人形遣いと若き竜・中
人形を追いかけていると、あの魔力を感じた。
吐き気がするくらい気持ちの悪い、祝福された、主神の息のかかった魔力。
そして、それと一緒に、懐かしい、久しぶりにあった彼女の魔力も感じる。
……また、繰り返すのかな?
だったら、また人形劇を開かないと。
僕のさみしさやかなしさを紛らわす、とびっきりタノシイ人形劇を。
××××××××××××××××××××××××××××××
「……はぁ……はぁ、くそっ」
「ふん。ドラゴンと言えども所詮魔物。神に仕える我らの敵ではないな」
侵入者に灸を据えようと戦っていた私は、逆に侵入者……教会直属の騎士団に押されていた。
数は約五十人。
内二十が巨大な盾を、十五人が大剣を、残りが杖を持っている。
爪や牙、ブレスなどの攻撃は全て盾によって防がれ、魔術を使おうにも魔術師の放つ魔術欺瞞魔術……マジックフレアのせいで当たらなくなってしまっている。
しかも、大剣くらい造作もなく弾き飛ばすほどの硬度を持つはずの私の鱗を、奴らの持っている大剣は易々と切り裂いてくる。
本来の姿に一度はなったものの、それが理由ですぐにダメージが溜まってしまい、人型に戻ってしまった。
そして今、私は騎士団の面子に囲まれている状態となった。
肩や腕、足などは傷ついていて、出血量が多く、まともに走ることは出来ない。
もう、ここまでか……
教会の人間は、例外なく魔物を全て殺す。
こいつらも、私を殺す為にここに来たのだろう。
……ああ、残念だ。
こんなところで、死ぬなんて……
……智也……
何故か私は、彼のことを思い浮かべてしまった。
昔、10年前に、彼が人形をくれた。
『見て見てナギ!僕、こんなにうまく人形つくったの初めてだよ!』
はしゃぎながら彼は私に人形を渡した。
『これ、ナギにあげるよ』
『え?なんで?一番の出来じゃないの?』
『うん。そうだよ。でも、だからこそ君にあげるんだ!僕がみんなと仲良くなれたの、ナギのおかげだから!ナギは僕の大事な人だから!』
そう言って、彼はまるで太陽のように笑ってたっけな……
全く、あんな笑顔を見せながらあんなこと言われたら……
…………ああ、そうか……
私は、あいつのことが好きだったのか。
だから、フィリが一番大切な宝物になったのか。
だから、彼女を返そうという言い訳をして彼に会おうと待っていたのか。
だから、渡したあと、心がすっきりしなかったのか。
だから今、彼のことを考えていたのか。
ははは……おかしいな……
「さて、もう抵抗は出来まい。死んでもらおうか」
そう言って騎士の一人が大剣を高く振り上げる。
死にたく、ないな……
また、会いたいな……
薄く涙を流しながら、私は上を見上げて小さな声で名を呼ぶ。
「……智也……!」
『駄目ぇぇぇぇぇぇ!』
ザシュッ!という音が響く。
しかし、振り下ろされた大剣は、私の体には届かなかった。
振り下ろす瞬間に、洞窟に入ってきた何者かが私と大剣の間に入り、一撃を受け止めたのだ。
いったい誰だろうと、私は間に入ってくれた者を見る。
「……え……?」
それは、見知った小さな影だった。
少女を模した布で出来た人形。
その布は剣に切り裂かれ、綿が飛び出し、マリオネットとして使うための木の骨組みが露出していた。
「フィリ……?なんで……お前……?」
私の宝物、フィリは、剣に切り裂かれてボロボロになっている。
そして、ふっ、と力尽きたように私の手元に落ちてきた。
そして、さらに現状に変化が起きる。
『はいはい、そこまで。全員動くな』
底冷えするような冷たい声が、洞窟の奥、ちょうどこの部屋の入り口付近から響いてきた。
底冷えするようなこの声はしかし、私は聞き覚えがある。
カツン、カツン、という音がこちらに向かって近づいて来る。
「何者d−−−−」
威嚇しようとした騎士団の一人が、“木製の人形の腕”に引っ張られて入り口に引き込まれてしまった。
『ひ……ひぁ!?な、なんだこいつ!?』
『ナァ蓮杖、コイツ殺シテモイイヨナ?』
『駄目だよヲード。人を殺しちゃいけない』
『デモ、コイツラハ僕ノ姉サンヲ殺シタ』
「駄目だって。これは命令。人は絶対に殺しちゃいけない」
遠くから会話をしながら、彼は、人形と一緒に現れた。
黒の短髪に、黒い瞳、まだ少し幼さを残す顔立ちをしていて、黒いコートに手袋をつけている彼は……
「智也……」
「ああ、よかった。無事でしたか」
傷だらけだけど、まだ倒れていない私を見て、智也は少しホッとしたように薄く微苦笑をした。
と、隣にいた人形が智也に話しかける。
『ナァナァ蓮杖、コイツダレダ?』
「この人はナギ。あの子の持ち主だよ」
『そうなのか』
そう言いながら人形はポイッと持っていた騎士団の人間を放り投げる。
その人形は、人形と言うにはおかしい、しかしやはり人形としか言えない形をしていた。
体はほとんどが木製で、足が四本、腕が八本、一つの体についていた。
四本の手にはそれぞれ鋸、木槌、斧、そして槍が握られていて、残りの四本は何も持っていない。
それ以外は全部普通の人型の人形なのだが、やはりその形から人型、とは言い難い。
「……智也、これはいったい……?」
「ああ、こいつですか?こいつはヲード。ある出来事を機に生まれた僕の人形だよ。……それよりも……」
蓮杖は私に向けていた微苦笑を消し、騎士団の方を睨む。
「……僕の傑作を殺し、僕の大切な友人に手をかけようとした。その罪は、重いよ」
「ふんっ、罪、だと?魔物を滅することは罪ではない!」
「……そう思えてるうちは、愚かだけど、幸せだね。まぁ、悪気はないんだよね。知ってるよ、君達はなにも知らないって」
典型的な教団信者の台詞を聞いて、智也はクスクスと笑い出す。
その平坦な、冷笑とも呼べる笑い声に、騎士団も、そして私も、背筋に冷たいものを感じた。
と、木製人形が、再び口を開く。
『ナァ蓮杖。コイツラ、殺スノカ?』
「ううん、殺さないよ。……ママ先生を殺したのはこいつら教団なんだ。ただ殺すなんて、そんな生温いこと、するわけないじゃん……」
「と、とも……や……?」
智也の様子に、私は恐怖を覚え、声をかける。
違う。何かが、あの頃の智也とは、違う。
いや、あの頃だけじゃない。今日久しぶりに出会った、楽しそうに人形劇をやっていた智也とも、違う。
なんなんだ……
なにが、智也を変えたの……?
智也は、私の声には応えず、騎士団への話を続ける。
「そうだなぁ……“教会騎士団、まさかの裏切り”なんて、どうかな?信心深く魔物の討伐を行い、人々に希望を与えていた騎士団の団員が、帰ってきて突然、“私たちの神は嘘の教えを広めていた!私は神に絶望した!私はもうなにも信じられない!”そういいながら自分の家族を傷つけていく……クスクス……なんて深い絶望なんだろう……!とてもいい罰だと思わないか、ヲード?」
『ソレハオモシロソウダ!早速ヤロウ、蓮杖!』
「き、さまぁ!なにをするつもりだ!」
智也の言葉に、騎士団の一人が我慢出来ずに大剣を智也に向かって振り下ろそうとする。
が、しかし、その腕が動くことは、なかった。
「な、なに……?」
「ど、どうし……な……体が、動かない……?」
剣を振り下ろそうとした男から始まり、徐々に、騎士団全員が、自分の体を動かせない、という事実に気がついた。
……少し不安になり、私の体はどうだろう、と動かしてみると、私の体はちゃんと動いた。
智也は、騎士団の様子を見て、笑う。
「クスクスクスクス……ようこそ、僕の“人形工房”へ。君たちをこれから、人形に変えさせてもらうよ」
「な、にを……ふざけたことを!」
「冗談じゃ無いさ。僕の魔法、“ゼペット”なら、人を人形にすることもできる。でも、安心して。人形になっても、見た目は人と遜色無いし、心も体に残ってるから。ただちょっと、僕に操られるだけさ」
「ふざけるな!そんなこと、出来るはずがない!出来たとしてもさせるものか!」
そういって、騎士団の杖を持った魔術師の一人が無理に体を動かし始め、そして、何かからの拘束から逃れて、智也に魔術を放った。
魔術師の体から、透明な細いものが、うっすらと見えた。
……なるほど、糸で拘束していたのか。
納得するのも一瞬だけ。智也に炎が迫ってる事実を思い出し、すぐに智也の前に出ようとする。
「智也っ!!」
「大丈夫」
『ソウソウ。コンナ屑ノ攻撃避ケル必要モナイ』
が、一人と一体はそう言う。
炎は智也に直線で飛んで……そして、ヲードと呼ばれた人形の手に防がれた。
ボッ!と着弾した炎が爆ぜるが、ただ爆ぜただけで、木で出来た手を壊すどころか、傷つけることさえできていなかった。
「あ……な……!?」
「馬鹿だなぁ……たかだかファイアレベルの魔術なんて、効くわけないじゃん」
『ダナ。僕ニ傷ヲツケサセタイナラ、セメテ臨界魔術レベルヲ使ウベキダヨ』
人形がそう言う間に、智也は戦意を喪失した魔術師を再び拘束する。
……いや、魔術師だけではない。
騎士団の全員が、戦意を喪失していた。
まぁ、当たり前と言えば当たり前か。
臨界魔術、またはそれに準ずる技なんて、ただの人間が使えるわけがないのだから。
魔物でも、臨界魔術が使える者は少ない。
バフォメットのような高等種族でさえ、使える者は限られるのだ。
ハッタリだとしても、戦意を削ぐには十分なものだろう。
……まぁ、智也の顔にはハッタリの気配なんて微塵もないけど。
「……さて、じゃあさっそく始めますか」
『誰カラヤルンダ?』
「そうだなぁ……僕に向かって魔術を放ってきた、勇気ある彼からかなぁ……」
「……ヒッ!?や、やめろ……!!」
口元が三日月になったかのような不気味な笑みを浮かべながら、智也は先ほど攻撃してきた魔術師に近づく。
智也が近づくと、魔術師は恐怖一色の顔で、必死に逃げようともがく。
「……智也……」
もう、やめてあげてよ……
そう言おうと声をかけて、しかし、智也は私の声に反応せず、魔術師の顔を見て、言う。
「なに、怖がる必要はないよ。ここで起きたことはすべて忘れるから、自分が人形になったなんて気がつかないし、君たちが帰還するまでは、まったくなにも異変は起きないから」
「や、やめろ……」
「やだよ。これは復讐なんだ。教団への、そして僕の大っ嫌いな、神へのね」
「う……うあああああぁぁぁぁぁぁ!!」
叫び声をあげたのは、智也の目の前の魔術師……ではなく、その近くにいた、剣士の一人だった。
その人の糸も緩んだのか、それとも火事場のなんとかで振り切ったのか、剣士は拘束から脱し、そして智也に斬りかかって行った。
しかし……
「…………」
じゃま、しないでよ。
そう、冷淡な声が紡がれてすぐに、斬りかかってきた剣士は、ヲードという人形の腕を叩きつけられ、吹き飛ぶ。
そして、ドゴンッ!という大きな音を立てて、剣士は壁に叩きつけられ、どうやって操っているのかわからないけど、智也の糸に拘束され、壁に縫い付けられた。
「……ば、化け物……!」
「そうだよ。僕は化け物だよ」
誰かのこぼした言葉に、智也は不気味な笑みを、普通なものに戻しながら、そう答えた。
そして、続いてこうも言う。
「でもね、そんな化け物を産んだのは、あんたたち教団なんだよ?」
智也みたいな、化け物を産んだのが、教団……?
どういう、こと……?
と、私が疑問に思っているうちに、智也はまた魔術師の方を向いて、手を伸ばす。
魔術師は、ジリジリと迫る恐怖に涙を流しながら、何度も乞う。
「やめてくれ……」
「やだ」
「ゆ、許してくれ……」
「無理」
「こんなの、許されるわけない……!」
「だからなに?」
「い、嫌だ……」
「ご愁傷様」
「あ……あああああぁぁぁぁぁぁあ!?」
恐怖の限界を超えて、今度こそ魔術師が叫びだす。
しかし、無慈悲にも智也の手は魔術師にちゃくちゃくと近づいて行き、そして……
「そこまでだよ、智也」
あと数ミリで魔術師に触れる、といったところで、また、ここの入口の方向から、声が聞こえた。
そしてさらに、そこから突如二つの影が飛び出し、一瞬のうちに一人が智也の腕を掴み、一人がもう片方の腕を智也の背中に持っていき、拘束した。
突然の出来事に、私は茫然と乱入者二人のことを見る。
一人は、金髪碧眼の、いかにもといった感じの騎士らしい盾と槍を背負い、しかし鎧をつけない軽装の男。
もう一人は、たまに街でみた鉱夫のような格好をした、焦茶の短髪に黒い瞳の無表情な男だった。
「まったく、まーたお前は暴走してんのかよ……ちっとは落ち着けないかねぇ……」
「……仕方が無い。状況が状況だからな」
「……なんで、邪魔するんだよ二人とも……」
片方は呆れたような焦ってるような表情で、もう片方は無表情なままそういう。
それに対して智也は、泣き出しそうな顔で、二人に文句を言う。
「邪魔しないでよ……!これは復讐なんだ!」
「……駄目だよ、智也」
叫ぶ智也に、もう一人、新しく人が現れた。
白い長髪に、蒼色の瞳。服は動きやすそうな軽装。
髪は大人びた、顔は子供っぽい雰囲気をだし、男にも女にも、大人にも子供にも見えるような人だった。
男にしては高い、女にしては低い、しかしどちらかというと男に近い声から、かろうじて彼が男であることが予想できる。
そしてその声は、先ほど智也に制止を求めた声であった。
彼は智也の前まで来て、優しく微笑みながら言う。
「大丈夫。智也の言いたいことは、全部僕が伝えるから。だから……無駄に力を使わないで」
「駄目だ……駄目だよ!そんなんじゃぬるい!こいつらには、生きてるだけで絶望するような……!!」
「……ごめんね。“おやすみ”」
「……っ!」
それでもまだ動こうとする智也に、中性的な男がなにかをして眠らせた。
智也を拘束していた二人は、眠ったのを確認してから、智也の拘束を解いて地面に寝かせる。
「……貴様ら、いったい何者なんだ……?」
「ただの旅人ですよ。傭兵やったり、人形劇やったり自由にしてる、ね。さて、じゃあ君達も……“眠れ、そして夢みよ”」
誰かの言葉にそう答えてから、中性的な男が騎士団たちに向かって手を薙ぐようにふって、なにか普通とは違うような言葉を唱えた。
すると、騎士団の者たちは皆気絶したかのようにパタンッと倒れる。
それを見て、私は驚愕した。
いや、一瞬で騎士団全員を眠らせたことに、ではない。
たまにここにやってくるサバトの友人から魔術に関してはよく教えてもらっているため、そういう大規模に眠らせることの出来る術を知っている。使えるわけではないけど。
たしかにそれを使えることもすごいとは思うが、しかし彼はそれよりも驚くべきことをやってのけた。
彼は、催眠系の魔術を使わなかった。
いや、魔術すら、使わなかったのだ。
魔力の変動もなく、騎士団は彼に眠らされたのだ。
「……本当に、お前たちは何者なんだ……?」
「……おや、あなたは……ああ、ドラゴンですか。大方、教会の対魔物武装にやられそうになった、といったところでしょうか?いやしかし、それだと智也は彼女を助けたということになるな……でも智也は……」
私が問うと、中性的な男は私の方を向いて、状況を整理し、そして首を傾げてから、私と眠っている智也を交互に見た。
さらに彼は私に問う。
「あなたは……もしかして、智也の知り合いかなにかなんですか?」
「ああ。私はナギ・ラミエル。智也の……まぁ、友人だな」
彼の質問に答えながら、私は、しかし、と言って少し文句を言う。
「こちらの問いを無視して逆に問う、というのはいささかいただけないな」
「……っと、そうでしたね。すみません。智也が自発的に人を助けるなんて少し珍しいものでしたから、つい……」
申し訳ない。ともう一度謝ったのちに、彼も私のようにしかし……と繋げる。
「ここだと、騎士団もいるから話ずらいんで……説明は外へ出て、でいいでしょうか?」
「……そうね」
たしかに、安心感のある住処だとしても、こんな異物のある状態だと、安心して話せない。
それに、私はもうここから発つ身である。あまりここにはいない方がいいだろう。
そう思い、私は彼の言葉に同意をし、出発の荷物を集めてから、洞窟をあとにするのだった。
……そういえば、あのヲードといった人形……
あれはどうしているんだ?
そう思って出る直前に確認したが、あの人形の姿など、微塵も見つけることはできなかった。
吐き気がするくらい気持ちの悪い、祝福された、主神の息のかかった魔力。
そして、それと一緒に、懐かしい、久しぶりにあった彼女の魔力も感じる。
……また、繰り返すのかな?
だったら、また人形劇を開かないと。
僕のさみしさやかなしさを紛らわす、とびっきりタノシイ人形劇を。
××××××××××××××××××××××××××××××
「……はぁ……はぁ、くそっ」
「ふん。ドラゴンと言えども所詮魔物。神に仕える我らの敵ではないな」
侵入者に灸を据えようと戦っていた私は、逆に侵入者……教会直属の騎士団に押されていた。
数は約五十人。
内二十が巨大な盾を、十五人が大剣を、残りが杖を持っている。
爪や牙、ブレスなどの攻撃は全て盾によって防がれ、魔術を使おうにも魔術師の放つ魔術欺瞞魔術……マジックフレアのせいで当たらなくなってしまっている。
しかも、大剣くらい造作もなく弾き飛ばすほどの硬度を持つはずの私の鱗を、奴らの持っている大剣は易々と切り裂いてくる。
本来の姿に一度はなったものの、それが理由ですぐにダメージが溜まってしまい、人型に戻ってしまった。
そして今、私は騎士団の面子に囲まれている状態となった。
肩や腕、足などは傷ついていて、出血量が多く、まともに走ることは出来ない。
もう、ここまでか……
教会の人間は、例外なく魔物を全て殺す。
こいつらも、私を殺す為にここに来たのだろう。
……ああ、残念だ。
こんなところで、死ぬなんて……
……智也……
何故か私は、彼のことを思い浮かべてしまった。
昔、10年前に、彼が人形をくれた。
『見て見てナギ!僕、こんなにうまく人形つくったの初めてだよ!』
はしゃぎながら彼は私に人形を渡した。
『これ、ナギにあげるよ』
『え?なんで?一番の出来じゃないの?』
『うん。そうだよ。でも、だからこそ君にあげるんだ!僕がみんなと仲良くなれたの、ナギのおかげだから!ナギは僕の大事な人だから!』
そう言って、彼はまるで太陽のように笑ってたっけな……
全く、あんな笑顔を見せながらあんなこと言われたら……
…………ああ、そうか……
私は、あいつのことが好きだったのか。
だから、フィリが一番大切な宝物になったのか。
だから、彼女を返そうという言い訳をして彼に会おうと待っていたのか。
だから、渡したあと、心がすっきりしなかったのか。
だから今、彼のことを考えていたのか。
ははは……おかしいな……
「さて、もう抵抗は出来まい。死んでもらおうか」
そう言って騎士の一人が大剣を高く振り上げる。
死にたく、ないな……
また、会いたいな……
薄く涙を流しながら、私は上を見上げて小さな声で名を呼ぶ。
「……智也……!」
『駄目ぇぇぇぇぇぇ!』
ザシュッ!という音が響く。
しかし、振り下ろされた大剣は、私の体には届かなかった。
振り下ろす瞬間に、洞窟に入ってきた何者かが私と大剣の間に入り、一撃を受け止めたのだ。
いったい誰だろうと、私は間に入ってくれた者を見る。
「……え……?」
それは、見知った小さな影だった。
少女を模した布で出来た人形。
その布は剣に切り裂かれ、綿が飛び出し、マリオネットとして使うための木の骨組みが露出していた。
「フィリ……?なんで……お前……?」
私の宝物、フィリは、剣に切り裂かれてボロボロになっている。
そして、ふっ、と力尽きたように私の手元に落ちてきた。
そして、さらに現状に変化が起きる。
『はいはい、そこまで。全員動くな』
底冷えするような冷たい声が、洞窟の奥、ちょうどこの部屋の入り口付近から響いてきた。
底冷えするようなこの声はしかし、私は聞き覚えがある。
カツン、カツン、という音がこちらに向かって近づいて来る。
「何者d−−−−」
威嚇しようとした騎士団の一人が、“木製の人形の腕”に引っ張られて入り口に引き込まれてしまった。
『ひ……ひぁ!?な、なんだこいつ!?』
『ナァ蓮杖、コイツ殺シテモイイヨナ?』
『駄目だよヲード。人を殺しちゃいけない』
『デモ、コイツラハ僕ノ姉サンヲ殺シタ』
「駄目だって。これは命令。人は絶対に殺しちゃいけない」
遠くから会話をしながら、彼は、人形と一緒に現れた。
黒の短髪に、黒い瞳、まだ少し幼さを残す顔立ちをしていて、黒いコートに手袋をつけている彼は……
「智也……」
「ああ、よかった。無事でしたか」
傷だらけだけど、まだ倒れていない私を見て、智也は少しホッとしたように薄く微苦笑をした。
と、隣にいた人形が智也に話しかける。
『ナァナァ蓮杖、コイツダレダ?』
「この人はナギ。あの子の持ち主だよ」
『そうなのか』
そう言いながら人形はポイッと持っていた騎士団の人間を放り投げる。
その人形は、人形と言うにはおかしい、しかしやはり人形としか言えない形をしていた。
体はほとんどが木製で、足が四本、腕が八本、一つの体についていた。
四本の手にはそれぞれ鋸、木槌、斧、そして槍が握られていて、残りの四本は何も持っていない。
それ以外は全部普通の人型の人形なのだが、やはりその形から人型、とは言い難い。
「……智也、これはいったい……?」
「ああ、こいつですか?こいつはヲード。ある出来事を機に生まれた僕の人形だよ。……それよりも……」
蓮杖は私に向けていた微苦笑を消し、騎士団の方を睨む。
「……僕の傑作を殺し、僕の大切な友人に手をかけようとした。その罪は、重いよ」
「ふんっ、罪、だと?魔物を滅することは罪ではない!」
「……そう思えてるうちは、愚かだけど、幸せだね。まぁ、悪気はないんだよね。知ってるよ、君達はなにも知らないって」
典型的な教団信者の台詞を聞いて、智也はクスクスと笑い出す。
その平坦な、冷笑とも呼べる笑い声に、騎士団も、そして私も、背筋に冷たいものを感じた。
と、木製人形が、再び口を開く。
『ナァ蓮杖。コイツラ、殺スノカ?』
「ううん、殺さないよ。……ママ先生を殺したのはこいつら教団なんだ。ただ殺すなんて、そんな生温いこと、するわけないじゃん……」
「と、とも……や……?」
智也の様子に、私は恐怖を覚え、声をかける。
違う。何かが、あの頃の智也とは、違う。
いや、あの頃だけじゃない。今日久しぶりに出会った、楽しそうに人形劇をやっていた智也とも、違う。
なんなんだ……
なにが、智也を変えたの……?
智也は、私の声には応えず、騎士団への話を続ける。
「そうだなぁ……“教会騎士団、まさかの裏切り”なんて、どうかな?信心深く魔物の討伐を行い、人々に希望を与えていた騎士団の団員が、帰ってきて突然、“私たちの神は嘘の教えを広めていた!私は神に絶望した!私はもうなにも信じられない!”そういいながら自分の家族を傷つけていく……クスクス……なんて深い絶望なんだろう……!とてもいい罰だと思わないか、ヲード?」
『ソレハオモシロソウダ!早速ヤロウ、蓮杖!』
「き、さまぁ!なにをするつもりだ!」
智也の言葉に、騎士団の一人が我慢出来ずに大剣を智也に向かって振り下ろそうとする。
が、しかし、その腕が動くことは、なかった。
「な、なに……?」
「ど、どうし……な……体が、動かない……?」
剣を振り下ろそうとした男から始まり、徐々に、騎士団全員が、自分の体を動かせない、という事実に気がついた。
……少し不安になり、私の体はどうだろう、と動かしてみると、私の体はちゃんと動いた。
智也は、騎士団の様子を見て、笑う。
「クスクスクスクス……ようこそ、僕の“人形工房”へ。君たちをこれから、人形に変えさせてもらうよ」
「な、にを……ふざけたことを!」
「冗談じゃ無いさ。僕の魔法、“ゼペット”なら、人を人形にすることもできる。でも、安心して。人形になっても、見た目は人と遜色無いし、心も体に残ってるから。ただちょっと、僕に操られるだけさ」
「ふざけるな!そんなこと、出来るはずがない!出来たとしてもさせるものか!」
そういって、騎士団の杖を持った魔術師の一人が無理に体を動かし始め、そして、何かからの拘束から逃れて、智也に魔術を放った。
魔術師の体から、透明な細いものが、うっすらと見えた。
……なるほど、糸で拘束していたのか。
納得するのも一瞬だけ。智也に炎が迫ってる事実を思い出し、すぐに智也の前に出ようとする。
「智也っ!!」
「大丈夫」
『ソウソウ。コンナ屑ノ攻撃避ケル必要モナイ』
が、一人と一体はそう言う。
炎は智也に直線で飛んで……そして、ヲードと呼ばれた人形の手に防がれた。
ボッ!と着弾した炎が爆ぜるが、ただ爆ぜただけで、木で出来た手を壊すどころか、傷つけることさえできていなかった。
「あ……な……!?」
「馬鹿だなぁ……たかだかファイアレベルの魔術なんて、効くわけないじゃん」
『ダナ。僕ニ傷ヲツケサセタイナラ、セメテ臨界魔術レベルヲ使ウベキダヨ』
人形がそう言う間に、智也は戦意を喪失した魔術師を再び拘束する。
……いや、魔術師だけではない。
騎士団の全員が、戦意を喪失していた。
まぁ、当たり前と言えば当たり前か。
臨界魔術、またはそれに準ずる技なんて、ただの人間が使えるわけがないのだから。
魔物でも、臨界魔術が使える者は少ない。
バフォメットのような高等種族でさえ、使える者は限られるのだ。
ハッタリだとしても、戦意を削ぐには十分なものだろう。
……まぁ、智也の顔にはハッタリの気配なんて微塵もないけど。
「……さて、じゃあさっそく始めますか」
『誰カラヤルンダ?』
「そうだなぁ……僕に向かって魔術を放ってきた、勇気ある彼からかなぁ……」
「……ヒッ!?や、やめろ……!!」
口元が三日月になったかのような不気味な笑みを浮かべながら、智也は先ほど攻撃してきた魔術師に近づく。
智也が近づくと、魔術師は恐怖一色の顔で、必死に逃げようともがく。
「……智也……」
もう、やめてあげてよ……
そう言おうと声をかけて、しかし、智也は私の声に反応せず、魔術師の顔を見て、言う。
「なに、怖がる必要はないよ。ここで起きたことはすべて忘れるから、自分が人形になったなんて気がつかないし、君たちが帰還するまでは、まったくなにも異変は起きないから」
「や、やめろ……」
「やだよ。これは復讐なんだ。教団への、そして僕の大っ嫌いな、神へのね」
「う……うあああああぁぁぁぁぁぁ!!」
叫び声をあげたのは、智也の目の前の魔術師……ではなく、その近くにいた、剣士の一人だった。
その人の糸も緩んだのか、それとも火事場のなんとかで振り切ったのか、剣士は拘束から脱し、そして智也に斬りかかって行った。
しかし……
「…………」
じゃま、しないでよ。
そう、冷淡な声が紡がれてすぐに、斬りかかってきた剣士は、ヲードという人形の腕を叩きつけられ、吹き飛ぶ。
そして、ドゴンッ!という大きな音を立てて、剣士は壁に叩きつけられ、どうやって操っているのかわからないけど、智也の糸に拘束され、壁に縫い付けられた。
「……ば、化け物……!」
「そうだよ。僕は化け物だよ」
誰かのこぼした言葉に、智也は不気味な笑みを、普通なものに戻しながら、そう答えた。
そして、続いてこうも言う。
「でもね、そんな化け物を産んだのは、あんたたち教団なんだよ?」
智也みたいな、化け物を産んだのが、教団……?
どういう、こと……?
と、私が疑問に思っているうちに、智也はまた魔術師の方を向いて、手を伸ばす。
魔術師は、ジリジリと迫る恐怖に涙を流しながら、何度も乞う。
「やめてくれ……」
「やだ」
「ゆ、許してくれ……」
「無理」
「こんなの、許されるわけない……!」
「だからなに?」
「い、嫌だ……」
「ご愁傷様」
「あ……あああああぁぁぁぁぁぁあ!?」
恐怖の限界を超えて、今度こそ魔術師が叫びだす。
しかし、無慈悲にも智也の手は魔術師にちゃくちゃくと近づいて行き、そして……
「そこまでだよ、智也」
あと数ミリで魔術師に触れる、といったところで、また、ここの入口の方向から、声が聞こえた。
そしてさらに、そこから突如二つの影が飛び出し、一瞬のうちに一人が智也の腕を掴み、一人がもう片方の腕を智也の背中に持っていき、拘束した。
突然の出来事に、私は茫然と乱入者二人のことを見る。
一人は、金髪碧眼の、いかにもといった感じの騎士らしい盾と槍を背負い、しかし鎧をつけない軽装の男。
もう一人は、たまに街でみた鉱夫のような格好をした、焦茶の短髪に黒い瞳の無表情な男だった。
「まったく、まーたお前は暴走してんのかよ……ちっとは落ち着けないかねぇ……」
「……仕方が無い。状況が状況だからな」
「……なんで、邪魔するんだよ二人とも……」
片方は呆れたような焦ってるような表情で、もう片方は無表情なままそういう。
それに対して智也は、泣き出しそうな顔で、二人に文句を言う。
「邪魔しないでよ……!これは復讐なんだ!」
「……駄目だよ、智也」
叫ぶ智也に、もう一人、新しく人が現れた。
白い長髪に、蒼色の瞳。服は動きやすそうな軽装。
髪は大人びた、顔は子供っぽい雰囲気をだし、男にも女にも、大人にも子供にも見えるような人だった。
男にしては高い、女にしては低い、しかしどちらかというと男に近い声から、かろうじて彼が男であることが予想できる。
そしてその声は、先ほど智也に制止を求めた声であった。
彼は智也の前まで来て、優しく微笑みながら言う。
「大丈夫。智也の言いたいことは、全部僕が伝えるから。だから……無駄に力を使わないで」
「駄目だ……駄目だよ!そんなんじゃぬるい!こいつらには、生きてるだけで絶望するような……!!」
「……ごめんね。“おやすみ”」
「……っ!」
それでもまだ動こうとする智也に、中性的な男がなにかをして眠らせた。
智也を拘束していた二人は、眠ったのを確認してから、智也の拘束を解いて地面に寝かせる。
「……貴様ら、いったい何者なんだ……?」
「ただの旅人ですよ。傭兵やったり、人形劇やったり自由にしてる、ね。さて、じゃあ君達も……“眠れ、そして夢みよ”」
誰かの言葉にそう答えてから、中性的な男が騎士団たちに向かって手を薙ぐようにふって、なにか普通とは違うような言葉を唱えた。
すると、騎士団の者たちは皆気絶したかのようにパタンッと倒れる。
それを見て、私は驚愕した。
いや、一瞬で騎士団全員を眠らせたことに、ではない。
たまにここにやってくるサバトの友人から魔術に関してはよく教えてもらっているため、そういう大規模に眠らせることの出来る術を知っている。使えるわけではないけど。
たしかにそれを使えることもすごいとは思うが、しかし彼はそれよりも驚くべきことをやってのけた。
彼は、催眠系の魔術を使わなかった。
いや、魔術すら、使わなかったのだ。
魔力の変動もなく、騎士団は彼に眠らされたのだ。
「……本当に、お前たちは何者なんだ……?」
「……おや、あなたは……ああ、ドラゴンですか。大方、教会の対魔物武装にやられそうになった、といったところでしょうか?いやしかし、それだと智也は彼女を助けたということになるな……でも智也は……」
私が問うと、中性的な男は私の方を向いて、状況を整理し、そして首を傾げてから、私と眠っている智也を交互に見た。
さらに彼は私に問う。
「あなたは……もしかして、智也の知り合いかなにかなんですか?」
「ああ。私はナギ・ラミエル。智也の……まぁ、友人だな」
彼の質問に答えながら、私は、しかし、と言って少し文句を言う。
「こちらの問いを無視して逆に問う、というのはいささかいただけないな」
「……っと、そうでしたね。すみません。智也が自発的に人を助けるなんて少し珍しいものでしたから、つい……」
申し訳ない。ともう一度謝ったのちに、彼も私のようにしかし……と繋げる。
「ここだと、騎士団もいるから話ずらいんで……説明は外へ出て、でいいでしょうか?」
「……そうね」
たしかに、安心感のある住処だとしても、こんな異物のある状態だと、安心して話せない。
それに、私はもうここから発つ身である。あまりここにはいない方がいいだろう。
そう思い、私は彼の言葉に同意をし、出発の荷物を集めてから、洞窟をあとにするのだった。
……そういえば、あのヲードといった人形……
あれはどうしているんだ?
そう思って出る直前に確認したが、あの人形の姿など、微塵も見つけることはできなかった。
11/11/26 18:17更新 / 星村 空理
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