人形遣いと若き竜・上
……それはそれほど離れていないそう、大体10年程前の出来事だ。
『さぁさ、よってらっしゃい見てらっしゃい。人形劇が始まるよ〜!』
ある一つの町で、一人の人間が小さな人形劇を開いた。
子供達は皆それを見て喜んでいた。
私も、その時は子供で、まるで生きているのかのように動いていた人形達を見て興奮し、はしゃいでいた。
しかし、そんな中で人形師の背中に隠れて、私たちのことをじっと見ている男の子がいた。
普通に育った私は、何故皆と一緒に楽しまないのだろうと不思議に思い、彼に話しかけた。
『ねぇ、一緒に見ようよ』
それが、私と彼の最初の出会い。
××××××××××××××××××××××××××××××
「さぁさ皆さん、楽しい楽しい人形劇が始まりますよ〜!」
僕が舞台の用意をし終えると、可愛らしいフリルの着いてる服を着た10歳くらいの少女、クーが周りの人達によく聞こえるように声を張り上げて言った。
すると、周りから沢山の人達が集まってくる。
……ここは、山の麓の町、“トーラ”。国境にある鉱山の麓に位置するため、貿易や鉱山資源なんかで発展している町だ。
僕こと蓮杖 智也(れんじょう・ともや)は、仲間達と一緒に、故郷である街、“ライン”に帰る途中、ここに立ち寄り、人形劇を開いたのだ。
「ほらっトモヤ、お客さんどんどん集まって来てるよ!さっさと始めて!」
「勝手に君が呼び始めたんじゃないか……まぁいいや。はい。いいよ始めて」
「ん。了解。……それでは皆さん、人形師、蓮杖 智也の人形劇、どうぞお楽しみください!」
クーの掛け声と共に、僕は手を動かす。
それに合わせて舞台上に置かれていた、大体僕の手から肘くらいの大きさの人形達が立ち上がり始めた。
「さぁみんな、お客さんに挨拶しなさい」
『こんにちは!今日は僕(私)達の劇を見に来てくれてありがとう!』
『おお〜!』
立ち上がった人形達は、僕があいさつを促すとパタパタと可愛らしく手を降って喋りだし、お客さん達を驚かせた。
ちなみに、舞台に立っている人形は全部で10体弱。
劇は“シンデレラ”という何処かの街の子供向けの話をやる。
「じゃあみんな、早速始めようか」
『は〜い!』
僕の呼びかけに人形達は応え、劇が始まる。
喋ったり、まるで人間のように動く人形達を見て、人々は目を輝かせながら、一体どうやってるんだろう?とか、凄いよ凄い!なんて言ってる。
誰も彼もが楽しそうだった。
そして、人形劇は終わる。
沢山の人の拍手の音を聞きながら、僕は人形達と一緒にお辞儀をする。
「さて、面白いと思ってくれた方はここに自分のいいと思った金額を入れて下さ〜い!」
ちゃっかりとクーが箱を持ってお客さんからお金を回収していた。
どうやら誰もが面白いと思ってくれたらしく、沢山の金額が箱に溜まっていた。
「みなさんありがとうございました!また劇を開いた時にはよろしくお願いしますね!」
『みんなありがとう!』
クーが言うと、人形達がまたお客さんに手を振る。
お客さん達はまた拍手をしてから、少しずつ散っていった。
「お疲れ、トモヤ!」
「うん。お疲れ様。にしても、お金は別に取らなくてもよかったんじゃないかな?」
「いいじゃない。稼げる時に稼いでおいた方が後々楽になるんだから」
「そんなもんかな……?」
「おい、そこの人形師」
舞台の片付けをしながらクーと雑談していると、不意に誰かに声をかけられた。
振り向いてみると、そこには女性がいた。
背は僕より少し高いくらい。
綺麗に整った顔に、銀色の長髪。碧玉のような瞳。
服装は、ズボンにTシャツというあまり女性らしくないラフな格好だが、体つきは……出るとこは出て引っ込むとこは引っ込んでる、かな?
……綺麗な曲線美でした。
「……?はい、なんでしょうか?」
「……お前、たしか蓮杖と名乗ったな?」
「ええ。そうですけど……」
正確には、僕ではなくクーが言ったんだけど、まぁそんな瑣末なことはどうでもいいか。
肯定すると、彼女はもう一度確認するかのように僕の名前を確認してきた。
「……蓮杖、智也、だな?」
「ええ。間違いなく僕は蓮杖智也ですが……?」
「…………ああ、やっと会えた」
「…………?」
嬉しそうに彼女は笑っているが、僕は全く状況が飲み込めずに首をかしげてしまう。
そんな僕の様子を見て、ああ、そう言えばまだ名乗ってなかったなと彼女は言って、自分の名前を名乗った。
「私はナギ。ナギ・ラミエルだ」
「ナギさん、ですか……?」
「…………?覚えて、ないのか?」
「…………??」
申し訳ないけど、あなたみたいな人は見覚えが……
と、言おうとして、ふと、何かが引っかかった。
なんか、彼女の顔は見たことがあるような気がしたのだ。
しかし、誰のものかは全く分からない。
判断するための何かが足りないのだ。
不思議そうな、または訝しげな僕の顔を見て、ナギさんは何故か“自分の頭のあたりを触り”、ああそうだったと何か納得して……
「そう言えばあの時は元の姿のままだったな……ちょっと着いてこい」
「え?あの、ちょっと?」
「え、トモヤ?片付けどうすんの!?」
「あ、えと、頼みます!」
突然僕の手を掴んで路地裏に向かって歩き出した。
僕はなすがままナギさんに引っ張られ、クーに片付けを頼んで路地裏に消えたのだった。
××××××××××××××××××××××××××××××
「……はぁ、全く、なんなのよあの女……」
勝手にトモヤを拉致ったりして……
一人で片付けるこっちの身にもなって欲しい。
舞台や人形達を片付けながら私はため息をつく。
『あれ?クー、もしかして嫉妬?』
「バカ言わないの。そんなわけないでしょう」
大きなカバンに押し込められながら人形の一体が茶化すように言ってくる。
そう嫉妬じゃない。大変だからまだ連れていって欲しくなかっただけ。
そもそも私は…………
と、そこまで考えて、私はふと視界の端に写ったものに気を取られる。
『おい、さっさとしろ!』
『はっ!』
遠くから聞こえてきたのは、そんな男達の声。
男達は皆、同じような鎧をつけている。
鎧は白を基調とし、赤いマントが肩に着いているもの。
そして、その胸辺りには十字をあしらったようなエンブレム。
それは、教会直属の騎士団である証だ。
『あちゃー、これはまずいよね〜?』
「……そうね。なるべく早くここを離れた方がいいわね……」
カバンから身を乗り出しながら人形が言い、私はその意見に同意する。
近くに教会関係者いるのは、いろいろとまずい。
とりあえず、他のみんなに伝えておいた方がいいわね。
そんなことを考えながら、私は片付ける手を早めたのだった。
『ちょっと、押し込めないで!』
「こら、大人しくしてなさい」
××××××××××××××××××××××××××××××
路地裏の、全く人の通りがない場所で、ナギさんは僕の手を離した。
「うん。ここなら平気だな」
「一体、何でこんなところに連れてきたんですか?」
「あ、いや私が元の姿になったら周りの人間が怖がってしまうのでな」
「元の姿?」
「ああ。たぶん、見ればわかると思うよ」
そう言って、彼女はまるで埃を払うかのように自分の頭と背中辺りを叩いた。
すると、彼女の頭や背中から霧のようなものが散っていき、そこから角や、彼女の瞳と同じ色の翼が現れた。
それが示しているのは、彼女が魔物……その中でも上位の部類に入るドラゴンであることを指し示していた。
あ…………
「ああ、思い出した。いた。いたね。ナギ」
昔、14年くらい前、僕の“家族の”一人が独立し、人形師になった時、彼の人形が好きだった僕は彼の旅に少しの間付き添い、ここ、トーラまで来た。
その時に、彼女と知り合ったのだ。
そうだった。あの頃はこの姿のままみんな一緒に遊んでたからな。人間の姿のままだと誰だか分からなかったわけだ。
「久しぶりだね、ナギ。元気そうで何より」
「ああ。やっと思い出してくれたか」
「うん。……そう言えば、“やっと会えた”って言ってたけど、僕のことを探してたの?」
「ん。そうだ。渡したい……いや、返しておきたいものがあるんだ」
「??……返したいもの?」
「ああ。これだ」
そう言って彼女が僕に手渡してきたものは、一体の人形だった。
外見は布でできた女の子を模したものだが、腕や手、足、首など各所から糸が伸びていて、操具である木の棒に着いたマリオネットになっていた。
「これは……」
「ああ。智也、君が作ってくれたものだ。成人し、親から離れて旅をするつもりだったのだが、どうしてもこれを君に返しておきたくてな」
「そっか……でもたしか、これは君にあげたはずだったよね?」
「ああ。でも、返しておきたかったんだ。受け取ってくれ」
「……分かったよ。……ありがとう。こんなに大事にしてくれていて」
受け取った時、僕の目には、人形の、縫い直した部分や、付け替えてある糸、結構使い込まれた棒なんかが写った。
余程使い込んでいたらしい証拠だ。
自分の作った人形がここまで大事にされていて、僕は嬉しくなった。
「……子供の頃は沢山これで遊んでいたからな。すぐにボロボロになって、その度に直してもらったり、時には自分で直したりもしたよ」
「そっか。ありがとう」
「…………さて、そろそろ行くとしようか。久しぶりに会えてよかったよ」
「こちらこそ。会えてよかったです」
「じゃあな」
「はい……」
そう声を交えてから、彼女は空を飛んで何処かに行ってしまった。
××××××××××××××××××××××××××××××
「……ああ、やっとこれで心残りは消えたな」
空を飛びながら、私は小さな声でそんな言葉を漏らす。
でも、そう言ったにも関わらず、私の心の中はあまりすっきりとしていなかった。
……出発する前に、彼にあれを……フィリを渡したかった。
何故、そう思ったのだろうか?
今更ながら、そんなことを思ってしまう。
心残りはもうないはずだ。
でも、何故かまた彼に会いたいと思ってしまっている自分がいる。
なんでだろうな。
よくわからない。
……出発する前に家に向かうとするか。
そう思い、私は自分の、前は家族で住んでいた家である洞窟に向かった。
長い時間、そこで過ごした。
一番私にとって安心できる居場所。
そこで、よく私はフィリであそんでいた。
やっぱり最後に立ち寄っていきたかった、大切な場所。
しかし、帰ってきたその洞窟には、自分以外の者がいた。
入り口付近に着いてすぐに、私はその事に気がついた。
数は約五十。
この程度の数ならまぁ問題はないだろう。
人の住処に勝手に入るなんてな。
少し、灸を据えてやるか。
そう思い、私は自分の家に入って行ったのだった。
××××××××××××××××××××××××××××××
「あ、トモヤ!遅いわよ!」
「ああ、ごめんごめん。片付け全部任せちゃったね」
「大変だったわよ。……ん?何それ?」
舞台にあった場所に戻ると、荷物を全部カバンに収めて待っていたクーに少し怒られてしまった。
しかしすぐに彼女は僕の持っていた人形に目がいき、案の定聞いてきた。
「ああ、これかい?これは……昔、僕が作った人形だよ」
「へぇ……そうなんだ」
「うん。そうだよ」
カバンを背負い、クーと一緒に町を歩きながら、僕はあの頃の記憶を辿って行く。
『ねぇ、一緒に見ようよ』
見知らぬ他の町の子供達が怖かった僕は、その時彼女に声をかけられて小さく悲鳴を漏らしてたっけな。
でも、彼女に引っ張られて無理矢理一緒に他の子供達と遊んだ僕は、すぐにみんなと仲良くなった。
一週間に一度、人形師になった僕の“家族”がこの町に来ていた。
その前には彼は僕の、僕達の“家”がある街、“ライン”に来るため、その度に僕は彼に着いて行ってここで遊んでたっけな。
みんな彼の人形劇を見てから、僕と一緒に追いかけっこをしたり、隠れん坊をしたり、そして、夕方になったら迎えにママ先生が来てラインに帰って。
楽しかったなぁ……
そして、みんなと出会ってから大体4年後、人形の作り方を教わっていた僕は彼女にこれを送った。
あの頃にしては結構良い出来で、嬉しくて嬉しくて、彼女に見せて、そのままあげたんだよな……
……あれ、なんで彼女にこれをあげようだなんて思ったんだっけ……
思い出そうとしたが、駄目だった。
僕の頭が、思い出そうとすることを拒否したのだ。
……やっぱり、あの時に近い記憶は駄目か……
残念に思いながら僕は少しこの子と話そうと、ナギから受け取った人形を“起こす”。
……と……
『……め。……げて……』
「……?どうかしたのですか?」
起きてすぐに、彼女の人形はフラフラと立ち上がり、宙に浮き出した。
しかも、何かをつぶやいている。
気になって僕は人形に聞いてみるが、人形は答えてくれなかった。
それどころか
『駄目!逃げて!』
「え?ちょっと!?」
叫んで、何処かに向かって飛んでいってしまった。
思わず僕も人形の後を追って走る。
「ちょっとまたなの!?」
「ごめん、先に行ってて!」
「ええ!?」
またクーを置き去りにするかたちで、僕は人形の向かう方向に走るのだった。
『さぁさ、よってらっしゃい見てらっしゃい。人形劇が始まるよ〜!』
ある一つの町で、一人の人間が小さな人形劇を開いた。
子供達は皆それを見て喜んでいた。
私も、その時は子供で、まるで生きているのかのように動いていた人形達を見て興奮し、はしゃいでいた。
しかし、そんな中で人形師の背中に隠れて、私たちのことをじっと見ている男の子がいた。
普通に育った私は、何故皆と一緒に楽しまないのだろうと不思議に思い、彼に話しかけた。
『ねぇ、一緒に見ようよ』
それが、私と彼の最初の出会い。
××××××××××××××××××××××××××××××
「さぁさ皆さん、楽しい楽しい人形劇が始まりますよ〜!」
僕が舞台の用意をし終えると、可愛らしいフリルの着いてる服を着た10歳くらいの少女、クーが周りの人達によく聞こえるように声を張り上げて言った。
すると、周りから沢山の人達が集まってくる。
……ここは、山の麓の町、“トーラ”。国境にある鉱山の麓に位置するため、貿易や鉱山資源なんかで発展している町だ。
僕こと蓮杖 智也(れんじょう・ともや)は、仲間達と一緒に、故郷である街、“ライン”に帰る途中、ここに立ち寄り、人形劇を開いたのだ。
「ほらっトモヤ、お客さんどんどん集まって来てるよ!さっさと始めて!」
「勝手に君が呼び始めたんじゃないか……まぁいいや。はい。いいよ始めて」
「ん。了解。……それでは皆さん、人形師、蓮杖 智也の人形劇、どうぞお楽しみください!」
クーの掛け声と共に、僕は手を動かす。
それに合わせて舞台上に置かれていた、大体僕の手から肘くらいの大きさの人形達が立ち上がり始めた。
「さぁみんな、お客さんに挨拶しなさい」
『こんにちは!今日は僕(私)達の劇を見に来てくれてありがとう!』
『おお〜!』
立ち上がった人形達は、僕があいさつを促すとパタパタと可愛らしく手を降って喋りだし、お客さん達を驚かせた。
ちなみに、舞台に立っている人形は全部で10体弱。
劇は“シンデレラ”という何処かの街の子供向けの話をやる。
「じゃあみんな、早速始めようか」
『は〜い!』
僕の呼びかけに人形達は応え、劇が始まる。
喋ったり、まるで人間のように動く人形達を見て、人々は目を輝かせながら、一体どうやってるんだろう?とか、凄いよ凄い!なんて言ってる。
誰も彼もが楽しそうだった。
そして、人形劇は終わる。
沢山の人の拍手の音を聞きながら、僕は人形達と一緒にお辞儀をする。
「さて、面白いと思ってくれた方はここに自分のいいと思った金額を入れて下さ〜い!」
ちゃっかりとクーが箱を持ってお客さんからお金を回収していた。
どうやら誰もが面白いと思ってくれたらしく、沢山の金額が箱に溜まっていた。
「みなさんありがとうございました!また劇を開いた時にはよろしくお願いしますね!」
『みんなありがとう!』
クーが言うと、人形達がまたお客さんに手を振る。
お客さん達はまた拍手をしてから、少しずつ散っていった。
「お疲れ、トモヤ!」
「うん。お疲れ様。にしても、お金は別に取らなくてもよかったんじゃないかな?」
「いいじゃない。稼げる時に稼いでおいた方が後々楽になるんだから」
「そんなもんかな……?」
「おい、そこの人形師」
舞台の片付けをしながらクーと雑談していると、不意に誰かに声をかけられた。
振り向いてみると、そこには女性がいた。
背は僕より少し高いくらい。
綺麗に整った顔に、銀色の長髪。碧玉のような瞳。
服装は、ズボンにTシャツというあまり女性らしくないラフな格好だが、体つきは……出るとこは出て引っ込むとこは引っ込んでる、かな?
……綺麗な曲線美でした。
「……?はい、なんでしょうか?」
「……お前、たしか蓮杖と名乗ったな?」
「ええ。そうですけど……」
正確には、僕ではなくクーが言ったんだけど、まぁそんな瑣末なことはどうでもいいか。
肯定すると、彼女はもう一度確認するかのように僕の名前を確認してきた。
「……蓮杖、智也、だな?」
「ええ。間違いなく僕は蓮杖智也ですが……?」
「…………ああ、やっと会えた」
「…………?」
嬉しそうに彼女は笑っているが、僕は全く状況が飲み込めずに首をかしげてしまう。
そんな僕の様子を見て、ああ、そう言えばまだ名乗ってなかったなと彼女は言って、自分の名前を名乗った。
「私はナギ。ナギ・ラミエルだ」
「ナギさん、ですか……?」
「…………?覚えて、ないのか?」
「…………??」
申し訳ないけど、あなたみたいな人は見覚えが……
と、言おうとして、ふと、何かが引っかかった。
なんか、彼女の顔は見たことがあるような気がしたのだ。
しかし、誰のものかは全く分からない。
判断するための何かが足りないのだ。
不思議そうな、または訝しげな僕の顔を見て、ナギさんは何故か“自分の頭のあたりを触り”、ああそうだったと何か納得して……
「そう言えばあの時は元の姿のままだったな……ちょっと着いてこい」
「え?あの、ちょっと?」
「え、トモヤ?片付けどうすんの!?」
「あ、えと、頼みます!」
突然僕の手を掴んで路地裏に向かって歩き出した。
僕はなすがままナギさんに引っ張られ、クーに片付けを頼んで路地裏に消えたのだった。
××××××××××××××××××××××××××××××
「……はぁ、全く、なんなのよあの女……」
勝手にトモヤを拉致ったりして……
一人で片付けるこっちの身にもなって欲しい。
舞台や人形達を片付けながら私はため息をつく。
『あれ?クー、もしかして嫉妬?』
「バカ言わないの。そんなわけないでしょう」
大きなカバンに押し込められながら人形の一体が茶化すように言ってくる。
そう嫉妬じゃない。大変だからまだ連れていって欲しくなかっただけ。
そもそも私は…………
と、そこまで考えて、私はふと視界の端に写ったものに気を取られる。
『おい、さっさとしろ!』
『はっ!』
遠くから聞こえてきたのは、そんな男達の声。
男達は皆、同じような鎧をつけている。
鎧は白を基調とし、赤いマントが肩に着いているもの。
そして、その胸辺りには十字をあしらったようなエンブレム。
それは、教会直属の騎士団である証だ。
『あちゃー、これはまずいよね〜?』
「……そうね。なるべく早くここを離れた方がいいわね……」
カバンから身を乗り出しながら人形が言い、私はその意見に同意する。
近くに教会関係者いるのは、いろいろとまずい。
とりあえず、他のみんなに伝えておいた方がいいわね。
そんなことを考えながら、私は片付ける手を早めたのだった。
『ちょっと、押し込めないで!』
「こら、大人しくしてなさい」
××××××××××××××××××××××××××××××
路地裏の、全く人の通りがない場所で、ナギさんは僕の手を離した。
「うん。ここなら平気だな」
「一体、何でこんなところに連れてきたんですか?」
「あ、いや私が元の姿になったら周りの人間が怖がってしまうのでな」
「元の姿?」
「ああ。たぶん、見ればわかると思うよ」
そう言って、彼女はまるで埃を払うかのように自分の頭と背中辺りを叩いた。
すると、彼女の頭や背中から霧のようなものが散っていき、そこから角や、彼女の瞳と同じ色の翼が現れた。
それが示しているのは、彼女が魔物……その中でも上位の部類に入るドラゴンであることを指し示していた。
あ…………
「ああ、思い出した。いた。いたね。ナギ」
昔、14年くらい前、僕の“家族の”一人が独立し、人形師になった時、彼の人形が好きだった僕は彼の旅に少しの間付き添い、ここ、トーラまで来た。
その時に、彼女と知り合ったのだ。
そうだった。あの頃はこの姿のままみんな一緒に遊んでたからな。人間の姿のままだと誰だか分からなかったわけだ。
「久しぶりだね、ナギ。元気そうで何より」
「ああ。やっと思い出してくれたか」
「うん。……そう言えば、“やっと会えた”って言ってたけど、僕のことを探してたの?」
「ん。そうだ。渡したい……いや、返しておきたいものがあるんだ」
「??……返したいもの?」
「ああ。これだ」
そう言って彼女が僕に手渡してきたものは、一体の人形だった。
外見は布でできた女の子を模したものだが、腕や手、足、首など各所から糸が伸びていて、操具である木の棒に着いたマリオネットになっていた。
「これは……」
「ああ。智也、君が作ってくれたものだ。成人し、親から離れて旅をするつもりだったのだが、どうしてもこれを君に返しておきたくてな」
「そっか……でもたしか、これは君にあげたはずだったよね?」
「ああ。でも、返しておきたかったんだ。受け取ってくれ」
「……分かったよ。……ありがとう。こんなに大事にしてくれていて」
受け取った時、僕の目には、人形の、縫い直した部分や、付け替えてある糸、結構使い込まれた棒なんかが写った。
余程使い込んでいたらしい証拠だ。
自分の作った人形がここまで大事にされていて、僕は嬉しくなった。
「……子供の頃は沢山これで遊んでいたからな。すぐにボロボロになって、その度に直してもらったり、時には自分で直したりもしたよ」
「そっか。ありがとう」
「…………さて、そろそろ行くとしようか。久しぶりに会えてよかったよ」
「こちらこそ。会えてよかったです」
「じゃあな」
「はい……」
そう声を交えてから、彼女は空を飛んで何処かに行ってしまった。
××××××××××××××××××××××××××××××
「……ああ、やっとこれで心残りは消えたな」
空を飛びながら、私は小さな声でそんな言葉を漏らす。
でも、そう言ったにも関わらず、私の心の中はあまりすっきりとしていなかった。
……出発する前に、彼にあれを……フィリを渡したかった。
何故、そう思ったのだろうか?
今更ながら、そんなことを思ってしまう。
心残りはもうないはずだ。
でも、何故かまた彼に会いたいと思ってしまっている自分がいる。
なんでだろうな。
よくわからない。
……出発する前に家に向かうとするか。
そう思い、私は自分の、前は家族で住んでいた家である洞窟に向かった。
長い時間、そこで過ごした。
一番私にとって安心できる居場所。
そこで、よく私はフィリであそんでいた。
やっぱり最後に立ち寄っていきたかった、大切な場所。
しかし、帰ってきたその洞窟には、自分以外の者がいた。
入り口付近に着いてすぐに、私はその事に気がついた。
数は約五十。
この程度の数ならまぁ問題はないだろう。
人の住処に勝手に入るなんてな。
少し、灸を据えてやるか。
そう思い、私は自分の家に入って行ったのだった。
××××××××××××××××××××××××××××××
「あ、トモヤ!遅いわよ!」
「ああ、ごめんごめん。片付け全部任せちゃったね」
「大変だったわよ。……ん?何それ?」
舞台にあった場所に戻ると、荷物を全部カバンに収めて待っていたクーに少し怒られてしまった。
しかしすぐに彼女は僕の持っていた人形に目がいき、案の定聞いてきた。
「ああ、これかい?これは……昔、僕が作った人形だよ」
「へぇ……そうなんだ」
「うん。そうだよ」
カバンを背負い、クーと一緒に町を歩きながら、僕はあの頃の記憶を辿って行く。
『ねぇ、一緒に見ようよ』
見知らぬ他の町の子供達が怖かった僕は、その時彼女に声をかけられて小さく悲鳴を漏らしてたっけな。
でも、彼女に引っ張られて無理矢理一緒に他の子供達と遊んだ僕は、すぐにみんなと仲良くなった。
一週間に一度、人形師になった僕の“家族”がこの町に来ていた。
その前には彼は僕の、僕達の“家”がある街、“ライン”に来るため、その度に僕は彼に着いて行ってここで遊んでたっけな。
みんな彼の人形劇を見てから、僕と一緒に追いかけっこをしたり、隠れん坊をしたり、そして、夕方になったら迎えにママ先生が来てラインに帰って。
楽しかったなぁ……
そして、みんなと出会ってから大体4年後、人形の作り方を教わっていた僕は彼女にこれを送った。
あの頃にしては結構良い出来で、嬉しくて嬉しくて、彼女に見せて、そのままあげたんだよな……
……あれ、なんで彼女にこれをあげようだなんて思ったんだっけ……
思い出そうとしたが、駄目だった。
僕の頭が、思い出そうとすることを拒否したのだ。
……やっぱり、あの時に近い記憶は駄目か……
残念に思いながら僕は少しこの子と話そうと、ナギから受け取った人形を“起こす”。
……と……
『……め。……げて……』
「……?どうかしたのですか?」
起きてすぐに、彼女の人形はフラフラと立ち上がり、宙に浮き出した。
しかも、何かをつぶやいている。
気になって僕は人形に聞いてみるが、人形は答えてくれなかった。
それどころか
『駄目!逃げて!』
「え?ちょっと!?」
叫んで、何処かに向かって飛んでいってしまった。
思わず僕も人形の後を追って走る。
「ちょっとまたなの!?」
「ごめん、先に行ってて!」
「ええ!?」
またクーを置き去りにするかたちで、僕は人形の向かう方向に走るのだった。
11/11/19 23:31更新 / 星村 空理
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