砂塵の時
……砂塵が舞う。
かつて人々が住み、そして終着の時を過ごした街。山々の最奥、山壁に囲われた盆地に築かれた墓守たちの街。
そこに、乾いた風に吹かれて、砂塵がきらきらと輝きながら空を舞う。
そこは滅びた街、滅び……そして忘れ去られた街。
長い時の中、砂とともに埋もれ掘り出されることなく。永劫の中に横たわる街。
そこを護る守護者もまた、永遠の時を街とともにする運命にあった。
それは長い長い孤独な旅。終わりのない、尽きぬ砂時計を眺め続ける旅であった……だが、ここ最近は様相が違っていた。
街の奥、墓標立ち並ぶ広場を見渡す位置に、守護者が鎮座する神殿はあった。かつてこの街が、まだ生きた街であった頃、魔物はこの地の守護者としてその雄々しき姿を座所に収め、この地がいかに厳正なる地であるかを示していた。
それは今も変わることなく……魔物は己が座所にいた……その腕、胸の中に一人の人間を抱え込んで。
……すんと薫る、香木のように甘く、そして少し岩のような塩気のある匂い。少し湿っぽく、官能的な匂いに包まれながら魔物の胸に抱え込まれた人間……名をリュークという……は目を覚ます。その体に衣服はなく、その半身は魔物の獅子の半身の下に納まり見えなくなっている。獣の半身からはむわりとより一層の熱と濃い薫りが漂い、またじっとりと湿っていた。
「起きたか」
もぞりと、その豊満な胸の中でリュークが動いたのを感じたのか、はたまた“下半身”が動いたのを察したのか、魔物はリュークに声をかける。その声音は優しく、それでいてしっかりとしたものであった。
「あ、ああ おはよう……スフェラ ぅ」
きゅむっと、スフェラと呼ばれた魔物の半身がリュークの半身を包む。それと同時に“飲み込まれていた”リュークの一部が“奥”へと導かれる。熱く湿り、そして柔く締め付けながらも魔物はことも何気に、座りなおすようにその体をゆする。
「あっ! スフェラ! そ、そろそろ! うぐっ!」
もぞもぞと暴れるようにもがくリュークに、スフェラはその逞しい腕を回し、しっとりと火照らせた豊かな胸へとより強く押し付ける。リュークよりも一回り以上大きいスフェラの巨体に彼が包みこまれる様子は、赤子と母のようにも見えた。事実、その大きすぎる実りによって顔と口を塞がれたリュークはびくびくと震えながら、その巨大な“母”の愛に溺れるほかなかったのである。
リュークの熱を感じ取ったのか、スフェラはより深く体を落とし込み、リューク自身をさらに奥へ、奥へと導いていく。
にゅるにゅるとスフェラの隧道を進むたびに狭く入り組んだ構造がゆっくりとリュークを包み、ねっとりと湿った蜜とともに輪をくぐるようにくりっと締め付けていく。未知の領域に導かれていくたびにリュークの体は震え、大きく跳ねる。ぐっと、一層強くスフェラの腰が落とされると同時に、本来であれば届くことのない“聖櫃”の扉へと至る。こつん、とより硬く熱い感触を先端に感じ、それが吸い付くようにリュークの“先”を包んだ瞬間。ひときわ大きくリュークはその腰を跳ねさせ……数度びくんと震えた後に全身を弛緩させるようにその力を抜く。
ぐったりと、スフェラの体に身を預けるリューク。そのリュークの姿を愛おし気に、そして繊細な宝に恐る恐る触れるようにスフェラはその爪をそっと這わせる。
そのまま再び舐るように、スフェラは腰をひねるように数度くねらせると、その腰の動きに合わせてリュークの口から苦悶とも嬌声ともいえぬ呻きが漏れる。その声を聴くのがたまらなく嬉しいのか、それとも己の中でその存在を主張されるのが心地よいのかはわからないが、スフェラは慈母の如く微笑むと器用にその身を屈め、リュークの口を、舌を己のもので絡めとる。蛇のように長くも、太く肉厚な舌は力強くリュークの口へと割り入りその喉と舌を犯す。舌先からはじんわりと熱く甘い唾液が毒のように滴り、リュークの喉を、じんわりと焼いていく。そのまま暫く、リュークを“上下”で味わいながらスフェラはうっとりとその目を細めていく。
ちゅぽん、と瓶のふたを引き抜くような音とともにスフェラの舌がリュークの喉から引き抜かれる。しかし、リュークの体は変わることなくスフェラの胸元に抱かれ、一向に開放される気配はなかった。
「す……すふぇら……そろ、そろ……行かない、と」
何とか、この母から逃れようともがくも、強靭な鷲の手に捕まれ逃げ出すことは叶わず、また獅子の口に咥えこまれた己の半身に至ってはすっかりしゃぶり尽くされとろとろにふやけてしまっているのにも関わらず、ピリピリと焼け付くような温もりと、奥へ奥へと吸い付かれる心地よさ、溢れて止まらず、つんと薫りねっとりと滑る肉蜜によってもたらされる飽くことの出来ない“快楽”を前に屈し、萎えることなく、それどころかリュークの意思に反し抜け出すことを嫌がるようにより強く硬く怒張していた。
「だめだ ……リューク、お前は我が守るのだ 何かあったらどうする! お前は脆い、我の腕一つ跳ねのけられぬ癖に一人で出歩こうなど!」
スフェラはそう叫び、むぎゅっとリュークを抱きしめる。
「むぐっ いっいや、だって 何も……何もないだろう……ここに危険は……」
実際、そうであった。あるとすれば坂や階段から転げ落ちてしまうぐらいしか危険はなかった。此処は忘れ去られた地、守護者スフェラとリューク以外、今は誰も知らぬ場所であった。危険など、やってこようはずがない。
だが、スフェラはまるで何かを恐れ守るようにリュークの身を包む。それこそ、何ものにも決して奪わせまいとするかのように。
「だめだだめだ! いいか、お前は我のものなのだ、絶対に 絶対に離れてはならぬぞ」
「スフェラ……」
一見して、不条理にも思える言葉と行動。しかし、それはスフェラにとっては切実な想いの発露でもあった。
……リュークが戻ったあの時、スフェラはその場でリュークを押し倒し……そして結ばれ……否、犯した
……魔物が顔を上げた時、そこには……長く、長く待ち望んだ相手が……立っていた。幻でも、夢でも良かった、魔物はこの一時、確かに己の役目を忘れ……その欲望のまま飛び掛かったのである。
座所から飛び掛かり、獲物を、旅装束に包まれたリュークへと組みつき押し倒すとその存在を確かめるように強く抱き、その匂いを嗅ぐ。全身をこすり付け、その実在を体に信じ込ませる。リュークは突然の出来事に恐怖を覚えたのか、その身を強張らせただ成すがままとなっていた。
魔物の意思は弾け、稲妻が駆け巡るが如き衝動に魔物は突き動かされる。
その眼は爛々と輝き、荒い息を吐く様は獣の如き姿であり、いかに雄大にして美しき姿をしていたとしても見るものに恐怖を与えるのには十分すぎるものがあった。だが、そんな恐ろしい姿をさらしていることなど気づくことなく魔物は衝動に突き動かされるようにリュークへと覆いかぶさる。
“喰われる!”
その勢いはリュークがそう勘違いしてしまうほどのものであった。だが、実際に喰いちぎ……引きちぎられたのはリュークの肉ではなく、衣服であった。女神の顔に潜む獅子の牙と、その逞しき腕の大鷲の爪をもってすれば、人の装束など容易く切り裂けよう。かくして、あっという間にリュークの衣服がはぎとられ、半身が露出される。
長い旅の中で鍛えられたのか、無駄のない、しかして厳しい生活故だろうやや貧相な体が魔物の前に晒される。突然の羞恥に、リュークは悲鳴を上げる。だが、そんなリュークの自尊心など気にかける様子もなく魔物はギラリと牙を剥いて笑うと、明らかに興奮した様子でさらに衣服を剥ぎ取ろうとその爪を振るう。
嗚呼! リューク! リューク!
小さく叫ぶように、眼前の男の名を叫ぶ魔物。その眼はさらに爛々と血走り、飢えた獣の如き様相であった。そのまま、たちまちのうちにリューク最後の砦も引き裂かれ……恐怖のあまりすっかり萎びたものが白日の下にさらされる運びと相成った。
“それ”が見えた瞬間、魔物の動きが止まる。
暫し、両者の……リュークは恐怖のあまり、魔物は……興奮のあまり……荒い息が響く。
先に動いたのは魔物であった。
怯えるリュークの顔面に、そのまま身を屈めるようにして己の両胸を押し付ける。長い年月を全く感じさせないぴちっと張りつめた肉の塊が、籠った熱とそれによって蒸留された薫りとともにリュークを包む。塩気のある、肉のむわりとした濃い薫りが鼻腔に入り込み、少しむせるようにリュークはせき込む。それと同時にぎゅっぎゅっと圧迫される両胸の感触を味わいながら、混乱するようにリュークは魔物を見る。視界のほぼすべてを、魔物の光る褐色の肌が覆いつつも、ちらりと黄金の鋭い瞳がリュークの視線を絡めとる。
それと同時に、柔く暖かい胸の感触に、少しだけ反応した下半身をふわふわとした柔く、そしてさらに暖かく熱い感触が包み込む。包まれると同時にずしりと半身にかかる重みを感じ、魔物が己の半身の上に座したということをリュークは悟る。
獅子の半身を覆う毛皮は想った以上に柔らかく、その奥に秘める肉体の頑強さを感じさせないほどにむっちりとした、控えめに言ってかなり肉感的な感触であった。その事実に、リュークの下半身が否応なく反応する。
それに……足の付け根、柔き毛皮に隠された神秘の園は顔が埋まる胸の谷間と同じくムッとするような熱気が籠り、じんわりとリュークの欲望を暖め刺激していく。それに呼応するかのように、魔物の聖櫃とその周辺はより熱を高めていた。
ここに至り、リュークは魔物が発情しているのでは、という考えに至る。だが、それは殊更な混乱をリュークにもたらすものであった。
リュークの知る魔物の姿は、雄大にして力強く厳格な存在である。それがまさかこの様子に欲望に任せ、獣の如く貪ろうとするなどまったく想像だにしなかったのである。いや、想像はしていた、していたがこんなにも突然なこととは思ってもいなかったというのが正確な所である。リュークの思う魔物との交わりはもっと主従的で、何より魔物はつんと澄まして奉仕者たるリュークを“使う”ような関係である。
だが、事実は小説より奇なりといったもので、魔物はぎこちなくも腰を押し付けると、ずりずりとリュークを慰撫するように下半身を動かし、刺激していく。
「あ! あっ!」
柔らかい、そして熱い肉厚の蛞蝓が這うような感触に堪らずリュークは声を上げる。その反応を得て魔物は我が意を得たりとばかりに、より強く的確に腰を、胸を全身を押し付け包み込み押さえつけるようにリュークの全身を己の体に擦り付けていく。あの七日間の最後に抱かれた時も思ったものだったが、やはり魔物の肌は極上であった。柔らかくも張りがあり、それでいて滑らかに合わさる感触が心地よく、此度は興奮している故か熱が加わり、汗によってじっとりと濡れ、蒸れた薫りがリュークの全身を包む。そして、その玉肌の奥に脈動する力強さを感じることで、どこか言いようのない安心感と、もはや逆らうことなどできないのだという被支配的な陶酔感が加わり、リュークの欲望が急速に成長していく。
むくりと、リューク自身が起き上がり魔物の聖櫃を叩く。その変化に魔物はすぐに気が付くと、動きを止める。酷く興奮しているのか、吐き出すような呼吸を繰り返しながらも魔物はリュークのことを気遣うようにその身を起こす。抑えとなっていた魔物の巨体が浮いたことで、裸に向かれたリュークの上で愚息がピンと跳ねる。リューク自身、魔物性愛の気はないと自称していたが、もはやそんなことは忘れ去っていた。だが、未だ混乱していたのと、男の自尊心としてこのまま強姦紛い……それも曲がりなりにも男である自分が女に犯されるなど……の行為は憚られたこともあり後退り逃げるように動こうとする。
「! 逃がさぬ!」
だが、そんな僅かな機微すらも魔物は目ざとく見つけると、阻止するようにその鋭い爪をリュークへと振り下ろす。砕ける音とともに岩の床が自分の顔の真横で容易く貫かれた様子を見てリュークは小さな悲鳴とともに動きを止める。
「ダメだ! ダメだッ! 許さぬぞ!」
逃げようとした、それがひどく腹立たしいことだったのか魔物は許さぬと叫びながらその身をリュークの上に覆い被せ、翼を広げる。
「お主が……ッ お主が悪いのだッ! 逃がさぬ、逃がさぬぞ……ッ! 最早我の元から去れる等と思うなッ!」
血走った眼で、欲望にをぶちまけるように叫ぶ魔物。その勢いに気圧され、リュークは怯む。そのまま、一物も萎えると思えたが……魔物の熱気に充てられたのか不思議と萎えることなく、むしろより一層熱く硬く成るかのようにビクンと跳ねる。
それを見て、魔物はぐっと息を飲む。そして、意を決したかのように……だがどこか覚束なげに……張りつめたリュークを己が聖櫃に押し当てる。
「はぁ、はぁ そうだ……此処だ…… ここでいいはずだ…… ッ! グゥッ!」
ぴっちりと閉じた聖櫃の扉を、魔物は強引に押し開けるようにリュークの鍵をねじ込む。押し開かれると同時にじっとりの熱く濡れた蜜が溢れる。
「なっ! あっ! あ、熱い!」
魔物自身が望んだ本能のままに、乱暴に押し入った、押し入らせた侵入者を魔物の秘所は手厚くもてなす。巨体に似合わぬ狭い肉道はきゅうっと引き絞られ、そのまま四方から肉によって一物が押し潰される感触は痛みを伴うほどであった。それと同時に芯の奥から感じる灼熱の如き熱と溢れ伝う蜜の感触。ぴりぴりと脊髄を伝っていく感覚から、リュークは己の一部が魔物の半身に、獅子に喰われたのだと理解する。
「はっ、ああ! な、なんで!?」
まさかこうなるとは思いもしない、あまりに突然すぎる出来事にリュークは疑問を感じるままに口走る。だが魔物は激情のまま飲み込んだリューク自身を感じることに精一杯なのか、ぐぅっと力強く腰を落とし圧し潰すと、腹の底から息を吐き出すように大きく口を開け天を見上げる。
魔物の狭い膣道の中を掻き分け、引き締まった肉の輪を潜るたびにリュークの一物は締め付けられより熱い、ちりちりと焼け付く快感が先に集中する。今まで味わったどの快楽よりもずっと強く異質な快感を前に、リュークは言葉を発することすら忘れその身を強張らせていく。
その時であった、リュークの先端に一際熱い肉の輪が押し付けられたのは。それは狭く、こりこりとかたく弾力があるもので、本能的にリュークはそれが“最奥”であることを理解する。その瞬間であった、まったく無意識的に、耐えようとする意志に反しリュークの愚息は暴発する。長い旅の中、禁欲に等しい部分があったからであろうか、神の傑作、その美と快楽を前にリュークはその身を震わせながらびゅるびゅると、人生一番の射精をぶちまける。間違いなく、今までで一番濃く、そして多い吐精であった。
そのリュークの射精を魔物も感じたのか、溢れ奥を叩く感触に合わせるようにびくんと体を震わせ、より大きく逆立つように翼を広げる。牙を剥き出し、雄たけびを上げるように打ち震える様は雌獅子そのものの有様であったが、それもまた野性味に溢れた地母の如き美しさを宿していた。
そのまま突っ伏すように、荒い息を吐きながらその身を屈める。
……交わりのことなど、何も知らぬ……
だが、無いはずの知識を補うように本能が魔物を導く、力任せに、強引に腰を打ち付けるように目の前の雄を喰らう。傍から見れば、快楽などなにもあったものではないように見えただろう。しかしリュークも、そして魔物も確かに感じていた。荒々しく、時に痛みを伴いつつも、それ以上に抗いがたい快感を。
静かな時が、互いの呼吸の音と砂が風に舞う音だけが響く時間が流れる。じんわりと、互いの体温を感じながら、魔物とリュークの視線が再び絡みつく。
ずくんとした、重い衝動が再び魔物とリュークの下半身に宿る。未だ鍵は萎えることなく、聖櫃の中に突き刺さり、痺れ焼き付くような快感の中に浸っている。リュークを咥えこんだ魔物の肉の洞もまた、吸い付くように蠢き、尽きることのない蜜を滲ませ続けていく。
そのまま、互いに視線を絡めつかせたまま、魔物はゆっくりと腰を動かし咀嚼するように、確かめ確認するように蜜肉を柔く締め付けながらリュークに喰いついていく。そのまま上半身を覆い被せると、魔物は名を呟きながらその口と口を重ね合わせ……
……砂塵舞い散る神殿の中、魔物は翼を広げ、その身をくねり隆起させながら男と交わる。もう二度と、許さぬと、我が元から去った罪を贖うまで……そう呟きながら……
……それがリュークと魔物……スフェラの初めての想い出であった。
スフェラという名も、それからしばらくしてリュークが名付けた名前である。名を持たぬ、ただ守護者とだけ呼ばれてきた魔物。リュークからすれば不便だから、名がないならつけようという軽い気持ちであったが、魔物にとっては極めて重要な贈り物となった。初めて、魔物は魔物としての、守護者以外の役目を……スフェラという、リュークの番……与えられたのである。それからというもの、暫くの間はひたすらにリュークに己の名を呼ぶようにねだり、またその名を呼ばれることをひどく喜んだのである。
とかく、スフェラはただただリュークと一緒に、繋がっていたがった。まるで手放した瞬間にリュークが消えて失ってしまうかのように、傍から離れるということを恐れ嫌がった。視界から消えるとなれば一大事であった。だが、リュークとしてみても四六時中繋がってばかりというのは難しいものがあった、主に精力的問題と生命の維持活動的な問題として。そのためリュークはスフェラから一時解放されるために、様々な言葉や約束を弄することになっていた。当然、諸々の問題がなければ、リュークとしても常に傍に居るというのはやぶさかでなかった。不思議なことであったが、根無し草の旅人として一か所に、それも何も娯楽がないような死に枯れた場所で、ただ魔物と一人……静かに肌と時を重ねるのも悪くないと思っていた。
しかして、現実的な問題として諸々のことをやらねばならなかった。少なくとも、ここで“生きていく”のならば、それはなんとしてでも解決せねばならなかった。
「スフェラ……そろそろ畑にいかないと 今日も一緒に来ればいいじゃないか」
「し、しかし……それでは街の守りが……いや、良い 行こう いいか、我の目の届かぬ場所に行くでないぞ」
そう、それは食料の問題であった。事実、ここは不毛の地である。作物は育たず、草木が生えてもいずれ砂と枯れてしまう。故に生命はおらず、食えそうなものは殆どなかった。
だが当然、この不毛の地に戻ると決めたあの時……あの別れの時から暫く、宿場町に戻り……安宿の窓から蜃気楼に揺らぐ大山脈を見た時から、リュークは覚悟と準備をしてきたのである。
“必ず戻る 戻り、せめて一時でも……あの魔物の傍に”
どうしてそう思ったのかはわからない。だが、リュークはそう心に決め、旅に出た。旅の目的は一つ、風のうわさに聞いた“精霊使いの秘技”……それによって生み出される魔道具を得ることであった。
魔道具を得る旅の途中、いったん学院へと戻り依頼を果たすべきか迷う時もあった。
証拠はなくとも地図と導石の案内があれば遺跡へと至ることは可能であったためである。だが、リュークはあえて学院へは戻らなかった。
どのような形であれ、学者というものは全てを暴きたがる。それは遺跡を守る魔物からすれば正しく盗人、強盗以外の何物でもない。ともすれば学院は遺跡を見つけた次の段階として、調査の邪魔となる魔物の討伐を王国や冒険者たちに依頼することはリュークの頭でも容易に想像できた。
長い孤独の中果たし続けてきた務めの最後に待つものが、そのような顛末では、あまりにも報われない。故にリュークは口を閉ざすことに決めたのである。少なくとも、あの魔物が使命から解放されるまで、あの場所は人々の目に晒されるべきではないと。
それに、ちょっとした……大きな下心もあった。
できることならば、あの魔物、あの美しい存在を独り占めに……したいという。
旅は決して順調ではなかった。噂伝いに聞いた精霊使いの存在、そしてそれを探すという旅はなかなかの難事であった。幾度となく難事に晒され、死にかけることもあった。だが、その度にリュークは幸運にも同じ冒険者や、時に魔物の助けを得て切り抜けることができたのである。特に、魔物の助けを得た時にはリュークはその不可思議さと親切さに首をかしげるほどであった。
なんであれ、リュークは長い旅の中で目的のものを見つけることに成功する。
……それは土の精霊使いが生み出す“魔法の土”と“魔力の種”であった……
どんな枯れた大地にも、混ぜて種を植えれば必ず芽吹かせるという“魔法の土”。そして魔法の土の魔力を維持し、植物の成長を速めるという不思議な花を咲かせる種。この二つをもってリュークはあの場所を蘇らせようと考えたのである。
どれほどの効果があるかはわからない。だがリュークは持てるだけの土と、種を手に再び旅立つ……否、帰路に就いたのである。魔物が、孤独な守護者が待つあの街へと……
「……よしよし、順調だな」
そして今、その目論見は功を奏し、陵墓の一角、山壁の隅っこにある水源の傍に作った小さな畑は無事にすくすくとその実りを育てていた。
虫すらもいないほどの、死した地。それ故に害虫の類いもおらず、邪魔者のいない植物たちは好き勝手に、満足のいくまでその体を成長させていたのである。そしてそれは、リューク、そしてかつての緑深き地を知るスフェラにとってとても喜ばしいことでもあった。一つだけ気になる点があるとすれば、少しばかり形や色味が違うことであったが、魔法だからそんなものだろうとリュークは気にしないことにしていた。何であれ植物が、食物が育ちそれを食せるようになればここで暮らしていくことができる。
「さて、やるかな」
後は黙々と仕事をするだけである。リュークはスフェラに見守られながら水をまき、土を耕し、そして“収穫”していく。そう、魔法の土と魔力の花の力はすさまじく、恐ろしい速度で植物を成長させ僅か一月足らずで……早いものは一週間ほどで最初の収穫ができたのである。流石の速度と色や形の違う収穫物に対し、最初は難色を示したリュークであったがスフェラが一つまみ平らげ“ふむ、問題ない 少しばかり魔力が入っているがお前に影響はないだろう”という言葉と、どっちにせよ今後ここで暮らす以上ずっと食べることになるのだという覚悟を決め、リュークは最初の収穫物を口にしたのである。
(……最初はびっくりしたものだが 味は普通の野菜だったな)
味は普通……よりももしかしたら美味しかったかもしれなかった。何であれ一番苦労すると思った食糧事情はこうして、割と拍子抜けする形で解決したのである。
だが、そうとは言ってもまだまだ問題は山積みであった。
まず食糧……といっても基本は野菜のみ、それも生である。煮る焼くにしても調味料も何もない、という意味で問題だらけであった。不思議と生で齧っていても飽きは来なかったが、それでも肉がないというのは問題であった。それにやはりずっと生で齧っていると肉気と塩気が欲しくなってくるものであった。
ちらりと、リュークは隣に立つ巨大なスフェラを見る。褐色の半身は美しく、それでいて生々しい肉の薫りが漂う。その胸に実る豊穣は大きく豊かで、少しばかり汗ばんでいた。
むにゅりと、目の前で揺れる褐色の実りをリュークは揉む。たっぷりと脂ののった、塩気のある薫りがリュークの欲望を刺激する。
「! ……ふふ 我の乳房が恋しいのだな よいぞ」
そう言って、スフェラは微笑むと、リュークの眼前にむっと薫り立つ乳房を差し出す。柔らかく、ずっしりと重い肉の塊を揉みながら口をつける。ぷりっと張りのある、滑らかな舌触りがどうしようもなく心地いい。そして少しばかり、薄くのった汗の塩気がリュークの渇望を満たし、同時に新たな飢えを誘発していく。
(朝にあれだけしたのにな)
畑仕事の疲れもあるはずだったが、それ以上に目の前の肉体に対する欲望を感じ、抗えないほどの飢えを感じるリューク。既に愚息はその身を伸ばし、そそり立たんとしていた。
「やはりリュークは……我の傍にいるべきなのだ 常に、な」
ぎゅっと、大鷲の腕がリュークを抱き寄せる。眼前に巨大な褐色のうねりが迫り、すっぽりと豊穣の谷間に顔が埋まる。濃厚な薫りとじっとりとした汗の湿り気と熱が言いようのない官能をもたらし、感情を昂らせる。
だが、スフェラはそれ以上に……乳房を揉まれた時から、もしくそれよりも前から……発情していたようで、リュークの下半身に熱くぬめった、じっとりとした湿り気が伝わってくる。
燦々と照り付ける太陽の下、畑の傍の水源の傍でスフェラはリュークをその胸に挟み込んだまま持ち上げるとゆっくりと柔い砂の上に押し倒す。そのままリュークは心地よい圧迫感と重量を、その全身に感じながらスフェラの肉に溺れていく。ぴったりと、全身の肌と肌が噛み合い一体化していくような、包み込まれ一体化していくような恍惚。灼熱の太陽の下でありながらも、むせかえるような熱気はむしろ心地よくいつまでも味わっていたくなるほどであった。
当然、既にリュークの一物はしっかりとその存在を主張し、今も衣服を、己を包む邪魔な布を押し上げスフェラの柔肌を、熱くうねる肉壺を求める。だが、スフェラはそんな欲望を察しつつも、己が傍から一時でも離れた罪を罰すするかのように意地悪く全身を押し付け、リュークの動きを封じ、ずりずりと焦らすように腰を、秘部を押し付け愚息へと這わせる。ふわふわとした毛皮に包まれた大蛞蝓が布越しに、粘液を滴らせながら這うかの如き感触は言いようのないじれったさをリュークに与える。
鼻息荒く、体をもがかせるも全身をすっぽりと包み込んでしまうほどのスフェラの巨体に抑え込まれ、ぴくぴくと痙攣することしかできないリュークを、愛おし気に感じながら、己が胸の谷間からはみ出したリュークの頭髪をくりくりとその爪でいじるスフェラ。
「ふふふ そうだ、リューク 求めよ、もっと、もっと 我を求めるのだ んっ……は……ぁぁ ふふ、我の中に……我が許に還りたいのか?」
きゅっと、太ももを絞めるようにスフェラは両足を閉じ、ぐっとリュークの腰が持ち上げられるようにして密着する。ぴったりと開き密着する肉の花が布越しにしゃぶりつき、そのまま飲み込まんとするかのように奥口が収縮するのをリュークは下半身に感じる。だが、巨肉の海に、褐色の荒波に揉まれているリュークはスフェラの問いかけに返事をすることができず、ただかくかくと……実際はぴくぴくと震えているだけだったが、腰を動かすことしかできなかった。そんな様子がさらにおかしく、愛おしいのかますますスフェラは己の体にリュークを埋め込むように、ぎゅっと力を入れて抱きしめる。
「……返事をしないとは、リュークよ ふふふ どうやら我の罰を受けたいようだな」
実際のところ、両耳に肉が詰まり返事どころか問いかけもほとんど聞こえていなかったのだが、スフェラはリュークがわざと無視をしていると解釈すると、より強くリュークの体を抱きしめ、己の体に殆ど圧着といって良いほどまで密着させる。その強烈な圧迫感はいよいよリュークの呼吸にも深刻な阻害をもたらし始め、辛うじて吸えていた空気が失われ、代わりに肺には芳しいばかりのスフェラの薫りが、しっとりとした湿気とともに入り込む。胸の谷間の最奥、蒸留を重ねた千年物の薫りは突き刺さる芳醇さをもってリュークの脳を焼く。
その強烈な薫りに大きくむせ、せき込むがそれによってより強烈な薫りが肺に大量に流れ込み全身を熱くさせていく。そうでなくとも、全身を包まれムニムニとしたたわわな肉の感触、たくましい腕の脈動、そして何よりも官能的に熱くじっとりと濡れた下半身、ふかふかの獅子の足……思考はスフェラの体温によってすっかりふやかされ、臨界を迎える。
それは例えるならば、泉が噴き出すが如く
ぴんと、足を張り……ふっと脱力するリューク。それと同時に、下半身からわき出した泉を感じ、スフェラの肉櫃がひくひくと脈動する。
「んっ! ……ん」
荒く、湿った吐息を吐くスフェラ。
つんと澄ましているものの、実情として限界であった。肉の花は開き切り、緩み切った口からはとろとろと蜜を垂らしてしまっている。奥口はきゅうきゅうと隙間を埋めようと収縮を繰り返し、ぐりぐりと入り口を刺激されるだけで咥えこんだと錯覚し、顫動する始末であった。
スフェラはぐっと息を飲むと、己が巨体に埋めていた愛し子を胸から“取り出す”。互いの体温と汗ですっかり茹で上がったリュークはほっこりと湯気を放ち、蕩けきった顔でぐにゃりと脱力している。そんなリュークの上に再び跨ると、同じくじっとりと湿ったズボンを脱がせ愚息を解放する。ふやけ切った本体とは違い、そこだけはまるで別の生物であるかのようにグンと張りつめて天を突き、早く役目を果たさせろと言わんばかりに硬かった。
そんなリュークの愚息を前に、くぅっとスフェラは喉を鳴らす。そのまま、己の獅子の半身を……とろとろと糸を引く雫を滴らせ、むわりと淫薫漂わせる獣を……あてがう。そのままとぷんと、腰を下ろし飲み込む。
再び、ビンッとリュークの体が強張る。
「ああ……っ」
ぬるりと、鍵穴が満たされる。飢えた獣の如く、肉の洞が収縮し硬い肉にぴったりと喰いついていく。巨体の持つ鍵穴には到底見合わぬはずの小さな鍵であるはずなのに、否、巨大な宝物であったとしても小さき鍵で開くものはある、そうであるように噛み合いスフェラの背骨に痺れるような快感が走り、そのまま脳を貫く。
「はぁっ あっ、はっ……」
ぐぅっと、喉が震える。翼を広げ、振るわせながらゆっくりと羽ばたく。獅子の尾はしなり、砂をはたく。無意識のうちに、全身が喜びを表現していく。一体どうして、予想できたであろうか、あの罪人が、盗人風情が、どうしてここまで愛おしく感じるのだろうかと。
たまらず、かぶさるように腕を突き、爪を砂に立てる。
「……あっああっ!」
“喰らいたい”
“誰にも渡さぬ”
“我だけの、我だけのっ”
このまま胎の中に収め、永久の揺り籠としてしまいたい。倒錯的な、迸るような感情がスフェラの中に沸き起こる。何よりも大切な宝に対する、本能的に抗いがたいまでの暴力的な欲求。もっとリュークが小さく、スフェラが大きければ間違いなく丸呑みにしてしまっていた。それほどまでの欲求。
体も呼応し、ぎゅっとすりつぶさんばかりに、肉洞に力がこもる。力が籠れば、籠るほどにより鮮明に、繊細にその形を感じ、リュークもまた混濁とした意識の中で隙間なく己の分身が包まれ潰されていく感触に呻く。
ぺろり、と長い舌がリュークの頬を、額を、そして唇を這う。少しばかり生臭い、それでいてどこか甘い薫りを漂わせる唾液をまぶされ、リュークは反射的にその舌に己の舌を絡める。そのまま、スフェラの長い舌が無遠慮にリュークの口内に入り込み、くまなく這いまわり喉奥を犯す。そしてそのまま、口と口を重ね合わせ貪るように、音を立てて吸い付く。
その口の動きに合わせるように腰を動かし、膣肉をうねらせていく。吸い付き密着したまま、スフェラの胎内が蠢き、リュークを捕えたまま嫐っていく。ぐっと押し付けるたびに、肉がうねり輪を絞めるが如く、リュークの分身を締め付け奥へ奥へと吸い込む感覚。抗いがたいその感触はリュークの脊髄を焼き、肺に焼き付いたスフェラの薫り、そして絶えず流し込まれる甘い唾液によって溺れ酸欠を起こしたリュークの脳に強烈な、痛みにさえ錯覚してしまうほどの快感、快感というのには強すぎるほどの“刺激”となって襲い掛かる。
だが、リュークはもはや逃げることはできず、ただその刺激を享受し続けるしかなかった。スフェラは我を忘れたようにリュークの口内を貪り、獣のように腰をうねらせ精をねだる。もはや一度や二度の搾精では満足しないのは明白なほど、その眼は欲望にぎらつき、隠すことのない貪欲さを見せている。
朝と同じように、スフェラの足がゆっくりと、リュークの体を咥えこむように閉じていく。そのまま大鷲の両腕が砂を掻きすくいながらリュークの背に回され、再び褐色の肉波がうねりながらリュークを包む。眼前には美しい褐色の女神が、その黄金の獅子の瞳をもって哀れな“罪人”を捕えて離さない。
びくりと、リュークの体が強張る。
それは果てた徴。
けれども、獣は、魔物は離さない。
たとえ、強すぎる快楽が苦痛と毒をもたらそうとも、離しはしない。
これは罰なのだ
独りの魔物に
孤独を教えてしまった
その許されざる罪に対する
……夜、静かな風が街を吹き抜ける。
満天の夜空、月明かり以外にこの場を照らすものは何もない。昼間の熱気が嘘のように、消え失せ、夜は冷たく凍える風が吹く。山壁に囲われ、砂漠よりも草花、そして水源があるおかげで極端に冷えることはないとはいえど、その冷え込みは人の身には堪えるものであるはずであった。
だが、リュークはこの地に戻って以来、一度も砂漠の夜に悩まされたことはなかった。
そうというのも、毎夜、リュークが眠りにつくのは守護者の座所、その中心……スフェラの胸の中だったからである。
「寒くないか、大丈夫か?」
「ありがとう、大丈夫だ」
ふんわりと柔らかく、優しい温もりに包まれてリュークは答える。
座所の上で、スフェラは仰向けに転がり、その巨体の上でリュークを抱え込んでいた。強靭な魔物の体は暖かく、そしてその大きな羽で包み込んでしまえば冷たい砂漠の風が入り込む隙間すらもなかった。この特別な場所で、リュークは日々の疲れを癒すのである。
昼間の畑での情事の後、夕暮れ時まで絞り尽くされたリュークはぐったりとした疲労感を感じるままに、スフェラの巨体に己が体を預ける。心地よい薫りと温もり、それは長い旅の中で感じたことのない安らぎを、そして幸福感をリュークにもたらす。それは不思議なまでに抗いがたいものであった。
(……これが魅了されたっていうことなのだろうか)
魔物が持つという特性、冒険者として一度ぐらいは耳にしたことがある。昔と違い、今の魔物は全て魅了の特性を持ち、うっかり心許そうものならばたちまちのうちに心の中に入り込み支配してくると、そんな話を教団の信徒が説法しているのを道すがら聞いたことがあった。
(だから魔物には近づくな、だったな)
ちらりと、顔を上げてスフェラの顔を見る。視線を感じたのか、すぐに黄金の瞳がリュークを見返す。その顔は我が子を愛する慈母のようであり、愛する者を眺める恋人のようでもあった。あの厳格な、澄ました顔からは想像もできないほど柔らかく、そして魅力的な表情を魅せる。
「……どうしたのだ、リューク 早く身を休めるがいい、お前たちはずっと脆いのだからな」
そういって、大鷲の腕を……傷つけないように、そっと優しく……ぎゅっと回してリュークを抱きしめる。
もちろん、この心地よさの中ならば、目を閉じればすぐにでも眠りにつけるだろう。だが、リュークは少しばかり悪戯気味に、わがままを言う。
「……なあ、スフェラ 今日も歌ってくれないか?」
「むぅ、今日もか……意味など分からぬのだろう? だが、良いぞ お主のために謡おう ……ふふ、何を謡おうか」
リュークは、スフェラの歌が好きであった。力の化身の如き姿ながら、奏でられる繊細な旋律と澄んだ音色は、今まで聞いたどの歌姫の歌声よりも強く深くリュークを絡めとり、魅了していた。それに何より、あの時出会い、そしてこうして一時だけでも同じ時を刻むことができるようになったのは他ならぬこの歌声のおかげであった。
「……あの時、出会った時の歌を謡ってほしい」
「墓守の歌か、良いぞ その次は何を謡おうか、愛の歌か それとも祭祀の祝詞にしようか 子どもたちの遊び歌にするか ……ああ、謡うとしようか」
歌が好きだ、そうリュークから聞いてからスフェラは数多くの歌を“思い出して”いた。恐らくはこの街で歌われていたものなのだろう、だが少しばかり聞いただけと思われる歌の旋律を完全に覚えているという事実にリュークは改めて驚くばかりであった。
スフェラは少しばかり神妙な顔つきをすると、ゆっくりとその喉を鳴らし、声を震わせ歌を紡ぐ。遠い異国の音色、時を越えて紡がれる失われた帝国の記憶。その音色が耳に流れ込むと同時に、たちまちのうちにリュークはその両目を落とす。
暫く、ただ静かな神殿の中に歌声が響き渡る
一通り、謡い終えたスフェラはそっと口を閉じ胸元を見る。
安らかな寝息を立てるリュークを見て、スフェラは微笑むとそっと胸に抱きながらその身を起こす。
眼前には、未だ止むことなく砂塵が舞い散る永遠の街があった。
スフェラは想う。
この一時は、目の前で舞い散る砂塵の如く儚く脆いものだと。人の命は短く、永久を生きる魔物……守護者たるスフェラとは違いすぎる。故にスフェラは焦りにも近い感情をもって、この温もりを、腕の中で眠る命を慈しむ。
腕に、力がこもる
如何な強靭な力をもってしても、迫りくる時の流れに抗う術はない。時は刻々と刻まれ、やがて愛する者の体に罅を入れるだろう。それは積もった砂塵が、風に吹かれ消える様にも似ている。
恐ろしい
スフェラは怖かった。
怖くても、抗えなかった。砂塵の如き儚い時でしかないとしても、この温もりを、最愛の時を手放したくはなかった。少しでも深く、長く、同じ時を……繋がっていたい。一時でも、僅かな喪失さえも、耐えられない。
たとえそれが、いつか来る、必ず訪れる別れから目を背ける行為だったとしても、スフェラは止められなかった。
スフェラは、静かに涙を流す
それは決して誰にも見せぬ姿。
眼前には、ただただ 永遠が横たわる
22/11/13 21:03更新 / 御茶梟
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