ココア
「おはよぅ、みさね」
「うん、おはよう。でも、もうお昼だよ?」
私が食器を片付けていると、未だに眠そうな空理が上から降りてきた。
時刻は既にお昼を少し過ぎ、私は昼食を終えている。
「ぅん?おかしいな……いつものように起きたつもりなんだけど……」
「調子でも悪いの?……と、お昼どうする?食べるんだったら作るけど……」
「いや、いいや。今はなんか食欲ないから……」
「んー、そっか」
起きてきたんだし、食べた方がいいと思うんだけどな……
そう思ったけど、本人は本当に食欲がなさそうなので無理には言わない。
そしてそのまま、空理は洗面所の方へ向かって行った。
……にしても、珍しいな。空理が寝坊するなんて。
いつもなら、ちゃんと決まった時間に起きてるのに……
筋肉痛が酷かった二日前だって、二度寝する前に一度起きてきてたし……
うーん、昨日何かあったのかな……?
そこまで考えて、ふと気がつく。
そういえば、昨日、“あの後”の記憶がないんだよな……
お風呂で空理に覗かれて、なんか変な袋もらって……そこから何があったのか、全く記憶がないのだ。
気がついたらベットの上で目が覚めて、下に降りたら空理がストーブの前で紅茶を飲んでいて、私を見るなり、おはよう。お腹空いちゃったよ。なんて言ってきただけだった。
いったい私の知らないあの時間に何があったのか、訊きたかったけど、なんだか訊いちゃいけないような気がしたから、訊けなかった。
あー、気になるなぁ……
なんて、そんな事を考えていると洗面所から空理が帰ってきた。
「あ、そういえばさ、美核は今日は外出しない?」
「え?あ、うん。ないよ。どうして?」
「いや、なんとなく訊いてみただけ。じゃあ、僕はしばらく部屋に篭ってるから」
「ん、わかった。じゃあ、何かあったら呼ぶわね」
「うん。よろしく」
空理の突然の質問を少し不思議に思ったけど、部屋に戻ると聞いて、ああ、まだ筋肉痛が抜けてないのかな?と、結論を出した。
と、空理が部屋に戻ろうとしたところで、チリンチリン……と店の方のベルが鳴った。
あれ?おかしいな……たしか、店の看板はclosedにしてあったはずなんだけど……
様子を見に、私は店の方へ向かう。
空理も気になったのか、部屋に戻ろうとした足を回れ右して私と一緒に様子を見に行く。
「あ、リースさん、お帰りなさい。今までどこにいたんですか?たしか、三日くらいここに戻ってませんでしたよね?」
「ええ、ちょっと薬の材料を集めにね……」
店の扉の前にいたのは、一応私たちと同じこの店に住んでいる、リースさんだった。
そういえば、孤児院の鬼ごっこの後から姿が見えなかったけど、薬の材料を集めに出かけてたのか……
リースさんは、個人で“恐怖劇薬剤店”という、普通の家にあるような常備薬から、なかなか手に入らない秘薬まで取り扱っている薬屋を経営している。
なので、時たまこのように薬の材料を集めにいなくなっている時があるのだ。
にしても……
「その割には早かったわね?いつもなら一ヶ月くらいはいなかったと思うけど……?」
「まぁ、ジルも一緒だったからね。移動が楽だったのよ。薬の材料も、今回は少なめで済んだしね」
「ジルさんといっしょ、ですか。ふふふふ……」
「……なによ、星村。気持ちの悪い顔して……」
「サクヤハオタノシミデシタネ?」
「何を言ってるのかしら?というか、それはこっちの台詞よ。昨日は何もなかったの?マスターがいなかったから、二人きりだったんでしょう?」
「え?……あ……う、うん。ナニモアリマセンデシタヨ?」
空理が茶化すように言ったが、リースさんの返しにうっ、と言葉に詰まってしまった。
「……ねぇ、美核、本当に昨日は何もなかった?」
「ええっと……」
私に話を振ってきたので、どう答えたものかと悩む。
一応、いろいろあったにはあったけど……
空理に覗かれたことは恥ずかしいから言いたくないし……
それ意外のことは覚えてないから……とりあえずは……
「何もなかったわよ?」
「……そう。美核が言うんじゃ、本当のようね」
「信用ないなぁ、僕は……まぁいいや。じゃあ、僕は自分の部屋に戻るとするよ」
あははは……と、苦笑いをしながら、空理は自分の部屋に向かおうと背を向ける。
……あれ、おかしいな……?
空理の様子が、なんか変な気がする。
なんというか、そう、なんかいつもより、弱々しいというか……
「……っ!?」
なんて、そんなことを考えていると、不意に空理が頭を抑えた。
「……?星村、どうかしたの?」
「……いや、なんでもないよ……」
心配して声をかけるリースを答え、そのまま部屋に戻ろうとするが、その声は全然大丈夫そうには聞こえない。
……不意に、嫌な予感がした。
その予感に流されるように、空理の足取りがおぼつかなくなっていく。
呼吸も少し離れたここからでも十分聞こえるくらいに荒くなっている。
「ちょっと空理!本当は……」
本格的に心配になって、私は具合をみようと空理に近づく。
……しかし、私が近くにくる前に、バタンッ!と音を立てて、空理は床に倒れてしまった。
「ちょっ!空理!?」
「星村!?大丈夫!?」
空理が倒れたのを見て、私とリースはすぐに近くに走り寄り、そして具合を見る。
額に手を当ててみると、普段ではあり得ない熱が伝わってきた。
「熱がある!リース、冷やすもの準備して!私はベットに運んでいくから!」
「わかったわ!」
嫌な予感が当たり、内心ではかなり驚きながらも、私は冷静になって、リースさんに冷やすモノを用意するようお願いし、空理を部屋へ運ぶのだった。
××××××××××××××××××××××××××××××
「うぅん……普通の熱風邪だとは思うけど……一応、医者に診せた方がいいわね。私じゃ正確な診断は出来ないし……」
「ううん、十分よ。ありがとう、リース」
空理の額に冷やしたタオルを乗せながら、私は念のための簡易診断をしてくれたリースにお礼を言う。
「……にしても、星村が倒れるなんて、初めてじゃないかしら?何か心当たりはない?」
「えと……昨日、結構大雨降ってたし、それ……か……な……?」
心当たりを言いながら、私は昨日のあの時……空理に覗かれた時のコトを思い出す。
そういえば、あの時、空理はずぶ濡れだった様な気がする。
というか、そうでなければお風呂に向かう理由は覗きくらいしかない。
でも、空理のことだし、きっとそれが目的じゃなくて、冷えた体を温めるために……
ってあれ?もしかして……
「?どうかしたの?」
「……いや、もしかしたら、私のせいかもしれないって思っただけ……」
私の言葉に、?と疑問符を浮かべたリースだけど、その理由を訊こうとする前に、空理が起きてしまったため、結局、訊くことが出来なかった。
「ん……ぅん?あれ……?僕、なんで……」
「あ、星村、起きたのね。でも、あまり動かない方がいいわよ?」
「え?」
空理がそれがなぜかを訊く前に、持ち上げていた体がポスンッ、とまたベットに倒れた。
「あれ……?おかしいな……?」
「おかしいもなにも、あなた、熱が出てるんだから、ある程度体の自由が効かないのは当たり前よ」
「あー、そういえば、体調悪くて部屋に戻ろうとしたところで倒れたんだっけなぁ……」
「まったく、体調が悪いならそう言ってさっさと部屋に戻ってればよかったじゃない……」
「ごめんごめん。心配かけたくなくてね」
あははは……と弱く笑いながら、空理はポリポリと頭を掻いた。
それを見て、私とリースはため息をつく。
まったく、こいつは……
基本的に、空理は様々なことを隠そうとする。
特に、自分がどこ出身なのか、とか、ここに来る前のことは、ほぼ絶対に言おうとしない。
昨日だって、出かけて来るとはいってたけど、どこにいくかは言ってなかったし……
まったく、こんな時にも隠そうとするなんて……
「……はぁ……」
「いや、ごめんね、心配かけて」
「まぁ、大事にいたらなくてよかったわ。……さて、じゃあちょっと出かけてくるわ」
「ん?どこかに用事でもあったの?」
「……違うわよ。医者を呼んでこようと思ってね」
「いや、いいよ。そんなに酷い熱じゃないしさ……」
「そういう油断が一番怖いのよ。……あ、美核はちゃんと星村のこと見張ってるのよ?安静にさせないと、治るものも治らないんだから」
「……はぁ、僕、本当に信用がないですね……」
「わかったわ。空理はちゃんと私が見てる」
「じゃあ、行ってくるわね」
そう言って、リースは部屋を出て、医者を呼びに行ったのだった。
さて、じゃあ空理のこと、しっかりと見てないとなぁ。
さっき無理して倒れたんだし、また無理をしないとは限らないしね。
ここには私と空理しかいないんだし、しっかり見張ってないと!
……ん?待って。
……え?私と、空理だけ?
えと……もしかして……二人きり!?
「「………………」」
不意に気がつくと、部屋の中は重苦しいような空気で一杯になっていた。
……なんか、話した方がいいかな……?
いや、話すとしてもなにを話せば……
ていうか今二人きりなんだよね。うん。
空理と、ふた……二人き……
「えと、美核?ど、どうしたの?なんか顔赤いけど……もしかして、風邪、うつしちゃった?」
「そ、そんなに早くはうつったりしないわよ!」
「そっか。よかった」
「……あ、そうだ!なにか飲みたいものある?あったいものがいいよね?ココアでいい?それなら私でも結構美味しく作れるし!じゃ、じゃあ、作ってくるから、待ってて!!」
「え?あ、う……うん……」
空理と二人きりのままだと緊張しすぎて死んじゃいそうだから、私は半強制的に話を進め、ココアを作りに台所へ向かうのだった。
××××××××××××××××××××××××××××××
「……はぁ……」
美核がへやを出てから少しして、僕はため息をつく。
やっぱり、美核も二人っきりっていう状況には耐えられなかったか……
正直僕も、突然好きな人と二人きり……しかもかなりの近距離……というラブコメめいた展開にあまり耐性がないため、あのままだったら思考がショートしかねなかった。
なので、少し落ち着くための時間を先に作ってくれた美核には感謝してる。
でもまぁ、戻って来たらまたしばらくあの状態になるんだろうし、今のうちに落ち着けるよう努力しないとな……
「……いやでも、落ち着くって言っても、どうやったらいいんだろ……?」
うーん、定番と言ったら、素数を数えるとかかな?
「2、3、5、7、11……」
…………11まで数えて、飽きてしまった。
いや、飽きるとかそういう問題ではないとは思ってるけど、素数とか数えるのめんどくさい……
じゃあ、他の手か……
うーん、と……やっぱり、寝る?
いやいや、折角美核がココアを作ってくれるんだ、それは飲ませてもらわないと駄目だ。
じゃあ他の方法だな……
「……うーん…………ん?」
そういえば、音楽を聞けばなんかリラックスして良いとかいう話を聞いたことがあった様な……
うん、まぁ、やってみますか。
……と言っても、この世界にCDプレイヤーとかないしなぁ……
代わりは“作れる”けど、めんどうだし、もっと体調悪くなるだろうしなぁ……
そしたら……久しぶりに、アレ、やるかな……
「……♪〜♪♪♪~♪.♪.♪♪♪~♪〜♪♪♪~♪.♪.♪〜♪〜♪♪♪~♪.♪.♪♪♪~♪〜♪♪~♪〜」
唇を尖らせて、笛の様に音を出す。
……そう、口笛だ。
そういえば、ここに来てから、一度も吹いてなかったよなぁ……
向こうでは、気がついたら吹いてるくらい、好きだったんだけどなぁ……
懐かしい曲を、久しぶりの口笛で吹いて、僕は少しずつ、落ち着くことができた。
……やっぱり、好きなものをやってると、落ち着けるのかな……?
「空理、どうしたの?突然口笛なんて吹いて?」
口笛を吹き始めてそんなにしない内に、美核がココアの入ったマグカップを二つ持って、部屋に戻って来た。
ちょうど一曲吹き終わり、落ち着きも完全に取り戻した僕は、今度は黙ることなく、いつもの様に話せるようになっていた。
「いや、なんか暇でさ。久しぶりに、吹いてみたくなったんだ」
「……そっか。はい、ココア。熱すぎたらごめんね」
「うん。ありがとう」
壁に寄りかかるようにして上半身を起こした後、美核からマグを受け取り、ココアに口を付ける。
口の中に、少し熱めの温度と、甘さと、ほんのちょっぴりの苦味が広がる。
……む、美核、牛乳入れ忘れてるな……
牛乳を少し入れれば、苦味がなくなって、かつ少し冷めるのに……
まぁ、これはこれで美味しいから問題はないけど。
「……ふぅ、うん。美味しい」
「よかった。……そういえばさ、さっきの曲、なんていう曲なの?私、あんな曲聞いたことないんだけど……」
体が少しだけ温まり、軽く息をはくと、気になったのか、美核がさっき吹いていた曲について訊いてきた。
聞いたことがない、か。
まぁ、当たり前かな。あの曲は、僕がここにくる前に聞いていた歌だしね……
「あの曲は、“you”っていう名前の歌で、僕の故郷で聞いたたくさんの歌の内の一つなんだ」
「へぇ、そのyouって、どういう意味があるの?」
「うん?簡単だよ。あの単語の意味は、“あなた”。たったそれだけ。……でも、その言葉の中に、たくさんの意味を乗せてるんだ、この歌は」
「そうなんだ……いい歌なんだね。ねぇ、もう一回聞かせてよ」
「うん。いいよ」
美核にねだられて、僕はまた口笛を吹く。
口笛を吹きながら、ある情景が思い浮かんでくる。
田んぼに囲まれポツポツとしか民家の見えない、田舎道、と表現するのがぴったりなくらいのその場所で、夕焼けを背に、一人ゆっくりと歩いていく……
それが、僕のこの曲のイメージ。
そういえば、僕も、ここまで田舎じゃなかったけど、かと言って都会というわけでもないそんな場所で育ったんだよな……
スーパーや大きな本屋はあったけど、ビルとかそういうのはない、夏は暑くて、冬は寒い、そんな、普通の街で……
僕は生まれて、育って、笑って、泣いて、そして……
…………ああ、そっか。
なんで今まで口笛を吹かなかったのか、なんとなくわかった気がする。
きっと、口笛を吹けば、故郷のことを思い出して、心配になってしまうからだ。
「……どうしたの?空理、なんで泣いてるの……?」
「え?……あ、ほんとだ……」
吹き終わり、美核に指摘されて、初めて僕は自分が涙を流していたことに気がついた。
そっか、泣いてたのか、僕……
「いやね、なんか、故郷のことが心配になっちゃって……」
「……故郷に、帰りたくなっちゃった?」
「ううん。それはないよ。ここの生活は、正直向こうでの生活より充実してるからね。でも……」
「でも?」
「……別れの挨拶、してないのが、ちょっと後悔してるかな……?」
「………………」
……僕はこの世界に突然やってきた。
しかも、ライカとは全く関わりなく、だ。
つまりは、戻ることができなかった。
いや今も、元の世界の場所がわからないから、戻れない、が正しい。
だからこそ、別れの言葉を言えなかったのが辛い。
家族に、そして、友人達に。
「……そ、そういえばさ!」
空気が重くなってきたからか、突然、美核が話題を変え始めた。
「私がここに初めて来た……というか、転がり込んだ時さ、空理、ココア出してくれたんだよね!」
「あー、あの時か……あの時は驚いたよ。なんせ、外見たらいきなり君が倒れてたんだからねぇ」
美核がきた時か、たしか、去年の今頃だったっけかな……
昔のことを話しながら、僕はあの時の記憶に思いを馳せるのだった……
「うん、おはよう。でも、もうお昼だよ?」
私が食器を片付けていると、未だに眠そうな空理が上から降りてきた。
時刻は既にお昼を少し過ぎ、私は昼食を終えている。
「ぅん?おかしいな……いつものように起きたつもりなんだけど……」
「調子でも悪いの?……と、お昼どうする?食べるんだったら作るけど……」
「いや、いいや。今はなんか食欲ないから……」
「んー、そっか」
起きてきたんだし、食べた方がいいと思うんだけどな……
そう思ったけど、本人は本当に食欲がなさそうなので無理には言わない。
そしてそのまま、空理は洗面所の方へ向かって行った。
……にしても、珍しいな。空理が寝坊するなんて。
いつもなら、ちゃんと決まった時間に起きてるのに……
筋肉痛が酷かった二日前だって、二度寝する前に一度起きてきてたし……
うーん、昨日何かあったのかな……?
そこまで考えて、ふと気がつく。
そういえば、昨日、“あの後”の記憶がないんだよな……
お風呂で空理に覗かれて、なんか変な袋もらって……そこから何があったのか、全く記憶がないのだ。
気がついたらベットの上で目が覚めて、下に降りたら空理がストーブの前で紅茶を飲んでいて、私を見るなり、おはよう。お腹空いちゃったよ。なんて言ってきただけだった。
いったい私の知らないあの時間に何があったのか、訊きたかったけど、なんだか訊いちゃいけないような気がしたから、訊けなかった。
あー、気になるなぁ……
なんて、そんな事を考えていると洗面所から空理が帰ってきた。
「あ、そういえばさ、美核は今日は外出しない?」
「え?あ、うん。ないよ。どうして?」
「いや、なんとなく訊いてみただけ。じゃあ、僕はしばらく部屋に篭ってるから」
「ん、わかった。じゃあ、何かあったら呼ぶわね」
「うん。よろしく」
空理の突然の質問を少し不思議に思ったけど、部屋に戻ると聞いて、ああ、まだ筋肉痛が抜けてないのかな?と、結論を出した。
と、空理が部屋に戻ろうとしたところで、チリンチリン……と店の方のベルが鳴った。
あれ?おかしいな……たしか、店の看板はclosedにしてあったはずなんだけど……
様子を見に、私は店の方へ向かう。
空理も気になったのか、部屋に戻ろうとした足を回れ右して私と一緒に様子を見に行く。
「あ、リースさん、お帰りなさい。今までどこにいたんですか?たしか、三日くらいここに戻ってませんでしたよね?」
「ええ、ちょっと薬の材料を集めにね……」
店の扉の前にいたのは、一応私たちと同じこの店に住んでいる、リースさんだった。
そういえば、孤児院の鬼ごっこの後から姿が見えなかったけど、薬の材料を集めに出かけてたのか……
リースさんは、個人で“恐怖劇薬剤店”という、普通の家にあるような常備薬から、なかなか手に入らない秘薬まで取り扱っている薬屋を経営している。
なので、時たまこのように薬の材料を集めにいなくなっている時があるのだ。
にしても……
「その割には早かったわね?いつもなら一ヶ月くらいはいなかったと思うけど……?」
「まぁ、ジルも一緒だったからね。移動が楽だったのよ。薬の材料も、今回は少なめで済んだしね」
「ジルさんといっしょ、ですか。ふふふふ……」
「……なによ、星村。気持ちの悪い顔して……」
「サクヤハオタノシミデシタネ?」
「何を言ってるのかしら?というか、それはこっちの台詞よ。昨日は何もなかったの?マスターがいなかったから、二人きりだったんでしょう?」
「え?……あ……う、うん。ナニモアリマセンデシタヨ?」
空理が茶化すように言ったが、リースさんの返しにうっ、と言葉に詰まってしまった。
「……ねぇ、美核、本当に昨日は何もなかった?」
「ええっと……」
私に話を振ってきたので、どう答えたものかと悩む。
一応、いろいろあったにはあったけど……
空理に覗かれたことは恥ずかしいから言いたくないし……
それ意外のことは覚えてないから……とりあえずは……
「何もなかったわよ?」
「……そう。美核が言うんじゃ、本当のようね」
「信用ないなぁ、僕は……まぁいいや。じゃあ、僕は自分の部屋に戻るとするよ」
あははは……と、苦笑いをしながら、空理は自分の部屋に向かおうと背を向ける。
……あれ、おかしいな……?
空理の様子が、なんか変な気がする。
なんというか、そう、なんかいつもより、弱々しいというか……
「……っ!?」
なんて、そんなことを考えていると、不意に空理が頭を抑えた。
「……?星村、どうかしたの?」
「……いや、なんでもないよ……」
心配して声をかけるリースを答え、そのまま部屋に戻ろうとするが、その声は全然大丈夫そうには聞こえない。
……不意に、嫌な予感がした。
その予感に流されるように、空理の足取りがおぼつかなくなっていく。
呼吸も少し離れたここからでも十分聞こえるくらいに荒くなっている。
「ちょっと空理!本当は……」
本格的に心配になって、私は具合をみようと空理に近づく。
……しかし、私が近くにくる前に、バタンッ!と音を立てて、空理は床に倒れてしまった。
「ちょっ!空理!?」
「星村!?大丈夫!?」
空理が倒れたのを見て、私とリースはすぐに近くに走り寄り、そして具合を見る。
額に手を当ててみると、普段ではあり得ない熱が伝わってきた。
「熱がある!リース、冷やすもの準備して!私はベットに運んでいくから!」
「わかったわ!」
嫌な予感が当たり、内心ではかなり驚きながらも、私は冷静になって、リースさんに冷やすモノを用意するようお願いし、空理を部屋へ運ぶのだった。
××××××××××××××××××××××××××××××
「うぅん……普通の熱風邪だとは思うけど……一応、医者に診せた方がいいわね。私じゃ正確な診断は出来ないし……」
「ううん、十分よ。ありがとう、リース」
空理の額に冷やしたタオルを乗せながら、私は念のための簡易診断をしてくれたリースにお礼を言う。
「……にしても、星村が倒れるなんて、初めてじゃないかしら?何か心当たりはない?」
「えと……昨日、結構大雨降ってたし、それ……か……な……?」
心当たりを言いながら、私は昨日のあの時……空理に覗かれた時のコトを思い出す。
そういえば、あの時、空理はずぶ濡れだった様な気がする。
というか、そうでなければお風呂に向かう理由は覗きくらいしかない。
でも、空理のことだし、きっとそれが目的じゃなくて、冷えた体を温めるために……
ってあれ?もしかして……
「?どうかしたの?」
「……いや、もしかしたら、私のせいかもしれないって思っただけ……」
私の言葉に、?と疑問符を浮かべたリースだけど、その理由を訊こうとする前に、空理が起きてしまったため、結局、訊くことが出来なかった。
「ん……ぅん?あれ……?僕、なんで……」
「あ、星村、起きたのね。でも、あまり動かない方がいいわよ?」
「え?」
空理がそれがなぜかを訊く前に、持ち上げていた体がポスンッ、とまたベットに倒れた。
「あれ……?おかしいな……?」
「おかしいもなにも、あなた、熱が出てるんだから、ある程度体の自由が効かないのは当たり前よ」
「あー、そういえば、体調悪くて部屋に戻ろうとしたところで倒れたんだっけなぁ……」
「まったく、体調が悪いならそう言ってさっさと部屋に戻ってればよかったじゃない……」
「ごめんごめん。心配かけたくなくてね」
あははは……と弱く笑いながら、空理はポリポリと頭を掻いた。
それを見て、私とリースはため息をつく。
まったく、こいつは……
基本的に、空理は様々なことを隠そうとする。
特に、自分がどこ出身なのか、とか、ここに来る前のことは、ほぼ絶対に言おうとしない。
昨日だって、出かけて来るとはいってたけど、どこにいくかは言ってなかったし……
まったく、こんな時にも隠そうとするなんて……
「……はぁ……」
「いや、ごめんね、心配かけて」
「まぁ、大事にいたらなくてよかったわ。……さて、じゃあちょっと出かけてくるわ」
「ん?どこかに用事でもあったの?」
「……違うわよ。医者を呼んでこようと思ってね」
「いや、いいよ。そんなに酷い熱じゃないしさ……」
「そういう油断が一番怖いのよ。……あ、美核はちゃんと星村のこと見張ってるのよ?安静にさせないと、治るものも治らないんだから」
「……はぁ、僕、本当に信用がないですね……」
「わかったわ。空理はちゃんと私が見てる」
「じゃあ、行ってくるわね」
そう言って、リースは部屋を出て、医者を呼びに行ったのだった。
さて、じゃあ空理のこと、しっかりと見てないとなぁ。
さっき無理して倒れたんだし、また無理をしないとは限らないしね。
ここには私と空理しかいないんだし、しっかり見張ってないと!
……ん?待って。
……え?私と、空理だけ?
えと……もしかして……二人きり!?
「「………………」」
不意に気がつくと、部屋の中は重苦しいような空気で一杯になっていた。
……なんか、話した方がいいかな……?
いや、話すとしてもなにを話せば……
ていうか今二人きりなんだよね。うん。
空理と、ふた……二人き……
「えと、美核?ど、どうしたの?なんか顔赤いけど……もしかして、風邪、うつしちゃった?」
「そ、そんなに早くはうつったりしないわよ!」
「そっか。よかった」
「……あ、そうだ!なにか飲みたいものある?あったいものがいいよね?ココアでいい?それなら私でも結構美味しく作れるし!じゃ、じゃあ、作ってくるから、待ってて!!」
「え?あ、う……うん……」
空理と二人きりのままだと緊張しすぎて死んじゃいそうだから、私は半強制的に話を進め、ココアを作りに台所へ向かうのだった。
××××××××××××××××××××××××××××××
「……はぁ……」
美核がへやを出てから少しして、僕はため息をつく。
やっぱり、美核も二人っきりっていう状況には耐えられなかったか……
正直僕も、突然好きな人と二人きり……しかもかなりの近距離……というラブコメめいた展開にあまり耐性がないため、あのままだったら思考がショートしかねなかった。
なので、少し落ち着くための時間を先に作ってくれた美核には感謝してる。
でもまぁ、戻って来たらまたしばらくあの状態になるんだろうし、今のうちに落ち着けるよう努力しないとな……
「……いやでも、落ち着くって言っても、どうやったらいいんだろ……?」
うーん、定番と言ったら、素数を数えるとかかな?
「2、3、5、7、11……」
…………11まで数えて、飽きてしまった。
いや、飽きるとかそういう問題ではないとは思ってるけど、素数とか数えるのめんどくさい……
じゃあ、他の手か……
うーん、と……やっぱり、寝る?
いやいや、折角美核がココアを作ってくれるんだ、それは飲ませてもらわないと駄目だ。
じゃあ他の方法だな……
「……うーん…………ん?」
そういえば、音楽を聞けばなんかリラックスして良いとかいう話を聞いたことがあった様な……
うん、まぁ、やってみますか。
……と言っても、この世界にCDプレイヤーとかないしなぁ……
代わりは“作れる”けど、めんどうだし、もっと体調悪くなるだろうしなぁ……
そしたら……久しぶりに、アレ、やるかな……
「……♪〜♪♪♪~♪.♪.♪♪♪~♪〜♪♪♪~♪.♪.♪〜♪〜♪♪♪~♪.♪.♪♪♪~♪〜♪♪~♪〜」
唇を尖らせて、笛の様に音を出す。
……そう、口笛だ。
そういえば、ここに来てから、一度も吹いてなかったよなぁ……
向こうでは、気がついたら吹いてるくらい、好きだったんだけどなぁ……
懐かしい曲を、久しぶりの口笛で吹いて、僕は少しずつ、落ち着くことができた。
……やっぱり、好きなものをやってると、落ち着けるのかな……?
「空理、どうしたの?突然口笛なんて吹いて?」
口笛を吹き始めてそんなにしない内に、美核がココアの入ったマグカップを二つ持って、部屋に戻って来た。
ちょうど一曲吹き終わり、落ち着きも完全に取り戻した僕は、今度は黙ることなく、いつもの様に話せるようになっていた。
「いや、なんか暇でさ。久しぶりに、吹いてみたくなったんだ」
「……そっか。はい、ココア。熱すぎたらごめんね」
「うん。ありがとう」
壁に寄りかかるようにして上半身を起こした後、美核からマグを受け取り、ココアに口を付ける。
口の中に、少し熱めの温度と、甘さと、ほんのちょっぴりの苦味が広がる。
……む、美核、牛乳入れ忘れてるな……
牛乳を少し入れれば、苦味がなくなって、かつ少し冷めるのに……
まぁ、これはこれで美味しいから問題はないけど。
「……ふぅ、うん。美味しい」
「よかった。……そういえばさ、さっきの曲、なんていう曲なの?私、あんな曲聞いたことないんだけど……」
体が少しだけ温まり、軽く息をはくと、気になったのか、美核がさっき吹いていた曲について訊いてきた。
聞いたことがない、か。
まぁ、当たり前かな。あの曲は、僕がここにくる前に聞いていた歌だしね……
「あの曲は、“you”っていう名前の歌で、僕の故郷で聞いたたくさんの歌の内の一つなんだ」
「へぇ、そのyouって、どういう意味があるの?」
「うん?簡単だよ。あの単語の意味は、“あなた”。たったそれだけ。……でも、その言葉の中に、たくさんの意味を乗せてるんだ、この歌は」
「そうなんだ……いい歌なんだね。ねぇ、もう一回聞かせてよ」
「うん。いいよ」
美核にねだられて、僕はまた口笛を吹く。
口笛を吹きながら、ある情景が思い浮かんでくる。
田んぼに囲まれポツポツとしか民家の見えない、田舎道、と表現するのがぴったりなくらいのその場所で、夕焼けを背に、一人ゆっくりと歩いていく……
それが、僕のこの曲のイメージ。
そういえば、僕も、ここまで田舎じゃなかったけど、かと言って都会というわけでもないそんな場所で育ったんだよな……
スーパーや大きな本屋はあったけど、ビルとかそういうのはない、夏は暑くて、冬は寒い、そんな、普通の街で……
僕は生まれて、育って、笑って、泣いて、そして……
…………ああ、そっか。
なんで今まで口笛を吹かなかったのか、なんとなくわかった気がする。
きっと、口笛を吹けば、故郷のことを思い出して、心配になってしまうからだ。
「……どうしたの?空理、なんで泣いてるの……?」
「え?……あ、ほんとだ……」
吹き終わり、美核に指摘されて、初めて僕は自分が涙を流していたことに気がついた。
そっか、泣いてたのか、僕……
「いやね、なんか、故郷のことが心配になっちゃって……」
「……故郷に、帰りたくなっちゃった?」
「ううん。それはないよ。ここの生活は、正直向こうでの生活より充実してるからね。でも……」
「でも?」
「……別れの挨拶、してないのが、ちょっと後悔してるかな……?」
「………………」
……僕はこの世界に突然やってきた。
しかも、ライカとは全く関わりなく、だ。
つまりは、戻ることができなかった。
いや今も、元の世界の場所がわからないから、戻れない、が正しい。
だからこそ、別れの言葉を言えなかったのが辛い。
家族に、そして、友人達に。
「……そ、そういえばさ!」
空気が重くなってきたからか、突然、美核が話題を変え始めた。
「私がここに初めて来た……というか、転がり込んだ時さ、空理、ココア出してくれたんだよね!」
「あー、あの時か……あの時は驚いたよ。なんせ、外見たらいきなり君が倒れてたんだからねぇ」
美核がきた時か、たしか、去年の今頃だったっけかな……
昔のことを話しながら、僕はあの時の記憶に思いを馳せるのだった……
11/03/27 17:35更新 / 星村 空理
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