おまけ 砂塵の旅
……砂混じりの風が吹く、とある山に囲まれた静かな街の一角。
異国情緒あふれる街並みに相応しい佇まいの建物の一つ、その中に複数の人と魔物が出入りする建物があった。そこの看板には異国の文字と一緒に共通言語でこう書かれていた。
《ウルク大神殿陵墓 観光案内所 砂塵の旅人様歓迎!》
その看板の脇に小さく“お独り様大歓迎!”と落書きされている。
扉を開き、中に入る。
扉が開くと同時に鈴の音が店内に鳴り響き、甘い香の香りが静かに燻る。
店内には先客が何人か居り、そのうちの一組か二組はカップルなのだろう、ああだこうだと言いあいながらも楽しそうに案内の説明を聞いていた。椅子にでも座り、待とうとした時であった。店の奥で空いているスペースを見つける。
そこには……もっしゃもっしゃと美味しそうに干した果実を齧って……口に放り込んでいる……控えめに言ってむっちりと太ましいマミーがいた……恐らくは案内所の職員だと思われたが、美味しそうに頬張るその姿から少しばかり声をかけるのをためらう。
他のところが空くのを待つとしよう、そう考えた時であった。ふとマミーと目が合う。
「あっ! お客様ですね! どうぞこちらへ!」
流石に声を掛けられて無視をするのもいただけないと、マミーに案内されるままに席に座る。
果実の香りだろうか、ふんわりと甘い薫りがマミーから漂ってくる。
マミーは語り始める
ようこそ、ウルク大神殿陵墓へ〜!
私! 案内をさせていただきます〜マミーのパラハと言います!
お独り様ですか?
お二人様ですか?
どちら様でも此処はお楽しみいただけますよ〜保証します!
でもでも、まずはウルクの簡単な歴史から説明いたしますね!
……起源は今からなんと、何千年も昔、まだウルクが帝国と呼ばれていた時のことです
その時はまだ魔物との戦いが激しくて、ウルクも当然魔物……昔の魔王軍と戦っていました
何年も何十年も戦いが続きました……やがてある時、ウルクの凄い人たちが!
……どう凄いかはわからないですけど、すごく頭のいい人たちです!
なんと、大気や土地の魔力を永久的に消し去るという凄い魔法!
あれ? 魔導兵器だった……かな?
を、作ったんです! すごい!
私たち魔物は生きていくのに魔力が必須ですからね、消されたら大問題です!
帝国もそれを使って私たち魔物を……あっ昔の魔物ですよ! それを倒そうとしたんです!
そうしたら、それがなんやかんやあって暴走してしまったらしく、魔王軍に対して撃つはずが帝国内で爆発しちゃったんです!
ただ、最初の計画では人間には悪影響がないものということで、そこまで自爆に関しては危険視されていなかったんです、それこそちょっと強い風が吹くぐらいで
……ただ、魔力を消し去る……ことによる土地の影響までは計算外でした
今となっては常識ですが、魔界じゃない普通の土地にもちょこっとだけ魔力が混じっているんですよね、そしてそれがいろいろなバランスをとる役割をしているんですが、なんと帝国はそれを消しちゃったんです
だから〜さあ大変……あっという間に土地のバランスが崩れ、次々と……土地が死んでいきました 死の風 です
……そこからは、大変でした
何を植えても、耕しても、水をあげても……何も実らず、ただ枯れていくだけ……何が悪いかもわからず、少しずつ全てが崩れ落ちていく 水だけは懇々と湧きだすのに 木々は枯れゆき、砂が……砂漠が……あっ すみません……少しだけ入り込んでしまいましたね!
そんなこんなで、帝国は滅びました!
え、あっさりですか?
仕方ないです! なにせ当時は何もわかりませんでしたし、今もほとんど歴史の史料が残っていませんから!
でもでも、これからがウルク復興の物語です!
帝国が滅んで千年以上!
ここ、今のウルク神殿陵墓に一人の旅人様がやってきます、それこそ我らが盗掘王リューク様です!
あ、ちなみに今も街を歩いているとたまに会えますよ! 今ならなんと、私のコネで“ばったり”会わせてあげてもいいですよ! なんせリューク様の奥方様は、私のご主人様でとっても偉いんです! こう見えても私はすっごく古株なんですよ、えっへん
で、どうですか?
え、歴史? そうでした……おほん そんなこんなでリューク様が冒険者としてこの地にやってくるわけです、そこでなんと〜 ご主人様の歌声を聞いてこの地、この場所を見つけたっていうんですよ〜 ロマンチックですよねー!
それからの七日間の話はパンフレットにも載っていますから、ぜひとも読んでみてくださいね
いったんリューク様はこの地を離れるのですが、また戻ってくるんです なんでもご主人様を忘れられなかったらしくて……いいですね、愛ですね〜!
その時に魔法の土と種を持って帰ってくるんです。そしてそれが今の神殿陵墓……ひいてはウルク全体の復興の礎となったのは余りにも有名な話ですね!
まあ復興といっても、未だに帝国の自爆の影響は残っているんですが……それでもすごくましになったんですよ、リューク様バンザイ!
それからもリューク様はご主人様……スフェラ様とともにこの地の復興をするだけでなく、長く砂の下に埋もれていた数々のウルクの遺跡を発見していくんです!リューク様が凄いのは今も精力的に盗掘作業を継続しているところなんですよ〜
これこそがリューク様が盗掘王と呼ばれる所以です!
え? なんで発掘王じゃないんだって?
そうですね〜実はですね〜……なんでもご主人様にとってリューク様は永遠に盗人で罪人なんだそうです、いつも言うんですよ〜“我は未来永劫許さぬ、我が傍で罰を与え続ける”って
……愛のカタチって、それぞれですもんね……!
おほん、これが簡単な歴史です、はい
え、あっさりしすぎ?
まあまあ、歴史の授業はこれぐらいにして、観光の話にしましょうか
お客様はカップルですか?
もしそうならいいプランがありますよ!
例えば〜これ!
“魔力のない静かな砂漠で感じるゼロ距離愛魔力! 砂漠のテント生活ツアー!”
先の歴史の授業にもある通り、今もなおウルクは大気中にほとんど魔力がありません
でもでも〜魔力がないっていうことは……愛する人の魔力を殆ど邪魔無く味わえるっていうことですよ! 例えるならば……邪魔な匂いも添加物もない、純度百パーセント天然物を……完璧に純粋に味わう……適度に不自由な砂漠のテント生活も、お互いに頼ってもらえて嬉しいって好評なんですよー!
それに〜特に砂漠の夜は冷えますからね……夜は二人……ぴったり寄り添わないと……
うふふ……
このツアーの好評な点は期間が好きなだけ指定できるというのもあるんですよ〜 いつまでも愛する人と二人きり、広い砂漠の真ん中で過ごすこともできますし 数日だけさっと滞在することも可能なんです!
どうですか〜?
さて! 次はこれです!
“私は守護者で貴方は罪人! 盗掘王の記憶追体験ツアー!”
リューク様がご主人様と過ごしたという七日間をカップル向けにアレンジしたツアーです!
今なおこのウルクの地には隔絶された無人の遺跡が結構あるんですよ〜
その遺跡を利用したツアーなんですけれどね……
……あなたはしがない冒険者、ある時偶然見つけた前人未到の遺跡に足を踏み入れる……なんとそこには、見目麗しい、しかし恐ろしい遺跡の番人が! 哀れあなたは盗人として番人に一撃のもとやられ、倒れ伏す……万人に捕まったあなたは正直に罪を認め、罰として七日間の奉仕を求められる……これは隔絶された世界で繰り広げられる、愛と肉欲に塗れた七日間の記録……そんなツアーです!
長い孤独の中で、やっと出会えた奇跡……そんな浪漫を味わいたい、というカップルに大人気! もちろん、世界観の構築には一切手を抜いていませんよ! 本物の遺跡に、それを維持するための専門のスタッフ、そしてお望みならばより投入感を高めるための演技指導から記憶操作まで! おまけにツアーの参加者様には七日間の記録をばっちり記したウルク書記官お手製のメモリアルマジックブック(追体験機能有)付き! 大人気です!
ただ、大人気過ぎて予約必須で、しかも長いこと予約待ち状態なのが難点ですが……でもでも、おすすめですよ!
次に〜ちょっとあっさりめですけれど、定番の〜
“恋人、夫婦、どっちでも歓迎! しっとり二人きりで廻るウルク遺跡ツアー!”
これはリューク様が見つけた遺跡の中でも特に有名な遺跡を廻るツアーです!
専属のガイドと一緒に、リューク様が辿った盗掘の歴史も学べるお得なツアーですよ!
もちろん、先の二つと違ってパンチは弱いですが、ド定番だからこその安定感というか、旅行している感が欲しい方々に大人気なんですよ!
ちなみにツアールートは複数用意していますし、それぞれ寄るホテルや遺跡が違いますから、何回でも楽しめますよ!
私のお勧めはやっぱりプランBですかねー ここ、ウルク神殿陵墓で一日過ごした後に谷丸ごと城砦化したエメク大城砦遺跡での二日間にわたる冒険体験、その後にウルク一番の大市街遺跡街アルドで昼は買い物を楽しみ、夜は歓楽街や劇場廻りと大人気遺跡ホテルでの一夜……そして、その後にしっとりと二人きりで過ごす雄大な風景が人気の砂塵の谷でのテントキャンプ……そして最後にまた、ウルク神殿陵墓に戻り歴史ある水源……ナヴェの泉傍のホテルでゆっくり体を休める……どうですか?
あ、それとも……お独り様ですか?
すみません……私ったら勝手にしゃべってしまって……でも!
お独り様でも問題ないです!
むしろ歓迎!
お独り様用のツアーももちろん用意していますよ! たくさんね!
これこれ、これです!
“今日から君も盗掘王! 遺跡盗掘体験ツアー(お独り様限定)!”
うふふ、先ほどもお話ししましたが今なおこのウルクの地には数多くの手つかずの遺跡が眠っています……男ならば一度は夢見る浪漫……この足で未踏の地を踏みしめ、この手で未だ見つからぬ、忘れ去られた歴史を掘り起こす……というほど大がかりではありませんが、ツアーとしてなんと! 遺跡の発掘現場にスタッフとして参加することができます!
条件はただ一つ、独身男性かつ恋人がいないこと、そして魔物娘に対し偏見がないことです! え、なんでそこで魔物娘が関わってくるのかって? いやですねえ、発掘スタッフの中には当然、魔物娘も含まれているわけですよお 中には発掘物にも混じって……いや、なんでもないですぅ
とにかく! 他の場所ではまず味わえない体験ですよ! 遺跡の発掘なんて! もちろん危険はありませんよ、そういう意味では物足りないかもしれませんが、貴重な体験になることは保証します!
ただ〜 参加する前にいくつかの講習に参加してもらう必要があります〜
専門的な知識の講習なので、難しいと思いますが、お望みならば専属の補助スタッフをお付けしますよ! いつでもどこでも、お望みならば二十四時間対応! え? 人間かって? いやいや、もちろん魔物娘に決まっているじゃあないですか もちろん、スタッフも独り身ですから……手取り足取り教えるうちに……きゃっ これ以上はダメですぅ!
……おほん……
次はスリルを求めるお独り様に大人気!
“目指せ、一攫千金! ウルクの秘宝が眠るメフテレット大陵墓探検ツアー!”
こちらはウルク大神殿陵墓の中でも特に広大かつ前人未到の地が多いメフテレット大陵墓の探検ツアーです!
メフテレット大陵墓の説明ですが、リューク様が見つけたものの中でも特に大規模な地下陵墓の遺跡でして、発見から数百年、未だに全貌がはっきりとはわかっていないとても大きな遺跡なんです
というのも、大きいだけで危険な罠などはないんですがとにかくその……魔物娘の数が多くて、しかも排他的というか、攻撃性が強いんですよ
そのおかげというか、未だに遺跡の中には貴重なお宝が眠っているとされています……つまり! このメフテレット大陵墓は現代における大変貴重な“現役のダンジョン”なのです! そしてなんと、その遺跡に立ち入る許可証と冒険者の永遠の不文律、両手の報酬をリューク様直々に認める許可証をちょろっとこの書類にサインするだけで入手できちゃうんですよ! お得!
え? ツアーじゃない?
いやだなあ、もちろん探検がメインですけど〜 そんな事情でしてメフテレット大陵墓の周りには現代の冒険者が集う結構賑やかな街があるんですよ、お望みならばその街を廻って楽しむだけの健全かつ安心安全なツアーもご案内できますよ!
でもお、参加するなら、せっかくだし〜入っていきません? 大陵墓……最近、寂しい魔物娘が増えていまして〜少しでも夫候補の生贄……げふんげふん
なんでもないですぅ
え? サインする書類の一部がおかしい? そんなはずはないですぅ
なんで婚姻届があるんだって? いやいや、冒険の最中、恋に落ちることがあるかもしれないじゃないですか! むしろ冒険だからこそ、予期せぬ出会いにときめくものです! そして当然、そのまま電撃入籍なんてのも! あるんです! あるんですよ!
ですから! サインしたらしっかりと! あなたのその懐の中に! 婚姻届は! 入れておいてください! ね!
……おほん……
次のツアーですけれども、これなんかどうですか? 個人的にすごく、すごぉくおススメですよ!
“見知らぬパートナーとイく異国の地! ウルク遺跡巡りの旅(独身男性/魔物娘限定・マッチング保証付)!”
うふふのふ〜これはおススメですよ〜!
ちょっと登録の際に写真を一枚撮らせてもらいますけれども〜……後いろいろ質問させてもらったり、心理テストや好みの女性のタイプや好みの魔物娘の種族を聞いたりするぐらいで、あとはランダムに選出された相棒……旅のパートナーと二人きり……協力しながらウルク内の雄大な遺跡を廻る、めくるめく大冒険を体験できます!
殆ど歩きで廻る関係上ちょっとツアー期間が長めになりますが、その代わり長い日数や様々な遺跡を楽しむには大変お安くなっております! また予期せぬ長期滞在に備えてのサポート体制も万全です! 実家や勤め先への根回しに婚姻届をはじめとした様々な書類の作成まで、なんでもしますよ! しかもサポート代はサービス! 無料です!
それに冒険の旅を刺激的に彩る様々なイベントもご用意していますよ! もちろん、希望すれば、の話ですが 私としては是非とも希望してほしく思います! はい!
はい? 行くの字がおかしい? ああ〜すみません、ちょっとだけ間違えていましたね! 後で書き換えておきますぅ
それはそうと、どうですか? 参加しますか?
もちろん、今すぐじゃなくてもいいですから〜登録だけでもぉ……準備も時間がかかりますから〜登録だけでもしておいてもらえると大変助かるんですー!
なになに? マッチング保証ってなに? なんで独身男性と魔物娘限定か、ですって?
さあ〜? 私はしがない観光案内所の職員でしかないですから〜上の考えることは〜わかりませんねぇ……
うふふ、どうですか? どうですか?
あなたは、どのツアーに……参加いたしますか?
22/11/13 21:05更新 / 御茶梟
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