カフェオレ
「おーい、そこの新入生君〜!私の話しを聞いて〜!」
「……………………」
「無視しないでよ〜新入生君〜!」
「………………」
「新入生君〜!!」
…………うるさいなぁ……
興味がないから無視しているとはいえ、聞こえてくる声は嫌でも耳に入ってくる。
正直なところ、後ろからついてくるアレには早く僕から離れて欲しいのだが、いっこうに離れる様子はない。
……もう、15分近くも歩いてるんだけど……
とにかく、仕方がない。さっさとこのうるさい声を止めるために、どうでもいいけど後ろのと話すとしますか……
「……さっきからうるさいんですが、いったい、なんのようですか?」
「あ!やっと反応してくれた!酷いよ、いくらどうでもいいからって、ずっと無視するなんて!」
「……文句をいうために引き止めているんでしたら、帰らせてもらいますよ……?」
「ああ!ちょっとまって!違う違う!止めた理由はそうじゃないの!」
「じゃあなんなんですか?」
「ねぇ君、ちょっと私に付き合ってくれる?」
「………………」
「待って待って!そんな無言で離れていかないで!」
「……ナンパなら他を当たってください」
「ナンパじゃないの!部活の勧誘!」
「なら余計に他を当たってください。僕は部活に入る気はありません」
「駄目なの、君じゃないと!だって君、世界がつまらないからってなんの興味も持ててないでしょ?」
「……っ!?」
いきなりの事実を指摘されて、僕は動揺した。
驚いたが、しかし、すぐにその感情は引っ込む。
「……何を言ってるんですか?わからないですよ」
「わかるはずよ?だって君は私とよく似てるもん」
「………………」
「ねぇ、少しだけでいいから、私についてきてくれないかな?」
「………………」
この人の話を聞いて、僕は黙り込む。
おそらく、さっきの言葉は十中八九嘘だろう。
そうとしか考えられない。
僕と同じような人間なんて、いるわけがない。
だから、ついていく必要はない。
……ない、はずなのだが……
「……わかりました。とりあえず、ついていくだけついていきますよ……」
「やった!じゃあ、さっそく戻りましょう!」
興味を持った。
初めて、興味を持った。
僕は、このしつこく変な女性に、興味を持ったのだ。
……しかし、それよりも……
「すみません、ちょっと待ってください」
「ん?どうしたの?」
「いえいえ、ちょっとしたことですよ…………ねぇ、君…………」
……悪いけど、ここから先は閲覧禁止だよ。
『…悪いけど、ここから先は閲覧禁止だよ』
××××××××××××××××××××××××××××××
「えっ!?」
驚いて、私は手にしていた本を落としてしまった。
おかしい。私が見ていたのは、過去の記憶のはずだ。
なのに、過去の人間がこちらに向かって言葉を放った。
これはいったいどういうことか、近くにいる人に訊こうとしたその時……
「……うぁ……!?」
……“あの感覚”がきた。
“見られているのに、見られていない”という、矛盾した感覚。
……ここの住人が、“あいつ”と呼んでいる存在から見られている時の感覚だ。
「……僕の過去を調べるのはどうでもいいですけど、そこから先は閲覧禁止ですよ」
「……なんで、見ちゃいけないのかしら……?」
「模造品に教える必要はありません」
ここの住人と同じような、無表情で無感動な声。
しかし、その住人とは違う、矛盾した、気持ちの悪い感覚が、私の周りにまとわりついてくる。
“見られているのに、見られていると感じない”
“私に話しかけているのに、話されていると感じない”
“彼に話しかけているのに、まるで独り言をしているように感じる”
まるで、私の存在を認知していないかのような感覚に、私はまた気持ちが悪くなった。
……こいつは、いったいなんなんだろうか……
何がどうなったら、こんな存在が……
「模造品って、嫌な呼び方するわね……」
「模造品は模造品でしかありませんから。では、これ以上は見られたくありませんのでさっさと帰ってください。あいつが起きます」
「……わかったわよ」
彼の言うあいつ……他の住人の言う“彼”に気づかれるのは困るし……なによりこの男の前にこれ以上いたくない。
そう思い、私は考えを中止して、この男の注意通り、この部屋を出ていくのだった。
××××××××××××××××××××××××××××××
月は一月。未だに寒さが抜けぬ季節ですが、皆様いかがお過ごしでしょうか……?
僕、星村 空理はというと……
「ああもう可愛いなぁこの子達はぁ!」
いつものように、平常運転でございます。
……昨日手に入れた本を、朝早くに起きて、僕は読んでいた。
実は朝食を食べ終え、準備を手伝わなければいけないのだが、本を読み進める手が止まらない。
しかも厄介なことに、読んでいく内にふつふつと創作意欲も湧いてきている始末である。
ああ、書きたい……
でも、店が……
ああでも……!
「すみませんマスター!ちょっと部屋に篭らせてください!」
「……あまり遅くなるなよ……」
「努力はします!」
結局衝動に負けて、僕は筆をとりに部屋に向かうのだった。
××××××××××××××××××××××××××××××
「おはようございま〜す……あれ、星村さんはどうしたんですか?」
「おはよう方丈君。ええと、空理は……本を書きに部屋に篭ってるわ……」
開店十分前。今日が土曜日であるので、方丈君が店のバイトに来てくれた。
と、いつものように空理がいないのが気になったのか、どこにいるか訊いてきたため、私は軽くため息をつきながら答えた。
「本……ですか?」
「うん、そう。空理の趣味、本を読むことと、書くことらしいわよ?読むのは前々から知ってたんだけど、まさか書くまでいくとは……というか、あまり店の仕事に支障をきたさないで欲しいわよ……もうお店開くっていうのに、まだこないなんて……」
「あ、お待たせお待たせ。なんとか全部終わったよ。ん?方丈君、おはよう。今日もはやいね」
「あ、おはようございます」
噂をすればなんとやら、というやつだろうか?
空理がまだ降りてこないことに対して文句を言っていると、等の本人である空理がやっと降りてきた。
「遅いわよ空理。もうすぐお店開くのに……」
「ごめんごめん。ドンドン筆が進んじゃってなかなか止まらなかったんだ……」
「星村さん、凄いですね。本を書いてるんですね」
「ん?まぁね。と言っても、人に見せられるものじゃあないけど……」
「私も空理の書いてるやつ、気になるんだけどなぁ……?」
「あははは……人に見せられるような作品が出来たら、見せてあげるよ」
「そういう時って、だいたい見せる気がない時の台詞ですよね」
「あー、たしかに。よく考えてみるとそうだね」
「……おい、星村」
「はい、なんですか?」
開店時間になったため、Openの札を掛けてお客さんを待ちながら三人で話していると、マスターが星村のことを呼んだ。
「少し、買い物に行ってもらいたいんだが……」
「あ、わかりました。なにを買いに行けばいいですか?」
「メモに書いてあるやつを頼む」
買い物、と言われて空理が受け取ったのは、買うものの書いてあるメモ。
気になってメモに書いてあるものを確認してみたが、特に多いと言うわけではないので、すぐに帰ってこれるだろう。
「ああ、頼んだぞ」
「わかりました。じゃあ、行ってきます」
「いってらっしゃい、お昼には戻ってきなさいよ?」
「流石にお昼まではかからないよ」
「星村さん、いってらっしゃい」
「うん、いってきます」
と、空理が買い物に行くために裏口から出ていったのと同時に、今日初のお客さんが来た。
私はすぐにお客さんを迎える。
「いらっしゃいませ。何名様でしょうか?」
「二人です!」
「カウンター席とテーブル席がありますが、いかがいたしましょうか?」
「カウンター席でお願いします!」
「かしこまりました。こちらにどうぞ」
今回は狐耳の魔物娘が二人。
稲荷かな、妖狐かな……?
私のカンとしては稲荷であってると思うんだけど……
などと考えながらも、私は二人をカウンター席に案内した。
「では、ごゆっくりおくつろぎください」
案内したあとは、カウンターの二人のいるところのちょうど反対側の場所に立って、二人の注文をすぐ聞けるようにする。
ちなみにマスターは、カウンターの私より奥の場所で食器を磨いたり、コーヒーを淹れたりしている。
方丈君はまだ他のお客さんが来ていない為、奥の厨房で待機だ。
さてと、私はどうしようかなぁと考えていると、不意に、席に座っている二人の内の片方……活発そうな子が話しかけてきた。
「あの、すみません」
「はい、なんですか?」
「あなた、もしかして私達と同じ稲荷……ですか?」
「ええ、私は稲荷よ?私達……っていうと、あなたと隣のその子も?」
「はい!私は楓と言います!で、隣が……」
「桜です、よろしくお願いします!」
「私は美核。立宮美核よ、よろしくね」
どちらかというと活発そうな印象の子が楓ちゃん、大人しそうな印象の子が桜ちゃん、ね。
自己紹介をしながら、やっぱり稲荷だったか、と少し微笑む。
さすがにバフォメットやドラゴンに比べると私達稲荷は珍しくないけど、それでも数は少ない。
この街に至っては私以外の同族はいなかった。
だから、同族がこの街にきて、この店にきてくれたことが、純粋に嬉しかったのだ。
「そういえば、ここにはどういった用で……っと、先に仕事しないとね……お客様、ご注文はお決まりでしょうか?」
「あ、えーと……そしたら……私はカフェオレを!」
「私は……あ、焼き林檎で!」
「かしこまりました。少々お待ちください」
注文を聞いて、マスターと方丈君に頼んでから、私は二人の元に戻って話し始める。
今はまだ他にお客さんはいないし、いい……よね?
「さて、で、二人はここにどういった理由できたのかしら?」
「えっと、私達の住んでる街で、“現代から取り残されたような不思議な街”ってここが紹介されてて、面白そうだなぁって観光にきたんです!」
「へ?現代に……取り残された?」
「え?あ、たしかに、そう書かれてた……よね?」
「うん」
「あ、あれ……?」
この街の風景って、そんなに古いっけ……?
いやいや、南のアリュートは同じような感じだし……
この子達の街がすごいだけ……なのかな?
最近はなんか転移魔術が出てきたみたいだし、それでおかしくはない……よね?
「あ、でもさ楓ちゃん、この街の行き方って変な感じだったよね?」
「うん、たしかに。なんか妙な魔力の通った感じがしたからね……」
「そうなんだぁ……」
頷きながら、そういえば、星村がこの街はいろいろな別の呼ばれ方があるって教えてくれたっけ。と思い出す。
魔法の街、不沈の街、出入り自由の宝物庫……
あと、この街に住んでいる人がたまに言っているのが……
時空の混じる街。
この街では稀に、過去死んだはずの人間が目撃されたりしたために付いた名だと、空理は言っていた。
もしこの呼び名が正確なら、きっとこの子達は時空を超えて未来から来たんだろう。
そうすれば、いろいろと辻褄が合うしね……
まぁ、仮説にすぎないけど。
などと考えていると、方丈君が注文された焼き林檎とカフェオレを持って来てくれた。
「お待たせしました、焼き林檎とカフェオレでございます」
「あ、焼き林檎は私です」
「カフェオレは私ね」
「どうぞ。ご注文の品は以上でよろしいでしょうか?」
「あ、はい。大丈夫です」
「ごめんなさいね方丈君。それは私がやるべきなのに……」
「いえいえ。まだお客さんが来てないですから、大丈夫ですよ。では、ごゆっくり」
まだ一ヶ月経ってないのに、こんなにきちんと仕事こなすなんて、凄いわね、と思いながら、私はまた奥に戻っていく方丈君にお礼を言った。
「さて、じゃあいただきます!」
「いただきます!……あ、美味しい!」
「このカフェオレも甘さがしつこくなくて美味しいわ」
「お口にあったようでよかったわ」
「あぁ、こんなに美味しいんだったら春樹達も連れてくればよかったかなぁ……?」
「そうねぇ……」
「ん?誰それ?恋人?」
「ええまぁ、そう……ですね」
茶化すように言ったんだけど、返ってきたのは恥ずかしそうな笑みと肯定の答えだった。
うーん、羨ましいわね……
「はぁ、いいわねぇ、恋人がいるって……」
「美核さんにはいないんですか?」
「うーん、好きな人はいるにはいるんだけど、なんかいろいろありそうなのよね……」
「あ、もしかして、さっきカフェオレとかを持ってきてくれた人ですか?」
「違うわよ、彼は。彼はもう五人もお嫁さん候補がいるし、何より方丈君……あの子には悪いけど……タイプじゃないわ」
「そうなんですか〜。そしたら、誰なんですか〜?」
「美核さんがどんな人を好きになってるのか、同族として興味がありますね……!」
話してる途中で、なぜか方丈君がそこまでキッパリ言われると結構傷つくものですよ?と言ったような気がしたけどまぁそこは気にしない。
と、噂をすればなんとやら。空理が裏口から帰ってきたのか、こちらにやってきた。
「ふぃ〜疲れた〜」
「おかえり空理。お疲れ様」
「ん、ありがとう。っと、そちらのお客さんは……ああ、なるほど。美核と同じ稲荷さんか。いらっしゃいませ。……ふむ、同族同士の会話に混ざり込むのは野暮だよね。んじゃ、奥に引っ込んでるから何かあったら呼んでね〜」
しかし、私たちのことを見たら、すぐに奥に引っ込んでしまった。
というか、よく二人が稲荷だってわかったわね……
そう思ったところで、奥から、稲荷スキーは伊達じゃない!と星村が叫んだ気がしたが、あえてスルーする。
所詮戯言だ。
「……なるほど、あの人が美核さんの……」
「うーん、なんというか、美核さんには失礼だけど……普通だね」
「何勝手にあいつだと結論下してるのよ……」
「あれ?違うんですか?」
「いや、間違ってはないんだけど……」
なんというか、結論が適当な気がする。
出てきた店員の男性が私の好きな人って、安直な考えだし……
「……もう少しちゃんと考えてから答えて欲しかったわ……」
「でも、当たったからいいじゃないですか!」
「そんな安直な考えで当たってしまうのが悲しいわね……」
「まぁまぁ。ところで美核さん、もうあの人に告白とかはしたんですか?」
「こ、告白!?そ、そんなの……ししし、してるわけないじゃない!」
「え〜?言ってないんですかぁ?」
「早くしないと、他の人に盗られちゃうかもしれませんよ?」
突然、ではないけれど、楓ちゃんの言葉に私は動揺した。
そんな私の様子を見て、二人は茶化してくる。
なんというか、私はそういう話題にとことん弱いなぁ……
そう思いながら、私はため息をつく。
「告白、かぁ……しようとは、してるんだけどね……いつも、あいつがタイミングを邪魔してくるみたいに、出来ないのよね……」
「そうなんですか……」
「…………でも、どんなにタイミングを逃しても、なるべく早く、その気持ちを伝えた方がいいって、私は思うかな……」
「え……?」
また茶化されたりするのかな?と思っていたのだが、急に真剣な声色で桜ちゃんがそう言ってきたので、私は少し驚いた。
驚く私を置いておいて、桜ちゃんは続ける。
「好きだってちゃんとわかってるんなら、言えなくなる前に、その人がいなくなる前に、言った方が、いいと思うんだ。後悔しないように……私は、気づくのが遅かったから……」
「………………」
「……わかっては、いるんだけどね……」
……過去に何かあったのか、桜ちゃんの声はとても真剣だ。
心当たりがあるのか、楓ちゃんも黙ったまま、なにも言わない。
そんな二人を見て、私は呟きながら遠くを見た。
やろうと思えば、いくらでも、たとえ妨害があったって、空理に自分の気持ちを伝えることが出来る。
でも……
昔を懐かしむような、大事な何かをすり減らしていくような……
空理がたまに見せる、あの表情と、あの日空理がつぶやいた、“立宮先輩”という単語が、私を足踏みさせていた。
私と同じ苗字の、だけど私じゃない誰か。
そしてそれはきっと、私の名前の元。
それは、空理にとってどんな存在なんだろう……
ずっと考えてきたけど、嫌な考えしか浮かばない。
私は、空理にとっていったいどんな存在なんだろう……
家族?隣人?友人?仕事仲間?姉?妹?
次々と例が上がるけど、私が一番望んでいる答えは、例にあげれなかった。
……私は、空理にとって……
「うにゃるぁっ!?」
『っ!?』
重い空気と長い沈黙が流れる店内に、変な声とドタンッ!という大きな音がたち、私たちを驚かせた。
「ちょっと空理、大丈夫!?」
「……あたたた……あぁと、うん。大丈夫だよ。すみません、お騒がせしました……」
「まったく……いったいなにをしようとしたらそんなところで転ぶのよ……」
「いやぁ、そろそろ混ざろうかなぁなんて考えながらこっちきたらなんかよくわからないうちに……あ、そうだお客様、紅茶とかは飲みますか?一杯奢りますよ?」
「え、いいんですか?」
自然に、空理が会話に入り込み、今までの重かった空気が強制的にリセットされる。
……よくわからないうちに転んだ、か……
……嘘つき。
そう心の中で呟きながら、私は桜ちゃんと楓ちゃんが帰るまで、空理と一緒に二人と話していたのだった。
××××××××××××××××××××××××××××××
……後悔しないように自分の気持ちを伝える、か……
桜ちゃんの言葉に、私は揺れていた。
今は、隣の部屋に住んでいるから、いつでも会える、いつでも一緒にいられる。
けど、空理がどこか遠くにいっていなくならない保証は……ない。
声をかければ話せる。手を伸ばせば触れられる。
その距離が、ふと消えても、おかしくは、ない。
「……よし」
私は、決めた。
空理に自分の気持ちを……伝える。
例え、好きではないと言われてもいい。
ちゃんと、後悔しないように自分の気持ちを伝える。
でも、その前に……
「……アレ、よね……」
私の一番の懸案事項である、“立宮先輩”という、私ではない誰かのことを、頭に思い浮かべる。
彼女の存在が、一番の不安。
もしかしたら、彼女は空理の……
……いや、それでも、伝えるんだ。
今日こそ、空理に好きだって、ちゃんと、伝えるんだ……!
そう思いながら、私は一緒に仕事をしている彼の姿を、そっと見たのであった。
××××××××××××××××××××××××××××××
「今日もお疲れ様。さて、と……じゃあ、片付けも頑張りますか」
「そうね……」
店の営業時間が終わり、現在8時。
マスターに夕食を作ってもらって、いつものように僕たちは店の掃除をし始めた。
……のだが、あの朝のお客さんで何かあったのか、美核は掃除を始めてから、一言も喋っていない。
僕も特に話しかけるようなことはないため、なにも言わない。
結果、沈黙が空間を支配して、重くはないけど話しづらい場となっていた。
まぁ、こういう時は空気に従ってなにも言わなくていっか。
そう思った矢先に、美核が空気を破って、僕に話しかけてきた。
「……空理。ちょっと訊きたいことがあるんだけど、いいかな……?」
「……訊きたいこと?いったいなにかな?」
……なにか、覚悟したな……
そう感じながら、僕は一瞬、また告白でもしようとしてるのかと警戒したけど、訊きたいことだというのでそれはないと思い、質問を聞く態勢となった。
さて、いったいなにについて訊かれるのかな?
そう余裕をもって幾つか予想は立てたが、美核の放った質問は、予想とは違う……いや、予想すらできないことだった。
「……あのさ、“立宮先輩”って、いったい誰?」
「っ!?」
“立宮先輩”
美核の口からその言葉が発せられた瞬間、僕は首元に刃物を当てられたかのような、そんな冷たい感触を錯覚した。
なんで……
なんで、美核が“立宮先輩”を知ってる!?
……いや、動揺している場合じゃない。
質問されてる、ということは、知らないということだ。
ならばまだ……
「うーん……立宮って言うと、美核の苗字だよね?それがどうかしたの?」
「どうかしたのじゃない。知らない振りして、誤魔化さないで」
う……鋭い……
それに、いつもの告白しようとする前のような感じではなく、決意したような、もう一歩も引かないような、そんな顔をしていた。
これは……逃げられない、か……
「……どこで、その呼び方を訊いたの?」
あくまで、名前としてではなく、呼び方として訊く。
「……空理が熱で倒れて、看病した時に、寝言で……」
……恨むぞ、寝てた時の僕……
「……その呼び方が君じゃないと思った理由は?」
「……先輩っていうのは、学校で使う敬称だし……それに、空理、私の名前、美核ってつけた時さ、すんなり名前を言ったから……」
「……なるほど、ね……」
よく、見てるなぁ……
もう、逃げられないね……
……仕方がない。
「……わかったよ。説明する」
観念したように、僕は説明する。
「立宮先輩……あの人は、僕の故郷の学校の先輩だよ。名前は君のそのまま、立宮 美核。君の名前のもと、だね……君のその名前は、君があの人に似てたから、ついつぶやいてしまったその名がついたんだ……ごめんね、他人の名前をそのままつけちゃって……」
「……それだけ?」
「……うん、それだけ」
「……空理の故郷の先輩で、私の名前の由来。本当に、それだけ?」
「……うん。そうだよ」
「本当に、それだけ?」
「……うん」
「……つき」
何度も、しつこいくらいに訊いてくる美核の質問に答えていると、不意に、ポツリ……と、美核が問うのをやめ、つぶやいた。
小さな声で聞き取れなかった僕は、え……?と聞きなおす。
しかし、美核はそれを無視し、悲しそうな顔を、こちらに向けてきた。
「……ねぇ、空理。私ね、知ってるんだよ。空理が、嘘ついてるの、私を、遠ざけてるの。気づいているのか知らないけど、空理、さ、私に嘘つく時、すごく、すごく……優しく微笑んでくれてるんだよ」
「………………」
「ねぇ、ちゃんと言って……その人のことを。その、立宮先輩って、空理の……」
「違う……あの人は……!」
「……お願い、嘘、つかないで……」
「……本当に、彼女は……」
「じゃあ、なんで空理は嘘をついてるの!?本当のことをことを言ってよ!誤魔化さないでよ!誤魔化されるのが……一番……」
「み、さね……?」
「…………っ!!」
顔をうつむけ、泣いているような声で叫んでいた美核は、キッ!と顔をあげる。
「私は……模造品なんかじゃ……ないっ!!」
「美核!?」
叫んで、そして、勢いよく、美核は店の外に飛び出していく。
叫んでいた彼女の目には、たくさんの涙が溜まっていた。
美核が店を出て行ったところで、初めて僕は彼女がないていたという事実に気がついた。
呆然と、立ち尽くす。
最後に叫んだ言葉の意味は、わからなかった。
しかし、彼女を泣かせた。その事実が、僕の心に深く深くヒビを入れた。
僕の思考が、急激に落ちていく。
泣いていた。
泣かせてしまった。
泣かせまいとしていたのに。
もう、彼女に、接せなくなる。
もう、駄目だ。
もう、どうでも……
思考が落ちかけて、そこで踏みとどまる。
……まだ、伝えてない。
僕の気持ちを伝えてない。
どんなに辛い結果でも、僕の気持ちは、伝えなきゃいけない。
答えが出るまで、五秒。
瞬間、僕はかけ出していた。
店を出て、すぐに辺りを見渡す。
と、路地の方に入っていく、金と白の尾が見えた。
すぐに、追いかける。
尻尾を追いかけて、路地から見えたのは、何度も見ている、見間違えようもない、美核の後ろ姿だった。
「待って美核!」
逃げる美核を見失わないよう、僕は全力で美核を追いかけた。
××××××××××××××××××××××××××××××
事実だけ言うなら、確かに僕は嘘をついてた。
言い訳をするなら、怖くて言えなかった。
美核に、僕の根源の性格を、知って欲しくなかったら、言えなかった。
でも、それがダメだった。
彼女を、泣かせてしまった。
そして、僕も不安定になった。
だから、消えてしまう前に、ちゃんとこの気持ちを伝えないといけない……
「……やっと、追いついた……」
「……なんで……なんで、追いかけてくるのよ……!」
一分しか経っていないかもしれない。一時間経ったかもしれない。
時間の感覚が狂いながらも、僕は美核に追いついた。
目の前には、疲労し、逃げ切れないと立ち止まった美核。
放つ声色は、泣いていた。
「……ねぇ、美核、僕の正直な気持ち、聞いてくれないかな……」
「……ぃやだよ……もうなにも、聞きたくない……」
「……嘘も、誤魔化しも、なにもしない。純粋な、僕の気持ちだから……お願いだから、聞いて……」
「………………」
僕の言葉に、美核は答えない。
……沈黙を肯定と捉え、僕は動く。
静かに、立っているだけの美核に近づき、そして、優しく、首元に腕をまわして、抱きしめる。
その瞬間、美核は最初に僕たちが出会った時のように、ビクッと、体を震わせた。
だけど、美核は逃げない。
抱きしめているこの腕は、美核が拒絶すれば、簡単の解けて彼女を解放する。
でも、美核がそれをしないということは、ちゃんと聞いてくれる、ということだ。
美核に応え、僕は、自分の存在をかけて、言った。
「僕はね、美核、君のことが、好きなんだ……」
放った僕の言葉を聞いて、美核の体は震える。
今言わなければ、もう二度と伝えることができないかもしれない、気持ち
それは、とても悲しい告白だった。
「なんでよ……なんで、今そんなことを言うのよ……」
「……ごめん」
「……そんな言葉、今、信じられるわけ、ないよ……」
嗚咽が、美核の口から漏れる。
僕も、目から涙を流している。
僕か、美核か、それとも、その両方か。
気持ちを代弁するかのように、空から、雨が降ってきた。
「……………………」
「無視しないでよ〜新入生君〜!」
「………………」
「新入生君〜!!」
…………うるさいなぁ……
興味がないから無視しているとはいえ、聞こえてくる声は嫌でも耳に入ってくる。
正直なところ、後ろからついてくるアレには早く僕から離れて欲しいのだが、いっこうに離れる様子はない。
……もう、15分近くも歩いてるんだけど……
とにかく、仕方がない。さっさとこのうるさい声を止めるために、どうでもいいけど後ろのと話すとしますか……
「……さっきからうるさいんですが、いったい、なんのようですか?」
「あ!やっと反応してくれた!酷いよ、いくらどうでもいいからって、ずっと無視するなんて!」
「……文句をいうために引き止めているんでしたら、帰らせてもらいますよ……?」
「ああ!ちょっとまって!違う違う!止めた理由はそうじゃないの!」
「じゃあなんなんですか?」
「ねぇ君、ちょっと私に付き合ってくれる?」
「………………」
「待って待って!そんな無言で離れていかないで!」
「……ナンパなら他を当たってください」
「ナンパじゃないの!部活の勧誘!」
「なら余計に他を当たってください。僕は部活に入る気はありません」
「駄目なの、君じゃないと!だって君、世界がつまらないからってなんの興味も持ててないでしょ?」
「……っ!?」
いきなりの事実を指摘されて、僕は動揺した。
驚いたが、しかし、すぐにその感情は引っ込む。
「……何を言ってるんですか?わからないですよ」
「わかるはずよ?だって君は私とよく似てるもん」
「………………」
「ねぇ、少しだけでいいから、私についてきてくれないかな?」
「………………」
この人の話を聞いて、僕は黙り込む。
おそらく、さっきの言葉は十中八九嘘だろう。
そうとしか考えられない。
僕と同じような人間なんて、いるわけがない。
だから、ついていく必要はない。
……ない、はずなのだが……
「……わかりました。とりあえず、ついていくだけついていきますよ……」
「やった!じゃあ、さっそく戻りましょう!」
興味を持った。
初めて、興味を持った。
僕は、このしつこく変な女性に、興味を持ったのだ。
……しかし、それよりも……
「すみません、ちょっと待ってください」
「ん?どうしたの?」
「いえいえ、ちょっとしたことですよ…………ねぇ、君…………」
……悪いけど、ここから先は閲覧禁止だよ。
『…悪いけど、ここから先は閲覧禁止だよ』
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「えっ!?」
驚いて、私は手にしていた本を落としてしまった。
おかしい。私が見ていたのは、過去の記憶のはずだ。
なのに、過去の人間がこちらに向かって言葉を放った。
これはいったいどういうことか、近くにいる人に訊こうとしたその時……
「……うぁ……!?」
……“あの感覚”がきた。
“見られているのに、見られていない”という、矛盾した感覚。
……ここの住人が、“あいつ”と呼んでいる存在から見られている時の感覚だ。
「……僕の過去を調べるのはどうでもいいですけど、そこから先は閲覧禁止ですよ」
「……なんで、見ちゃいけないのかしら……?」
「模造品に教える必要はありません」
ここの住人と同じような、無表情で無感動な声。
しかし、その住人とは違う、矛盾した、気持ちの悪い感覚が、私の周りにまとわりついてくる。
“見られているのに、見られていると感じない”
“私に話しかけているのに、話されていると感じない”
“彼に話しかけているのに、まるで独り言をしているように感じる”
まるで、私の存在を認知していないかのような感覚に、私はまた気持ちが悪くなった。
……こいつは、いったいなんなんだろうか……
何がどうなったら、こんな存在が……
「模造品って、嫌な呼び方するわね……」
「模造品は模造品でしかありませんから。では、これ以上は見られたくありませんのでさっさと帰ってください。あいつが起きます」
「……わかったわよ」
彼の言うあいつ……他の住人の言う“彼”に気づかれるのは困るし……なによりこの男の前にこれ以上いたくない。
そう思い、私は考えを中止して、この男の注意通り、この部屋を出ていくのだった。
××××××××××××××××××××××××××××××
月は一月。未だに寒さが抜けぬ季節ですが、皆様いかがお過ごしでしょうか……?
僕、星村 空理はというと……
「ああもう可愛いなぁこの子達はぁ!」
いつものように、平常運転でございます。
……昨日手に入れた本を、朝早くに起きて、僕は読んでいた。
実は朝食を食べ終え、準備を手伝わなければいけないのだが、本を読み進める手が止まらない。
しかも厄介なことに、読んでいく内にふつふつと創作意欲も湧いてきている始末である。
ああ、書きたい……
でも、店が……
ああでも……!
「すみませんマスター!ちょっと部屋に篭らせてください!」
「……あまり遅くなるなよ……」
「努力はします!」
結局衝動に負けて、僕は筆をとりに部屋に向かうのだった。
××××××××××××××××××××××××××××××
「おはようございま〜す……あれ、星村さんはどうしたんですか?」
「おはよう方丈君。ええと、空理は……本を書きに部屋に篭ってるわ……」
開店十分前。今日が土曜日であるので、方丈君が店のバイトに来てくれた。
と、いつものように空理がいないのが気になったのか、どこにいるか訊いてきたため、私は軽くため息をつきながら答えた。
「本……ですか?」
「うん、そう。空理の趣味、本を読むことと、書くことらしいわよ?読むのは前々から知ってたんだけど、まさか書くまでいくとは……というか、あまり店の仕事に支障をきたさないで欲しいわよ……もうお店開くっていうのに、まだこないなんて……」
「あ、お待たせお待たせ。なんとか全部終わったよ。ん?方丈君、おはよう。今日もはやいね」
「あ、おはようございます」
噂をすればなんとやら、というやつだろうか?
空理がまだ降りてこないことに対して文句を言っていると、等の本人である空理がやっと降りてきた。
「遅いわよ空理。もうすぐお店開くのに……」
「ごめんごめん。ドンドン筆が進んじゃってなかなか止まらなかったんだ……」
「星村さん、凄いですね。本を書いてるんですね」
「ん?まぁね。と言っても、人に見せられるものじゃあないけど……」
「私も空理の書いてるやつ、気になるんだけどなぁ……?」
「あははは……人に見せられるような作品が出来たら、見せてあげるよ」
「そういう時って、だいたい見せる気がない時の台詞ですよね」
「あー、たしかに。よく考えてみるとそうだね」
「……おい、星村」
「はい、なんですか?」
開店時間になったため、Openの札を掛けてお客さんを待ちながら三人で話していると、マスターが星村のことを呼んだ。
「少し、買い物に行ってもらいたいんだが……」
「あ、わかりました。なにを買いに行けばいいですか?」
「メモに書いてあるやつを頼む」
買い物、と言われて空理が受け取ったのは、買うものの書いてあるメモ。
気になってメモに書いてあるものを確認してみたが、特に多いと言うわけではないので、すぐに帰ってこれるだろう。
「ああ、頼んだぞ」
「わかりました。じゃあ、行ってきます」
「いってらっしゃい、お昼には戻ってきなさいよ?」
「流石にお昼まではかからないよ」
「星村さん、いってらっしゃい」
「うん、いってきます」
と、空理が買い物に行くために裏口から出ていったのと同時に、今日初のお客さんが来た。
私はすぐにお客さんを迎える。
「いらっしゃいませ。何名様でしょうか?」
「二人です!」
「カウンター席とテーブル席がありますが、いかがいたしましょうか?」
「カウンター席でお願いします!」
「かしこまりました。こちらにどうぞ」
今回は狐耳の魔物娘が二人。
稲荷かな、妖狐かな……?
私のカンとしては稲荷であってると思うんだけど……
などと考えながらも、私は二人をカウンター席に案内した。
「では、ごゆっくりおくつろぎください」
案内したあとは、カウンターの二人のいるところのちょうど反対側の場所に立って、二人の注文をすぐ聞けるようにする。
ちなみにマスターは、カウンターの私より奥の場所で食器を磨いたり、コーヒーを淹れたりしている。
方丈君はまだ他のお客さんが来ていない為、奥の厨房で待機だ。
さてと、私はどうしようかなぁと考えていると、不意に、席に座っている二人の内の片方……活発そうな子が話しかけてきた。
「あの、すみません」
「はい、なんですか?」
「あなた、もしかして私達と同じ稲荷……ですか?」
「ええ、私は稲荷よ?私達……っていうと、あなたと隣のその子も?」
「はい!私は楓と言います!で、隣が……」
「桜です、よろしくお願いします!」
「私は美核。立宮美核よ、よろしくね」
どちらかというと活発そうな印象の子が楓ちゃん、大人しそうな印象の子が桜ちゃん、ね。
自己紹介をしながら、やっぱり稲荷だったか、と少し微笑む。
さすがにバフォメットやドラゴンに比べると私達稲荷は珍しくないけど、それでも数は少ない。
この街に至っては私以外の同族はいなかった。
だから、同族がこの街にきて、この店にきてくれたことが、純粋に嬉しかったのだ。
「そういえば、ここにはどういった用で……っと、先に仕事しないとね……お客様、ご注文はお決まりでしょうか?」
「あ、えーと……そしたら……私はカフェオレを!」
「私は……あ、焼き林檎で!」
「かしこまりました。少々お待ちください」
注文を聞いて、マスターと方丈君に頼んでから、私は二人の元に戻って話し始める。
今はまだ他にお客さんはいないし、いい……よね?
「さて、で、二人はここにどういった理由できたのかしら?」
「えっと、私達の住んでる街で、“現代から取り残されたような不思議な街”ってここが紹介されてて、面白そうだなぁって観光にきたんです!」
「へ?現代に……取り残された?」
「え?あ、たしかに、そう書かれてた……よね?」
「うん」
「あ、あれ……?」
この街の風景って、そんなに古いっけ……?
いやいや、南のアリュートは同じような感じだし……
この子達の街がすごいだけ……なのかな?
最近はなんか転移魔術が出てきたみたいだし、それでおかしくはない……よね?
「あ、でもさ楓ちゃん、この街の行き方って変な感じだったよね?」
「うん、たしかに。なんか妙な魔力の通った感じがしたからね……」
「そうなんだぁ……」
頷きながら、そういえば、星村がこの街はいろいろな別の呼ばれ方があるって教えてくれたっけ。と思い出す。
魔法の街、不沈の街、出入り自由の宝物庫……
あと、この街に住んでいる人がたまに言っているのが……
時空の混じる街。
この街では稀に、過去死んだはずの人間が目撃されたりしたために付いた名だと、空理は言っていた。
もしこの呼び名が正確なら、きっとこの子達は時空を超えて未来から来たんだろう。
そうすれば、いろいろと辻褄が合うしね……
まぁ、仮説にすぎないけど。
などと考えていると、方丈君が注文された焼き林檎とカフェオレを持って来てくれた。
「お待たせしました、焼き林檎とカフェオレでございます」
「あ、焼き林檎は私です」
「カフェオレは私ね」
「どうぞ。ご注文の品は以上でよろしいでしょうか?」
「あ、はい。大丈夫です」
「ごめんなさいね方丈君。それは私がやるべきなのに……」
「いえいえ。まだお客さんが来てないですから、大丈夫ですよ。では、ごゆっくり」
まだ一ヶ月経ってないのに、こんなにきちんと仕事こなすなんて、凄いわね、と思いながら、私はまた奥に戻っていく方丈君にお礼を言った。
「さて、じゃあいただきます!」
「いただきます!……あ、美味しい!」
「このカフェオレも甘さがしつこくなくて美味しいわ」
「お口にあったようでよかったわ」
「あぁ、こんなに美味しいんだったら春樹達も連れてくればよかったかなぁ……?」
「そうねぇ……」
「ん?誰それ?恋人?」
「ええまぁ、そう……ですね」
茶化すように言ったんだけど、返ってきたのは恥ずかしそうな笑みと肯定の答えだった。
うーん、羨ましいわね……
「はぁ、いいわねぇ、恋人がいるって……」
「美核さんにはいないんですか?」
「うーん、好きな人はいるにはいるんだけど、なんかいろいろありそうなのよね……」
「あ、もしかして、さっきカフェオレとかを持ってきてくれた人ですか?」
「違うわよ、彼は。彼はもう五人もお嫁さん候補がいるし、何より方丈君……あの子には悪いけど……タイプじゃないわ」
「そうなんですか〜。そしたら、誰なんですか〜?」
「美核さんがどんな人を好きになってるのか、同族として興味がありますね……!」
話してる途中で、なぜか方丈君がそこまでキッパリ言われると結構傷つくものですよ?と言ったような気がしたけどまぁそこは気にしない。
と、噂をすればなんとやら。空理が裏口から帰ってきたのか、こちらにやってきた。
「ふぃ〜疲れた〜」
「おかえり空理。お疲れ様」
「ん、ありがとう。っと、そちらのお客さんは……ああ、なるほど。美核と同じ稲荷さんか。いらっしゃいませ。……ふむ、同族同士の会話に混ざり込むのは野暮だよね。んじゃ、奥に引っ込んでるから何かあったら呼んでね〜」
しかし、私たちのことを見たら、すぐに奥に引っ込んでしまった。
というか、よく二人が稲荷だってわかったわね……
そう思ったところで、奥から、稲荷スキーは伊達じゃない!と星村が叫んだ気がしたが、あえてスルーする。
所詮戯言だ。
「……なるほど、あの人が美核さんの……」
「うーん、なんというか、美核さんには失礼だけど……普通だね」
「何勝手にあいつだと結論下してるのよ……」
「あれ?違うんですか?」
「いや、間違ってはないんだけど……」
なんというか、結論が適当な気がする。
出てきた店員の男性が私の好きな人って、安直な考えだし……
「……もう少しちゃんと考えてから答えて欲しかったわ……」
「でも、当たったからいいじゃないですか!」
「そんな安直な考えで当たってしまうのが悲しいわね……」
「まぁまぁ。ところで美核さん、もうあの人に告白とかはしたんですか?」
「こ、告白!?そ、そんなの……ししし、してるわけないじゃない!」
「え〜?言ってないんですかぁ?」
「早くしないと、他の人に盗られちゃうかもしれませんよ?」
突然、ではないけれど、楓ちゃんの言葉に私は動揺した。
そんな私の様子を見て、二人は茶化してくる。
なんというか、私はそういう話題にとことん弱いなぁ……
そう思いながら、私はため息をつく。
「告白、かぁ……しようとは、してるんだけどね……いつも、あいつがタイミングを邪魔してくるみたいに、出来ないのよね……」
「そうなんですか……」
「…………でも、どんなにタイミングを逃しても、なるべく早く、その気持ちを伝えた方がいいって、私は思うかな……」
「え……?」
また茶化されたりするのかな?と思っていたのだが、急に真剣な声色で桜ちゃんがそう言ってきたので、私は少し驚いた。
驚く私を置いておいて、桜ちゃんは続ける。
「好きだってちゃんとわかってるんなら、言えなくなる前に、その人がいなくなる前に、言った方が、いいと思うんだ。後悔しないように……私は、気づくのが遅かったから……」
「………………」
「……わかっては、いるんだけどね……」
……過去に何かあったのか、桜ちゃんの声はとても真剣だ。
心当たりがあるのか、楓ちゃんも黙ったまま、なにも言わない。
そんな二人を見て、私は呟きながら遠くを見た。
やろうと思えば、いくらでも、たとえ妨害があったって、空理に自分の気持ちを伝えることが出来る。
でも……
昔を懐かしむような、大事な何かをすり減らしていくような……
空理がたまに見せる、あの表情と、あの日空理がつぶやいた、“立宮先輩”という単語が、私を足踏みさせていた。
私と同じ苗字の、だけど私じゃない誰か。
そしてそれはきっと、私の名前の元。
それは、空理にとってどんな存在なんだろう……
ずっと考えてきたけど、嫌な考えしか浮かばない。
私は、空理にとっていったいどんな存在なんだろう……
家族?隣人?友人?仕事仲間?姉?妹?
次々と例が上がるけど、私が一番望んでいる答えは、例にあげれなかった。
……私は、空理にとって……
「うにゃるぁっ!?」
『っ!?』
重い空気と長い沈黙が流れる店内に、変な声とドタンッ!という大きな音がたち、私たちを驚かせた。
「ちょっと空理、大丈夫!?」
「……あたたた……あぁと、うん。大丈夫だよ。すみません、お騒がせしました……」
「まったく……いったいなにをしようとしたらそんなところで転ぶのよ……」
「いやぁ、そろそろ混ざろうかなぁなんて考えながらこっちきたらなんかよくわからないうちに……あ、そうだお客様、紅茶とかは飲みますか?一杯奢りますよ?」
「え、いいんですか?」
自然に、空理が会話に入り込み、今までの重かった空気が強制的にリセットされる。
……よくわからないうちに転んだ、か……
……嘘つき。
そう心の中で呟きながら、私は桜ちゃんと楓ちゃんが帰るまで、空理と一緒に二人と話していたのだった。
××××××××××××××××××××××××××××××
……後悔しないように自分の気持ちを伝える、か……
桜ちゃんの言葉に、私は揺れていた。
今は、隣の部屋に住んでいるから、いつでも会える、いつでも一緒にいられる。
けど、空理がどこか遠くにいっていなくならない保証は……ない。
声をかければ話せる。手を伸ばせば触れられる。
その距離が、ふと消えても、おかしくは、ない。
「……よし」
私は、決めた。
空理に自分の気持ちを……伝える。
例え、好きではないと言われてもいい。
ちゃんと、後悔しないように自分の気持ちを伝える。
でも、その前に……
「……アレ、よね……」
私の一番の懸案事項である、“立宮先輩”という、私ではない誰かのことを、頭に思い浮かべる。
彼女の存在が、一番の不安。
もしかしたら、彼女は空理の……
……いや、それでも、伝えるんだ。
今日こそ、空理に好きだって、ちゃんと、伝えるんだ……!
そう思いながら、私は一緒に仕事をしている彼の姿を、そっと見たのであった。
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「今日もお疲れ様。さて、と……じゃあ、片付けも頑張りますか」
「そうね……」
店の営業時間が終わり、現在8時。
マスターに夕食を作ってもらって、いつものように僕たちは店の掃除をし始めた。
……のだが、あの朝のお客さんで何かあったのか、美核は掃除を始めてから、一言も喋っていない。
僕も特に話しかけるようなことはないため、なにも言わない。
結果、沈黙が空間を支配して、重くはないけど話しづらい場となっていた。
まぁ、こういう時は空気に従ってなにも言わなくていっか。
そう思った矢先に、美核が空気を破って、僕に話しかけてきた。
「……空理。ちょっと訊きたいことがあるんだけど、いいかな……?」
「……訊きたいこと?いったいなにかな?」
……なにか、覚悟したな……
そう感じながら、僕は一瞬、また告白でもしようとしてるのかと警戒したけど、訊きたいことだというのでそれはないと思い、質問を聞く態勢となった。
さて、いったいなにについて訊かれるのかな?
そう余裕をもって幾つか予想は立てたが、美核の放った質問は、予想とは違う……いや、予想すらできないことだった。
「……あのさ、“立宮先輩”って、いったい誰?」
「っ!?」
“立宮先輩”
美核の口からその言葉が発せられた瞬間、僕は首元に刃物を当てられたかのような、そんな冷たい感触を錯覚した。
なんで……
なんで、美核が“立宮先輩”を知ってる!?
……いや、動揺している場合じゃない。
質問されてる、ということは、知らないということだ。
ならばまだ……
「うーん……立宮って言うと、美核の苗字だよね?それがどうかしたの?」
「どうかしたのじゃない。知らない振りして、誤魔化さないで」
う……鋭い……
それに、いつもの告白しようとする前のような感じではなく、決意したような、もう一歩も引かないような、そんな顔をしていた。
これは……逃げられない、か……
「……どこで、その呼び方を訊いたの?」
あくまで、名前としてではなく、呼び方として訊く。
「……空理が熱で倒れて、看病した時に、寝言で……」
……恨むぞ、寝てた時の僕……
「……その呼び方が君じゃないと思った理由は?」
「……先輩っていうのは、学校で使う敬称だし……それに、空理、私の名前、美核ってつけた時さ、すんなり名前を言ったから……」
「……なるほど、ね……」
よく、見てるなぁ……
もう、逃げられないね……
……仕方がない。
「……わかったよ。説明する」
観念したように、僕は説明する。
「立宮先輩……あの人は、僕の故郷の学校の先輩だよ。名前は君のそのまま、立宮 美核。君の名前のもと、だね……君のその名前は、君があの人に似てたから、ついつぶやいてしまったその名がついたんだ……ごめんね、他人の名前をそのままつけちゃって……」
「……それだけ?」
「……うん、それだけ」
「……空理の故郷の先輩で、私の名前の由来。本当に、それだけ?」
「……うん。そうだよ」
「本当に、それだけ?」
「……うん」
「……つき」
何度も、しつこいくらいに訊いてくる美核の質問に答えていると、不意に、ポツリ……と、美核が問うのをやめ、つぶやいた。
小さな声で聞き取れなかった僕は、え……?と聞きなおす。
しかし、美核はそれを無視し、悲しそうな顔を、こちらに向けてきた。
「……ねぇ、空理。私ね、知ってるんだよ。空理が、嘘ついてるの、私を、遠ざけてるの。気づいているのか知らないけど、空理、さ、私に嘘つく時、すごく、すごく……優しく微笑んでくれてるんだよ」
「………………」
「ねぇ、ちゃんと言って……その人のことを。その、立宮先輩って、空理の……」
「違う……あの人は……!」
「……お願い、嘘、つかないで……」
「……本当に、彼女は……」
「じゃあ、なんで空理は嘘をついてるの!?本当のことをことを言ってよ!誤魔化さないでよ!誤魔化されるのが……一番……」
「み、さね……?」
「…………っ!!」
顔をうつむけ、泣いているような声で叫んでいた美核は、キッ!と顔をあげる。
「私は……模造品なんかじゃ……ないっ!!」
「美核!?」
叫んで、そして、勢いよく、美核は店の外に飛び出していく。
叫んでいた彼女の目には、たくさんの涙が溜まっていた。
美核が店を出て行ったところで、初めて僕は彼女がないていたという事実に気がついた。
呆然と、立ち尽くす。
最後に叫んだ言葉の意味は、わからなかった。
しかし、彼女を泣かせた。その事実が、僕の心に深く深くヒビを入れた。
僕の思考が、急激に落ちていく。
泣いていた。
泣かせてしまった。
泣かせまいとしていたのに。
もう、彼女に、接せなくなる。
もう、駄目だ。
もう、どうでも……
思考が落ちかけて、そこで踏みとどまる。
……まだ、伝えてない。
僕の気持ちを伝えてない。
どんなに辛い結果でも、僕の気持ちは、伝えなきゃいけない。
答えが出るまで、五秒。
瞬間、僕はかけ出していた。
店を出て、すぐに辺りを見渡す。
と、路地の方に入っていく、金と白の尾が見えた。
すぐに、追いかける。
尻尾を追いかけて、路地から見えたのは、何度も見ている、見間違えようもない、美核の後ろ姿だった。
「待って美核!」
逃げる美核を見失わないよう、僕は全力で美核を追いかけた。
××××××××××××××××××××××××××××××
事実だけ言うなら、確かに僕は嘘をついてた。
言い訳をするなら、怖くて言えなかった。
美核に、僕の根源の性格を、知って欲しくなかったら、言えなかった。
でも、それがダメだった。
彼女を、泣かせてしまった。
そして、僕も不安定になった。
だから、消えてしまう前に、ちゃんとこの気持ちを伝えないといけない……
「……やっと、追いついた……」
「……なんで……なんで、追いかけてくるのよ……!」
一分しか経っていないかもしれない。一時間経ったかもしれない。
時間の感覚が狂いながらも、僕は美核に追いついた。
目の前には、疲労し、逃げ切れないと立ち止まった美核。
放つ声色は、泣いていた。
「……ねぇ、美核、僕の正直な気持ち、聞いてくれないかな……」
「……ぃやだよ……もうなにも、聞きたくない……」
「……嘘も、誤魔化しも、なにもしない。純粋な、僕の気持ちだから……お願いだから、聞いて……」
「………………」
僕の言葉に、美核は答えない。
……沈黙を肯定と捉え、僕は動く。
静かに、立っているだけの美核に近づき、そして、優しく、首元に腕をまわして、抱きしめる。
その瞬間、美核は最初に僕たちが出会った時のように、ビクッと、体を震わせた。
だけど、美核は逃げない。
抱きしめているこの腕は、美核が拒絶すれば、簡単の解けて彼女を解放する。
でも、美核がそれをしないということは、ちゃんと聞いてくれる、ということだ。
美核に応え、僕は、自分の存在をかけて、言った。
「僕はね、美核、君のことが、好きなんだ……」
放った僕の言葉を聞いて、美核の体は震える。
今言わなければ、もう二度と伝えることができないかもしれない、気持ち
それは、とても悲しい告白だった。
「なんでよ……なんで、今そんなことを言うのよ……」
「……ごめん」
「……そんな言葉、今、信じられるわけ、ないよ……」
嗚咽が、美核の口から漏れる。
僕も、目から涙を流している。
僕か、美核か、それとも、その両方か。
気持ちを代弁するかのように、空から、雨が降ってきた。
11/07/27 05:28更新 / 星村 空理
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