聖夜後日談
「はいはい!全員席について〜。HR始めるよ〜」
教室の中から、ライカさんの安心しきった声が聞こえてくる。
なんでも、家にいるより、学校にいる方が何かと落ち着くらしい。
なんというか、奥さん、可哀想だよなぁ……
「さて、今日はこのクラスに編入生が来ますよ〜」
「お、編入生か!男?女?」
「どっちもだよ。編入生は六人。男子が一人で、残りは女子。ミミックと、アヌビスとミノタウロスとセイレーン、あと、雪女だね」
『……え"?』
何か心当たりがあるのか、クラスのみんなは声を揃えて言う。
『まさか……いやいや……』
「まぁ、いろいろ言いたいだろうけど、それはまた後でね。じゃあ、入って来て〜」
ライカさんに呼ばれ、僕達は教室のドアを開け、中に入る。
「んじゃあ、全員自己紹介お願いね。まずは……方丈君からでいいかな?」
「あ、はい」
ライカさんに促され、僕は黒板に自分の名前を一字一字しっかりと書き、そして、自己紹介を始める。
「はじめまして。方丈 正孝です。短い間でしょうが、よろしくお願いします!」
××××××××××××××××××××××××××××××
この世界に来た翌日、僕達は、全員希望して、学校に通うことにした。
昨日は家族との別れを終え、新しい住居で夜を過ごした。
……にしても、別れの挨拶をした時は、驚いた。
ライカさん、すでに僕達の親に、ここに連れていくことを説明していたらしいのだ。
そのお陰で、意外にもすんなりと納得され、ある程度の荷物を持って、ここに再び来ることが出来た。
おそらく、他のみんなも同じなのだろう。
まぁ、それはともかく……
その後、学校に編入するため、領主のくせに何故か学校勤務のライカさんに頼んで編入の手続きをしてもらい……
その当日に登校することになったのだ。
ちなみに補足しておくと、魔術学など、あっちの世界にはない教科もあるため、高等部一年から、僕達はやり直すことになっている。
「……んで、お前さ、結局五人と付き合ってんのか?」
「……え"?なにその質問!?」
そして現在昼休み。僕はクラスの四分の一しかいない男子全員と集まり、弁当を食べながら話していた。
ちなみに、四時限目の終了と同時に、レン達全員が僕に向かって走って来たが、なぜかクラスの女子に連行され、全員このクラスにはいない。
「で、どうなんだよ?お前、あの五人のこと好きなんだろ?」
「な、なんでそんなこと言わなきゃ……というか、なんでそんなわかった風に五人が好きって……!!」
「いや、だって、なぁ?」
『なぁ?』
動揺しながら言うと、中心的人物らしき男がみんなに振ると、全員が同じリアクションを取った。
「いや、全員ハモって言わないでよ!?怖いよ!?しかも答えになってないし!?」
「いやぁ、あれだ。わかるもんはわかるんだ」
「そのわかる理由が気になるんだけど……」
「そこらへんは訊かない方がいいよ?知らない方がいいことなんて、この世にはたくさんある」
「……ライカさん、なに自然にここに混ざってるんですか……?」
にょろっと僕の背後から現れながら答えるライカさんに、僕は内心驚きながらも、呆れたようにため息をつく。
「いやぁ、仕事粗方終わってるし、暇なんでね。君達に混ぜてもらおうと思って」
「いや、あなた家が近いでしょう。奥さんのために帰ったりしないんですか?」
「……帰ったら、たぶんもう今日はここに戻ってこれない気がするんだ……いつものことだけど……」
「はぁ、惚気ですか。羨ましい限りです」
「……いや、そうじゃないんだよ。違うんだよ……」
「あー、はいはい。そうですね。わかってますわかってます」
「……方丈、言ってやるなよ……先生も、いろいろあるんだからさ……」
さっきよりも呆れの度合いを濃くしながら、僕はライカさんに適当に相槌を打つ。
……にしても、ライカさん、本当に少し精神的に追い詰められてる顔をしてるな……
クラスのみんなもなんか同情的な目でライカさんをみてるし……
いったい、なんなんだろう……
ちなみに、ライカさんはこのクラスの担任である。
担当教科は、魔法学と異世界学の二つ。
どちらも、あっちにはなかった教科だ。
「あ、そうだ。ライカさん、放課後、少し相談に乗ってもらってもいいですか?」
「ああ、いいけど、ここで話した方が早くないかい?」
「まぁ、学校とは関係ないですし、あとででいい話ですからね」
「ふぅん。そうかい。うん。いいよじゃあ、放課後、僕の家に来てくれ。話はそこで聞くよ」
「はい、ありがとうございます」
僕がそうお礼を言っていると、なにやら廊下の方が騒がしくなって来た。
ドドドド……と、誰かがすごい勢いで走っているような音がする。
というか、こっちに向かって来ているような気がする。
少しすると、声も聞こえてくるようになった。
「……なぁたぁ……!!」
「!?すまない、嫌な予感がしたから逃げるね!んじゃあ、次の授業、僕担当だから全員きちんと座ってるんだよ?では、サラバダッ!!」
「あっちょっ!?先生、ここ二階!!」
突然窓からライカさんが飛び降りたかと思ったら、今度は教室の扉をバンッ!と誰かが強く弾いて、黒い影が、まるでライカさんを追いかけるように窓に突っ込んで行った。
少しあとに、アーッ!?という叫び声を聞きながら、僕は某然と弾き飛ばされ、真っ二つに割られた扉を見る。
「……いったい、なにがあったの……?」
「……方丈、いつものことだ。気にするな」
某然としている僕に、クラスの誰かが後ろからポンッ、と肩に手を置いて言う。
……これがいつものことなのか……
怖いなこのクラス……
……ちなみに、このあとの五時限目、ライカさんは来ず、代わりに副担任であり最近教職についたばかりの新任教師であるファルロスさん(担当教科は地理、特技は地図作成)が授業をしてくれたということを報告しておく。
××××××××××××××××××××××××××××××
「あの……すみません……」
「えーと、どなたでしょうか?」
ライカさんの家の前で、僕は少しおどおどしながら門番さんに話しかける。
僕がライカさんの家にきたのは今回で3回目。
最初はこの世界に初めて連れられた時。
2回目は家族に別れを告げてここに戻ってきた時。
どちらも、突然家の中にきていたため、今回みたいにちゃんとここに来るのは初めてだ。
つまりは、領主の家……屋敷の大きさに、僕は少し萎縮しているのだ。
「僕、方丈 正孝というんですが……ライカさんに相談に乗ってもらう約束したんですけど……」
「ああ、方丈さんか。話は聞いてるよ。どうぞ」
「あ、ありがとうございます……」
門番さんに通されて、僕はライカさんの家に向かって歩き出す。
それほど大きくはないけど、それでも立派と言える庭の中を歩きながら、ああ、あの人は本当にこの街の領主なんだなぁ、などと失礼ながら考えてしまう。
「お邪魔します……?」
門番さんの時と同じように、恐る恐る扉を開けながら、僕は屋敷の中に入る。
と、すぐに視界に、メイド服を来た女性と、初老を過ぎた……そう、だいたい50〜60台の男性が話している姿が入った。
「……ふむ、侍従長、俺とは別の客のようだ」
「え……?あ……申し訳ありません。いらっしゃいませ。貴方は……方丈様、でございますね?」
「あ……はい」
「では、ミゲル様、方丈様、ライカ様の元へお連れします」
「ああ、頼む」
「お願いします……」
僕を見ると、慌てて侍従長が、男性と僕の案内を始めた。
……にしても、この世界にもメイド服ってあるんだな……
いや、僕の世界でも昔はちゃんと仕事としてあったんだから、この世界にもそういうのはある可能性はあったか。
……というか、ライカさんの趣味、という可能性もあるか……
と、そんなことを考えているうちに、ぼくたちはライカさんのいる部屋の前に到着していた。
「ライカ様、ミゲル様と方丈様がいらっしゃいました」
「あぁ。わかった、通してくれ」
「かしこまりました。ミゲル様、方丈様、どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
「すまないな」
それぞれの言い方でお礼をしてから、僕と男性……たしか、ミゲルさんって呼ばれてたよな……は部屋に入った。
部屋は、最初に僕達が訪れたところと同じ場所だった。
もしかしたら、応接室か、ライカさんの執務室なのかもしれない。
「久しぶり、マスター。元気そうで何よりだよ。方丈君、すまないね。午後の授業、行けなくてさ」
「……仕事をちゃんとやらないのは、感心しないな……」
すまなそうに僕に謝るライカさんを見て、ミゲルさんは軽くたしなめるように言った。
「いやぁ、やりたいとは思ったんだけど、アイツがねぇ……」
「……あいつにも、領主の仕事があるはずだが……?」
「……もう終わってたよ……」
「……あいつには、自制心はないのか……」
「あるけど、我慢できない体質なんだよ……」
「……はぁ、魔法使いってのは、みんなそうなのか……」
「それは個々によって違うよ。現に僕はそうじゃないだろう?」
「……そうだな」
なにやらよくわからない会話をしている内に、ミゲルさんがなにやら可哀想なものを見るかのような、微妙な顔になった。
……いったい、どんな話をしてたんだろう……
「まぁ、こんな話をしてても仕方がないね。……で、ここに来たっていうことは、やっぱり見つかったのかい?」
「ああ。テメングニルの孤児院に寄った時に、それらしいやつを、な」
そういいながら、ミゲルさんはライカさんになにか紙束のようなものを渡す。
ありがとう、と言いながら、ライカさんは紙束を軽く読み始める。
「結局、それはなんの研究レポートなんだ?わけのわからん単語ばかりで、理解ができなかったんだが……」
「うーん、まぁ、理解しても普通は意味がない内容だよ。しかも、理解ができるのは、僕とあと数人だろうしね。……いや、正直、僕もあまり理解出来てないかな……?まぁ、ともかく、理解できなくて当然だよ。ただ、ちょっと教えると、一年くらい前の病気について、ってところだね」
「……そうか。まぁ、俺の用事はこのくらいだ」
「そっか。じゃあ、方丈君、待たせたね。話って、なんだい?」
いろいろと話したあと、ライカさんは僕の方を向いて話しかけてくる。
わけのわからない話がずっと続いていて、若干上の空になっていた僕は、話しかけられて少し慌てながら話し始めた。
「あ、は、はい。えと、実は……仕事……というか、バイトを紹介して欲しくて……」
「仕事かい?またなんで?しばらくは僕が援助するから金銭面の心配はないだろうし、君は学生だろう?もう働き始めて、どうするつもりだい?」
「……早めに、そういう仕事に慣れておきたいと思ったんです……」
ここには、親はいない。
ライカさんからの援助がなくなったら、自分の力でなんとかしないといけなくなるのだ。
だから、少しでも、自立できるよう、頑張らないと。
……みんなを、支えるためにも……
そう思って、働き口を紹介してもらおうと、僕は早速ライカさんに相談したのだ。
「えと、別にそんなに大きな仕事とかじゃなくて、バイトとか、そんな短期の仕事でいいんです。少しでも働いて、今のうちに働き慣れておきたいんです」
「……なんというか、君達は、よく似てるんだね」
「え……?」
ライカさんの言葉に、僕はキョトンとした。
君……達?
今現在、ここにいるのは、ライカさんを除いて、僕とミゲルさんしかいない。
つまり、彼は僕とミゲルさんが似ている、と言ってるように思える。
僕も、聞いてすぐそう思ってミゲルさんの方を見た。
でも、微妙にライカさんの君達、のニュアンスが違うことに気がつく。
「いやね、“彼女達にも”そういうのを頼まれたんだよ」
「彼女達……?」
「うん。恋歌君、長門君、真紀君、縁君、雪野君。みんな、僕のところに来て、仕事を紹介して欲しいって。教室に行く前にね……ほら、手続きを頼まれた時、五人が話しかけて来ただろう?その時だよ」
「ああ、そういえば……」
教室に行く前に、みんながライカさんのことを引き止めて何か話していたな……
あの時はとりあえず僕は用がなかったから、職員室の外で待ってたけど……なるほど、そんな話をしてたのか。
ちなみに補足しておくと、今朝にライカさんは僕達の新しい住居に訪れ、迎えに来ている。
僕達に学校に通うのかどうか訊くためだ。
「……まぁ、それはともかく、だ。どんな仕事がいいかな?」
「えと、そうですね……力仕事はあまり得意じゃないので、デスクワークとか、接客業がいいですね……あと、できたらある程度時間の都合がつけられるところがあったら、そこがいいですね……」
「ふむふむ……とすると……」
僕に要望を聞きながら、ライカさんは近くの棚にあった分厚い本を手にとってめくり始めた。
どうやらいろいろと仕事を探しているらしい。
そんな様子を見てから、ミゲルさんがジッと僕のことを見てきた。
「えと……なんですか?」
「……いや、お前、働き口が欲しいのか?」
少しビクビクしながら、僕はミゲルさんに話しかける。
と、ミゲルさんは確かめるように僕に仕事が欲しいのか訊いてきた。
「え、ええ、まぁ。今、ちょっとライカさんに金銭の援助してもらってるんですけど、それがいつなくなってもちゃんと自分で稼げるようにしたくて……」
「…………ふむ」
わけを話すと、ミゲルさんは少し考え込むような素振りを見せた。
そしてふむ、とまた言って何かを決めると、ミゲルさんはライカさんに話しかける。
「なぁ、領主よ。こいつ、うちで雇うのはどうだ?」
「いいのかい?僕もちょうどマスターに頼もうと思ってたところなんだよ。一番条件に当てはまってるのは、マスターの店だったからね」
「ああ。うちも少し人でが足りなかったからな。……で、お前はどうなんだ?うちで働く気はないか?」
「えと……ミゲルさんのお店って、何をやってるんですか?」
「ああ、そういえば言ってなかったっけ。マスターの店は喫茶店だよ。店員はマスター含めてまだ三人。小規模な店だけど、人気はそこそこだね」
「え……?そんな店に働かせてもらっていいんですか?」
「ああ、構わない。ここ一年は特に人が増えてきて忙しくなってきてるしな。人が増えるなら助かる。……まぁ、たくさんは欲しくないがな」
「えと……そしたら、よ、よろしくお願いします!!」
「……ああ、頼む」
あまりにも嬉しくて、勢いよく僕はミゲルさんにお辞儀してお礼を言った。
ライカさんも、よかったね、と少し満足したように僕に言ってくる。
喫茶店か……楽しみだなぁ……
「……そしたら、後で店に来い。早速顔合わせするぞ」
「あ、はい。わかりました。荷物置いたらすぐに向かいますね」
「ああ……店はどこかわかるか?」
「えと……すみません。昨日ここに来たばかりなんで、わからないです……」
「……そうか。なら、俺もついていこう」
「あ、ありがとうございます!」
「……さて、そしたら俺達は失礼するぞ」
「ああ、うん。お疲れ様。またなんかあったら寄ってってくれ」
「……まぁ、何かあったら、な」
「ライカさん、ありがとうございました。失礼します」
「うん。じゃあね」
いろいろと話してから、僕とミゲルさんは部屋を出て、屋敷を出る。
「もうお帰りになられるのですか?」
「ああ。まだあいつらに帰ったことを伝えてないしな。邪魔したな」
「あ、お、お邪魔しました……」
「またお越しくださいね」
侍従長に見送られ、門番さんに挨拶して、僕は家に向かう。
「……そういえば、お前、名前は?」
「あ、方丈 正孝です。改めて、よろしくお願いします」
「ああ、よろしく」
それだけ言って、ミゲルさんは何も言わなくなる。
どうやら、人と接するのが苦手らしい。
でも、悪い人じゃないんだろうな……
じゃなければ、僕に自分の店にこないか、なんて誘わないし……
……あ、そうだ……
「……そういえば、お店には僕の先輩になる人が二人いるんですよね?どんな人なんですか?」
「……そうだな……片方は素直じゃないが努力家で、片方は……ヘラヘラしてるが、本当のことは言わない、つかみどころの少ない奴、だな」
「あはは……なんですかそれ。二人目の人、フォローしてないじゃないですか……」
そう言いながら、僕は微苦笑する。
それを見て、ミゲルさんも苦笑しながら確かにな、と答える。
「……だが、二人とも大切な家族……息子や娘みたいなものだ」
「そうですか……」
そうして話しているうちに、僕の住む家に到着した。
「あ、ここです。じゃあ、すぐに戻りますから」
「わかった」
僕が言うと、ミゲルさんはそう短く答えて待ってくれた。
急いで準備しよう。
そう思って、僕は鍵を開け、扉を開いて“皆に”帰宅を告げる。
「ただいま〜」
『おかえり(なさ〜い)〜』
僕が帰って来たのを知ると、皆が玄関まで迎えに来てくれた。
……結局、ライカさんの言った彼女達を幸せにする方法は、簡単なものだった。
それは、重婚の許可と、全員との同居だ。
みんなは、それに納得して、この世界に住むことを了承したらしい。
別に重婚以外なら元の世界と同じじゃない?と、彼女達に言ってみたところ……
『向こうだったら更にライバル増えそうだから』
と返されてしまった。
ちなみにさらに、いや、僕は別に君達以外は好きにならないよと言ったところ、でも、私達全員好きだって言ってるし、と突っ込まれてしまった。
そこを言われると言い返せなくなってしまう。
「ねぇねぇマサマサ!私ね、バイト始めたよっ!」
「うおっ!?……っとと……」
「む、恋歌、抜け駆けか?ズルいぞ」
「そうだよ〜!と、言うことで私も〜ていっ!」
「あ、ははは……」
「持てる男性は大変ですね、正孝さん」
「……とか何とか言いながら、雪野さんも抱きつくんですね……」
「そりゃあ、皆さんに先を越されたくないですからね」
「まったく、三人とも、正孝が困ってるだろ。離れてやれ……」
「そうだぞ!つか、オレもそうやって抱きつきてーなぁ……」
「二人ともこういうのが出来ないから羨ましいんでしょ〜?」
「なんだと〜?」
「……否定はしないが、あまりそう言わないで欲しいな。実際、正孝は困ってるわけだし」
「まぁ、それもそうですね」
「ん、わかったわ。あ、言い忘れてた。正孝、私達全員、バイト見つけたから」
長門が注意してくれて、レン、縁、雪野さんが抱きつくのをやめて離れてくれた。
そして、縁が改めて僕に向かって報告する。
「うん、知ってる。ライカさんから聞いたよ。で、僕も働くことにした。今日は顔出しあるからすぐ行かないと」
「そうなのか。ちなみに、正孝はどんな仕事にしたんだ?」
「僕は喫茶店だよ。みんなは?」
「私は孤児院のお手伝い。先生とか目指してたし、ちょうどいいかなって。……と言っても、ほとんど休みの日しか行けないけどね」
「ああ、たしかにレンは子供の世話とか、勉強教えたりするの上手だったしね。納得だよ」
「……私はこの街の自警団の事務をすることにした。働くとしたら、警察なんかがいいと思ってな」
「あはは、長門らしいや。うん。頑張ってね」
「オレは雑貨屋で働くぜ!……ってなんだよその驚いたような顔は!力仕事じゃなかったのがそんなに意外か!?」
「いや、そうは言ってないよ。……まぁでも、意外だったかな?」
「私はギルドって場所で働かせてもらうんだ。なんかライカさんが言うには、多分受け付けやらされるかも、だって」
「ああ、たしかに。縁ならそういう仕事が似合いそうだよね」
「私は……薬剤店に務めることになりました。薬を売るだけなんですが……なんでも、その店の店主さんはかなり優秀な薬師なんだそうですよ?」
「へぇ、すごい店に務めるんだね。その店主さん、どんな人なんだろうなぁ……」
皆と話しながら、僕は荷物を片付け、必要そうな物をポケットにつめていく。
「……さて、準備も終わったし、行ってくるね」
「おう、頑張れよ!……つっても、顔合わせだけっつってたよな」
「いってらっしゃい。あまり遅くなるなよ?」
「私達みんな心配しちゃうからね?」
「そうですよ?あなたは私達の支えなんですからね?……店の人に浮気しちゃ、駄目ですよ?」
「はいはい。わかってるよ。というか、僕はここにいるみんな以外は好きにならないよって、前も言ったでしょ?」
「あ、そうだ!マサ、今日は私が夕飯作るんだけど、なにかリクエストとかある?」
「うーん……ないかな?レンのオススメでお願いするよ」
「りょうかーい!」
みんな一緒に、僕のことを送ってくれる。
……うん、この五人のためにも、僕がしっかりして、頑張らなきゃな。
そう決意しながら、僕はミゲルさんと合流した。
「お待たせしました。……っと、誰かと話してたんですか?」
「ん?ああ、まぁ、な。ライカに言伝を頼まれたんだ。……さて、じゃあ行くか……」
「はい!」
外に出てすぐに、ミゲルさんが誰かと別れたのを見て、僕は気になって訊いてみると、どうやらライカさんの使いの人らしい。
……いやまぁ、メイド服着てたから、なんとなくわかったけど……
ともかく、僕はミゲルさんと一緒にお店に向かうのだった。
「……あ、そういえば、僕、何時くらいに店に行けばいいんでしょうか?」
「……店の営業は基本20時まで。週休は一日の毎週水曜。で、お前は……そうだな。時間が空いてるときに来るといい。終わりもあまり勝手でなければお前が決めていいぞ。給料は……時給でその日に渡そう。……時給は……そうだな、1000でどうだ?」
「え?そんな好待遇……いいんですか?」
「ああ。人出が足りないとは言ったが、別に三人でもどうにかなる。金も、あまり俺は使わんし……それに、お前はまだ学生だし、事情もありそうだし、な……」
「あ……ありがとうございます、ミゲルさん!!」
予想より何倍も良過ぎる待遇にしてもらって、僕はミゲルさんに大声でお礼を言いながら頭を下げる。
それを見たミゲルさんは、少し苦い顔をしながら、いいから、頭上げろ、目立つ……と僕に言う。
あ……たしかに、道端で大声でお礼を言いながら……なんて、目立ちすぎちゃう行動だったな……
「あ……すみません」
「……ああ。あと、もう一つ。あまり、俺のことを名前で呼ぶな」
「え?どういうことですか?」
「……あまり、名前で呼ばれたくないんだ」
「……わかりました」
そういえば、ライカさんも名前でミゲルさんのことを呼ばないで、マスターって呼んでたな……
なんでかは知らないけど、何か理由があるんだろう。
そう思って、僕は了解した。
うーん、そしたら、ライカさんと同じようにマスター、と呼べばいいのかな?
「……っと、着いたぞ」
「ここが……」
「ああ、そうだ。……たぶん、二人とも店にいるだろう……」
話しているうちに、僕はミゲルさんのお店に到着したようだった。
チリンチリン……とベルを鳴らしながら、ミゲルさんは店の中に入っていく。
僕も店の中に入る……前に、closedという看板の上にある、お店の名前が書いてあるもう一つ看板を見る。
看板には、流れるような、滑らかな字体で、よく分からない文字が書かれてあり、その下には、同じように、“Ahnenerbe”と書かれていた。
読みは……アーネンエルベ、だったはずだ。
喫茶店“アーネンエルベ”……
ここが、僕の働くお店なのか……
なんか、聞いたことのある名前だな……
そんなことを考えながら、僕は苦笑する。
……さて、待たせたらいけないし、僕もお店に入ろう。
そう思って、僕は扉に手をかける。
いったい、どんな人がいるんだろうな……
面白い人だといいな……
いったい、どんな内装をしてるんだろう……
期待と不安と好奇心。
いろんなものを抱えながら、僕は店の中に入っていくのだった。
……そして、意外な人と再び出会うことを、その時まだ僕は予想してなかったのだった。
教室の中から、ライカさんの安心しきった声が聞こえてくる。
なんでも、家にいるより、学校にいる方が何かと落ち着くらしい。
なんというか、奥さん、可哀想だよなぁ……
「さて、今日はこのクラスに編入生が来ますよ〜」
「お、編入生か!男?女?」
「どっちもだよ。編入生は六人。男子が一人で、残りは女子。ミミックと、アヌビスとミノタウロスとセイレーン、あと、雪女だね」
『……え"?』
何か心当たりがあるのか、クラスのみんなは声を揃えて言う。
『まさか……いやいや……』
「まぁ、いろいろ言いたいだろうけど、それはまた後でね。じゃあ、入って来て〜」
ライカさんに呼ばれ、僕達は教室のドアを開け、中に入る。
「んじゃあ、全員自己紹介お願いね。まずは……方丈君からでいいかな?」
「あ、はい」
ライカさんに促され、僕は黒板に自分の名前を一字一字しっかりと書き、そして、自己紹介を始める。
「はじめまして。方丈 正孝です。短い間でしょうが、よろしくお願いします!」
××××××××××××××××××××××××××××××
この世界に来た翌日、僕達は、全員希望して、学校に通うことにした。
昨日は家族との別れを終え、新しい住居で夜を過ごした。
……にしても、別れの挨拶をした時は、驚いた。
ライカさん、すでに僕達の親に、ここに連れていくことを説明していたらしいのだ。
そのお陰で、意外にもすんなりと納得され、ある程度の荷物を持って、ここに再び来ることが出来た。
おそらく、他のみんなも同じなのだろう。
まぁ、それはともかく……
その後、学校に編入するため、領主のくせに何故か学校勤務のライカさんに頼んで編入の手続きをしてもらい……
その当日に登校することになったのだ。
ちなみに補足しておくと、魔術学など、あっちの世界にはない教科もあるため、高等部一年から、僕達はやり直すことになっている。
「……んで、お前さ、結局五人と付き合ってんのか?」
「……え"?なにその質問!?」
そして現在昼休み。僕はクラスの四分の一しかいない男子全員と集まり、弁当を食べながら話していた。
ちなみに、四時限目の終了と同時に、レン達全員が僕に向かって走って来たが、なぜかクラスの女子に連行され、全員このクラスにはいない。
「で、どうなんだよ?お前、あの五人のこと好きなんだろ?」
「な、なんでそんなこと言わなきゃ……というか、なんでそんなわかった風に五人が好きって……!!」
「いや、だって、なぁ?」
『なぁ?』
動揺しながら言うと、中心的人物らしき男がみんなに振ると、全員が同じリアクションを取った。
「いや、全員ハモって言わないでよ!?怖いよ!?しかも答えになってないし!?」
「いやぁ、あれだ。わかるもんはわかるんだ」
「そのわかる理由が気になるんだけど……」
「そこらへんは訊かない方がいいよ?知らない方がいいことなんて、この世にはたくさんある」
「……ライカさん、なに自然にここに混ざってるんですか……?」
にょろっと僕の背後から現れながら答えるライカさんに、僕は内心驚きながらも、呆れたようにため息をつく。
「いやぁ、仕事粗方終わってるし、暇なんでね。君達に混ぜてもらおうと思って」
「いや、あなた家が近いでしょう。奥さんのために帰ったりしないんですか?」
「……帰ったら、たぶんもう今日はここに戻ってこれない気がするんだ……いつものことだけど……」
「はぁ、惚気ですか。羨ましい限りです」
「……いや、そうじゃないんだよ。違うんだよ……」
「あー、はいはい。そうですね。わかってますわかってます」
「……方丈、言ってやるなよ……先生も、いろいろあるんだからさ……」
さっきよりも呆れの度合いを濃くしながら、僕はライカさんに適当に相槌を打つ。
……にしても、ライカさん、本当に少し精神的に追い詰められてる顔をしてるな……
クラスのみんなもなんか同情的な目でライカさんをみてるし……
いったい、なんなんだろう……
ちなみに、ライカさんはこのクラスの担任である。
担当教科は、魔法学と異世界学の二つ。
どちらも、あっちにはなかった教科だ。
「あ、そうだ。ライカさん、放課後、少し相談に乗ってもらってもいいですか?」
「ああ、いいけど、ここで話した方が早くないかい?」
「まぁ、学校とは関係ないですし、あとででいい話ですからね」
「ふぅん。そうかい。うん。いいよじゃあ、放課後、僕の家に来てくれ。話はそこで聞くよ」
「はい、ありがとうございます」
僕がそうお礼を言っていると、なにやら廊下の方が騒がしくなって来た。
ドドドド……と、誰かがすごい勢いで走っているような音がする。
というか、こっちに向かって来ているような気がする。
少しすると、声も聞こえてくるようになった。
「……なぁたぁ……!!」
「!?すまない、嫌な予感がしたから逃げるね!んじゃあ、次の授業、僕担当だから全員きちんと座ってるんだよ?では、サラバダッ!!」
「あっちょっ!?先生、ここ二階!!」
突然窓からライカさんが飛び降りたかと思ったら、今度は教室の扉をバンッ!と誰かが強く弾いて、黒い影が、まるでライカさんを追いかけるように窓に突っ込んで行った。
少しあとに、アーッ!?という叫び声を聞きながら、僕は某然と弾き飛ばされ、真っ二つに割られた扉を見る。
「……いったい、なにがあったの……?」
「……方丈、いつものことだ。気にするな」
某然としている僕に、クラスの誰かが後ろからポンッ、と肩に手を置いて言う。
……これがいつものことなのか……
怖いなこのクラス……
……ちなみに、このあとの五時限目、ライカさんは来ず、代わりに副担任であり最近教職についたばかりの新任教師であるファルロスさん(担当教科は地理、特技は地図作成)が授業をしてくれたということを報告しておく。
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「あの……すみません……」
「えーと、どなたでしょうか?」
ライカさんの家の前で、僕は少しおどおどしながら門番さんに話しかける。
僕がライカさんの家にきたのは今回で3回目。
最初はこの世界に初めて連れられた時。
2回目は家族に別れを告げてここに戻ってきた時。
どちらも、突然家の中にきていたため、今回みたいにちゃんとここに来るのは初めてだ。
つまりは、領主の家……屋敷の大きさに、僕は少し萎縮しているのだ。
「僕、方丈 正孝というんですが……ライカさんに相談に乗ってもらう約束したんですけど……」
「ああ、方丈さんか。話は聞いてるよ。どうぞ」
「あ、ありがとうございます……」
門番さんに通されて、僕はライカさんの家に向かって歩き出す。
それほど大きくはないけど、それでも立派と言える庭の中を歩きながら、ああ、あの人は本当にこの街の領主なんだなぁ、などと失礼ながら考えてしまう。
「お邪魔します……?」
門番さんの時と同じように、恐る恐る扉を開けながら、僕は屋敷の中に入る。
と、すぐに視界に、メイド服を来た女性と、初老を過ぎた……そう、だいたい50〜60台の男性が話している姿が入った。
「……ふむ、侍従長、俺とは別の客のようだ」
「え……?あ……申し訳ありません。いらっしゃいませ。貴方は……方丈様、でございますね?」
「あ……はい」
「では、ミゲル様、方丈様、ライカ様の元へお連れします」
「ああ、頼む」
「お願いします……」
僕を見ると、慌てて侍従長が、男性と僕の案内を始めた。
……にしても、この世界にもメイド服ってあるんだな……
いや、僕の世界でも昔はちゃんと仕事としてあったんだから、この世界にもそういうのはある可能性はあったか。
……というか、ライカさんの趣味、という可能性もあるか……
と、そんなことを考えているうちに、ぼくたちはライカさんのいる部屋の前に到着していた。
「ライカ様、ミゲル様と方丈様がいらっしゃいました」
「あぁ。わかった、通してくれ」
「かしこまりました。ミゲル様、方丈様、どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
「すまないな」
それぞれの言い方でお礼をしてから、僕と男性……たしか、ミゲルさんって呼ばれてたよな……は部屋に入った。
部屋は、最初に僕達が訪れたところと同じ場所だった。
もしかしたら、応接室か、ライカさんの執務室なのかもしれない。
「久しぶり、マスター。元気そうで何よりだよ。方丈君、すまないね。午後の授業、行けなくてさ」
「……仕事をちゃんとやらないのは、感心しないな……」
すまなそうに僕に謝るライカさんを見て、ミゲルさんは軽くたしなめるように言った。
「いやぁ、やりたいとは思ったんだけど、アイツがねぇ……」
「……あいつにも、領主の仕事があるはずだが……?」
「……もう終わってたよ……」
「……あいつには、自制心はないのか……」
「あるけど、我慢できない体質なんだよ……」
「……はぁ、魔法使いってのは、みんなそうなのか……」
「それは個々によって違うよ。現に僕はそうじゃないだろう?」
「……そうだな」
なにやらよくわからない会話をしている内に、ミゲルさんがなにやら可哀想なものを見るかのような、微妙な顔になった。
……いったい、どんな話をしてたんだろう……
「まぁ、こんな話をしてても仕方がないね。……で、ここに来たっていうことは、やっぱり見つかったのかい?」
「ああ。テメングニルの孤児院に寄った時に、それらしいやつを、な」
そういいながら、ミゲルさんはライカさんになにか紙束のようなものを渡す。
ありがとう、と言いながら、ライカさんは紙束を軽く読み始める。
「結局、それはなんの研究レポートなんだ?わけのわからん単語ばかりで、理解ができなかったんだが……」
「うーん、まぁ、理解しても普通は意味がない内容だよ。しかも、理解ができるのは、僕とあと数人だろうしね。……いや、正直、僕もあまり理解出来てないかな……?まぁ、ともかく、理解できなくて当然だよ。ただ、ちょっと教えると、一年くらい前の病気について、ってところだね」
「……そうか。まぁ、俺の用事はこのくらいだ」
「そっか。じゃあ、方丈君、待たせたね。話って、なんだい?」
いろいろと話したあと、ライカさんは僕の方を向いて話しかけてくる。
わけのわからない話がずっと続いていて、若干上の空になっていた僕は、話しかけられて少し慌てながら話し始めた。
「あ、は、はい。えと、実は……仕事……というか、バイトを紹介して欲しくて……」
「仕事かい?またなんで?しばらくは僕が援助するから金銭面の心配はないだろうし、君は学生だろう?もう働き始めて、どうするつもりだい?」
「……早めに、そういう仕事に慣れておきたいと思ったんです……」
ここには、親はいない。
ライカさんからの援助がなくなったら、自分の力でなんとかしないといけなくなるのだ。
だから、少しでも、自立できるよう、頑張らないと。
……みんなを、支えるためにも……
そう思って、働き口を紹介してもらおうと、僕は早速ライカさんに相談したのだ。
「えと、別にそんなに大きな仕事とかじゃなくて、バイトとか、そんな短期の仕事でいいんです。少しでも働いて、今のうちに働き慣れておきたいんです」
「……なんというか、君達は、よく似てるんだね」
「え……?」
ライカさんの言葉に、僕はキョトンとした。
君……達?
今現在、ここにいるのは、ライカさんを除いて、僕とミゲルさんしかいない。
つまり、彼は僕とミゲルさんが似ている、と言ってるように思える。
僕も、聞いてすぐそう思ってミゲルさんの方を見た。
でも、微妙にライカさんの君達、のニュアンスが違うことに気がつく。
「いやね、“彼女達にも”そういうのを頼まれたんだよ」
「彼女達……?」
「うん。恋歌君、長門君、真紀君、縁君、雪野君。みんな、僕のところに来て、仕事を紹介して欲しいって。教室に行く前にね……ほら、手続きを頼まれた時、五人が話しかけて来ただろう?その時だよ」
「ああ、そういえば……」
教室に行く前に、みんながライカさんのことを引き止めて何か話していたな……
あの時はとりあえず僕は用がなかったから、職員室の外で待ってたけど……なるほど、そんな話をしてたのか。
ちなみに補足しておくと、今朝にライカさんは僕達の新しい住居に訪れ、迎えに来ている。
僕達に学校に通うのかどうか訊くためだ。
「……まぁ、それはともかく、だ。どんな仕事がいいかな?」
「えと、そうですね……力仕事はあまり得意じゃないので、デスクワークとか、接客業がいいですね……あと、できたらある程度時間の都合がつけられるところがあったら、そこがいいですね……」
「ふむふむ……とすると……」
僕に要望を聞きながら、ライカさんは近くの棚にあった分厚い本を手にとってめくり始めた。
どうやらいろいろと仕事を探しているらしい。
そんな様子を見てから、ミゲルさんがジッと僕のことを見てきた。
「えと……なんですか?」
「……いや、お前、働き口が欲しいのか?」
少しビクビクしながら、僕はミゲルさんに話しかける。
と、ミゲルさんは確かめるように僕に仕事が欲しいのか訊いてきた。
「え、ええ、まぁ。今、ちょっとライカさんに金銭の援助してもらってるんですけど、それがいつなくなってもちゃんと自分で稼げるようにしたくて……」
「…………ふむ」
わけを話すと、ミゲルさんは少し考え込むような素振りを見せた。
そしてふむ、とまた言って何かを決めると、ミゲルさんはライカさんに話しかける。
「なぁ、領主よ。こいつ、うちで雇うのはどうだ?」
「いいのかい?僕もちょうどマスターに頼もうと思ってたところなんだよ。一番条件に当てはまってるのは、マスターの店だったからね」
「ああ。うちも少し人でが足りなかったからな。……で、お前はどうなんだ?うちで働く気はないか?」
「えと……ミゲルさんのお店って、何をやってるんですか?」
「ああ、そういえば言ってなかったっけ。マスターの店は喫茶店だよ。店員はマスター含めてまだ三人。小規模な店だけど、人気はそこそこだね」
「え……?そんな店に働かせてもらっていいんですか?」
「ああ、構わない。ここ一年は特に人が増えてきて忙しくなってきてるしな。人が増えるなら助かる。……まぁ、たくさんは欲しくないがな」
「えと……そしたら、よ、よろしくお願いします!!」
「……ああ、頼む」
あまりにも嬉しくて、勢いよく僕はミゲルさんにお辞儀してお礼を言った。
ライカさんも、よかったね、と少し満足したように僕に言ってくる。
喫茶店か……楽しみだなぁ……
「……そしたら、後で店に来い。早速顔合わせするぞ」
「あ、はい。わかりました。荷物置いたらすぐに向かいますね」
「ああ……店はどこかわかるか?」
「えと……すみません。昨日ここに来たばかりなんで、わからないです……」
「……そうか。なら、俺もついていこう」
「あ、ありがとうございます!」
「……さて、そしたら俺達は失礼するぞ」
「ああ、うん。お疲れ様。またなんかあったら寄ってってくれ」
「……まぁ、何かあったら、な」
「ライカさん、ありがとうございました。失礼します」
「うん。じゃあね」
いろいろと話してから、僕とミゲルさんは部屋を出て、屋敷を出る。
「もうお帰りになられるのですか?」
「ああ。まだあいつらに帰ったことを伝えてないしな。邪魔したな」
「あ、お、お邪魔しました……」
「またお越しくださいね」
侍従長に見送られ、門番さんに挨拶して、僕は家に向かう。
「……そういえば、お前、名前は?」
「あ、方丈 正孝です。改めて、よろしくお願いします」
「ああ、よろしく」
それだけ言って、ミゲルさんは何も言わなくなる。
どうやら、人と接するのが苦手らしい。
でも、悪い人じゃないんだろうな……
じゃなければ、僕に自分の店にこないか、なんて誘わないし……
……あ、そうだ……
「……そういえば、お店には僕の先輩になる人が二人いるんですよね?どんな人なんですか?」
「……そうだな……片方は素直じゃないが努力家で、片方は……ヘラヘラしてるが、本当のことは言わない、つかみどころの少ない奴、だな」
「あはは……なんですかそれ。二人目の人、フォローしてないじゃないですか……」
そう言いながら、僕は微苦笑する。
それを見て、ミゲルさんも苦笑しながら確かにな、と答える。
「……だが、二人とも大切な家族……息子や娘みたいなものだ」
「そうですか……」
そうして話しているうちに、僕の住む家に到着した。
「あ、ここです。じゃあ、すぐに戻りますから」
「わかった」
僕が言うと、ミゲルさんはそう短く答えて待ってくれた。
急いで準備しよう。
そう思って、僕は鍵を開け、扉を開いて“皆に”帰宅を告げる。
「ただいま〜」
『おかえり(なさ〜い)〜』
僕が帰って来たのを知ると、皆が玄関まで迎えに来てくれた。
……結局、ライカさんの言った彼女達を幸せにする方法は、簡単なものだった。
それは、重婚の許可と、全員との同居だ。
みんなは、それに納得して、この世界に住むことを了承したらしい。
別に重婚以外なら元の世界と同じじゃない?と、彼女達に言ってみたところ……
『向こうだったら更にライバル増えそうだから』
と返されてしまった。
ちなみにさらに、いや、僕は別に君達以外は好きにならないよと言ったところ、でも、私達全員好きだって言ってるし、と突っ込まれてしまった。
そこを言われると言い返せなくなってしまう。
「ねぇねぇマサマサ!私ね、バイト始めたよっ!」
「うおっ!?……っとと……」
「む、恋歌、抜け駆けか?ズルいぞ」
「そうだよ〜!と、言うことで私も〜ていっ!」
「あ、ははは……」
「持てる男性は大変ですね、正孝さん」
「……とか何とか言いながら、雪野さんも抱きつくんですね……」
「そりゃあ、皆さんに先を越されたくないですからね」
「まったく、三人とも、正孝が困ってるだろ。離れてやれ……」
「そうだぞ!つか、オレもそうやって抱きつきてーなぁ……」
「二人ともこういうのが出来ないから羨ましいんでしょ〜?」
「なんだと〜?」
「……否定はしないが、あまりそう言わないで欲しいな。実際、正孝は困ってるわけだし」
「まぁ、それもそうですね」
「ん、わかったわ。あ、言い忘れてた。正孝、私達全員、バイト見つけたから」
長門が注意してくれて、レン、縁、雪野さんが抱きつくのをやめて離れてくれた。
そして、縁が改めて僕に向かって報告する。
「うん、知ってる。ライカさんから聞いたよ。で、僕も働くことにした。今日は顔出しあるからすぐ行かないと」
「そうなのか。ちなみに、正孝はどんな仕事にしたんだ?」
「僕は喫茶店だよ。みんなは?」
「私は孤児院のお手伝い。先生とか目指してたし、ちょうどいいかなって。……と言っても、ほとんど休みの日しか行けないけどね」
「ああ、たしかにレンは子供の世話とか、勉強教えたりするの上手だったしね。納得だよ」
「……私はこの街の自警団の事務をすることにした。働くとしたら、警察なんかがいいと思ってな」
「あはは、長門らしいや。うん。頑張ってね」
「オレは雑貨屋で働くぜ!……ってなんだよその驚いたような顔は!力仕事じゃなかったのがそんなに意外か!?」
「いや、そうは言ってないよ。……まぁでも、意外だったかな?」
「私はギルドって場所で働かせてもらうんだ。なんかライカさんが言うには、多分受け付けやらされるかも、だって」
「ああ、たしかに。縁ならそういう仕事が似合いそうだよね」
「私は……薬剤店に務めることになりました。薬を売るだけなんですが……なんでも、その店の店主さんはかなり優秀な薬師なんだそうですよ?」
「へぇ、すごい店に務めるんだね。その店主さん、どんな人なんだろうなぁ……」
皆と話しながら、僕は荷物を片付け、必要そうな物をポケットにつめていく。
「……さて、準備も終わったし、行ってくるね」
「おう、頑張れよ!……つっても、顔合わせだけっつってたよな」
「いってらっしゃい。あまり遅くなるなよ?」
「私達みんな心配しちゃうからね?」
「そうですよ?あなたは私達の支えなんですからね?……店の人に浮気しちゃ、駄目ですよ?」
「はいはい。わかってるよ。というか、僕はここにいるみんな以外は好きにならないよって、前も言ったでしょ?」
「あ、そうだ!マサ、今日は私が夕飯作るんだけど、なにかリクエストとかある?」
「うーん……ないかな?レンのオススメでお願いするよ」
「りょうかーい!」
みんな一緒に、僕のことを送ってくれる。
……うん、この五人のためにも、僕がしっかりして、頑張らなきゃな。
そう決意しながら、僕はミゲルさんと合流した。
「お待たせしました。……っと、誰かと話してたんですか?」
「ん?ああ、まぁ、な。ライカに言伝を頼まれたんだ。……さて、じゃあ行くか……」
「はい!」
外に出てすぐに、ミゲルさんが誰かと別れたのを見て、僕は気になって訊いてみると、どうやらライカさんの使いの人らしい。
……いやまぁ、メイド服着てたから、なんとなくわかったけど……
ともかく、僕はミゲルさんと一緒にお店に向かうのだった。
「……あ、そういえば、僕、何時くらいに店に行けばいいんでしょうか?」
「……店の営業は基本20時まで。週休は一日の毎週水曜。で、お前は……そうだな。時間が空いてるときに来るといい。終わりもあまり勝手でなければお前が決めていいぞ。給料は……時給でその日に渡そう。……時給は……そうだな、1000でどうだ?」
「え?そんな好待遇……いいんですか?」
「ああ。人出が足りないとは言ったが、別に三人でもどうにかなる。金も、あまり俺は使わんし……それに、お前はまだ学生だし、事情もありそうだし、な……」
「あ……ありがとうございます、ミゲルさん!!」
予想より何倍も良過ぎる待遇にしてもらって、僕はミゲルさんに大声でお礼を言いながら頭を下げる。
それを見たミゲルさんは、少し苦い顔をしながら、いいから、頭上げろ、目立つ……と僕に言う。
あ……たしかに、道端で大声でお礼を言いながら……なんて、目立ちすぎちゃう行動だったな……
「あ……すみません」
「……ああ。あと、もう一つ。あまり、俺のことを名前で呼ぶな」
「え?どういうことですか?」
「……あまり、名前で呼ばれたくないんだ」
「……わかりました」
そういえば、ライカさんも名前でミゲルさんのことを呼ばないで、マスターって呼んでたな……
なんでかは知らないけど、何か理由があるんだろう。
そう思って、僕は了解した。
うーん、そしたら、ライカさんと同じようにマスター、と呼べばいいのかな?
「……っと、着いたぞ」
「ここが……」
「ああ、そうだ。……たぶん、二人とも店にいるだろう……」
話しているうちに、僕はミゲルさんのお店に到着したようだった。
チリンチリン……とベルを鳴らしながら、ミゲルさんは店の中に入っていく。
僕も店の中に入る……前に、closedという看板の上にある、お店の名前が書いてあるもう一つ看板を見る。
看板には、流れるような、滑らかな字体で、よく分からない文字が書かれてあり、その下には、同じように、“Ahnenerbe”と書かれていた。
読みは……アーネンエルベ、だったはずだ。
喫茶店“アーネンエルベ”……
ここが、僕の働くお店なのか……
なんか、聞いたことのある名前だな……
そんなことを考えながら、僕は苦笑する。
……さて、待たせたらいけないし、僕もお店に入ろう。
そう思って、僕は扉に手をかける。
いったい、どんな人がいるんだろうな……
面白い人だといいな……
いったい、どんな内装をしてるんだろう……
期待と不安と好奇心。
いろんなものを抱えながら、僕は店の中に入っていくのだった。
……そして、意外な人と再び出会うことを、その時まだ僕は予想してなかったのだった。
12/11/09 13:15更新 / 星村 空理
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