マッシュポテト
「にしても、マスター、遅いね」
僕が医者に診てもらってから二日が経った。
すでに風邪は昨日の朝に治っており、美核と一緒に出かけたり、ライカのところで一仕事したりして過ごした。
しかし、マスターが墓参りに出て行ってから6日も経つ。
去年もそうだったし、マスターも言ってたので、一週間ぐらいで帰って来るのはわかっているのだが、墓参りや他の用事で帰ってこないにしても5日間ずっとはやっぱり心配になって来る。
同じように美核も思ったのか、店が終わる三時間前くらいの時間に、カウンターで僕の淹れた紅茶を飲みながら、そんなことをつぶやいてきた。
「まぁ、仕方がないよ。前回も一週間くらい帰ってこなかったから」
「……でも、明日はクリスマスイヴなんだよ?」
……そういえば、今日は23日。
明日はもうクリスマスイヴなんだよな……
僕個人としては、別に美核と二人っきりのクリスマス、というのもいいんだが、でも、マスターと一緒のクリスマスの方が、きっといいクリスマスになるだろう。
「……そうだね。明日までには、帰ってきてくれるといいね」
と、僕がそう言ったちょうどその時だった。
「……今、帰った」
チリンチリン……と、お馴染みの立てながら、マスターが、店に帰ってきた。
「おかえりなさい、マスター!」
「お疲れ様でした。何か飲みますか?」
「いや、今はいい。それより、お前たちに紹介したいやつがいる」
マスターがそういうと、またベルがなり、僕よりちょっと年下の男の子が入ってきた。
青色の短髪に、黒い瞳、顔のバランスは僕と同じ普通な感じ。
体型は普通だが、いくらか運動を続けているのか、少し引き締まっている印象が取れる。
そして僕は、その少年に見覚えがあった。
「あ……!」
「………………」
彼も、僕のことを覚えていたようで、少し驚いた様に僕のことを見ていた。
ちょっと美核達に事情を知られると面倒なことになるため、僕は静かに唇に人差し指を当てて、無言でなにも言わない様に頼む。
それを見ると、彼は理解したのか、小さく頷いてきた。
彼の様子を見て、マスターがこちらを見てきた。
……美核には気づかれてないだろうが、おそらくマスターには気づかれただろう。
でも、マスターは無理に話を訊こうとはしないため、たぶん大丈夫だろうと結論付ける。
「紹介する。方丈 正孝。今日からうちで働くことになった」
「よ、よろしくお願いします」
「へぇ、バイトか……珍しいですね、マスターが従業員を増やすなんて」
「……なにやら事情がありそうだったし、ライカに頼まれたからな。うちで働かせる事にした」
「そっか……私は立宮 美核。よろしくね、方丈君」
「あ、はい!」
マスターに紹介され、おどおどしながら方丈君は美核と握手を交わした。
五人も嫁がいるんだから、美核には手を出すなよ〜?
そんなことはしないとわかっていながらも、僕は心の中でそう思いながら、握手の終わった方丈君に手を差し出す。
「初めまして、方丈君。僕は星村 空理。どっちで呼んでも構わないよ」
「あ、よ、よろしくお願いします……」
若干戸惑いながらも、方丈君は僕とも握手を交わす。
そして、挨拶が終わったところで、僕はマスターと話し始めた。
「ところでマスター、お店の方はどうするんですか?今日は無理だとして、明日はクリスマスイヴですし……またなにかやりますか?」
「ふむ……そうだな……」
「あ、それ私から提案があるんだけど!」
明日について少し悩んでいると、ピッ!と勢いよく美核が手を挙げてアピールしてきた。
「なんだ?」
「なにかいい案でもあったの?」
「あのさ、当日は知り合いとかみんな集めてのパーティーなんて……どうかな?」
「……ほう……」
「へぇ、忙しくないし、いい案だね。方丈君の歓迎会も兼ねられるしね」
「え……?僕の歓迎会です、か……?……と言うか、クリスマスイヴ……?」
「うん。当たり前でしょ?これから一緒に働くんだしね」
「あ、ありがとうございます!」
「ん〜、ここはどういたしまして、といったほうがいいのかな?」
「……パーティーを開くなら、知り合いを誘わなければな……」
「そうですね。じゃあ、僕はジルさんとかルシア君とか誘ってみるよ」
「あ、と……それはいいんだけどさ……」
「ん?どうしたの?」
今年のクリスマスイヴは知り合いとパーティーを開こう、という方針に決め、話し合う中、美核は少し訝しげな顔をしながら僕達とは別方向を見ていた。
「いやさ、あの……窓の外からこっちを見てる女の子達って、もしかして、方丈君の知り合い?」
「え……?」
美核に言われて見てみると、たしかに、窓の外からこちらを覗き込んで来る女の子達がいた。
人数は五人。全員違う種族の魔物で、ミミック、アヌビス、ミノタウロス、セイレーン、雪女……
……方丈君に続き、またしても、僕はこの少女達に見覚えがあった。
方丈君は、窓の外を見て、少し驚いたような顔になった。
「あ……みんな……」
「あー、マスター、彼女達、たぶん方丈君の知り合いなんで……」
「……ああ、入れてやれ……」
僕が言うと、マスターは少し頭を抑えるような仕草をしながら、彼女達を指差した。
言われて、僕も小さくため息をつきながらも、店の外にいる逆井さんたちに話しかけた。
「……そこの方丈君の嫁さん達、入ってきていいよ……」
「え?」
「あー、やっぱりバレちまったか」
「いや、バレるバレない以前の問題だと思うんだけど……」
「……とにかく、中に入りませんか?ご迷惑をかけてしまうかもしれませんし……」
「……そうだな」
声をかけると、五人はそれぞれの反応を取ってから、店の中に入った。
「えーと、方丈君の、この子達は誰なの?」
「あ、と……彼女達は……ミミックの逆井 恋歌、アヌビスの木島 長門、ミノタウロスの江村 真紀、セイレーンの村紗 縁、雪女の中月 雪野。で、僕との関係は……」
「嫁よ!」
「嫁だ」
「嫁だな!」
「嫁に決まってるわ!」
「お嫁さんですね」
方丈君が言おうとしたところを、全員が勢いよく、しかし声を重ねないというチームワークを発揮しながら答えてきたので、美核は少し顔を引きつらせながら、そ、そうなんだ……と言った。
ちなみに僕とマスターは呆れたような顔をして、方丈君は困ったような顔をしたのは言うまでもない。
「というか、みんななんで覗いてたりしたの?」
「いや、夕飯の買い物に行ったらマサが店の中にいたから……気になってね」
まぁ、買い物に行ったっていっても、まだなんにも買ってないんだけど。と言いながら、逆井さんは肩を竦めた。
が、中月さんと木島さんがすぐにことの真相を話してしまう。
「まぁ、それは建前で、本音は正孝さんが働くというお店を見てみたいと探してたんですよ」
「じゃなかったら、私達が全員で出かける必要はないしな」
「ちょっ、二人とも!?」
「……そういえば、あなたもここで働いていたのですね」
「……ん?空理もこの人たちと知り合いなの?」
「え、えと初対面だよ……?」
「……ああ、そうでしたね。すみません。人違いだったようです」
ふと、気がついたように中月さんがそう言ってきて、美核が訝しげな顔をしながら僕に訊いてくる。
どう答えたものかと困ったけど、バレるといろいろ面倒なので、いつものように嘘をつく。
と、なんとなく察したのか、中月さんは僕の話に合わせて、人違いということにしてくれた。
……いつ嘘をついても、気持ちいいものじゃないな……
そう思いながらも、僕は少し時間を稼ぐために、美核にちょっと頼みごとをする。
「あ、そうだ。折角だし、アレでも食べてみてもらおうかな……美核、ちょっとジャガイモを蒸かしてくれない?」
「……なにを作るんだ……?」
「えーと……粉吹き芋……って言っても分からないでしょうから……マッシュポテトって言えばわかりますか?」
「ああ、わかった」
「でも、なんで突然頼むの?」
「いや、久しぶりに簡単な料理を作りたくてね……まぁ、久しぶりと言っても、一昨日サンドイッチ作ったんだけどね……」
「お前、料理出来たのか?」
「……下手と言っても、火を使ったり、難しい技術を使わない料理くらいはそこそこ作れますよ……」
「んー、まぁ分かったわ。んじゃあ蒸かしてくるわね」
「うん。お願いね」
「……ふむ、そしたら俺も、コーヒーでも淹れてくるか……」
「あ、ありがとうございます」
マスター、僕が何も料理作れないと思ってたのかなぁ、なんて思いながら、僕は苦笑いをする。
美核が向こうに行くと、マスターも状況を察してか、コーヒーを淹れに行ってくれた。
……さて、と……
「じゃあ、二人とも居なくなったし、何か訊きたいことがあれば答えてみるけど?」
ふぅ、と軽くため息をついてから、僕は彼らに質問はないか訊いた。
なんとなく事情を理解した方丈君と中月さん、あと、木島さんは分かったと答えたが、他の三人はへ?とまだ状況が理解出来てないようだった。
まぁ、とりあえずそこは放って置くとしよう。
まずは、方丈君が口を開いた。
「なんで星村さんはミゲ……マスターと立宮さんに、僕達が初対面ではないことを知られたくないんですか?」
「……知られたら、ちょっと面倒なことになるんだよね……」
「面倒なこと?」
「うん。特に美核にとっては、ね……」
「へ?」
「いや、なんでもない。……そうだね、説明するには時間がないし、ちょっと話しやすい場所に移動しようか…………よっと」
『え?』
僕は言うと、おもむろにメモにある言葉を書き、空中に放る。
と、そのメモに、黒いものが、集まってきた。
それを見て、みんなが動揺する。
しかし、動揺している間に、すでに変化は完了していた。
カシャン!という音を立てて“世界が割れ”、僕達は白い、待合室のような、小さな部屋に移動していた。
「……おい、いったい何をしたんだ?」
警戒しながら、江村さんは僕に訊いてくる。
まぁ、ここならいくら話しても問題はないし……
「じゃあ、できたら他言無用でお願いするよ?」
そう前置きをしてから、僕は、自分の“魔法”について説明を始めた。
「じゃあまずは江村さんの訊いてきたこの空間について。この空間は“メタ空間”って言って、ある作品で出てくる思考の場なんだ。まぁ、ここから出ない限り時間は進まないから、ゆっくり話せるってことさえ理解してくれればいいよ。で、この空間を作ってるのは、僕の魔法、“オーサー”なんだ」
「魔法……?」
「ん?君達の世界には、魔法や魔術の文化はなかったのかい、魔物がいるのに?」
「あ、いえ。魔法や魔術はあるにはあったんですが、専門の学校に通わないと魔物でもつかえませんでした」
「そーそー。例外的に魔力は使えたけどね〜」
「そうだな。長門達のマミーの呪いやら、その種族の特徴である魔術、技術は使えたが、それ以外の魔法は一部……バフォメットなんかの上位種しか使えなかったな。ミノタウロスのオレなんか全くそういうのは使えなかったぜ」
「そっか……あとで魔法学か魔術学で学ぶと思うから大まかな魔法の説明は省くね。……で、僕の魔法である“オーサー”の能力だね。これは、“本の生成と本の世界の具現化”だね」
「……?どういうことでしょうか?」
「簡単に言うと、僕の聞いた話、覚えてる話を本に出来て、本に書いてあること、物をこっちに出せるってこと。いい例は、このメタ空間だよ」
「なるほど……昨日はそれを使って、私達をこの世界に呼んだのか」
「ま、そういうこと。でも、この魔法が残すのはあくまで影響だけ。魔法を消せば、この空間みたいに、魔法で作った物は消滅するよ」
「へぇ、面白いですね」
「……でも、本の世界を具現化してるって言っても、僕の想像力を媒介にしてるから、使ってる間はすっごい頭痛が襲ってくるんだよね……しかも、それ以外に代償があるし……」
「え?代償……?」
「うん、そう。代償。あー、それの説明は省くよ?魔法学で学ぶことだしね。あ、飽きたら寝ちゃってもいいよ。あの子達みたいに」
「え?」
そういいながら僕が指差した先には、話を聞くのが飽きたのか、村紗さんと逆井さんが近くにあった椅子に座って眠ってしまっていた。
それを見た方丈君は、何やってんの……と飽きれて起こそうとしたけど、仕方がないよ、つまらない話だもん。と僕は起こすのを引き止めた。
話を知ってる人は少ない方がいい。
ついでに、二人には毛布を出してかけておく。
「さて、じゃあ魔法の説明は終わったから、なんでそのことをマスター達に教えないのか、だね。理由は……マスターに関しては、本当は、別に知られても構わないんだけど……それが関係して、美核に知られちゃったら面倒なことになるから、かな?」
「……立宮さんが、ですか?」
「……うん、そう。あと、出来たら美核のことは苗字で呼ばないで欲しいかな」
「なんでですか?」
「魔法の代償のせいで、ちょっと、ね……」
「……もしかして、アンタの代償とやらが関係してるから、美核さん……だっけか?に、知られたくないってことか?」
「あははは……ご明察。その通りだよ。僕は美核に魔法を持ってること……特に、その魔法の代償を知られたくないんだ」
「……そこまでさせる代償とは、いったいどのようなものなんですか……?」
「ん?そんな大したもんじゃないんだけどね……僕の魔法の代償は、“絶対に叶わないユメを見続けること”だよ」
「絶対に叶わない、ユメ……ですか?」
「いったい星村殿は、どんなユメを……」
「くだらないユメだよ」
木島さんが訊いてきたのを、僕は少し吐き捨てるかのように答えた。
本当に、くだらない願い。
過去に縛られた、願うだけ虚しいユメを、僕は見続けている。
そのユメを見続けているからこそ、僕は……
「……というか、僕の話ばっかりじゃないか。他には訊きたいことはないのかい?僕の話以外で」
自己嫌悪に陥り、ループしかけて、僕はそれから逃れるために、ふと気がついたことを言う。
さっきからずっと僕の話ばっかりしている。
なんでこうなったんだっけ……?
「えと……あ、そういえば、この世界では、明日がクリスマスイヴ、なんですか?」
「ん?そうだね、今日は12月23日。明日はクリスマスイヴだよ。でも、なんでそんな……あ、そっか。君たちはクリスマス当日にこの世界に来たんだっけね……」
「ええ。つい昨日クリスマスだったのに、またクリスマスをやるって聞いたんで……」
「まぁ、そこらへんも異世界学で習うから詳しくは省略するけど、異世界同士の時間は同期しないんだ。君の世界ではクリスマスだったけど、こっちに呼んだのはクリスマスの前だったから、二回もクリスマスが訪れるなんて事になったんだね」
『……二回目の、クリスマス……!!』
「あー、そこの五人、言っとくけど明日はパーティーやるから誰と過ごすか争うなんてやらないでよ?……まぁ、クリスマス当日はお休みにするだろうから当日は好きに奪い合ってもいいけど」
「……というか、レンと縁はいつから起きてたの……?」
「「ついさっきだよ?」」
テヘッ☆とまるで某不二家の人形のような笑い方をしながら言う二人に、方丈君は呆れ、僕は苦笑をする。
……うーん、そろそろ限界かな……?
「えーと、他にはないかな?そろそろ、頭痛我慢出来なくなってくてるんだけど……」
「あ、はい。ありがとうございました」
「……さっきから思っていたんだが、やはり我慢していたんだな……」
「……うん……これ、結構辛いんだ……」
じゃあ、消すよ、と断ってから、僕はメタ空間を消す。
途端に、頭痛が少しずつだが収まっていくのを感じた。
が、残ってる痛みがまだ引かず、ガンガンと響いているので、僕は、っ〜〜!と思わず頭を抱えてしまった。
「えと……大丈夫ですか?」
「……うん。痛いけど、一応は大丈夫だよ……」
心配そうに方丈君が訊いてきたので、僕はあはは……と弱く笑いながら答える。
そう言えば、割と早めに空間を作ったから、まだ美核がジャガイモも蒸かし終えるまで時間があるのか……
どうやって待ってよう、なんて考えていると、不意に、村紗さんが口を開いた。
「そういえばさ、星村さんって、立み……じゃなかった。美核さんと付き合ってたりするの?」
「え"?……えと、なんで突然そんなことを……?」
「あ、それ私も気になった!」
「ああ、私もだ」
「なんつーか、恋人っぽいけど、未だにすれ違い続けてる……みたいな距離感に感じたんだよな……」
「……で、結局のところ、どうなんですか?」
「え、えーと……」
女性陣全員が興味津々な顔でこちらを見てくる。
かなり困る。店の中で答えちゃったら美核に聞かれる可能性もあるし……なにより、恥ずかしい。
助けを求めようと方丈君の方を見るが……
「あー、すみません。それは僕も気になります」
「ゑ〜?」
彼も敵だった。
「まぁ、なにも言われなくても答えはだいたい察せますけど……」
「なんでそんなに気持ちをひた隠しにするのかなぁ、なんて、気になるよね」
「うんうん。どうせ両思いっぽいんだから、告白しちゃえばいいのに」
「あー、うー」
「空理〜、蒸かし終わったよ〜!」
「了解!今行く!すぐ行く!」
「……逃げましたね……」
いろいろと追い詰められていると、美核から作業が終わった知らせがあったので、僕は逃げるように奥に行く。
いや、実際に逃げてるんだけどね……
「ありがとう、美核。じゃあ、方丈君とかと話して親睦でも深めながら待っててよ」
「そうね。と言っても、あとは味付けだけだから、そんなに待たないんだろうけど」
「あははは……たしかにね」
そう言葉を交わしながら、僕はキッチンに入り、美核は方丈君達のところに戻る。
さて、じゃあさっさと味をつけてみんなに食べてもらうとしますか……
「チャッチャッチャ〜っと……うーん、もうちょいかな……?」
適度に塩胡椒を混ぜて、蒸かしたジャガイモを潰していく。
そして、出来上がると、底の深い器を二つ使って盛り、美核達の元へ運ぶ。
ちょうど、マスターも飲み物を淹れて美核達に振舞っていた。
「お待たせ〜味付け終わったよ〜」
「あ、終わりましたか。マスターも今飲み物を淹れてくれてるところですよ」
「あ、マスター、僕は紅茶がいいです……というか、美核はいったいどうしたの?なんか顔がすっごい赤いけど……?」
「なっ、な、なんでも……なぃ……」
「……星村さんと同じ目にあった、と言えばわかりますか?」
「あぁ……」
みんなと一緒にカウンターに座り、マスターから紅茶を受け取ってから、僕はマッシュポテトをみんなの前に置いた。
そして、なぜかは分からないけど美核が赤面してるのに気がつくと、方丈君が説明してくれて、僕は少し美核に同情する。
僕も美核も、恋愛方面の質問とかには弱いからな……
「さ、さて、マッシュポテトも来たし、食べない?」
「そうですね。いただきましょうか」
「おう、じゃあ……」
『いただきます!!』
江村さんが合図をし、全員が一斉に挨拶をする。
そして、マスターが先に持って来てくれていたスプーンを各々持って、マッシュポテトをすくって……
あ、そういえば……
「言い忘れてたけど、かなり前に友人がこれを食べて言ったんだけど、僕の作ったマッシュポテトは……」
えーと、たしか……あ、そうそう。
少しうろ覚えだったから思い出すのにラグが発生してしまった。
しかしまぁ、問題はないだろう。
そう思って、みんなが口に頬張る姿を見ながら、僕はなんでもないように続けた。
「どうも、辛いらしい」
『カッッッラ!?』
僕が言った途端、マスター以外の全員が同じリアクションをとった。
ちなみに補足しておくと、味付けに使ったのは塩胡椒のみである。
「く、空理!あんたいったいなにやったの!?」
「いや、普通に蒸かしたジャガイモを潰してから塩胡椒使って味付けしただけだけど?」
「に、にしては辛過ぎませんか!?」
「そ、そうかな……?」
「……しかし、ジャガイモの味は失われていないし、食感もいい……ふむ……」
みんなが辛い辛い言っている中、マスターだけは、なぜか思案顔になっていた。
「あれ?マスター、どうしたんですか?」
「……いや、味付けを少し変えれば、メニューに載せられるかもしれんと思っただけだ」
「え"?マスター、本気なんですか!?」
「……試してみるか。……星村、俺がまた芋を蒸かしてくるから、お前はそれを潰してくれ……味付けはするな」
「あ、はいわかりました」
じゃあ、待ってろ、とマスターは言ってキッチンに向かう。
うーん、そんなに辛いのかなぁ……
「あ、辛過ぎて食べられなかったら言ってね。僕が食べるから」
「うーん、じゃあ私はパス……かな?ゴメンね、星村さん」
「いいよ。僕の味付けしたものだしね。他にはいるかな?」
「僕は大丈夫ですよ。辛いの好きですし」
「私も平気かな?……というか、なんでこんなに食感が滑らかなの……?たぶん私が作ってもこんなにならないわよ……?」
「一応、練ったり混ぜたりするのは得意だからね、僕」
……そんな話をしている内に、マスターがジャガイモを蒸かし終えて、僕は潰しにいき、終わったら、今度はマスターが味付けをして、いただく。
マスターの味付けは、僕のと違って、誰もが美味しいと言える素晴らしいものだった。
そして、マッシュポテトが、ここのメニューに追加されたのだった。
××××××××××××××××××××××××××××××
『いただきます!』
現在の時刻は約7時。
少し早めの夕食を、僕達は食べている。
テーブルには、僕と美核とマスター……はもちろんのこと、方丈君達6人もいる。
まだ夕飯の材料を買っていなかったから、折角なので、ここで食べてもらうことにしたのだ。
ちなみに、リースさんはこっちには来ていない。
最近彼女は、この街にいても、こっちに帰ってくる事が少なくなっていた。
たぶん、ジルさんやククリスさんのところでご厄介になってるのだろう。
「ん〜美味しい!さっきのマスターのマッシュポテトもいいけど、美核ちゃんの料理もいいね!」
「そうだな。お昼には必ず来たいくらいだ」
「それはよかったよ。ちなみに、お昼まで働いたら、まかないにマスターか美核が作ってくれるんだ」
「え〜?いいなぁ、マサ。休日仕事したらお昼にこんなに美味しいもの食べられるのかぁ……」
羨ましそうに、逆井さんが言い、方丈君がそうだね、と相槌を打つ。
それを見た残りの4人が、ズルいとばかりに方丈君にからんでいく。
……うん、面白いな、彼らは。
これから、そんな彼らが僕の日常に加わる。
それは、なんて素敵なことなんだろう。
そう思い、彼が新しく加わったアーネンエルベの様子を思い浮かべながら僕は微笑み、美核の料理をいただくのであった。
僕が医者に診てもらってから二日が経った。
すでに風邪は昨日の朝に治っており、美核と一緒に出かけたり、ライカのところで一仕事したりして過ごした。
しかし、マスターが墓参りに出て行ってから6日も経つ。
去年もそうだったし、マスターも言ってたので、一週間ぐらいで帰って来るのはわかっているのだが、墓参りや他の用事で帰ってこないにしても5日間ずっとはやっぱり心配になって来る。
同じように美核も思ったのか、店が終わる三時間前くらいの時間に、カウンターで僕の淹れた紅茶を飲みながら、そんなことをつぶやいてきた。
「まぁ、仕方がないよ。前回も一週間くらい帰ってこなかったから」
「……でも、明日はクリスマスイヴなんだよ?」
……そういえば、今日は23日。
明日はもうクリスマスイヴなんだよな……
僕個人としては、別に美核と二人っきりのクリスマス、というのもいいんだが、でも、マスターと一緒のクリスマスの方が、きっといいクリスマスになるだろう。
「……そうだね。明日までには、帰ってきてくれるといいね」
と、僕がそう言ったちょうどその時だった。
「……今、帰った」
チリンチリン……と、お馴染みの立てながら、マスターが、店に帰ってきた。
「おかえりなさい、マスター!」
「お疲れ様でした。何か飲みますか?」
「いや、今はいい。それより、お前たちに紹介したいやつがいる」
マスターがそういうと、またベルがなり、僕よりちょっと年下の男の子が入ってきた。
青色の短髪に、黒い瞳、顔のバランスは僕と同じ普通な感じ。
体型は普通だが、いくらか運動を続けているのか、少し引き締まっている印象が取れる。
そして僕は、その少年に見覚えがあった。
「あ……!」
「………………」
彼も、僕のことを覚えていたようで、少し驚いた様に僕のことを見ていた。
ちょっと美核達に事情を知られると面倒なことになるため、僕は静かに唇に人差し指を当てて、無言でなにも言わない様に頼む。
それを見ると、彼は理解したのか、小さく頷いてきた。
彼の様子を見て、マスターがこちらを見てきた。
……美核には気づかれてないだろうが、おそらくマスターには気づかれただろう。
でも、マスターは無理に話を訊こうとはしないため、たぶん大丈夫だろうと結論付ける。
「紹介する。方丈 正孝。今日からうちで働くことになった」
「よ、よろしくお願いします」
「へぇ、バイトか……珍しいですね、マスターが従業員を増やすなんて」
「……なにやら事情がありそうだったし、ライカに頼まれたからな。うちで働かせる事にした」
「そっか……私は立宮 美核。よろしくね、方丈君」
「あ、はい!」
マスターに紹介され、おどおどしながら方丈君は美核と握手を交わした。
五人も嫁がいるんだから、美核には手を出すなよ〜?
そんなことはしないとわかっていながらも、僕は心の中でそう思いながら、握手の終わった方丈君に手を差し出す。
「初めまして、方丈君。僕は星村 空理。どっちで呼んでも構わないよ」
「あ、よ、よろしくお願いします……」
若干戸惑いながらも、方丈君は僕とも握手を交わす。
そして、挨拶が終わったところで、僕はマスターと話し始めた。
「ところでマスター、お店の方はどうするんですか?今日は無理だとして、明日はクリスマスイヴですし……またなにかやりますか?」
「ふむ……そうだな……」
「あ、それ私から提案があるんだけど!」
明日について少し悩んでいると、ピッ!と勢いよく美核が手を挙げてアピールしてきた。
「なんだ?」
「なにかいい案でもあったの?」
「あのさ、当日は知り合いとかみんな集めてのパーティーなんて……どうかな?」
「……ほう……」
「へぇ、忙しくないし、いい案だね。方丈君の歓迎会も兼ねられるしね」
「え……?僕の歓迎会です、か……?……と言うか、クリスマスイヴ……?」
「うん。当たり前でしょ?これから一緒に働くんだしね」
「あ、ありがとうございます!」
「ん〜、ここはどういたしまして、といったほうがいいのかな?」
「……パーティーを開くなら、知り合いを誘わなければな……」
「そうですね。じゃあ、僕はジルさんとかルシア君とか誘ってみるよ」
「あ、と……それはいいんだけどさ……」
「ん?どうしたの?」
今年のクリスマスイヴは知り合いとパーティーを開こう、という方針に決め、話し合う中、美核は少し訝しげな顔をしながら僕達とは別方向を見ていた。
「いやさ、あの……窓の外からこっちを見てる女の子達って、もしかして、方丈君の知り合い?」
「え……?」
美核に言われて見てみると、たしかに、窓の外からこちらを覗き込んで来る女の子達がいた。
人数は五人。全員違う種族の魔物で、ミミック、アヌビス、ミノタウロス、セイレーン、雪女……
……方丈君に続き、またしても、僕はこの少女達に見覚えがあった。
方丈君は、窓の外を見て、少し驚いたような顔になった。
「あ……みんな……」
「あー、マスター、彼女達、たぶん方丈君の知り合いなんで……」
「……ああ、入れてやれ……」
僕が言うと、マスターは少し頭を抑えるような仕草をしながら、彼女達を指差した。
言われて、僕も小さくため息をつきながらも、店の外にいる逆井さんたちに話しかけた。
「……そこの方丈君の嫁さん達、入ってきていいよ……」
「え?」
「あー、やっぱりバレちまったか」
「いや、バレるバレない以前の問題だと思うんだけど……」
「……とにかく、中に入りませんか?ご迷惑をかけてしまうかもしれませんし……」
「……そうだな」
声をかけると、五人はそれぞれの反応を取ってから、店の中に入った。
「えーと、方丈君の、この子達は誰なの?」
「あ、と……彼女達は……ミミックの逆井 恋歌、アヌビスの木島 長門、ミノタウロスの江村 真紀、セイレーンの村紗 縁、雪女の中月 雪野。で、僕との関係は……」
「嫁よ!」
「嫁だ」
「嫁だな!」
「嫁に決まってるわ!」
「お嫁さんですね」
方丈君が言おうとしたところを、全員が勢いよく、しかし声を重ねないというチームワークを発揮しながら答えてきたので、美核は少し顔を引きつらせながら、そ、そうなんだ……と言った。
ちなみに僕とマスターは呆れたような顔をして、方丈君は困ったような顔をしたのは言うまでもない。
「というか、みんななんで覗いてたりしたの?」
「いや、夕飯の買い物に行ったらマサが店の中にいたから……気になってね」
まぁ、買い物に行ったっていっても、まだなんにも買ってないんだけど。と言いながら、逆井さんは肩を竦めた。
が、中月さんと木島さんがすぐにことの真相を話してしまう。
「まぁ、それは建前で、本音は正孝さんが働くというお店を見てみたいと探してたんですよ」
「じゃなかったら、私達が全員で出かける必要はないしな」
「ちょっ、二人とも!?」
「……そういえば、あなたもここで働いていたのですね」
「……ん?空理もこの人たちと知り合いなの?」
「え、えと初対面だよ……?」
「……ああ、そうでしたね。すみません。人違いだったようです」
ふと、気がついたように中月さんがそう言ってきて、美核が訝しげな顔をしながら僕に訊いてくる。
どう答えたものかと困ったけど、バレるといろいろ面倒なので、いつものように嘘をつく。
と、なんとなく察したのか、中月さんは僕の話に合わせて、人違いということにしてくれた。
……いつ嘘をついても、気持ちいいものじゃないな……
そう思いながらも、僕は少し時間を稼ぐために、美核にちょっと頼みごとをする。
「あ、そうだ。折角だし、アレでも食べてみてもらおうかな……美核、ちょっとジャガイモを蒸かしてくれない?」
「……なにを作るんだ……?」
「えーと……粉吹き芋……って言っても分からないでしょうから……マッシュポテトって言えばわかりますか?」
「ああ、わかった」
「でも、なんで突然頼むの?」
「いや、久しぶりに簡単な料理を作りたくてね……まぁ、久しぶりと言っても、一昨日サンドイッチ作ったんだけどね……」
「お前、料理出来たのか?」
「……下手と言っても、火を使ったり、難しい技術を使わない料理くらいはそこそこ作れますよ……」
「んー、まぁ分かったわ。んじゃあ蒸かしてくるわね」
「うん。お願いね」
「……ふむ、そしたら俺も、コーヒーでも淹れてくるか……」
「あ、ありがとうございます」
マスター、僕が何も料理作れないと思ってたのかなぁ、なんて思いながら、僕は苦笑いをする。
美核が向こうに行くと、マスターも状況を察してか、コーヒーを淹れに行ってくれた。
……さて、と……
「じゃあ、二人とも居なくなったし、何か訊きたいことがあれば答えてみるけど?」
ふぅ、と軽くため息をついてから、僕は彼らに質問はないか訊いた。
なんとなく事情を理解した方丈君と中月さん、あと、木島さんは分かったと答えたが、他の三人はへ?とまだ状況が理解出来てないようだった。
まぁ、とりあえずそこは放って置くとしよう。
まずは、方丈君が口を開いた。
「なんで星村さんはミゲ……マスターと立宮さんに、僕達が初対面ではないことを知られたくないんですか?」
「……知られたら、ちょっと面倒なことになるんだよね……」
「面倒なこと?」
「うん。特に美核にとっては、ね……」
「へ?」
「いや、なんでもない。……そうだね、説明するには時間がないし、ちょっと話しやすい場所に移動しようか…………よっと」
『え?』
僕は言うと、おもむろにメモにある言葉を書き、空中に放る。
と、そのメモに、黒いものが、集まってきた。
それを見て、みんなが動揺する。
しかし、動揺している間に、すでに変化は完了していた。
カシャン!という音を立てて“世界が割れ”、僕達は白い、待合室のような、小さな部屋に移動していた。
「……おい、いったい何をしたんだ?」
警戒しながら、江村さんは僕に訊いてくる。
まぁ、ここならいくら話しても問題はないし……
「じゃあ、できたら他言無用でお願いするよ?」
そう前置きをしてから、僕は、自分の“魔法”について説明を始めた。
「じゃあまずは江村さんの訊いてきたこの空間について。この空間は“メタ空間”って言って、ある作品で出てくる思考の場なんだ。まぁ、ここから出ない限り時間は進まないから、ゆっくり話せるってことさえ理解してくれればいいよ。で、この空間を作ってるのは、僕の魔法、“オーサー”なんだ」
「魔法……?」
「ん?君達の世界には、魔法や魔術の文化はなかったのかい、魔物がいるのに?」
「あ、いえ。魔法や魔術はあるにはあったんですが、専門の学校に通わないと魔物でもつかえませんでした」
「そーそー。例外的に魔力は使えたけどね〜」
「そうだな。長門達のマミーの呪いやら、その種族の特徴である魔術、技術は使えたが、それ以外の魔法は一部……バフォメットなんかの上位種しか使えなかったな。ミノタウロスのオレなんか全くそういうのは使えなかったぜ」
「そっか……あとで魔法学か魔術学で学ぶと思うから大まかな魔法の説明は省くね。……で、僕の魔法である“オーサー”の能力だね。これは、“本の生成と本の世界の具現化”だね」
「……?どういうことでしょうか?」
「簡単に言うと、僕の聞いた話、覚えてる話を本に出来て、本に書いてあること、物をこっちに出せるってこと。いい例は、このメタ空間だよ」
「なるほど……昨日はそれを使って、私達をこの世界に呼んだのか」
「ま、そういうこと。でも、この魔法が残すのはあくまで影響だけ。魔法を消せば、この空間みたいに、魔法で作った物は消滅するよ」
「へぇ、面白いですね」
「……でも、本の世界を具現化してるって言っても、僕の想像力を媒介にしてるから、使ってる間はすっごい頭痛が襲ってくるんだよね……しかも、それ以外に代償があるし……」
「え?代償……?」
「うん、そう。代償。あー、それの説明は省くよ?魔法学で学ぶことだしね。あ、飽きたら寝ちゃってもいいよ。あの子達みたいに」
「え?」
そういいながら僕が指差した先には、話を聞くのが飽きたのか、村紗さんと逆井さんが近くにあった椅子に座って眠ってしまっていた。
それを見た方丈君は、何やってんの……と飽きれて起こそうとしたけど、仕方がないよ、つまらない話だもん。と僕は起こすのを引き止めた。
話を知ってる人は少ない方がいい。
ついでに、二人には毛布を出してかけておく。
「さて、じゃあ魔法の説明は終わったから、なんでそのことをマスター達に教えないのか、だね。理由は……マスターに関しては、本当は、別に知られても構わないんだけど……それが関係して、美核に知られちゃったら面倒なことになるから、かな?」
「……立宮さんが、ですか?」
「……うん、そう。あと、出来たら美核のことは苗字で呼ばないで欲しいかな」
「なんでですか?」
「魔法の代償のせいで、ちょっと、ね……」
「……もしかして、アンタの代償とやらが関係してるから、美核さん……だっけか?に、知られたくないってことか?」
「あははは……ご明察。その通りだよ。僕は美核に魔法を持ってること……特に、その魔法の代償を知られたくないんだ」
「……そこまでさせる代償とは、いったいどのようなものなんですか……?」
「ん?そんな大したもんじゃないんだけどね……僕の魔法の代償は、“絶対に叶わないユメを見続けること”だよ」
「絶対に叶わない、ユメ……ですか?」
「いったい星村殿は、どんなユメを……」
「くだらないユメだよ」
木島さんが訊いてきたのを、僕は少し吐き捨てるかのように答えた。
本当に、くだらない願い。
過去に縛られた、願うだけ虚しいユメを、僕は見続けている。
そのユメを見続けているからこそ、僕は……
「……というか、僕の話ばっかりじゃないか。他には訊きたいことはないのかい?僕の話以外で」
自己嫌悪に陥り、ループしかけて、僕はそれから逃れるために、ふと気がついたことを言う。
さっきからずっと僕の話ばっかりしている。
なんでこうなったんだっけ……?
「えと……あ、そういえば、この世界では、明日がクリスマスイヴ、なんですか?」
「ん?そうだね、今日は12月23日。明日はクリスマスイヴだよ。でも、なんでそんな……あ、そっか。君たちはクリスマス当日にこの世界に来たんだっけね……」
「ええ。つい昨日クリスマスだったのに、またクリスマスをやるって聞いたんで……」
「まぁ、そこらへんも異世界学で習うから詳しくは省略するけど、異世界同士の時間は同期しないんだ。君の世界ではクリスマスだったけど、こっちに呼んだのはクリスマスの前だったから、二回もクリスマスが訪れるなんて事になったんだね」
『……二回目の、クリスマス……!!』
「あー、そこの五人、言っとくけど明日はパーティーやるから誰と過ごすか争うなんてやらないでよ?……まぁ、クリスマス当日はお休みにするだろうから当日は好きに奪い合ってもいいけど」
「……というか、レンと縁はいつから起きてたの……?」
「「ついさっきだよ?」」
テヘッ☆とまるで某不二家の人形のような笑い方をしながら言う二人に、方丈君は呆れ、僕は苦笑をする。
……うーん、そろそろ限界かな……?
「えーと、他にはないかな?そろそろ、頭痛我慢出来なくなってくてるんだけど……」
「あ、はい。ありがとうございました」
「……さっきから思っていたんだが、やはり我慢していたんだな……」
「……うん……これ、結構辛いんだ……」
じゃあ、消すよ、と断ってから、僕はメタ空間を消す。
途端に、頭痛が少しずつだが収まっていくのを感じた。
が、残ってる痛みがまだ引かず、ガンガンと響いているので、僕は、っ〜〜!と思わず頭を抱えてしまった。
「えと……大丈夫ですか?」
「……うん。痛いけど、一応は大丈夫だよ……」
心配そうに方丈君が訊いてきたので、僕はあはは……と弱く笑いながら答える。
そう言えば、割と早めに空間を作ったから、まだ美核がジャガイモも蒸かし終えるまで時間があるのか……
どうやって待ってよう、なんて考えていると、不意に、村紗さんが口を開いた。
「そういえばさ、星村さんって、立み……じゃなかった。美核さんと付き合ってたりするの?」
「え"?……えと、なんで突然そんなことを……?」
「あ、それ私も気になった!」
「ああ、私もだ」
「なんつーか、恋人っぽいけど、未だにすれ違い続けてる……みたいな距離感に感じたんだよな……」
「……で、結局のところ、どうなんですか?」
「え、えーと……」
女性陣全員が興味津々な顔でこちらを見てくる。
かなり困る。店の中で答えちゃったら美核に聞かれる可能性もあるし……なにより、恥ずかしい。
助けを求めようと方丈君の方を見るが……
「あー、すみません。それは僕も気になります」
「ゑ〜?」
彼も敵だった。
「まぁ、なにも言われなくても答えはだいたい察せますけど……」
「なんでそんなに気持ちをひた隠しにするのかなぁ、なんて、気になるよね」
「うんうん。どうせ両思いっぽいんだから、告白しちゃえばいいのに」
「あー、うー」
「空理〜、蒸かし終わったよ〜!」
「了解!今行く!すぐ行く!」
「……逃げましたね……」
いろいろと追い詰められていると、美核から作業が終わった知らせがあったので、僕は逃げるように奥に行く。
いや、実際に逃げてるんだけどね……
「ありがとう、美核。じゃあ、方丈君とかと話して親睦でも深めながら待っててよ」
「そうね。と言っても、あとは味付けだけだから、そんなに待たないんだろうけど」
「あははは……たしかにね」
そう言葉を交わしながら、僕はキッチンに入り、美核は方丈君達のところに戻る。
さて、じゃあさっさと味をつけてみんなに食べてもらうとしますか……
「チャッチャッチャ〜っと……うーん、もうちょいかな……?」
適度に塩胡椒を混ぜて、蒸かしたジャガイモを潰していく。
そして、出来上がると、底の深い器を二つ使って盛り、美核達の元へ運ぶ。
ちょうど、マスターも飲み物を淹れて美核達に振舞っていた。
「お待たせ〜味付け終わったよ〜」
「あ、終わりましたか。マスターも今飲み物を淹れてくれてるところですよ」
「あ、マスター、僕は紅茶がいいです……というか、美核はいったいどうしたの?なんか顔がすっごい赤いけど……?」
「なっ、な、なんでも……なぃ……」
「……星村さんと同じ目にあった、と言えばわかりますか?」
「あぁ……」
みんなと一緒にカウンターに座り、マスターから紅茶を受け取ってから、僕はマッシュポテトをみんなの前に置いた。
そして、なぜかは分からないけど美核が赤面してるのに気がつくと、方丈君が説明してくれて、僕は少し美核に同情する。
僕も美核も、恋愛方面の質問とかには弱いからな……
「さ、さて、マッシュポテトも来たし、食べない?」
「そうですね。いただきましょうか」
「おう、じゃあ……」
『いただきます!!』
江村さんが合図をし、全員が一斉に挨拶をする。
そして、マスターが先に持って来てくれていたスプーンを各々持って、マッシュポテトをすくって……
あ、そういえば……
「言い忘れてたけど、かなり前に友人がこれを食べて言ったんだけど、僕の作ったマッシュポテトは……」
えーと、たしか……あ、そうそう。
少しうろ覚えだったから思い出すのにラグが発生してしまった。
しかしまぁ、問題はないだろう。
そう思って、みんなが口に頬張る姿を見ながら、僕はなんでもないように続けた。
「どうも、辛いらしい」
『カッッッラ!?』
僕が言った途端、マスター以外の全員が同じリアクションをとった。
ちなみに補足しておくと、味付けに使ったのは塩胡椒のみである。
「く、空理!あんたいったいなにやったの!?」
「いや、普通に蒸かしたジャガイモを潰してから塩胡椒使って味付けしただけだけど?」
「に、にしては辛過ぎませんか!?」
「そ、そうかな……?」
「……しかし、ジャガイモの味は失われていないし、食感もいい……ふむ……」
みんなが辛い辛い言っている中、マスターだけは、なぜか思案顔になっていた。
「あれ?マスター、どうしたんですか?」
「……いや、味付けを少し変えれば、メニューに載せられるかもしれんと思っただけだ」
「え"?マスター、本気なんですか!?」
「……試してみるか。……星村、俺がまた芋を蒸かしてくるから、お前はそれを潰してくれ……味付けはするな」
「あ、はいわかりました」
じゃあ、待ってろ、とマスターは言ってキッチンに向かう。
うーん、そんなに辛いのかなぁ……
「あ、辛過ぎて食べられなかったら言ってね。僕が食べるから」
「うーん、じゃあ私はパス……かな?ゴメンね、星村さん」
「いいよ。僕の味付けしたものだしね。他にはいるかな?」
「僕は大丈夫ですよ。辛いの好きですし」
「私も平気かな?……というか、なんでこんなに食感が滑らかなの……?たぶん私が作ってもこんなにならないわよ……?」
「一応、練ったり混ぜたりするのは得意だからね、僕」
……そんな話をしている内に、マスターがジャガイモを蒸かし終えて、僕は潰しにいき、終わったら、今度はマスターが味付けをして、いただく。
マスターの味付けは、僕のと違って、誰もが美味しいと言える素晴らしいものだった。
そして、マッシュポテトが、ここのメニューに追加されたのだった。
××××××××××××××××××××××××××××××
『いただきます!』
現在の時刻は約7時。
少し早めの夕食を、僕達は食べている。
テーブルには、僕と美核とマスター……はもちろんのこと、方丈君達6人もいる。
まだ夕飯の材料を買っていなかったから、折角なので、ここで食べてもらうことにしたのだ。
ちなみに、リースさんはこっちには来ていない。
最近彼女は、この街にいても、こっちに帰ってくる事が少なくなっていた。
たぶん、ジルさんやククリスさんのところでご厄介になってるのだろう。
「ん〜美味しい!さっきのマスターのマッシュポテトもいいけど、美核ちゃんの料理もいいね!」
「そうだな。お昼には必ず来たいくらいだ」
「それはよかったよ。ちなみに、お昼まで働いたら、まかないにマスターか美核が作ってくれるんだ」
「え〜?いいなぁ、マサ。休日仕事したらお昼にこんなに美味しいもの食べられるのかぁ……」
羨ましそうに、逆井さんが言い、方丈君がそうだね、と相槌を打つ。
それを見た残りの4人が、ズルいとばかりに方丈君にからんでいく。
……うん、面白いな、彼らは。
これから、そんな彼らが僕の日常に加わる。
それは、なんて素敵なことなんだろう。
そう思い、彼が新しく加わったアーネンエルベの様子を思い浮かべながら僕は微笑み、美核の料理をいただくのであった。
11/04/24 20:13更新 / 星村 空理
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