……暫く……といってもおおよそ三日三晩にわたり、ティエンはタオフーに文字通り髄の髄までしゃぶりつくされた。ようやくタオフーの狂乱が治まり、理性を取り戻したのはティエンが“喰われて”から四日目の昼頃、昼餉の時を過ぎた頃合いのことである。
　ティエンを“咥えた”まま正気を取り戻したタオフーは、ティエンの一声を聞くや否やその顔面を掌底で叩き打ち、危うくティエンを昇天させてしまうところであった。

　「うっ　ぐぅっ……んッ！」

　ゆっくりと、己の中に沈み込んだティエンを引き抜くタオフー。ずるずるりと、湿った音と粘り気を伴いながら抜けていく。
　「ああ……ぁっ」
　ぴったりと埋まっていた、己の中に隙間ができる。ぞりぞりと名残惜し気に膣壁をこすり上げられる感触に、ぞくぞくと背筋が震え、全身に快感が巡る。
　「ん……んんっ！」
　ごぽん、粘ついた音と共にようやくティエンの分身は己の吐き出した白濁と、タオフーの蜜が混じった愛液と共に解放される。
三日三晩と半日、タオフーの中に漬かっていたそれはほっこりと湯気を放ちながらも硬くそそり立ち、未だその役目を果たさんとしていたが解放されて暫く、主が意識を失っていたこともありふにゃふにゃと膝をつくように倒れ伏す。

　（我は……一体、何を……！？）

　荒い息を吐きながら、タオフーは混乱する。尤も、うすうすというか、はっきりと気づいてはいたが認めたくなかった。あまりにも心地よい、忘我の境地からゆっくりと地に降り立つように戻って感じたのは、はっきりと“満ち足りた”代えがたい満足感と共に、己の中に埋まっている肉の感触、そしてそれによってもたらされる確かな快感と歓喜であった。
　だが、それはタオフー……ライフーにとっては認められぬもの。
　それに、理性を取り戻した際にかけられたティエンの優しい声と言葉、それを聞いた瞬間に己の中の雌が確かに打ち震え、しかもそれによって咥えこんだものに吸い付いてしまったということがタオフーにとっては耐え難い恥辱でもあった。

　なんにせよ、タオフーは……ライフーはよりにもよって、一番あり得ぬと、あり得てはならぬとしていた相手に己が操を捧げたというのは崩しようのない事実であった。それも、相手に迫られてなどではなく、浅ましくも己から、それも発情し乱れ切った雌獣の如き痴態を晒したうえである。
　代えがたいその事実を前に、タオフーは悶絶しうめき声を漏らす。頭を抱え、ごろごろと転げまわるも、それで事実が変わる事もなければ己の中でちゃぷちゃぷと泳ぐ小ティエン達がきれいさっぱり消えることもなかった。それどころか余計にじんわりと熱く、己の本能に当たる部分がティエンの分身たちを歓迎するかのように子宮を蠢かしていくかのようであった。
　（うっ　ぐぅっ！　か、かくなるうえは……！）

　この恥諸共この手で、あやつを葬るしか……

　疲労困憊の上すっかり伸び切り、気絶している状態である。今ならば、小鬼であったとしてもティエンを葬れたであろう。
　（くっ！　だが！）
　それは、武の道を、己が力を信ずるものとしてあまりにも情けないことであった。よりにもよって、今生の好敵手とばかりにその血を滾らせ、よもや女の身と化したとは言えほぼ全力といえた己の業全てを受け止め、そのうえで決定的な一撃さえも見舞おうとした。人の身にしておくには惜しすぎる武人をよもや寝込みを、不意打つ形で葬ろうなど……とてもではないが、ライフーにはできなかった。己が生き恥を晒してでも、やはりティエンとは正々堂々、再度戦ったうえでその命をもらい受けたかったのである。

　結局、ライフー改めタオフーはティエンが目覚めるのを待つことにしたのである。そのうえで、ティエンが先の一撃で都合よく三日と半日の記憶喪失にでもなってくれやしないかという奇跡に一縷の望みを託すのであった。

　もちろん、そんな奇跡など起きはしなかったが。











　……ティエンが目を覚まして暫く。タオフーとティエンは未だに淫臭の燻ぶる洞穴を後にし、川で身を清め、とぼとぼと互いに言葉を交わすことなく。顔を赤らめもじもじとしながら仙石楼に戻ることになった。
　結局、目を覚ました時の様子からタオフーはティエンが記憶をばっちり残したままであるということが察せられたのである。
　それからというもの、互いにばつが悪そうに、そして時折ちらちらと相手の方を見やりながら重い足取りで向かっていた頃合い、仙石楼では……



　……見るも無残な昼餉が、ヘイランとフオインの手によって生み出されていた。



　その様相は遥か西方にて行われる錬金術にも似ており、不可解な色に輝く煙を噴き上げる大釜に、極彩色の炎を放つかまど、奇妙な液体や粉の山で満たした皿の山。食卓にはそれらを駆使して創り出された、この世のものとは思えぬ薫りを放つ怪物質と輝く黄金と化した食物であったものが並べられていた。
　「今回も……失敗だったか」
　ほぉーっと疲れた様子でヘイランがため息をつく。
　「……失敗だったか……じゃねーよ！　どうすんだよこれ！　食えないじゃん！」
　ティエンがタオフーによって拉致られてからはや三日、ティエンとタオフーを探そうにも広大な天崙山の中を探し回るという苦行と暴れ虎を大人しくさせるという難事を前に早々と諦めたヘイランの執拗な説得を受け、渋々仙石楼で待つという選択を取ったフオインであったが……結果としてそれは新たな苦行と難事の始まりでもあった。

　三食にわたる食事の用意である。

　朝餉、昼餉、夕餉……三食全てをティエンの料理によって賄われすっかり野生の味を受け付けなくなってしまったヘイランとフオインは、何とかしてティエンの味とまではいかずともましな料理を作れると……思っていた。
　事実、フオインは三日間だけとはいえ焼くだけ煮るだけといった簡単な料理は作れるようになっていた。だが、問題はヘイランであった。料理は嗜んでいると自信満々であったが、ふたを開けてみれば出てくるのは暗黒物質、反物質、怪物質、そして金の塊と飲めば元気にはなるが腹は満ちない輝く水とろくでもないものばかり……というよりも食べ物とは言えぬものばかりが生み出されていた。交代制で作っているため飢えて死ぬということはなかったが、それでもいずれかの食事がだめになるというのはなかなかに我慢がならないことでもあった。
　「もう少し真面目にやるべきであったか……まあよい　少なくとも再現には成功したからの、わしの料理帖に記しておくか」
　「じじい、これが料理だって言い張るつもりかよ……うぅ……ティエン……」
　懐かしく思うは、ティエンの作るあの味であった。目の前にあるのが皿の上でただ冷たく硬い黄金と小鍋の中で異臭と聞き取れぬ囁きを放つ怪物質だけであるだけに余計にひもじく感じるのであった。

　そんな折であった、尋ね人などいないはずの仙石楼の扉が開く。

　「……む、誰だ？」
　「！　もしかして！」

　食堂を飛び出し、門の前に走る二人。果たして、尋ね人は待ち望んだ人であった。
　「……帰ったぞ」
　「……ヘイラン殿、フオイン殿　心配かけました」
　それは、フオインにとっては何よりも輝いて見えたに違わなかった。

　「ティエン〜ッ！」

　「ぐっ！」

　だからだろうか、火矢の如き速度でフオインに飛びつき抱き着かれ、ティエンは宙に浮く。
　そのまま背中をしたたかに打ち付けると同時に背中を擦る。突然の衝撃と痛みにティエンは顔をしかめるも、そんなことを気にすることなくフオインはティエンの胸板を叩き懇願する。

　「ティエン！　飯！　飯！　飯作ってくれ！！」

　それは余りにも切実な願いであった。
　「おい、我に挨拶は無しかネズミ」






　……「これは……いったい……」
　ティエンが目の当たりにしたのは、厨房と食卓の惨状であった。厨房にはとてもではないが調理をしていたとは思えぬ様相であり、食卓に至っては今日の昼餉だったものと思わしき怪物質がうごうごと蠢き、奇妙な叫びをあげている始末であった。
　「頼む！　早く飯を作ってくれ！　俺もう我慢できねえよ！」
　「お、お待ちをフオイン殿……これでは……まずは片付けねば」
　「早く速く！　ひゃはくっ！」
　過興奮状態にあるのか、目が血走り体からは炎を溢れさせ、ろれつの回らない様相であった。そんなフオインを窘めつつ、まずは食卓から片付けようと今日の昼餉……と思わしき小さな怪物質の前にティエンは立つ。

　それは小鍋に入れられ異臭を放ちながら蠢く混濁とした液体であり、黒と紫が混じるなかで時折緑に濁る……控えめに行って酷く冒涜的で悍ましい、名状しがたい何かであった。

　（こ、これはいったい……！）
　流石のティエンといえども、これを果たして料理といって良いかは甚だ疑問であった。

　ﾃｹﾘﾘ!　ﾃｹ ﾘ ﾘ!

　（！　しかも何か音が……！）
　ティエンがその怪物質を前に逡巡していると、小鍋の中身がぶるぶると震え、ぽこりと何かが浮かび上がる。
　「うっ！」
　それは黄色く濁った瞳であった。死したはずの、料理の中の目玉がじっとこちらを眺めてくるという状況にますますティエンの脳は混乱していく。

　ﾃｹﾘｰ!

　今度こそはっきりと聞こえた“声”を受けてふらりとティエンは椅子にもたれかかる。
　（疲れているとはいえ、まさか幻覚を見るほどとは……）
　「おいティエン！　大丈夫か！？」
　椅子にもたれかかったティエンに、心配げにフオインが駆け寄る。我は疲れた、とだけ言い残してそそくさと部屋に戻ったタオフー、そんなタオフーと少し話をして来ますわねオホホと告げて同じく部屋へと向かったヘイランとは違い、フオインは一刻も早く食事を、ティエンの手料理を食べたいという思いから片づけを手伝っていたのである。
　そんな時にティエンが昼餉になる予定だった小鍋の中身を前に突然ふらついたのである、心配になるのは当然であった。
　「す、すまない　鍋の中身が……」
　「あの鍋がどうしたんだ？」
　そう言ってフオインが鍋を見た瞬間であった。とぷんと波打つように鍋の中身が“顔を出す”。それには先ほどティエンが見た黄色の目が一つ、ついていた。

　ﾃ ｹﾘ ﾘ!

　瞬間、フオインは迷うことなく手から炎を放ち鍋ごと中身を吹き飛ばす。

　ﾋﾟｷﾞｰ!

　鍋ごと、中身は吹き飛び奇妙な叫びと共に床に叩きつけられる。
　「あれはいったいなんだ！？」
　鍋を吹き飛ばしてから情報が脳に届いたのか、驚きに目を見開くフオイン。
　「幻覚ではなかったか……」
　そのフオインの横でほっと息を吐くティエン。しかし、すぐに視線を戻すと吹き飛んだ中身を確認する。中身は飛び散ったように伸びているものの、まだ“生きている”ようであり、鍋を盾にするかのように構えプルプルと震えていた。
　そのまま間髪入れずに炎撃を放とうとフオインが構える。しかし、ティエンはそっとその手に添えて制止する。
　「……なんだよ　止めようってのか、ティエン」
　生来、素直でありつつもわがままな気質なのであろう、不機嫌そうにティエンを睨むフオイン。もちろん、得体のしれないものである。フオインの考える通り有無を言わさず消し炭にしてしまった方が良いのかもしれない。だが、ティエンには得体のしれないとはいえ、危険なものには見えなかったのである。それは直感的なものであった。
　事実、攻撃の手を止めて暫く。再び一塊になった鍋の中身は恐る恐るといった様子で、ティエン達の様子を窺う。ぷるぷると震える様子は何かに怯えるようにも見え、ますますティエンは確信する。
　この鍋の中身は生きている、それも明確な意思を持って。



　「おほほ　ごめんなさいね」
　ひょいと、鍋ごと中身をすくい上げるヘイラン。
　「わたくしの料理がとんだ粗相を……すぐに処理しますから、ティエンさんは何も心配なさらないでね」
　ﾃ ﾃｷｰ!　ﾋﾟｷﾞ!
　目にも見えぬ早業で鍋の中身を蓋で抑え込み厨房に走るヘイラン。ここで常人であれば、あまりの速さにあっけにとられていたであろう。だがティエンは素早く身を椅子から起こすと、ヘイランの後を追う。
　厨房では今まさにヘイランが先ほどの小鍋を輝く煙を放つ大鍋に叩き込まんとしていたところであった。もはや間に合わぬ、そう判断したティエンは木皿をひっつかむと円盤の如く投げる。振り上げられた鍋、それにちょうど木皿は当たり、その衝撃でヘイランは小鍋を取り落とす。
　けたたましい音と共に鍋が落ち、蓋が外れると同時に怪物質が飛び出した勢いで逃げ回ると、そのまま庇護を求めるかの如くティエンの足元にまとわりつく。
　うにょうにょと粘つくような何とも言えぬ感触に一瞬ティエンは怯むも、それよりも対処しなければならない問題が目の前にあった。
　「……ティエンさん、困ります　どういうことでしょうか」
　「ティエン！　うおっ！　気持ち悪い奴め、ティエンから離れろ！」

　ﾃ ﾃｷｰ!　ﾃｹﾘﾘ!

　鍋より零れたそれはもう明確に意思を持ち、恐怖をティエンに訴えかけていた。
　だが、眼前の二人はそうでもないようであり、フオインは警戒から、ヘイランは己が失敗を片付けようという事務的な部分で怪物質を始末せんとしていたのである。だが、どんな形であれ……それが名状しがたい怪物質だったとしても……庇護を求めるものを、意志あるものを突き放すというのはティエンにはできなかった。
　「ま、まってください！　そ、その……これはいったい」
　とりもあえず、この足にまとわりつく怪物質の正体が知りたかった。それを作り主であるヘイランに問う。とてもではないが、何かの呪術を行っていたと告げられても疑う気はなかった。だが、ヘイランの答えは信じられぬものであった。
　「……お恥ずかしながら、わたくしの料理ですわ　先ほどもおっしゃった通り　その……今朝方仙石楼の前で死んでいました獣の脳を使った煮物ですわ」
　「え！　あれかよ……」
　「……そこのネズミさんが主要な肉を粗方食べてしまったので、まともな食材が残らなかったのですわ　なのでわたくし秘蔵の薬味で味付けした脳を汁にしてみようと調理してみましたの」
　もっとましな食材はなかったのか、秘蔵の薬味とは食えるものなのかと、ティエンは疑問に思う。だが、ヘイランの様子から嘘をついているとは思えなかった。思えなかったが、調理の結果このようなものを生み出すとは到底信じられなかった。
　「まあ……ちょっと動き出してしまったのは予想外でしたが　でも大丈夫ですわ、あの鍋に放り込めばたちまち溶けて消えますので……」
　そう言ってちらと、ヘイランは輝く煙を放つ鍋を見る。そして明らかにその鍋を恐れている怪物質……一体何を煮ているのか、ティエンは考えたくなかった。
　「……わ、わかりました」
　そう告げたティエンに、では、と麗らかな笑顔で近づくヘイラン。しかし、手でティエンはヘイランを制す。
　「……わかりましたが、そ、それでもこ、この料理……？を葬るというのはやりすぎでは？」
　「別にダメになった食事を捨てるのは当たり前のことでは？」
　「い、いえ、言葉が悪かったですね　料理ではなく、料理だったものといえば……」
　「もう食べられないものなら猶更処分しないと……」
　言えば言うほど、追いつめられていく。舌戦では分が悪いと感じたティエンは頭を下げ、告げる。

　「申し訳ない、いくらヘイラン殿の頼みと言えども　この料理は意思を持ち、死を恐れこの自分を頼っております……どうか……この生まれ落ちた料理の助命を乞いたい」

　何とも奇妙な、頼み。だが、ティエンは確信していた。この怪物質は意思を持ち、生きていると、経緯はどうあれ生まれ落ちた、落ちてしまった命なのだと。その命が死を恐れ、己を頼っているのである……何とか助けてやりたかった。
　だが、ヘイランの瞳は鋭く細められ、厳しいものであった。

　「……なあヘイラン、別にいいだろ　なんかあったら俺が焼いて消してやるからさ、今はティエンの言うようにしてやってくれよ　　　早く飯食いたいしさ」
　横からの意外な助け舟。いよいよ我慢の限界が近づきつつあったのか、少しばかり怒りに満ちた声でフオインがヘイランに告げる。この問答、ティエンの望むようにしなければフオインにとって望む結果……つまるところティエンの作る料理を平らげるという目的、それが達せられぬと野性的な直感で悟り、ティエンを助ける方向に動いたのである。
　そしてそれは、いい加減面倒くさくなってきたヘイランにとっても同じことではあった。しかし、正直己が生み出した得体のしれない怪物質を放置するのはヘイランと言えども気が引けた。ゆえに、仕方ないという風にため息をつくと、ティエンに条件を言い渡す。
　「……そこまで言うのでしたら　ティエンさん、きちんと面倒を見てくださいね　もしもそこの……わたくしの料理が悪さをしていましたら……うふふ」
　またちらりと、鍋を見る。そのヘイランの視線に、怪物質はきゅっとその身を縮こませて恐怖を示す。

　「それじゃあ後はよろしくお願いしますわ　わたくしは少し休んでおりますので、お料理ができましたら呼んでくださいね〜」

　そう言ってパタパタと手を振り、いずこかへと去るヘイラン。ひとまずの危機が去ったことを察知したのか、怪物質はぷるんとその身をティエンから離す。
　ティエンも小さく息を吐くと、己が助けた料理……と思わしき生命体を見る。それは相変わらず黒と紫、そして濁った緑を蠢かせ黄色の目をティエンに向けていた。いつの間にか目は二つ三つ……大小さまざまな目が増えており、斜めに裂けた口までできていた。口の中には鋭い牙が並び、やはり危険な生き物なのでは……とティエンは考えてしまう。どうやら、この生物の成長……と言えるものは速そうであった。しかし、濁りつつもティエンを見る目に敵意はなく、むしろ敬愛する主を見るようでもあった。
　「ティエン　飯」
　空腹が服を着て歩いている。
　その言葉を受けて、ティエンはようやく当初の目的を思い出すと跳ねるようにてきぱきとあたりを片付けていく。
　食卓の上をまっさらにし、厨房に置かれた怪しい液体の入った小壺や奇妙な薬味、光り輝く鍋などを片付けていく。そんな折であった、謎の生物は暫くじっとティエンの動きを追っていたが、突如その身から触手を生やすとティエンと同じように食器などを片付け始める。
　小さい身とは思えぬほど意外と力があるのか、その細い触手は重い鉄なべであっても軽々と持ち上げていた。そしてさらに意外だったのは、ティエンが何も告げずとも……ティエンの動きを見て学んだのか、片付け先を間違えることなく、てきぱきと極めて的確に片づけを進めていく。
　謎生物の助けもあり、思った以上に早く厨房が片付き料理へと取り掛かれそうであった。
　「ありがとう、助かった」
　「ﾃｹﾘ!　ﾃｹﾘ!」
　謎生物にお礼を言うと、嬉しそうに触手を振り上げ喜ぶ。それと同時に、ティエンはある問題があることに気が付く。
　（……なんと呼べばよいのか　今まで失念していた）
　そう、この生物の名前である。少なくとも、いつまでもヘイランの料理、怪物質、謎生物と呼ぶわけにはいかない。しばし悩んだのち、ティエンはこの生物の名前を決める。
　「……お主のことはナオ、と呼ぼう　いいか？」
　脳みそから生まれたからナオ、何とも安直な名前であったが生物は嬉し気に触手を振り上げ承諾の意と思わしきものを示す。

　「これからよろしく、ナオ殿」
　「ﾃｹﾘﾘ!　ﾃｹﾘ!」