繰り返した折に、少年が一通り彼女に対応して耐えきり、彼女を喜ばせる事が出来るようになった頃。それこそ正しく気付いた頃には、少年は少年のままであるにも関わらず、少女は女になっていた。 過去から現在に至る顛末を想起し終えると、喉元まで額から滲んだ汗が流れる。口を開くと上顎の渇きを一層の意識してしまい、更に熱が肺にまで届いて居心地の悪さを引き立たせる。 そんな中、渦巻管と脳味噌に優しい心地良い鼻歌が聞こえる。 笑っていたままでこそなかったが、相変わらず彼女は楽しそうであった。彼女の世界全てに対する楽観視は世界を救う一つの手立てではないかと、少年は呆と考える。 今度は藤色の尻尾が目の前で揺れている。 少年は改めて項垂れた。 「どうして」 自然、口から言葉が漏れる。 「会ってしまったのだろう」 「うん」 娘は上げ調子で、少年の言葉に対し言い放つ。 「かあさまと、とおさまが、きみの元へ遣わせて下さったのよ」 すとん、と少年の目の前に藤色が落ちてきた。 それは長い髪と翼の色だった。 彼女は眩しすぎる夏の日差しには比較的安心をもたらす黒を基調とした服だった。しかし目に優しい服だと言っても、その露出度はあまりに高い。逆に目に毒となっている。その上彼女の肌は相当に白い。彼女は赤子のような玉肌に香薬か何かをすり込んでいるのか、その姿は妖艶極まりなく、ひどく扇情的なおしとやかさがあった。目の保養になるどころか、どうしようもなく目と精神衛生上悪いものである。 「あは」 自身の髪を摘み、緩やかに指に巻き付けた。 彼女は少しずつ滑るように、少年に近づいていく。 「…はは」 彼女の息遣いを感じた。 彼女の長い睫が震えていた。 少年は笑顔で音も無く寄って来る娘を、半ば笑い返すも呆けて見ていた。 「ん」 そして、ふたりの顔が合わさった。 少年は抵抗の一切をしなかった。 それは夏の暑さのせいだと内心いいわけして目を閉じる。 すぐ迫るであろう快楽を受け入れんとする身体を、心の奥が拒否している。 しかしながら、そんな少年の心などは本能を持ってして彼女には見透かされていた。 少年の心を弄ぶように、娘はくっついたふたりの距離を更に詰める。 スキマから粘膜のある、人間よりも冷ややかなものが侵入してきた。 「れろ、んる、ろ」 「ん」 「…ちう」 少年がうっすらと目を開けると、彼女は目を瞑りながら優しく微笑んでいた。少年にとって、彼女とのそれは納涼に丁度良かった。触れる場所はしっとりとした冷気があって心地良く、薄めだが柔らかい唇は安堵を覚えさせて気持ち良く、何より彼女と触れ合う事によって満たされゆく想いがあった。それ故に、少年も心の奥を置き去りにして彼女を求めたことは、至って自然な所作であった。 絡み合い、ふたりの隙間が埋まっては離れてを繰り返す。動作はいずれにも繋がりを断ち切る事無く、ただ触れ合うことそれ以上を互いに堪能する。 そしてふたりが深く繋がったとき、娘は少年を強く吸った。 先の青空もかくやの吸い込み様は正しく魔性の魅力で昇り上げられる感覚を伴う。 更に、こくん、と、彼女は少年の息と唾液を嚥下する。 その拍子に少年の舌は彼女の喉にまで滑り込まされた。 舌が唇と喉で柔らかく締め上げられ、同時に甘噛みされる。 数秒の後は続けざまに、彼女は少年の口の中を激しく貪り始める。 舌の裏から下の歯の裏へ、奥歯まで迂回してから上顎を舐め、上の歯の裏を擽り、舌の全てを啜って掻き回した。 それを何度かランダムで繰り返して、少年は頭を強く抱かれる。 娘の甘い息が鼻から漏れて頬に当たる。 彼女の双眸には優しさに狂って揺らめく火が灯されている。 大層甘く、どろどろ感じる熱が少年の視界から彼女を浮き彫りにさせる。 さらさらとした肌触りが、体全てと心を鷲掴みにして離さない。 例えるなら極上の真綿で成る鎖に雁字搦めに包まれている感覚に似ている。 断ち切ることも容易に感じるが、全てを無視して眠り込んでしまいたくなるのである。 これは魔性の鎖に他ならない。 眠り入るにあらばと目を瞑る少年には、娘からの愛によって高揚に包まれる。 その高揚の由来は、顔の左下から耳の後ろにまで触れる彼女の右腕の細さであったり、その腕の上に掛かって少年の視界を狭める左腕であったり、肩から胸にかけて押し付けられて形を変える服越しの胸の柔らかさであったり、体勢を取る為に抱きついた先にあった背骨の硬さであったり、するりとしたラインの腹をわざわざ密着させて感じる温もりだったり、少年の体を挟んで離さない太腿に掛かっている力であったり、時折漏れる彼女の声であったりした。 娘は唇を合わせたまま正面を向き合い、少年の唇の感触を楽しんだ。 唇端から漏れた涎は彼女の顎を伝い、長い糸を引いて少年の鎖骨の窪みまで垂れ落ちる。 少年は座りながらにして、彼女に仰ぐよう抑えられる。 愉悦に陶酔しているらしい女はその大きな目を瞑り、上気して眉を顰めている。 その剰りの煽情振りに、少年の心臓が跳ね上がる。 心音が行き届いたことに端を発したのだろうか、そのタイミングで彼女は目をうっすらと開けて微笑み掛け、潤む瞳で少年を釘付けにする。まるで金縛りの魔物とでも遭ってしまったかの様に少年は動けなくなり、彼女はその間に少年の口腔の粘膜をひとまわり、ふたまわり、もうひとまわりと舌で撫でる。また、驚くほど優しく咽喉の入り口を転がす。 そして顔を大きく傾け、少年の為だけに開放した唇を押しつける。 少年は金縛りが解けたと同時に、強く目を見開く。 喉の奥にまで、どこか冷ややかな舌が這入り込んで来る。 「か」 久しく声を発していなかった少年が、無理やり一瞬だけ言葉を強要される。 しかしながらそれは一言、或いは一つの単語を許可された訳ではない。 喉の奥から空気を掻き出され、喉を弾かれて音を発てられる。 音を漏らされた、と、言うべきですらあった。 そんな少年へと娘は更に飛び込んでいく。 「んぷちゅ」 蹂躙。 互いに会話にならない程度でしか、音を発せられない。 喋る事などは到底出来ず、少年の手は娘の後ろで宙を掻く。 無言の中でも、少年は一方的に責め立てられていた。 自らの意思と関係なく、ぼろぼろと涙を零した。 悔しかったわけではない。 特段嬉しかったわけでもない。 ただ涙が目から溢れ、頬に零れ続けたのだ。 その涙が娘の鼻頭を濡らした。 彼女は少年の中で歓びの鬨を上げる 彼女の唇は少年を追い求める。 彼女の吸い付きは少年の魂を引っ張り出す勢いを持っている。 彼女の舌はその出てきそうな魂を、喉の奥で押さえつけている。 言葉を発せられたところで、少年に出る言葉は無かっただろう。 この時の少年には、一切の言葉が失われていたのだ。 言葉どころか、意識すらも半ば失っていた。 「ちゅう」 更に、一瞬だけの猛烈な吸引。 その後に、粘膜のある涼やかな肉感の触手が喉の奥から離れていく。 喉彦が絶え間なく刺激されていた少年にとって、その解放は待ち遠しいものだった。 納涼を手放すのは口惜しいが、それでも流石にこの刺激は辛い。 これ以上変に成り往く感覚を、少年は僅かに失わなかった内心のどこかで懼れていた。 「ぷはっ」 勢いよく娘は少年から顔を離す。 彼女の唇からは光る糸が伸び、少年にまで届いている。 その恍惚の糸は重力に従い地面に向かって弧を描き始める。 少年は漸く娘の顔の全貌が見えるようになる。 目はこれ異常ないほど潤みきり、眦には雫が溜っていた。 しかしそれでも爛々と輝いて少年を見据える姿には、まるで兎前の鷹かと錯覚させる雰囲気がある。獲物を狩る目であって、少年を欲する目であった。 顔から首までが上気しており、双肩は上下に動く。 そこから地続きにある豊艶な胸元に唾液の糸は落ち着いた。 既に鼻息の荒くなっていた少年を見て、女は微笑んだ。 「休憩しよっか」 娘はいたって優しく囁いた。 それは一種の猫撫で声であって、甘える雰囲気が少年の心を擽り掛ける。 揺らめく目の力と声色のギャップに違和感を覚える。 そのギャップこそが魔性のものと人間の違いだと感じる。 素晴らしく心地よい提案であったが、少年は呆然として彼女の甘言を聞き流す。 今の状況から掲げられた彼女の言葉には、少年を甘んじる場所が与えられていない。 彼女がそんな生優しい者ではない事ぐらい彼はとうに知っていた。 「なんてね」 それは予想通り。 そして下らないまでに、彼女らしさに溢れきった率直さがあった。 彼女の存在は純度の高い、最悪性をもつ最高級の媚薬である。 予測だけは可能だが回避は不可能である。 見るだけで脳が爆ぜてしまう。 そういう女なのだ。 「じゃあ、本番だね」 「…好きにしてくださいよ、もう」 「もちろん。好きだもん」 はにかみつつ、彼女は大胆な行動をとる。 急ぎ調子で少年の上着を剥ぎ、自身も同様に胸部を露わにしたのである。 彼女の胸を一言で評するならば、豊満である。 柔らかくも張りがあり、滑らかできめ細かい肌は普段ならばさらりと袖を通すように腕を滑らせゆくものの、情事の時においてはしっとりと手に吸い付いて離れることを拒んでくる。また揉んだ次第で乳香よりも甘いにおいが立ち昇り、それを嗅ぐだけでも涎が溢れていきり立つところである。更にその先端にある小さめの乳頭は硬く、涼やかな房と比べると温かい。彼女の汗は桃娘と呼ばれる重篤な糖尿病患者のそれよりも自然な甘さをもつが、この部位から出でる汁の甘さは他のものから逸しており、蜜と称するほか無いものである。そして何より、彼女はここが弱い。少年を魅了し尽くしてもなお豊かさに富む双房は、少年を満たし娘自身をも満たす。それは言葉に一切の違えを生じさせず、やはり豊満一言に尽きていた。 少年が彼女の胸に手を伸ばすよりも早く、彼女は藤色の尻尾を少年の背中まで回す。 彼女で最も冷たい部位である尻尾が、少年の茹だった意識に涼を与えた。 それが、堪らなく心地よい。 「ん」 「んん」 少年が娘の胸に掌を合わせたとき、娘はくぐもった単音を漏らす。 そして頭を垂れて少年に凭れ掛かり、かつ腹を離した体勢で少年に再度被りつく。 上半身に舌を這わせつつ、右手は少年の頭の後ろへ。 少年の左肩前に唾液の軌跡を残しつつ、頭は幼子を撫でる様にゆっくりと動く。 そして、残った左手は少年の下腹部にある怒張へと向かった。 「あぅう」 娘は舌で少年の乳頭を吸い、転がした。 右手は体勢を保ちつつ、優しく頭を撫で続けている。 左手はシェイカーを片手で振るように、リズミカルに扱き上げる。 あくまで緩く手を曲げて筒状にし、そこに少年を入れて振る。 連続する手首のスナップは不規則な動きをもって、少年をあらぬ方向に飛ばしていく。 すると次第に、そこから湿った音がする様になった。 その音を聞いて、ふふ、と娘は笑う。 首筋を舐められていたために、そこに息が掛かり、思わず鳥肌が立つ。 敏感に反応して空を見上げて呻く。 淫靡な風に当たった唾液の軌跡が疼きだす。 女の豊満な胸の先が腹筋に擦れて、不思議な感覚を呼び起こさせられる。 滲み出た汗が彼女のものと混ざり、皮膚の上で蒸発しては凝縮され、骨にまで染み渡る。 全身に彼女の汗や涎が巡っていく感覚は、深い酔いに翻弄されるに等しい。 その陶酔を加速させようと、彼女は緩急をつけていた扱きを急一択にして絞り込む。 彼女の手は柔らかいだけではなく、唇や胸と同様にどこか涼しげな感触もあった。 ただ、その指からも媚薬が漏れだしているかのように、触れられれば触れられる程、怒張は更に勇み立ってゆく。 少しずつ脳が掻き混ざって灰色になり、その表から沸騰した気泡が上がる。 次第に耳が遠くなり、彼女の漏らす音が体内から反響してくる。 徐々に視界が白んでゆき、娘を捕らえられなくなってくる。 そして少年が達しそうになる頃を見計らい、娘は手を止めて暫く少年を舐め続ける。 首から顎、顎から唇へ、そして再び口腔へと、彼女の舌は伸びていく。 ほぼ一方的に唾液を絡めあい、より深くより近くへと少年を誘わんとする。 ある程度少年の怒張が最高潮より落ち着くと、再び掌を緩く丸めて扱き始める。 偶に、女は自らの唾液を触れ合う場所に垂らし、ゆっくりと少年に馴染ませる。 しばらくそれら一連の動作を続け、それが何巡したか定かでなくなる頃。 娘に握られていたものは何をせずとも痙攣を始めて止まらなくなる。 溢れ始める予兆を感じた彼女は淫ら気に口角を上げ、目元を垂らす。 彼女はその振動を感じ取って即、その根本を人差し指と親指で締め上げた。 次に、軽く口付けしながら緩やかに少年の脚伴を脱がせ、下半身を露出させる。 自らの豊満を持ち上げてその先を少年の口に含ませる。 少年に覆い被さる形で、彼の局部に自分の快楽をあてがう 先端を挿していくと、彼女は既に濡れていると少年も判り得た。 その温かくも涼やかな中に、ゆっくりと入っていく。 そして、彼女は指を離す。 瞬間、怒濤した。 「んんんんんんん!」 「はぁぁぁぁ…」 少年は声にならない叫び声を上げた。 娘はより快感を甘受しようと、少年を一気に奥へと突き刺した。 蠢く壁は悉く彼を包んで刺激を催す。 迸りは彼女の脈動に連動し、奥へ奥へと運ばれる。 彼女を噛みきらないように注意しつつも、意識を嬲られる。 わざわざ娘は少年を中で爆ぜさせた。 彼女の中は、手や胸と比べる必要がない。 一言で表すなら、死だ。 少年にとってのその快楽とは、正に最上級の死と似た感覚であった。 他の追随を赦さないその心地良さは狂おしさを掻きたてて心を乱し尽くす。 冷ややかであると感じつつも、曲がりくねったうねりの沼に身を預ける。 壁の奥にあるその終点の熱さに蕩ける。 徐々に狭まる中はきつく、それ以上に優しすぎる。 彼は目を強く瞑り、瞼の裏で白目を剥いた。 彼女は自由になった両手で少年の口から胸を抜き取る。 長く甘い藤色の髪が少年の頬に触れる。 目と目が合う。 彼女の口の端からは、未だに光る糸が垂れていた。 にこり笑うことを絶やさず、されど少年を蹂躙する事も絶やさない。 全身にうっすらと汗を浮かべて、そのにおい諸共少年に快楽を送り込む。 光る糸が、荒い呼吸のために小さく開けていた少年の唇の間に流れる。 顔と顔との距離をおいて、その唾液は与え続けられる。 例え心が拒否しても、口が勝手に大きく開きだす。 蜜は世界のどんなものよりも甘く、しかしいくらでも飲み込めると思えた。 「…」 やがて供給は処理量を上回り、少年の口とその周りには透明な蜜でべとべとになる。 彼女は少年が全てを嚥下するまで時間をおいて待ち続けた。 絶え間なく少年を煽動し続けながら、にこり覆い被さって待っていた。 少年は口から立ち昇る芳香にとうとう頭を打たれ、途中で顔を傾けて蜜を零し出す。 零れた蜜は少年の右頬を伝い、彼女の腹から少年の太腿の裏にまで届く。 少年の目は既に焦点を失っていた。 その様を見て、娘はくすり笑った。 そして少年の顔を胸に埋めなおし、とうとう腰を振り始める。 壁はうねりをあげて、怒張は鎮まるところを知らない。 狭すぎずも緩すぎない彼女の愛なる蜜の楽園は少年の理性を刈り取っては磨耗させる。 渦巻く迫りを許しきれずに言葉を失って動けない。 顔も下半身も彼女の中に収まったまま、シェイクは続行された。 シェイクの都度感度は上がり、ついに白よりも色のない世界を感じる。 下着がぐちょぐちょに濡れていると知る。 少年は再び、一度目よりも猛る限界を迎えた。 「 ぁ ぅ 」 女は声を出させない。 呻かざるを得ないその瞬間、彼女は少年の顔を谷間から離した。 そして再び、口を合わせたのである。 今までの一連の中で最も強く。 彼女はこれ以上ないほど喉の奥の奥まで舌を這わせた。 吐き気すら無い。 ただただこみ上がるそれは快感であった。 一度目よりも長い時間を掛けて彼女の奥の奥に欲望を注ぎ込む。 彼女もそれに答えて全ての欲望を飲み干していく。 数分の後、娘に注ぎ終えた少年の怒張は緩み始める。 心血を凄まじい大悦に焼却され、なりを潜めていく。 「れろ。 ん。 ちゅ、ぱ」 拗音。 言葉になり得ない音。 少年が呆然としていても続けられる熱心な口づけの最中、女は尻尾を巧みに用いた。 その先端は少年の下に潜り込み、無理矢理に彼の中に入ろうとする。 氷が肌を滑ったと錯覚し、その急激な温度の変化に驚く。 当然、少年は覚醒して直ぐに抵抗を始めた。 思わず娘の舌に噛み付いた。 しかし、あえなくも。 彼女の尻尾は徐々に少年の中に入っていった。 そもそも、少年の体格を上回る彼女に覆い被さられ抱きつかれている。 可能であった抵抗など無いに等しいものである上に、舌に噛み付く事は即効性の毒に触れたようなものである。少年は数瞬の間、意識どころか少年にとっての全てを失ったのだ。 娘なりの優しさなのだろう。彼女の尻尾は普段、先端がかなり大きなハートの形をしている。しかし今はそのハートがかなり小さくなっており、だいたい少年の怒張の半分程の太さにまで縮こまっているのだ。しかし、それがどういったものであろうと、結局少年にはたまったものではない。幾ら傷つかないように小さくしていても、幾ら潤滑に富ませていたとしても、待ち受けるものは未経験の少年にとって恐怖の対象でしかない。彼は女の尻尾は思い切り掴んだ。存在が強烈な媚薬と変わりない彼女を力一杯掴む事、それだけで少年の意識は飛びそうになった。そうして気が抜けた瞬間を見定めると、彼女はより深く侵入してくる。少年は女を強く握りながら、彼女にとってはそれすらも悦びであったらしいと気付く。すると、少年は諦めて尻尾を扱いて彼女を喜ばせてやる事にした。 不思議な感覚だった。 快楽に溺れるとはこの事かと、少年は理解した。 強烈な異物感。 しかしそれ以上の愉悦。 入っているのに、入れられている。 怒張を絞られ締め付けられ、尾を締め付ける。 その状態が、口の中だけで起こっているわけではないのだ。 娘の中の肉が波打ち、尾がゆっくりとした動作で暴れ始める。 双房がゆるやかに形を変え、胸に押し付けられる。 涙に濡れる。 汗に溢れる。 蜜に溺れる。 熱に汚れる。 この行為の全てが脳にとって異常に熱く、非常に涼しく、疼いて火照り、痺れて冷えた鋭い刺激となって襲いかかってくる。 彼女と交わした口づけどころか抱擁だけで果てたのが、ふたりの最初であった。それを思えば、相当進歩したのだと思う。しかし、耐えられない限界というものは当然のように存在し、それは至極当然に耐えられないものであるのだ。少年は悶絶して意識を明滅しながら、悟りの境地に足を踏み入れたような気がした。 少年は唾液を交わしながら、女の腰に手を回した。 女は未だ腰を振っているが、その勢いが少しだけ弱まった。 ほんの一握りの瞬間だけ現実に返る。 暑い夏だ。 蝉の鳴く、草原の中の大きな木の下。 ここにはふたりしかいないが、それでも私有地ではない。 誰かが来たらどうしよう。 誰かが見たらどうしよう。 ほんの一瞬の現実では、これらの疑問を解決できなかった。 じゅぱじゅぱと普段口で発ててはいけないと思われるレベルの下品な音を、お互いの口から響かせる。ふたりは全身を汗で濡らし、顔を涙で濡らし、上半身を唾液でべっとりと濡らし、下半身を愛液で濡らしていた。少年の胸と娘の胸の間には、ふたりから出た液が差し詰め窪地に集う水の如く溜っていた。 随分長い時間だと思った。 相当短い時間だと感じた。 少年は三度目の限界を迎えかけていた。 喉から舌が抜き取られ、唾液と涙と汗でまみれた彼女の顔が見えた。 至上無く嬉々とした表情の口には数本の糸が引いている。 においは鼻を麻痺させるほど濃く充満して、糸に反射する光がやけに眩しく見えた。 「そろそろでしょ」 少年が答える間もなく、彼女は再び彼にかぶりつく。 より激しくキスを交わした。 より必死に腰を振った。 挿し挿され、ふたりは連動して快悦を感じ取った。 涼しさのある蜜に溢れた壁が、少年を搾りきろうとする。 少年は今までのお返しとばかりに、彼女の最奥部よりも更に奥に侵入しようと彼女に突き立てる。以外、少年の思惑は成功した。 「あ」 娘は短く叫び、腰を止めて少年を強く抱く。 翼も使って少年を包み込んだ。 壁が勢いよく収縮する。 より奥へと、少年を引込んでいくかのようだった。 そして最奥部まで無理矢理に引込むと、最早内臓と言っても過言の無い場所が、自然、ふるふると動いた。 蜜塗りの壁が暴れだして、彼女の尾までが大きく震えだす。 彼女の奥の内臓が少年の怒張に口付ける。 今までで最も強く握りしめられながら高速で扱かれ、擽られる感覚が襲う。 少年はそれを体験すると、一気に爆発した。 同時、ふたりは夏空に叫び絶つ。 娘と少年は寄り添い支え合う様にして、そのまま気を失った。 「ねぇ」 ふたりは夜になってから目を覚ました。 それから昼の間からずっと繋がっていた事もあって、朝までの間に夜通しで幾度と無く快楽に浸り楽しみ続けていた。そのせいでふたりの周囲は水が溜まり、互いの背中は種々の液が混ざり合って乾いた泥で汚れている。ふたりは座位から横になって距離を稼いだ休憩を挟みつつ、上下を交替して肉布団を被り合い、抱き合い、口付けを交わして舐め合い、叩き合って互いの肉に吼え合い、強く締め付けては快楽の証を流し合い、背後に回って突き突かれ合っていた。 朝日が昇り始めたのは少年が攻め手であった時であり、昇り来る太陽を眺めながら突かれ続けていた娘は、喘ぎ混じりに少年へ訊ねた。 「なに」 少年は拍子をとったまま腰を振る。 彼女の問いに答えるべく、上げ調子で彼女の言葉を待った。 幾ら衝いても飽きの来ない壷に、少年は正しく囚われの身となっていた。 千変万化の彼女の動きに、周囲を包む甘い熱気。 熱帯夜を越えるべく涼やかな彼女を求めて繋がり、流れに乗じて貪り尽くす。 自我を保ったまま、自分の意志で彼女を地に這わせて突き上げる。 「認めたらどう? んきぃっ、きみっ、んっ…イン、キュバスなんっだ…って!」 翼はすっかり展開して興奮に酔いしれ、しきりに痙攣して微風を吹かせる。 少年はその翼の根元を持って自身を支え、彼女に強く刺していた。 しかし、朝日で照らされた彼女の背中に浮かぶ泥を見て、少年は翼から手を離す。 彼女の背中を優しく撫でて、泥を払い落としていった。 「嫌。僕は貴女から魔法を教えて貰った、ただの魔法使いだよ」 「確かに、魔法、はぁ…ぁんっ、教え、た…、けどもっ」 娘は唸る。 少年は腰を止める。 流石に彼女の言葉が聞き取りにくくなってきたためである。 上半身を大きく揺らす彼女の呼吸が整って落ち着くまで、少年は黙って待っていた。 頭上の木が温い風に揺れて小さくざわつく。 天高く千鳥が劈いて駆ける。 太陽の光が少年を包む。 「これじゃあ、いつまで経っても私は魔界に帰れないよ」 口を尖らせた娘の横顔が、少年をじっと見つめながら訴える。 少年は視線で射殺す事も出来そうなその目を直視せず、朝日近くの雲を眺め続けた。 そしてただ鼻で笑って、彼女から身を引き離す。 彼女の中から気泡の爆ぜる音と共に快悦を抜きとる。 怒張は踊るように跳ねて、彼女の尻に混濁を散らした。 娘は少し驚いた声を拗音にして漏らし、不満気に息を吐く。 少年の怒張はどろどろと融けた様にも見えた。 そしてそれは娘の壷も同様であった。 ふたつは元々が同一であったかのように、よく溶け合っていた。 少年は彼女の腕を引いて起こし、自身より大柄であるが細く丸みを帯びた双肩を掴む。 向き合い、少しばかり頬を膨らませる彼女を見返す。 「絶対に認めるもんか」 吐き捨てるように、少年は断固として答えた。 しかし彼の目を見た娘は少女然とした無邪気さで笑い返す。 娘の少年を堕とす為に繰り広げる試行錯誤の毎日が、再び始まった。 |
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