4:30〜6:00
「ん〜!新しいパン、美味しかったね!」
「うん。そうだね。完成して良かったよ。焼きそばパン、今度ちょいちょい買いに行こっと」
「あ、私もそうする!週一くらいで買ってもいい美味しさだったよね!」
「うん、そうだね」
焼きそばパンが完成し、ご馳走なった後、僕達はファミリエを出て、リースさんのお店に向かっている。
時刻は四時半。ソース作りを始めたのは一時ちょっと過ぎくらいだったから、三時間くらいでソースを完成させたのか……
再現するべき味があったし、材料も少しわかっていたとはいえ、ほとんど手探りの状態で作ったにもかかわらず、三時間で完成させるとは……やっぱり、この街の人は凄いな、と純粋に僕は尊敬するのだった。
「……そういえば、リースさんの店に寄るの、久しぶりな気がする」
「あ、たしかに。リースのお店、店からはちょっと遠いからね……まぁ、本当にちょっとだけだけど」
リースさんのお店は、ヤバザ通りには無く、その隣、学校や住居の多いツイア通りにある。
緊急時にすぐこれるように、との理由だそうだが、その近くには医者があるし、店の主であるリースさんも、この街にいる時で、週に三回店にいればいい方なので、あまり意味がない気がする。
「っと、ついたみたいだね」
美核といろいろ喋っているうちに、リースさんのお店に到着した。
外装はよくある普通のお店のような、悪くいえば地味目な感じ。名前のようなおどろおどろしい雰囲気など一切ない、簡素な店だ。
誰も、この店の愛称に恐怖なんて言葉が入るとは思わないだろう。
しかし、看板にはしっかりと、恐怖劇薬剤店……“Drogerie Grand-guignol”と書かれている。
まぁ、そんなことはさておき、僕達は店の中にはいるのだった。
「いらっしゃい。……っと、あら、星村に美核じゃない?どうしたの?」
「やほー、リース」
普通の店と変わらない広さなのに、たくさんの棚とそれにギッシリと積まれている薬品の数々のせいでとても狭いと感じる店内。
その中で一人、リースさんは入り口近くに設置されているカウンターに座って本を読んでいた。
「えーと、ほら、前に頼んだヤツあったじゃん?あれを受け取りに来たの」
「ああ、一昨日頼んできたあれね。もう出来てるわ。ちょっと待ってて、今持って来るから」
美核に言われると、リースさんは本を閉じて美核に頼まれた薬を取りに行った。
……追記しておくと、リースさんは魔女である。
話し方からかなり大人っぽく感じることがあるけど、それでも、見た目はロリっ子の魔女である。
つまりなにが言いたいかというと……
薬を取ろうとしても高さが足りないから、背伸びをして取ろうとする姿は、可愛いな、ということだ。
「……空理、変な目でリースを見てるんだけど……?」
「いやぁ、小さい子が背伸びをするって、可愛いなぁ、と思って」
「……たしかに、賛成はするけどさ……」
可愛いなぁ、とリースさんのことを見ていると、ジトっとした目で美核が見てきたため、僕はまぁまぁ、と美核を宥める。
うん、ここは少し話を変えて誤魔化すとしよう。
「そういえば、どんな薬をリースさんに注文したの?」
「え、えと……その……な、内緒の方向で」
思った反応とは違ったので、僕は内心驚いた。
内緒の方向でって、いったいどんな薬を頼んだんだよ……
いつものように媚薬とかだったら、こっそり中和したり出来るんだけど、何か得体のしれないものだったら怖いな……
あとで確認しておかなければ……!
と、そんなことを考えているうちに、リースさんが薬を持って来た。
「これであってるわよね?」
「あ、うん、それであってると思う。ありがとね。はい、これ代金」
「はい、たしかにいただいたわ。……にしても、そんな薬、いったいなにに使うのよ……」
「ん〜、内緒」
「そう……まぁいいわ。美核のことだから、悪いことには使わないだろうしね」
というか、あなた以外に使うことはないだろしね、と暗に示しているかのようにリースさんが、ちら、とこちらを見てきたので、どんな薬でも使わせませんよ?という意味を込めて僕は肩を竦めた。
そして、ついでに僕もリースさんに頼みごとをする。
「あ、そうそう。リースさん、アレが欲しいんですけど、いいですか?」
「……アレって……アレのことかしら?」
「ええ、それです」
「アレって?なに?」
アレ、という言葉を聞いて、リースさんは嫌そうな顔をし、美核は不思議そうな顔をした。
とりあえず、別に隠すようなことじゃないので、美核に簡単に表面だけ話しておく。
「まぁ、簡単に言っちゃえば、不眠治療の薬だね。実は僕、たまに寝れなくなる時期があってね。それがくるたびに、リースさんに頼んで作ってもらってるんだ。……といっても、まだ一回しか作ってもらってないんだけどね」
「ふぅん、そうなんだ……大丈夫なの?病気じゃない?」
「うん、原因は分かってるし、体に害はないから安心して」
「そっか。それならいいんだ」
「じゃあ、先に外で待っててくれないかな?すぐに薬もらえるだろうから」
「了解。二人っきりだからって、変なことしないんだよ?」
「するつもりもする予定もないから安心して」
僕が先に外で待ってるようにお願いすると、美核は茶化しながらも外に出て行ってくれた。
「……星村、分かってるでしょうけど、消夢薬の副作用はあなたの……」
「うん、分かってる。でもそんなことよりも、あんな夢を見続けるのは、僕には辛すぎるから」
消夢薬。
飲んだ人間の夢を消し去る薬。
一部悪夢を見る人間にとってはかなり友好な効果だが、副作用のために薬師の認証を受けてないと買えない代物だ。
その効果だと、美核に言ったような不眠治療の薬ではないと思うだろうが、美核に説明したことに、間違いはない。
なぜなら、過去の記憶という悪夢を見ないようにすることで、僕はやっと眠ることが出来るからだ。
リースさんもそれが分かってるから、深くは追求せずに、薬を作ってくれている。
「……まったく、魔法使いっていうのは大変ね。魔法を一切使わなくても、あなたみたいに代償を払わされるんだから……」
「まぁ、仕方がないよ。それがこの世界のルールなんだから」
袋に錠剤状の消夢薬を何錠か入れながら、リースさんはため息をつく。
……リースさんには、薬を作ってもらう時に、全てを話してある。
自分の魔法のことも、その代償も、そして、僕の決して叶わない夢も。
「……星村、いいかげん吹っ切らないと、不幸になるわよ?」
「あはは……分かってても、吹っ切れないのが、僕だし、僕の魔法の代償なんだよ……たぶん、本人に合わない限り、吹っ切れないんじゃないかな?……それでも、美核のことを愛せるけどね……」
「……辛いわね、そんな生き方……」
僕の言葉の意味を理解し、リースさんは少し暗い顔をして、同情するようにそう言った。
そして、薬の入った袋を僕に渡す。
「はいこれ。……一応、一ヶ月分は入れたけど、あまり使わないように。……下手したら、あなたの寿命が縮むんだからね……」
「分かってる。大丈夫。あまり使わないように努力するから。じゃあ、これ。代金です」
「ありがとう。……本当に、薬の使い方だけは、気をつけなさいよ……!」
「分かってるよ。……さて、じゃあもう行くね。美核をあまり待たせたくないから」
「ええ。さようなら」
「うん、じゃあね」
何度も釘を刺すリースさんに別れを言ってから、僕は店を出るのだった。
「お待たせ美核!……と、ライカ?」
美核の元に向かうと、美核は僕の友人……兼領主であるライカ・鶴城・テベルナイトと一緒にいた。
「やぁ、星村。ちょうどいいところに出会ったね」
「よし、美核、帰ろう!」
「あっていきなり帰ろうとするとか、酷くないかな……?」
「すまないが、今日は特にお前と関わりたくないんだ」
「酷いなぁ……まぁ、理由は分かるけど、さ」
いきなり帰ろうとする僕に苦笑いをしてから、ライカはチラリと美核を見てからそう言ってきたため、僕はあからさまに嫌そうな顔をした。
「分かるんだったら帰ってもいいだろう?お前に付き合うとろくなことがない」
「あははは……本当にボロクソ言うね……まぁいいや。じゃあ、後ででいいから、僕の屋敷に来てくれないかな?頼みたいことがあるんだけど……」
「……分かったよ。とりあえず、一度帰ってからだぞ?お前のところに行くなら、荷物おいてく必要もあるし」
自分でもはっきりと分かるくらい嫌な顔をしながらも、僕は承諾した。
こいつの頼みごとは、便利な物だったり、結構な額のお金だったりと報酬がいいため、無下には出来ないのだ。
まぁ、それもこれも、僕の魔法があいつの奥さん……神奈さんの魔法に代わることが出来るからなんだけど……
「了解。そしたら、6時くらいなら、ちょうどいいかな?」
「……6時にお前のとこな。わかった」
「それじゃ、僕はリースに用があるから、また」
馬に蹴られて死にたくないからね、と付け加えながら、ライカはリースさんの店に入っていった。
一度ため息をついてから空を見ると、暗くなってきていたので、僕達は帰ることにした。
「……にしても、領主様と空理が知り合いなのは知ってたけど、結構仲がいいんだね」
「あれを見て仲がいいと思うのはどうかと思うけど、まぁ、犬猿の仲ってわけじゃあないね」
「仲が悪かったら、話なんて聞かないもんね。……にしても、領主様から空理への頼みごとって、なんなんだろうね?」
「どうせ、くだらないことだと思うよ?ライカのことだし、趣味の延長とかで手伝って欲しいことがあるんじゃないの?」
ツイア通りはヤバザ通りの隣であるため、そんなにかからずに店に到着した。
鍵を開けて、中にはいる。
「ただいま〜」
「おかえり。さて、荷物をどこかに置かないとな……」
「あ、服とか私の物は自分で持ってくよ」
「ん。じゃあこれね」
美核の分の荷物を渡して、僕も自分の荷物を自室にしまいにいく。
僕の買ったものは、カードセット二つに変な飴、その他細かいもの二点に……あと、消夢薬くらいなので、簡単に片付いた。
その後、下に降りて、美核がいなかったので、まだ片付いてないのかな、と思い、降りてきた時にすぐに飲めるように、カウンターで紅茶を淹れ始めた。
「ふぅ、終わったぁ」
「お疲れ。紅茶いれてるんだけど、飲む?」
「うん、お願い」
片付け終わり降りてきた美核は、カウンター席に座って紅茶を待つ。
紅茶を待ってる間、美核は暇だったのか、僕に話しかけてきた。
「……空理、今日はありがとね。いろんなものを買ってくれて」
「何度もいうけど、構わないよ。お礼だったし、何より、楽しかったからね。あれくらいの出費、問題ないよ」
「そっか……でも、ありがとう」
お礼を言うと、少しの間、沈黙が流れる。
ちらと美核の様子を見てみると、何か言いたそうな、でも、言おうかどうか迷っているような顔をしていた。
その、何度か見たことのあるその表情を見ただけで、僕は彼女がどんなことを言おうとしてるのか、予想がついた。
15秒、経ったか経たないか、そのくらいの時間、悩んだあと、ついに美核は口を開く。
「あ、あのね、空理!わ、私ね……!!」
「ねぇ、美核」
しかし、僕は美核の言葉を遮って、話しかけた。
話そうとしたところを僕に遮られ、勢いを失った美核は、あ、な、なにかな?と少し下を向いて話を聞く態勢となった。
「えと、さ、また、一緒に出かけたいね」
「え?あ、う、うん!そだね。また行きたいね!」
僕のその言葉に、美核は嬉しそうにしたが、同時に、残念そうな顔もした。
きっと、言いかけたことを……自分の気持ちを言えなくて、でも、次もあることが嬉しくて、なんとも微妙な、不完全燃焼のようか感じになったのだろう。
……正直、僕も同じ気持ちだ。
次にまた一緒に出かけられることを考えると嬉しいし、美核の気持ちを聞けなかったのは残念だ。
でも、まだ聞けない。
彼女の気持ちを聞いてしまったら、自分の中のいろんなものが、崩れて、消え去ってしまいそうだから……
だから、まだ、聞けない。
恋人に限りなく近い友人。
それが、僕も美核も辛いけど傷つかない、今の最良の距離なんだと、僕は信じてる。
「美核、今日はありがとね、一緒に出かけてくれて」
「う、うん……でも、お礼を言うのは私だよ。いろんな物を買ってもらったし……」
「そのお礼は何度も聞いたよ。少しくらい僕からも言わせてよ。……それに、実を言うと僕の方が美核より良い物をもらったしね」
「え、なにそれ?何か貰ったの?」
「……まぁね。何かは教えないけど」
「ええ〜?教えてよ〜!」
「あははは、内緒だよ」
気になるな〜、なんてムッとしている美核に微笑んで誤魔化しながら、僕は今日、美核から貰った沢山のもの……今日の思い出に浸る。
洋服を試着した時の恥ずかしそうな美核。
人形を嬉々として見せてくる美核。
パンを頬張って幸せそうな美核。
腕に抱きついていたずらっぽく笑う美核。
今日は、いろんな美核の表情を、たくさん、たくさん見ることが出来た。
今日は、なんて幸せな日なんだろうか。
出来るならば、こんな日がもう一度、来てくれますように。
そう思いながら、僕は出来上がった紅茶を、美核と一緒に味わうのだった。
「うん。そうだね。完成して良かったよ。焼きそばパン、今度ちょいちょい買いに行こっと」
「あ、私もそうする!週一くらいで買ってもいい美味しさだったよね!」
「うん、そうだね」
焼きそばパンが完成し、ご馳走なった後、僕達はファミリエを出て、リースさんのお店に向かっている。
時刻は四時半。ソース作りを始めたのは一時ちょっと過ぎくらいだったから、三時間くらいでソースを完成させたのか……
再現するべき味があったし、材料も少しわかっていたとはいえ、ほとんど手探りの状態で作ったにもかかわらず、三時間で完成させるとは……やっぱり、この街の人は凄いな、と純粋に僕は尊敬するのだった。
「……そういえば、リースさんの店に寄るの、久しぶりな気がする」
「あ、たしかに。リースのお店、店からはちょっと遠いからね……まぁ、本当にちょっとだけだけど」
リースさんのお店は、ヤバザ通りには無く、その隣、学校や住居の多いツイア通りにある。
緊急時にすぐこれるように、との理由だそうだが、その近くには医者があるし、店の主であるリースさんも、この街にいる時で、週に三回店にいればいい方なので、あまり意味がない気がする。
「っと、ついたみたいだね」
美核といろいろ喋っているうちに、リースさんのお店に到着した。
外装はよくある普通のお店のような、悪くいえば地味目な感じ。名前のようなおどろおどろしい雰囲気など一切ない、簡素な店だ。
誰も、この店の愛称に恐怖なんて言葉が入るとは思わないだろう。
しかし、看板にはしっかりと、恐怖劇薬剤店……“Drogerie Grand-guignol”と書かれている。
まぁ、そんなことはさておき、僕達は店の中にはいるのだった。
「いらっしゃい。……っと、あら、星村に美核じゃない?どうしたの?」
「やほー、リース」
普通の店と変わらない広さなのに、たくさんの棚とそれにギッシリと積まれている薬品の数々のせいでとても狭いと感じる店内。
その中で一人、リースさんは入り口近くに設置されているカウンターに座って本を読んでいた。
「えーと、ほら、前に頼んだヤツあったじゃん?あれを受け取りに来たの」
「ああ、一昨日頼んできたあれね。もう出来てるわ。ちょっと待ってて、今持って来るから」
美核に言われると、リースさんは本を閉じて美核に頼まれた薬を取りに行った。
……追記しておくと、リースさんは魔女である。
話し方からかなり大人っぽく感じることがあるけど、それでも、見た目はロリっ子の魔女である。
つまりなにが言いたいかというと……
薬を取ろうとしても高さが足りないから、背伸びをして取ろうとする姿は、可愛いな、ということだ。
「……空理、変な目でリースを見てるんだけど……?」
「いやぁ、小さい子が背伸びをするって、可愛いなぁ、と思って」
「……たしかに、賛成はするけどさ……」
可愛いなぁ、とリースさんのことを見ていると、ジトっとした目で美核が見てきたため、僕はまぁまぁ、と美核を宥める。
うん、ここは少し話を変えて誤魔化すとしよう。
「そういえば、どんな薬をリースさんに注文したの?」
「え、えと……その……な、内緒の方向で」
思った反応とは違ったので、僕は内心驚いた。
内緒の方向でって、いったいどんな薬を頼んだんだよ……
いつものように媚薬とかだったら、こっそり中和したり出来るんだけど、何か得体のしれないものだったら怖いな……
あとで確認しておかなければ……!
と、そんなことを考えているうちに、リースさんが薬を持って来た。
「これであってるわよね?」
「あ、うん、それであってると思う。ありがとね。はい、これ代金」
「はい、たしかにいただいたわ。……にしても、そんな薬、いったいなにに使うのよ……」
「ん〜、内緒」
「そう……まぁいいわ。美核のことだから、悪いことには使わないだろうしね」
というか、あなた以外に使うことはないだろしね、と暗に示しているかのようにリースさんが、ちら、とこちらを見てきたので、どんな薬でも使わせませんよ?という意味を込めて僕は肩を竦めた。
そして、ついでに僕もリースさんに頼みごとをする。
「あ、そうそう。リースさん、アレが欲しいんですけど、いいですか?」
「……アレって……アレのことかしら?」
「ええ、それです」
「アレって?なに?」
アレ、という言葉を聞いて、リースさんは嫌そうな顔をし、美核は不思議そうな顔をした。
とりあえず、別に隠すようなことじゃないので、美核に簡単に表面だけ話しておく。
「まぁ、簡単に言っちゃえば、不眠治療の薬だね。実は僕、たまに寝れなくなる時期があってね。それがくるたびに、リースさんに頼んで作ってもらってるんだ。……といっても、まだ一回しか作ってもらってないんだけどね」
「ふぅん、そうなんだ……大丈夫なの?病気じゃない?」
「うん、原因は分かってるし、体に害はないから安心して」
「そっか。それならいいんだ」
「じゃあ、先に外で待っててくれないかな?すぐに薬もらえるだろうから」
「了解。二人っきりだからって、変なことしないんだよ?」
「するつもりもする予定もないから安心して」
僕が先に外で待ってるようにお願いすると、美核は茶化しながらも外に出て行ってくれた。
「……星村、分かってるでしょうけど、消夢薬の副作用はあなたの……」
「うん、分かってる。でもそんなことよりも、あんな夢を見続けるのは、僕には辛すぎるから」
消夢薬。
飲んだ人間の夢を消し去る薬。
一部悪夢を見る人間にとってはかなり友好な効果だが、副作用のために薬師の認証を受けてないと買えない代物だ。
その効果だと、美核に言ったような不眠治療の薬ではないと思うだろうが、美核に説明したことに、間違いはない。
なぜなら、過去の記憶という悪夢を見ないようにすることで、僕はやっと眠ることが出来るからだ。
リースさんもそれが分かってるから、深くは追求せずに、薬を作ってくれている。
「……まったく、魔法使いっていうのは大変ね。魔法を一切使わなくても、あなたみたいに代償を払わされるんだから……」
「まぁ、仕方がないよ。それがこの世界のルールなんだから」
袋に錠剤状の消夢薬を何錠か入れながら、リースさんはため息をつく。
……リースさんには、薬を作ってもらう時に、全てを話してある。
自分の魔法のことも、その代償も、そして、僕の決して叶わない夢も。
「……星村、いいかげん吹っ切らないと、不幸になるわよ?」
「あはは……分かってても、吹っ切れないのが、僕だし、僕の魔法の代償なんだよ……たぶん、本人に合わない限り、吹っ切れないんじゃないかな?……それでも、美核のことを愛せるけどね……」
「……辛いわね、そんな生き方……」
僕の言葉の意味を理解し、リースさんは少し暗い顔をして、同情するようにそう言った。
そして、薬の入った袋を僕に渡す。
「はいこれ。……一応、一ヶ月分は入れたけど、あまり使わないように。……下手したら、あなたの寿命が縮むんだからね……」
「分かってる。大丈夫。あまり使わないように努力するから。じゃあ、これ。代金です」
「ありがとう。……本当に、薬の使い方だけは、気をつけなさいよ……!」
「分かってるよ。……さて、じゃあもう行くね。美核をあまり待たせたくないから」
「ええ。さようなら」
「うん、じゃあね」
何度も釘を刺すリースさんに別れを言ってから、僕は店を出るのだった。
「お待たせ美核!……と、ライカ?」
美核の元に向かうと、美核は僕の友人……兼領主であるライカ・鶴城・テベルナイトと一緒にいた。
「やぁ、星村。ちょうどいいところに出会ったね」
「よし、美核、帰ろう!」
「あっていきなり帰ろうとするとか、酷くないかな……?」
「すまないが、今日は特にお前と関わりたくないんだ」
「酷いなぁ……まぁ、理由は分かるけど、さ」
いきなり帰ろうとする僕に苦笑いをしてから、ライカはチラリと美核を見てからそう言ってきたため、僕はあからさまに嫌そうな顔をした。
「分かるんだったら帰ってもいいだろう?お前に付き合うとろくなことがない」
「あははは……本当にボロクソ言うね……まぁいいや。じゃあ、後ででいいから、僕の屋敷に来てくれないかな?頼みたいことがあるんだけど……」
「……分かったよ。とりあえず、一度帰ってからだぞ?お前のところに行くなら、荷物おいてく必要もあるし」
自分でもはっきりと分かるくらい嫌な顔をしながらも、僕は承諾した。
こいつの頼みごとは、便利な物だったり、結構な額のお金だったりと報酬がいいため、無下には出来ないのだ。
まぁ、それもこれも、僕の魔法があいつの奥さん……神奈さんの魔法に代わることが出来るからなんだけど……
「了解。そしたら、6時くらいなら、ちょうどいいかな?」
「……6時にお前のとこな。わかった」
「それじゃ、僕はリースに用があるから、また」
馬に蹴られて死にたくないからね、と付け加えながら、ライカはリースさんの店に入っていった。
一度ため息をついてから空を見ると、暗くなってきていたので、僕達は帰ることにした。
「……にしても、領主様と空理が知り合いなのは知ってたけど、結構仲がいいんだね」
「あれを見て仲がいいと思うのはどうかと思うけど、まぁ、犬猿の仲ってわけじゃあないね」
「仲が悪かったら、話なんて聞かないもんね。……にしても、領主様から空理への頼みごとって、なんなんだろうね?」
「どうせ、くだらないことだと思うよ?ライカのことだし、趣味の延長とかで手伝って欲しいことがあるんじゃないの?」
ツイア通りはヤバザ通りの隣であるため、そんなにかからずに店に到着した。
鍵を開けて、中にはいる。
「ただいま〜」
「おかえり。さて、荷物をどこかに置かないとな……」
「あ、服とか私の物は自分で持ってくよ」
「ん。じゃあこれね」
美核の分の荷物を渡して、僕も自分の荷物を自室にしまいにいく。
僕の買ったものは、カードセット二つに変な飴、その他細かいもの二点に……あと、消夢薬くらいなので、簡単に片付いた。
その後、下に降りて、美核がいなかったので、まだ片付いてないのかな、と思い、降りてきた時にすぐに飲めるように、カウンターで紅茶を淹れ始めた。
「ふぅ、終わったぁ」
「お疲れ。紅茶いれてるんだけど、飲む?」
「うん、お願い」
片付け終わり降りてきた美核は、カウンター席に座って紅茶を待つ。
紅茶を待ってる間、美核は暇だったのか、僕に話しかけてきた。
「……空理、今日はありがとね。いろんなものを買ってくれて」
「何度もいうけど、構わないよ。お礼だったし、何より、楽しかったからね。あれくらいの出費、問題ないよ」
「そっか……でも、ありがとう」
お礼を言うと、少しの間、沈黙が流れる。
ちらと美核の様子を見てみると、何か言いたそうな、でも、言おうかどうか迷っているような顔をしていた。
その、何度か見たことのあるその表情を見ただけで、僕は彼女がどんなことを言おうとしてるのか、予想がついた。
15秒、経ったか経たないか、そのくらいの時間、悩んだあと、ついに美核は口を開く。
「あ、あのね、空理!わ、私ね……!!」
「ねぇ、美核」
しかし、僕は美核の言葉を遮って、話しかけた。
話そうとしたところを僕に遮られ、勢いを失った美核は、あ、な、なにかな?と少し下を向いて話を聞く態勢となった。
「えと、さ、また、一緒に出かけたいね」
「え?あ、う、うん!そだね。また行きたいね!」
僕のその言葉に、美核は嬉しそうにしたが、同時に、残念そうな顔もした。
きっと、言いかけたことを……自分の気持ちを言えなくて、でも、次もあることが嬉しくて、なんとも微妙な、不完全燃焼のようか感じになったのだろう。
……正直、僕も同じ気持ちだ。
次にまた一緒に出かけられることを考えると嬉しいし、美核の気持ちを聞けなかったのは残念だ。
でも、まだ聞けない。
彼女の気持ちを聞いてしまったら、自分の中のいろんなものが、崩れて、消え去ってしまいそうだから……
だから、まだ、聞けない。
恋人に限りなく近い友人。
それが、僕も美核も辛いけど傷つかない、今の最良の距離なんだと、僕は信じてる。
「美核、今日はありがとね、一緒に出かけてくれて」
「う、うん……でも、お礼を言うのは私だよ。いろんな物を買ってもらったし……」
「そのお礼は何度も聞いたよ。少しくらい僕からも言わせてよ。……それに、実を言うと僕の方が美核より良い物をもらったしね」
「え、なにそれ?何か貰ったの?」
「……まぁね。何かは教えないけど」
「ええ〜?教えてよ〜!」
「あははは、内緒だよ」
気になるな〜、なんてムッとしている美核に微笑んで誤魔化しながら、僕は今日、美核から貰った沢山のもの……今日の思い出に浸る。
洋服を試着した時の恥ずかしそうな美核。
人形を嬉々として見せてくる美核。
パンを頬張って幸せそうな美核。
腕に抱きついていたずらっぽく笑う美核。
今日は、いろんな美核の表情を、たくさん、たくさん見ることが出来た。
今日は、なんて幸せな日なんだろうか。
出来るならば、こんな日がもう一度、来てくれますように。
そう思いながら、僕は出来上がった紅茶を、美核と一緒に味わうのだった。
11/05/14 17:17更新 / 星村 空理
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