傷痕
登場人物
アイオン
故あって妖精の国まで旅をし、辿り着いた戦士。
盲目であったが、魔人となることで片目を得る。
ニヴ
旅の初めのころに出会い戦ったヘルハウンドの魔物娘。
故あって旅の仲間となり、ともに妖精の国へと至る。
第一 命燻る日々
……妖精の国、それは穏やかな森や平原、小川が広がる常春の国。
森の木々は青々と美しく、平原には花々が広がり、小川はうっすらと輝き澄んだ水が流れ決して枯れることはない……妖精の女王が統べる、妖精たちの故郷……
異界にあるというその地の森。暖かな木漏れ日と柔らかい風が吹き抜けるその場所で、妖精の国にはいささか不釣り合いなものたちがいた。
そのものたちは互いに自然な姿、その身に何も見つけることなく、そして妖精たちの目を気にすることなく……見せつけるように……絡みついていた。
「ほら! ほらっ! もっとアタイといこうよぉっ!」
鍛え抜かれた、傷だらけの戦士の上に黒獣が火の粉を散らしながら跨り、尾を振りながら淫らに舞う。
「くっ! ニヴ、待ってもくれっあっ もうっ!」
貪るように舞い踊る獣の下に組み敷かれた戦士は獣の名を呼び、呻くように息を漏らしてその全身を震わせる。その震えが移ったかのように、ニヴと呼ばれた獣の体が震え呆けたように口を開けてその長い舌を垂らす。
「あっ! ああっ! ……あっ……はぁぁ……」
ぎゅっと、獣の“下の口”が戦士の“隠し剣”を噛むと、力を抜くように……そして少し物足りなさげに、しかして満足気に笑むと咥えこんだまま戦士の上にその身を預ける。大柄な黒獣が覆いかぶさる様子は捕食にも似ていたが、獣はぺろぺろと愛おし気に戦士の顔を舐める。
「よかったよ、アイオン……やっぱヤる時は森の中が良いね……暖かくて、柔らかくて……いひっ、アタイのことだよ」
愛おしく、獣は戦士の名を呼ぶ。
妖精たちが見守る森の中、ニヴとアイオンは裸で抱き合うように……ニヴが覆いかぶさって……過ごしていた。アイオンの上でニヴは甘えるように顔を擦り付け、その尾を振る。ごわごわとしつつも柔らかく、少しばかりちくちくとする黒毛が心地よくアイオンの肌を撫でる。
黒目に縁どられた赤金色の燃える瞳が満足気に揺らぎ、ぴくぴくと両耳を震わせる。そのまま、つぅっと爪でアイオンの引き締まった腹筋をなぞっていく。
「あんたは、もちろん満足してくれたね」
聞くまでもない、というようにニヴはぺろりと口づけ代わりに頬を舐める。ガーラとは違う、より荒々しい獣の薫りがニヴから漂う。黒い肌は熱く火照り、香油のように汗が滲み出ては互いの肌を溶かすように緩やかに広がっていた。
しなやかで強靭な手足をアイオンに絡ませ、秘部をこすりつけるように腰を押し付ける。むわりと湿気の強い熱気がニヴの炉から放たれており、そこが如何に淫らに燻ぶっているかを物語るようであった。そうでなくとも、ガーラほどではないが豊かな黒い双丘をうりうりと押し当て、隠すことのない情欲をその吐息から漏らしていた。
「……なァー……もう、いいだろ?」
身を起こし、跨った足を開くと己の炉の扉を指で開き燃え盛る中を見せつける。すでにそこには先ほど流し込んだばかりの溶鉱が、とろりとニヴの炉液と混ざり絡められている。そのままアイオンの返事も待たず、ニヴは炉心にさらなる火を入れるべくアイオンの炉掻き棒をそのまま無遠慮に己の炉へと突き入れる。
「! ニヴ!」
「っ あぁぁーっアァー……!」
じゅっと、先が焼ける。ニヴの胎内は灼熱の渦のように、無遠慮な侵入者へと巻き付き締め上げる。ぎゅうっと、蜜と共に巻き上げ締め付けながら飲み込まれていく“熱さ”にアイオンはたまらず腰を浮かす。突き上げられ、ぶるんと黒く弾む肉体とその実り。ニヴは深く腹そこから息を吐き出すと、にったりと艶めかしく微笑む。
「あゝ……アイオン……アイオーン……アタイ、幸せだよぉ……」
陶酔するように、燃え盛る両目を潤ませながら、ニヴは歓喜にその身を震わせる。それに呼応するようにぎゅるぎゅると炉は渦巻き、肉襞は牙のように噛みつきながら奥へ奥へと呑み込むように収縮を繰り返す。ふるふると顫動する膣内は蜜に溢れ、先ほどから何度も吐き出している精と混ざりちゃぷちゃぷと卑猥な水音を響かせている。
「うっ……ニヴ……俺もだ……」
アイオンの言葉に、さらに強くニヴの胎が抱き着き、尾が立つ。
「ああぅっ うぅぅ……本当? 本当にィ? うれしい! うれしいよぉ……っ!」
空を仰ぎ、吼えるようにニヴは喜びを発露する。無上の喜びを表すように、その乳房の先はピンと突き立ち、その全身からは見えわかるほどの熱気が放たれ空気が揺らぐ。
喜び
それを表すさまは、歓喜のあまり大きな狼が主の上に飛び掛かる様子にも似ていた。叫び、天を仰ぎ、そしてニヴは再び喉の奥から全てを絞り出すようにして全身を震わせる。
それと同時にアイオンの全てを吸いださんとするかのように、熱く燃え滾る蜜炉が蠢き咥えこんだ欲望を舐め上げかみ砕いていく。
眼が眩むような感覚
それは数度に渡り、アイオンとニヴの心を焼いていく。強烈なまでの間隔は時として苦痛にも似ていたが、それは奇妙な依存性を持つかのように次を、より強く眩い次を求めてしまう。その刺激はアイオンの体を突き動かし、目の前の黒狼と同じ獣のように叫び、強くその柔く締まった肉を突き上げていく。
幾度果てても尽きることのない欲望を本能のままに、目の前の極上の雌にぶちまける雄としての根源的な幸福感にアイオンは包まれていた。
息が詰まるような快感の波が引き、雄々しく黒蜜を貫く槍が震える。獣はその身を覆いかぶせるように倒れこみ、荒く甘い吐息をアイオンへと浴びせていた。炭火の如く火照る獣の体は心地よく、森の中を過ぎる風からアイオンの体を守っていた。
「あっ ああぁー……ぁっ ……しあわせぇ」
満足げな一息とともに、ニヴは微笑みながらアイオンを一つ舐めると落ち着いた様子で己の胎からアイオンを開放する。
それはアイオンがガーラとの時間の後、ニヴと共に過ごすと決めてから今に至るまで、ほぼ一昼夜の間この森の中で交わり続けてようやく訪れた至福のひと時であった。
……暫く、森の中を翔る心地よい涼風を青草の上で感じながら、アイオンはニヴの肩を抱くようにして横になっていた。
肌を撫でる冷たさは心地よく、同時に隣合う温もりを感じさせるほど柔らかなものであった。アイオンはニヴの肩を抱く手の指先を、ニヴのごわごわとした黒毛に絡める。硬そうな見た目とは裏腹に、滑らかな香油のようにアイオンの指に絡みつく髪はしっとりと柔く絹糸のようであった。
そんなアイオンの指遊びに応じるように、ニヴは甘えるようにアイオンの胸元に顔を埋める。大きな狼の耳が跳ねるように震え、ふわりと獣の薫りを燻らせる。焼け付くようなニヴの温もりがぽっと広がっていくのを感じながら、アイオンは再び己の中の獣欲が燃えていく感覚を覚える。
何度満たしても沸き起こる心地よい衝動に身を任せたくなるも、アイオンはこらえるように息を深く吸い、空いた手でニヴの頭を撫でる。
静かで、どこまでも柔らかな時
穏やかな木漏れ日と、空を泳ぐ雲の群れ。ただそれを見上げて愛するものとの時を過ごす。誰しもが一度は想う幸福の形であった。
アイオンもまた、同じであった。過去の、復讐に生きた戦士であった時も、ひそかな憧れとしてその胸の中にしまい込んであった想い。いずれ歩む、血塗られた道を往くものとして捨て去らねばならぬ安息。それが叶うとは思いもしなかったであろう……それも、隣にいる“愛するもの”……否、“ものたち”が魔物であるなど、告げたところで信じもしなかったであろう。
だが、事実、アイオンはいま魔物を愛し、その蠱惑的な快楽と愛の中に溺れていた。
得難い幸福……それを噛み締め……己の手を、ニヴの髪から指を放し……手のひらを見る……
傷だらけの、ごわついた戦士の手
傷以外、染みや汚れがないはずの手
けれど……
血だ
紅い、紅い
死だ
黒い、黒い
みえる
この手は汚れている
愛するものを守るため
多くの同胞を、仲間を、人を 屠った手
最早、武器は無く、それを振るうこともない
けれど、戦いを捨てたとて
果たして、その罪までも捨て去れるのか
……なんと身勝手だろう……
……なんと傲慢であろう……
いつ果てるとも知れぬ、戦いの日々において、思うことすらしなかった死者への悼み。それを今、己が満たされて初めて“思い出す”など。
重く、重く重い思い。
その痛みにアイオンの心揺らいだ時であった。
ニヴがその顔を起こし、赤金色の瞳でアイオンを見る。
「悩んでいるね」
貫くような、その一声にアイオンは息を呑む。
そんなアイオンの顔が可笑しかったのかニヴはにったりと笑うと、少し鼻高々に種明かしをする。
「ひひ アタイらは鼻が良いのさ……ハイオークよりもずっとね……だから、匂いでわかっちまうのさ アイオン……アタイの愛する人……それが今どう感じて、考えて、どうしたいのか、をさ」
そう言ってニヴは、ひくひくとその鼻を動かしうっとりとした様子で愛する人……アイオンの匂いを堪能する。
「……はぁ〜…… でも、アタイにはアイオンが何に悩んでいるかまではわからないよ、それを言えとも言わないさ」
そう呟くように、ニヴは再度顔を埋めるとその目を細める。粗暴な見た目とは違う、心憂げにちらりと繊細さを見せる様子に、アイオンは少し重たげに口を開く。
「すまない…… ……考えていた……」
かつて、自分が奪ったものについて
剣を振るったことに、後悔は無い
命を絶たれて、当然だと思うものたちもいた
だが、どうしても、どうしても紅い、紅い、黒い死の跡が
アイオンの言葉を、ニヴは聞いていた。
静かに、ただ静かに……
……アイオンが話し終え、深く息を吸う。
ニヴは、変わることなく聞き続けていたが、アイオンが話し終えてしばらく……ふうっと一つ息をつくように口を開く。
「……なあ、アイオン……アイオンにとって……アタイ達はどう見える」
顔を埋め、湿った、熱い吐息と共に吐き出される言葉。
「……アタイ達は……ずっと長く生きている、見た目よりもずっと それこそ、魔王が……今の魔王に代わる前からずっとさ」
ぐずりと、鼻を、牙を、アイオンの胸に押し当てる。
“どう見える”その言葉の意味を、アイオンは察する。
「ニヴ……」
ヘルハウンド……“地獄の猟犬”……その名前が意味することは、決して嘘ではない。魔界の火山の炎から生まれた、業火を纏う魔獣。その姿は狼に似るも、狼よりもずっと巨大であり、獰猛かつ狡猾。一昼夜はおろか七日七晩走り続けても疲れを知らず、その嗅覚は獲物の臭いを消して忘れず、己か、得物か……どちらかの命尽きるまで追い続ける執念深さを持つ忌むべき魔物。
北の大地においては、先の魔王の戦いの折に魔界より持ち込まれ北の魔物の軍勢、その将軍たちが駆る騎狼としても使われた。
煤焼けた黒鋼の鎧を着込んだデーモン、それを背に乗せる巨大なヘルハウンド……それこそはかつてこの北の大地を襲った暴威……悪魔の騎兵の最たる姿であり、戦士にとって最も忌むべき敵の一つであった。
そして、ほかにも恐れるべきことは、多くの場合においてヘルハウンドは群れであった。炎を纏い、火の粉をまき散らしながら襲い来る黒狼の群れ……火を吐き、家を焼きながら、その巨体と牙と爪で人々を襲い、喰らい……
アイオンは、ニヴの体を抱く。
いつも気丈な、大きな魔物の体……だが、それが震えていた。
知っているのだ、ニヴは……ニヴたちは……かつて己が喰らった者たちの、血の味を
知っているのだ、その嘆きを、悲鳴を、憎しみを
知っているのだ、己が奪ったものたちの……その苦痛を与えたのがナニモノなのかを……
時を経て、移り変わり、肉体も、心も、変わり……そして今、幸福に溺れている。
けれどそれは、本当に許されることなのだろうか
アイオンは、宥めるように……あやすようにニヴの体を撫でる。
そして、己の不明を恥じるように口を結ぶ。
ニヴの、ニヴたちの持つ深く暗い……赤黒い闇……そして、かつてその闇底こそ至上の悦びであり、存在理由であったという真実。
数多の人々を、無辜の民を、数えることも、覚えることすらできぬほど……
小さく、とても小さく……ニヴは、嗚咽する。
幸せを奪って、奪って、喰らって……今、自分は幸せを貪りその蜜に酔っている……酔わねば、耐えられなかったのかもしれない。だが、絡みつく棘の如く……紅い、紅い鎖のようにそれはニヴの体を、手足を、心を絡み縛りつく……それは古き時代より続く、呪いのようでもあった。
アイオンは、撫でる。ただ静かに、優しく……それに応じるように、ニヴは甘えるようにその体を強く、強くアイオンに押し当てる。
どう見える
眼を閉じたアイオンの耳に反復する言葉。
赤金色の瞳を持つ、黒肌黒毛の、狼の魔物娘。
その大きな体は屈強な見た目よりもずっと柔らかく、暖かい。
そして力は違うことなく強く、けれど決して苦痛を与えるような乱暴さはない。
けれど
知っている
見えずとも感じた、古き姿……岩の如き巨体に、裂けた皮膚から見える肥大化した剥き出しの筋肉、爛れた口元と刃の如き牙……そして何より、炎に縁どられた……閉じること無い、赤金色の瞳……かつて誇りと感じた、死を纏う姿……多くの戦士を屠ったであろう魔狼としての姿を……
「……すまない」
眼を開き、ふるえるニヴの額に口づけを落とす。
そのまま、より強く抱きしめ返しながら、どうかその震えが収まるようにと願いを込めて同じように顔をニヴの首元に埋める。命燻る、ニヴの薫りが熱く鼻腔と喉を焼く。
涼やかな風が、一迅森の中を駈け貫ける。
それはまるで、傷ついたものたちを慰めるように優しく草花を揺らす。
風の中、ただただアイオンとニヴはその身を寄せ合うのであった。
第二 傷痕
……夕闇、欠けることのない満月が夜空へと上がる刻限。
アイオンとニヴは未だ産まれたままの姿で抱き合っていた。
その周りを、妖精たちが舞うように通り過ぎていく。彼らはただ無邪気に、純真なまま光るキノコや輝く木の葉が茂る森の中を踊る。毎夜毎夜、空に飾られる月は満月であり、その満天の輝きは夜とは思えないほど妖精の国を明るく照らすのであった。
だが、決して眩しい光ではなく、柔らかな薄絹のように心地よく眠りに誘う光でもあった。夜風も涼やかでありながらも決して体を冷やすことはなく、ただ穏やかに、静かに流れていく。
「……アイオン」
そんな月明かりの下、穏やかに囁く森の中……ニヴはそっと愛するものの名を囁く。
アイオンは返事代わりにそっとその頬を撫で、視線を送る。
薄紫の闇の中で、ニヴの瞳が光る。
その体を起こし、何かを問うようにアイオンを見下ろす。それが何を言わんとしているのか、アイオンは静かに悟ると、同じように身を起こしニヴを見る。闇の中でニヴはそっと微笑むと、そのまま森の奥へと消えるように進む。
アイオンは立ち上がると、後を追わずにじっとニヴが消えた先に視線を送る。暫くして、闇の帳、その向こう側から炎が爆ぜるような音、肉や骨格が裂けねじれるような音……そしてニヴの悲鳴にも似た呻きが響く。不穏な、恐怖を掻き立てる音。馴染みのない気配に、妖精たちは恐れをなしたのかさっと波が引くようにあたりから飛び去っていく。
静寂
静かな夜、暗い森の中で闇が蠢く。
蠢く闇の中で、炎が爆ぜる。
その身から放たれる熱で、草木が捩れ魔力で黒ずむ。
嗅ぎ慣れぬ、奇妙な薫り……知るものがいればこう答えたであろう……
“これは、地獄の臭いだ”
そう、それは硫黄の臭い。
深き地の底より湧き出る、魔界の火の山よりもたらされた終焉の残り香である。
どう見える
古き世より生きたる、魔物の言葉耳に木霊する。
今、戦士の前に古き世の生ける伝承が立つ。
黒々と闇の中でさえ浮かび上がる、火の粉を纏う巨体。
黒鋼の如き毛皮から放たれる熱は大気を焦がし、裂けた皮膚からは溶鉱のように火花を散らす血が滴り落ちている。その裂け目から見える肉は脈打ち、その裂け肉の苦痛ですらこの魔獣にとっては己を鼓舞する尽きぬ憤怒と憎悪へと焼べる火種の一つに過ぎないのであろう。
巨大な体躯に違わず、まるで半身ほどと錯覚してしまうかのような大口の縁は焼き爛れ、剥き出しになった短剣の如き牙が立ち並び、喉奥に燻ぶる灼火が煌々と辺りを照らす。
だが、やはり何よりも心に刺さるは、その目であった。
紅く、黒く……燃え盛る灼熱の瞳。
渦巻く悪意に彩られた、見るもの全てに畏怖と恐怖を与える輝き。
古の戦士たちが、前にした災いをもたらす悪意の姿。
それが今、アイオンの目の前にあった。
どうみえる
今一度、心の中に木霊するニヴの言葉。
その姿は心の奥底に眠る恐怖そのものであり、見るものすべての身を竦ませ、逃走を求めさせる。
もしも、かつての……戦士を目指し、何も知らず、知ろうともしなかった己であればこれこそが魔物であり、打ち倒すべき敵であると断じたであろうことは、アイオンにとって想像に難くなかった。
それほどまでに、その姿は恐ろしく、そしてよく知るニヴの姿からかけ離れていたからだ。
けれど……
アイオンは一歩、その足を踏み出す。
肌身に触れる熱気が、強くなる。
ちりちりと舌がなぞるように、炙られ焼けるような痛みが走る。鈍い唸り声とともに、立ち並ぶ牙が開かれる。ぞろりと、紅い口の中でのたうつ舌は大蛇のようで、その表面には鋭い棘をはやした肉芽が並ぶ。
全身に力が込められているのだろう、筋肉が隆起するようにうねり、血の代わりに炎が裂けた皮膚から噴き出していく。
知らぬものが見れば、アイオンの動きは自殺行為にしか見えなかったであろう。恐るべき魔物を前に、逃げもせず近づくなど……とはいえ、同時に思いもしただろう……もはや、走って逃げきることができる距離でもないと……ともすれば、どちらにせよ待つのは死のみと言えたのである。
そんな魔物を前に、アイオンはそっとその手を伸ばす。
その動きはゆっくりと、しかし恐れる様子は無く、唸り声をあげその身を震わせる魔獣に触れる。
びくりと、その巨体が震え……動きが止まる。
そのままアイオンは両腕を回し、その大きな体に、首に抱き着く。
熱い、焼け付く鉄を抱くような痛み。けれど、その身が焼け爛れることはない。アイオンは知っている。この熱も、痛みも、ニヴが発しているからこそそう感じるのだと……ニヴがあえて発しなければ……痛みも熱も、ないのだ。
アイオンはニヴを知っている、知っているからこそ恐れる必要はどこにもなかった。たとえ見目が恐ろしく、醜い獣であろうと……かつて、人を喰らい襲った存在であろうと……今は違うと、そう信じていたからこそ、アイオンは恐れなかった。
焼けるような痛みが、蝋燭を吹き消すようにすっと消える。
「……アイオン」
地の底から響くような、鈍い声。明るく快活とした普段のニヴからはとても想像のできない、魔物の声。けれど、その声には想いが籠められていた。
「大丈夫だ、ニヴ」
顔を埋め、鋭く固い毛皮を感じる。チクチクと痛みはすれど、その奥に隠された薫りは変わることのないニヴのものであった。そのまま……むき出しになった肉に、そっと触れる。脈打つように熱を放つそこは敏感なのであろう、少しばかり跳ねるようにニヴは体をよじる。ただ、流れ出る血だけが痛々しく、アイオンは手を放す。
そのまま、ふと目を上げた拍子にニヴの瞳とアイオンの瞳が交差する。
炎に縁どられた、赤金色に燃える瞳。
その瞳が、アイオンを映しこんだまま小さく震え始める。そのまま、巨体も同じように震え始め、黒い炎が煙のようにあちこちから燃え上がりニヴを包み込んでいく。
立ち上る硫黄の薫りと熱、けれどその身を焼く炎に痛みは無く、アイオンはより力を籠めるようにそっとニヴの身を抱く。それと同時にアイオンの腕の中のニヴから骨や肉が軋む音が響き、徐々に小さくなっていく。
硬く、岩のような体が柔く、綿のように変わっていく。
暫く、炎と煙が晴れた時、アイオンの腕の中にはニヴが……黒毛を纏う、ヘルハウンドの魔物娘……すっぽりと納まっていた。
「……見られたくは、なかったね」
ぽそりと、呟くようにニヴは言う。
「でも、見てほしかったのだろう」
ふわふわとした髪を撫でながら、アイオンは先ほどと同じようにニヴの首元に顔を埋める。ニヴは魔物娘の中でも、大柄であった。ガーラほどではないが、それでもアイオンと同じくらいには大きい。
「……あまりあけすけには、言ってほしくないねぇ」
逞しい腕が、アイオンの背に回される。
「それでぇ……どっちの、アタイが……好み、だい」
熱い、湿った息が耳を掠める。
火照った体が、しっとりとした汗と共に絡みつく。
「望めば、どちらでも」
喉元から顔を放し、答えを告げて相手の口を口でふさぐ。
「ン」
絡まる吐息。互いの舌が滑らかに踊る。
「……ッん ふぅ どっちつかずだねぇ」
ちろりと、悪戯な視線を投げつけ、ニヴはアイオンの頬を舐める。むにゅりと、弾む実りが二つ、アイオンの胸板に重ねられる。
「アタイはねぇ、今の……こっちの体の方が気に入っているのさ だ、か、ら ……どっちも、なんてのはまだまだアタイの……魔物の心をわかっていないね」
とすりと、いつの間にかアイオンの背後に大樹が当たる。
「いひひ……そんなあんたには、“こっち”の良さをたぁっぷり……わかってもらわないとねぇ」
しゅるりと、開かれた足がアイオンの腰に絡む。そのままニヴの尾が下からアイオンの“腰袋”を二つ撫で上げる。
ほうっと、湯気で撫であげられるような心地よさに一瞬腰が浮き上がるような錯覚をアイオンは覚える。
そのまま、ニヴはにったりと口角を上げて牙を見せるように微笑むと、その両腕を回しアイオンを“捕まえる”ように大樹へと押し付ける。熱い吐息が流れ出すように、その口が開かれ長い舌が蛇のようにアイオンの唇を舐める。その舌先に絡めるように、アイオンも舌を出しニヴを味わう。熱く、湯気が立つその舌は甘く、ねっとりとした奇妙な恍惚感をアイオンに与えるようであった。
そして、ゆっくりと絡まる舌は唇を割り、歯をなぞるように……そのまま口の中へと……そして喉奥へと流れ込んでいく。唇は重なり、より濃く甘いその蜜を味わう。
小さな水滴の音とともに、銀糸が細く伸びる。
少しばかり力の抜けた戦士を見下ろすように、魔物の影がのぞき込む。
月明かりの影になった顔、その裏側で燃える瞳だけが翳ることなく戦士を……人を見る。
魔物は言う
どうか恐れないで
その手が血に濡れていても
魔物たちは決してあなたを見捨てはしない
だから恐れないで
……血に濡れた、古き世に縛られた魔物たちを……
月光の陰、輝く瞳が下りてくる。
ゆっくりと視界が魔物の闇で覆われていく。
人々は言う、闇は恐ろしく、そして冷たいものだと
けれど、どうしてだろうか……今眼前に迫る闇は眠りに落ちるように心安らかで、そして暖かかった。
その暖かな闇と、魔物の薫りに包まれてアイオンは再び力を籠めて腕を回す。さらさらとした滑らかな肌はしっとりと艶付いて、指を湿らせるようであった。そのまま口を重ね、目を閉じる。
硬く鋭い牙が時折当たる、弾力のある唇を噛むように、その舌を捕らえ呑み込もうとするように……互いを貪るように求める。
求めあう口先と舌は徐々に互いの口を外れ、頬、首筋、そして互いの体へと至る。その様子はつがいの獣が、己の相手を慈しみ毛繕いする様にも似ていた。
甘い唾液、それを際立たせるかのような塩っぽい滋味に溢れた汗と薫りを愉しむ。黒、それは生命の輝き。濃ければ濃いほど、見るものに力強さを与える色、その極限ともいえる黒色は正に力そのものと言えた。
闇の中でさえ輝く、燦然とした黒。それがニヴであった。
その命そのもの、魔物の中でも特に生命溢れる魔獣を味わう。その蜜は甘く、戦士の舌を満たしていく。薫り立つ肢体は滑らかに戦士を慰撫し、熱く熟れた紅花は燃えるように咲き誇っている。
「ニヴ」
荒い息、それと共に紡ぎだされる名前。名を呼ばれた獣はいつものように、にったりと笑うと同じように、ぎらついた欲望を隠さずに戦士の名を呼ぶ。
「アイオン」
熱い、燃えるような吐息と共に、牙がむき出しになる。
刹那、ニヴの瞳が細まった瞬間
獣の、ニヴの牙がアイオンの肩に刺さる。
ぷつりと、刺激が肩に走る。疼くような痛みと熱、それを受けて戦士は迎え撃つように力強く、ニヴの体を抱きしめ……そして同じようにニヴの喉元……鎖骨周りに“噛みつく”。強く、強く、その肉がへこみ骨が軋み、そして血が出るほどに。
「あ! あっ!!」
痛み、それに伴う歓びが紅い血と共に獣の口から迸る。
“求められている”
倒錯的な、獣の愛。かつて殺し合った、古き血がそうさせるのであろうか。しかし、今ここにあるのは冷たく研ぎ澄まされた憎悪ではなく、炎の如く燃え上がる愛と情欲であった。互いにつがいの皮膚を破り、その血を舐める。
魔物にとって、人の血は至上の蜜であり、人にとって魔物の血はどんな美酒にも勝る“猛毒”であった。だが、それは古き世の事……だが、変わることのないこともある。
魔物にとって、愛する者の血ほど甘美で、そして罪深い蜜の味は存在しないのだ
ぼうっと、抱きしめるアイオンがはっきりとわかるほどに、ニヴの体が熱く燃え上がっていく。細められた瞳はとろりと溶け出すように潤み、じっとりとした汗が潤滑油のように染み出し、互いの肌を濡らしていく。それに応じるように、アイオンもまた己の内に熱を、炎を感じていく。口の中に広がるニヴの血が、ちりちりとした熱を舌に広げていく様子からアイオンはこの熱の原因を悟るも、その熱は心地よく、まるで火酒のように欲望を奮い立たせていた。
再び、アイオンとニヴの瞳が交差する。
互いの瞳は燃え盛り、その吐息は炎のようであった。互いに相手を掻き抱く手に力を籠め、ニヴはアイオンの髪を掻き揚げるように己に寄せるとその唇を奪う。アイオンも負けじとニヴの長く立派な尾を払い上げ、臀部を、張り詰めた尻肉を叩くように握り片足を無理やり上げる。
潤み、熱された蜜が粘ついた音が響き、そしてニヴの紅花が、かつて生れ落ちた火口のように渦巻くようにうねり、咲き誇っていた。その花弁めがけアイオンは力強く、そして無遠慮に己の“剣”を抜き放ち、ニヴの“花口”に突き上げる。
その瞬間、ニヴの目が見開かれ
そしてその口から
“灼熱”が迸る
弾けるような、強烈な熱は絡みついた舌を、喉を焼き、アイオンの内側を焼き焦がすように燃え広がっていく。だが、それは苦痛ではなく、恐ろしいまでの……まさに“灼け付くような”快感であった。
だが、それにもまして燃えるような熱を宿すは突き上げた剣の先、ニヴの花口であった。溶鉱炉の如く熱気を放ちながら、溶け落ちた蜜が流れ落ちてアイオンの宝玉へと伝い、そして内股へと延焼していた。
ニヴとアイオンの口端からは先ほどの灼熱の残り火が燃え上がり、闇を照らす。それはまるで、炎によって内に灯った熱情が噴き出ているようでもあり、事実アイオンの心臓は早鐘の如く鳴り響き、腹の底では煮えたぎるような劣情が渦巻いていた。
ニヴもまた吐き出した炎を再び吸い込まんと、舌を絡めアイオンの息を奪うようにその口を覆う。炎に焼かれ、失った空気を求めるようにアイオンの舌はもがきながらニヴの口内を彷徨うも、すぐに長く肉厚なニヴの舌に巻き取られ裏側、そして先端から喉奥までも侵されていく。この瞬間まで、アイオンは今の魔物は炎ですら極上の火酒の如く燻るものだとは知る由すらなかった。
その火酒を味わいながら、アイオンは内側から押し込まれるような欲に駆られ、最奥に突き刺さった剣を再度、より深く、奥へと跳ね叩く。そのたびに、柔らかな肉襞によってぎゅっと握られ、痺れる快感と共にニヴという極上の火酒がアイオンの内へと注がれていく。
火酒を煽るたびに、心臓の鼓動は強くなり体は燃え上がる。互いの口を貪りながら、燃え移る炎は互いの体を包み、夜闇を照らしていく。
ニヴの火蜜はとめどなく溢れ、ねっとりと粘性が強くアイオンの欲望に絡みつく。互いの内腿はその蜜で濡れぼそり、アイオンの剣が振るわれるごとに開ききったニヴの紅花、花口から飛び散るように落ちていく。ぐずぐずにとろけ切った肉は突き入れれば奥まるように収縮してアイオンを迎え入れ、抜かんと力めば逆刃の返しのようにぞりぞりと肉襞の牙が擦り上げ、花口は逃がすまいと噛み締める。
黒く熱く、湯気が立つほどの高温を纏ったニヴの肉体からはとめどなく燻る汗が流れ、愛する男を決して離すまい、逃がすまいとするように激しく抱きしめていく。その尾は腕や胴、足を愛おし気に撫で上げ続け、時に絡みついてきた。
アイオンもまた、ニヴに負けず劣らず激しく、そして力強く抱きしめ己の欲望を余すところなく愛する魔物に向ける。背を大樹に預け、のしかかる相手を受け入れ、押し返すように一撃一撃を深く腰を落として突き入れ、そしてねだり組みつくニヴの腰を押さえながら味わうように引き抜く。
どのような熱よりも燃え上がる高熱を上下で感じながら、アイオンとニヴは互いに高め合っていく。引き締まったニヴの体は蕩け切ってなお心地よい張りと弾力を持ち、うねる胎底でアイオンを抱き絞める。何度も、何度も抽挿を繰り返し瞬く間の内に燃え滾る精がアイオンの内に湧き上がっていく。
自覚と共に迎える限界は一瞬であった
吹き込まれる炎を吹き返すように、一息にニヴの喉奥へとアイオンは舌と吐息を押し込み、その両腕で……片方を背中に、もう片方をニヴの潤み切った尻肉を掴むように……力の限り抱きしめると、引き抜いた“剣”を深く、深く突き上げる。
胎に鈍く響く音、それが反響するように瞳の中で炎が弾ける。
アイオンを受け入れたニヴのうねる蜜肉は奥が窄まると同時に根元も同じように引き絞られ、アイオンの剣を余すところなくその胎の内に納め閉じ込める。
じっと息を呑むように……一度、二度……
大きくアイオンの“欲望”がニヴの中で震えた後、ほんの僅かの間をおき……ニヴの中で弾ける。
焼けるような痛みとすら言えるような激烈な快感。その奔流の如き流れもまたニヴも同じように感じ、そしてアイオンと同時に達する。ばねの如く肉体が跳ね、放たれた口からは炎が夜空を焦がし、そして下からは間欠泉の如く噴き出した雫がアイオンを濡らす。さらに引き絞られぐねぐねと顫動する蜜肉によって絶え間ない刺激を受け、“余すところなく”絞り取られる悦びにアイオンは打ち震えるようにニヴの胸元に顔を埋める。
それはあまりにも強烈な喜び、そして快感であった。
……暫く、あまりの快感の強さに思考と体が麻痺したように動かなくなり、その体を震わせながら抱き合っていたアイオンとニヴは、互いに荒い息を吐きながら大樹にもたれかかり、ゆっくりと体を愛撫し合っていた。
未だにアイオンの剣はニヴという鞘の中に難く鋭いままに納まり、時折鞘の中で震えては優しく鞘に絞られつつ再び力の限り振るわれる時を待っていた。
「……アイオン」
アイオンの上に跨り、その首元に甘噛みを繰り返しながらニヴは囁く。
鋭い牙をちくちくと肌を刺し、そうして少しだけ滲んだ血をちろちろと舐めながら。
「……考えなくなっていいじゃない……アタイは今、幸せなんだ…… それに、アタイはね……何よりも、お前さんに幸せであって欲しい……だから、身勝手と言われてもいいんだ……アタイと、一緒にいる時は……何も考えないでさ お願いだから ……幸せに溺れて、堕落していておくれよ……」
喜びに蕩けた心に染み入る、蠱惑的な誘い。
潤んだ瞳で見上げた……ニヴの言葉に、アイオンは無意識のうちに頷く。その様子を見て、ニヴは嬉しそうに……とても、心の底から喜びを表すように涙と笑みを浮かべ、尾を振りその体を擦り付けていく。まるで今すぐにでも、アイオンが消えてしまうかのように、覆い隠し、縋りつくようにニヴはその体全てを使ってアイオンを抱く。
アイオンはそんな子犬のように縋りつくニヴの手を取り、抱きしめながら……その額に口づけを落とす
そして、小さく……喉の奥、心の内で小さく願う……
……どうか、我らに赦しを……
いるかわからぬ、罪深き自分たちを赦し、命を与えたもう大いなるものへと向けて。
夜空では未だ、銀の月が一つ輝くばかりであった。
アイオン
故あって妖精の国まで旅をし、辿り着いた戦士。
盲目であったが、魔人となることで片目を得る。
ニヴ
旅の初めのころに出会い戦ったヘルハウンドの魔物娘。
故あって旅の仲間となり、ともに妖精の国へと至る。
第一 命燻る日々
……妖精の国、それは穏やかな森や平原、小川が広がる常春の国。
森の木々は青々と美しく、平原には花々が広がり、小川はうっすらと輝き澄んだ水が流れ決して枯れることはない……妖精の女王が統べる、妖精たちの故郷……
異界にあるというその地の森。暖かな木漏れ日と柔らかい風が吹き抜けるその場所で、妖精の国にはいささか不釣り合いなものたちがいた。
そのものたちは互いに自然な姿、その身に何も見つけることなく、そして妖精たちの目を気にすることなく……見せつけるように……絡みついていた。
「ほら! ほらっ! もっとアタイといこうよぉっ!」
鍛え抜かれた、傷だらけの戦士の上に黒獣が火の粉を散らしながら跨り、尾を振りながら淫らに舞う。
「くっ! ニヴ、待ってもくれっあっ もうっ!」
貪るように舞い踊る獣の下に組み敷かれた戦士は獣の名を呼び、呻くように息を漏らしてその全身を震わせる。その震えが移ったかのように、ニヴと呼ばれた獣の体が震え呆けたように口を開けてその長い舌を垂らす。
「あっ! ああっ! ……あっ……はぁぁ……」
ぎゅっと、獣の“下の口”が戦士の“隠し剣”を噛むと、力を抜くように……そして少し物足りなさげに、しかして満足気に笑むと咥えこんだまま戦士の上にその身を預ける。大柄な黒獣が覆いかぶさる様子は捕食にも似ていたが、獣はぺろぺろと愛おし気に戦士の顔を舐める。
「よかったよ、アイオン……やっぱヤる時は森の中が良いね……暖かくて、柔らかくて……いひっ、アタイのことだよ」
愛おしく、獣は戦士の名を呼ぶ。
妖精たちが見守る森の中、ニヴとアイオンは裸で抱き合うように……ニヴが覆いかぶさって……過ごしていた。アイオンの上でニヴは甘えるように顔を擦り付け、その尾を振る。ごわごわとしつつも柔らかく、少しばかりちくちくとする黒毛が心地よくアイオンの肌を撫でる。
黒目に縁どられた赤金色の燃える瞳が満足気に揺らぎ、ぴくぴくと両耳を震わせる。そのまま、つぅっと爪でアイオンの引き締まった腹筋をなぞっていく。
「あんたは、もちろん満足してくれたね」
聞くまでもない、というようにニヴはぺろりと口づけ代わりに頬を舐める。ガーラとは違う、より荒々しい獣の薫りがニヴから漂う。黒い肌は熱く火照り、香油のように汗が滲み出ては互いの肌を溶かすように緩やかに広がっていた。
しなやかで強靭な手足をアイオンに絡ませ、秘部をこすりつけるように腰を押し付ける。むわりと湿気の強い熱気がニヴの炉から放たれており、そこが如何に淫らに燻ぶっているかを物語るようであった。そうでなくとも、ガーラほどではないが豊かな黒い双丘をうりうりと押し当て、隠すことのない情欲をその吐息から漏らしていた。
「……なァー……もう、いいだろ?」
身を起こし、跨った足を開くと己の炉の扉を指で開き燃え盛る中を見せつける。すでにそこには先ほど流し込んだばかりの溶鉱が、とろりとニヴの炉液と混ざり絡められている。そのままアイオンの返事も待たず、ニヴは炉心にさらなる火を入れるべくアイオンの炉掻き棒をそのまま無遠慮に己の炉へと突き入れる。
「! ニヴ!」
「っ あぁぁーっアァー……!」
じゅっと、先が焼ける。ニヴの胎内は灼熱の渦のように、無遠慮な侵入者へと巻き付き締め上げる。ぎゅうっと、蜜と共に巻き上げ締め付けながら飲み込まれていく“熱さ”にアイオンはたまらず腰を浮かす。突き上げられ、ぶるんと黒く弾む肉体とその実り。ニヴは深く腹そこから息を吐き出すと、にったりと艶めかしく微笑む。
「あゝ……アイオン……アイオーン……アタイ、幸せだよぉ……」
陶酔するように、燃え盛る両目を潤ませながら、ニヴは歓喜にその身を震わせる。それに呼応するようにぎゅるぎゅると炉は渦巻き、肉襞は牙のように噛みつきながら奥へ奥へと呑み込むように収縮を繰り返す。ふるふると顫動する膣内は蜜に溢れ、先ほどから何度も吐き出している精と混ざりちゃぷちゃぷと卑猥な水音を響かせている。
「うっ……ニヴ……俺もだ……」
アイオンの言葉に、さらに強くニヴの胎が抱き着き、尾が立つ。
「ああぅっ うぅぅ……本当? 本当にィ? うれしい! うれしいよぉ……っ!」
空を仰ぎ、吼えるようにニヴは喜びを発露する。無上の喜びを表すように、その乳房の先はピンと突き立ち、その全身からは見えわかるほどの熱気が放たれ空気が揺らぐ。
喜び
それを表すさまは、歓喜のあまり大きな狼が主の上に飛び掛かる様子にも似ていた。叫び、天を仰ぎ、そしてニヴは再び喉の奥から全てを絞り出すようにして全身を震わせる。
それと同時にアイオンの全てを吸いださんとするかのように、熱く燃え滾る蜜炉が蠢き咥えこんだ欲望を舐め上げかみ砕いていく。
眼が眩むような感覚
それは数度に渡り、アイオンとニヴの心を焼いていく。強烈なまでの間隔は時として苦痛にも似ていたが、それは奇妙な依存性を持つかのように次を、より強く眩い次を求めてしまう。その刺激はアイオンの体を突き動かし、目の前の黒狼と同じ獣のように叫び、強くその柔く締まった肉を突き上げていく。
幾度果てても尽きることのない欲望を本能のままに、目の前の極上の雌にぶちまける雄としての根源的な幸福感にアイオンは包まれていた。
息が詰まるような快感の波が引き、雄々しく黒蜜を貫く槍が震える。獣はその身を覆いかぶせるように倒れこみ、荒く甘い吐息をアイオンへと浴びせていた。炭火の如く火照る獣の体は心地よく、森の中を過ぎる風からアイオンの体を守っていた。
「あっ ああぁー……ぁっ ……しあわせぇ」
満足げな一息とともに、ニヴは微笑みながらアイオンを一つ舐めると落ち着いた様子で己の胎からアイオンを開放する。
それはアイオンがガーラとの時間の後、ニヴと共に過ごすと決めてから今に至るまで、ほぼ一昼夜の間この森の中で交わり続けてようやく訪れた至福のひと時であった。
……暫く、森の中を翔る心地よい涼風を青草の上で感じながら、アイオンはニヴの肩を抱くようにして横になっていた。
肌を撫でる冷たさは心地よく、同時に隣合う温もりを感じさせるほど柔らかなものであった。アイオンはニヴの肩を抱く手の指先を、ニヴのごわごわとした黒毛に絡める。硬そうな見た目とは裏腹に、滑らかな香油のようにアイオンの指に絡みつく髪はしっとりと柔く絹糸のようであった。
そんなアイオンの指遊びに応じるように、ニヴは甘えるようにアイオンの胸元に顔を埋める。大きな狼の耳が跳ねるように震え、ふわりと獣の薫りを燻らせる。焼け付くようなニヴの温もりがぽっと広がっていくのを感じながら、アイオンは再び己の中の獣欲が燃えていく感覚を覚える。
何度満たしても沸き起こる心地よい衝動に身を任せたくなるも、アイオンはこらえるように息を深く吸い、空いた手でニヴの頭を撫でる。
静かで、どこまでも柔らかな時
穏やかな木漏れ日と、空を泳ぐ雲の群れ。ただそれを見上げて愛するものとの時を過ごす。誰しもが一度は想う幸福の形であった。
アイオンもまた、同じであった。過去の、復讐に生きた戦士であった時も、ひそかな憧れとしてその胸の中にしまい込んであった想い。いずれ歩む、血塗られた道を往くものとして捨て去らねばならぬ安息。それが叶うとは思いもしなかったであろう……それも、隣にいる“愛するもの”……否、“ものたち”が魔物であるなど、告げたところで信じもしなかったであろう。
だが、事実、アイオンはいま魔物を愛し、その蠱惑的な快楽と愛の中に溺れていた。
得難い幸福……それを噛み締め……己の手を、ニヴの髪から指を放し……手のひらを見る……
傷だらけの、ごわついた戦士の手
傷以外、染みや汚れがないはずの手
けれど……
血だ
紅い、紅い
死だ
黒い、黒い
みえる
この手は汚れている
愛するものを守るため
多くの同胞を、仲間を、人を 屠った手
最早、武器は無く、それを振るうこともない
けれど、戦いを捨てたとて
果たして、その罪までも捨て去れるのか
……なんと身勝手だろう……
……なんと傲慢であろう……
いつ果てるとも知れぬ、戦いの日々において、思うことすらしなかった死者への悼み。それを今、己が満たされて初めて“思い出す”など。
重く、重く重い思い。
その痛みにアイオンの心揺らいだ時であった。
ニヴがその顔を起こし、赤金色の瞳でアイオンを見る。
「悩んでいるね」
貫くような、その一声にアイオンは息を呑む。
そんなアイオンの顔が可笑しかったのかニヴはにったりと笑うと、少し鼻高々に種明かしをする。
「ひひ アタイらは鼻が良いのさ……ハイオークよりもずっとね……だから、匂いでわかっちまうのさ アイオン……アタイの愛する人……それが今どう感じて、考えて、どうしたいのか、をさ」
そう言ってニヴは、ひくひくとその鼻を動かしうっとりとした様子で愛する人……アイオンの匂いを堪能する。
「……はぁ〜…… でも、アタイにはアイオンが何に悩んでいるかまではわからないよ、それを言えとも言わないさ」
そう呟くように、ニヴは再度顔を埋めるとその目を細める。粗暴な見た目とは違う、心憂げにちらりと繊細さを見せる様子に、アイオンは少し重たげに口を開く。
「すまない…… ……考えていた……」
かつて、自分が奪ったものについて
剣を振るったことに、後悔は無い
命を絶たれて、当然だと思うものたちもいた
だが、どうしても、どうしても紅い、紅い、黒い死の跡が
アイオンの言葉を、ニヴは聞いていた。
静かに、ただ静かに……
……アイオンが話し終え、深く息を吸う。
ニヴは、変わることなく聞き続けていたが、アイオンが話し終えてしばらく……ふうっと一つ息をつくように口を開く。
「……なあ、アイオン……アイオンにとって……アタイ達はどう見える」
顔を埋め、湿った、熱い吐息と共に吐き出される言葉。
「……アタイ達は……ずっと長く生きている、見た目よりもずっと それこそ、魔王が……今の魔王に代わる前からずっとさ」
ぐずりと、鼻を、牙を、アイオンの胸に押し当てる。
“どう見える”その言葉の意味を、アイオンは察する。
「ニヴ……」
ヘルハウンド……“地獄の猟犬”……その名前が意味することは、決して嘘ではない。魔界の火山の炎から生まれた、業火を纏う魔獣。その姿は狼に似るも、狼よりもずっと巨大であり、獰猛かつ狡猾。一昼夜はおろか七日七晩走り続けても疲れを知らず、その嗅覚は獲物の臭いを消して忘れず、己か、得物か……どちらかの命尽きるまで追い続ける執念深さを持つ忌むべき魔物。
北の大地においては、先の魔王の戦いの折に魔界より持ち込まれ北の魔物の軍勢、その将軍たちが駆る騎狼としても使われた。
煤焼けた黒鋼の鎧を着込んだデーモン、それを背に乗せる巨大なヘルハウンド……それこそはかつてこの北の大地を襲った暴威……悪魔の騎兵の最たる姿であり、戦士にとって最も忌むべき敵の一つであった。
そして、ほかにも恐れるべきことは、多くの場合においてヘルハウンドは群れであった。炎を纏い、火の粉をまき散らしながら襲い来る黒狼の群れ……火を吐き、家を焼きながら、その巨体と牙と爪で人々を襲い、喰らい……
アイオンは、ニヴの体を抱く。
いつも気丈な、大きな魔物の体……だが、それが震えていた。
知っているのだ、ニヴは……ニヴたちは……かつて己が喰らった者たちの、血の味を
知っているのだ、その嘆きを、悲鳴を、憎しみを
知っているのだ、己が奪ったものたちの……その苦痛を与えたのがナニモノなのかを……
時を経て、移り変わり、肉体も、心も、変わり……そして今、幸福に溺れている。
けれどそれは、本当に許されることなのだろうか
アイオンは、宥めるように……あやすようにニヴの体を撫でる。
そして、己の不明を恥じるように口を結ぶ。
ニヴの、ニヴたちの持つ深く暗い……赤黒い闇……そして、かつてその闇底こそ至上の悦びであり、存在理由であったという真実。
数多の人々を、無辜の民を、数えることも、覚えることすらできぬほど……
小さく、とても小さく……ニヴは、嗚咽する。
幸せを奪って、奪って、喰らって……今、自分は幸せを貪りその蜜に酔っている……酔わねば、耐えられなかったのかもしれない。だが、絡みつく棘の如く……紅い、紅い鎖のようにそれはニヴの体を、手足を、心を絡み縛りつく……それは古き時代より続く、呪いのようでもあった。
アイオンは、撫でる。ただ静かに、優しく……それに応じるように、ニヴは甘えるようにその体を強く、強くアイオンに押し当てる。
どう見える
眼を閉じたアイオンの耳に反復する言葉。
赤金色の瞳を持つ、黒肌黒毛の、狼の魔物娘。
その大きな体は屈強な見た目よりもずっと柔らかく、暖かい。
そして力は違うことなく強く、けれど決して苦痛を与えるような乱暴さはない。
けれど
知っている
見えずとも感じた、古き姿……岩の如き巨体に、裂けた皮膚から見える肥大化した剥き出しの筋肉、爛れた口元と刃の如き牙……そして何より、炎に縁どられた……閉じること無い、赤金色の瞳……かつて誇りと感じた、死を纏う姿……多くの戦士を屠ったであろう魔狼としての姿を……
「……すまない」
眼を開き、ふるえるニヴの額に口づけを落とす。
そのまま、より強く抱きしめ返しながら、どうかその震えが収まるようにと願いを込めて同じように顔をニヴの首元に埋める。命燻る、ニヴの薫りが熱く鼻腔と喉を焼く。
涼やかな風が、一迅森の中を駈け貫ける。
それはまるで、傷ついたものたちを慰めるように優しく草花を揺らす。
風の中、ただただアイオンとニヴはその身を寄せ合うのであった。
第二 傷痕
……夕闇、欠けることのない満月が夜空へと上がる刻限。
アイオンとニヴは未だ産まれたままの姿で抱き合っていた。
その周りを、妖精たちが舞うように通り過ぎていく。彼らはただ無邪気に、純真なまま光るキノコや輝く木の葉が茂る森の中を踊る。毎夜毎夜、空に飾られる月は満月であり、その満天の輝きは夜とは思えないほど妖精の国を明るく照らすのであった。
だが、決して眩しい光ではなく、柔らかな薄絹のように心地よく眠りに誘う光でもあった。夜風も涼やかでありながらも決して体を冷やすことはなく、ただ穏やかに、静かに流れていく。
「……アイオン」
そんな月明かりの下、穏やかに囁く森の中……ニヴはそっと愛するものの名を囁く。
アイオンは返事代わりにそっとその頬を撫で、視線を送る。
薄紫の闇の中で、ニヴの瞳が光る。
その体を起こし、何かを問うようにアイオンを見下ろす。それが何を言わんとしているのか、アイオンは静かに悟ると、同じように身を起こしニヴを見る。闇の中でニヴはそっと微笑むと、そのまま森の奥へと消えるように進む。
アイオンは立ち上がると、後を追わずにじっとニヴが消えた先に視線を送る。暫くして、闇の帳、その向こう側から炎が爆ぜるような音、肉や骨格が裂けねじれるような音……そしてニヴの悲鳴にも似た呻きが響く。不穏な、恐怖を掻き立てる音。馴染みのない気配に、妖精たちは恐れをなしたのかさっと波が引くようにあたりから飛び去っていく。
静寂
静かな夜、暗い森の中で闇が蠢く。
蠢く闇の中で、炎が爆ぜる。
その身から放たれる熱で、草木が捩れ魔力で黒ずむ。
嗅ぎ慣れぬ、奇妙な薫り……知るものがいればこう答えたであろう……
“これは、地獄の臭いだ”
そう、それは硫黄の臭い。
深き地の底より湧き出る、魔界の火の山よりもたらされた終焉の残り香である。
どう見える
古き世より生きたる、魔物の言葉耳に木霊する。
今、戦士の前に古き世の生ける伝承が立つ。
黒々と闇の中でさえ浮かび上がる、火の粉を纏う巨体。
黒鋼の如き毛皮から放たれる熱は大気を焦がし、裂けた皮膚からは溶鉱のように火花を散らす血が滴り落ちている。その裂け目から見える肉は脈打ち、その裂け肉の苦痛ですらこの魔獣にとっては己を鼓舞する尽きぬ憤怒と憎悪へと焼べる火種の一つに過ぎないのであろう。
巨大な体躯に違わず、まるで半身ほどと錯覚してしまうかのような大口の縁は焼き爛れ、剥き出しになった短剣の如き牙が立ち並び、喉奥に燻ぶる灼火が煌々と辺りを照らす。
だが、やはり何よりも心に刺さるは、その目であった。
紅く、黒く……燃え盛る灼熱の瞳。
渦巻く悪意に彩られた、見るもの全てに畏怖と恐怖を与える輝き。
古の戦士たちが、前にした災いをもたらす悪意の姿。
それが今、アイオンの目の前にあった。
どうみえる
今一度、心の中に木霊するニヴの言葉。
その姿は心の奥底に眠る恐怖そのものであり、見るものすべての身を竦ませ、逃走を求めさせる。
もしも、かつての……戦士を目指し、何も知らず、知ろうともしなかった己であればこれこそが魔物であり、打ち倒すべき敵であると断じたであろうことは、アイオンにとって想像に難くなかった。
それほどまでに、その姿は恐ろしく、そしてよく知るニヴの姿からかけ離れていたからだ。
けれど……
アイオンは一歩、その足を踏み出す。
肌身に触れる熱気が、強くなる。
ちりちりと舌がなぞるように、炙られ焼けるような痛みが走る。鈍い唸り声とともに、立ち並ぶ牙が開かれる。ぞろりと、紅い口の中でのたうつ舌は大蛇のようで、その表面には鋭い棘をはやした肉芽が並ぶ。
全身に力が込められているのだろう、筋肉が隆起するようにうねり、血の代わりに炎が裂けた皮膚から噴き出していく。
知らぬものが見れば、アイオンの動きは自殺行為にしか見えなかったであろう。恐るべき魔物を前に、逃げもせず近づくなど……とはいえ、同時に思いもしただろう……もはや、走って逃げきることができる距離でもないと……ともすれば、どちらにせよ待つのは死のみと言えたのである。
そんな魔物を前に、アイオンはそっとその手を伸ばす。
その動きはゆっくりと、しかし恐れる様子は無く、唸り声をあげその身を震わせる魔獣に触れる。
びくりと、その巨体が震え……動きが止まる。
そのままアイオンは両腕を回し、その大きな体に、首に抱き着く。
熱い、焼け付く鉄を抱くような痛み。けれど、その身が焼け爛れることはない。アイオンは知っている。この熱も、痛みも、ニヴが発しているからこそそう感じるのだと……ニヴがあえて発しなければ……痛みも熱も、ないのだ。
アイオンはニヴを知っている、知っているからこそ恐れる必要はどこにもなかった。たとえ見目が恐ろしく、醜い獣であろうと……かつて、人を喰らい襲った存在であろうと……今は違うと、そう信じていたからこそ、アイオンは恐れなかった。
焼けるような痛みが、蝋燭を吹き消すようにすっと消える。
「……アイオン」
地の底から響くような、鈍い声。明るく快活とした普段のニヴからはとても想像のできない、魔物の声。けれど、その声には想いが籠められていた。
「大丈夫だ、ニヴ」
顔を埋め、鋭く固い毛皮を感じる。チクチクと痛みはすれど、その奥に隠された薫りは変わることのないニヴのものであった。そのまま……むき出しになった肉に、そっと触れる。脈打つように熱を放つそこは敏感なのであろう、少しばかり跳ねるようにニヴは体をよじる。ただ、流れ出る血だけが痛々しく、アイオンは手を放す。
そのまま、ふと目を上げた拍子にニヴの瞳とアイオンの瞳が交差する。
炎に縁どられた、赤金色に燃える瞳。
その瞳が、アイオンを映しこんだまま小さく震え始める。そのまま、巨体も同じように震え始め、黒い炎が煙のようにあちこちから燃え上がりニヴを包み込んでいく。
立ち上る硫黄の薫りと熱、けれどその身を焼く炎に痛みは無く、アイオンはより力を籠めるようにそっとニヴの身を抱く。それと同時にアイオンの腕の中のニヴから骨や肉が軋む音が響き、徐々に小さくなっていく。
硬く、岩のような体が柔く、綿のように変わっていく。
暫く、炎と煙が晴れた時、アイオンの腕の中にはニヴが……黒毛を纏う、ヘルハウンドの魔物娘……すっぽりと納まっていた。
「……見られたくは、なかったね」
ぽそりと、呟くようにニヴは言う。
「でも、見てほしかったのだろう」
ふわふわとした髪を撫でながら、アイオンは先ほどと同じようにニヴの首元に顔を埋める。ニヴは魔物娘の中でも、大柄であった。ガーラほどではないが、それでもアイオンと同じくらいには大きい。
「……あまりあけすけには、言ってほしくないねぇ」
逞しい腕が、アイオンの背に回される。
「それでぇ……どっちの、アタイが……好み、だい」
熱い、湿った息が耳を掠める。
火照った体が、しっとりとした汗と共に絡みつく。
「望めば、どちらでも」
喉元から顔を放し、答えを告げて相手の口を口でふさぐ。
「ン」
絡まる吐息。互いの舌が滑らかに踊る。
「……ッん ふぅ どっちつかずだねぇ」
ちろりと、悪戯な視線を投げつけ、ニヴはアイオンの頬を舐める。むにゅりと、弾む実りが二つ、アイオンの胸板に重ねられる。
「アタイはねぇ、今の……こっちの体の方が気に入っているのさ だ、か、ら ……どっちも、なんてのはまだまだアタイの……魔物の心をわかっていないね」
とすりと、いつの間にかアイオンの背後に大樹が当たる。
「いひひ……そんなあんたには、“こっち”の良さをたぁっぷり……わかってもらわないとねぇ」
しゅるりと、開かれた足がアイオンの腰に絡む。そのままニヴの尾が下からアイオンの“腰袋”を二つ撫で上げる。
ほうっと、湯気で撫であげられるような心地よさに一瞬腰が浮き上がるような錯覚をアイオンは覚える。
そのまま、ニヴはにったりと口角を上げて牙を見せるように微笑むと、その両腕を回しアイオンを“捕まえる”ように大樹へと押し付ける。熱い吐息が流れ出すように、その口が開かれ長い舌が蛇のようにアイオンの唇を舐める。その舌先に絡めるように、アイオンも舌を出しニヴを味わう。熱く、湯気が立つその舌は甘く、ねっとりとした奇妙な恍惚感をアイオンに与えるようであった。
そして、ゆっくりと絡まる舌は唇を割り、歯をなぞるように……そのまま口の中へと……そして喉奥へと流れ込んでいく。唇は重なり、より濃く甘いその蜜を味わう。
小さな水滴の音とともに、銀糸が細く伸びる。
少しばかり力の抜けた戦士を見下ろすように、魔物の影がのぞき込む。
月明かりの影になった顔、その裏側で燃える瞳だけが翳ることなく戦士を……人を見る。
魔物は言う
どうか恐れないで
その手が血に濡れていても
魔物たちは決してあなたを見捨てはしない
だから恐れないで
……血に濡れた、古き世に縛られた魔物たちを……
月光の陰、輝く瞳が下りてくる。
ゆっくりと視界が魔物の闇で覆われていく。
人々は言う、闇は恐ろしく、そして冷たいものだと
けれど、どうしてだろうか……今眼前に迫る闇は眠りに落ちるように心安らかで、そして暖かかった。
その暖かな闇と、魔物の薫りに包まれてアイオンは再び力を籠めて腕を回す。さらさらとした滑らかな肌はしっとりと艶付いて、指を湿らせるようであった。そのまま口を重ね、目を閉じる。
硬く鋭い牙が時折当たる、弾力のある唇を噛むように、その舌を捕らえ呑み込もうとするように……互いを貪るように求める。
求めあう口先と舌は徐々に互いの口を外れ、頬、首筋、そして互いの体へと至る。その様子はつがいの獣が、己の相手を慈しみ毛繕いする様にも似ていた。
甘い唾液、それを際立たせるかのような塩っぽい滋味に溢れた汗と薫りを愉しむ。黒、それは生命の輝き。濃ければ濃いほど、見るものに力強さを与える色、その極限ともいえる黒色は正に力そのものと言えた。
闇の中でさえ輝く、燦然とした黒。それがニヴであった。
その命そのもの、魔物の中でも特に生命溢れる魔獣を味わう。その蜜は甘く、戦士の舌を満たしていく。薫り立つ肢体は滑らかに戦士を慰撫し、熱く熟れた紅花は燃えるように咲き誇っている。
「ニヴ」
荒い息、それと共に紡ぎだされる名前。名を呼ばれた獣はいつものように、にったりと笑うと同じように、ぎらついた欲望を隠さずに戦士の名を呼ぶ。
「アイオン」
熱い、燃えるような吐息と共に、牙がむき出しになる。
刹那、ニヴの瞳が細まった瞬間
獣の、ニヴの牙がアイオンの肩に刺さる。
ぷつりと、刺激が肩に走る。疼くような痛みと熱、それを受けて戦士は迎え撃つように力強く、ニヴの体を抱きしめ……そして同じようにニヴの喉元……鎖骨周りに“噛みつく”。強く、強く、その肉がへこみ骨が軋み、そして血が出るほどに。
「あ! あっ!!」
痛み、それに伴う歓びが紅い血と共に獣の口から迸る。
“求められている”
倒錯的な、獣の愛。かつて殺し合った、古き血がそうさせるのであろうか。しかし、今ここにあるのは冷たく研ぎ澄まされた憎悪ではなく、炎の如く燃え上がる愛と情欲であった。互いにつがいの皮膚を破り、その血を舐める。
魔物にとって、人の血は至上の蜜であり、人にとって魔物の血はどんな美酒にも勝る“猛毒”であった。だが、それは古き世の事……だが、変わることのないこともある。
魔物にとって、愛する者の血ほど甘美で、そして罪深い蜜の味は存在しないのだ
ぼうっと、抱きしめるアイオンがはっきりとわかるほどに、ニヴの体が熱く燃え上がっていく。細められた瞳はとろりと溶け出すように潤み、じっとりとした汗が潤滑油のように染み出し、互いの肌を濡らしていく。それに応じるように、アイオンもまた己の内に熱を、炎を感じていく。口の中に広がるニヴの血が、ちりちりとした熱を舌に広げていく様子からアイオンはこの熱の原因を悟るも、その熱は心地よく、まるで火酒のように欲望を奮い立たせていた。
再び、アイオンとニヴの瞳が交差する。
互いの瞳は燃え盛り、その吐息は炎のようであった。互いに相手を掻き抱く手に力を籠め、ニヴはアイオンの髪を掻き揚げるように己に寄せるとその唇を奪う。アイオンも負けじとニヴの長く立派な尾を払い上げ、臀部を、張り詰めた尻肉を叩くように握り片足を無理やり上げる。
潤み、熱された蜜が粘ついた音が響き、そしてニヴの紅花が、かつて生れ落ちた火口のように渦巻くようにうねり、咲き誇っていた。その花弁めがけアイオンは力強く、そして無遠慮に己の“剣”を抜き放ち、ニヴの“花口”に突き上げる。
その瞬間、ニヴの目が見開かれ
そしてその口から
“灼熱”が迸る
弾けるような、強烈な熱は絡みついた舌を、喉を焼き、アイオンの内側を焼き焦がすように燃え広がっていく。だが、それは苦痛ではなく、恐ろしいまでの……まさに“灼け付くような”快感であった。
だが、それにもまして燃えるような熱を宿すは突き上げた剣の先、ニヴの花口であった。溶鉱炉の如く熱気を放ちながら、溶け落ちた蜜が流れ落ちてアイオンの宝玉へと伝い、そして内股へと延焼していた。
ニヴとアイオンの口端からは先ほどの灼熱の残り火が燃え上がり、闇を照らす。それはまるで、炎によって内に灯った熱情が噴き出ているようでもあり、事実アイオンの心臓は早鐘の如く鳴り響き、腹の底では煮えたぎるような劣情が渦巻いていた。
ニヴもまた吐き出した炎を再び吸い込まんと、舌を絡めアイオンの息を奪うようにその口を覆う。炎に焼かれ、失った空気を求めるようにアイオンの舌はもがきながらニヴの口内を彷徨うも、すぐに長く肉厚なニヴの舌に巻き取られ裏側、そして先端から喉奥までも侵されていく。この瞬間まで、アイオンは今の魔物は炎ですら極上の火酒の如く燻るものだとは知る由すらなかった。
その火酒を味わいながら、アイオンは内側から押し込まれるような欲に駆られ、最奥に突き刺さった剣を再度、より深く、奥へと跳ね叩く。そのたびに、柔らかな肉襞によってぎゅっと握られ、痺れる快感と共にニヴという極上の火酒がアイオンの内へと注がれていく。
火酒を煽るたびに、心臓の鼓動は強くなり体は燃え上がる。互いの口を貪りながら、燃え移る炎は互いの体を包み、夜闇を照らしていく。
ニヴの火蜜はとめどなく溢れ、ねっとりと粘性が強くアイオンの欲望に絡みつく。互いの内腿はその蜜で濡れぼそり、アイオンの剣が振るわれるごとに開ききったニヴの紅花、花口から飛び散るように落ちていく。ぐずぐずにとろけ切った肉は突き入れれば奥まるように収縮してアイオンを迎え入れ、抜かんと力めば逆刃の返しのようにぞりぞりと肉襞の牙が擦り上げ、花口は逃がすまいと噛み締める。
黒く熱く、湯気が立つほどの高温を纏ったニヴの肉体からはとめどなく燻る汗が流れ、愛する男を決して離すまい、逃がすまいとするように激しく抱きしめていく。その尾は腕や胴、足を愛おし気に撫で上げ続け、時に絡みついてきた。
アイオンもまた、ニヴに負けず劣らず激しく、そして力強く抱きしめ己の欲望を余すところなく愛する魔物に向ける。背を大樹に預け、のしかかる相手を受け入れ、押し返すように一撃一撃を深く腰を落として突き入れ、そしてねだり組みつくニヴの腰を押さえながら味わうように引き抜く。
どのような熱よりも燃え上がる高熱を上下で感じながら、アイオンとニヴは互いに高め合っていく。引き締まったニヴの体は蕩け切ってなお心地よい張りと弾力を持ち、うねる胎底でアイオンを抱き絞める。何度も、何度も抽挿を繰り返し瞬く間の内に燃え滾る精がアイオンの内に湧き上がっていく。
自覚と共に迎える限界は一瞬であった
吹き込まれる炎を吹き返すように、一息にニヴの喉奥へとアイオンは舌と吐息を押し込み、その両腕で……片方を背中に、もう片方をニヴの潤み切った尻肉を掴むように……力の限り抱きしめると、引き抜いた“剣”を深く、深く突き上げる。
胎に鈍く響く音、それが反響するように瞳の中で炎が弾ける。
アイオンを受け入れたニヴのうねる蜜肉は奥が窄まると同時に根元も同じように引き絞られ、アイオンの剣を余すところなくその胎の内に納め閉じ込める。
じっと息を呑むように……一度、二度……
大きくアイオンの“欲望”がニヴの中で震えた後、ほんの僅かの間をおき……ニヴの中で弾ける。
焼けるような痛みとすら言えるような激烈な快感。その奔流の如き流れもまたニヴも同じように感じ、そしてアイオンと同時に達する。ばねの如く肉体が跳ね、放たれた口からは炎が夜空を焦がし、そして下からは間欠泉の如く噴き出した雫がアイオンを濡らす。さらに引き絞られぐねぐねと顫動する蜜肉によって絶え間ない刺激を受け、“余すところなく”絞り取られる悦びにアイオンは打ち震えるようにニヴの胸元に顔を埋める。
それはあまりにも強烈な喜び、そして快感であった。
……暫く、あまりの快感の強さに思考と体が麻痺したように動かなくなり、その体を震わせながら抱き合っていたアイオンとニヴは、互いに荒い息を吐きながら大樹にもたれかかり、ゆっくりと体を愛撫し合っていた。
未だにアイオンの剣はニヴという鞘の中に難く鋭いままに納まり、時折鞘の中で震えては優しく鞘に絞られつつ再び力の限り振るわれる時を待っていた。
「……アイオン」
アイオンの上に跨り、その首元に甘噛みを繰り返しながらニヴは囁く。
鋭い牙をちくちくと肌を刺し、そうして少しだけ滲んだ血をちろちろと舐めながら。
「……考えなくなっていいじゃない……アタイは今、幸せなんだ…… それに、アタイはね……何よりも、お前さんに幸せであって欲しい……だから、身勝手と言われてもいいんだ……アタイと、一緒にいる時は……何も考えないでさ お願いだから ……幸せに溺れて、堕落していておくれよ……」
喜びに蕩けた心に染み入る、蠱惑的な誘い。
潤んだ瞳で見上げた……ニヴの言葉に、アイオンは無意識のうちに頷く。その様子を見て、ニヴは嬉しそうに……とても、心の底から喜びを表すように涙と笑みを浮かべ、尾を振りその体を擦り付けていく。まるで今すぐにでも、アイオンが消えてしまうかのように、覆い隠し、縋りつくようにニヴはその体全てを使ってアイオンを抱く。
アイオンはそんな子犬のように縋りつくニヴの手を取り、抱きしめながら……その額に口づけを落とす
そして、小さく……喉の奥、心の内で小さく願う……
……どうか、我らに赦しを……
いるかわからぬ、罪深き自分たちを赦し、命を与えたもう大いなるものへと向けて。
夜空では未だ、銀の月が一つ輝くばかりであった。
24/03/24 10:10更新 / 御茶梟
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