エスプレッソ
12月24日。
クリスマスイブ。
恋人達は甘い時間を過ごし、家族は暖かな時間を過ごす、そんな日。
喫茶店“アーネンエルベ”は、店を休みにしていた。
……いや、正確には違う。
いつもなら、OpenかClosedの看板がかかっているのだが、今日、店の扉にかけられている看板は、そのどちらでもない。
本日貸し切り。
そう、看板には書かれていた。
××××××××××××××××××××××××××××××
……夢を見た。
昔の、幸せな夢だった。
幸せな夢だったけど……
もう手に入らない幸せは、毒と一緒だ。
「……ん……あ……?」
変な声を出しながら、僕は目を冷ました。
まだ起きたてでぼやけた視界には、見覚えのある茶色いカウンターが度アップで映っていた。
顔の右側に硬い感触がする。
ジンジンと痛みを感じてきたので、顔をあげてみると……
「あ、空理、おはよう」
「……ん、ぉはょう……」
クリスマス用に飾り付けられた店内で、美核が僕の、二つ隣の席に座っていた。
ああ、そうだ。昨日はパーティー用に飾り付けをしてたんだった……
徹夜でやって、それでそのまま……“薬”も飲まずに……
そっか。だからあんな夢をみちゃったのか。
というか……
「もしかして、もう朝なの……?」
「うん。まだ七時くらいだけどね。……たぶん、飾り付け終わったら疲れちゃって、そのまま寝ちゃったんじゃないの?」
「そっか…………ん?」
とりあえず、起きないとな、と思って立ち上がると、パサッ、と背中から何かがずり落ちた音がしたので、足元をみてみると、そこには、僕にかけられたと思われる毛布が落ちていた。
「あ、毛布……もしかして、美核が?……ありがとね」
「うん、まぁ、グッスリ眠ってたから、風邪引いちゃったら大変だなって、ね」
あははは……と少し恥ずかしそうに笑ったあと、誤魔化すためか、すこし強引に美核は話題を変えてきた。
「そ、そういえばさ!領主様に頼んだ招待状の件、大丈夫かな?」
「ん〜、たぶん大丈夫でしょ?あいつ、最速の郵便屋に任せたそうだし、もう街中の知り合いには届いているでしょ。問題は……あの子達がくるかどうかだね」
「あの子達って言うと、あの、ハロウィンの時の?」
「うん、あの二人。場所聞いたらかなりの遠いとこらしいし、手紙届いたとしても、来れるかどうか……」
「来てくれると嬉しいんだけどね……」
「ああ、その点なら心配ないよ」
「っ!?っ!??」
招待状を送った、唯一街にはいない知り合いのことを心配していると、とても自然な感じでライカが会話に参加してきたので、美核は声にならないくらいに驚いていた。
突然現れたように見えたがしかし、僕は驚かなかった。
どうせ、音を立てないように扉を開けて侵入したか、もっと別の何かを使ったんだろう。
例えば、お得意の魔法とか、ね……
まぁ、それはともかく。
「……彼女達がくるかどうかの心配がないって、どうしてなんだよ?」
「あれ、驚かないのか……残念だ……」
「お前が休日だとどこにでも現れるのは、もうこの街の常識だ」
「いや、それでもいきなり出てくるのはビックリするでしょ……」
「いや、美核、君はこいつの奥さんを見てないからそんなことが言えるんだ」
「星村、話題にしないでくれ……あいつが出てきそうだから……」
「ん?呼んだ、あなた?」
「「っ!?っ!??っ!!?」」
ライカが話題にするなと言った瞬間、神奈さんが現れ、ピョコンとライカの背中に抱きついてきたので美核とライカが、もう恐怖と同じくらいに驚いていた。
……下手したら悲鳴をあげそうだな……
ちなみに僕は突然現れる神奈さんをよく見ていて慣れているため、特に大げさな反応はしない。
まぁ、この人はあれだ。
常時ギャグ補正。
そんな言葉が似合う人だ。
「神奈さん、おはようございます。で、話を続けていいですか?」
「あ、うん。いいよ〜。ごめんねぇ、邪魔しちゃって」
「いえ、大丈夫です……で、ライカ。結局彼女達が来るか来ないかの心配がないって、どうゆうことなんだ?」
「あ、ああ。そうだったね。なに、簡単なことさ。僕達が直接会いにいくだけだよ」
「……ああ、なるほどね」
ライカの言葉に、僕は納得する。
確かに、ライカ……というか、神奈さんのアレなら、確実に時間に間に合うように彼女達を迎えにいける。
……僕の魔法の完全上位互換だしな……
「と、いうこと、このあと僕達は彼女達に確認しにいくんだけど、なにか他に迎えに行って欲しい人とかはいるかい?」
「うーん、とりあえずはないかな?基本的に知り合いは街に集中してるしね」
「ん、そっか。じゃあ、僕達はもう行くね。……今日の仕事もあるから……」
「はいはい。ちゃんとパーティーには来いよ?神奈さんに搾り取られて来れませんでしたはないからな?」
「ちょっ!?空理!!何言ってんの!?」
僕が言うと、美核が顔を真っ赤にしながら注意してくる。
あ〜、そっか。美核は知らないのか。
ん〜、たしかにこれは美核には少し刺激の強い言葉だったかもなぁ……
反省反省。
などと思っていると、神奈さんはニコニコしながらひらひら手を振って、注意しなくてもいいと表現する。
「いいのよ〜美核ちゃん。よくあることだから〜」
「よくあるんですか!?」
「……うん。残念ながら、しょっちゅうなんだよ……まぁ、ともかく、大丈夫だよ。神奈にはちゃんと今日は我慢するよう約束したから」
「ん、なら大丈夫か」
「じゃ、行きましょあなた」
「そうだね。じゃあ、星村、美核ちゃん、また後でね。マスターにもよろしく言っておいて」
「了解。頑張れよ〜」
「あ、え、が、頑張ってください!」
店を出る二人に、僕は普通に、美核は少し慌てたように見送った。
そして美核は、少し疲れたようなため息をつく。
いろいろとリアクションをして、疲れたのだろう。
「……いったい、なんなの、あの人達……」
「一応、この街の領主……なんだけどね……」
少しの間沈黙してから、僕と美核はあは、あははははは……と苦笑いをするのだった。
「……っと、そういえば、マスターはまだ寝てるの?」
「あ、うん。やっぱり、昨日は疲れたのかしら……いつもより起きるのが遅いわよね……」
「……まぁ、一週間も帰って来てないからね……去年はそんなことなかったんだけど……もう歳かね……」
「……余計なお世話だ……!」
「あ痛っ!?」
歳と言った瞬間、僕はいつのまにか後ろにいたマスターから拳骨をくらってしまった。
いや、というか……
「マスター、テンドンは二回までが一番面白いんですよ?」
「……なんの話だ?」
「いえ、やっぱなんでもないです」
僕の言葉にマスターは疑問符を浮かべたけど、特に気にせずにそのまま放置しておく。
美核も流石に三回目は慣れたのか、マスターおはようございます。と普通に挨拶をしていた。
「……ところで、もう準備は終わったのか?」
「あ、はい。あとはみんなが来る前に料理の下準備をしておくだけですね」
「飾り付けは空理が徹夜で頑張ってくれたからね!料理は私にまっかせなさい!」
「……わかった。そしたら、下ごしらえをやってしまうぞ。星村、お前も手伝いくらいなら出来るな?」
「あ、はい。火を使ったりしなければ」
「そしたら、アーネンエルベメンバー全員の共同戦ね!頑張るわよ〜!」
「……美核美核。昨日入った方丈君のこと、忘れてる」
「あ、そうだったわね、失敗失敗……」
「それよりも、早くやるぞ。今日は貸し切りにしたとはいえ、客は沢山くるんだ。総じて、料理も多くなる」
「は〜い!よし、頑張るぞ!」
「じゃ、出来得る限り頑張りますかいね……」
マスターの言葉に、僕も美核も張り切りながら応え、厨房で料理の下ごしらえを始めるのだった。
××××××××××××××××××××××××××××××
「邪魔するぜ〜」
「……お邪魔します……」
「おじゃましま〜す!」
午後五時、一番乗りに店に来たのは、意外にも学校以外に予定のない方丈君ではなく、鍛冶屋を営むレギンス一家だった。
「いらっしゃい、レギンスさん。お久しぶりですね!お店の方はどうですか?」
「よっす、美核ちゃんに星村君にマスター!今日はパーティーに呼んでくれてありがとな!店の方はいつもの調子だぜ?おかげさまで結構繁盛してるよ!」
「あれ?パパ、ママ、誰も来てないね?」
「……今日は、いつもより早めに仕事を切り上げてきたから、一番についたみたいね……」
明るく、大らかな旦那のヴァンさんに、表情の変化は少ないが、嬉しそうなサイクロプスのウィナさん、そして、性格的な特徴はヴァンさんに、外見の可愛さはウィナさんに似た彼らの娘が、レンカちゃんだ。
「……そういえば、第二子を妊娠したそうですね。おめでとうございます」
「おう、サンキューな!」
「……ありがとう」
そして、ウィナさんのお腹の中にはもう一人、新しい家族である二人目の子供がいる。
そのため、少しの間鍛冶業は休み、刃物の研磨だけを現在行っているらしい。
とりあえず、三人を適当な席に案内して、世間話をしていると、二組目の招待客が店に入って来た。
「こんばんは。今日はご招待、ありがとうございます」
「いらっしゃい、ルシア君、アーシェさん、フィスちゃん。っと、方丈君も一緒だったのかい。ゆっくりしていってね」
「うむ。折角のお誘いなのじゃ、たっぷりと楽しませてもらうぞ?」
「やっほ〜美核ちゃん!元気〜?」
「うん、元気だよ、フィスちゃん」
「すみません、学校終わったらすぐに来るつもりだったんですが、ファルロス先生に付き合って遅くなってしまいました」
「いやいや、いいよ。開始は6時くらいだしね……というか、ファルロス……先生?」
みんなを席に案内しながら、方丈君の言った単語に妙な引っ掛かりを覚える。
というかたしか……
「ファルロスって、ルシア君のファミリーネームじゃなかったっけ?」
「あ、はい。実は僕、ギルド以外にも、教師として働くことにしたんです。地図書きだと、遠出でしばらく街に戻って来れない時がありますし、ちょっと収入が不安定ですからね……二人を養うのには不安なんで、ちゃんと職をもつことにしたんです」
「へぇ、そうなんだ?やっぱり、担当科目は地理とか?」
「ええ、まぁ」
「ちなみにわしも教師をやっておるぞ!魔術学担当じゃ!」
「へぇ、そうなんですか……高位の魔物のバフォメットであるアーシェさんの授業……ちょっと興味がありますね……」
「さらに言うと私は何も仕事をしていないわっ!!」
「いや、フィスちゃん、そこは私も働いてる〜って流れじゃないの?」
ルシア君とアーシェさんに続いてフィスちゃんが胸を張って言うので、美核は苦笑いをしながらツッコミをいれた。
「だって事実だも〜ん!その代わりに家事なんかはしっかりとやってるわよ?」
「まぁ、仕事してないんじゃ、ねぇ……」
「フィスおねぇちゃんだ!あそぼあそぼ!」
「あ、レンカちゃん!こんばんは。うん、一緒に遊ぼっか!」
「よ〜うルシア。お前も呼ばれたのか」
「ああ、ヴァン、こんばんは」
「ん?二人は知り合いなの?」
フィスちゃんはレンカちゃんと遊び、アーシェさんは美核と、ルシア君はヴァンさんと話をし、、僕は紅茶を淹れながら、いろいろと話に混ざる。
そんな感じで過ごしていると、次々と招待客が集まって来た。
“ファミリエ”のチャタル夫妻に、“シルバーファーデン”のルーフェさん、“アルケミー”のラキとそこにバイトに入った江村さん、自警団の仕事を早めに切り上げて来てくれた木嶋さんに、ギルドの受付になったらしい村紗さんと、彼女と一緒に来たバカッp……マークとクロさん、“恐怖劇薬剤店”のリースさんにバイトの中月さん、ジルさん、そして時間ギリギリに、逆井さんが到着した。
ククリスさんとジェミニさんはどうやら孤児院の方でパーティーを開くらしく、ここには来なかった。
「……っと、星村さん、もう全員集まってるようですし、パーティー、始めませんか?」
人数を見て、全員集まったと判断した方丈君がそう訊いてくるが、僕は首を横に振る。
「残念ながら、まだ来てない人がいるんだ。……だから、もうちょっとだけ待っててくれないかな?」
「……あ、もしかして、鶴城さんですか?」
「……あいつらだったら、ほっといてもくるから別に始めてもいいんだよね……まぁ、あながち間違えじゃないかな?あいつらが迎えに行ってるんだから……」
と、そんな話をしていると、ちょうど良く店の扉が開く。
念のために時計を見てみると、現在5時50分。
しっかりと開始10分前に到着したようだ。
きちんと仕事を果たしてくれたことを労うためと、新しくお店に入ったお客さんに挨拶するため、僕は口を開いた。
「ライカ、神奈さん、お疲れ様。ちょうど十分前だよ」
「ま、仕事はきちんとこなさないとね」
「うんうん。私たちはやればできるんだから」
「ん、ありがとう。そして……いらっしゃいませ、ステラちゃん、ナンシーちゃん。ハロウィン以来だね」
「こんばんは星村さん!今日はパーティーに誘ってくれてありがとうございます!」
「と、一緒にラジオのスポンサーの件のお礼と挨拶に来ました〜!これ、花と妖精の国産のイチゴです!どうぞ!」
ライカと一緒に入って来たのは、15歳くらいの、キャスケットを被った小柄な少女……リャナンシーのナンシーちゃんと、レオタードを着た、何故か巨乳の、こちらも小柄な少女……ピクシーのステラちゃんだ。
彼女たち二人は、「ステラのラジオ キラキラ☆星」というラジオ番組のパーソナリティを務めていて、アーネンエルベはそのスポンサーをさせてもらってる。
そのため、せっかくのパーティーなのだから、と誘わせてもらったのだ。
最近になって……ハロウィンの時に彼女たちに会い、スポンサーになったのだが、好評のようで、ラジオが始まってから外から来るお客さんが増えてきた。
うーん、あまり気を使わなくてもいいのに……と思いながらも、僕は花とイチゴの入った大きめのバスケットを受け取り、マスターに渡す。
「ステラちゃん、ナンシーちゃん、ゆっくりしていってね!」
「あ、ありがとうございます!」
「お言葉に甘えさせてもらいま〜す♪」
「……さて、これで全員そろったな」
「そしたら、始めましょうか」
「あ、そしたら僕がはじめに挨拶するよ」
マスターが全員揃ったのを確認すると、方丈君がパーティーの開始を促すので、僕がはじめの役を買って出る。
パンッ!パンッ!と手を叩いて話していたみんなの注意を引いて、僕は言う。
「それでは、招待した人がみんな来たようなので、少し早いクリスマスパーティーを始めさせていただきます!お飲み物は皆さんお持ちでしょうか?」
「あ、私たちがまだだよ〜!」
「ステラちゃんとナンシーちゃんは何が飲みたいかな?」
「う〜ん、そしたら、エスプレッソでいいかな?」
「あ、私もそれで〜」
「……わかった、今淹れよう」
「あ、僕達もないね、飲み物」
「……もう淹れてある。いつものようにレギュラーでいいのだろう?」
「ん、ありがとう」
ステラちゃん達の珈琲を淹れながら、マスターはカウンターに、ライカ達が来た時によく飲む普通の珈琲を二つ置いた。
……にしても、珈琲か……なんなんだろうな……
リースさんもそうだし、アーシェさん達が初めて来た時もそうだったけど、なんでちっちゃい子は真っ先に珈琲を頼むのだろうか……最近の流行りなのかな?
しかも、エスプレッソはドリップのレギュラーより濃いからなぁ……大丈夫だろうか……?
「……待たせた、エスプレッソ、二人分だ」
「あ、ありがとうございます」
「いい香りだね〜」
「……さて!それでは全員に行き渡ったみたいなんで、乾杯の音頭を取りたいと思います!それでは、方丈君の歓迎会兼クリスマスパーティー、始まりです!乾杯!!」
『かんぱ〜い!!』
カランッ!とグラスを軽くぶつける音を聞きながら、僕と美核、マスターが作ってあった料理の一部を店のテーブルに並べていく。
方丈君も手伝おうとしてくれたが、今回は方丈君の歓迎会でもあるため、他の人と話しててもらうことにした。
ちなみに、今回はバイキング形式にして、みんなが少しずついろいろなものを食べられるようになっている。
……だから、料理の下ごしらえなんかは量が多くて大変だった……
まぁ、みんな美味しいそうに食べてるから、その苦労は報われてるんだけど。
「どうだい、ステラちゃん、ナンシーちゃん。楽しんでくれてる?」
「うん!お料理も飲み物も美味しいし、みんな面白いから、とっても楽しいよ!」
「そういえば、リースさんにチャタルさん達あと、レギンスさん達もも来てわよね!あ〜あ、二人の分もお花とか持って来ればよかったわ……」
「ん?ああ、そういえば、ラジオでお店の名前、出てたっけ……スポンサーだったんだよね」
「うん。というか、一つの街に四つもスポンサーがいるなんて、世界って狭いわね……」
「うーん、そういうわけじゃあないと思うよ?この街は、周りの街よりも比較的裕福なところだし、ちょっとした理由でいくらでも融通が効くようになってるからね……」
追加の料理をテーブルに置くついでに、僕はステラちゃん達と話し始める。
「いくらでも融通が効くって、どういうこと?」
「んとね、この街、ラインは、“異世界貿易街”っていう、特殊な街なんだ」
「異世界貿易街?なんなのそれ?」
「まぁ、聞いたまんま、異世界の物品で貿易をしてる街だね。君たちを迎えにいった女性の方……神奈さんの魔法がチート過ぎるやつでね。そんな無茶なことが出来るんだ。……で、その異世界貿易と融通が効くことの関連性は簡単。この街以外からは異世界の便利な物が手に入らないから、従うしかないってわけ」
「なんていうか……もうそれは脅しよね……」
「あははは……たしかに。まぁ、そんなことはどうでもいいよ。ねぇねぇ二人とも、こんな面白いものがあるんだけど、どうだい?」
うわー、と若干引きながら顔を引きつらせる二人に、これ以上この話題はキツイというのと、最初に話そうと思った話題であるという二つの理由から、僕はポケットから小さい缶を取り出した。
「なになに〜?“変声キャンディ”なにこれ〜?」
「まぁ、見てみなさい聞いてみなさい!」
物珍しそうにナンシーちゃんが缶を見てる前で、僕は中の飴を出して頬張り、少ししてから声を出す。
「さぁさぁ皆さんお待ちかね〜!土御門さんのぉ、ショウタイムだっにゃ〜!(cv.勝杏里:禁書の土御門元春)」
「「ブッ!?」」
声の主の真似をして、腰に手を当てて前かがみになりながら、挑発的にそう言うと、二人して同時に吹き出してしまった。
「な、なにそれ……!か、完全に声が変わってる……!」
「というか、ポーズが、ピッタリ当てはまってて、プ……あはは……!」
「ん〜、こぉれこそぉ!“変声キャンディ”のぉ!効力だぁ!(cv.若本規夫:ハヤテの天の声など)」
「「あはははははははははは!!」」
声と見た目のギャップがツボにはまったようで、二人はお腹を抱えて笑いだした。
流石にこれ以上やったらまともに話せなさそうだな……
そう思い、僕は一旦飴を噛み砕いて飲み込み、飴の効果をなくした。
「んぐ……と、こんな感じに、舐めてる間は自分の思ったとおりの声を出すことが出来るんです。どうです、やってみます?」
「あ……ははは……はぁ、はぁ、ふぅ……その顔でBASARAの信長の声とか……に、似合わな……クスクスクス……」
「ああ、面白い……!私も一個頂戴!」
「はいどうぞ。ちなみに効果は舐めてる間だけ。飴を溶かして飲めばいいよ。さて、どんなネタを見せてくれるのかな?」
楽しくなってきたので、ナンシーちゃんに飴を渡したあと、僕も席に座って頬杖をつく。
ついでに、美核の様子をチラと見てみると、方丈君の嫁どもと楽しく談笑していた。
うんうん。楽しそうでなにより。
と、視線を戻すと、ナンシーちゃんがコロコロと飴を転がして準備が完了したようなので、声をかける。
「もう大丈夫そうだよ。なんかしゃべってみて」
「…………」
「ん?ナンシー?どうしたの?」
おそらく、第一になにを話すか考えているのだろう。
ステラちゃんが気になって訊いているが、それには全く答えないで沈黙を続ける。
そして、少ししてから、ナンシーちゃんは口を開く。
その第一声は……
「特盛っ!?(cv.杉田智和:キョン)」
「ひゃうんっ!?」
「ぶはっ!?」
どこぞの神に気に入られている普通の男子高校生のあの台詞をいいながら、ナンシーちゃんはステラちゃんの後ろに回り込み、グワし!と下から胸をすくい上げるように揉みしだき始めた。
やられたステラちゃんは、顔を赤らめながら黄色い声を上げる。
いやいやいやいや、いくらなんでもそれはやっちゃいかんでしょ!?
突然のラッk……ハプニングに、僕は思わず吹き出し、すぐさま二人を見ないように顔を反らす。
というかこれは美核に見つかったらやばい!主に僕の生命が!
生命の危機なので、僕はすぐに美核がこちらを見ているか確認する。
……セーフ。まだ気づかれてない。
でも、急いで止めなければ……!
「なにやってるのさナンシーちゃん!?」
「なにって、ただステラとスキンシップをとってるだけよ(cv.斎藤千和:ほむほむ)」
「ん、ひゃぅっ!!ナンシーやめ……ん……!」
「おねがいやめて!僕の命が危ないから!!というかほむほむはポイけどたぶん違うから!」
「え〜、大丈夫よ、美核ちゃんはまだ話に夢中だし〜。それより星村さん」
「はい?」
「一緒にや・ら・な・い・か?(cv.理想の阿部高和の声)」
「やりません!」
「うぇ〜るか〜む(cv.理想のバイオ4の武器商人の声)」
「たぶん使ってる意味が違います!」
「まったく、ノリが悪いのぉ、男なら少しくらい乗っかるべきじゃろう?(cv.雪野五月:四楓院夜一)」
「あー、その人はなんとなくあってるね。キャラが似てるし……」
ある程度落ち着いてきたので、はいはい座ってと、ナンシーちゃんをステラちゃんから引き剥がして椅子に座らせる。
ナンシーちゃんから開放されたステラちゃんは、はぁ、はぁ、と息を荒げながらぐったりと机に突っ伏した。
「……大丈夫、ステラちゃん?」
「……うぅ、ちょっと、無理……」
「……しばらく、休んでた方がいいね……」
「だっらしねぇなぁまったく!(cv.天田益男:ジェクト)」
「うっさいわね!あんたのせいでしょうが!……それにしても、変声キャンディ、面白いわね。星村さん、私にも……って、星村さん?」
ステラちゃんの言葉を反芻し、なにかクルものがあったので、僕は少しの間考え、そしてキャンディを頬張り、言った。
「そのセリフ、幼馴染が照れ隠しで怒っている感じで頼む(cv.杉田智和:やっぱりキョン)」
「ってネタ考えてたんかい!?」
「テンション上がってきた〜!(cv.近藤隆:杉崎鍵)」
「なんで!?」
「それは秘密(cv.斎藤佑圭:紅葉知弦)」
「それは確かにある意味ラジオのネタだから私たちにはピッタリだろうけども!!ああもう!」
疲れているから連続ツッコミはいやなのだろう。
ステラちゃんは僕から缶をひったくって一つキャンディを頬張り、そして言った。
「あんた達、いいかげんにしなさい!(cv.加藤英美里:かがみん)」
「「……おお……!」」
見事なキャラ選択に、僕とナンシーちゃんは感嘆の声を上げる。
「まったく!ナンシーは暴走しすぎだし、星村さんも話は聞かないし、二人とも、悪ノリしすぎよっ!(cv.平野綾:涼宮ハルヒ)」
「いや、その声でそんなことを言われても説得力が……」
「黙りゃっしゃい!あんた達は少し落ち着きなさい!いいわね!?(cv.小原乃梨子:タイムボカン、ヤッターマンのあの人)」
「「アヤホラッサッサ〜!(cv.たてかべ和也&滝口純平:言わずともわかるあの野郎二人)」」
古き懐かしきネタを使って、僕たちはクスクスと笑い始める。
……結構喋ったし、そろそろ他の場所にも話に行こうかな……
「……さて、と。じゃあ、僕はそろそろ他の人たちのところに行きますね」
「あ、うん。ありがとう星村さん。面白かったわ」
「それはなにより。あ、それは二人にプレゼントします。帰った後にでも使って遊んでください」
「いいの?ありがとう!……でも、なんかあんまし使わない気がするわね……」
「……あははは……たしかにそうですね……まぁ、その時はその時ですよ。では、失礼しますよ」
そう言って、僕は二人と別れてフラフラと歩き始める。
……そういえば、方丈君にまだおめでとうを言ってなかったな……
弄るついでに、言いに行こっと。
そう思って、僕は方丈君のもとへ向かうのだった。
××××××××××××××××××××××××××××××
「二人とも、楽しんでる?」
「あ、美核ちゃん!やっほ〜!」
「うん!楽しんでるよ!……楽しみ過ぎて、ちょっと疲れちゃったけどね……」
大体料理が並び終わったので、私は自分で食べる分の料理を持って、ステラちゃん達と話すために、一緒の席に座った。
ナンシーちゃんはまだまだ元気そうだけど、ステラちゃんは少しぐったり気味だった。
よほどはしゃいじゃったのかな?
「それは、ご愁傷様。でも、楽しんでくれてるならよかったわ」
「そ・れ・よ・り・も♪美核ちゃん、どうなの?あれから進展した?」
「ど、どうって、なにがよ?」
「わかってるくせに〜!もちろん、星村さんとの仲のことよ!どこまで行ったのよ?キスはした?もしかして、その先まで……」
「ななななにを言ってるの!私と空理はまだそんな関係じゃ……!」
「お、今まだと言ったわね?ということは、なるつもりはあると」
「う、う、う、うにゅぅ……」
ナンシーちゃんが突然私と空理の関係について追求してきて、焦った私が余計なことを言ってしまったために、私はかなり恥ずかしくなって、その場に突っ伏して、弱く声をもらしてしまった。
「別に隠す必要はないと思うわよ?たぶん、街中の人が知ってるんじゃないかしら?美核ちゃんが星村さんのことが好きなこと」
「それはそれでどうかと思うけど……それでも、いきなり言われれば恥ずかしいことに変わりはないわよ……それに、空理に迷惑かかるし……」
「え〜?そんなことはないと思うわよ?」
「だって、空理、私が告白しようとすると、必ずその前に話題を逸らすんだもん……」
「……私は、星村さんも美核ちゃんのことが好きだと思うわよ?」
「え?」
まるで、私が告白するのが怖いみたいに……
と、少し泣きそうになりながら、私がまた突っ伏すと、ステラちゃんが、ポツリと言ってきた。
「ねぇ美核ちゃん、知ってた?星村さん、私達と話してる時も、ちょいちょい美核ちゃんのこと、気にかけてるように見てたんだよ?」
「そう、なの?」
「うん。でさ、普通は、好きでもない子に、そんなに気を使ったりするかな?しないよね?だからさ、星村さんも、美核ちゃんのことが好きなんだよ」
「……そう、だといいね……」
ステラちゃんの言葉に、私は微笑む。
空理も私のことが好き……本当に、そうだったらいいな……
でも、そうじゃない可能性だってある。いや、そっちの方が可能性が高い。
空理が寝言で言っていた、“立宮先輩”という言葉。
あれがどうしても、自分の中で引っかかってしまうのだ。
っと、そうだ。そんなことよりも……
「そうそう。ナンシーちゃん、ステラちゃん、はいこれ」
「ん?なにこれ?」
「もしかして……ビンゴカード?」
「うん、正解。パーティーの最後の方に、ビンゴかなにかで遊ぼうって話しになってね。ちゃんと賞品もあるから、楽しみにしててね」
「うん!楽しみにするわ!」
「いったい、どんなモノが賞品なのかしらね?」
「それは始まってからのお楽しみよ♪……さてと、そろそろ始まると思うんだけど……空理はなにやってんの……」
呆れる私の視線の先には、なにかトランプとは違うカードで遊びながら、“よし!セイムを発動して、逆転勝利!”などと叫ぶ空理がいた。
まったく、自分で立てた企画なんだから、ちゃんと開始時間くらいは気にしなさいよ……
そう思いながら、私は空理のもとに寄って、パスンと頭を軽く叩く。
「ん?あ、美核。どうしたの?」
「時間。もう少しでしょ?準備しなくていいの?」
「……あ!そうだった!ごめんごめん。すっかり夢中になっちゃった……方丈君ごめん、これからやることあるから、席外すね」
「あ、はい。面白かったですよ星村さん」
「ん、ありがとね」
そう言って、星村は少し慌てたように準備を始めに行ったのだった。
……ちなみに、その後私は方丈君に誘われてさっき空理のやっていたカードゲームをやってみたんだけど……なかなか、面白かった……
××××××××××××××××××××××××××××××
「ビンゴ〜!」
「お、最後は逆井さんがビンゴか!じゃあ賞品を渡すね。残ってたのは、オルゴールだね。はいどうぞ……これで、ビンゴの賞品はなくなっちゃったね。ビンゴできなかった人は残念でした。ということで、ビンゴはここで終了です。……さて、パーティー終了まで残り10分ほどだけど、楽しんでいってね。そして、明日はクリスマスだけど、この店はお休みをもらうから、僕達からクリスマスプレゼントをあげるよ!」
ビンゴも終わり、パーティー終了時刻も迫ってきたので、僕は美核とマスターと一緒に、来てくれたみんなに、アップルパイを一人1ホールずつ、箱に入れてプレゼントした。
みんな、その量に驚きながらも、嬉しそうにお礼を言ってくれる。
……にしても、もう終わってしまうのか……
4時間くらいやったのに、すぐに終わっちゃった気がするなぁ……
やっぱり、楽しい時間は早くに過ぎてしまうんだな……
そんなことを思いながら、僕は最後にステラちゃん達と話すことにする。
二人はラジオを頑張ってるから、次はいつ会えるかわからないしね……
「ステラちゃん、ナンシーちゃん、どう?楽しかったかな?」
「うん!面白かったよ!アップルパイもありがとね!」
「というか、一人1ホールって、すごい量よね?大丈夫なの?」
「折角のクリスマスパーティーなんだから、このくらいやらないとね」
「それにしても、面白い時間って、早く過ぎちゃうわよね。少しさみしい気がするかな?」
「ほんとね。もうパーティーも終わっちゃうし……もうちょっと、ここにいたかったわ」
「そっか忙しいからあまりここには居れないんだっけね……そしたら、また来て欲しいかな?」
「もちろん、そのつもりよ」
ニコリと笑いながらステラちゃんが答えてくれたので、僕は嬉しくなったのだった。
××××××××××××××××××××××××××××××
「ふい〜、疲れた〜」
「片付けご苦労様。お茶……よりも今は水の方が良さそうだね……」
「うん、お願い……」
「……俺も、水をもらおう……」
「はいはい」
パーティーも終わり、みんなが帰ってしまった後、僕、美核、マスターは、後片付けをして、今さっきそれが終わったところだ。
クタッと机に突っ伏す美核に労いの言葉をかけながら、僕は三人分の水を机に置く。
ゴク、ゴク、ゴク……プハァ!と、どこぞの親父のように僕と美核は同じリアクションをとった。
「あー、やっぱ本当に疲れた時は普通に水がいいのよね……」
「水はサッパリしてるから、ちょうどいいのかもね」
「……さてと、俺はもう寝るぞ。お前達も早く寝ろ……」
「あ、はい、おやすみなさい」
「おやすみなさーい」
時刻を見てみると、11:30となっていた。
流石にマスターも疲れたのか、いつもより少し早めの就寝だった。
「……さてと、私はお風呂入ってから寝よっと……」
「あ、美核、ちょっと待って」
「?」
風呂場に向う美核を止めて、僕はポケットにずっといれていたものを出して、美核に放り投げて渡す。
「パーティーの途中で渡そうと思ったんだけど、タイミングがなくてね。ちょっと早めのクリスマスプレゼントってところかな?」
「これは……組み紐、かしら?」
「うん。ミサンガっていう組み紐の一種だね。願いを込めて手首とかにつけるんだけど、それで自然にそれが切れたら、その願い事が叶うんだって」
「いわゆる願掛けみたいなものね……うん。ありがとう。大事にするよ」
「そう言ってもらえるとありがたいかな?まぁ、使い捨てるのが前提のものなんだけどね」
「たしかに、願掛けをするんだったらそうだね」
ありがとう、ともう一度お礼を言いながら、美核はお風呂に向かって行った。
美核の後ろ姿を見て、居なくなったのを確認してから、僕は椅子に座って軽く息を吐いた。
そして、今日見た夢……4年前のことを思い出す。
『部長……なんですか、これ』
『ん?なにって、ミサンガだよ。知らない?』
『知ってますが……なぜこれを僕に?』
『なんでって、クリスマスプレゼントだよ。あとは、君が普通になれますようにって願掛けに、かな?』
『……願掛けなら、部長がつければいい話じゃないですか。それに、その願いはあなたと一緒にいたら絶対叶わないと思いますよ』
『酷いなぁ、私は普通なつもりなんだけどなぁ……』
『……百歩譲ってあなたがまともだとしても、周りのメンバーを考えてください』
『あ、無理だね』
『……即答するのもどうかと思いますよ?』
『でも、少しずつならマシになってきてるから、そのうち叶うんじゃないかな?』
『……また気の長い話で……』
『ま、ダメだったら君の大切な人にでもあげなよ。たぶん、喜ぶんじゃないかな?』
『……そうですか。まぁ、諦めるまでは肌身離さず持っておきますよ』
『うん。そうしてくれると嬉しいな』
それは、僕が文芸部に入部してすぐの頃の、僕が僕である前の思い出。
あのミサンガは、部長……立宮先輩から貰ったもの。
きっと、美核にも似合うだろう。
だって彼女は、あの人に似ているのだから。
そう思って、僕は自重気味に笑った。
そして、ポケットから“薬”を出して、飲み込み、目を瞑る。
……そうだ、明日は休みなんだ。美核とまた出かけてみようかな……
オッケーされたら、どこに行こうかな……
折角だし、遠出というのもいいかもしれない。
南のアリュートにでも行こうかな。
そんなことを考えながら、僕は美核に起こされるまで、気温のせいで少し冷たい、しかし暖かな心地良さに身を任せるのであった。
クリスマスイブ。
恋人達は甘い時間を過ごし、家族は暖かな時間を過ごす、そんな日。
喫茶店“アーネンエルベ”は、店を休みにしていた。
……いや、正確には違う。
いつもなら、OpenかClosedの看板がかかっているのだが、今日、店の扉にかけられている看板は、そのどちらでもない。
本日貸し切り。
そう、看板には書かれていた。
××××××××××××××××××××××××××××××
……夢を見た。
昔の、幸せな夢だった。
幸せな夢だったけど……
もう手に入らない幸せは、毒と一緒だ。
「……ん……あ……?」
変な声を出しながら、僕は目を冷ました。
まだ起きたてでぼやけた視界には、見覚えのある茶色いカウンターが度アップで映っていた。
顔の右側に硬い感触がする。
ジンジンと痛みを感じてきたので、顔をあげてみると……
「あ、空理、おはよう」
「……ん、ぉはょう……」
クリスマス用に飾り付けられた店内で、美核が僕の、二つ隣の席に座っていた。
ああ、そうだ。昨日はパーティー用に飾り付けをしてたんだった……
徹夜でやって、それでそのまま……“薬”も飲まずに……
そっか。だからあんな夢をみちゃったのか。
というか……
「もしかして、もう朝なの……?」
「うん。まだ七時くらいだけどね。……たぶん、飾り付け終わったら疲れちゃって、そのまま寝ちゃったんじゃないの?」
「そっか…………ん?」
とりあえず、起きないとな、と思って立ち上がると、パサッ、と背中から何かがずり落ちた音がしたので、足元をみてみると、そこには、僕にかけられたと思われる毛布が落ちていた。
「あ、毛布……もしかして、美核が?……ありがとね」
「うん、まぁ、グッスリ眠ってたから、風邪引いちゃったら大変だなって、ね」
あははは……と少し恥ずかしそうに笑ったあと、誤魔化すためか、すこし強引に美核は話題を変えてきた。
「そ、そういえばさ!領主様に頼んだ招待状の件、大丈夫かな?」
「ん〜、たぶん大丈夫でしょ?あいつ、最速の郵便屋に任せたそうだし、もう街中の知り合いには届いているでしょ。問題は……あの子達がくるかどうかだね」
「あの子達って言うと、あの、ハロウィンの時の?」
「うん、あの二人。場所聞いたらかなりの遠いとこらしいし、手紙届いたとしても、来れるかどうか……」
「来てくれると嬉しいんだけどね……」
「ああ、その点なら心配ないよ」
「っ!?っ!??」
招待状を送った、唯一街にはいない知り合いのことを心配していると、とても自然な感じでライカが会話に参加してきたので、美核は声にならないくらいに驚いていた。
突然現れたように見えたがしかし、僕は驚かなかった。
どうせ、音を立てないように扉を開けて侵入したか、もっと別の何かを使ったんだろう。
例えば、お得意の魔法とか、ね……
まぁ、それはともかく。
「……彼女達がくるかどうかの心配がないって、どうしてなんだよ?」
「あれ、驚かないのか……残念だ……」
「お前が休日だとどこにでも現れるのは、もうこの街の常識だ」
「いや、それでもいきなり出てくるのはビックリするでしょ……」
「いや、美核、君はこいつの奥さんを見てないからそんなことが言えるんだ」
「星村、話題にしないでくれ……あいつが出てきそうだから……」
「ん?呼んだ、あなた?」
「「っ!?っ!??っ!!?」」
ライカが話題にするなと言った瞬間、神奈さんが現れ、ピョコンとライカの背中に抱きついてきたので美核とライカが、もう恐怖と同じくらいに驚いていた。
……下手したら悲鳴をあげそうだな……
ちなみに僕は突然現れる神奈さんをよく見ていて慣れているため、特に大げさな反応はしない。
まぁ、この人はあれだ。
常時ギャグ補正。
そんな言葉が似合う人だ。
「神奈さん、おはようございます。で、話を続けていいですか?」
「あ、うん。いいよ〜。ごめんねぇ、邪魔しちゃって」
「いえ、大丈夫です……で、ライカ。結局彼女達が来るか来ないかの心配がないって、どうゆうことなんだ?」
「あ、ああ。そうだったね。なに、簡単なことさ。僕達が直接会いにいくだけだよ」
「……ああ、なるほどね」
ライカの言葉に、僕は納得する。
確かに、ライカ……というか、神奈さんのアレなら、確実に時間に間に合うように彼女達を迎えにいける。
……僕の魔法の完全上位互換だしな……
「と、いうこと、このあと僕達は彼女達に確認しにいくんだけど、なにか他に迎えに行って欲しい人とかはいるかい?」
「うーん、とりあえずはないかな?基本的に知り合いは街に集中してるしね」
「ん、そっか。じゃあ、僕達はもう行くね。……今日の仕事もあるから……」
「はいはい。ちゃんとパーティーには来いよ?神奈さんに搾り取られて来れませんでしたはないからな?」
「ちょっ!?空理!!何言ってんの!?」
僕が言うと、美核が顔を真っ赤にしながら注意してくる。
あ〜、そっか。美核は知らないのか。
ん〜、たしかにこれは美核には少し刺激の強い言葉だったかもなぁ……
反省反省。
などと思っていると、神奈さんはニコニコしながらひらひら手を振って、注意しなくてもいいと表現する。
「いいのよ〜美核ちゃん。よくあることだから〜」
「よくあるんですか!?」
「……うん。残念ながら、しょっちゅうなんだよ……まぁ、ともかく、大丈夫だよ。神奈にはちゃんと今日は我慢するよう約束したから」
「ん、なら大丈夫か」
「じゃ、行きましょあなた」
「そうだね。じゃあ、星村、美核ちゃん、また後でね。マスターにもよろしく言っておいて」
「了解。頑張れよ〜」
「あ、え、が、頑張ってください!」
店を出る二人に、僕は普通に、美核は少し慌てたように見送った。
そして美核は、少し疲れたようなため息をつく。
いろいろとリアクションをして、疲れたのだろう。
「……いったい、なんなの、あの人達……」
「一応、この街の領主……なんだけどね……」
少しの間沈黙してから、僕と美核はあは、あははははは……と苦笑いをするのだった。
「……っと、そういえば、マスターはまだ寝てるの?」
「あ、うん。やっぱり、昨日は疲れたのかしら……いつもより起きるのが遅いわよね……」
「……まぁ、一週間も帰って来てないからね……去年はそんなことなかったんだけど……もう歳かね……」
「……余計なお世話だ……!」
「あ痛っ!?」
歳と言った瞬間、僕はいつのまにか後ろにいたマスターから拳骨をくらってしまった。
いや、というか……
「マスター、テンドンは二回までが一番面白いんですよ?」
「……なんの話だ?」
「いえ、やっぱなんでもないです」
僕の言葉にマスターは疑問符を浮かべたけど、特に気にせずにそのまま放置しておく。
美核も流石に三回目は慣れたのか、マスターおはようございます。と普通に挨拶をしていた。
「……ところで、もう準備は終わったのか?」
「あ、はい。あとはみんなが来る前に料理の下準備をしておくだけですね」
「飾り付けは空理が徹夜で頑張ってくれたからね!料理は私にまっかせなさい!」
「……わかった。そしたら、下ごしらえをやってしまうぞ。星村、お前も手伝いくらいなら出来るな?」
「あ、はい。火を使ったりしなければ」
「そしたら、アーネンエルベメンバー全員の共同戦ね!頑張るわよ〜!」
「……美核美核。昨日入った方丈君のこと、忘れてる」
「あ、そうだったわね、失敗失敗……」
「それよりも、早くやるぞ。今日は貸し切りにしたとはいえ、客は沢山くるんだ。総じて、料理も多くなる」
「は〜い!よし、頑張るぞ!」
「じゃ、出来得る限り頑張りますかいね……」
マスターの言葉に、僕も美核も張り切りながら応え、厨房で料理の下ごしらえを始めるのだった。
××××××××××××××××××××××××××××××
「邪魔するぜ〜」
「……お邪魔します……」
「おじゃましま〜す!」
午後五時、一番乗りに店に来たのは、意外にも学校以外に予定のない方丈君ではなく、鍛冶屋を営むレギンス一家だった。
「いらっしゃい、レギンスさん。お久しぶりですね!お店の方はどうですか?」
「よっす、美核ちゃんに星村君にマスター!今日はパーティーに呼んでくれてありがとな!店の方はいつもの調子だぜ?おかげさまで結構繁盛してるよ!」
「あれ?パパ、ママ、誰も来てないね?」
「……今日は、いつもより早めに仕事を切り上げてきたから、一番についたみたいね……」
明るく、大らかな旦那のヴァンさんに、表情の変化は少ないが、嬉しそうなサイクロプスのウィナさん、そして、性格的な特徴はヴァンさんに、外見の可愛さはウィナさんに似た彼らの娘が、レンカちゃんだ。
「……そういえば、第二子を妊娠したそうですね。おめでとうございます」
「おう、サンキューな!」
「……ありがとう」
そして、ウィナさんのお腹の中にはもう一人、新しい家族である二人目の子供がいる。
そのため、少しの間鍛冶業は休み、刃物の研磨だけを現在行っているらしい。
とりあえず、三人を適当な席に案内して、世間話をしていると、二組目の招待客が店に入って来た。
「こんばんは。今日はご招待、ありがとうございます」
「いらっしゃい、ルシア君、アーシェさん、フィスちゃん。っと、方丈君も一緒だったのかい。ゆっくりしていってね」
「うむ。折角のお誘いなのじゃ、たっぷりと楽しませてもらうぞ?」
「やっほ〜美核ちゃん!元気〜?」
「うん、元気だよ、フィスちゃん」
「すみません、学校終わったらすぐに来るつもりだったんですが、ファルロス先生に付き合って遅くなってしまいました」
「いやいや、いいよ。開始は6時くらいだしね……というか、ファルロス……先生?」
みんなを席に案内しながら、方丈君の言った単語に妙な引っ掛かりを覚える。
というかたしか……
「ファルロスって、ルシア君のファミリーネームじゃなかったっけ?」
「あ、はい。実は僕、ギルド以外にも、教師として働くことにしたんです。地図書きだと、遠出でしばらく街に戻って来れない時がありますし、ちょっと収入が不安定ですからね……二人を養うのには不安なんで、ちゃんと職をもつことにしたんです」
「へぇ、そうなんだ?やっぱり、担当科目は地理とか?」
「ええ、まぁ」
「ちなみにわしも教師をやっておるぞ!魔術学担当じゃ!」
「へぇ、そうなんですか……高位の魔物のバフォメットであるアーシェさんの授業……ちょっと興味がありますね……」
「さらに言うと私は何も仕事をしていないわっ!!」
「いや、フィスちゃん、そこは私も働いてる〜って流れじゃないの?」
ルシア君とアーシェさんに続いてフィスちゃんが胸を張って言うので、美核は苦笑いをしながらツッコミをいれた。
「だって事実だも〜ん!その代わりに家事なんかはしっかりとやってるわよ?」
「まぁ、仕事してないんじゃ、ねぇ……」
「フィスおねぇちゃんだ!あそぼあそぼ!」
「あ、レンカちゃん!こんばんは。うん、一緒に遊ぼっか!」
「よ〜うルシア。お前も呼ばれたのか」
「ああ、ヴァン、こんばんは」
「ん?二人は知り合いなの?」
フィスちゃんはレンカちゃんと遊び、アーシェさんは美核と、ルシア君はヴァンさんと話をし、、僕は紅茶を淹れながら、いろいろと話に混ざる。
そんな感じで過ごしていると、次々と招待客が集まって来た。
“ファミリエ”のチャタル夫妻に、“シルバーファーデン”のルーフェさん、“アルケミー”のラキとそこにバイトに入った江村さん、自警団の仕事を早めに切り上げて来てくれた木嶋さんに、ギルドの受付になったらしい村紗さんと、彼女と一緒に来たバカッp……マークとクロさん、“恐怖劇薬剤店”のリースさんにバイトの中月さん、ジルさん、そして時間ギリギリに、逆井さんが到着した。
ククリスさんとジェミニさんはどうやら孤児院の方でパーティーを開くらしく、ここには来なかった。
「……っと、星村さん、もう全員集まってるようですし、パーティー、始めませんか?」
人数を見て、全員集まったと判断した方丈君がそう訊いてくるが、僕は首を横に振る。
「残念ながら、まだ来てない人がいるんだ。……だから、もうちょっとだけ待っててくれないかな?」
「……あ、もしかして、鶴城さんですか?」
「……あいつらだったら、ほっといてもくるから別に始めてもいいんだよね……まぁ、あながち間違えじゃないかな?あいつらが迎えに行ってるんだから……」
と、そんな話をしていると、ちょうど良く店の扉が開く。
念のために時計を見てみると、現在5時50分。
しっかりと開始10分前に到着したようだ。
きちんと仕事を果たしてくれたことを労うためと、新しくお店に入ったお客さんに挨拶するため、僕は口を開いた。
「ライカ、神奈さん、お疲れ様。ちょうど十分前だよ」
「ま、仕事はきちんとこなさないとね」
「うんうん。私たちはやればできるんだから」
「ん、ありがとう。そして……いらっしゃいませ、ステラちゃん、ナンシーちゃん。ハロウィン以来だね」
「こんばんは星村さん!今日はパーティーに誘ってくれてありがとうございます!」
「と、一緒にラジオのスポンサーの件のお礼と挨拶に来ました〜!これ、花と妖精の国産のイチゴです!どうぞ!」
ライカと一緒に入って来たのは、15歳くらいの、キャスケットを被った小柄な少女……リャナンシーのナンシーちゃんと、レオタードを着た、何故か巨乳の、こちらも小柄な少女……ピクシーのステラちゃんだ。
彼女たち二人は、「ステラのラジオ キラキラ☆星」というラジオ番組のパーソナリティを務めていて、アーネンエルベはそのスポンサーをさせてもらってる。
そのため、せっかくのパーティーなのだから、と誘わせてもらったのだ。
最近になって……ハロウィンの時に彼女たちに会い、スポンサーになったのだが、好評のようで、ラジオが始まってから外から来るお客さんが増えてきた。
うーん、あまり気を使わなくてもいいのに……と思いながらも、僕は花とイチゴの入った大きめのバスケットを受け取り、マスターに渡す。
「ステラちゃん、ナンシーちゃん、ゆっくりしていってね!」
「あ、ありがとうございます!」
「お言葉に甘えさせてもらいま〜す♪」
「……さて、これで全員そろったな」
「そしたら、始めましょうか」
「あ、そしたら僕がはじめに挨拶するよ」
マスターが全員揃ったのを確認すると、方丈君がパーティーの開始を促すので、僕がはじめの役を買って出る。
パンッ!パンッ!と手を叩いて話していたみんなの注意を引いて、僕は言う。
「それでは、招待した人がみんな来たようなので、少し早いクリスマスパーティーを始めさせていただきます!お飲み物は皆さんお持ちでしょうか?」
「あ、私たちがまだだよ〜!」
「ステラちゃんとナンシーちゃんは何が飲みたいかな?」
「う〜ん、そしたら、エスプレッソでいいかな?」
「あ、私もそれで〜」
「……わかった、今淹れよう」
「あ、僕達もないね、飲み物」
「……もう淹れてある。いつものようにレギュラーでいいのだろう?」
「ん、ありがとう」
ステラちゃん達の珈琲を淹れながら、マスターはカウンターに、ライカ達が来た時によく飲む普通の珈琲を二つ置いた。
……にしても、珈琲か……なんなんだろうな……
リースさんもそうだし、アーシェさん達が初めて来た時もそうだったけど、なんでちっちゃい子は真っ先に珈琲を頼むのだろうか……最近の流行りなのかな?
しかも、エスプレッソはドリップのレギュラーより濃いからなぁ……大丈夫だろうか……?
「……待たせた、エスプレッソ、二人分だ」
「あ、ありがとうございます」
「いい香りだね〜」
「……さて!それでは全員に行き渡ったみたいなんで、乾杯の音頭を取りたいと思います!それでは、方丈君の歓迎会兼クリスマスパーティー、始まりです!乾杯!!」
『かんぱ〜い!!』
カランッ!とグラスを軽くぶつける音を聞きながら、僕と美核、マスターが作ってあった料理の一部を店のテーブルに並べていく。
方丈君も手伝おうとしてくれたが、今回は方丈君の歓迎会でもあるため、他の人と話しててもらうことにした。
ちなみに、今回はバイキング形式にして、みんなが少しずついろいろなものを食べられるようになっている。
……だから、料理の下ごしらえなんかは量が多くて大変だった……
まぁ、みんな美味しいそうに食べてるから、その苦労は報われてるんだけど。
「どうだい、ステラちゃん、ナンシーちゃん。楽しんでくれてる?」
「うん!お料理も飲み物も美味しいし、みんな面白いから、とっても楽しいよ!」
「そういえば、リースさんにチャタルさん達あと、レギンスさん達もも来てわよね!あ〜あ、二人の分もお花とか持って来ればよかったわ……」
「ん?ああ、そういえば、ラジオでお店の名前、出てたっけ……スポンサーだったんだよね」
「うん。というか、一つの街に四つもスポンサーがいるなんて、世界って狭いわね……」
「うーん、そういうわけじゃあないと思うよ?この街は、周りの街よりも比較的裕福なところだし、ちょっとした理由でいくらでも融通が効くようになってるからね……」
追加の料理をテーブルに置くついでに、僕はステラちゃん達と話し始める。
「いくらでも融通が効くって、どういうこと?」
「んとね、この街、ラインは、“異世界貿易街”っていう、特殊な街なんだ」
「異世界貿易街?なんなのそれ?」
「まぁ、聞いたまんま、異世界の物品で貿易をしてる街だね。君たちを迎えにいった女性の方……神奈さんの魔法がチート過ぎるやつでね。そんな無茶なことが出来るんだ。……で、その異世界貿易と融通が効くことの関連性は簡単。この街以外からは異世界の便利な物が手に入らないから、従うしかないってわけ」
「なんていうか……もうそれは脅しよね……」
「あははは……たしかに。まぁ、そんなことはどうでもいいよ。ねぇねぇ二人とも、こんな面白いものがあるんだけど、どうだい?」
うわー、と若干引きながら顔を引きつらせる二人に、これ以上この話題はキツイというのと、最初に話そうと思った話題であるという二つの理由から、僕はポケットから小さい缶を取り出した。
「なになに〜?“変声キャンディ”なにこれ〜?」
「まぁ、見てみなさい聞いてみなさい!」
物珍しそうにナンシーちゃんが缶を見てる前で、僕は中の飴を出して頬張り、少ししてから声を出す。
「さぁさぁ皆さんお待ちかね〜!土御門さんのぉ、ショウタイムだっにゃ〜!(cv.勝杏里:禁書の土御門元春)」
「「ブッ!?」」
声の主の真似をして、腰に手を当てて前かがみになりながら、挑発的にそう言うと、二人して同時に吹き出してしまった。
「な、なにそれ……!か、完全に声が変わってる……!」
「というか、ポーズが、ピッタリ当てはまってて、プ……あはは……!」
「ん〜、こぉれこそぉ!“変声キャンディ”のぉ!効力だぁ!(cv.若本規夫:ハヤテの天の声など)」
「「あはははははははははは!!」」
声と見た目のギャップがツボにはまったようで、二人はお腹を抱えて笑いだした。
流石にこれ以上やったらまともに話せなさそうだな……
そう思い、僕は一旦飴を噛み砕いて飲み込み、飴の効果をなくした。
「んぐ……と、こんな感じに、舐めてる間は自分の思ったとおりの声を出すことが出来るんです。どうです、やってみます?」
「あ……ははは……はぁ、はぁ、ふぅ……その顔でBASARAの信長の声とか……に、似合わな……クスクスクス……」
「ああ、面白い……!私も一個頂戴!」
「はいどうぞ。ちなみに効果は舐めてる間だけ。飴を溶かして飲めばいいよ。さて、どんなネタを見せてくれるのかな?」
楽しくなってきたので、ナンシーちゃんに飴を渡したあと、僕も席に座って頬杖をつく。
ついでに、美核の様子をチラと見てみると、方丈君の嫁どもと楽しく談笑していた。
うんうん。楽しそうでなにより。
と、視線を戻すと、ナンシーちゃんがコロコロと飴を転がして準備が完了したようなので、声をかける。
「もう大丈夫そうだよ。なんかしゃべってみて」
「…………」
「ん?ナンシー?どうしたの?」
おそらく、第一になにを話すか考えているのだろう。
ステラちゃんが気になって訊いているが、それには全く答えないで沈黙を続ける。
そして、少ししてから、ナンシーちゃんは口を開く。
その第一声は……
「特盛っ!?(cv.杉田智和:キョン)」
「ひゃうんっ!?」
「ぶはっ!?」
どこぞの神に気に入られている普通の男子高校生のあの台詞をいいながら、ナンシーちゃんはステラちゃんの後ろに回り込み、グワし!と下から胸をすくい上げるように揉みしだき始めた。
やられたステラちゃんは、顔を赤らめながら黄色い声を上げる。
いやいやいやいや、いくらなんでもそれはやっちゃいかんでしょ!?
突然のラッk……ハプニングに、僕は思わず吹き出し、すぐさま二人を見ないように顔を反らす。
というかこれは美核に見つかったらやばい!主に僕の生命が!
生命の危機なので、僕はすぐに美核がこちらを見ているか確認する。
……セーフ。まだ気づかれてない。
でも、急いで止めなければ……!
「なにやってるのさナンシーちゃん!?」
「なにって、ただステラとスキンシップをとってるだけよ(cv.斎藤千和:ほむほむ)」
「ん、ひゃぅっ!!ナンシーやめ……ん……!」
「おねがいやめて!僕の命が危ないから!!というかほむほむはポイけどたぶん違うから!」
「え〜、大丈夫よ、美核ちゃんはまだ話に夢中だし〜。それより星村さん」
「はい?」
「一緒にや・ら・な・い・か?(cv.理想の阿部高和の声)」
「やりません!」
「うぇ〜るか〜む(cv.理想のバイオ4の武器商人の声)」
「たぶん使ってる意味が違います!」
「まったく、ノリが悪いのぉ、男なら少しくらい乗っかるべきじゃろう?(cv.雪野五月:四楓院夜一)」
「あー、その人はなんとなくあってるね。キャラが似てるし……」
ある程度落ち着いてきたので、はいはい座ってと、ナンシーちゃんをステラちゃんから引き剥がして椅子に座らせる。
ナンシーちゃんから開放されたステラちゃんは、はぁ、はぁ、と息を荒げながらぐったりと机に突っ伏した。
「……大丈夫、ステラちゃん?」
「……うぅ、ちょっと、無理……」
「……しばらく、休んでた方がいいね……」
「だっらしねぇなぁまったく!(cv.天田益男:ジェクト)」
「うっさいわね!あんたのせいでしょうが!……それにしても、変声キャンディ、面白いわね。星村さん、私にも……って、星村さん?」
ステラちゃんの言葉を反芻し、なにかクルものがあったので、僕は少しの間考え、そしてキャンディを頬張り、言った。
「そのセリフ、幼馴染が照れ隠しで怒っている感じで頼む(cv.杉田智和:やっぱりキョン)」
「ってネタ考えてたんかい!?」
「テンション上がってきた〜!(cv.近藤隆:杉崎鍵)」
「なんで!?」
「それは秘密(cv.斎藤佑圭:紅葉知弦)」
「それは確かにある意味ラジオのネタだから私たちにはピッタリだろうけども!!ああもう!」
疲れているから連続ツッコミはいやなのだろう。
ステラちゃんは僕から缶をひったくって一つキャンディを頬張り、そして言った。
「あんた達、いいかげんにしなさい!(cv.加藤英美里:かがみん)」
「「……おお……!」」
見事なキャラ選択に、僕とナンシーちゃんは感嘆の声を上げる。
「まったく!ナンシーは暴走しすぎだし、星村さんも話は聞かないし、二人とも、悪ノリしすぎよっ!(cv.平野綾:涼宮ハルヒ)」
「いや、その声でそんなことを言われても説得力が……」
「黙りゃっしゃい!あんた達は少し落ち着きなさい!いいわね!?(cv.小原乃梨子:タイムボカン、ヤッターマンのあの人)」
「「アヤホラッサッサ〜!(cv.たてかべ和也&滝口純平:言わずともわかるあの野郎二人)」」
古き懐かしきネタを使って、僕たちはクスクスと笑い始める。
……結構喋ったし、そろそろ他の場所にも話に行こうかな……
「……さて、と。じゃあ、僕はそろそろ他の人たちのところに行きますね」
「あ、うん。ありがとう星村さん。面白かったわ」
「それはなにより。あ、それは二人にプレゼントします。帰った後にでも使って遊んでください」
「いいの?ありがとう!……でも、なんかあんまし使わない気がするわね……」
「……あははは……たしかにそうですね……まぁ、その時はその時ですよ。では、失礼しますよ」
そう言って、僕は二人と別れてフラフラと歩き始める。
……そういえば、方丈君にまだおめでとうを言ってなかったな……
弄るついでに、言いに行こっと。
そう思って、僕は方丈君のもとへ向かうのだった。
××××××××××××××××××××××××××××××
「二人とも、楽しんでる?」
「あ、美核ちゃん!やっほ〜!」
「うん!楽しんでるよ!……楽しみ過ぎて、ちょっと疲れちゃったけどね……」
大体料理が並び終わったので、私は自分で食べる分の料理を持って、ステラちゃん達と話すために、一緒の席に座った。
ナンシーちゃんはまだまだ元気そうだけど、ステラちゃんは少しぐったり気味だった。
よほどはしゃいじゃったのかな?
「それは、ご愁傷様。でも、楽しんでくれてるならよかったわ」
「そ・れ・よ・り・も♪美核ちゃん、どうなの?あれから進展した?」
「ど、どうって、なにがよ?」
「わかってるくせに〜!もちろん、星村さんとの仲のことよ!どこまで行ったのよ?キスはした?もしかして、その先まで……」
「ななななにを言ってるの!私と空理はまだそんな関係じゃ……!」
「お、今まだと言ったわね?ということは、なるつもりはあると」
「う、う、う、うにゅぅ……」
ナンシーちゃんが突然私と空理の関係について追求してきて、焦った私が余計なことを言ってしまったために、私はかなり恥ずかしくなって、その場に突っ伏して、弱く声をもらしてしまった。
「別に隠す必要はないと思うわよ?たぶん、街中の人が知ってるんじゃないかしら?美核ちゃんが星村さんのことが好きなこと」
「それはそれでどうかと思うけど……それでも、いきなり言われれば恥ずかしいことに変わりはないわよ……それに、空理に迷惑かかるし……」
「え〜?そんなことはないと思うわよ?」
「だって、空理、私が告白しようとすると、必ずその前に話題を逸らすんだもん……」
「……私は、星村さんも美核ちゃんのことが好きだと思うわよ?」
「え?」
まるで、私が告白するのが怖いみたいに……
と、少し泣きそうになりながら、私がまた突っ伏すと、ステラちゃんが、ポツリと言ってきた。
「ねぇ美核ちゃん、知ってた?星村さん、私達と話してる時も、ちょいちょい美核ちゃんのこと、気にかけてるように見てたんだよ?」
「そう、なの?」
「うん。でさ、普通は、好きでもない子に、そんなに気を使ったりするかな?しないよね?だからさ、星村さんも、美核ちゃんのことが好きなんだよ」
「……そう、だといいね……」
ステラちゃんの言葉に、私は微笑む。
空理も私のことが好き……本当に、そうだったらいいな……
でも、そうじゃない可能性だってある。いや、そっちの方が可能性が高い。
空理が寝言で言っていた、“立宮先輩”という言葉。
あれがどうしても、自分の中で引っかかってしまうのだ。
っと、そうだ。そんなことよりも……
「そうそう。ナンシーちゃん、ステラちゃん、はいこれ」
「ん?なにこれ?」
「もしかして……ビンゴカード?」
「うん、正解。パーティーの最後の方に、ビンゴかなにかで遊ぼうって話しになってね。ちゃんと賞品もあるから、楽しみにしててね」
「うん!楽しみにするわ!」
「いったい、どんなモノが賞品なのかしらね?」
「それは始まってからのお楽しみよ♪……さてと、そろそろ始まると思うんだけど……空理はなにやってんの……」
呆れる私の視線の先には、なにかトランプとは違うカードで遊びながら、“よし!セイムを発動して、逆転勝利!”などと叫ぶ空理がいた。
まったく、自分で立てた企画なんだから、ちゃんと開始時間くらいは気にしなさいよ……
そう思いながら、私は空理のもとに寄って、パスンと頭を軽く叩く。
「ん?あ、美核。どうしたの?」
「時間。もう少しでしょ?準備しなくていいの?」
「……あ!そうだった!ごめんごめん。すっかり夢中になっちゃった……方丈君ごめん、これからやることあるから、席外すね」
「あ、はい。面白かったですよ星村さん」
「ん、ありがとね」
そう言って、星村は少し慌てたように準備を始めに行ったのだった。
……ちなみに、その後私は方丈君に誘われてさっき空理のやっていたカードゲームをやってみたんだけど……なかなか、面白かった……
××××××××××××××××××××××××××××××
「ビンゴ〜!」
「お、最後は逆井さんがビンゴか!じゃあ賞品を渡すね。残ってたのは、オルゴールだね。はいどうぞ……これで、ビンゴの賞品はなくなっちゃったね。ビンゴできなかった人は残念でした。ということで、ビンゴはここで終了です。……さて、パーティー終了まで残り10分ほどだけど、楽しんでいってね。そして、明日はクリスマスだけど、この店はお休みをもらうから、僕達からクリスマスプレゼントをあげるよ!」
ビンゴも終わり、パーティー終了時刻も迫ってきたので、僕は美核とマスターと一緒に、来てくれたみんなに、アップルパイを一人1ホールずつ、箱に入れてプレゼントした。
みんな、その量に驚きながらも、嬉しそうにお礼を言ってくれる。
……にしても、もう終わってしまうのか……
4時間くらいやったのに、すぐに終わっちゃった気がするなぁ……
やっぱり、楽しい時間は早くに過ぎてしまうんだな……
そんなことを思いながら、僕は最後にステラちゃん達と話すことにする。
二人はラジオを頑張ってるから、次はいつ会えるかわからないしね……
「ステラちゃん、ナンシーちゃん、どう?楽しかったかな?」
「うん!面白かったよ!アップルパイもありがとね!」
「というか、一人1ホールって、すごい量よね?大丈夫なの?」
「折角のクリスマスパーティーなんだから、このくらいやらないとね」
「それにしても、面白い時間って、早く過ぎちゃうわよね。少しさみしい気がするかな?」
「ほんとね。もうパーティーも終わっちゃうし……もうちょっと、ここにいたかったわ」
「そっか忙しいからあまりここには居れないんだっけね……そしたら、また来て欲しいかな?」
「もちろん、そのつもりよ」
ニコリと笑いながらステラちゃんが答えてくれたので、僕は嬉しくなったのだった。
××××××××××××××××××××××××××××××
「ふい〜、疲れた〜」
「片付けご苦労様。お茶……よりも今は水の方が良さそうだね……」
「うん、お願い……」
「……俺も、水をもらおう……」
「はいはい」
パーティーも終わり、みんなが帰ってしまった後、僕、美核、マスターは、後片付けをして、今さっきそれが終わったところだ。
クタッと机に突っ伏す美核に労いの言葉をかけながら、僕は三人分の水を机に置く。
ゴク、ゴク、ゴク……プハァ!と、どこぞの親父のように僕と美核は同じリアクションをとった。
「あー、やっぱ本当に疲れた時は普通に水がいいのよね……」
「水はサッパリしてるから、ちょうどいいのかもね」
「……さてと、俺はもう寝るぞ。お前達も早く寝ろ……」
「あ、はい、おやすみなさい」
「おやすみなさーい」
時刻を見てみると、11:30となっていた。
流石にマスターも疲れたのか、いつもより少し早めの就寝だった。
「……さてと、私はお風呂入ってから寝よっと……」
「あ、美核、ちょっと待って」
「?」
風呂場に向う美核を止めて、僕はポケットにずっといれていたものを出して、美核に放り投げて渡す。
「パーティーの途中で渡そうと思ったんだけど、タイミングがなくてね。ちょっと早めのクリスマスプレゼントってところかな?」
「これは……組み紐、かしら?」
「うん。ミサンガっていう組み紐の一種だね。願いを込めて手首とかにつけるんだけど、それで自然にそれが切れたら、その願い事が叶うんだって」
「いわゆる願掛けみたいなものね……うん。ありがとう。大事にするよ」
「そう言ってもらえるとありがたいかな?まぁ、使い捨てるのが前提のものなんだけどね」
「たしかに、願掛けをするんだったらそうだね」
ありがとう、ともう一度お礼を言いながら、美核はお風呂に向かって行った。
美核の後ろ姿を見て、居なくなったのを確認してから、僕は椅子に座って軽く息を吐いた。
そして、今日見た夢……4年前のことを思い出す。
『部長……なんですか、これ』
『ん?なにって、ミサンガだよ。知らない?』
『知ってますが……なぜこれを僕に?』
『なんでって、クリスマスプレゼントだよ。あとは、君が普通になれますようにって願掛けに、かな?』
『……願掛けなら、部長がつければいい話じゃないですか。それに、その願いはあなたと一緒にいたら絶対叶わないと思いますよ』
『酷いなぁ、私は普通なつもりなんだけどなぁ……』
『……百歩譲ってあなたがまともだとしても、周りのメンバーを考えてください』
『あ、無理だね』
『……即答するのもどうかと思いますよ?』
『でも、少しずつならマシになってきてるから、そのうち叶うんじゃないかな?』
『……また気の長い話で……』
『ま、ダメだったら君の大切な人にでもあげなよ。たぶん、喜ぶんじゃないかな?』
『……そうですか。まぁ、諦めるまでは肌身離さず持っておきますよ』
『うん。そうしてくれると嬉しいな』
それは、僕が文芸部に入部してすぐの頃の、僕が僕である前の思い出。
あのミサンガは、部長……立宮先輩から貰ったもの。
きっと、美核にも似合うだろう。
だって彼女は、あの人に似ているのだから。
そう思って、僕は自重気味に笑った。
そして、ポケットから“薬”を出して、飲み込み、目を瞑る。
……そうだ、明日は休みなんだ。美核とまた出かけてみようかな……
オッケーされたら、どこに行こうかな……
折角だし、遠出というのもいいかもしれない。
南のアリュートにでも行こうかな。
そんなことを考えながら、僕は美核に起こされるまで、気温のせいで少し冷たい、しかし暖かな心地良さに身を任せるのであった。
11/05/28 22:32更新 / 星村 空理
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