前編
依頼・護衛
報酬・本人と相談
内容・詳しい話はヤバザ通りにある喫茶店で
「……………………………………」
ラインという街のギルドの掲示板の前で、そんな感じの怪しげな依頼書を、俺、ジル・クードは見ていた。
依頼内容ははっきりしているが、詳細や依頼主、報酬の情報がほとんどない。
これは…………普通なら絶対に手を出さないような依頼だよな…………
「おや、大将。何見てんだい?」
「…………ああ、ヴァンか。…………依頼書を見ていたんだ…………」
「ほう…………どれどれ…………って、これかよ……」
突っ立っていると、後ろから同じ冒険者のヴァン・レギンスが声をかけてきた。
ヴァンは俺の指差した依頼書を見ると、とても嫌そうな顔をした。
「…………大将、これはやめといた方がいいと思うぜ?なんつーか、危険な匂いがするし…………何より依頼主が分からないんじゃゼッテー何か後ろ暗いとことかあるぜ?」
…………基本的に、ヴァンは報酬の高い護衛の、さらに危険で報酬の高いものを普段からやっているのだが、そのヴァンでもあまりやりたくなさそうであるとすれば、本当の本当に怪しいんだろう。
「………………そうか………………なら…………」
ヴァンの忠告を聞いて、俺は少し考えてから…………
「…………この依頼を受けよう……」
依頼書をカウンターに渡した。
それを見たヴァンは、やれやれと肩をすくめた。
「全く、やっぱり大将はやるんだな…………流石、後始末のジークってとこか?」
「…………その呼び方は…………止めろ…………」
二ヘラッと笑うヴァンの方を振り向いて、俺はムッスリとしながら言う。
後始末のジーク…………俺が誰も受けないような依頼を受け続けている内についた二つ名だ…………
ちなみに、ジークというのは誰がどう間違えたのか、俺の名前を聞き間違えた奴が広めたあだ名だ。
「はい。いつもありがとうね、ジル。じゃあ、ヤバザ通りの喫茶店、『アーネンエルベ』で、店員さんにこの依頼を受けたって言ってくれる?そうすれば依頼主と会えるそうだから」
「…………承知した…………」
「んじゃ、俺はこっちね」
カウンターにいる受付嬢から説明を受けると、今度はヴァンが依頼書をカウンターに渡す。
依頼内容は…………薬草の採取?
「…………なんだ、護衛じゃないとは、お前らしくないな………………」
「いやぁ、準備に必要な金はもうないし、ウィナに心配かけたくないからな!!」
「ああ、そういえば結婚したのよね。おめでとう」
「………………そうなのか……おめでとう……」
「おう!!ありがとう!!あ、あとここの近くで鍛冶屋やってるからよろしくな!!」
…………ああ、突然開いたあの店か…………
いったい誰のだろうかとは思ったが、まさかこいつの嫁さんのだったとはな…………
「にしてもいいなぁ……結婚…………私もいい人見つけないとなぁ…………」
「そうだなぁ……特に大将!!あんたいつまで一人でいるつもりだよ!!俺より年上だろ!!」
「……そんなに歳は離れてないんだがな……」
「それでも、だよ!!母親とか安心させたいだろ?」
「…………ふむ……母親……か……」
なんというか、とばっちりだな、と思いながら、俺はギルドを後にした。
「さっさと結婚しろよ〜!!」
「…………なるべく考えておこう……」
ヴァン達に軽く手を振りながら、俺は考えてしまう。
母親…………か……
俺が結婚したら、ママ先生は喜んでくれるかな……?
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喫茶店『アーネンエルベ』
この街に住んでいる俺だが、一度も通ったことのない店だ。
「いらっしゃいませ」
いったいどんな店だろうと少し緊張したのだが、落ち着いたアンティーク調の店で、少しホッとした。
店員もなかなか雰囲気にあった服装と物腰をしている。
…………なかなかいい店だな……今度から通ってみようか…………
「すまないが、依頼でここに来るよう言われたんだが…………」
「……ああ、リースさんですね?ちょっと待っててください」
とりあえず、依頼の件について話すと、店員はそう言って店の奥の方に消えてしまった。
…………とりあえず、待っている間は椅子にでも座らせてもらおうか…………
「…………ご注文は?」
カウンターに座ると、マスターらしき老人が注文を訊く。
メニューを見てみると、アップルパイや紅茶、ケーキやコーヒーなど、結構な種類があった。
「…………そうだな……コーヒーを頼む」
ここは普通にコーヒーでいいか。
注文をしてから俺は店を見回す。
店にはあまり客は居らず、精々俺を入れて五人。
人気はあまりなさそうだが、店の雰囲気などを感じた限りでは、常連なんかが居そうな店だと思う。
しかし、今の時間帯は誰も彼もが仕事や家事に追われている時間。客がこないのも当然かもしれん。
もしかしたら、本当はかなりの人気を誇るのかもしれんな。
と、そんなことを考えていると、コーヒーの香ばしい匂いが漂ってきた。
…………ふむ、楽しみだな…………
そう思って少し微笑んでいると、店に一人の少女が入ってきた。
先端の部分が少し垂れてしまっているとんがり帽子、背中に背負った大きめの杖、そして、その小さな体からは想像できないほど大きな魔力……
「…………魔女…………か…………」
「ご名答。よくわかったわね?……あ、マスター、私にもコーヒーを」
魔女はそういいながら俺の隣に座った。
「…………これでも魔術師だからな。相手の魔力くらい、それもこんなに大きなものとなると流石にわかる…………」
「なるほどね。あなた、名前は?」
「…………ジル・クードだ」
「そう…………あ、私はリース。リース・グランギニョルよ」
「…………グランギニョルとは、大層な名前だな……」
「…………まぁね…………」
俺の言葉に、リースは苦笑いをした。
…………ん?待てよ…………?
リースって、確かさっき…………
そう思ったちょうどその時、店の奥からあの店員が出てきた。
「申し訳ありません、リースさんなんですが、お部屋に……」
「あら、私がどうかしたのかしら?」
「……あ、リースさん。どこにいらしたんですか?」
「ちょっと散歩にね……で、私がどうしたの?」
「いえ、ギルドから依頼を受けた方がいらして……」
「…………やはり、お前が依頼主だったのか…………」
「………………え?もしかして、もうギルドから人が来たの?」
「……ああ。俺がそうだ」
「あなたが……」
思ったより早かったわね……
まぁ、早いのは嬉しいんだけど……
よくあんな怪しい依頼書で……
など、リースは様々なことを小さな声でつぶやいていた。
……聞こえているぞ?
「……まぁ、いっか。じゃあ、早速依頼の話をしたいんだけど……ちょっと着いて来てくれる?」
「……?ああ。いいだろう」
あ、マスター、コーヒー出来たら私の部屋に持って来て。
そう言いながら、彼女は俺に手招きしながら店の奥に入っていった。
それに続いて俺も奥に入って行った。
10/11/11 08:56更新 / 星村 空理
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