老人と娘 イグニスにおける会話 |
かつてエンサウナという聖火の精が、あの山には祀られていた。
彼女は長きに渡り数々の村を支え、暖と灯りを提供した。 対価として、村の長は代わる代わるエンサウナに愛娘を捧げた。 子は火の精に吸収され、それにより彼女は数十年人の体を保った。 「次は黒焦げたファイルじゃよ」 「…そもそも何でこんな別々にファイリングしてるの」 「その方が保存状態をより良く出来るからの」 エンサウナの聖火には魔物を退け、生命を繁栄させる力があった。 火の力である。 しかし、その火の力も軍の火と混ざると、凶悪な存在となってしまう。 今に、わたしたちの村でも戦火が近づいている。 彼女は次第に興奮が抑えられなくなっている。 先日の祭事の事だ。 今回はわたしの村の番であったのだが、生憎わたしには娘が居なかった。 イグニス…エンサウナに占師が相談したところ、男でもかまわないとの返事があったのである。 その返事を聞き相談した結果、わたしは彼女に嫡子を捧げる事になった。 「…何だ。また読めなくなったのか」 「しかたないじゃないしかたないじゃない」 「何も仕方なくはないぞ」 「だって読むの久しぶりなんだもん…」 「…どれ、こっちに持ってきなさい」 祭事において、エンサウナは嫡子を吸収せずに放置した。 彼女はわたしたちに儀式を止め、長男を置いて解散することを要求した。 わたしたちは彼女の要求を呑んで長男に別れを告げた。 その翌朝、占師が天変の暗夜を告げた。 わたしたちは近隣の村と連絡をとり、山へ登った。 火の精が棲む洞窟に近づくにつれ、松明は青く光り、より熱く燃える様になった。 わたしは、わたしの息子が火の精と交わっているのを見つけた。 エンサウナは既にわたしたちの知らない風貌へと変化しており、最早魔物同然の気配を放っていた。 わたしたちは一目散に山を降りたが、わたしたちの村は煙に包まれ、火の海と化していた。 占師に聞いたところ、火の矢が天から降り注いだという。 見ると、森の奥でも煙が光っていた。 これでは近隣の村どころか、この土地全てが焦土となる。 わたしはひとり走って逃げた。 これがわたしの村の記憶である。 どうかこの記録が後世に残る事を祈る。 「読み終わったよー」 「そうか。それについてどう考える?」 「この村長は生き延びたんだね。それは良かったと思うよ」 「そうじゃな。戦争最中の文章が見つかる事は随分珍しいものじゃ」 「ですよねー」 「これは一昔前、イグニスの乱と言って話題になったんじゃよ」 「あ、知ってる。てことはこの天変の暗夜ってのも…」 「そう。魔王交代の日じゃ」 「…精霊の多くが、その日に暴走してるんですね」 「そうなんじゃよ」 「この村長の長男も、今は魔界なのかな…」 「その話なんじゃが、実は水の精と共に居た賢者にも言える事があってな…」 「あっ、講義の時間だ」 「うぅむ、そうじゃな。この話はまた今度にするかの」 |
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