連載小説
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後編・上
まだ日は昇っているうちに、俺たちはモイライ神殿に着いた。
リースは楽しいフライトの余韻で未だにニコニコと満足そうにしている。
しかし、逆に俺は……

「……あ、大丈夫、ジル?」
「……少し、疲れた。が、大丈夫だ」

正直、魔力が尽きかけているが、まぁ、少しすれば体調の方は大丈夫だろう。
しかし、ちょっと調子に乗りすぎたな。
しばらくは空を飛べそうにない。

「ごめんなさい。私が無理な注文しちゃったから……」
「……いや、無理な注文などではなかった。それに、俺も楽しかったから問題ない」
「……でも、ごめんなさい。久しぶりに夢中になちゃって……」
「……いい。楽しんでもらえて何よりだ」
「…………ありがとう」

少し恥ずかしそうにリースは礼を言う。
それを見て俺はふと微笑んだ。
はしゃいでたのは俺も同じだ。
久しぶりに誰かと一緒に飛んだからな。
ついつい加減を忘れてしまった。

「…………あ……!」
「……どうかしたか?」
「……いえ。なんでもないわ」
「……?」
「とりあえず、神殿の近くに着いたことだし、どうする?」
「……ふむ、簡単には侵入出来ない……か?」

木陰によって俺達は神殿の入り口の様子を見る。
そこには、教会の紋章の入った鎧を着た、教会直属の騎士団が約十人。入り口の警備に当たっていた。
おそらく、あいつらを一人で相手しても決して勝てないだろう。
だが、俺とリース、二人で協力すればなんとかなるな。
しかし、それで侵入しようとは俺は、おそらくリースも考えていない。
おそらくだが、あいつら以外に待機、または内部の警護をしているであろう騎士団のメンバーもいるはずだ。

「……騒ぎは起こしたくないな。教会の騎士団は基本50人構成だ。騒ぎを聞きつけてきてそれ程の数に囲まれたら……死ねるからな」
「……そうね。なら、ちょっと私に案があるんだけど……その前に、訊いていいかしら?」
「……なんだ?」
「あなた、風を使って私たちの発する音、消せる?」
「風属性の本質は空気の操作だから、出来なくもないな」
「なら……こういうのはどうかしら?」

ニヤリ、と笑いながら、リースは案とやらを話し始めた。


××××××××××××××××××××××××××××××


「というわけで、簡単に潜入成功♪」
「……いったい誰に言ってるんだ?」

あれよあれよという間に、俺達は神殿内に潜入することが出来た。
どうやって騎士団の目を掻い潜って潜入したかというと、簡単だ。
自分達の姿と、自分達の発する音を隠して堂々と正面から入ったのだ。
……まぁ、姿と音を隠してる時点で堂々とではないがな。

『“パニシガ”。自分達の周りの光を捻じ曲げて姿を見えなくする補助魔術よ。姿を消せるのは良いんだけど、音はどうしても消せないの。……そこで、あなたの力で音も……ってわけ』

というリースの説明を受けてすぐに俺はその作戦を実行した。
そして作戦は見事に成功。ただし……

「……先に言っておくが、なけなしの魔力を使って底をついてしまったから、しばらくは俺は魔術が使えない」
「そう。……でも、たぶんしばらくは魔術は使わないと思うから安心して」
「……そうか。なら、大丈夫だろうな……さて、では騎士団に見つかる前に……」
「そうね。行きましょう」

そう言って、俺達は神殿の奥に向かうのだった。
モイライ神殿の中は、ダンジョンほど複雑にはなっていない。
大部屋は全部で三つ。
それぞれ、クロトの間、ラケシスの間、アトロポスの間と名付けられている。
そして、この神殿は普通の神殿とは違い、それ以外の部屋が全くと言っていいほど無い。
他は通路だけなのだ。
何故かは分からない。一説ではここは神殿ではなく何か別の目的のために作られた場所なのではないかというものもあったが真偽のほどは定かではない。
まぁ、どれも他人から聞いた話だから、実際のところは俺は何も分からない。
ともかく、俺達は最初に、クロトの間に入った。

「……ここが、クロトの間……石像以外は何もないな……」
「そうね。“石像以外の物は何もないわね”」
「……ああ。分かってる」

巨大な部屋の中には、たしかに石像以外には何も物はない。
ただ、そこには形のないモノ……膨大な魔力が漂っていた。
普通の人間なら、魔力酔いが起きる程の濃度だ。
唯一の救いは、その魔力が魔物の魔力でないということだろうか?
ここに充満しているのは、人間の魔力……たしか、魔物達は“精”と読んでいたな……であり、魔界のようにそこにいるだけで魔物化、インキュバス化が起きることはない。
でなければ、俺はとっくにインキュバスになっているだろう。

「……にしても、凄い魔力だな……魔物達が見つけたら狂喜しそうだ……」
「あら、私も一応魔物だけど?」
「……そうだったな……しかし、あの石像、いったいなんなんだ……?」

そう言いながら、俺は部屋の中央に置かれている大きな石像を見る。
石像は女の形をかたどってあり、その左手には糸巻き棒が握られている。
なぜ、糸巻き棒を、と疑問に思っていると、

「クロト……運命の三女神の一人。紡ぐ者の名を持ち、名の通り人の生命を司る糸を紡ぐ役割を持つ……」
「……知ってるのか?」
「……みたいね。私に覚えはないんだけど、そう、誰かに教えられた気がするのよ……」

……誰かに教えられた?
もしかして、リースはここに来たことが……?

「……早く行きましょう。ここには何もないみたいだし、私の望む現象も起こらないしね」
「……そうだな」

リースがそう言って歩き始めたので、俺は小走りに彼女を追いかけたのだった。
……そして、二つ目の部屋は、ラケシスの間。

「……今度は、壁一面に蝋燭か……気味が悪いな……ん?リース、ここにも石像があるが、なんなのか分かるか?」
「……ラケシス……クロトと同じ三女神の一人。彼女は人の生命の長さを測り、決める者。ここの蝋燭は、人間達の寿命のメタファー……どうやら、部屋の名前と同じ名前のようね。運命の三女神とやらは」
「……と言うことは、最後の女神はアトロポス、ということになるな。それについては?」
「……駄目ね。分からないわ。どうやら私はここに来たことがあるみたいだけど、ね」
「……そうか。なら、最後の部屋に……」

行こう、と言って俺が歩き出そうとしたところに、変化が起きた。

「……なんだ、これは……」
「……転移魔術……とかいうものじゃないわね。そもそも、魔力自体感じないし……」

俺達の周りの風景が、反転したかのように回転し、一瞬で見知らぬ場所に変わったのだ。
…………いや、これは……

「……リース、どうやら、お前の望んだ現象が起きたみたいだぞ。ただし、これはお前の過去ではないがな……」
「……じゃあ、ここは……これは……」
「……ああ。そうだ」

俺は、この風景を知っている。
いや、覚えていなければならない。
なぜなら、ここは、これは、俺の記憶……過去だからだ。

『きゃははははは……!!』

……石で出来た壁で囲まれた廊下を、幽鬼のように半透明になっている子供達が走ってきた。

「これが、あなたの過去?」
「……ああ。俺がまだ小さいころの、だろうな……」

子供達の顔には、見覚えがある。
笑顔で走っているワーキャットは、クロノ。
みんな待ってよと少し泣きそうな顔をして走っているラミアは、二ティカ。
ほらほら早く、と言って笑ってる少年は、智也。
急げ、と二ティカの手を引いてる少年は、ククリス。
……みんなの顔を、順々に見回す。
……そして、最後に、俺は一人の少年を見る。
少年は、みんなから少し離れた場所で、ゆっくりと歩きながらその輪を見ていた。
表情の読みづらい顔に、白髪を少し伸ばし、後ろに一房に縛った少年。
……その少年の名は……

『またみんなと離れて……ジル、人の輪に入るのは嫌いなの?』

ジル・クード。つまり、俺だ。
少年の隣に、一人の女性が来た。
……ママ先生だ。

『……別に、嫌なわけではないです……ただ、ちょっと入りづらくて……』
『そうなの……でも、みんなと遊ぶのは楽しいわよ?』
『……分かってますよ……』

小さな俺が少しふてくされたような顔をしたところで、また風景が変わり、もとの神殿に戻った。

「……どうやら、本当に自分の過去に遭遇するようだな……」
「そうね……」
「…………最後の部屋に、向かおう……」
「分かったわ」

……何かを察してか、リースは俺の過去について深く追求はしてこなかった。
正直、助かった。
あの時は、とても楽しくて、幸せだった。
だが……
…………ともかく、俺達は最後の部屋、アトロポスの間に向かった。

「……ここが、最後の部屋だな。……で、やはりここにも石像があるな」
「……アトロポス。役割はラケシスによって割り当てられた糸を切り、人間の寿命の最終決定をする……モイライとは、人の寿命を決める三体の女神……彼女達の定めた運命には、誰も逆らうことが出来ない……」
「……ふむ、運命の女神か……なら、過去に遭遇する、というのも、納得……か?」
「……そうね。……でも、それよりも今の私としての問題は、私がいつ、ここに来て、女神の話を聞いたのか、ということね」
「……おそらくだが、リース、お前はここで……」

言いかけて、また周りの風景が反転したかのように回転した。
風景は、小さめの部屋の中で、周りには薬がたくさんある。
どうやら、ここは研究室のようだ。
……そして、その部屋の中に、リースが二人いた。
一人は、俺の隣にいる“今”のリース。
そしてもう一人は、見た目が全く変わっていない、フラスコとにらめっこをしている“過去”のリース。
リースの望んだ過去の風景が、都合よく映し出されたようだ。

「……ここがお前の研究室か……」
「……の、ようね。……これを見れば、多分薬の作り方が……」

と、過去のリースがブツブツと呟き始めた。

『世界樹の根に……エルモネアの葉に……』

むむむ……と唸りながら過去のリースは慎重に材料をフラスコの中に入れていく。
そのようすを見ながら、現在のリースは過去の部屋の中を見回ってる。
どうやら、メモなど、薬の手がかりになるものを探しているらしい。
……ふむ、俺も少し見て回るか。
そう思って部屋の中を歩いていると、部屋の扉が開いて誰かが入ってきた。
一瞬、俺とリースは警戒して構えたが、今いる場所が過去であることを思い出してすぐに脱力した。

『どう?研究の方は進んでる?』

……入ってきたのは、一人のエンジェルだった。

『ええ。あと少しで完成、と言った所かしら?』

振り返りながら、過去のリースは答える。
どうやら、二人は知り合いらしい。

『ここはいいわね。研究材料が豊富にあるから、本来時間のかかる材料集めがなくてかなり早く作業が進められるんだもの』
『そうね。お陰で私達の夢が叶う日が近くなったわ』
『……そうね』

しみじみと、二人は言った。
夢、とは一体なんなのだろうか……
と、思ってると

「見つけたわ!!薬のメモ!!これを写せばついに……!!……早くメモ取らないと!!」

と、リースが叫んで、ポケットからペンとメモを取り出してすぐに内容を書き写した。
ふむ、これで依頼は半分達成だな。
そう思って少し安心したが、しかしまだ心残りがあった。
なぜ、リースは記憶を消されたのか。
そして、なぜこの仲間らしい天使はリースに会って薬に製法を教えなかったのか。
後者はおそらく天使の記憶も消されたからだろうが、前者の理由が分からない。
ふむ……一体なんなんだろうか……
などと考えていると

『よし!出来た!』
『後は、報告して大量生産するだけね』

と、過去組の二人が歓喜の声をあげたのだ。
そしてその瞬間、俺達の周りの風景が変わり、もとのモイライ神殿に戻った。

「……で、目的のものは写し終えたのか?」
「ええ、もちろん。あとは帰るだ……」
「……どうし……た……!?」

け……と言おうとした状態で、リースの動きが止まり、ある一点を驚いたように凝視する。
なんだ、と思い俺もリースの見た方向を見て、驚く。
なぜなら、“過去のリースが、まだ俺達の見た方向にいた”からだ。
……リースの過去の映像は、まだ終わってなかったのだ。
10/12/05 22:02更新 / 星村 空理
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■作者メッセージ
いかがだったでしょうか?
楽しんでいただけたら幸いです……
さて、今回は更新が遅いな、と感じたので、区切りのいい所で分けてしまいました。
中途半端な終わり方だったらごめんなさい。
あと、つまらなかった場合もごめんなさい。
さて、話の方では、もう帰るだけとなってしまいました。
しかし、まだリースの過去は終わってません。
ちょっとしたイベントを用意しました。
楽しみにしてくれたらなぁ、と思っております。
さて、では今回はここで。
星村でした。

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