カステラ
年の終わりももう近く、現在は12月27日。
外の世界では年末大忙し!といった感じの時期なのだが、ここではそこまで忙しいということはない。
それでも、年末大安売り、というものをやっている店があるため、いつもに比べると、僕たちのいる喫茶店“アーネンエルベ”にやってくるお客さんは減っていた。
「……だからといって、お昼になってもお客さんが来ないなんて……ないよね……?」
「……ルーフェたちのお店も値下げしてるから、ありえるのが怖いわね……」
というか、私も買い物に行きたいわ……と呟きながら、僕の隣に座っている美核はため息をついた。
今現在午前10時45分。店の接客スペースには僕と美核しか居らず、マスターは愚か、お客さんすらいない。
このまま言った通りになったとしたら……
恐ろしいので、考えるのをやめる。
ちなみにマスターと方丈君は、奥でいろいろと教えたり教わったりしている。
僕たちが教えてもよかったんだけど、マスターが自分がやると言って聞かなかったから、任せることにした。
まぁ、僕も美核も感覚で仕事をしてるし、教え方っていうのもあまり上手くないから、マスターに教わるのが一番いいんだよね。
「にしても、自画自賛するみたいであれだけど、美味しいわね、コレ」
「まぁそりゃあ、向こうの世界でも普通に売れてたモノだからね」
そういいながら、美核が指でつまんで口に入れたそれは、端の部分が焦げ茶色で中は淡い黄色のスポンジ状のお菓子だ。
方丈君が、本格的にうちの仕事を始めた日……つまりは昨日、お客さんのいない暇な時間に、マスターから仕事を教わりながらポツリとつぶやいた、「そういえばこのお店って、カステラとかって売ってるんですか?」という予想だにしなかった一言から、喫茶店メンバーと、方丈君を回sy……迎えに来た嫁達を巻き込んで再現され、メニューに新しく加わった、僕や方丈君達の世界のお菓子がこれ……カステラだ。
お客さんが本当に来ないので、暇つぶしにと美核が作ったものを二人で食べているのだ。
ちなみに僕は端っこの方から食べる派である。
にしても、この世界は不安定だよなぁ……
割と最近とはいえ、電話や拳銃など、現代のモノが普及してきているのに、今回のカステラや、焼きそばパン、十徳ナイフなんかは全く知られていない。
……いや、十徳ナイフはともかくとして、少なくともカステラや焼きそばパンなんかは、知られていてもおかしくないはずだ。
やっぱり、どこか不安定だよなぁ……
なんて考えていると、チャイムが鳴ってお客さんがきたことを伝えた。
「いらっしゃいませ」
やっと仕事がきた!と内心嬉しく思いながら、僕は残っていたカステラを頬張って飲み込み、接客を始めた。
美核も仕事がきたので、水持ってくるために奥に行く。
お客さんは四人。全員女性だ。
一人は人間で、他の三人は全員魔物。
ミノタウロスに、ケンタウルス、それにリザードマンか……
戦闘に向いている編成の魔物だね……傭兵とか、そこらへんの仕事をしてるのかな?
「四名様ですね、カウンター席とテーブル席とがございますが、どちらにいたしましょう?」
「うーん、そうね……テーブルでお願いするわ」
「承知しました。では、お好きなテーブルでお待ちください」
テーブル席の方へ案内すると、代表であるらしい人間の女性が、ありがとう、とお礼を言ってくれた。
……さて、あとは美核がメニューと水を持ってくるのを待つだけか……
やっぱり人がいすぎると大変だけど、全くいなかったり少なすぎたりすると暇になるな……
なんて考えてると、美核がちゃんと水とメニューを持ってお客さんたちのとこへ行った。
「こちらメニューとなります。ご注文が決まりましたら、お呼びつけください。では、ごゆっくりとおくつろぎください」
「ありがとう」
美核はメニューを渡し終えると、僕と一緒にカウンターに座って待機しておく。
……別にそこまで大きなお店じゃないし、騒いだり迷惑なことさえしなければ、その場待機でも大丈夫だろう。
……にしても、あの女性、妙に見覚えがあるんだよな……
若葉を思わせる気緑色のストレートヘアーに、白いバンダナをつけていて、人間の女性にしては高い身長を持っている。
瞳には強い意志を感じさせ、戦う者としての風格も決して弱くはない。
うむむ、あったことはないはずだけど、なんで見覚えが……
「……どうしたの空理、じっとあの人を見て?」
「え?あ、うーん、なんかあの人、見覚えがあるきがするんだよね……あったことないのに……」
「そしたら、なにかに似てるとか?」
「そうかもね……うーん、でも、なんだろう……」
人としてあっていない……なら、物、だよな……
でも、人型の物なんてそんなにない……というかマネキンぐらいしか思い浮かばないから、やっぱり本で読んだなにか……
と、そこまで考えたところで思い出した。
そうだ。彼女は自由都市の……
「もしかしてあなた、アネットさん……ですか?」
彼女が誰だかわかった途端、僕はテーブルに座っていたアネットさん達に話しかけていた。
僕に声をかけられた彼女達は、一瞬、えっ?というような顔をしたが、すぐにえ、ええ……とアネットさんが答えてくれた。
「ああ、やっぱり。はじめまして、僕は星村といいます」
「あ、ああ、よろしくな。私は……」
「フェデリカさん、ですよね?ケンタウルスのかたがドロテアさん、リザードマンのかたがレナータさん、そして、貴方がアネット傭兵団の隊長、アネットさん……ですよね?」
「ええ、そうだけど……よく知ってるわね?」
「ええまぁ、お噂はいろいろと……」
「ねぇ空理、この人達、知り合いなの?」
困惑したように訊いてくるアネットさんに微笑しながら答えると、美核がこちらにきて話に加わった。
「いや、違うよ。僕が一方的に彼女達を知っているだけ。この人達はアネット傭兵団っていう、この街よりずっと遠くの街で有名な……まぁ、冒険者みたいな感じの人達だよ。まぁ、冒険者の証明書もあるし、あながち間違ってないですよね?」
「……いったいその情報はどこからくるんだ……」
「まぁ、知り合いにそういう情報通がいましてね。遠い国の情報なんかも知ることが出来るんです。……ところで、アネットさん達はどうしてこの街に?」
ドロテアさんが訝しげな顔をしながらこちらを見てくるが、素知らぬ顔で僕はスルーして話題を振る。
が、空理、それより前に仕事!と美核に叱責されて自分の仕事を思い出した。
「そうだったそうだった……お客さま、御注文はお決まりでしょうか?」
「ええ、一応。じゃあ、私はココアと……カステラで」
「私もそれだな。同じものをもう一つ」
「……私はコーヒーとカステラで」
「私は……そうだな、アッサムティーとカステラだな」
「あ、そしたら、このアップルパイも食べてみよっかな」
「……承知しました。それでは、ごゆっくり」
「あ、空理、私が行くわ」
「え?いいのかい?」
「うん。空理、この人達と話したいんでしょ?なら、手が空いてる私がいった方がいいわ」
「うん、ありがとう」
「……それでは、ごゆっくりとおくつろぎください」
僕が注文をとってメモに取り、マスターの元へ向かおうとすると、美核がそのメモを奪い、僕の代わりにマスターに届けに行ってくれた。
……ゆっくりとくつろげるかどうかは、疑問だな……というドロテアさんに苦笑しつつも、僕は一応警戒を解こうと頑張ってみる。
「うーん、そうですね……僕は貴方達のことを知っているからと言って、どうする気もありませんので、安心してください」
「なにをどう安心しろというのだ。どうする気もないのなら、なぜ遠い国の、ここではあまり知られていない私達のことを知っているのだ」
「まぁ、それは趣味ですからね。世界を知る、それが僕の趣味ですから。……それに、貴方達に出会ったところで、僕にはなにもできませんし」
「なんと言った?」
「いえ、僕が貴方達を騙したところで、返り討ちにあうのがオチだと思いましてね」
「……ふむ、そうか」
「ドロテア、あまり警戒する必要はないと思うわよ?彼のいうことを信じないとしても、彼の表情に悪意なんて少しもないから……少なくとも、私は信じるわ」
「……隊長が仰るのでしたら、私も信じます……」
「……助かります、アネットさん……ありがとうございます」
アネットさんが僕を信じてくれると言ってくれたので、ドロテアさんも渋々といったような感じだったけど、信じてくれることになった。
うーん、今回は仕方ないし、警戒心が強いのはいいことだけど、ドロテアさんはすこし責任感……っていうのかな、これは……が強すぎる気がするなぁ……
などと思いながらも、僕はアネットさんにお礼をいった。
「いいえ、どういたしまして。で、なんだっけ?ああ、ここに来た理由、だったわね」
「ええ、そうですね」
「まぁ、ここに来たのは偶然ね。故郷に帰ってる途中で、面白そうだから立ち寄ってみたの。この店には……暖かいものでも飲もうと思ってね」
「あー、まぁ、私らは寒いの苦手だからな」
「なるほど。となると、皆さんすぐにアネットさんの故郷に向かうんですね」
「まぁね。なんか悪い噂も聞くし、両親の墓参りもしないといけないから」
「残念ですね、いろいろと聞きたいことがあったんですが……まぁ、仕方がありませんか。僕もその噂は耳にしてますし、情報源が言うには、本当のことらしいですから」
「……にしても、あんた、本当にいろいろと知ってるな。驚きだよ」
「まぁ、情報源が情報源ですからね……」
「……というと?」
「うーん、なんていうか、知ろうと思えば距離、時代に関わらずどんなことでも調べることが出来るやつが知り合いにいるので、趣味と合わさってよく話をきくんですよ」
「……なんというか、恐ろしいわね、その人……」
「お待たせしました、カステラ四つとアップルパイ、ココア二つにアッサムティー、コーヒーです」
「ありがとう」
「お、来たか。なら、早速いただこうぜ」
「そうだな」
「……いただきます」
話しているうちにアネットさん達の注文したものが出来上がったらしく、美核がそれぞれをトレーに乗せて運んできて、テーブルに並べた。
なので、四人は話を中断し、それぞれの頼んだものの飲食し始めた。
「へぇ、このカステラ、とても甘くて美味しいわね」
「あー、あったまる……外、寒かったからなぁ……」
「たしかに、冬というのもあるし、今日は特に寒かったし、な」
「あー、それたぶん、昨日雪降ったからですよ。地面に少し積もってましたよね?」
「ああ、たしかに。……にしても、この紅茶は美味いな。いい茶葉を使っていると察するが?」
「あ、わかります?一応この街の領主御用達の紅茶の葉なんですよ〜」
「ふむ……どこ産なのか、教えてくれないか?」
「いやぁ、そこは企業秘密でお願いします」
「そうか、残念だな……」
ほほぅ、ドロテアさんは紅茶についてちょっと詳しいのかぁ……
などと少し思いながら、僕は全員の表情を観察する。
みんな……一人ほど少しわかりにくい人もいるが……美味しそうに食べてくれているので、僕の口元も自然に綻んだ。
……そうだ。まだ他にお客さんもいないし、ちょっと面白いことでも……
「そうだみなさん、僕、少し占いを嗜んでるんですけど、やってみませんか?」
「占い?……へぇ、おもしろそうね?一つお願いしようかしら」
僕がいいながらポケットから割といつも常備しているタロットカードを出すと、興味を持ったようでアネットさんが乗ってくれた。
「それでは、何を占いましょうか?」
「その前に、どんなことが占えるんだ?」
「僕が扱ってるのはタロットですから、性格や過去、現在、未来を占ったり……あとは、恋占いなんかもありますね」
「ほぉ、いろいろあるんだな?」
「そしたら、私の性格でも占ってもらおうかしら?」
「わかりました」
とりあえず、簡単な占いでいいだろう、的中率も高いし。
そう思い、僕は二つあったうちの片方のケースをしまってから、もう片方のカードをケースから出し、アネットさん達の席の隣のテーブルに広げてシャッフルし始めた。
そして、ある程度混ざるとまた山にまとめて、アネットさんの前に差し出した。
「さて、今回はあなたのいいところと悪いところ、一つづつ占っていきますか。では、二つ、1から22までの好きな番号を言ってください」
「ええと……じゃあ、4と10」
上から順に、4番目と10番目のカードを抜いて、アネットさんの前に置いた。
「そしたら、まずはアネットさんのいいところからですね。どちらか好きな方を選んでめくってください」
「そうね……右!」
右をそう言って、アネットさんがめくったカードの柄は……
「番号0……愚者ですか……少しばかり難しいですね……」
「愚者、っていうと、嫌なイメージが強いんだが、結果はどうなんだ?」
「そうですね……愚者の正の象徴は自由、無邪気、可能性、天才……ですから、アネットさんは自由で、大きな可能性を秘めた女性、と言ったところでしょうか?アネットさんの自由さに救われた人、多いんじゃないですか?」
「どうかしら?私自身じゃよくわからないわね……」
「ああ、たしかに、たくさんの人を救ったな、隊長は……」
「そうだな」
「では、当たっていたということで。じゃあ、悪いところを」
そう言って、僕は残った左のカードをめくる。
「戦車、ですか。これはまた冒険者らしい……」
「空理、どう意味なの?」
「戦車の逆の象徴は暴走、失敗、不注意、好戦的……なにごとも力で解決しようとする傾向がある、と言った感じですね。まぁ、冒険者にはよくありそうなところですが、どうですか?」
「「「「………………」」」」
僕が訊くと、四人とも少し沈黙してしまった。
あー、これはなんというか……と、困ったので、僕はフォローに回っておく。
「まぁ、僕のオリジナルなんで、的中率は50%がいいところですよ。……まぁ、自分を占った場合はかならず成功しますが……」
「どういうこと?」
「僕の性格を占うと、必ず一枚のカードを引いちゃうんです」
「それは凄いわね……」
「ちなみに、どんなカードを引いたんだ?」
「ええと、月、ですね。象徴は不安定、現実逃避、妄想、過去の蒸し返し、そして徐々に好転……」
「なんというか、最後以外はいい象徴じゃあないな……」
「そうですねぇ……さて、そんな話はともかく、次は皆さんの……というか、アネット傭兵団全体の未来でも占ってみますか」
「お、そりゃあいいな!」
「ぜひお願いしたいわね」
「そしたら、またカードを戻して、と……」
カードを戻してから、また僕はシャッフルを始める。
僕がシャッフルしている間、アネットさん達は飲み物のおかわりを注文し、美核は空いた皿やカップを回収し、奥へ向かう。
「星村さん、何やってるんですか?」
「ん?ああ、占いだよ。あとで方丈君にもやってあげようか?」
「いえ、遠慮しておきます……」
美核とは入れ替わりに、今日の分が終わったのか、方丈君が接客スペースに来て、僕がなにやってるのかを聞いてきた。
答えて、やる?と方丈君に訊くと、彼は苦笑いをして断った。
そっか、と少し残念そうにしてから、僕はシャッフルの終わったカードをまたアネットさん達の前に出して、扇状に開いた。
「では、今度は一人一枚、好きなカードを引いて、また好きな順番に並べてください」
「わかった……これだ」
「そうね……私はこれで」
「私は……これだな」
「できれば、明るい未来であって欲しいものだっと……」
それぞれが引いたあと、四人はカードを、アネットさん、ドロテアさん、レナータさん、フェデリカさんの順に並べていく。
「いいですか?そしたら、いきますよ……」
確認して、僕は四枚のカードをめくった。
一枚目……塔の正位置
二枚目……審判の正位置
三枚目……刑死者の正位置
四枚目……星の正位置
「正位置のオンパレードですか……普通なら逆位置も混ざったりするんですが……なんというか、運命を感じますね……」
「で、いったいどんな感じなのかしら?」
「ちょっと待ってください。ええと……」
塔の象徴は破壊、破滅。
審判の象徴は復活、改善。
刑死者の象徴は自己犠牲、忍耐。
そして星の象徴は希望、憧れ……
……………………
「ううむ……少し難しいですね……ねぇ、方丈君だったら、この組み合わせにどんなイメージを抱く?」
「え?僕ですか?僕、あまりそういう知識とか、ないんですが……」
「いいからいいから。見た目だけの判断でいいから、教えて?」
なんとも難しいカードの組み合わせに、僕は判断に困ったため、方丈君にイメージを訊き、より正しい結果を導き出そうとする。
方丈君は、困りながらも、ポツリポツリと答えていった。
「そう、ですね……一枚目のは……何かが壊れてる感じですね……二枚目は、人々を祝福してるような……三枚目が、犠牲?みたいで、四枚目は明るい未来、という感じ……ですね」
「……ふむふむ、なるほど……」
「……なにか、結果出たのか?」
「ちょっと待っててください。今整理しますから」
方丈君のイメージと四つのカードの象徴を考えて、考えてみると……
「うーん、このさきいつかはわかりませんが、皆さんは、どこか窮地に陥った何かを救いますね……ただ、その代わりに何かを代償として失ってしまう……と言った感じでしょうか?」
「うーん、いいのか悪いのか、わからないわね……」
「お待たせしました〜。っと、占いはどうなったの?」
「いやぁ、なんというか、微妙な結果になったね……」
「よくもあり、悪くもあり、なんとも言えない結果だな……」
美核が飲み物を持ってきて、占いの結果を聞いてきたので、全員は苦い顔をする。
「本当に、微妙だな……」
「……まぁ、あれです。当たるも八卦当たらぬも八卦。占いなんてそんなもんですから、ただそういうことがあるかもしれない程度に覚えておけばいいんですよ」
「にしては、重い内容だがな」
「あははは……」
ドロテアさんのツッコミに、僕は苦笑しながら頭をかく。
たしかに、重い内容だ。
彼女達が、僕の知っているアネット傭兵団であるのなら、なおさら……
心配でもある。
「……まぁ、心に留めておくだけ、留めておきましょう。……さて、フェデリカ、ドロテア、レナータ、そろそろ他の場所をまわりましょう。お会計、いいかしら?」
「あ、はい」
話が終わると、アネットさんは立ち上がって会計を頼んできたので、僕がレジに立ち、合計金額を計算し、伝えた。
「じゃあ、これ……で、いいのかしら?」
「ええ、大丈夫です。……ここの通貨、独特で、外から来た人だと大変ですよね……」
「そんなことないわよ。いろいろな場所まわってるから、もう慣れたわ」
「そうですか……では、ありがとうございました。またお越しくださいませ。……絶対に、また来てくださいよ?」
「そうね……この街が面白いし、明るいから、また来れるなら、来たいわね。ええ、これるのなら、またくるわよ。今度は、ゆっくり話せるといいわね」
「……そう、ですね」
会計が終わり、挨拶をした僕は、ポツリ、と個人的な願いをもらしてしまう。
それを聞いたアネットさんは、優しく、楽しそうに微笑みながら、また来ると、そう答えてくれた。
「アネット!早く他の店行こうぜ〜!」
「はいはい。……美味しかったわ。ご馳走様」
「「「ありがとうございました!またお越しくださいませ!」」」
四人が店を出ていくのを、僕達三人が見送った。
「……空理?どうしたの?」
「え?なにが?」
「あ、なんか目に涙みたいな跡がありますよ?」
「え?本当に?」
美核と方丈君に指摘されて目をこすってみると、たしかに、若干ではあるが、目元が濡れていた。
「あー、もしかしたらゴミかなんか目に入ったのかも……ごめん、ちょっと部屋戻って目薬さしてくるよ」
「わかりました」
「まぁ、今はお客さんいないし、そんなに焦らないで行ってきてよ?」
「はいはい。了解したよ」
二人に言って、僕は自室に向かう。
ああ……泣いてたのか……
やっぱり、あの四人はあのアネット傭兵団なんだろうな……
だから、泣いてたんだろうな……
…………また、会いたかったな…………
そう思いながら、僕は自室に入り、きちんと目薬をさしておく。
それから、近くにある本棚に入った、二冊の本の背表紙を、そっと撫でる。
これは、ライカから教えてもらった、二つの、少し悲しい自由と戦争の話。
「……………………」
背表紙から指を離して、僕はジッと本のタイトルを見つめる。
背表紙には、本のタイトルが書かれている。
「ミゼラブルフェイト」
「英雄の羽」
……二つの本をしばらく眺めてから、僕は店に戻るのであった。
外の世界では年末大忙し!といった感じの時期なのだが、ここではそこまで忙しいということはない。
それでも、年末大安売り、というものをやっている店があるため、いつもに比べると、僕たちのいる喫茶店“アーネンエルベ”にやってくるお客さんは減っていた。
「……だからといって、お昼になってもお客さんが来ないなんて……ないよね……?」
「……ルーフェたちのお店も値下げしてるから、ありえるのが怖いわね……」
というか、私も買い物に行きたいわ……と呟きながら、僕の隣に座っている美核はため息をついた。
今現在午前10時45分。店の接客スペースには僕と美核しか居らず、マスターは愚か、お客さんすらいない。
このまま言った通りになったとしたら……
恐ろしいので、考えるのをやめる。
ちなみにマスターと方丈君は、奥でいろいろと教えたり教わったりしている。
僕たちが教えてもよかったんだけど、マスターが自分がやると言って聞かなかったから、任せることにした。
まぁ、僕も美核も感覚で仕事をしてるし、教え方っていうのもあまり上手くないから、マスターに教わるのが一番いいんだよね。
「にしても、自画自賛するみたいであれだけど、美味しいわね、コレ」
「まぁそりゃあ、向こうの世界でも普通に売れてたモノだからね」
そういいながら、美核が指でつまんで口に入れたそれは、端の部分が焦げ茶色で中は淡い黄色のスポンジ状のお菓子だ。
方丈君が、本格的にうちの仕事を始めた日……つまりは昨日、お客さんのいない暇な時間に、マスターから仕事を教わりながらポツリとつぶやいた、「そういえばこのお店って、カステラとかって売ってるんですか?」という予想だにしなかった一言から、喫茶店メンバーと、方丈君を回sy……迎えに来た嫁達を巻き込んで再現され、メニューに新しく加わった、僕や方丈君達の世界のお菓子がこれ……カステラだ。
お客さんが本当に来ないので、暇つぶしにと美核が作ったものを二人で食べているのだ。
ちなみに僕は端っこの方から食べる派である。
にしても、この世界は不安定だよなぁ……
割と最近とはいえ、電話や拳銃など、現代のモノが普及してきているのに、今回のカステラや、焼きそばパン、十徳ナイフなんかは全く知られていない。
……いや、十徳ナイフはともかくとして、少なくともカステラや焼きそばパンなんかは、知られていてもおかしくないはずだ。
やっぱり、どこか不安定だよなぁ……
なんて考えていると、チャイムが鳴ってお客さんがきたことを伝えた。
「いらっしゃいませ」
やっと仕事がきた!と内心嬉しく思いながら、僕は残っていたカステラを頬張って飲み込み、接客を始めた。
美核も仕事がきたので、水持ってくるために奥に行く。
お客さんは四人。全員女性だ。
一人は人間で、他の三人は全員魔物。
ミノタウロスに、ケンタウルス、それにリザードマンか……
戦闘に向いている編成の魔物だね……傭兵とか、そこらへんの仕事をしてるのかな?
「四名様ですね、カウンター席とテーブル席とがございますが、どちらにいたしましょう?」
「うーん、そうね……テーブルでお願いするわ」
「承知しました。では、お好きなテーブルでお待ちください」
テーブル席の方へ案内すると、代表であるらしい人間の女性が、ありがとう、とお礼を言ってくれた。
……さて、あとは美核がメニューと水を持ってくるのを待つだけか……
やっぱり人がいすぎると大変だけど、全くいなかったり少なすぎたりすると暇になるな……
なんて考えてると、美核がちゃんと水とメニューを持ってお客さんたちのとこへ行った。
「こちらメニューとなります。ご注文が決まりましたら、お呼びつけください。では、ごゆっくりとおくつろぎください」
「ありがとう」
美核はメニューを渡し終えると、僕と一緒にカウンターに座って待機しておく。
……別にそこまで大きなお店じゃないし、騒いだり迷惑なことさえしなければ、その場待機でも大丈夫だろう。
……にしても、あの女性、妙に見覚えがあるんだよな……
若葉を思わせる気緑色のストレートヘアーに、白いバンダナをつけていて、人間の女性にしては高い身長を持っている。
瞳には強い意志を感じさせ、戦う者としての風格も決して弱くはない。
うむむ、あったことはないはずだけど、なんで見覚えが……
「……どうしたの空理、じっとあの人を見て?」
「え?あ、うーん、なんかあの人、見覚えがあるきがするんだよね……あったことないのに……」
「そしたら、なにかに似てるとか?」
「そうかもね……うーん、でも、なんだろう……」
人としてあっていない……なら、物、だよな……
でも、人型の物なんてそんなにない……というかマネキンぐらいしか思い浮かばないから、やっぱり本で読んだなにか……
と、そこまで考えたところで思い出した。
そうだ。彼女は自由都市の……
「もしかしてあなた、アネットさん……ですか?」
彼女が誰だかわかった途端、僕はテーブルに座っていたアネットさん達に話しかけていた。
僕に声をかけられた彼女達は、一瞬、えっ?というような顔をしたが、すぐにえ、ええ……とアネットさんが答えてくれた。
「ああ、やっぱり。はじめまして、僕は星村といいます」
「あ、ああ、よろしくな。私は……」
「フェデリカさん、ですよね?ケンタウルスのかたがドロテアさん、リザードマンのかたがレナータさん、そして、貴方がアネット傭兵団の隊長、アネットさん……ですよね?」
「ええ、そうだけど……よく知ってるわね?」
「ええまぁ、お噂はいろいろと……」
「ねぇ空理、この人達、知り合いなの?」
困惑したように訊いてくるアネットさんに微笑しながら答えると、美核がこちらにきて話に加わった。
「いや、違うよ。僕が一方的に彼女達を知っているだけ。この人達はアネット傭兵団っていう、この街よりずっと遠くの街で有名な……まぁ、冒険者みたいな感じの人達だよ。まぁ、冒険者の証明書もあるし、あながち間違ってないですよね?」
「……いったいその情報はどこからくるんだ……」
「まぁ、知り合いにそういう情報通がいましてね。遠い国の情報なんかも知ることが出来るんです。……ところで、アネットさん達はどうしてこの街に?」
ドロテアさんが訝しげな顔をしながらこちらを見てくるが、素知らぬ顔で僕はスルーして話題を振る。
が、空理、それより前に仕事!と美核に叱責されて自分の仕事を思い出した。
「そうだったそうだった……お客さま、御注文はお決まりでしょうか?」
「ええ、一応。じゃあ、私はココアと……カステラで」
「私もそれだな。同じものをもう一つ」
「……私はコーヒーとカステラで」
「私は……そうだな、アッサムティーとカステラだな」
「あ、そしたら、このアップルパイも食べてみよっかな」
「……承知しました。それでは、ごゆっくり」
「あ、空理、私が行くわ」
「え?いいのかい?」
「うん。空理、この人達と話したいんでしょ?なら、手が空いてる私がいった方がいいわ」
「うん、ありがとう」
「……それでは、ごゆっくりとおくつろぎください」
僕が注文をとってメモに取り、マスターの元へ向かおうとすると、美核がそのメモを奪い、僕の代わりにマスターに届けに行ってくれた。
……ゆっくりとくつろげるかどうかは、疑問だな……というドロテアさんに苦笑しつつも、僕は一応警戒を解こうと頑張ってみる。
「うーん、そうですね……僕は貴方達のことを知っているからと言って、どうする気もありませんので、安心してください」
「なにをどう安心しろというのだ。どうする気もないのなら、なぜ遠い国の、ここではあまり知られていない私達のことを知っているのだ」
「まぁ、それは趣味ですからね。世界を知る、それが僕の趣味ですから。……それに、貴方達に出会ったところで、僕にはなにもできませんし」
「なんと言った?」
「いえ、僕が貴方達を騙したところで、返り討ちにあうのがオチだと思いましてね」
「……ふむ、そうか」
「ドロテア、あまり警戒する必要はないと思うわよ?彼のいうことを信じないとしても、彼の表情に悪意なんて少しもないから……少なくとも、私は信じるわ」
「……隊長が仰るのでしたら、私も信じます……」
「……助かります、アネットさん……ありがとうございます」
アネットさんが僕を信じてくれると言ってくれたので、ドロテアさんも渋々といったような感じだったけど、信じてくれることになった。
うーん、今回は仕方ないし、警戒心が強いのはいいことだけど、ドロテアさんはすこし責任感……っていうのかな、これは……が強すぎる気がするなぁ……
などと思いながらも、僕はアネットさんにお礼をいった。
「いいえ、どういたしまして。で、なんだっけ?ああ、ここに来た理由、だったわね」
「ええ、そうですね」
「まぁ、ここに来たのは偶然ね。故郷に帰ってる途中で、面白そうだから立ち寄ってみたの。この店には……暖かいものでも飲もうと思ってね」
「あー、まぁ、私らは寒いの苦手だからな」
「なるほど。となると、皆さんすぐにアネットさんの故郷に向かうんですね」
「まぁね。なんか悪い噂も聞くし、両親の墓参りもしないといけないから」
「残念ですね、いろいろと聞きたいことがあったんですが……まぁ、仕方がありませんか。僕もその噂は耳にしてますし、情報源が言うには、本当のことらしいですから」
「……にしても、あんた、本当にいろいろと知ってるな。驚きだよ」
「まぁ、情報源が情報源ですからね……」
「……というと?」
「うーん、なんていうか、知ろうと思えば距離、時代に関わらずどんなことでも調べることが出来るやつが知り合いにいるので、趣味と合わさってよく話をきくんですよ」
「……なんというか、恐ろしいわね、その人……」
「お待たせしました、カステラ四つとアップルパイ、ココア二つにアッサムティー、コーヒーです」
「ありがとう」
「お、来たか。なら、早速いただこうぜ」
「そうだな」
「……いただきます」
話しているうちにアネットさん達の注文したものが出来上がったらしく、美核がそれぞれをトレーに乗せて運んできて、テーブルに並べた。
なので、四人は話を中断し、それぞれの頼んだものの飲食し始めた。
「へぇ、このカステラ、とても甘くて美味しいわね」
「あー、あったまる……外、寒かったからなぁ……」
「たしかに、冬というのもあるし、今日は特に寒かったし、な」
「あー、それたぶん、昨日雪降ったからですよ。地面に少し積もってましたよね?」
「ああ、たしかに。……にしても、この紅茶は美味いな。いい茶葉を使っていると察するが?」
「あ、わかります?一応この街の領主御用達の紅茶の葉なんですよ〜」
「ふむ……どこ産なのか、教えてくれないか?」
「いやぁ、そこは企業秘密でお願いします」
「そうか、残念だな……」
ほほぅ、ドロテアさんは紅茶についてちょっと詳しいのかぁ……
などと少し思いながら、僕は全員の表情を観察する。
みんな……一人ほど少しわかりにくい人もいるが……美味しそうに食べてくれているので、僕の口元も自然に綻んだ。
……そうだ。まだ他にお客さんもいないし、ちょっと面白いことでも……
「そうだみなさん、僕、少し占いを嗜んでるんですけど、やってみませんか?」
「占い?……へぇ、おもしろそうね?一つお願いしようかしら」
僕がいいながらポケットから割といつも常備しているタロットカードを出すと、興味を持ったようでアネットさんが乗ってくれた。
「それでは、何を占いましょうか?」
「その前に、どんなことが占えるんだ?」
「僕が扱ってるのはタロットですから、性格や過去、現在、未来を占ったり……あとは、恋占いなんかもありますね」
「ほぉ、いろいろあるんだな?」
「そしたら、私の性格でも占ってもらおうかしら?」
「わかりました」
とりあえず、簡単な占いでいいだろう、的中率も高いし。
そう思い、僕は二つあったうちの片方のケースをしまってから、もう片方のカードをケースから出し、アネットさん達の席の隣のテーブルに広げてシャッフルし始めた。
そして、ある程度混ざるとまた山にまとめて、アネットさんの前に差し出した。
「さて、今回はあなたのいいところと悪いところ、一つづつ占っていきますか。では、二つ、1から22までの好きな番号を言ってください」
「ええと……じゃあ、4と10」
上から順に、4番目と10番目のカードを抜いて、アネットさんの前に置いた。
「そしたら、まずはアネットさんのいいところからですね。どちらか好きな方を選んでめくってください」
「そうね……右!」
右をそう言って、アネットさんがめくったカードの柄は……
「番号0……愚者ですか……少しばかり難しいですね……」
「愚者、っていうと、嫌なイメージが強いんだが、結果はどうなんだ?」
「そうですね……愚者の正の象徴は自由、無邪気、可能性、天才……ですから、アネットさんは自由で、大きな可能性を秘めた女性、と言ったところでしょうか?アネットさんの自由さに救われた人、多いんじゃないですか?」
「どうかしら?私自身じゃよくわからないわね……」
「ああ、たしかに、たくさんの人を救ったな、隊長は……」
「そうだな」
「では、当たっていたということで。じゃあ、悪いところを」
そう言って、僕は残った左のカードをめくる。
「戦車、ですか。これはまた冒険者らしい……」
「空理、どう意味なの?」
「戦車の逆の象徴は暴走、失敗、不注意、好戦的……なにごとも力で解決しようとする傾向がある、と言った感じですね。まぁ、冒険者にはよくありそうなところですが、どうですか?」
「「「「………………」」」」
僕が訊くと、四人とも少し沈黙してしまった。
あー、これはなんというか……と、困ったので、僕はフォローに回っておく。
「まぁ、僕のオリジナルなんで、的中率は50%がいいところですよ。……まぁ、自分を占った場合はかならず成功しますが……」
「どういうこと?」
「僕の性格を占うと、必ず一枚のカードを引いちゃうんです」
「それは凄いわね……」
「ちなみに、どんなカードを引いたんだ?」
「ええと、月、ですね。象徴は不安定、現実逃避、妄想、過去の蒸し返し、そして徐々に好転……」
「なんというか、最後以外はいい象徴じゃあないな……」
「そうですねぇ……さて、そんな話はともかく、次は皆さんの……というか、アネット傭兵団全体の未来でも占ってみますか」
「お、そりゃあいいな!」
「ぜひお願いしたいわね」
「そしたら、またカードを戻して、と……」
カードを戻してから、また僕はシャッフルを始める。
僕がシャッフルしている間、アネットさん達は飲み物のおかわりを注文し、美核は空いた皿やカップを回収し、奥へ向かう。
「星村さん、何やってるんですか?」
「ん?ああ、占いだよ。あとで方丈君にもやってあげようか?」
「いえ、遠慮しておきます……」
美核とは入れ替わりに、今日の分が終わったのか、方丈君が接客スペースに来て、僕がなにやってるのかを聞いてきた。
答えて、やる?と方丈君に訊くと、彼は苦笑いをして断った。
そっか、と少し残念そうにしてから、僕はシャッフルの終わったカードをまたアネットさん達の前に出して、扇状に開いた。
「では、今度は一人一枚、好きなカードを引いて、また好きな順番に並べてください」
「わかった……これだ」
「そうね……私はこれで」
「私は……これだな」
「できれば、明るい未来であって欲しいものだっと……」
それぞれが引いたあと、四人はカードを、アネットさん、ドロテアさん、レナータさん、フェデリカさんの順に並べていく。
「いいですか?そしたら、いきますよ……」
確認して、僕は四枚のカードをめくった。
一枚目……塔の正位置
二枚目……審判の正位置
三枚目……刑死者の正位置
四枚目……星の正位置
「正位置のオンパレードですか……普通なら逆位置も混ざったりするんですが……なんというか、運命を感じますね……」
「で、いったいどんな感じなのかしら?」
「ちょっと待ってください。ええと……」
塔の象徴は破壊、破滅。
審判の象徴は復活、改善。
刑死者の象徴は自己犠牲、忍耐。
そして星の象徴は希望、憧れ……
……………………
「ううむ……少し難しいですね……ねぇ、方丈君だったら、この組み合わせにどんなイメージを抱く?」
「え?僕ですか?僕、あまりそういう知識とか、ないんですが……」
「いいからいいから。見た目だけの判断でいいから、教えて?」
なんとも難しいカードの組み合わせに、僕は判断に困ったため、方丈君にイメージを訊き、より正しい結果を導き出そうとする。
方丈君は、困りながらも、ポツリポツリと答えていった。
「そう、ですね……一枚目のは……何かが壊れてる感じですね……二枚目は、人々を祝福してるような……三枚目が、犠牲?みたいで、四枚目は明るい未来、という感じ……ですね」
「……ふむふむ、なるほど……」
「……なにか、結果出たのか?」
「ちょっと待っててください。今整理しますから」
方丈君のイメージと四つのカードの象徴を考えて、考えてみると……
「うーん、このさきいつかはわかりませんが、皆さんは、どこか窮地に陥った何かを救いますね……ただ、その代わりに何かを代償として失ってしまう……と言った感じでしょうか?」
「うーん、いいのか悪いのか、わからないわね……」
「お待たせしました〜。っと、占いはどうなったの?」
「いやぁ、なんというか、微妙な結果になったね……」
「よくもあり、悪くもあり、なんとも言えない結果だな……」
美核が飲み物を持ってきて、占いの結果を聞いてきたので、全員は苦い顔をする。
「本当に、微妙だな……」
「……まぁ、あれです。当たるも八卦当たらぬも八卦。占いなんてそんなもんですから、ただそういうことがあるかもしれない程度に覚えておけばいいんですよ」
「にしては、重い内容だがな」
「あははは……」
ドロテアさんのツッコミに、僕は苦笑しながら頭をかく。
たしかに、重い内容だ。
彼女達が、僕の知っているアネット傭兵団であるのなら、なおさら……
心配でもある。
「……まぁ、心に留めておくだけ、留めておきましょう。……さて、フェデリカ、ドロテア、レナータ、そろそろ他の場所をまわりましょう。お会計、いいかしら?」
「あ、はい」
話が終わると、アネットさんは立ち上がって会計を頼んできたので、僕がレジに立ち、合計金額を計算し、伝えた。
「じゃあ、これ……で、いいのかしら?」
「ええ、大丈夫です。……ここの通貨、独特で、外から来た人だと大変ですよね……」
「そんなことないわよ。いろいろな場所まわってるから、もう慣れたわ」
「そうですか……では、ありがとうございました。またお越しくださいませ。……絶対に、また来てくださいよ?」
「そうね……この街が面白いし、明るいから、また来れるなら、来たいわね。ええ、これるのなら、またくるわよ。今度は、ゆっくり話せるといいわね」
「……そう、ですね」
会計が終わり、挨拶をした僕は、ポツリ、と個人的な願いをもらしてしまう。
それを聞いたアネットさんは、優しく、楽しそうに微笑みながら、また来ると、そう答えてくれた。
「アネット!早く他の店行こうぜ〜!」
「はいはい。……美味しかったわ。ご馳走様」
「「「ありがとうございました!またお越しくださいませ!」」」
四人が店を出ていくのを、僕達三人が見送った。
「……空理?どうしたの?」
「え?なにが?」
「あ、なんか目に涙みたいな跡がありますよ?」
「え?本当に?」
美核と方丈君に指摘されて目をこすってみると、たしかに、若干ではあるが、目元が濡れていた。
「あー、もしかしたらゴミかなんか目に入ったのかも……ごめん、ちょっと部屋戻って目薬さしてくるよ」
「わかりました」
「まぁ、今はお客さんいないし、そんなに焦らないで行ってきてよ?」
「はいはい。了解したよ」
二人に言って、僕は自室に向かう。
ああ……泣いてたのか……
やっぱり、あの四人はあのアネット傭兵団なんだろうな……
だから、泣いてたんだろうな……
…………また、会いたかったな…………
そう思いながら、僕は自室に入り、きちんと目薬をさしておく。
それから、近くにある本棚に入った、二冊の本の背表紙を、そっと撫でる。
これは、ライカから教えてもらった、二つの、少し悲しい自由と戦争の話。
「……………………」
背表紙から指を離して、僕はジッと本のタイトルを見つめる。
背表紙には、本のタイトルが書かれている。
「ミゼラブルフェイト」
「英雄の羽」
……二つの本をしばらく眺めてから、僕は店に戻るのであった。
11/06/22 20:18更新 / 星村 空理
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