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昔00 魔王の娘 |
最初は肌全体の痺れだった。
何と無しの気紛れで、私は山頂を目指して歩いていた。 気温差によって体に変調をきたしたのかと、少しばかり考えた。 しかし、それはエルフとして考えにくい。 あくまでも聖域のある山に、弱所を見出すことは難しいものだった。 (どうかしちゃったかしら) 休憩を摂ることが必要だと考えた。 少しばかり休めば、不調から回復すると思ったのだ。 草の弦を生やして編み、岩の上に乗せてから座り込む。 一息つくと、眼下の景色を見渡した。 人里があり、羊の群れがあり、牛の列があり。 遠くに見える人の街では、今は一体何が起こっているのだろう。 空は澄み渡って風も無く、たゆたう雲に届かずに煙突からの煙は消える。 鳶の廻旋の下には、小鳥が渡る様子が見られる。 ふっとした早さで、川から川へと鴨の群れが飛び移る。 狐が麓の野原から、心なしかこちらを見ているように見える。 自然体は素直に目に飛び込んでくる。 私は夢想することが好きであったし、高所より展望することも好きであった。 それゆえに、暫くしていると変調も治ると思っていた。 (...何かしら) ところがである。 肌の痺れは増すばかりであり、更に痒みを帯びてきた。 麓の森が風もなしにざわめき立ち、木々の間から声が聞こえる。 瞬間だけの叫び声と、妙な空白的時間が断続的にあったのだ。 (何か、変じゃないか) 森は暫くして清閑となったが、ひとつの邪悪な雰囲気が妙に漂っていた。 焦燥に駆られることも本来的には必要ない。 我がエルフ族の聖域を襲っても、エルフの集団に敵う者はそうそう居ない。 だからこそ異常を感じる。 異質が森から感じると言うことは、もしかするとが在り得るのだ。 しかしそれは悪魔で可能性の話であり、信じる気にはならない。 無信全疑で 黙って森を観ていると、ふたりのひとの姿をとらえた。 「あ」 唐突に。 彼女を見た瞬間、目が焼ける様に痛み出す。 涙が止まらない。 目が開けない。 「熱」 それは熱。 溶岩を目に流し込まれる直前に感じるだろう激痛だった。 思わず腕を掻いていた手を目に覆わせる。 そして気付く。 この熱は流し込まれるというより、自分から溢れている。 「熱い、熱い」 目玉の内側から熔鉄が湧きだしたような感覚であった。 痛みに耐えようと身体を知ぢ込ませているうちに、私は岩から落ちた。 それでもなお蹲り、痛みを必死で耐えようとした。 なんだこれは。 スカンクやラフレシアだって目を傷める気質を出すが、恐らくその比ではない。 どんな拷問だってこんなものには敵わないと思う。 まさか自分が太陽を産むかの如き苦行なのだ。 必死の思いで耐えていると、ふと私のすぐ近くに二人の気配を感じた。 全く気がつかなかった。 それどころではなかった。 今も当然、余裕など見つからない。 そもそも目が開かない。 「こんにちは」 悪魔が私に言う。 「大丈夫ですか」 添い人か知らないが、隣にいた少年が喋る。 「ううん。ちぃっとばかし刺激的だったかも、ね」 「彼女は一体どうしたんです」 「多分。肌が合わないんじゃないかなあ」 「合わないって、何者さ」 「エルフ。 ちょっとしたファンタジーの代名詞的存在。 純真潔白。 寛容快闊または狭量厳徹の二者に分かたれる」 ふたりは私を放って話しだした。 少年が質問し、お熊がそれに応えるといった問答が大半を占めていた。 「ねえ、貴女も何か喋ろうよ」 悪魔はふいと私に話しかける。 口を利こうにも、嗚咽しか出てこないのである。 森を抜けてきたということは、恐らく里はもう壊滅したのだろう。 目の前にいた女は仇敵にあたるのだろうが、格が違う。 「エルフって皆味気無いのねえ」 「そういうものなんですか」 「だって私たち、ただ里を抜kt来ただけよ? そうでしょう?」 「え、ああ、はい。それはそうですけど」 「あそこはエルフの里よ」 「はい!?」 悪魔に似合わないようで釣り合いのとれているように見える少年が、素っ頓狂な声をあげる。 その様子を見る限り少年には里を通った自覚がない。 エルフが里を捨てて逃げることはあり得ない。 つまり、悪魔と接触せずにして聖域は陥落したということか。 格どころか、まさに住む世界が違った。 絶望する私を、悪魔は優しい目で見やる。 「可哀想で愛しい子。 苦しまないように、あなたを少しだけ改造してあげる」 「ああ、あああああああああああぁ」 悪魔は私の身体に触れる。 魔力が注ぎ込まれていく感覚。 身体に硫酸が奔流して、全身を隈なく蝕んでいく感覚。 その熱はやがて甘さに変わり、私は嘔吐感を覚えるようになった。 「あ」 どろりとしたものが体に侵食していく。 「あああ」 肉も心も全てをほだされてぐちゃぐちゃになってしまう。 「あああああああああ」 活火山の麓にある血の池地獄のような甘さだった。 「あああああああああああああああああああ」 これがどれほどのものか。 「ああああああああああああああああああああああああ」 これが何て気持ちの悪い感覚か! 「あああああああああああああああああああああああああああああああ」 叫ぶ私を尻目に、悪魔は優しく微笑む。 下を唇の隙間から割って出し、その口をぺろり濡らす。 「ふふ。あなたが結ばれたとき、ダークエルフに成れる様に」 酷く優しく呟いた。 最早蝋人形然とならざるを得なかった私の代わりに、その言葉に反応したのは少年だった。 「ねえ、エルフとダークエルフって、何が違うんですか」 「うーん。より人に優しく成れるの」 「…それは良いというより、彼女にとっては寧ろ悪いんじゃ」 「どの道、サキュバスエルフはダークエルフになるの」 「サキュバスエルフ?」 「あーもー、面倒ねえ。 私たちの魔力に当てられたエルフのことよ」 私は絶叫したかった。 そんなの嘘だ。 少年を言いくるめるために適当にでっち上げた悪魔の虚言だ。 騙されるな。 騙されてくれるな。 ふざけるのも大概だろう。 私はダークエルフに成長する存在ではないし、そもそもサキュバスエルフでもない。 というかサキュバスエルフって何だ。 そう思うだけ訴えたとしても、魔物の知識など皆無であった少年に嘘が見破られるわけも無い。 この少年はかようにして間違った知識を植えつけられ、そして友に伝播する。 後世の真実と異なる魔物解釈の3割は、この少年によって広がるのだ。 そんな世界の有様が、容易に予見できた。 そして、嘘をはびこらせるだけの素質と実績が二人にはあった。 否、それは一方的に悪魔に宿っていた。 「いいじゃない。 貴女の御同郷にも、私の魔力に中てられて喜んでいる方はいらっしゃいますわ」 悪魔の言葉に、遂に言葉以上に感情を失った。 あり得ないと思う一方、たったひとりで聖域を陥落させた女だ。 恐らくは間違いの無い話であろうと、そう思わざるをえなかった。 いや、それは既に予見できていた事であった。 思うことを聴くことは、絶望を加速させる。 肩に入っていた力が、すとんと落ちてしまった。 「ああ、序に。旧知の友達が居るんだけど」 悪魔は笑って言う。 「彼女のために、あなたの視力を頂きます。 大丈夫。生まれ変わったらすぐに治ります。 ですので、安心してそれまで我慢してください」 「ふっざ...ん...なあ...」 「あら、威勢がいいだけ凄いわ。 私たちを対極な存在なのに、私の前で元気なのは良い事よ」 それから、悪魔はさも愉快であるといったふうに私を玩んだ。 蹲る以上のことが出来なくなっていた私は彼女のされるがままにあり、少年はただ様子を見ているだけのようであった。 趣味の悪い君主を持ったものだと少年を哀れむ気さえ当初はしたが、この君主あってこの従僕ありらしく、その目はつまらなく思いつつ朝顔の成長風景を観察する姿勢と相違の無い無気力を帯びており、介入を最初からしない心算であった様に受け取られた。 「その威勢に賞して、期間をあげましょう。 ううんと、約3年分の視力猶予をお返しします。 斡旋程度なら致しますが、後はご自分で頑張ってください」 「が! があ! がああ!」 言葉にならない叫びで訴えても、彼女には何も伝わらないらしい。 私の体を玩びながら、魔物は私の視力に期限を設けた。 じゃあと続けて言った悪魔は、笑って私の身体に魔力を思い切り流した。 当然のようにその重圧には耐えきられず、程無くして私は精神を崩す。 雷撃を数十本まとめて体に浴びた方が余程健康的な事に思えた。 体は芯から白く感覚を失っていき、全てが無くなる気がした。 そして、そのまま眠るように忘れた。 私が毀れた、恐らく喜ぶべき最初の日であった。 |
エンダアアアアアアアアアアアアアア
ルィァァァァァァァァァァァァァッウィ フォォォォォリンラアアアビュウウウウウウウウウウ (載せる言葉が思いつきませんでした) 11/12/17 22:15 さかまたオルカ |