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居待 |
彼女を一見した印象は、黒と不健康な肌色という彩りの無さだった。
長短ばらばらな端の広がるワンピースに、 墨を被り日陰に干したかの様な髪の僅かな隙間から、弱々しくも鋭い眼光が私を突刺した。 「…む」 私は半ば呆然として少女を見ていた。 そのリアクションが期待にそぐわなかったのだろう、前髪の掛かる頬を膨らませていた。 少女は、小さな口を開く。 「…駄目。もっと反応してよ」 「あ、あぁ、うん」 少女の白銀の歯が煌めき、笑っていると判った。 「…あ、あぁ、うん」 「なぜ復唱する」 「…なぜ復唱する」 「遊ぼうって言うと」 「…遊ぼうって言う」 「ごめんねって言うと」 「…ごめんねって言う」 きしきし、と少女は笑った。 どうやら機嫌を直してくれたらしい。 更に、面白がっているようだった。 そういえばこの少女を前にすると、私の心中はいつも置いてきぼりだったかも知れない。 「こだまでしょうか」 「…いいえ、きよしです」 「ファイナルチャンス?」 「…ここで大事なアタックチャンス」 「違う」 「…そう言えば、この前出てなかったよ」 「休業するみたいだから...いや、違う。今すべきはそういう話じゃない」 「コ ロ ン ビ ア」 「違う」 私は深呼吸をした。 気が付けば話題が逸れている。 それが私の悪い癖なのかも知れないが、自省するのも怠かった。 と言うか、今に至っては怠くなる余裕も無い。 「変わってないな、お前」 「…それほどでも」 「ずっとここにいたのか」 「…うん」 「そりゃまた、気付いてやれない期間の長かった事。 最後に見なくなってから次に声を聴くまで、相当の年月があったもんだが」 「…そうだね。ちょっと寂しかった」 「ごめん」 「…流石にお腹もすきすぎて、死ぬかと思った」 察知。 少女の何気ないかのような一言によって、私はここではっきりと知り至る事になる。 狭路に転がっていた空き瓶が、何者かによって蹴られた音がした。 冷や汗が一筋だけ背中に染み出でたかと思うと、その感覚は即座に消え去った。 同時、一筋の後が裂かれた傷口となって、そこに唐辛子の粉を擦込まれる感覚が襲う。 そんな私の顔を、目の前にして見たからであろう。 少女の顔は紅潮したかと思えば、ゆるり血色を失った。 十年と少しの間をずっと、何も食べていないと言う事なのか。 少女は人間ではない。 少女は人間ではない。 少女は人間ではない。 当たり前であったが、こうも絶望的に目の当たりにするとは。 私の中の基盤がひとつ、大きく崩れていった。 「…あ」 懐かしくも慣れていた少女の姿。 十年も変わっていない少女の姿。 私の意識は暗転し、世界から遠ざけかっていった。 「悪戯すぎる」 寝起き様に状況を理解した私は、僅かに残った気力を声にして絞り出す。 少女の全身を明々と見せ付けられていた。 全身が水を通した後と同じように冷えていた。 上半身が裸だった。 下半身も露わであった。 私は外が白んでいるのを見た。 気絶してからの間、私は少女に舐められていたのだ。 殊に極一部を、余程愛しいと感じるのか、と言わしめる程に舐めていた。 「...くぅ」 本能は既に荒ぶり、何度目か判らない迸りを上げていた。 寝ている間に幾らそれを受けたのか、私には一切として知れない。 ただ、私自身の体の疲弊具合だけはしっかりと把握していた。 抵抗など出来るわけがない。 その次元までに達した疲労感で、首も自力で動かせない。 動く筋肉はまるで、自分の胸に馬乗りになっている少女が全てを担っているかの様な錯覚。 操縦され蹂躙された私の身体はまたもや痙攣し、少女は小さな歓声を上げる。 白んできていたはずの世界が再び遠ざかっていく。 おぞましくも彼女は無言でそれを舐め採っていた、気がした。 |