中編
リースに着いて行って、到着したのは、この店の二階に位置する部屋の一つ。
彼女の部屋らしい。
「……この店は、部屋まで貸しているのか?」
「ええまぁ、そんな感じね。とにかく、立ったままだとあれだから、入って」
「……わかった」
促されて、俺は彼女の部屋に入る。
見た感じは、普通だ。
テーブルにベットにソファ。
特に何か不思議なものはない。
……少しだけ、安心した。
「……?どうかしたの?」
「……いや、存外普通な部屋で安心しただけだ」
「……いったい、どんな部屋を想像していたのかしら?」
「……魔女の部屋だからな。何かの実験器具なんかがあると思った」
「失礼ね。こんな場所で実験なんてしないわよ。第一、失敗して部屋が吹っ飛んだら隣……はどうせ星村だからいいとして、私が大変なのよ。マスターに迷惑がかかるし」
「……隣のやつはいいんだな……」
よほど嫌いなのか、それくらいやっても大丈夫なくらい仲がいいのか……
まぁそれはともかく、だ。
「……そろそろ依頼について話した方がいいと思うんだが……」
「そうね。じゃあそこらに座ってくつろいでくれて構わないわよ」
「……分かった」
許可をもらえたので俺は遠慮せずに床に座る。
と、リースが、別にソファでも良いのに、と呟いていたが、流石に一つしかないソファに俺が座るわけにはいかない。
それに、リースがソファに座っているため、俺までソファに座ってしまったら話しづらいしな。
「まぁいっか。じゃあ、まず詳しい依頼内容から話した方がいいわね」
「……そうしてもらうと助かる」
「そうね。……私の依頼はギルドにあった通り護衛よ。ただし、場所がちょっと問題ね」
「……危険な場所なのか?」
「それもあるけど……特殊、って言った方が正しいかしら?……モイライ神殿って知ってる?」
「……ああ。隣国の“テメングニル”にある神殿だな。……なるほど。たしかにあそこは危険だし特殊でもあるな。」
『モイライ神殿』
隣国の反魔物領である国、“テメングニル”にある神殿で、様々なものの過去を保管してあると言われている場所だ。
そもそもあそこは反魔物領にあるし、教会が管理している。人間である俺は大丈夫だが、魔女であるリースは危険だ。
しかも、そこにはある噂がある。
曰く……
「“そこでは自分自身の過去と遭遇する”……その噂を使って少し知りたいことがあるのよ」
「……そのための、護衛か」
「そういうこと。一応見つからないで調べることも可能だけど、見つかって教会の騎士団に囲まれたりでもしたら死んじゃうから、念には念を入れて護衛の依頼をしたの。まぁ、報酬とか依頼内容とかはちょっとした悪戯ね。反魔物領に喧嘩売るようなもんだし。来なかったら来なかったで私だけで行けば良かったし。……でも、あなたが来てくれて助かったわ。これですぐにでも出発することが出来る」
「しかし、そうまでして知りたいことというのはどういうものなんだ?支障が出ないのなら教えてくれないか?」
「……知りたいのは、薬の調合方法よ」
「……薬?なぜそんなものを……?しかも、見たいのはお前の過去なんだろう?なぜモイライ神殿まで行って見てくる必要がある?」
「それは……。……?……ちょっと待って」
答えるのを逡巡した彼女はふと何かに気がついたように部屋の扉の前に音を立てずに忍び寄り、そしていきなり扉を開いた。
「……あ、ど、どうもリースさん。どうしたんですかそんなに突然扉を開けたりして……?」
扉に先から現れたのは、俺が店に入った時に応対した店員だった。
「……一体、どこから聞いていたのかしら、星村?」
彼が少し慌てたように言うと、リースはニッコリと怖い笑みを浮かべながら訊いたのだった。
「……え?一体なんの……」
「とぼけないで。コーヒー、若干冷めてるわよ?」
「……あ……!」
リースの指摘に星村と呼ばれた店員は、いやはは……と苦笑いをしながら頬をポリポリとかいた。
たしかに、彼の持っているトレーには、俺とリースが頼んだであろうコーヒー……と、なぜかクッキーまであった。
「……で、どこまでかしら?」
「いや……あの……“モイライ神殿って知ってる?”ってとこからです……」
「……まぁいいわ。そんなたいした内容じゃないし……でも、黙って立ち聞きは、ちょっといただけないわね」
「はい。ごめんなさい……」
「ほら、さっさとそれよこして仕事に戻りなさい。まったく、本当に覗き見好きなんだから……」
「いやはや面目ない。それでは、失礼します」
リースにトレーを渡し、ごめんなさいねー、と俺にも謝りながら店員はその場を離れて行った。
「……今のは?」
「星村 空理。この店のバイトで野次馬覗き見盗み聞きが大好きなこの部屋のお隣さんよ」
「……なるほど」
たしかに、あのようなやつでは別にいいと言われても仕方がないと思う。
……しかし、そこそこ気配に敏感な俺が気づかなかったとなると、あの男、普通の人間でないのだろうか……?
そして、それに気がついたこの魔女も……
「……さて、いったいどこまで話したっけ?……ああそうだ。なんで神殿に言ってまで自分の過去を見たいのか、だったわね」
コーヒーを飲みながらそんなことを考えていたら、彼女が話を再開したので俺は考えを途中放棄して話を聞くことにした。
「それはね、消されちゃったのよ。記憶を」
「……?」
「昔ね、私はある薬を作ったの。でも、それは駄目だって誰かがその製法を消して私の記憶も消した。でも、術が中途半端だったのね。こうして私の中にはそういうことがあったという記憶が残ってるのだから。で、私はその薬が必要になって作らなきゃいけなくなった。だから神殿に行く必要があるのよ」
「……なるほど。しかし、お前が必要になったというその薬はいったいどんなものなんだ?」
「……答えてもいいけど、それはこの依頼を正式に受けてくれたら話すわ」
「……いや、そもそも俺はここに来た時点でどんな依頼であっても引き受けるつもりだったんだが?」
「そうなの?」
「ああ。一度手をつけた依頼は全て引き受ける。それが俺のポリシーだからな」
そんなだから後始末のジークなんて呼ばれるんだが、こればかりは元々の正確なんで直せそうもない。
「そうじゃあ話すわ……と言いたいところだけど、先にコーヒー飲んで出発してからにしましょう。コーヒーはゆっくりと味わいたいからね」
「……承知した」
そう言って、俺はまたコーヒーを一口すする。
「……うむ。美味いな」
「でしょう?……でも、これよりももっと美味しいコーヒーをマスターは作るらしいわね。でも、それは淹れるのに時間がかかるからって店では出してないのよ……あ、クッキーも美味しいわよ」
「……いただこう」
……美味い。
なぜ俺は今までここに来なかったのだろう……
今度からはちょくちょくここに来るようにしよう。
コーヒーとクッキーを味わい、俺はそう決意したのだった。
××××××××××××××××××××××××××××××
「さて、じゃあ出発よ」
「……まさか、あそこまで人気だったとは……」
店に出てすぐに俺は先程見た店の様子に驚いた。
リースの部屋に向かう前は五人程だった客が、出て来てからその4〜5倍にまで増えていたのだ。
小さな店の中にだいたい20人強の人がいるというのは凄いと俺は思う。
どうやら俺が入って来たのはちょうどよい時間だったらしい。
「……そうね。私も最初は驚いたわ」
「……そうなのか……そう言えば、目的地はモイライ神殿で良かったんだよな?」
「ええ。徒歩で約丸一日ほどね」
「……いや、そこまで時間はかける必要はない」
「……?馬車か何か借りて行くの?」
「……いや。……少し、俺の手を掴んでいてくれないか?」
「……こんな大勢の人の目の前で?」
「……別にやましい考えをしているわけではない」
「でも、勘違いしちゃう人もいるわよね?」
「……すまん。少し配慮に欠けたな。では少し路地の方に向かおう」
「……何か変なことしないでしょうね?」
「……ああ。保証する」
俺はそう言ってリースと一緒に路地入り、立ち止まった。
そして、まだ少しだけ渋るリースに頼んで俺の手に捕まってもらう。
「……さて、ではいいだろうか?」
「ええ。でも、いったい何を?」
「……まぁ、“体感すれば分かる”」
「何を……ってうわっ!?」
俺が言った直後に、俺達の体が浮き出した。
いきなりのことで驚いたリースは、足をジタバタさせて暴れている。
「ななな何なのよこれ!?」
「……安心しろ。俺の術式だ。空を飛んだ方が歩くより早いだろう?」
「たしかにそうだけど、そんなこと可能なの!?」
「……実際に今体験してるだろう」
徐々に俺達の高度は高くなっていき、すぐに街の境界が見えるほどの高さになった。
「すっっっっっっごい!何これ!?あなた、精霊使いか何かなの!?」
子供のようにはしゃぎながらリースが訊いてくる。
「……いや、俺は精霊使いなんかじゃない。ただの魔術師だ。……知り合いにシルフはいるが、契約はしてない。精霊使いになったら、この街の風を穢してしまうからな……」
「ふぅん、そうなんだ?」
「……ああ。俺はこの街の風が好きだからな。力が欲しいわけでもないし」
「そ。でも、その知り合いの子が可哀想じゃない?あなたのこと、好きなんじゃないの?」
「……さぁな。そういうのに俺は疎い。それより、行くぞ」
「え?……うきゃぁぁぁぁぁあああああああ!」
俺がリースを掴んだまま飛行を開始すると、またリースがはしゃぎ始める。
……どうも、この様子を見ると子供のように思えるな。
「速い速い!まさか精霊使い以外で飛行が出来る人がいるなんてね。ビックリだわ」
「……そうかい」
よっと、なんて言いながら彼女は今の状態で一番安定した場所、つまり俺の背中に移動してそう言った。
通常、この世界ではそれを飛べるものは少ない。
空を飛べるのは、ハーピーやドラゴンなど、羽、翼をもつ魔物、あとは、シルフなどの精霊や、それと契約した風の精霊使いなど、持っている魔力が高いものくらいだ。
ちなみに、俺はそのどれにも当てはまらない。
羽や翼は持ってないし、魔物でもない。
それに、魔力もそれほど高くない。
じゃあ、なぜ空を飛べているのか。
それはまぁあとの話として
「……さて、そろそろ話してもらってもいいか?」
「ええと……ああ、薬について、だっけ?」
「……そうだ。ついでに、個人的に思うんだが、それはまた自力で開発出来ないのか?」
「……あれは、本当に偶然で出来たものだからもう同じものを一から開発するのは無理よ。……そして、その薬、それはね、“魔物の魔力のみを枯渇させる”薬なのよ」
「……どういう意味だ?」
「ようするに、それを飲んだら魔物は人になるってこと」
「……なぜ、そんなものが必要なんだ?」
「……………………だったのよ」
「……?なんて言ったんだ?」
俺が訊くと、リースは少し震えた小さな声で何か言った。
よく聞こえなかったのでいったいなんと言ったのか訊くと、彼女は顔を赤くして怒ったように言った。
「ちっちゃいのは嫌だったのよ!」
「……いや、お前魔女じゃないか。自分で望んだ姿じゃないのか?」
なるほど、震えてたり顔が赤いのは恥ずかしかったり怒ってたからか。
などと納得しながら俺は彼女に正論を言う。
……魔女はバフォメットの力を受けて魔力の高い魔人になる。
そして、その時に永遠の若さを手に入れる……つまり、幼女化するのだが、大半はそれを望んで魔女になる、と俺は考えていたのだが……
「違うわ!私はこんなちんまい姿なんて望んでない!そもそも私は今の時代の魔女じゃないから巻き添えでこんな姿になっちゃったのよ!」
「……たしか、魔王が交代したのはそうとう前だよな……つまり…………」
「それ以上言ったら潰すわよ?」
「……なるほど、これでなぜ薬が必要なのか分かった」
「……逃げたわね」
「……賢明、と言って欲しい」
「……まぁいいわ。にしても、精霊使いじゃないのによく飛べるわね?もしかして、“魔法”ってやつ?」
“魔法”
その存在自体が理解不能な不可思議な術。
俺の知り合いの中に一人二人いるが、俺自身はそんなものは持ってなんかいない。
「……いや、違う。俺はただの魔術師だ。そんな大層な力なんてない。俺はただ、風が好きなだけだ」
「そう。なら、凄い才能ね。ただの魔術師なのに、空を飛べるなんて」
「……その代わり、風以外の属性は使えないんだがな」
「……そうなの?」
「……ああ。俺は風が好きだ。だから魔術はそれしか学ばなかった。そしてそれだけを極めていった。だから空を飛べるまでの力を手に入れたんだ」
「……なるほど、ね。たしかにそれだったら空を飛べるのも納得ね」
基本的に魔術師は、純粋に一属性のみを極めることはない。
無論、極めてしまえば強力な力を行使できるが、そこに行き着くまでには相当な時間がかかる。
しかも、その道にすすんでしまうと他の属性の術式を学ぶことが出来なくなってしまうのだ。
正確に言うと、一属性を極めた状態で他の属性の術式を学んでしまうと、その属性に馴染んだ魔力がその術式を異物と感じ、拒絶してしまう。
つまりは、術を使おうとしても使えない、または拒絶反応で魔力暴走してしまうことになってしまうのだ。
火力よりも、術の柔軟性、状況による応用性が特徴である魔術師でそれは致命的である。
だから、純粋に一属性だけを極める魔術師は、俺のような物好きか、そういう風に仕込まれた人間だけである。
やはり魔女だからそれが分かってか、納得したように頷いた。
「まぁ、それはともかく、ジル」
「……なんだ?」
「もうちょっと速く飛べる?」
「……分かった。出来るだけ、速く飛ぼう」
……どうやら、空を飛ぶことが気に入ったらしい。
俺と、同じだな。
嬉しく思い、俺は全速力で飛んだ。
その速度を体感して、リースは楽しそうに悲鳴をあげた。
……この後、飛ばし過ぎで魔力が底を尽きかけたのだが、それはまた後の話……
彼女の部屋らしい。
「……この店は、部屋まで貸しているのか?」
「ええまぁ、そんな感じね。とにかく、立ったままだとあれだから、入って」
「……わかった」
促されて、俺は彼女の部屋に入る。
見た感じは、普通だ。
テーブルにベットにソファ。
特に何か不思議なものはない。
……少しだけ、安心した。
「……?どうかしたの?」
「……いや、存外普通な部屋で安心しただけだ」
「……いったい、どんな部屋を想像していたのかしら?」
「……魔女の部屋だからな。何かの実験器具なんかがあると思った」
「失礼ね。こんな場所で実験なんてしないわよ。第一、失敗して部屋が吹っ飛んだら隣……はどうせ星村だからいいとして、私が大変なのよ。マスターに迷惑がかかるし」
「……隣のやつはいいんだな……」
よほど嫌いなのか、それくらいやっても大丈夫なくらい仲がいいのか……
まぁそれはともかく、だ。
「……そろそろ依頼について話した方がいいと思うんだが……」
「そうね。じゃあそこらに座ってくつろいでくれて構わないわよ」
「……分かった」
許可をもらえたので俺は遠慮せずに床に座る。
と、リースが、別にソファでも良いのに、と呟いていたが、流石に一つしかないソファに俺が座るわけにはいかない。
それに、リースがソファに座っているため、俺までソファに座ってしまったら話しづらいしな。
「まぁいっか。じゃあ、まず詳しい依頼内容から話した方がいいわね」
「……そうしてもらうと助かる」
「そうね。……私の依頼はギルドにあった通り護衛よ。ただし、場所がちょっと問題ね」
「……危険な場所なのか?」
「それもあるけど……特殊、って言った方が正しいかしら?……モイライ神殿って知ってる?」
「……ああ。隣国の“テメングニル”にある神殿だな。……なるほど。たしかにあそこは危険だし特殊でもあるな。」
『モイライ神殿』
隣国の反魔物領である国、“テメングニル”にある神殿で、様々なものの過去を保管してあると言われている場所だ。
そもそもあそこは反魔物領にあるし、教会が管理している。人間である俺は大丈夫だが、魔女であるリースは危険だ。
しかも、そこにはある噂がある。
曰く……
「“そこでは自分自身の過去と遭遇する”……その噂を使って少し知りたいことがあるのよ」
「……そのための、護衛か」
「そういうこと。一応見つからないで調べることも可能だけど、見つかって教会の騎士団に囲まれたりでもしたら死んじゃうから、念には念を入れて護衛の依頼をしたの。まぁ、報酬とか依頼内容とかはちょっとした悪戯ね。反魔物領に喧嘩売るようなもんだし。来なかったら来なかったで私だけで行けば良かったし。……でも、あなたが来てくれて助かったわ。これですぐにでも出発することが出来る」
「しかし、そうまでして知りたいことというのはどういうものなんだ?支障が出ないのなら教えてくれないか?」
「……知りたいのは、薬の調合方法よ」
「……薬?なぜそんなものを……?しかも、見たいのはお前の過去なんだろう?なぜモイライ神殿まで行って見てくる必要がある?」
「それは……。……?……ちょっと待って」
答えるのを逡巡した彼女はふと何かに気がついたように部屋の扉の前に音を立てずに忍び寄り、そしていきなり扉を開いた。
「……あ、ど、どうもリースさん。どうしたんですかそんなに突然扉を開けたりして……?」
扉に先から現れたのは、俺が店に入った時に応対した店員だった。
「……一体、どこから聞いていたのかしら、星村?」
彼が少し慌てたように言うと、リースはニッコリと怖い笑みを浮かべながら訊いたのだった。
「……え?一体なんの……」
「とぼけないで。コーヒー、若干冷めてるわよ?」
「……あ……!」
リースの指摘に星村と呼ばれた店員は、いやはは……と苦笑いをしながら頬をポリポリとかいた。
たしかに、彼の持っているトレーには、俺とリースが頼んだであろうコーヒー……と、なぜかクッキーまであった。
「……で、どこまでかしら?」
「いや……あの……“モイライ神殿って知ってる?”ってとこからです……」
「……まぁいいわ。そんなたいした内容じゃないし……でも、黙って立ち聞きは、ちょっといただけないわね」
「はい。ごめんなさい……」
「ほら、さっさとそれよこして仕事に戻りなさい。まったく、本当に覗き見好きなんだから……」
「いやはや面目ない。それでは、失礼します」
リースにトレーを渡し、ごめんなさいねー、と俺にも謝りながら店員はその場を離れて行った。
「……今のは?」
「星村 空理。この店のバイトで野次馬覗き見盗み聞きが大好きなこの部屋のお隣さんよ」
「……なるほど」
たしかに、あのようなやつでは別にいいと言われても仕方がないと思う。
……しかし、そこそこ気配に敏感な俺が気づかなかったとなると、あの男、普通の人間でないのだろうか……?
そして、それに気がついたこの魔女も……
「……さて、いったいどこまで話したっけ?……ああそうだ。なんで神殿に言ってまで自分の過去を見たいのか、だったわね」
コーヒーを飲みながらそんなことを考えていたら、彼女が話を再開したので俺は考えを途中放棄して話を聞くことにした。
「それはね、消されちゃったのよ。記憶を」
「……?」
「昔ね、私はある薬を作ったの。でも、それは駄目だって誰かがその製法を消して私の記憶も消した。でも、術が中途半端だったのね。こうして私の中にはそういうことがあったという記憶が残ってるのだから。で、私はその薬が必要になって作らなきゃいけなくなった。だから神殿に行く必要があるのよ」
「……なるほど。しかし、お前が必要になったというその薬はいったいどんなものなんだ?」
「……答えてもいいけど、それはこの依頼を正式に受けてくれたら話すわ」
「……いや、そもそも俺はここに来た時点でどんな依頼であっても引き受けるつもりだったんだが?」
「そうなの?」
「ああ。一度手をつけた依頼は全て引き受ける。それが俺のポリシーだからな」
そんなだから後始末のジークなんて呼ばれるんだが、こればかりは元々の正確なんで直せそうもない。
「そうじゃあ話すわ……と言いたいところだけど、先にコーヒー飲んで出発してからにしましょう。コーヒーはゆっくりと味わいたいからね」
「……承知した」
そう言って、俺はまたコーヒーを一口すする。
「……うむ。美味いな」
「でしょう?……でも、これよりももっと美味しいコーヒーをマスターは作るらしいわね。でも、それは淹れるのに時間がかかるからって店では出してないのよ……あ、クッキーも美味しいわよ」
「……いただこう」
……美味い。
なぜ俺は今までここに来なかったのだろう……
今度からはちょくちょくここに来るようにしよう。
コーヒーとクッキーを味わい、俺はそう決意したのだった。
××××××××××××××××××××××××××××××
「さて、じゃあ出発よ」
「……まさか、あそこまで人気だったとは……」
店に出てすぐに俺は先程見た店の様子に驚いた。
リースの部屋に向かう前は五人程だった客が、出て来てからその4〜5倍にまで増えていたのだ。
小さな店の中にだいたい20人強の人がいるというのは凄いと俺は思う。
どうやら俺が入って来たのはちょうどよい時間だったらしい。
「……そうね。私も最初は驚いたわ」
「……そうなのか……そう言えば、目的地はモイライ神殿で良かったんだよな?」
「ええ。徒歩で約丸一日ほどね」
「……いや、そこまで時間はかける必要はない」
「……?馬車か何か借りて行くの?」
「……いや。……少し、俺の手を掴んでいてくれないか?」
「……こんな大勢の人の目の前で?」
「……別にやましい考えをしているわけではない」
「でも、勘違いしちゃう人もいるわよね?」
「……すまん。少し配慮に欠けたな。では少し路地の方に向かおう」
「……何か変なことしないでしょうね?」
「……ああ。保証する」
俺はそう言ってリースと一緒に路地入り、立ち止まった。
そして、まだ少しだけ渋るリースに頼んで俺の手に捕まってもらう。
「……さて、ではいいだろうか?」
「ええ。でも、いったい何を?」
「……まぁ、“体感すれば分かる”」
「何を……ってうわっ!?」
俺が言った直後に、俺達の体が浮き出した。
いきなりのことで驚いたリースは、足をジタバタさせて暴れている。
「ななな何なのよこれ!?」
「……安心しろ。俺の術式だ。空を飛んだ方が歩くより早いだろう?」
「たしかにそうだけど、そんなこと可能なの!?」
「……実際に今体験してるだろう」
徐々に俺達の高度は高くなっていき、すぐに街の境界が見えるほどの高さになった。
「すっっっっっっごい!何これ!?あなた、精霊使いか何かなの!?」
子供のようにはしゃぎながらリースが訊いてくる。
「……いや、俺は精霊使いなんかじゃない。ただの魔術師だ。……知り合いにシルフはいるが、契約はしてない。精霊使いになったら、この街の風を穢してしまうからな……」
「ふぅん、そうなんだ?」
「……ああ。俺はこの街の風が好きだからな。力が欲しいわけでもないし」
「そ。でも、その知り合いの子が可哀想じゃない?あなたのこと、好きなんじゃないの?」
「……さぁな。そういうのに俺は疎い。それより、行くぞ」
「え?……うきゃぁぁぁぁぁあああああああ!」
俺がリースを掴んだまま飛行を開始すると、またリースがはしゃぎ始める。
……どうも、この様子を見ると子供のように思えるな。
「速い速い!まさか精霊使い以外で飛行が出来る人がいるなんてね。ビックリだわ」
「……そうかい」
よっと、なんて言いながら彼女は今の状態で一番安定した場所、つまり俺の背中に移動してそう言った。
通常、この世界ではそれを飛べるものは少ない。
空を飛べるのは、ハーピーやドラゴンなど、羽、翼をもつ魔物、あとは、シルフなどの精霊や、それと契約した風の精霊使いなど、持っている魔力が高いものくらいだ。
ちなみに、俺はそのどれにも当てはまらない。
羽や翼は持ってないし、魔物でもない。
それに、魔力もそれほど高くない。
じゃあ、なぜ空を飛べているのか。
それはまぁあとの話として
「……さて、そろそろ話してもらってもいいか?」
「ええと……ああ、薬について、だっけ?」
「……そうだ。ついでに、個人的に思うんだが、それはまた自力で開発出来ないのか?」
「……あれは、本当に偶然で出来たものだからもう同じものを一から開発するのは無理よ。……そして、その薬、それはね、“魔物の魔力のみを枯渇させる”薬なのよ」
「……どういう意味だ?」
「ようするに、それを飲んだら魔物は人になるってこと」
「……なぜ、そんなものが必要なんだ?」
「……………………だったのよ」
「……?なんて言ったんだ?」
俺が訊くと、リースは少し震えた小さな声で何か言った。
よく聞こえなかったのでいったいなんと言ったのか訊くと、彼女は顔を赤くして怒ったように言った。
「ちっちゃいのは嫌だったのよ!」
「……いや、お前魔女じゃないか。自分で望んだ姿じゃないのか?」
なるほど、震えてたり顔が赤いのは恥ずかしかったり怒ってたからか。
などと納得しながら俺は彼女に正論を言う。
……魔女はバフォメットの力を受けて魔力の高い魔人になる。
そして、その時に永遠の若さを手に入れる……つまり、幼女化するのだが、大半はそれを望んで魔女になる、と俺は考えていたのだが……
「違うわ!私はこんなちんまい姿なんて望んでない!そもそも私は今の時代の魔女じゃないから巻き添えでこんな姿になっちゃったのよ!」
「……たしか、魔王が交代したのはそうとう前だよな……つまり…………」
「それ以上言ったら潰すわよ?」
「……なるほど、これでなぜ薬が必要なのか分かった」
「……逃げたわね」
「……賢明、と言って欲しい」
「……まぁいいわ。にしても、精霊使いじゃないのによく飛べるわね?もしかして、“魔法”ってやつ?」
“魔法”
その存在自体が理解不能な不可思議な術。
俺の知り合いの中に一人二人いるが、俺自身はそんなものは持ってなんかいない。
「……いや、違う。俺はただの魔術師だ。そんな大層な力なんてない。俺はただ、風が好きなだけだ」
「そう。なら、凄い才能ね。ただの魔術師なのに、空を飛べるなんて」
「……その代わり、風以外の属性は使えないんだがな」
「……そうなの?」
「……ああ。俺は風が好きだ。だから魔術はそれしか学ばなかった。そしてそれだけを極めていった。だから空を飛べるまでの力を手に入れたんだ」
「……なるほど、ね。たしかにそれだったら空を飛べるのも納得ね」
基本的に魔術師は、純粋に一属性のみを極めることはない。
無論、極めてしまえば強力な力を行使できるが、そこに行き着くまでには相当な時間がかかる。
しかも、その道にすすんでしまうと他の属性の術式を学ぶことが出来なくなってしまうのだ。
正確に言うと、一属性を極めた状態で他の属性の術式を学んでしまうと、その属性に馴染んだ魔力がその術式を異物と感じ、拒絶してしまう。
つまりは、術を使おうとしても使えない、または拒絶反応で魔力暴走してしまうことになってしまうのだ。
火力よりも、術の柔軟性、状況による応用性が特徴である魔術師でそれは致命的である。
だから、純粋に一属性だけを極める魔術師は、俺のような物好きか、そういう風に仕込まれた人間だけである。
やはり魔女だからそれが分かってか、納得したように頷いた。
「まぁ、それはともかく、ジル」
「……なんだ?」
「もうちょっと速く飛べる?」
「……分かった。出来るだけ、速く飛ぼう」
……どうやら、空を飛ぶことが気に入ったらしい。
俺と、同じだな。
嬉しく思い、俺は全速力で飛んだ。
その速度を体感して、リースは楽しそうに悲鳴をあげた。
……この後、飛ばし過ぎで魔力が底を尽きかけたのだが、それはまた後の話……
10/11/19 20:30更新 / 星村 空理
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