保護者(姉)参観
ごめんね、ごめんね、ごめんね。
何度も何度も、謝る声が聞こえた。
その声は、とても温かく、なにか安心する、そんな声だった。
視界にはなにも映らず、ただ真っ暗な闇が広がるだけ。
ただその闇に、僕は不安を覚えなかった。
ああ、きっとこの声の主は僕の大切な誰かなんだろう。
母親とか、そういう……
たぶん僕は、そんな人に捨てられたんだ。
理由はわからない。
飢饉とか、そういうのかもしれないし、姉さんは僕のことを拾ったと言ってたから、誰かに追われていて、逃がすために隠したのかもしれない。
そう思わせるほどの、後悔の、悲しみの念が、声から、伝わる体の震えから感じられた。
いいよ。
大丈夫だよ。
悲しまないで。
今の僕は幸せだから。
なにかに……おそらくは声の主のお腹に顔をうずめているため、声は届かないだろうけど、僕はそう呟いた。
なぜだか体は、焼けるように熱かった。
××××××××××××××××××××××××××××××
キーンコーンカーンコーン……
四時限目の授業の終了と、昼休みの開始の合図であるチャイムを聞いて、僕は荷物を片付けて昼食の用意をしながら、これから起こるであろう“困ったこと”を想像して、ため息をついた。
一時限目、二時限目、三時限目……
その後の休み時間に必ず起きてるそれは……
「ローラン!お昼よお昼!」
……姉さんの訪問だ。
ダンッ!と扉を開けながら子供のように目をキラキラさせてこちらにやってきた。
そんな姉の姿を見て、僕はため息をつく。
「はいはい。弁当広げてるから、座っちゃって」
「は〜い!」
「……なんというか、どちらが年上かわからない構図だね……」
僕たちの様子を見て、そう言ったのは方丈君。
彼は、机をこちらに寄せてまた持ってきた弁当を広げ始める。
ちなみに、彼がこっちに来たからと言って、彼の嫁さんたちがこちらに来る、ということはない。
彼女たちには彼女たちの付き合いというものがあるのだ。
「それじゃあ、いただきます」
「いただきま〜す!」
「いただきます、と……」
そんなこんなで、僕たちは弁当を食べ始める。
ちなみにいつもなら他の男たちもこちらに集まるんだけど、姉さんがいるからか、今日は方丈君以外は誰も来なかった。
「そういえばさ、なんでローラン君のお姉さん、今日はずっとここにいるの?」
「まぁ、いろいろあってね……」
「お休みもらったから、ローランの学校に遊びに来てるのよ〜」
「そうですか……あ、ローランそのミニグラとカニクリ交換しない?」
「ん、いいよ」
「カニクリーム……!ローラン、今晩!」
「はいはいわかったわかった……カニかぁ……今売ってるかなぁ……」
「冷凍ならあるんじゃないかな?」
「……まぁ、それでいっか」
やれやれ、姉さんの注文は突然だから困る……
まぁ、それを可能な限り実行する僕も甘いんだろうけどね……
「ああ、そういえば。長門から聞いたんですが、教会師団の方がデューナさんを訪ねているそうですね」
「え?そうなの姉さん?」
「あー、うん。……そうねでも、なんにもなかったわよ」
驚く僕の質問に肯定を示しながら、姉さんはジトッと方丈君を睨みつけた。
言外に、余計な話題振りやがって、と言っていることがわかった。
はぁ……姉さんはいつもそうだ。
昨日のように、僕の記憶のなくなる前のことや、教団のことが話題になると、少しムキになってその話題を終わらせようとする。
なんでそんなに隠そうとするんだろう……
ムッとする感覚が残ったけど、姉さんのすることだし、なにかしら意味があるんだろうと思い、その話題を続けるようなことはしなかった。
「そういえば方丈君、今日もバイト行くの?」
「うん、まぁ。行けるうちに行っておきたいしね」
「バイトかぁ……僕も行ければなぁ……」
「駄目よローラン。ローランがいない間私はどうすればいいのよ!」
「姉さん、僕が言うのもあれだけど、もう少し弟離れした方がいいよ……」
そんな他愛ないいつものような会話をしながら、僕たちはお昼を過ごすのだった。
××××××××××××××××××××××××××××××
昼休み終了と五時限目開始の合図となるチャイムを、私は屋上で聴いていた。
次の時間の準備もあるから、と五分前に教室を追い出されたのだ。
五時限目は……たしか、ライカの担当する異世界学だったかしら……?
とりあえず、なにがあるにしても、ある程度は大丈夫そうね。
と言っても、警戒を怠るわけにはいかない。
まぁだからこそ、見晴らしの良い屋上に来て学校周辺を見張ってるんだけどね。
「しっかし、第四かぁ……」
と、口に漏らしながら、私はため息をつく。
あそこは、私が教団に属していた最後の任務で組んだとこだし、なによりいい思い出はない。
それに、あのこともあるからなぁ……
心の中で平坦に呟きながら、私はあの日の、ある友人との最後の会話を思い出す。
『お、やっほデューナ。あんたもこれから?』
『ま、そんなとこよ。というかあなたの付き添いなんだけどね……』
『え、本当に?久しぶりだね〜私たちが同じ任務につくなんて』
それは、私と同族、同位の天使との何気ない会話。
『しかも、私の部隊ともう一つ……たしか、第四部隊だったはずね。それも一緒よ』
『うーん、そんなに戦力投入するようなことかねぇ……今回の任務は……』
『大方、なにかの試運転でもするんじゃないの?噂ではなんか新しいもの発明したらしいし……』
『はぁ、嫌なものね……戦争に使うようなもの作るくらいなら、普通に日常で役に立つようなものを作って欲しいわね……』
『……それは、本来の天使の役割から外れた私たちの代わりになるようなものを作って欲しいって願望かしら?』
『なによその慈愛に満ちたような顔は。お母さんか』
『なんでお母さんなのよ……』
基本的にはなんでもない、楽しい会話。
今考えると、あの時の話が最後の楽しい話だったのだから、もう少し話しておけばよかったなと思う。
「……っと、どうやら来たようね」
昔を振り返っている内に、誰かが学校付近に立っているのを見つけた。
学校関係者だったり生徒だったりは、だいたいの人は……奥さんから逃げているライカを除いて……こんな時間にここにくるはずはない。
だから、消去法でそいつは、第四の使者。つまりは敵だ。
私は瞬時に頭を切り替えて、そいつの姿をよく見るために目を凝らす。
「……え……?」
確認した姿は、私の良く見知った人物のものであった。
目立つからという理由で赤く染めたツンツンしてる短髪。
おおよそ一般の騎士のイメージからかけ離れた軟派な服装と、そんな服装にも関わらず、柄に教団師団所属であることを示すエンブレムが施されたサーベルを腰にかけているあの男。
炎帝と呼ばれる、あの男。
私がひょっとこと呼んだ、あいつ。
なんで、あいつがここに……?
疑問に思いながら更に注意深く観察してみると、ふと違和感を覚える。
気になったのは、首。
紫色の魔術式が、首の周りに浮かんでいたのだ。
「あれは……!!」
それの存在を確認した瞬間、私はその場で出せる限りの全力を出して、ローランのいる教室へ駆け出した。
××××××××××××××××××××××××××××××
「ん……?ありゃなんだ?」
授業中、不意に誰かがそんな言葉を放った。
その言葉に反応した人は、なになに?どこどこ?とそのなんだと問われたものを見ようとする。
僕も気にはなったので、みんなの様子を見る。どうやら不審者が学校の前にいるらしい。
授業そっちのけに生徒たちが勝手してるのを、ライカ先生はなにをやってるんだか、とため息をつきながら、特に注意することもなく、なぜか教室の扉を前後両方全開にして、それからはいはい危ないから、と生徒たちを窓から離れさせた。
そして、そのまま窓際に向かって防御術式を張り……
その次の瞬間、窓割れてなにかが入ってきた。
割れた窓の破片が、先生の防御術式に当たる。
「えっ!?」
「なんだ!?」
突然のことに、みんな驚いてその場から離れようとする。
そんななか、僕はその入ってきたもの……というか、男の人を見ていた。
赤いツンツン髪に、ラフな格好に剣……冒険者だろうか?
そんなことを考えながら見ていると、彼と目が合う。
途端に、彼は僕に向かって手を伸ばしながら、先生の術式を破って走り迫ってきた。
「うわっ!?」
突然の出来事に、僕は咄嗟の行動が取れない。
目をつぶって、顔を背けてしまう。
……しかし、いつまでたっても、彼の手が僕に触れることはなかった。
「……なにやってんのよ、ジン」
不意に、聞き覚えのある声が聞こえる。
恐る恐る、目を開ける。
「……姉、さん……?」
目の前には、僕に向かってきていた男の人の腕を掴んで止めている姉さんの姿があった。
……でも
なにかが、いつもの姉さんと違った。
何度も何度も、謝る声が聞こえた。
その声は、とても温かく、なにか安心する、そんな声だった。
視界にはなにも映らず、ただ真っ暗な闇が広がるだけ。
ただその闇に、僕は不安を覚えなかった。
ああ、きっとこの声の主は僕の大切な誰かなんだろう。
母親とか、そういう……
たぶん僕は、そんな人に捨てられたんだ。
理由はわからない。
飢饉とか、そういうのかもしれないし、姉さんは僕のことを拾ったと言ってたから、誰かに追われていて、逃がすために隠したのかもしれない。
そう思わせるほどの、後悔の、悲しみの念が、声から、伝わる体の震えから感じられた。
いいよ。
大丈夫だよ。
悲しまないで。
今の僕は幸せだから。
なにかに……おそらくは声の主のお腹に顔をうずめているため、声は届かないだろうけど、僕はそう呟いた。
なぜだか体は、焼けるように熱かった。
××××××××××××××××××××××××××××××
キーンコーンカーンコーン……
四時限目の授業の終了と、昼休みの開始の合図であるチャイムを聞いて、僕は荷物を片付けて昼食の用意をしながら、これから起こるであろう“困ったこと”を想像して、ため息をついた。
一時限目、二時限目、三時限目……
その後の休み時間に必ず起きてるそれは……
「ローラン!お昼よお昼!」
……姉さんの訪問だ。
ダンッ!と扉を開けながら子供のように目をキラキラさせてこちらにやってきた。
そんな姉の姿を見て、僕はため息をつく。
「はいはい。弁当広げてるから、座っちゃって」
「は〜い!」
「……なんというか、どちらが年上かわからない構図だね……」
僕たちの様子を見て、そう言ったのは方丈君。
彼は、机をこちらに寄せてまた持ってきた弁当を広げ始める。
ちなみに、彼がこっちに来たからと言って、彼の嫁さんたちがこちらに来る、ということはない。
彼女たちには彼女たちの付き合いというものがあるのだ。
「それじゃあ、いただきます」
「いただきま〜す!」
「いただきます、と……」
そんなこんなで、僕たちは弁当を食べ始める。
ちなみにいつもなら他の男たちもこちらに集まるんだけど、姉さんがいるからか、今日は方丈君以外は誰も来なかった。
「そういえばさ、なんでローラン君のお姉さん、今日はずっとここにいるの?」
「まぁ、いろいろあってね……」
「お休みもらったから、ローランの学校に遊びに来てるのよ〜」
「そうですか……あ、ローランそのミニグラとカニクリ交換しない?」
「ん、いいよ」
「カニクリーム……!ローラン、今晩!」
「はいはいわかったわかった……カニかぁ……今売ってるかなぁ……」
「冷凍ならあるんじゃないかな?」
「……まぁ、それでいっか」
やれやれ、姉さんの注文は突然だから困る……
まぁ、それを可能な限り実行する僕も甘いんだろうけどね……
「ああ、そういえば。長門から聞いたんですが、教会師団の方がデューナさんを訪ねているそうですね」
「え?そうなの姉さん?」
「あー、うん。……そうねでも、なんにもなかったわよ」
驚く僕の質問に肯定を示しながら、姉さんはジトッと方丈君を睨みつけた。
言外に、余計な話題振りやがって、と言っていることがわかった。
はぁ……姉さんはいつもそうだ。
昨日のように、僕の記憶のなくなる前のことや、教団のことが話題になると、少しムキになってその話題を終わらせようとする。
なんでそんなに隠そうとするんだろう……
ムッとする感覚が残ったけど、姉さんのすることだし、なにかしら意味があるんだろうと思い、その話題を続けるようなことはしなかった。
「そういえば方丈君、今日もバイト行くの?」
「うん、まぁ。行けるうちに行っておきたいしね」
「バイトかぁ……僕も行ければなぁ……」
「駄目よローラン。ローランがいない間私はどうすればいいのよ!」
「姉さん、僕が言うのもあれだけど、もう少し弟離れした方がいいよ……」
そんな他愛ないいつものような会話をしながら、僕たちはお昼を過ごすのだった。
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昼休み終了と五時限目開始の合図となるチャイムを、私は屋上で聴いていた。
次の時間の準備もあるから、と五分前に教室を追い出されたのだ。
五時限目は……たしか、ライカの担当する異世界学だったかしら……?
とりあえず、なにがあるにしても、ある程度は大丈夫そうね。
と言っても、警戒を怠るわけにはいかない。
まぁだからこそ、見晴らしの良い屋上に来て学校周辺を見張ってるんだけどね。
「しっかし、第四かぁ……」
と、口に漏らしながら、私はため息をつく。
あそこは、私が教団に属していた最後の任務で組んだとこだし、なによりいい思い出はない。
それに、あのこともあるからなぁ……
心の中で平坦に呟きながら、私はあの日の、ある友人との最後の会話を思い出す。
『お、やっほデューナ。あんたもこれから?』
『ま、そんなとこよ。というかあなたの付き添いなんだけどね……』
『え、本当に?久しぶりだね〜私たちが同じ任務につくなんて』
それは、私と同族、同位の天使との何気ない会話。
『しかも、私の部隊ともう一つ……たしか、第四部隊だったはずね。それも一緒よ』
『うーん、そんなに戦力投入するようなことかねぇ……今回の任務は……』
『大方、なにかの試運転でもするんじゃないの?噂ではなんか新しいもの発明したらしいし……』
『はぁ、嫌なものね……戦争に使うようなもの作るくらいなら、普通に日常で役に立つようなものを作って欲しいわね……』
『……それは、本来の天使の役割から外れた私たちの代わりになるようなものを作って欲しいって願望かしら?』
『なによその慈愛に満ちたような顔は。お母さんか』
『なんでお母さんなのよ……』
基本的にはなんでもない、楽しい会話。
今考えると、あの時の話が最後の楽しい話だったのだから、もう少し話しておけばよかったなと思う。
「……っと、どうやら来たようね」
昔を振り返っている内に、誰かが学校付近に立っているのを見つけた。
学校関係者だったり生徒だったりは、だいたいの人は……奥さんから逃げているライカを除いて……こんな時間にここにくるはずはない。
だから、消去法でそいつは、第四の使者。つまりは敵だ。
私は瞬時に頭を切り替えて、そいつの姿をよく見るために目を凝らす。
「……え……?」
確認した姿は、私の良く見知った人物のものであった。
目立つからという理由で赤く染めたツンツンしてる短髪。
おおよそ一般の騎士のイメージからかけ離れた軟派な服装と、そんな服装にも関わらず、柄に教団師団所属であることを示すエンブレムが施されたサーベルを腰にかけているあの男。
炎帝と呼ばれる、あの男。
私がひょっとこと呼んだ、あいつ。
なんで、あいつがここに……?
疑問に思いながら更に注意深く観察してみると、ふと違和感を覚える。
気になったのは、首。
紫色の魔術式が、首の周りに浮かんでいたのだ。
「あれは……!!」
それの存在を確認した瞬間、私はその場で出せる限りの全力を出して、ローランのいる教室へ駆け出した。
××××××××××××××××××××××××××××××
「ん……?ありゃなんだ?」
授業中、不意に誰かがそんな言葉を放った。
その言葉に反応した人は、なになに?どこどこ?とそのなんだと問われたものを見ようとする。
僕も気にはなったので、みんなの様子を見る。どうやら不審者が学校の前にいるらしい。
授業そっちのけに生徒たちが勝手してるのを、ライカ先生はなにをやってるんだか、とため息をつきながら、特に注意することもなく、なぜか教室の扉を前後両方全開にして、それからはいはい危ないから、と生徒たちを窓から離れさせた。
そして、そのまま窓際に向かって防御術式を張り……
その次の瞬間、窓割れてなにかが入ってきた。
割れた窓の破片が、先生の防御術式に当たる。
「えっ!?」
「なんだ!?」
突然のことに、みんな驚いてその場から離れようとする。
そんななか、僕はその入ってきたもの……というか、男の人を見ていた。
赤いツンツン髪に、ラフな格好に剣……冒険者だろうか?
そんなことを考えながら見ていると、彼と目が合う。
途端に、彼は僕に向かって手を伸ばしながら、先生の術式を破って走り迫ってきた。
「うわっ!?」
突然の出来事に、僕は咄嗟の行動が取れない。
目をつぶって、顔を背けてしまう。
……しかし、いつまでたっても、彼の手が僕に触れることはなかった。
「……なにやってんのよ、ジン」
不意に、聞き覚えのある声が聞こえる。
恐る恐る、目を開ける。
「……姉、さん……?」
目の前には、僕に向かってきていた男の人の腕を掴んで止めている姉さんの姿があった。
……でも
なにかが、いつもの姉さんと違った。
12/01/16 22:52更新 / 星村 空理
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