連載小説
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アップルパイ
暗く、外を出る人も減ってきた夜の街を、僕は走る。
行き先は明確だ。美核の簪が落ちていたあの場所、美核が攫われたであろう現場だ。
とりあえず、街を出るまでだ。
人の目がなくなるまで、我慢しろ。
そう自分に言い聞かせながら、僕は周囲にいる人に気づかれないよう、小さな本を自分に手元に作り出す。
予定ではまだあと一日ここに滞在するんだ。ここで目立っていろいろと面倒になるのはよろしくない。
……でも、人の目がなくなったなら……
そう考えてまもなく、僕は街を出た。
即座に周囲に人がいないか確認してから、次に本から自分の求めている項目を“抜き出し”て魔法を発動する。

「再現“痛覚遮断”、“魔法・ヘルメス”」

本から切り離された文章はそのまま僕の体にまとわりつき、そして溶けるようにして消えた。
同時に、本来僕の魔法の副作用でおこるはずの頭痛がまったくなくなった。いや、というより痛覚が反応しなくなって“痛み”がわからなくなっただけだけど。
そしてもう一つの変化、一時的に僕に付加させたライカ魔法“ヘルメス”を使って美核の過去・現在・未来を見に行き、現在位置と状況を把握する。
見えたのは、薄暗い岩肌と鉄の檻。そして少ないながらも美核の周囲にいる人々……その数、10、程度だろうか……おそらくは、美核と同じ状態の人、だろう。
……やっぱり、攫われてたか……
おそらく攫ったのは噂になっていたゴロツキ共、そしてその目的は……人身売買。
大金を手にするために人さらい、か……さらに、それを買い取るやつも存在する、と。
まったく、どんな世界でも人間の考えることは同じなのか……
内心で怒りを感じながら、僕は冷静に場所の特定をする。
いろいろとやっているうちに、現在僕は美核の簪を拾った竹林の道にいる。正確な場所は覚えてないけど、たしかここら辺だったはずだ。そして美核の居場所は、ここからならそこまで遠くはない。走って10分ほどだろうか?まぁ、そんな時間使うほどの余裕は今の僕ないけれど。
しかし念のため、敵側の人数と顔を見ておく。……と、その中に三人ほど、少しだけ見覚えのある顔があった。
……ああ、なるほど、美核が狙われる理由の一端はここにあるのか……まぁ、いい。
さて、場所は特定した。あとは行動を開始するだけだ。
……聞こえてなくても、忠告はしたよね?それに、僕の大切な人をさらったんだ……覚悟なんて、もちろんあるんだよね?まぁ、そんなものあったところで、全部折っちゃうから意味ないんだけど……

「じゃあ、行動開始だ……」
「待つんだ星村」

移動しようとする僕の腕を突然掴んで、邪魔をする人間がいた。

「……なにをするんだい、ライカ……」

努めて笑顔のまま、僕は行動を止めた人間、ライカの方を向く。

「星村、なにがあった?君は何をしようとしてるんだ?」

……未だに状況が理解できないライカの問いに、僕は簡潔に答える。

「前者、美核が攫われた。後者、もうわかるだろう?いつものことだよ」

目には目を

歯には歯を

罪には罰を

味方には友好を

中立には不干渉を

そして敵には……

「敵には、最大限の悪意を」
「…………そうか、わかった。それなら……」
「無駄だよ、断る」

ライカがなにかを言おうとする前に、僕は即座に答えた。
ライカの考えてることなんてわかりきってる。簡単なことだ。

「どうせ、僕がなにしでかすか分からないから、人を殺すかもしれないから、この件は僕に任せてくれないか?と言おうとしたんだろう?無駄だよ。なによりお前にだけは言われたくない」
「………………」

どうやら図星だったようで、ライカは言葉に詰まってしまった。
本当に、こいつにだけはそんな考えでそんなこと言われたくはないな。
神奈さんの境遇に怒って村一つ滅ぼしたこいつにだけは、絶対に。

「……もういくよ。邪魔しないでね」

それだけ言って、僕はすぐにライカの魔法で美核のいる場所に“跳ぼう”とする。
が、そこでまた一人、合流する人間がいた。

「およ?くー君にライカさん、いったいどうし……あー」

立宮先輩が現れたのだ。
先輩は、僕たちがどうしてここにいるのか問おうとして、しかし僕たちの様子を見てなにがあったのか理解したようだ。
なんというか、さすがとしか言いようがない……

「なるほどね、美核ちゃんに何かあったかぁ……久しぶりだなぁこんな怒ったくー君見るの。いや、あの時以上かな?こりゃ今度こそ人殺しちゃいそうだねー」
「なに物騒なこと言ってるんですか。そんな怖いことしませんよ」
「そっちこそなに言ってるのよ。部の中じゃくー君が一番物騒な考え方してたじゃないの」

はぁ、と呆れてため息をつきながらも、時間がない、僕が急いでいるということを理解してるからか、先輩はすぐさま表情を引きしめた。

「くー君、私も手伝っていいよね?」
「なにをするのかわからないのにそんなこと言うんですか?」
「美核ちゃんになにかした連中をしばきにいく、でしょう?で、美核ちゃんがどうしたの?」
「攫われました」
「よし、二度とそんなことできないように四肢を砕いてあげましょう」
「先輩の方が物騒です」

まったく、この人も身内に危害を加える敵には容赦ないなぁ……

「んで、どうするの?」
「わかりました。手伝いをお願いします」
「待つんだ、星村」

先輩の同行を許可すると、またライカが僕のことを止める。
今度はなんだよ……

「僕も同行しよう。手伝うくらいならできるはずだ」
「……はぁ、わかったよ。勝手にすれば?」

めんどくさい上に正直足手まといになりかねないんだけどなぁ……先輩と違ってライカは中途半端に優しいし。
心中でため息をつきながら僕はライカの同行も許す。ここでまたもめるのは時間の無駄だ。
さっさと行動に移そう。

「じゃあ先輩、ライカ、これを渡すよ」

そういいながら、僕は二人にさっきから会話の片隅でイメージを練ってたモノを作って渡す。

「これは……」
「拳銃?にしては本物より少し軽いわね……?かといってモデルガンにしては重すぎるし……」
「えっ?立宮君本物を使ったことがあるのかい?」
「ヤダナーソンナコトアルワケナイジャナイデスカー」
「それは拳銃のレプリカを魔術射出装置に改造したものです。まぁ魔術というより呪いですけど。とりあえず、今回はそれを敵にむかって撃つだけでいいです」
「ん、了解。ところで、呪いってどんなやつ?」
「時間がないので詳しい説明は省きますが、当たった人間にただ生きてるだけの無意味な人生を送らせる呪いです」
「なるほど、まぁくー君らしいね」
「呪いをかけるのはいいんだが、相手を行動不能にしなくていいのかい?」
「それが当たれば自動で動けなくなります。問題ないです。とりあえず概要はそんな感じです。では現場に跳びます。先輩は僕の手を掴んでいてください。ライカは僕のあとについてきてくれ」
「はいよ」
「わかった」

今更ながら呪いって言葉に反応ないな……と思いつつ説明を終え、僕は立宮先輩の手を取り、目的地入口まで跳ぶ。
到着したのは、同じ竹林の中。しかし、僕たちの現在地からそう離れていない前方、そこには四角形に階段状に空いた穴と、それを取り囲むように松明が数本、そして人間が二人いた。

「こんなところに、なんであんなのが……」
「おおかた誰かが使っていた隠れ家を見つけて再利用してるんでしょう。まぁそれこそどうでもいいことですが。ああそうだ、二人ともこれをつけてください」
「ん?あー、了解了解」
「わかった。たしかに、顔が知られるのは厄介だからね」

突入する前に、二人に渡し忘れてたものを渡して着用するよう求める。
渡したのは、仮面。デザインはここに合わせて赤い鬼の面だ。道化師の仮面が個人的には好きなのだが、着物にそれだと違和感しかない。
二人が仮面を被ったのを確認してから、僕も着ける。
さて、これで今度こそ準備完了だ。

「じゃあ開始します。では」

それだけ言って、僕は見張りらしき二人の前へ飛び出す。

「なっ……」
「誰だお前……っ!?」

二人とも僕に気がついて素早く僕を取り押さえようと動くけど、まぁ無駄だ。僕はあらかじめ構えていた銃を自分に近い方の男の腹に狙いを定めてトリガーを引く。
パスッという軽い音と共に、銃口から黒い弾丸状の魔術式が男に当たり、溶けて消えていく。
着弾した瞬間、男はうめき声も上げることなく身体中の力が抜け、地面に倒れた。
さて、この場にはもう一人いるけど……まぁ放っておいても問題ないな、と判断し、そのまま下へ降りることにした。

「っ!待てこら……」
「ほいさー!」
「っ!?」

下に降りようとする僕を残りの一人が止めようと手を伸ばすが、僕の後から飛び込んできた先輩が放った術弾が被弾し、僕に届く前に地面に倒れ、届くことはなかった。
ま、やっぱりこうなるわな。先輩なら自分の獲物は逃さない。
と、飛び出して階段近くまで来た先輩なのだが、一旦止まって降りて行く僕に声をかけた。

「くー君はさっさと美核ちゃんとこに行ってきなさーい。こいつらは私たちが頑張るから〜」
「……わかりました、お願いします」

ふむ、なにか準備するのだろうか……まぁいいか。
先輩の言葉に甘え、僕は虱潰しに敵を潰しに行くプランをやめ、真っ先に美核の囚われている牢へ向かうことにするのだった。


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「ほいほ〜い、いってらっしゃーい」

入口付近を制圧し、星村が中に入って行くのを立宮君は被っていたお面を頭の上にあげて、中には入らずに立ち止まって見送る。

「……僕たちも急がなくていいのかい?」
「んー急いだら急いだで取りのがしが出てきそうだからゆっくり虱潰しにいきましょー。んでライカさんに忠告とお願いなんですけど……」
「……なんだい?」
「んーとねー……可哀想だからって敵のこと逃がしちゃったら、私がくー君に代わってその人のことキレイなオブジェにしちゃうから、そこんとこよろしくね〜?」
「……肝に、命じておこう」

まるで幼い子供のような無邪気な笑顔でそんなことを言ってきたのだが、目や雰囲気からそれが冗談ではなく十二分に本気であることがありありとわかった。
味方ながらに若干の恐怖を覚えたのだが、忠告が終わるや否や、立宮君の無邪気な笑顔は困ったような苦笑に変わった。

「……それと、あまりくー君のこと、怖がらないでくださいね?あの子、私の影響もろに受けちゃったから仲間以外に冷たいんですよ……でも、ちゃんと仲間には優しくできる子だから……」
「……大丈夫だよ。それはちゃんと理解してる。それに、僕の知ってる奴らに比べたら、星村はまだマシな方だよ。心配する必要はない」
「そう……ですか。ありがとうございます」

僕の言葉に、ホッと胸をなで下ろす彼女を見ると、まぁ、なんというかやっぱりこの子もそこまで逸脱していない普通の子なんだなぁと思う。

「さて、そしたら私たちもくー君に続いていきましょうか」
「そうだね。これで相手を逃してしまったら星村も君もどちらも怖いからね」
「ふひひwさーせんw」

言葉だけ見れば下衆なセリフなはずなのだが、純粋に楽しそうな、無邪気な笑顔をしながら言う彼女からはそんなイメージは全く浮かばなかった。

「さてと、そしたらもう先にやっておきたいことはなにもなくなったかな……?よしじゃあいくかぁ〜」

そう言うや否や、立宮君はお面を被り直し、うっしゃやったるでー!とかなんとか軽いノリで言いながら階段を飛び降りていくのだった。
……言葉だけならふざけているように思えるかもしれないが、行動は真逆、至って真剣で本気であった。
彼女が降りたのを見て急いで僕も松明の明かりが主な頼りとなるこの洞窟のような場所に降りたが、降りた先で彼女を見つけることはできなかった。
しかも、飛び降りた時も、その後も、そして今も、彼女が走って移動しているように感じさせる要素はなにも見つからなかった。特に走った時に出る足音すらなく、無音のままに立宮君はこの中を走っていることとなる。

「なんというか……彼女は神奈に似たところがあるように感じるよ……」

まぁいい。僕も自分の仕事をこなすとしよう。星村はあまり僕の同行を快く思っていないのだ。同行させたことを後悔させない程度にはきちんと働かないとな。


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さて、そろそろだろうか……?
途中何人か邪魔な奴を片付けながらも、僕は美核のいる牢屋へ走る。
始末した数は入り口のを含めて7人。たしか全部で32いたはずだからあと25か……
まぁ別に僕がやらなくても残りは先輩がやってくれるだろうし大丈夫だろう。

「……ん……?」

そんな風に考えているうちに、牢屋のあるであろう場所に到着したがそこに一人、見張りが立っていた。気になってよく見てみると、昨日美核に絡んできた三人の男のうちの一人である。
ああ、やっぱりこいつもいたのか。

「ま、だからなんだって感じだけどね」
「はっ?ぐっ!?」

独り言が出てしまい、一瞬気がつかれたけど、すでに銃を構え、トリガーを引いたあとでのことなので相手は僕を視認するまでもなく倒れた。

「えーっと、鍵鍵……」

どうせこいつ看守だろうし、鍵くらい持ってるだろうなんて簡単に考えながらガサゴソと倒れた男の懐を探ってみると、案の定、美核の入れられている牢屋の鍵を見つけることができた。
よし、これで開けられる。
まぁ、見つけられなくても適当に開ければいいだけのことなんだけどね。チェーンソーとか斧とかで。というかちょっとやってみたかったなぁ……
ともかく、鍵を見つけて安心半分残念半分な僕はすぐに牢の扉の前まで行って鍵を開ける。
美核は……いた。
探してみると、彼女は眠ったような状態で入り口から少し離れた壁によりかけられていた。

「……まったく、うちの姫さんはお寝坊ですな……」

そんなどこかで聞いたことのあるような台詞を呟きながら、僕は牢の中に入り、美核の元に近寄る。
美核と同じように一緒に中に入れられている人たちは、鬼の面を被った誰かが入ってきた、という現状に緊張し、身を硬くしていた。
けど、まぁそんなのに構うことなく邪魔な人には、はいはいちょっとすみませんよ。と言いながら道を開けてもらい、すぐに美核の隣でしゃがんだ。

「……とりあえず、怪我はないようだね。よかった」

確認しながらそんなことを呟いていると、近くに誰か来たのを知覚したのか、ううん……と美核の意識が半分覚醒して、目が半分ほど開いた。

「ん……?えっと……くーり?」
「あ、この状態でも僕だってわかるんだ……んー、そうだなぁ……とりあえずまだ寝てていいよ」
「そっか……ぉやすみ……」
「はい、おやすみなさい」

やっぱり、まだ寝ぼけてたようでこんな状態であるにも関わらず、美核は短く言葉を交わした後にすぐにまた寝てしまった。

「呑気だなぁ、こんな状況で寝るなんて……」

ま、どうせここに連れられてから一度も起きてないだろうから、状況把握できてないのは当たり前といえば当たり前なんだけどね。

「さて、と……」

美核は発見したし、あとは脱出して敵を排除するだけだ。僕は眠っている美核を背負って立ち上がり、牢屋をそのまま出ようとする。
のだけど、出口付近まで来たところで立ち止まる。原因は、この部屋内にいる捕まった人たち。個人的には、構わず先にいってさっさと帰りたいところなんだけど……そのまま放置していったらライカがうるさそうだからなぁ……

「……はあ、しょうがない……」

ため息をつきながら捕まっていた人たちに振り向くと、彼らはまたビクッと震えながらこちらを怯えた目で見た。

「あー、そんな怖がらなくていいよ。危害を加える気はないし、目的はこの子をを助けることだけだから」

ま、君たちの味方でもないんだけどね……なんて付け加えてしまうとまた面倒になりかねないため我慢しておく。

「で、もし君たちがここから出たければ僕についてくればここから出れるわけだけど……どうする?」
『……ざわ……』

でれる?ここから?
大丈夫だろうか?
でも……
そんなざわめきを聞きながら、僕は、ああ、早く決めてくれないかな……と考えつつこの人たちの答えを待つ。
ま、選択肢は一つしかないようなものだけどね……
少しして、ざわめきが収まったと思うと、予想通り座っていた人々はみんな立ち上がって僕についてくる意思を表明した。

「ん、そうかい。まぁ僕は道案内だけで君たちを助ける気はないけど……まぁ、あいつらは全員処刑するつもりだから見つけたら教えてよ」

そう忠告してから、僕はこの洞窟……いや、隠れ家か?まぁなんでもいい。とにかく、ここの出口へと向かうのだった。


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「ん?おー、くー君遅かったね〜」
「とりあえず、こっちの方は片付けておいたよ」

外へ出ると、そこにはすでにゴロツキたちの死体の山……いやまぁ正しくは死体じゃないけど……をつんで先輩とライカが僕を待っていた。
……倒れているゴロツキの人数は24人。きちんと全員片付けてくれたのか。あとで探して処分する手間が省けて助かった。

「おやおや?くー君他の人たちも連れてきたの?」
「美核と一緒のところにいたんで、出たいならついてくればと勧めただけです」
「デスヨネー。さすがくー君目的以外は適当だねっ!そこに痺れる憧れるーっ!」
「痺れも憧れもせんでいい……とりあえず、そっちの方は僕が何とかする。こいつらは……どうするんだい?」
「放置でいいよ。もうどうでもいいし」
「わかった。そしたら僕は事後処理をするから星村と立宮君は先に戻っていてくれ」
「ん、了解」
「あ、私は相談あるからライカさんの手伝いしていくよ〜」
「そうですか、そしたらお先に失礼しますね。……っと、そうそう、協力感謝するよ。お面に関しては外したら消えるようにしてあるから全部終わったら外せばいいよ」

そこまで言ってから、僕は先に歩いて帰らせてもらう。せっかくコピーしているのだからライカの“ヘルメス”で帰ってもいいのだけれど、魔法解除時のことが怖いから使わないで歩いて帰る。
歩き出して少しして、さっきの場所からそこそこ離れた位置に来てから、僕は鬼の面を外し、そして魔法のすべて解除した。途端、今まで感じるはずだった頭痛の残りが一気に戻ってくる。

「っ痛ぅ……痛いなぁやっぱ……」

まぁ、この痛みを我慢しながら行動しなきゃいけないわけじゃないから、まだかなりマシな方だろう、と考えつつ、しかし足元が少しふらついてしまうのはしょうがない。

「ううむ、再現する能力が多すぎたか……まぁ、後悔はないけど」

お陰で無事美核を助けることができたしね。なんて言ってると、ライカからは救出作戦にしては攻撃性が度を越しているとかなんとかうるさく言われそうだなぁなんて思って苦笑いする。
……しかし、頭痛が酷いというのに話し相手がないないとどうもいろいろと考えたくなってしまうな……
そういえば、先輩ライカに相談があるらしいけど、いったいなにを相談するのだろうか……?あれ、何か嫌な予感がするぞ?まぁ、先輩の企みごとなら大変なことでも楽しくなるから、とりあえずいいとしようか。
……立宮先輩、か……
そうだな、美核の眠っているし、先輩もこの場にはいない。準備するには、今が一番最適か……
そう思って、僕は自分の内側に意識を傾け、心の奥底に篭っているやつに呼びかける。昔も、今も、滅多に意識を表出することもなく、外に対してほぼ無関心を貫き通す、本来、星村空理と呼ばれるべきあいつ。簡単に言うなら、元僕である。
しかし、呼びかけてはみるが、案の定、あのショック状態から抜け出せないらしく、反応は帰ってこなかった。……まぁ、でも、声は聞こえてはいるだろう。
だからこそ、この一言であいつのことを引き上げる。

「なぁ、星村空理さんよ、お前はもう、立宮先輩のこと、諦めたのか?」


……そんなこと、あるわけないだろうが……!僕はあの人のそばで……!


そんな言葉が聞こえたかと思うと、ぐっと心の奥底からあいつの持っていた暗い感情が溢れ出してくる。なるほど、ずっと塞ぎ込んでだだ漏れになるのを堰き止めていたのか……なんというか、自分のことながら本当に変わったなぁ……
感慨深くなるが、まぁそれよりも早く話を進めてしまおう。

「諦めてないなら、なんで僕の体の主導権を奪ったりしないで、行動しないでいるんだよ?」


……僕は、誰よりもなによりも、先輩が大切だ。だからこそ、先輩を悲しませるようなことはしたくない。先輩はお前とこの模造品を気に入っている。それを無視して僕が先輩の元へ行けば、あの人を悲しませることになる。それだけは、したくない。


「………………」

いやまぁ、なんというか……
たしかに、言ってることは正しいんだけど。思ってることは、予想通りだったんだけど……

「役者くんみたいに言うならこうだろう。“ああ、恋は人を盲目にするとはよく言ったものだ。もう彼は自分のことすら見ることができていないのだから”」

まぁ、元々見るつもりがないから視野が狭いのは当たり前なんだけど。
なんで今、そんなことを言う?と元僕は聞いてくるけど、それには答えずに、僕は問う。

「なぁ、星村空理よ。お前は立宮先輩のためならなんでもできるか?」


……彼女を悲しませないことならば、なんでも。


まぁ同じ人間なのだから当たり前なんだけど、僕と同じ答えが帰ってきて、思わずにやりと笑ってしまった。

「それなら、話をすべて聞いてからでいい。僕の計画に乗ってみないか?」



さぁ、ライカよ、立宮先輩よ……



ここから少し、反撃させてもらうよ?


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結局、いろいろと計画準備をしながら旅館に戻り、美核を寝かせて自分も疲れから即座に寝てしまい、翌日となった。


そしてその日でさえあっという間に時が経ち、すでに日は落ちて夜となってしまった。


ああ、凄まじい勢いで時間が過ぎていったさ。
だってさぁ……これだもんよ……
時間が遅いとか、あり得ないもんよ……

「おらぁっ!かかって来いやぁっ!!」
『ひゃっはー!!!!』
「ああっ、立宮さん子供達に変な言葉遣い教えないでくださいっ!というか浴衣で暴れたら脱げちゃいますよっ!?」
「ふんどしはいてるからはずかしくないもんっ!」
「そうですk……ふんどしっ!?」

疲れ切って席につき、おとなしくご馳走をいただきながら様子を見る僕の視線の先では、孤児院の子供たちが外でテンションの高い立宮先輩に群がって、無邪気に格ゲー紛いのじゃれ合いを繰り広げていた。
現在夜の7時。伍宮での最後の夜ということで、僕たちは全員……まさかの立宮先輩を含めての、である……参加で宴を開いている。
ことの発端は、今日の朝、最後の日くらいみんなで一緒に街を回らないか?というライカの提案で全員が旅館の前に集まったところからである。

『ということで異世界から来てました、くー君……星村空理の先輩兼美核ちゃんの名前元の立宮美核です!』

とまぁこんな感じで突然現れた立宮先輩にみんなが状況把握できていない状態だったので、ライカ……と巻き込まれて僕と美核がみんなに簡単に紹介した。そしてみんなの反応がまだ戸惑っていたのを見た立宮先輩からみんなが自分に慣れるように、と遊びのプランやらなにやらを提案して、みんなそれに乗る形で……
先輩に振り回され、今のこの状況まであっという間に流れていったのである。

「なんというか、よく美核にあの人の名前を付けようと思ったわね……」
「見た目、すごく似てると思いませんか?性格も、いちおう根の部分は似てたりするんですよ?あの変人っぷりはわざとやってるようなもんですから……」

先輩たちの様子を眺めていると、隣にルーフェさんが座ってきた。
美核の名前の元、ということを知った時、苦い顔はしたけど、この人は僕を責めるようなことはしなかった。あの時の反応を思い返すあたり、美核あたりからそれらしい話を聞いていたのだろう。
……っとと、少し質問の答えがあれだったな。少し付け足しておかないとまた怒られてしまう。

「言っておきますけど……」
「言わなくていいわよ、わかるから。あんたは美核を立宮先輩の代わりとは思っていない。それくらい、認めてやるわよ。というかあんたは少し私を警戒しすぎなんじゃないかしら?」
「そりゃあ警戒しますよ。あなたは僕のことを一度殺しているんですから」
「それは……まぁ少しは悪いと思ってるけど……」
「大丈夫ですよ。責めるつもりはありません。あれは全面的に僕のせいですからね」

……それにしても、ルーフェさんが来るとは予想外だったな……
この人のことを考えると、ラキか美核のところに行きそうなものなんだけど……
そう思いながら二人を探そうと周囲を見渡してみると……

「ああ、ラキならあの一周目の立宮さん襲来で酔いつぶれたわよ。美核も酔いつぶれてるわ。珍しいわね、あの子がお酒を飲むなんて」
「たしかに、そうですね……」

と、相槌を打っているもののなんとなく飲んでる理由はわかっている。

「珍しいといえば、あんたが酒を飲むのを見るのも珍しいわよね」
「今日はなんとなく飲みたい気分なんですよ。今日も昨日もいろいろあったんでね……」
「ふぅん……」

なにか勘ぐっているような様子が見られたけど、まぁ別に悪いこと考えてるわけじゃないから特になにかいう必要はないだろう。

「さてと……僕はそろそろ上がってお風呂に行きますか……」
「早いわね。まぁ、今日はかなり疲れたから納得出来ないわけじゃないけど。……なんというか、よく三年も立宮さんについていけたわね……私じゃ一ヶ月も持たないわ……」
「いつもあんなハイテンションなわけじゃないですよ?今日は特にテンションが高かっただけです。おかげで僕もヘトヘトですよ……」

まぁ、あんな無理したようなテンションの上げようには“それなり”の理由があるんだろうけど……
先輩の方を眺めながらそう思ったが、僕はすぐに視線を外して、それじゃあ失礼しますね。といって宴会場を後にした。
さて、と……もしかしたらここでの入浴は最後になるかもしれないし、露天にいくかな……
部屋に戻って入浴の用意を済ませ、さっさと露天風呂の脱衣所まで向かう。まだ時間的には飲みに歩いてる人もいるからだろうか?露天風呂までの道で見かける人の数は少なかった。
まぁ、毎日のようにサバトで飲んだくれてるような連中もいるそうだから、おかしくはないのだろう。
そんなことを考えているうちに、脱衣所に到着。周囲のかごの様子をみるが、空のかごしか見当たらない。誰も入ってないようだ。

「さて、貸切露天風呂だぞっと」

ちゃっちゃと脱衣を終え、風呂場に出た僕は、とりあえず体を洗うことにする。

「はぁ……やっぱりお酒はキツイなぁ……」

初めて呑んだのはこの世界に来てからだが、元から弱かったこともあり、大抵は1、2杯飲んだだけで倒れてしまっていた。それでも今日お酒を飲んだのは……まぁ、少し勢いが欲しかったのだ。……美核も、同じような狙いがあったのか、同じように飲めないくせしてお酒を飲んでダウンしてたな……

「まったく、ろくに飲んだことがないくせにね……潰れるくらいなら飲まなきゃ良かったのに……」
「ろくに飲んだことがないから加減がわからなかったのよ……それに立宮さんから勢いつけるならお酒を飲むのがいいって……」
「……なるほど、まぁたしかに勢いつけるならお酒が一番いいけど、無理に……ふぁっ!?美核!?」

あ、ありのまま今起こったことを話すぞ?
気がついたら隣に美核がいて自然に会話をしていた。何を言っているかわからないと思うが僕もなに言ってるかわかんない。
……うん、まぁおふざけは置いといて……

「酔いつぶれてたんじゃなかったのかい?」
「そうだったんだけど……空理がお風呂入りに行ってるって聞いてこっちに来たのよ。ちょっと二人で話したかったしね」
「ふぅん……そっか」

もしかしなくてもルーフェさんだよな。と思いつつ体も洗い終えてたので美核の後ろに回る。

「石鹸貸して。髪、洗ってあげるよ」
「え?あー、うんいいけど……」

少し戸惑う美核から石鹸を受け取り、僕は美核の髪を洗い始める。
なんというか、酔いつぶれていた、というには美核の意識は結構はっきりとしているな……まぁおそらく、お酒というより疲れで寝たんだろうな……
それにしても……

「……んー、やっぱり久しぶりなのもあってかあんまり上手くいかないな……」
「誰かの髪を洗ったことあるの?」
「まぁね。と言っても弟……みたいな奴のだけだよ。もう8年前くらいの話だよ」
「ふぅん……女の子?」
「まさか、男だよ。年下の従兄弟」
「それってもしかして空理の叔父さんのところの……」
「あー、そっか美核は記憶を覗いて見たことがあったんだっけね……そうそう、あいつだよ。なんか妙に懐かれててね……叔父の子とはいえ何も知らないから無下にすることも出来ずにいろいろと遊んであげたものさ……」

まぁ、実際には僕じゃなくて元僕の話なんだけどね。

「でも、そういうのってやっぱり複雑な気持ちにならないの?自分のために遺された遺産をすべて奪っていった奴の子供でしょ?」
「……恨んだりしなかったと言えば……まぁ、どうでもよかったかな?」
「……なんというか、空理らしい答えだわ……」
「あの頃から……最低な叔父を見てから人間には興味を無くしていったからね。許すとか恨むとかそういうの以前になにも感じなかったよ。ああしてれば叔父叔母は直接的にはなにも出来なかったしね……っと、洗い終わったよ。流すね」
「ん……」

美核が目などに水がかからないように顔を下に向けたのを確認したあとで頭を水で流す。

「ふぅむ、しかし狐耳のついた頭を洗うというのは初めての体験だったなぁ……なんというか、新鮮だった」
「まぁ向こうには魔物なんていないもんねー」
「おっとと……いきなり頭振って水飛ばさないでよ……犬みたいだよ?」
「狐は元々犬科の動物ですよーだ」
「どちらかというと人の性質の方が濃いけどね。さぁ、洗い終わったよ。リンスはどうする?」
「それくらいは自分でできるわよ。いつもやってるし、ものに関しては自分用の持ってきてるしね」
「そっか、じゃあ僕はもう温まってるね」

ん、了解。ありがとね。
はいはい、お先にー。
と言葉を交わしたところで僕は温泉に入って体を温める。

「ふい〜、体が生き返るようだ〜」

とりあえず混浴なのでタオルは腰に巻いたまま僕はお湯に浸かる。
ばばんばばんばんばん……なんて呟きながら温泉の暖かさに身を任せる。
あー、きもちいー……

「……なんかぐったりしてるように見えるけど……大丈夫?」
「大丈夫だよ〜。久しぶりに全開の先輩に付き合わされてくたくたなだけー」
「まぁ……たしかにあれは凄まじかったよね……」

だらんとしてる様子を見て心配しながら美核も体を洗い終え、僕の隣に入った。
しかし、それ以降は一言も交わさず、ただ二人とも温泉に浸かるのみ。
というか、僕たちは結構二人きりの状態になると黙ることが多くないか?いやまぁ居心地は悪くないからいいんだけど……一応付き合ってるんだよね。うん。僕はこのままでもいいんだけど美核はいいのだろうか……?
……なんて無駄なことを考えながら、僕は美核が話を切り出すのを待ってあげる。
なんとなく、空気でわかるのだ。美核はなんか言いにくい話を切り出そうとして緊張してるのが。

「あの、さ……ちょっと聞きたいんだけど……」
「ん〜?」
「私が帰ったあとなんだけどさ、空理、立宮さんとどんな話をしたの……?」
「…………」

なるほど、たしかに気になってはいるが、聞きにくい、そんな話だな……
……まぁ、いいか。不安にさせるよりかはましだ。

「……そうだなー、なんていうか、フられちった」
「えっ?」
「立宮先輩、好きな人いるんだってさー」
「でもそれって……」
「ダメだよ、それ以上は言っちゃ。それは“僕たち”もわかってる」
「え……?あ、うん……」

僕の言葉に、美核は少し驚いたような顔をしたが、なにか感じるところがあったのか、そのまま追求しないでくれた。
……ふむ、ちょうどいいし、話しておいてもいいか。

「そうそう、立宮先輩と言えば、ちょっと面白い計画があるんだけど、美核に乗って欲しいんだよねー」
「んー、内容によるわよ?あんまり悪質ないたずらはダメだからね?」
「子供じゃないんだから、そんなことはしないさ。まぁ話くらいは聞いてくれよ」

そして、僕は美核に計画の概要を話す。最初は驚いていたが、じっくり考えると、どうやら納得したようで、なるほどー、と頷いてくれた。

「たしかにそれは面白そうね。でも、なんか立宮さんならこんなのたち悪いわよって言いそうね」
「そしたらあんたにだけは言われたくないよって返すさ」
「あ、ははは……まぁいいわ。私はその計画には賛成よ」
「それは良かった。じゃあ明後日あたりから準備をしよう」
「その前に、マスターにも話しておかないと」
「そうだね。まぁOKは出ると思うよ」
「たしかに、私もそう思うわ」

……さて、と……結構長い時間入ってたな……

「そろそろいい感じに温まってきたし、上がろうかな」
「えっ?あ、うん……そうね……」

僕の言葉に、美核はしまった、といったような顔をしたが、悟られないようにと思ったのか、特になにかいうわけでもなく一緒に温泉を出る。
まぁ、目的はわかってるけど、ここじゃいろいろと危険だからやめておこうね。
心の中だけでそう注意しておきながら、一旦美核と別れて脱衣所で浴衣に着替え、廊下に出て美核を待つ。

「あ、空理。先にいかなかったんだ。またせてごめんね」
「謝らなくていいよ。好きで待ってたんだし。美核はこれからどうするんだい?宴会の方に戻る?」
「ううん、このまま部屋に戻るつもりだったよ」
「そっか、じゃあ一緒に部屋に戻ろう」
「ん、りょーかい」
「それと……」

タッタッと小走りに美核が隣にきたところで、僕は右手をお猪口持つような形にして……

「部屋で呑みなおすって言うのも、どうかな?」
「…………?」

僕の言葉に彼女はキョトンとした顔をしていたが、しばらくじっくり考えていると、なんとなく意味を察したのか、嬉しそうに微笑んでくれた。

「……うん、そうだね。部屋で呑みなおそっか」
「ん、じゃあいろいろと分けてもらいに一旦向こうにいこうかね」
「……たぶん、立宮さんかライカさんがいそうだけどね」
「あははは……ありそうだから困る。まぁ他のやつらでも茶化したりしそうだけどね」

なんて、そんな風に言葉を交わしながら、僕たちは少しのお酒をもらってから部屋に向かうのだった。


××××××××××××××××××××××××××××××


「ほい、どうぞ」
「いただきます」

部屋に戻った僕たちは、座って早速持ってきたお酒をお猪口についで飲み始める。
持ってきたのは徳利一本だけ。元々飲まない僕たちには十分な量だ。
美核のお猪口にお酒をついでから、僕も自分でお酒をついで飲み始める。
んー、宴会の時に呑んでいたお酒がまだ残っていたのか、それともお酒の回りが早いのか、どうも口を滑らせたくなってきたな……まぁこの際だ。そういうのもいいのかもしれない。

「……それにしても、美核はよく僕なんかのことを好きになったよねぇ……」
「む、それは聞き捨てならないわね。その言葉は私にも空理自身にも失礼だよ?」
「あははは、ごめんごめん」
「んー、でもたしかに、空理は嘘つきだし、性格悪いし、見た目も普通だし、いいところってあんましないわよねぇ〜」
「う……正面切って言われると少し傷つく……」

意地の悪い笑みを浮かべながらなかなかザクッとくる美核の言葉に僕は苦笑いをしてしまう。
そんな僕を見て、美核はクスッと笑いながら、優しい微笑みで、でもね……と話を続けた。

「私は空理と一緒にいると、すごく安心するんだ。辛くても、苦しくても、空理の側にいる時は、とても安心できたんだ。実はね、空理に泣かされてルーフェの家に泊まった時さ、会いたくなかったのに、空理が近くにいなくてすっごく寂しくて、不安で、一緒にいたいと思ったんだ。なんていうか、もう空理が近くにいない生活っていうのが、想像できない……ううん、想像したくないくらいに、空理は身近で、安心できて……それで、絶対に離れたくない人なんだよ」
「……なんというか……」

美核の言葉を聞いて、僕は嬉しく思う。なんというか、可愛いやつだよ、君は。
しかし、その思いとは別として、浮かんだ表情は苦笑だった。

「本当に美核はヤンデレになりそうで怖いなぁ〜」
「むぅ、またその話題引っ張ってくるの?だから私はそんなのにならないって。それに、空理は私以外の人を好きになったりしないでしょ?」
「まぁ、そうだけど……美核が勘違いしそうで怖いよ」
「うう〜、はいはい、どうせ私はヤンデレになっちゃいますよ〜だ……で、空理はどうなのさ?」
「僕かい?別に僕はヤンデレではないと……」
「そうじゃなくて!その話はもう終わったの!そうじゃなくて……空理は……その……なんで私のこと、好きになったの?空理は、立宮さんのこと、好きだったんでしょ?」

口調を段々と弱くしながら、そんなことを聞いて、美核は顔をしたに俯けてしまった。
一瞬、ちらりと見えた表情は、不安でいっぱい、といった感じだった。
まったく、心配する必要なんてないのに……

「そうだねぇ……たしかに、立宮先輩のことは好きだったよ。元僕なんて未だに好きなくらいだ。そのくらい、先輩は素敵な人だったよ」
「………………」
「でもね、僕にとっては美核が、君が、僕の一番の理想の恋人なんだよ」
「〜〜〜っ……!!」

僕の言葉を聞いて、美核はガバッと顔を上げた。その表情は言葉にできないほど嬉しそうで、お酒のせいか、それとも恥ずかしいのか顔は真っ赤になっていた。さらに言うなら、耳はピンッと立って尻尾はパタパタパタパタと忙しなく左右に振られている。
まったく、これじゃあ犬なのか狐なのか本当にわからないよ……と苦笑しつつも、やはりそんな美核を可愛く思う。

「……ほら美核、おいで」

本当に可愛いなぁなんて思いつつ、僕は横の畳を軽く叩いて美核を近くにくるよう誘う。と、美核は尻尾をピンッとまっすぐ立てながら子供みたいな無邪気な笑顔でずりずりと正座した姿勢からハイハイするように僕の近くまで来て……そして僕の足の上に座った。
……ん〜、隣に来ない?って意味だったんだけどなぁ……まぁいっか。
僕の足の上に収まった美核は、しばらく上機嫌に尻尾やら耳やらをパタパタさせていたが、急にその動きはピタッと止まった。

「……なんか、冷静に考えてみたら誤魔化されてる気がした」
「いや、全然嘘はついてないよ?本心から思っていることをちゃんと言ってる」
「……理想」
「ん?」
「空理の理想って、いったいなんなの?」

あー、なるほど、そこか。
本当になにも隠してないから少し驚いたけど、わかったらクスリと笑ってしまった。

「……美核はね、意識はしてないんだろうけど、いつも僕にとって一番嬉しいことをしてくれてるんだよー」
「むぅ、誤魔化す気〜?」
「違う違う。これは前置き。もうちょっと続くから聞いててよ」
「ん……」

ふてくされないでよ、と美核の頭を撫でてやると、嬉しそうに耳をピコピコさせた。
そのまま、僕は話を続ける。

「例えばライカ。あいつはさ、僕たちの後ろをついていって見守ってるような、そんな生き方をしてるだろう?」
「そうだね〜。いつも後手後手に回って損をしそうだよね」
「あははは……んで、立宮先輩は自分から先頭立って走って行って、みんなを引っ張って行くような生き方をしてる」
「うんうん、そしてみんな置いてっちゃったりしそうだよね〜」
「……美核って、結構シビアな評価下すね……」
「そんなことどーでもいいから、続き続き!」
「そうだね……二人とも、それ以外のみんなも、とても面白い人たちだよね。実際、僕は彼らと一緒にいてとっても楽しい日々を過ごせた」
「うん、私も毎日が楽しいよ」
「でもさ、僕が一番欲しいのは、そういうのじゃないんだ……」
「どういうこと?」
「前を見れば僕のことをひっぱてくれる人がいる、導いてくれる人がいる。後ろを向けば見守ってくれる人がいる、ついてきてくれる人がいる。それは、とても幸せだし、嬉しいとも思っている」

本当に、向こうでの部での日々も、ここでの日々も、とても幸せなものだ。

「でもね、みんながいてくれたのは、僕の周りなんだ。みんな……美核以外は、みんな僕の周りにいるだけで、それ以上近づくことはできなかった。美核だけなんだよ。僕の隣に来て、一緒に歩いてくれたのは」
「………………」
「僕はさ、ただ自分の隣で一緒に歩いてくれる、ただそれだけのことがすごく嬉しいんだよ。怒って、泣いて、笑って、でも一緒に歩いてくれる、たったそれだけのことが」
「それだけって……空理が相手じゃそのそれだけっていうのは、すごく難しいことじゃないの……」
「うん、わかってる。でも美核は、美核だけは、ずっと僕の隣にいてくれた。それがとても嬉しくて、僕はそんな君を好きになったんだよ。まぁ、簡単に言っちゃえば……君と同じなんだよね」
「そうだよ〜、最初から一緒にいるのが嬉しいからって言えばいいじゃな〜い」
「ははは……完璧に酔ってるなこりゃ……」

少し美核の顔を覗き見てみると、顔……特に頬の部分は完全に赤く染まっていた。
ああ、これはもしかしたらこのまま寝てしまうかもしれないな……なんて思いつつ、美核のお腹の辺りに手を回し、抱きしめるようにして美核の体を僕の胸元に引き寄せた。
そのまま、沈黙。心地の良い沈黙に、このまま今日を終えてしまってもいい、と思ってしまった。
しかし、彼女の方はそうは思わなかったようだ。

「ねぇ空理、まさかこのまま寝ちゃおうとか考えてないわよね?」
「……魅力的ではあるんだけど……ね。それじゃあお酒を呑んで勢いづけた意味がない……」

軽く微笑んでから、僕はそう答えて、そして美核の耳を軽く食んだ。

「ふひゃうっ!?」

可愛らしい悲鳴が聞こえたが、僕はそこでさらに追い打ちをかける。
はむはむと唇だけで美核の耳をくすぐりながら、右手をスッと着物の隙間から胸元へと入れた。
最初はお腹の辺りの肌に指を這わせ、そこから徐々に上へと指を移動させる。

「ふぁぅ……」

指を這わせる感覚がくすぐったいのか気持ちいいのか、美核は声をもらす。……嫌ならすぐにやめるつもりではあるが、まだ大丈夫そうだ。
上に登って行く指は、不意に柔らかな感触を捉えた。大きくはないが、形のいい柔らかな胸の感覚だ。僕は指を上には移動させず、胸の輪郭に添わせるように這わせた。

「あ……」

ちょっと残念そうな声が聞こえたが、そのまま指は輪郭を沿うように動かし、ゆっくりと円を描くように徐々に胸の中心へ迫らせる。柔らかで弾力のある胸の感触が楽しくて、ついついムニムニと強弱をつけて指でなぞっていると、その度に、ふっ……ん……、と物足りない、しかし気持ち良さそうな美核の声が漏れていた。
そして胸の中心まできたその時に、今度は硬い感触が指に当たる。美核の様子を見てみると、いい具合に焦れてきていたので、僕はそのままその突起をつまむ。

「ん……」

いい反応が返ってきたので、左手も浴衣の中へ入れ、美核の秘部へ伸ばした。指先に、ヒタっと湿った感触が伝わる。しかし、僕はその秘裂に指を入れるということはせず、その淵をなぞるだけにとどめる。ヌルヌルとした感触にだんだんを興奮し、僕も美核も、少しづつ体が火照ってきているように感じた。

「むぅ……まだ焦らすの……?」
「そう言う割には、結構いい具合に濡れてきてるけど……?」

不機嫌そうな台詞とは裏腹に、ジリジリと与えられる快感に、美核の秘裂から愛液が溢れてきていた。少し指先で愛液をすくってから、僕は手を美核の浴衣から出し、濡れた指を口に含む。味はわからないけど、“美核”のにおいが頭を回り、未だに冷えている僕の理性に熱を加えていった。

「それじゃ……これでどうかなー?」

乳首をいじっていた右手を美核の脇まで伸ばして抱きしめるように固定し、首筋を舐めつつ左手をまた美核の秘部へと持っていく。ただし、今度は淵をなぞったりなどと焦れったいことはしない。触れたのは、秘裂上端にある突起……クリトリス……
つまんで、こねて、弾いて……

「んぁっ、そんないきなり……んんっ!ぁっ!!」

いきなり激しく愛撫され、美核は腰を回してそれから逃れようとするが、僕の腕に固定されて横に動くことができず、足を曲げたり伸ばしたりと、その程度の抵抗しかできなかった。腕も、快感に力が抜けてうまく動かせないようだ。

「空理……だめっ、そんな激しくしたら……」
「ん、いいよ。我慢しないでイって。ほら……」

美核はもう我慢できないようなので、僕はとどめをさしてあげることにする。
焦らされたり、激しく愛撫されたりしたクリトリスは弄る前よりも大きく膨らんでいて、その根元に指を添わせると、小さな隙間に引っかかったので、僕はその引っかかり……クリトリスに被さった皮をつまんで剥いた。

「ひゃっ!?そこは……」

クリトリスの皮を向いた途端、ビクッと美核の体は跳ね、慌てて僕の手を止めようとするけど、もう遅い。

「もうこれで我慢できない……でしょっ!」

慌てている美核の様子に少しニヤリとしながら、僕はそのまま皮を剥かれて剥き出しになったクリトリスを……キュッと、思いっきりつまんだ。

「ひっ、あっ…ん……んぅぅううぅぅう……!!」

剥き出しのクリトリスをつまんだ瞬間、皮を向いた時とは比べものにならないくらいに美核の体はビクンッと跳ね、体は丸くするように曲がり、そのまま小刻みにビクッ、ビクッ、と震えた。そして、震えが止まると、今度はぐったりと脱力して僕に体を預ける。

「……どう、気持ちよかった?」
「……そりゃあ……気持ちよかったけど……」

ニコニコ顔な僕を見て、美核は不貞腐れたような顔をしてプイッとそっぽを向いてしまった。

「空理ばっかりで、ズルい」
「そりゃあまぁ……僕はそんなに性欲が強いわけじゃないからね……」

美核に攻められたりしたら、すぐにダウンしちゃうよ。なんて言いつつ苦笑して、僕は美核のことを再度抱きしめる。

「さっきみたいなえっちなことをするのもいいけど、僕としては……こうやって美核に触れられてれば、それで十分だよ」
「う〜……でも、なんか空理も気持ちよくなってくれないと、なんかもやもやする……」
「ははは……まぁ、強くはなくても、ないわけじゃないからね……焦らなくてもいいよ。僕もちゃんと気持ちよくさせてもらうからさ」
「だったら……」

するり……と僕に抱きしめられながらも美核は器用に体を反転させて僕の首に腕を回し、互いに抱きしめるような形になって僕の耳元で囁く。

「今から気持ちよくさせてあげるわよ。空理、我慢してるでしょ?……さっきから、当たってる」
「……ま、バレるよねそりゃ……」

まぁ美核の指摘通り、僕も結構……いやかなり興奮している。少しでも触られたら……とまでいかなくても正直挿れた瞬間に果てるかも、という程度には。
今度は、美核がニヤリと笑う番。首に腕を回したまま、まるでしなだれかかるように僕に向かって体を寄せる。近づく美核の顔。僕はそのままなにもせずに美核を受け入れる。
唇に触れた感触は、柔らかな美核の唇のもの。唇同士が緩やかに押しつぶされるような感覚がしたかと思うと、今度はそれが上下に開いていく感覚がした。そのまま、開いた口に、頭をとろかすような暖かな感触が入っていく。

「ふ……ん、ぁ……」

舌を絡め、口内を弄り、唾液を交換する。だんだんと理性は痺れていき、霞がかったように美核を貪ることのみを考える。

「んぁ……ぷぁっ」

しばらく互いを貪るうちに、息が続かなくなってほとんど同時に僕たちはキスをやめ、呼吸のために互いに塞いでいた口を解放した。
……さすがに、もう限界……かな……

「ねぇ美核……そろそろ、いいかな?」
「う、うん……いいん、だけど……」

僕の言葉に、美核は嬉しそうな顔をしたんだけど、少しだけ、その顔には陰りがあった。

「あ、あのね空理……その前に、私、言っておかないといけないこと、あるの……」

言葉を進める度に、美核は顔を見せないようにうつむき、首を下に下げていき、そして僕の肩に頭を乗せた。

「私、ね……これが……」
「言わなくてもいいよ。わかってる」

あまりにも、辛そうに言葉を紡いでいたから、僕はそう言って肩に乗った美核の頭を撫でた。
そう、なんとなく、わかる。予想がつく。美核が何を言いたいのかが。
……前々から、覚悟はしていた。美核はそうだと。一緒に暮らしていく中で、覚悟は決めていた。だから、なにも問題はない。

「怖かったらすぐやめる。でも、大丈夫だから……ね?」
「………………うん」

僕の言葉に、美核はゆっくりと頭を上げて僕のことを見つめて、そして、少し泣き出しそうな顔で首を縦に振った。……うん、とりあえずは、大丈夫そうだ。
そう思った僕は、ゆっくりと、優しく、美核の足を動かして、僕の体を挟ませ、股を開かせるような姿勢を取らせる。そして、そこに掛かった布を払い、初めて、美核の秘部を目にした。
じとっと、溢れでる愛液で湿り照る美核の秘部は、どうしようもないほどに理性を奪れそうなほど、淫らに僕を誘っていた。が、そのまま欲望のままにいくと個人的に残念な結果になりそうな予感がするので、我慢してゆっくりいくことにする。
僕も自分の股の部分の布を払い、自分のモノを出す。前戯はなかったが、美核を愛撫し、その艶やかな姿を見ただけで十分に興奮している。準備は、完了だ。

「じゃあ、いくよ……」
「……ん……」

僕の言葉に、美核はキュッと目をつぶり、抱きしめる力を少し強めた。
……ま、この先のことを考えるなら……そりゃ不安か……
お尻の周りに腕を回して、美核の腰を引き寄せ、怖がらせないよう、ゆっくり、ゆっくりと挿入を開始する。
つぷ……と僕の先端が美核の入り口に入った。柔らかく温かい、ぬめった感触に包み込まれる。瞬間、ゾクッと体全体に快感が走り、一気に果てそうになったが、頭の中に不名誉な単語がよぎってぎりぎり耐えた。
美核も同時に体を震わせたが、今は気にしているほどの余裕はない。
そのままさらに僕のモノを奥へと挿入れていくが、やはり前戯で慣らしてないからか、奥へ進むたびに、身体中を走る快感の強さがましていった。ううむ……これは……僕も一回イかせてもらった方がよかったかなぁ……いや、それはそれで今以上に敏感になって……ってのもあったからどっちもどっちか……
果てないようにいろいろと思考してみたりいろいろしながらゆっくりと奥に進め、遂に僕のモノはすべて美核の膣内に入ってしまった。
……そう、全部飲み込まれた。何事もなく。本当に何も起きずに。

美核は……処女ではなかった。

「ま、やっぱりそうだよね……」
「………………」

挿入し、抱きしめたまま、僕はそうつぶやくが、美核は僕のことを強く抱きしめたまま、何も言わずに小さく震えていた。
……まぁ、奴隷商から逃げてきたのだから、覚悟はしてたさ。ガッカリしたとか、そういうのはない。
ただ、美核のことが心配だった。

「僕は別に美核が初めてじゃなかったからって、ガッカリしたりはしないよ。……ま、僕が初めてじゃないのは、少し残念だけどね……」
「……私も、初めては空理がよかったな……」

ポツリ、と僕の言葉に美核は返したが、震えは止まらない。

「……僕でも、やっぱり抱かれるのは怖い?」
「……空理は、怖くない」
「……それならいいよ。落ち着くまで、このままでいよう」
「……大丈夫……でも、ゆっくり、お願い……」
「……いいんだね?わかった。嫌だったら、すぐに言うんだよ」

こくりと頷く美核を見てから、僕はゆっくりと、腰を動かし始める。
体勢的に大きくは動けないため、ゆっくりと、小刻みに、前後に腰を動かす。
ヌチッ、クチッという音を立てながら、僕はジリジリとした熱い快楽を感じた。柔らかくて暖かい、包まれるような感触……このままずっとこうしていたいと思ってしまう……
でも、少し、物足りない。
美核に包まれてるのはいいのだけれど……どうしても、もっと激しくしたくなる……やはり、小さな動きで焦れているからだろうか……?

「んっ……んっ……んっ……」

小さく漏れる美核の声が、さらに僕の心を焦らす。……もっと鳴かせたい……もっと感じさせてあげたい……
と……

「やっぱ、ダメだなぁ、私……」

またポツリと、美核が言葉を漏らす。

「ん……昔のこと気にして、空理に気を遣わせて……んっ……それで満足させれられてない……空理、ちょっと落ち着き始めてるでしょ……?」
「………………」

否定は、できない。でも、美核のことを考えると……

「……やっぱ、これじゃダメだよね……少しは、立宮さんを見習わないと……」

……なにかが、美核の中で燃え上がっていた。
よしっ!と美核は気合を入れたように顔を上げ、そして自分の後ろの方へと腕を伸ばした。
……まさか……
腕を伸ばしたその先には……残ったお酒の入った徳利……

「んっ……」
「美核……?」
「……ふむっ!」
「なっ……んむっ!?」

徳利を取ったかと思うと、美核は一気にその中身を口に含む。
その美核らしからぬ行動を不思議に思ってるのも束の間。酒を口に含んだまま、美核はまた僕と唇を重ねた。
そのまま、口移しで酒を飲まされる。
……ああ、まったく思い切っちゃって……せっかく歯止めをかけられるように呑めないなりに自重したのに……
考えながらも、口移しされた酒を僕はそのまま飲んでしまう。僕が飲んだのを見て、美核は唇を離し、残ったお酒を自分で飲み干した。

「やっぱり、こういうこと、私まだ怖いんだ。頭の中でね、昔のこと、出てきちゃうから……」

酔いが回るまでの間、美核の言葉に耳を傾ける。もうどうせ引き返せそうにないのだ。記憶に残せるうちに、美核の決心を聞いておきたい。

「でもね、それ以上に、私は空理に抱かれたいって、そう思ってるの。だから……」

ニコッと、本当に引き寄せられるような笑顔で、美核は僕にトドメをさす。

「そんな怖い過去、忘れちゃうくらい、いっぱい、激しく、私のことを愛して?」
「……っ!」

その言葉に、その表情に、僕はもう我慢することができない。
僕は、ぐるりと美核を抱きしめたまま体を回転させて、後ろに敷いておいた布団の上へ転がり、美核に覆いかぶさるような体勢になった。

「ひゃっ!」
「それなら、お望み通りに、君のことを愛させてもらうよ」
「……うん、いっぱい愛してね」

そして僕は、もう我慢することをやめるのだった。
止まっていた腰を再び動かす。
最初は、ゆっくりと。しかし、徐々に、強く、速く腰を動かして行く。

「あ……や、んっ!ふぁ……」
「う……く……!」

さっきとは打って変わって、はっきりと、美核は感じてくれていた。膣内の締め付けが強くなる。結合部から漏れる音も、より淫猥に響き、興奮を促進させた。射精してしまうのは、時間の問題だろう……

「んっ、くう、りっ……すごっ、きもち、い……」
「う、ん……僕も気持ち……いっ!」

ビクッ、と僕の体が跳ね上がる。
前言撤回。もうすでに、限界は近かった。

「ごめ、美核。そろそろ限界……!」
「……い、いよ……!私も一緒に……ん……!」

美核も、ちょうどいいタイミングだったようなので、僕はスパートとばかりにさらに腰の動きを速くする。
もう、ほとんど感覚はわからない。僕たちの体は細かく震え、どちらもいつ達してもおかしくはない状態だ。

「……く、う……美核……!」
「うん……空、理……!」
『あ……く、ぅううぅ……!!』

互いに名前を呼び合った瞬間、僕たちは体を密着させ、同時に大きく体を震わせた。
身体中が解放感で満たされる。入っていた力が抜ける。美核の中に、ドク、ドク、と僕の精が放てれているのが、感覚でわかった。

「はぁ……はぁ……」
「ふぅ、ん……えへへ……空理で、いっぱいだね……」

自分のお腹の上に手を置きながら、美核はそう言って微笑む。
そんな彼女の姿を見て、僕はまた興奮を覚えた。
……でも、正直もうこれ以上は無理そうだ。

「まったく、そんな可愛いことをいって君は僕をどうしたいのさ……正直、これ以上は出そうに……」

言葉の途中で、僕の中で何かがこみ上げ、射精後の余韻で力の抜けていた僕のモノが、また硬くなっていった。

「あの……美核さんなにかやりましたか?」
「んとね、私はもっと空理に愛して欲しいなぁって、ね?だから、魔力をいっぱい……」

あー、そうだった……曲がりなりにも美核は魔物、稲荷だった。この手の術は、お任せあれってところか……

「まったく、稲荷の魔力は恐ろしいな……」
「ねぇ、空理……いいでしょ?」
「まったく、わがままなお姫様だことで……」
「ん……」

気分はかなり高揚していて、続けられるのなら、ずっとこのまま……と、やめるという選択肢はまったく浮かばなかった。
それに、愛しい人にこんな可愛らしい顔で頼まれてしまえば、断ることなんて不可能だ。
僕は美核に答えるように唇を合わせ、本能の赴くままに彼女を貪るのだった。


……夜が開けるにはまだ早い。時間の許す限り、彼女を味わうとしよう……


××××××××××××××××××××××××××××××

チュン、チュンチュン……と、雀の鳴き声が聞こえて、私は目を覚ました。

「あ、おはよぅ、美核」

隣で空理の声が聞こえたので横を見てみると……ものすごい至近距離に空理の顔があった。

「わひゃあっ!?」
「ぁのさ、近くにぃただけでそんな驚かれるとちょっち傷つくよ……?」
「あ、ごめん……おはよう空理」
「ぅん、ぉはよぅ」

驚いて体を跳ね起こすと、空理は苦笑いしながらそう言った。
しかし、その声はいつもより若干張りが足りないような気がした。

「え、えと……大丈夫?」
「あー、うん、一応。ただ、もうちょっと休んでたいかな……?さすがに、あんだけヤってたら体力尽きちゃうよ……」
「あ……」

言われて、思い出した。
そうだ、私空理と……
ていうか、さっきまで腕枕も……!
思い出しただけで、笑みが浮かんでしまう。

「まぁ、そこまで喜ばれたら、行動にぅつったかぃがあったよ……」

空理も、そんな私の様子を見て微笑んでくれた……のはいいんだけど……

「本当に大丈夫?なんかちょっと老けて見えるわよ?」
「そこはせめて枯れて見ぇると言って欲しかった……大丈夫だよ。もぅ少し休んだら起き上がれるだろぅから、心配しなぃで。そうだ、お風呂に入って汗を流してきなよ。このままだと……匂いが染みついちゃいそうだしね」
「……そうね」

正直、そのままでもいいような気がするけど、それが原因でいろいろと言われたりするのは恥ずかしいので、私は空理の提案に乗ってお風呂に入りに行くのだった。


××××××××××××××××××××××××××××××


美核が部屋を出てからしばらくして、体力の戻った僕はやっとこさ体を起こし、部屋の片付けを始めた。
いやはや、それにしてもまさかあそこまで搾り取られるとは思わなかった……ま、美核も一応は魔物だった、ってことだろ。

「キノウハオタノシ……」

ガッ
ドンッ

「カペッ!?」
「あ、ライカか。おはよう邪魔だ帰れ」

後ろからなにやら不快な気配があったから足払いをかけたあと腹を踏みつけたら、それはライカだった。
うん、踏み抜いておけば良かったな。

「帰れと言いつつ腹を踏む力を強くするのはやめてくれないかな……?君、僕が嫌いなのかい?」
「いやいや、むしろ人間の中では2番目くらいに信用してるよ?」

ちなみに1番はマスターだ。

「まぁ、人間関係を知ってる僕としては理解できるけど……納得いかない……」
「で、なにしに来たの?」

なにも用がなければ……そうだな、しばらく追いかけっこでは神奈さんに味方するのもいいかもしれない。
と、ニヤリと笑みを浮かべたけど、残念ながら用事はあった。

「いや、今日から帰ろうと思って足の手配をしたいんだけど……少し予定を遅らせた方が良さそうだね。まさか手加減する余裕がないくらい消耗してるとは思わなかった……いったいどれだけヤってたんだい?」
「別に言う筋合いはないよ」
「ゲフッ」

帰りの足か……また列車でも用意させるつもりか……?まぁ、今気にすることじゃないか。
とりあえず、邪魔なのでライカを壁まで蹴飛ばし、片付けを再開する。
背中を強く打ちながらも、ライカは苦笑いして、乱暴だねぇ……と言うだけだった。相変わらずスペック高いなぁ……
そんなライカを無視して布団やら徳利やらを片付けるが、不意にライカが、僕に問いかけた。

「……で、どうだったい?大好きな人を抱けた感想は?」
「……そうだね、最高に、幸せだったよ」

なんとなくではあるけど、なんで神奈さんがライカを飽きずに襲うのか、少しだけ理解できた気がする。……真似しようとは思わないけど。

「……そうかい。さて、片付けを手伝おうか?」
「いらん部屋から出てけ」
「冷たいねぇ」

当たり前だこんな恥ずかしい状態の部屋に長い時間いられたくないわ。
ともかく、僕はライカを追い出して部屋の片付け、ついでに帰るために荷物の片付けもするのだった。


××××××××××××××××××××××××××××××


「ふぅ、やっぱり露天はいいなぁ……」

露天風呂に浸かりながら、私はほうとため息をつく。朝早くに来たからか、人は全くいない。また貸し切り状態だ。おかげで景色がとても綺麗に観れる。
本当に外の景色を見ながら入るお風呂はいいものだ。毎日でもいいくらいに。ラインにないのが残念だ。でもあそこには火山はないし、しょうがないわよね。
あ、でも東のトーラにはいい感じに山があるわよね……今度探してみようかしら……?
なんて考えていると……

「あれ?美核ちゃんじゃないの」
「あ、立宮さん」

脱衣所の方から、立宮さんがやってきた。

「いやはや、このタイミングで会っちゃうとはね……まぁいいや。ちょっと待ってて。一緒にお話しよ」
「あ、はい」

入ったばっかりだし、断る理由はないのでおとなしく立宮さんが体を洗い終えるの待つ。
ザァー
カシャカシャカシャ
ザァー

「よし、髪終わり!」
「いやいやいや、早すぎじゃないですか!?綺麗な髪なんだからもう少し丁寧に洗いましょうよっ!」
「あー、それ巻き毛ちゃん……後輩にもよく言われたわー。でもめんどくさくてねー」
「いいです、私が立宮さんの洗います!」

ザバッ!と立ち上がって、私は立宮さんの後ろに回って半ば強引に髪を洗い始めた。

「おー、なんかごめんねー」
「いえ、私がやりたいだけですから」
「ん、ありがと」

髪を洗ってる時、立宮さんは懐かしいなぁなんて呟きながら目を瞑っておとなしくしていた。
……のだけれど……

「そう言えば……昨日はオタノシミだったようね?」
「なっ!?なっ、なっ、なにを突然言い出すんですかっ!」
「おっ、その反応じゃ黒か〜」

あ、カマかけられた……
この人は……!

「んー、でもそれにしては……増えてないのね?」
「えっ?あー、いやそんなに簡単に増えるものじゃないですよコレは」

薄目を開けてジッと立宮さんが見ているのは、私の尻尾。稲荷は蓄積魔力が多いと尻尾が増えるけど、そんな一日でどうこうできるやつじゃない。

「それに、しばらくは増えないと思いますよ。いろいろと忙しくなると思うんで」
「……ほほう、なるほど、そうきますか〜」
「……本当に頭の回転早いんですね……これだけでわかっちゃうんですか……」
「まぁね〜と言っても、全部が全部わかるわけじゃないけど」
「全部わかっちゃったらそれこそ怖いですよ」
「だよね〜」
「はい、流しますよ」
「はいよ〜」

一言いれて、水を流すと、立宮さんはぷはっ!とまるで犬のようにブルブルと頭を振った。
笑って、犬みたいですよ、と言ってから、空理からそんなことを言われたことを思いだし、似てるとこあるんだなぁと苦笑いに変わった。

「ふひぃ、ありがとね美核ちゃん」
「いえいえ。あ、そう言えば立宮さんっていつまでこっちの世界に滞在するんですか?」
「んーと、旅行終わってからも2日くらいはいる予定かなー?」
「あ、そしたら帰ったら今度はラインを一緒に回りませんか?案内しますよ?」
「おっ、美核ちゃんと歩くラインかー。いいね、やりたい!」
「じゃあ決定です!あとでマスターにお願いしよっと」
「っと、美核ちゃん、体冷めちゃうから温まってきなよ。私もすぐ合流するから」
「あ、わかりました。じゃあお先です」

たしかに、このままずっと上がってたら風邪引いちゃいそうだな、と思ったので、温まりに戻ろうとする。
と……

「あ、っと……もう一個」
「はい?」
「いやー、何て言うかね……」

たははは……と少し困ったような顔をしながら、立宮さんは宣言する。

「私ね、美核ちゃんのこと大好きだけど、一回だけ、本当に一回だけ、君のこと、裏切るから……ごめんね」

……そんな立宮さんの言葉に、私はその言葉の意味を考えて、そして涼しい顔で答えるのだった。

「なに謝ってるんですか。別にそのくらい構いませんよ。立宮さんには、いっぱい感謝してますからね。でも……空理は、私のこと裏切りませんよ?」
「あららぁ……これはすごい余裕ねぇ……」

あー、羨ましいっ!冷めちゃう前にさっさとお風呂入りやがれぇ〜。なんて立宮さんが言ったので、はいはい、お先ですよ。と軽く流して私は再びお湯に浸かるのだった。
……その後、なぜか立宮さんが変態オヤジ化してイロイロされたのだけれど、それは絶対語らない。


××××××××××××××××××××××××××××××


「人の子見ていた鬼ごっこ〜捕まった〜ら帰れない〜夕焼け小焼けにさようn」
「おいバカやめろ」
「けふっ」

現在時刻は2時ごろ。太陽が一番高くなるような時間、大勢の人がいる中で、立宮先輩が笑顔でとんでもない歌を歌い始めたので僕は手刀で脇腹をついて歌をキャンセルさせる。

「酷いな〜いきなりなにすんのさ」
「なにしてるはこっちのセリフですよ。なに笑顔で鬼畜ソング歌ってるんですか」
「えっと、編集点?」
「なんの!?」
「いや、だって私的にはいままでこれといって目立った出来事なかったし、物語を再開するならここら辺かな〜って」
「すみませんなに言ってるか理解したくありません……」
「えっと、なんかすごい内容の歌だったけど……アレ、いったいなんなの?」

僕たちの会話を見て苦笑いをしながら、美核は歌のことを聞いてくる……けど、正直聞いて欲しくなかった……

「まぁ、なんというか……僕が昔所属してたグループ内で流行ってた……先輩が流行らせた、最悪の歌だよ……」
「美核ちゃんにも教えてあげよっか?」
「やめてください空気が暗くなります」
「だよね〜」
「……なんか中途半端に聞いたからすごい内容気になる……」
「お願いだから今すぐ忘れて美核さんっ!」

そんな感じにコントまがいのことをしている僕たちは、すでに倭光に到着していた。
午前中に伍宮でのお土産を探して買い、お昼を食べた後、再び僕が列車を動かして倭光に到着。午後は船の時間が来るまで自由時間、つまりは遊んだりお土産をまた探したりする。というのが今までの流れだ。

「ん〜、しっかしやっぱりないなぁ……」
「あ、なにか探してたんですか?」
「虜の果実」
「あなたはいったい何をするつもりなんですか……」
「いやぁ……私の世界で魔物が発生したら面白いなぁって」
「うわぁ……」
「あ、それいいかもしれないですね」
「美核までっ!?」
「でも、探すんだったらここよりたぬたぬ雑貨の方が早いですよ?」
「そうなの?じゃああとでそっち回ろ?」
「いいですよ。……ついでに私も買っておこうかな……」
「あれ……?なんでだろ、少し寒気がしてきたぞ……?」

気持ちとしては、蛇に睨まれたカエル、と言った感じだ。え?僕食べられるの?

「あ、そういえばさ。くー君たち列車でライカさんとマスターとなにか話してたみたいだけど、いったいなんの話をしてたの?」
「あ、っと……それは……」
「ちょっとした相談事ですよ。ライカの知り合い、明日からラインに来るんですけど、その人をうちで働かせられないかって」
「へぇ〜」

本当に?と言ったような感じで先輩は疑うような顔をするが、僕は涼しい顔。ただ、美核はそこまで演技がうまいわけじゃない。
美核のこともチラと見た先輩は、しかしなにも追求することはなかった。

「まぁいいや。あえてなにも考えないであげる」
「ま、少なくともつまらないことにはなりませんよ」
「あ、立宮さん立宮さん、団子食べましょう団子!」
「……えーっと、くー君これは……」
「素ですね。本当に美核は甘いもの好きだなぁ……太るよ?」
「アーアーキコエナーイ!いいもんあとでランニングとかするから」
「まぁ美核ちゃんじゃいくら食べても太らなそうだもんね〜」

そのまま話題は好きなお菓子に変わって行き、僕たちはまたなんでもない旅行帰りのお土産選びに戻って行くのだった。


……ライカとマスターの承認も貰えた。あとは……先輩が帰る前日……明後日を待つだけだ。


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「ふいぃ〜やっぱあの子たちは元気がいいなぁ〜」
「……なんていうか……立宮さん、すごいですね……」

2月8日、旅行が終わったその次の日。私は立宮さんと一緒にお出かけをしていた。
……と、いうか……すでに体力が尽きかけてます……

「そんなことないよ〜。私もけっこう疲れちゃったよ」
「疲れる疲れない以前にあの子たちについていけるのがすごいですよ……」

あれについていけるのはあとは神奈さんくらいのものだ……
この人も神奈さんも、人間なのかな……?

「ん〜、くー君がいればもっと面白かったんだけどなぁ〜……」
「ま、まぁ仕方が無いですよ。いろいろと忙しいらしいですし……」

そう、この場に空理はいない。
立宮さんの手前いろいろ誤魔化してるけど、計画の最終準備でいろいろと頑張っているのだ。実はこのお出かけだって時間稼ぎという目的もある。もちろん実際には立宮さんとお出かけしたいだけだけど。

「そだね〜。……ところでさ」
「はい?」
「くー君たちはいったい何を企んでるのかな〜?」
「え、えっと……企んでるっていったい……?」
「あ、美核ちゃんも加担してたのか〜。じゃあこれは時間稼ぎかな〜?」

あ、ごめんなさい隠し通せませんでした……
なんでこの人こんなに鋭いの……?
まぁ、ばれたもんはしょうがない。あえて答えてしまおう。

「……たしかにそういう狙いもありましたけど……どっちかっていうと立宮さんとお出かけしたいって気持ちが強いですよ?」
「……んー、まぁ疑うまでもなく嘘じゃない、か〜。うん、ありがとね。嬉しいよ」

……そう言えば、今は何時だろうか?
買い物して、チャタルさんのとこでお昼食べて、孤児院に遊びにいって……そろそろ、いい時間帯だったはずなんだけど……
なんて思いながら時計を見てみると、そろそろ5時になるところだった。

「そうだ、私、立宮さんと行きたい場所あるんですけど……いいでしょうか?」
「……んー、8割、かな?いいよ。そこ行こっか」

8割……?と疑問に思いつつ、OKが貰えたので立宮さんと目的地へ歩き出す。

「しかしさー、くー君たち、いったい何を企んでるのかなー?教えてくれない?」
「教えません。というか立宮さんならなんとなく予想がつくんじゃないですか?」
「まぁね。答えはもう出てるよ。あとは答え合わせだけ」

……本当に、この人は……!

「でも、たぶんそれは、不正解。当たってないよ……」
「え……?」

淋しそうに呟かれたその言葉に、私は横を向いて立宮さんの表情を見た。その顔は苦笑いをしていたけど、なぜか泣き出しそうな子供をイメージさせた。

「私ね、大抵のことは簡単に予想できて、自分の思い通りにできるんだ」
「それは……まぁわかる気がします」

実際、いろいろと先が読めてましたしね。それにあのスペックを合わせれば、なんでもできるような気がする。

「でもね、私が望んだ、本当に大事なこと……それだけは、いつも私の望まないことになってるの」
「そう、なんですか……?」
「うんうん。大切だった家族は離れ離れになっちゃって、大好きだった人は他の人と結ばれて……ほんと、やんなっちゃうよね〜」

努めて軽い口調を装っていたけど、笑顔を作る顔は、幾分か強張っていた。
そんな立宮さんを見て、私は少しだけ申し訳ない気持ちになる。
だって、その一端は、私に原因があるから……

「……だから、私はここぞという時には絶対に期待しない。その方が、傷が浅く済むから」
「……大丈夫ですよ。絶対、空理は立宮さんを幸せにしますから」
「ほほう、それはくー君をくれるってことかい?」
「空理はあげません!」
「ちぇっ、けち〜。……でもま、期待しないで待ってあげる。もし望んだ通りになったら……泣いてやる」
「ふふっ、絶対、泣かせてあげますよ」

と、ちょうどいいところで、私たちは目的地に到着した。

「さぁ、到着しましたよ」
「ここって……貴方のとこの……」
「はい。アーネンエルベへようこそです。立宮さん」

私が立宮さんと来たかった場所は、私の家。喫茶店「アーネンエルベ」だった。
先輩と出かけてからずっとここには来なかったし、やっぱり最後は、ここがいいわよね。

「ほら、さっさと入っちゃいましょう!」
「……いったい、なにを企んでるんだか……?」

急かす私に苦笑しながら、立宮さんはお店の中に入って行く。

「いらっしゃいませ。っと、やっと来ましたか。お疲れ様美核。でも悪いんだけど、マスターの方を手伝ってくれないかな?」
「ん、りょうか〜い。立宮さん、ごゆっくりどうぞ〜」

さて、と……これで私の仕事は終わりだ。
じゃ、あとは頼んだわよ。空理。


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「じゃあ、先輩はこちらにどうぞ」

くー君に案内されて、私はカウンター席につく。くー君はそのカウンターの向こう側へ。

「さて、なにを飲みますか?今日は奢りますよ?」
「ん〜、そうだねぇ〜……久しぶりに紅茶、お願いするわ」
「了解です。あ、そうそう先にこれを渡しておきますね」
「おっ、しゃめ……凍丸ちゃんが撮ってくれた写真かー!いいね〜。ありがたくいただくよ」

あんまりネタを引っ張らないであげてくださいよ。なんて言いながら、くー君は紅茶を淹れ始めたので、私はしばらく写真を眺めていた。
もらったのは主に私がみんなを連れ出した5日目の写真。割と疲れた顔も混ざっていたけど、みんなが笑顔で写真に写っていた。
うんうん、楽しんでもらえたようでなによりだ。

「……はい、お待たせしました。ダージリンです」
「ありがとー」

しばらく写真を眺めていると、くー君が出来上がった紅茶を持ってきたので、早速いただくことにする。

「ん〜やっぱり美味しい。というか高校の頃より美味しくなってるね〜!」
「そりゃあここでほぼ毎日淹れてますからね。より美味しくなるよう頑張ってますよ」
「なるほどな〜。あ、そういえばさ……」

話題を切り替える前置きをしておきながら、一度紅茶を飲んでからカップを置き、それから私は口を開いた。

「いろいろこそこそとやってるみたいだけど、いったい君はなにを企んでるのかな?」
「……ん〜、先輩はなんて答えて欲しいですか?」

くー君は私の質問には答えず、そんなことを問い返してきた。

「んにゃ、別になんでもいいよ。期待してないから」
「……そうでした。先輩言ってましたね。ここぞという時は期待しないって」
「へぇ、よく覚えてたねそんな話」
「それは先輩もですよ」
「んで、一応さっきの質問の回答は肯定ってことでいいのかな?」
「まぁ、そうですね。何かしら企んではいますよ。さらに言うなら先輩を喜ばせるために」

ほぅ、正直に暴露するわね……なにか裏がありそうだ……
なんて疑ってみると、ただし、とくー君は注釈を加えてきた。

「ただし、もうこれ以上僕は自分からはなにもしませんよ」
「ふぅむ……」

くー君の言葉に、私は何か引っ掛かりを覚えた。
企みごとはしてるけど、これ以上は動かない……?いや、自分からはなにもしない、か……

「くー君、もしかしてその計画、私がそれに気がつくのを前提にしてる?」
「いやいやまさか。さすがに前提にはしませんよ。まぁでも、先輩が相手ですから気づかれることは想定してました」

ふぅん……なるほどね〜
なら、考えられる可能性は……1つ、よね……
私の期待する未来の選択肢はない。だってそれは……美核ちゃんを裏切ることだから。くー君は、絶対にそんなことはしない。
だから、答えは一つだけだ。

「そっかぁ……じゃあ、隣に座って一緒に飲もうよ」
「……まぁ、その程度ならいいですよ」

……やっぱり、ある程度私の言うことを聞いてくれる、って感じか。ま、及第点ってところかなー。
それじゃあ失礼して……と、くー君は私の隣に座り、自分用の紅茶を用意した。

「本当はくー君も成人してるし、お酒を一緒に飲みたいな〜、なんて思ってたんだけど……」
「先輩は宴会で散々飲んだでしょうが……あとここは喫茶店さんでアルコール類は扱ってません」
「だーよね〜」

まぁお酒が無理なのは知ってた。
けど、やっぱり一度は二人で……って贅沢は言わないけど、昔話をしながらお酒を飲んでみたいものだよ……この前の宴会ではそういうのできなかったからなぁ……

「じゃあせめてお茶受けみたいな甘いものを……」
「はい空理、出来たわよ」
「ありがと。と、言うわけで甘いもの、来ましたよ?」
「……まるで未来を見通されてるみたいだわ……」
「それはライカの専売特許です」

本当に狙ってるんじゃないかってタイミングで美核ちゃんがアップルパイを持ってきたので少し皮肉を言ってみるが、くー君は涼しい顔で流した。

「まぁまぁ、とりあえず食べてみてくださいな」
「そうね。いただきます」

美核ちゃんに進められるまま、私はアップルパイを一口。

「……甘ぇ〜うめぇ〜……」
「おー、表情がとろけてる」
「お口にあったようで何よりです」

あまりの美味しさに、もう一口。
ん〜!美味しい!
味に慣れたら寂しいから紅茶を飲む。やっぱりお菓子と紅茶はいい組み合わせ!
なんて、そんなことを繰り返してたらいつの間にかアップルパイも紅茶も消えてた。

「……お代わり、もらってもいい?」
「はいはい。両方用意しますよ」

私の様子に呆れながらも、くー君は紅茶のお代わりをいれてくれて、美核ちゃんは二切れ、アップルパイを持ってきてくれた。

「両方もらっていいの?」
「どんだけですか……一切れは僕の分ですよ」
「ごめんくー君。ここに来るのはこれを食べるのがメインの理由になりそうだ……!」
「そこまでですか……」
「あ、空理、私これから買い出しいってくるからお客さん来たら御願いね」
「マスターは?」
「ちょっと前にライカさんからの呼び出しで出かけてる」
「ん……まぁいいか。言ってらっしゃい」
「いってきます」

おいしいおいしいアップルパイを目の前によだれが垂れそうになっていると、二人のやりとりが聞こえた。

「ありゃりゃ、それじゃあお店には私たちだけか」
「ですね。お客さん来たら面倒だな……」
「おいおい従業員」

くー君の言葉に私は苦笑をしてツッコミを入れる。
……しかし、そうか……私たちだけか……美核ちゃんが帰ってくるのは……まぁそんなに時間はかからないだろうなぁ……
……動くなら、今……かな?
いや、今しかない、よね……折角、機会を用意してくれたんだから。
少しの間、気持ちを落ち着かせるために時間を使い、覚悟を決めた私は、行動を開始する。

「……ねぇ、くー君」
「なんですか?」
「最後のわがまま、聞いてもらえないかな?」
「…………内容に、よります」

私が話を切り出すと、くー君は一瞬ピクリと反応した。答え方も、慎重に言葉を選んでいる。
さて、じゃあ最後のお願い、聞くだけ聞いてみますか……

「くー君さ、今この時だけ、一瞬だけでいいから、美核ちゃんのこと、裏切ってくれないかな」
「……いったい、なにをさせたいんですか?」
「…………」

自分から話を振っておきながら、言い出すのを躊躇してしまう。
けど、これが最後のチャンスなんだ。言うしか、ない。
再び覚悟を決めて、私は、最後の願いを言う。




「私と、キス、してくれないかな?」




本音を言うなら、一度でいいから、抱いて欲しかった。けど、それは過ぎた願いだから。
だからせめて、思い出を一つ、求めるくらい許してもらえないだろうか……


「……すみません。そこまで、美核を裏切ることはできません……」


答えは、無慈悲なNOだった。
ま、そうだよね。それが当然だ。
やっぱり、駄目だった。いつもそうだ。大切なものは、いつだって……

「それに……そんなことしたら、あいつに殺されます」
「当たり前だ。そんなことしたら首を綺麗に落としてやるよ」
「……えっ?」

空理の言葉に続くように、全く同じ声、しかし抑揚が極めて小さい声で、もう一人、この場で発言する人がいた。
まさか、お店に他の人がいるとは思わなかった私は、声が全く同じことに違和感を覚える余裕もなく、その声がした方向を向く。
そこには……

「え……くー、君……?」
『なんですか先輩?』

私の言葉に、二人が同時に答える。
そう、声がした方向には、くー君の姿があった。
……いや、少し違うわね。くー君によく似てるけど、そっくりそのままの姿じゃない。体の形は同じだけど、その髪の色は色の抜けた白で、瞳の色は綺麗な青だった。でも、それ以外はまったくくー君と変わらない。強いて言うなら……中身が違う、と言ったところか。
髪と瞳が色違いなくー君。それには、本来星村空理と呼ばれるべきオリジナルの人格が入っている。
気がする、ではなく確信できた。雰囲気でわかる。なにを否定しても私だけは認識してくれているこの慣れ親しんだことのある怖気は、あの頃のくー君のものだ。間違えるわけがない。
……どうしても、胸の中に期待が生まれてしまう。でも、裏切られる可能性もあるんだ……喜んでられない。慎重に、話を聞いていかないと……
これは一体どういうことなの……?と黒髪の方のくー君に聞こうとしたけれど、振り向いたちょうどその時に、先に口を開かれてしまった。

「先輩、僕言いましたよね?“僕も先輩とその人との仲を、全力で応援させてもらいますよ”って」
「……い、いやそうだけど……それとこれとは関係が……」
「……先輩、あの下手な会話じゃ流石に僕でも先輩の好きな人、わかっちゃいますよ……」
「う……」

え、えと……まじっすか……?
チラッと二人の顔を見てみるが、うんうん、と頷かれてかなり恥ずかしくなる。
う、うそぉん……ばれちゃってたの?

「それじゃ、私のあの演技って……」
「無意味……ではないですね。少なくともこいつは先輩の考えを理解して諦めかけてましたから」
「あ、そうなんだ……」

じゃあ、黒い方のくー君が焚きつけて、回復しちゃった感じなのかな……?
余計なことを……いや、この状況を考えるなら、良かったのかな……?
いや、まだ、期待しちゃいけない。くー君の口から聞けるまで、まだその幸せな夢は見ちゃいけない。

「ねぇ、くー君。これは、期待してもいいって、ことかな……?」
「なにを期待してるかは……まぁ聞かないでおきますが、そうですね。望むのであれば、こいつを先輩の側に置いてあげられますよ」
「馬鹿か。僕が先輩の側にいることを望んでるんだ。先輩が頼まれる立場なんだから、お前に決定権があるわけないだろ。偉そうな口聞くな」
「これは酷い……ま、たしかにそうなんだけどね。ちなみにこいつの体は僕と同じスペックの肉体になってます。ちゃんと1から10まで人間の肉体なんでお望みとあらば子どももできますよ。まぁ魔法だけは入れられませんでしたが」
「なんで今そんなことを説明する」
「商品説明のため?」
「僕は商品じゃない」


正直、くー君たちの会話は耳に入らなかった。
くー君が、私の側にいてくれる……?
私のものに、なってくれる?
いいんだ……
私は、くー君のことを望んでもいいんだ……
求めても、いいんだ……!
そう思ったら、自然と涙が零れた。

「せっ、先輩っ!?……やっぱり、僕は嫌でしたか?」
「……あ、のさ……あれだけ君は私の好きな人、わかってたんじゃないの……?だっ、たらそんなこと、言わないでよ……嫌なわけ、ないじゃない……!」

言葉が終わると同時に、私は白髪の方のくー君に、私のくー君に抱きついた。私のくー君は、わっ、っとと……とちょっとよろめいて、抱きつく私をどうしたらいいのかわからず、オロオロしている。

「うんうん、これだけ先輩の気持ちが分かれば、十分かなって、めでたしめでたしで締めてもいいんだけど……」

後ろでくー君がポツリとつぶやいたのが聞こえて、私はピタリと動きも涙も止まってしまった。
なんでだろう……感動のシーンだったのに、嫌な予感がする……

「先輩、いろいろと余計なことをしてくれましたよね〜?」
「え、えっと……いつものことじゃない。許してよ……ね?」

あ、しまったこれじゃ認めたのと同じ……

「それに、こいつのことも結構いい感じに振ってくれましたしね〜?」
「……まぁ、先輩の気持ちもわかってましたし、いいにはいいんですけど……ショックは受けました」
「ゔ……」

それは……悪かったと思うけど……

「他にも、僕と美核のことをストーカーみたいに隠れて覗き……」
「ああもうっ!なにか要求があるんでしょっ!いいわよ!なんでも来なさいっ!」

うがぁっ!と叫んで、くー君がネチネチと嫌味を言うのを遮り、さっさと要求を言わせることにする。
まぁ、たしかにいろいろと迷惑をかけたところもあるし、要求の一つ二つくらいならまぁ飲んであげないこともない。

「そうですか、それはよかった。まぁ、こちらからの要求は簡単です。こいつを先輩に渡す前に、二つほど、条件をつけさせて欲しいんです」
「条件……?」
「一つ目。約一ヶ月、こいつをここに置かせてください」
「えっ、なんで……?向こうでじゃダメなの?」
「先輩は、今のこいつが戻って、大きな問題を起こさずに暮らせると思いますか?」
「……えと……くー君、ごめん……」
「いえ、事実ですからいいですよ」

たしかに、私のくー君はまだ世界を拒絶し過ぎているところがあるから、私たちの世界に戻っても、人間嫌いを悪化させるだけかもしれない。それでくー君と一緒に出かけたりできないのは……寂しすぎる。
私のくー君もわかっているからか、反論はなかった。

「これからの生活のために、こいつの気味の悪い性質が治るまで……こいつがただの無愛想な人間嫌いにまで改善されるまでは、お預けにさせてください」
「無愛想な人間嫌いって……それもそれで問題なような気が……」
「……僕は……少しでも長く先輩と一緒に居たいんですが……それでも、先輩に迷惑をかけないようにしたいから……なるべく早く戻れるように頑張りますから、だから、僕からもお願いします」
「……はぁ、こっちのくー君にまでお願いされちゃ、飲むしかないわよ。別に、こっちに来てくー君に会いにきたりするのを禁止するわけじゃないでしょ?」
「ええ、それはもちろん。いつでも遊びにきてもらって構いませんよ」
「なら、問題ないわ」

私のくー君との同居生活ってのも、楽しみだったんだけど……まぁ少しお預けくらいなら、許してあげよう。

「んで、二つ目ってのは?」
「ああ、これは別に飲んでも飲まなくてもいいんですけど……まぁなんというか、一度諦めさせてくれちゃった手前、無条件にこいつをあげるのはあれだなぁってことで、先輩にある程度の覚悟を見せてもらおうと思って」
「……覚悟?」
「まぁ、簡単に言っちゃうと、さっきからずっと空気でそうなってるけど、まだ告白してないから、先輩から今してくださいねってことです」
「……ほほう……」

くー君の言葉に、私はニヤリと笑ってしまった。
たしかに、まだ告白をしてなかったなぁ……
そうねぇ……たしかに、くー君に諦めさせようとしていた手前、なにかしら私からの誠意を示す必要はある。でもねくー君、その話は振っちゃぁいけなかったよ。
あるはずがないって諦め掛けてた幸せだよ……?それを掴むための覚悟なんて、いくらでもできるさ……!

「ねぇねぇくー君」
「……なんですか、先輩?」

私は、少しだけ下がって白髪の私のくー君から距離をとって、そして、くー君が甘くみていた私の覚悟を、伝えてあげる。





「君が私たちの世界に帰ってきたら、星村空理じゃなくて、立宮空理って、そう名乗ってよ」





「……それって、もしかして……」
「結婚してください♪」

私の台詞に、黒髪のくー君は、これはこれは……と面白そうに薄い笑みを浮かべる。どうだ、予想しなくてびっくりしただろ〜?
そして、私の方のくー君はというと……

「……け、けっ、こん……?」
「あれ?くー君、もしもーし?」

あまりの衝撃に、思考がフリーズしていた。
ありゃりゃ……こりゃさすがに勢いが良すぎたか……
でも、折角覚悟を見せたのに答えの保留というのは許せないため、おーい、しっかり〜とペシペシ顔を叩いて正気に戻させる。

「あっ、すみません……突然のことにちょっと思考が……」
「言い訳はいいから、早く答え、聞かせて?」
「……そ、その……よ、よろしくお願いします……」
「よっしゃ!!」

私のくー君からOKを貰えて、私は思いっきりガッツポーズを取る。しかし、当の私のくー君はと言うと、また、先輩と、結婚……けっ、こん……と思考がフリーズし始めていた。

「ただいま〜……っと、帰るタイミング悪かったかな?」
「いや、ちょうどさっき終わったところだよ」

お〜いくー君しっかり〜と、ぺちぺち叩いて治している間に、美核ちゃんが帰ってきた。
やっぱりこの子も共犯だったか……あとでお礼言っておかないと……

「さて美核、マスターが帰ってきたらお祝いの準備もしよう」
「えっ、お祝い?普通に立宮先輩を送るパーティーじゃなくて?」
「うんそうそうお祝い。立宮夫妻の入籍前のお祝い」

あれ?なんか話が大きくなってきてる……?

「入籍前って……まさかそういうこと!?」
「うん、そういうこと」
「たっ、立宮さん、おめでとうございます!」
「ありがと〜。と言っても、籍をいれるのはくー君が私の世界に戻ってきたら、だけどね〜」
「式挙げる時は絶対に呼んでくださいね!あ、そうだそしたら予定より規模大きくして旅行のみんなとか呼んでライカさんのお屋敷でやらない!?」
「おっ、それはいいね。明日には帰っちゃうんだし、盛大にいこっか」

おっとこれは忙しくなりそうだぞ……くー君と一緒の夜は難しいかなぁ……?
まぁ、入籍しようなんて暴走したのは自分なんだ。責任はきっちり取らないとね。

「よぉし!それじゃあ私いろいろとみんなで楽しめるゲーム作っちゃうぞぉっ!」
「いや、さすがに主賓にそんなことさせるのは……」
「私がやりたいから言ってるの!いいからやらせなさいっ!」
「わかりました……では、お任せします」
「じゃあ、私たちは料理とかを頑張らないとね」
「こっちもこっちで忙しくなりそうだ……がんばろう」
「まずはライカさんの説得からよね」
「大丈夫、たぶんすぐ通ると思うよ。問題は食料かな……?」

なんて、楽しいパーティーの話をしながら、私は白髪のくー君の手を軽くきゅっと握って、今の幸せを堪能するのだった。


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「あ〜あ……やっぱり一週間なんて、あっと言う間に過ぎちゃうなぁ……」

2月9日、ライカ邸にて。私は元の世界に帰るため、床に描かれた大きな魔術陣の上に立っていた。楽しい時間だったからか、本当に時間の流れは早いもので、もう、帰らなければならない。
部屋にいるのは、ライカさん、神奈さん、美核ちゃん、そして二人のくー君の5人。みんな、私を見送りに来てくれたのだ。

「もう帰っちゃうのかぁ……美核ちゃんの考える遊び、凄く面白かったよ〜」
「ありがとうございます。また遊びにきた時には、勝負しましょうね」
「約束だよっ!」
「えっと、なんていうか……いろいろとお世話になりました」
「こちらこそ、いっぱいお世話になったわね。ちゃんと私も式に呼ぶから、美核ちゃんも式を挙げる時は招待状、頂戴よね?」
「もちろんですっ!」
「……星村君、美核ちゃんのこと、泣かしちゃダメだよ?」
「なんというか、その呼び方は慣れませんね……もちろん、美核は絶対幸せにします。だからあなたも、絶対幸せになってくださいね」
「もちろん、ちゃんとくー君に幸せにしてもらうわよ」
「……せんぱ……み、美核……」
「んー、やっぱりまだその呼び方は少し恥ずかしいわね……ま、慣れていきましょう」
「……なるべく早く、先輩のところへ行きます。頑張ります。だから……待っていてください」
「……うん、楽しみにしてるわ」

くー君の言葉にそう答えてから、私は彼にキスをする。
そんな私たちを見て、神奈さんは嬉しそうな笑顔を浮かべ、くー君はお熱いことで、と茶化し、美核ちゃんは顔を赤くして、ライカさんはははは……と苦笑した。

「……さて、それじゃあそろそろ……」
「はい、お願いします」

少し名残惜しくなりながらもくー君の唇を離して、私は魔術陣の中心に立つ。
すると、魔術陣が光を放ち、起動を始める。
さて……そしたら、最後の意地悪、やっておこうか。

「ねぇ星村君、早めに名前、決めちゃった方がいいよ」
「えっ?」
「あと、場所とかを決めたり、お金を用意するのも忘れないようにね。じゃあ、またいつかっ!」
「あっ、ちょっ!」
「せn……美核、またすぐにっ!」
「うんっ!またねくー君っ!」

私の言葉を追求しようとする星村君を遮るようにくー君が手を振ってくれたので、私もいっぱいの手を振って、答えて……


そして、私は自分の世界に帰るのだった。


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「さて、そしたら僕は先に戻るよ」

先輩がいなくなってすぐに、そう言って白髪の僕はアーネンエルベに帰って行く。なんというか、まぁ安定の、というか……
っと、それよりも、問題はさっきの先輩の言葉だ。

「……えっと、あの、美核さん……?」
「なに、空理?」

ライカたちは仕事に戻り、僕は帰るためにライカ邸の廊下を歩きながら、美核に話を振る。

「さっきの先輩の言葉って……つまりは、そういうこと?」
「……確定じゃないけどね。そうなったらいいなって……」

あははは……と頬をぽりぽり掻きながら、美核は苦笑する。でも、そこからすぐにその顔は不安そうなものに変わった。

「えっと、やっぱり、ダメ、かな……?まだ早い……よね……」
「……ま、それなりに頑張ってはみるよ……」
「……っ!うんっ!」

僕の答えに、美核はパアッと顔を輝かせた。まったく、ズルいな……あんなこと言われたら、頑張るしかないじゃないか……
今日の夜も、長くなりそうだなぁ……まぁ、それはそれで、また嬉しいのだけれど……
と、そんなことを考えながら、僕は美核と一緒に僕たちの家へ、アーネンエルベへ帰るのだった。


もちろん、美核の手を握って。


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それは、いつかの未来の話。
ずっと先に僕たちが手に入れる、幸せの形。


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「やっほ〜星村君。遊びに来たよ〜」
「いらっしゃいませ。お久しぶりです先輩」
「うん、久しぶり〜。美核ちゃんたちは元気?」
「ええ、美核だったらキッチンの方にいますよ」

いつものようにアーネンエルベで仕事をしていると、立宮先輩たちがお店にやってきた。
カウンターでいいですよね?といつものように僕は二人をカウンター席に案内する。

「さて、ご注文はなににしますか?」
「じゃあ、いつもので」
「僕も同じのを」
「了解」

注文を受けて、僕はすぐに美核のところへ伝えに行く。

「美核、アップルパイ二つ。……先輩たちが遊びに来たよ」
「ほんとっ!?じゃあすぐつくっちゃうわね!」

立宮先輩たちが来た、と聞いて美核はその“二本の尻尾”を嬉しそうに振った。……最近、三本に増えるかもとかなんとか言い始めているので、若干怖い。
とりあえず、注文は伝えたので僕はすぐに自分の仕事をする。

「あ、そうだ方丈君」
「立宮さんたちが遊びに来てるんですよね?他のお客さんは僕の方で頑張ってみますよ」
「ありがとう、助かるよ」

やっぱり、慣れがあるから動きや対応がバイト時代とは大違いだなぁ……正式に店員として働いてくれてよかったよ……

「お待たせしました。ダージリン二つ、お持ちしましたよ」
「ありがとう。いただきま〜す」
「……いただきます」

いつもの紅茶を入れ終えてすぐに先輩たちに届けてから、少しだけ周囲の様子を見てみる。んー、とりあえず、方丈家とか常連ばかりだし、特に忙しいということはなさそうだ。

「ん〜、美味しい!やっぱりここが一番いいわね」
「味が落ちないよう毎日頑張らせてもらってますなんて。先輩たちは最近どうですか?仕事、大変でしょう?」
「ん〜、私はそこまでじゃないかな〜。というか、もっと仕事を回してもらっていいんだけど〜?」
「……その状態で仕事をするのは無茶だ。少なくとも僕は仕事をさせたくない。……もうすぐ予定日なんだから、仕事は僕に任せて大人しくしてて」
「ってな感じです」

そういう立宮先輩のお腹は、妊婦であるとすぐにわかるほどに大きくなっている。あと一週間以内に予定日がくるらしい。

「……君も大変だな……」
「社長秘書となると、ほんとに仕事が多いからな……」
「まぁ、頑張れ」
「それなりにな」
「ん〜やっぱり二人とも根本的なところは似てるよね〜」
「まぁ、同じ人間でしたしね」
「お待たせしました、アップルパイです。……立宮さん、お久しぶりです」
「うん、おひさ〜。元気そうでなによりだよ」
「空理さんもお久しぶりです。仕事の方、うまくいってますか?」
「この状態での働くと言って聞かない高スペックな社長様がいるからな……順調だよ」
「あ……ははは……立宮さん、あまり無茶はしないようにしてくださいね?」
「無茶なんてしないよ〜。というかなにもなさ過ぎて暇になっちゃうんだよ。元部活メンバーも忙しいしさぁ……」
「まぁ、みんな仕事がありますしね」

だいたいは先輩に引っこ抜かれて先輩の会社にいるから、部活メンバーで集まるのは無理ではないらしいけど。
まったく、この人のスペックは本当に飛び抜けているよな……
自分で会社を立ち上げるわ昔の仲間を捕まえて働かせるわさらにその会社が繁盛してそこそこ大きくなってるわ……なんなんだろうなこの人……
事実は小説よりも奇なりとはよく言ったものだ……と軽くため息をついたところで、チラリと時計を見る。

「……そろそろか……」
「おっと、お姫様が帰ってくるの?」
「時間的には、そろそろなんだけど……」
「ただいま〜!」

美核が言い終わるのと同時に、カランカランとお店側の扉を開けて我らが姫様がお帰りになられた。
ピンと先の尖った耳にフワフワの尻尾。髪は僕譲り……と言うには立宮先輩によく似た漆のような黒色。対して瞳は美核譲りの翡翠のような緑色である。服は本人の希望で裾を短くして動きやすくした甚平を着ている。
彼女こそが、僕と美核の最愛の娘、星村御守(ほしむら・みもり)である。

「おかあさん、くー君、ただいまっ!」
「お帰り御守。お菓子用意してるから、早く手洗いうがいしてきなさい」
「じゃあ、僕はりんごジュースでも用意するかね」
「やった!すぐいってくる!」
「みもりちゃん、こんにちは」
「こんにちは」
「あ、たてみやおにいちゃんおねえちゃん!こんにちは!」
「手洗いとかしたら、私たちと一緒に食べよっか?」
「うん!一緒に食べる!」

まっててね!と御守は言って、手洗いうがいをしに行く、いやしかし、なんで僕のことはおとうさんじゃなくてくー君と呼ぶのだろうか……物心ついてから呼ばれているのだが、少しさみしく思う。

「相変わらず、みもりちゃんは可愛いね〜」
「まぁ、自慢の娘ですから」
「おおっと、ここでまさかの親バカっ!」
「親バカにもなりますよ。なんせ美核の子ですからね、あの子は」
「……そこで僕と、を付けないあたりがお前らしいな」
「おわったよ!おやつはやく〜!」

ちょうど良く御守が戻ってきたので、僕はりんごジュースを、美核は切り分けてあるアップルパイを御守の席に置く。

「やった!アップルパイだ!いただきま〜す!」
「はい、召し上がれ」

御守は自分用のフォークでアップルパイを小さく切り、パクッとそのままフォークごと頬張ってパイを味わう。
フォーク咥えたままは危ないよ。と注意するのだが、だいじょうぶだよ〜と答えるだけで話を聞いてはくれない。まったく、困ったものだ……

「ほんと、御守ちゃんは可愛いなぁ……もし生まれる子が男の子だったらお嫁に欲しいくらいさ」
「立宮さんの子どもだったら安心ですね〜」
「僕としては……やっぱり一番は御守の意思を尊重したい……けど、簡単には渡したくないですね〜」
「……そうなんだよね……御守ちゃん、星村君の子どもなんだよね……私の子が狙ってたら、絶対泣かせないように忠告しておこ……」
「それが妥当かと。こいつは大切な人が泣いたら何をしでかすかわからないからな……」
「酷いなぁ……まぁたしかに、美核も御守も、どちらかが泣いてたら、何をするか自分でもわかりませんね……」
「でもま、余程のことがない限りは大丈夫だと私は思うわよ」
「ねぇねぇなんのはなししてるの〜?」
「ん〜?みもりちゃんは星村君たちにとっても愛されてるなぁって、そんな話をしてたの。はい、あ〜ん」
「あ〜ん……おいしいっ!」

僕たちの話が気になったのか、御守が食べるのをやめて聞いてきたのを、立宮先輩が簡単に説明し、少し誤魔化しを加えるように自分のアップルパイを切って御守の口元に運んだ。

「あ〜、可愛い……もう一回、あ〜ん」
「あ〜ん」
「んもう本当に可愛いっ!星村君、この子頂戴っ!」
「駄目です。自分の子供がそうなるように育ててあげてくださいな」
「ぶぅ……けちぃ」
「あ、そういえばおじいちゃんはどうしたの?」
「たしか、いつものように孤児院の方で手伝いをしてくるって言ってたね」
「……店を空理に譲ってから、マスター孤児院に行くこと多くなったよね」
「たしかに。まぁ、家にずっと引きこもってジッとしてるよりはましじゃないかな」
「そうね。マスターにはずっと元気でいて欲しいしね」
「みもり、これたべおわったらおじいちゃんむかえにいくっ!」
「一人じゃ迷子になるから駄目だよ」
「じゃあ、私たちが一緒にいくわ」
「先輩……いいんですか?」
「うん。御守ちゃんと一緒にお出かけしたいってのもあるしね」
「……なるほど、そしたら立宮さん、お願いします」
「任された〜」
「じゃあおねえちゃん、はやくいこっ!」
「こらこら、食べ終わってからって自分で言ったんでしょうが」
「あ、そうだった」

えへへ……とはにかむ御守を見て、僕は微笑む。
大好きな妻と、大好きな娘、尊敬する先輩と、そんな先輩を任せた僕の片割れ……親同然の元店長に、悪友の領主とその奥さん、たくさんの奥さんと子供を持つ、お人好しな店員……いろいろな人たちに囲まれて、助けて助けられて、笑いあって……
毎日が、本当に幸せだ。
出来るのならば、この今の幸せが、未来にずっと続きますように。
微笑みながら、僕はそう願うのだった。
13/06/12 06:41更新 / 星村 空理
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■作者メッセージ
いかがだったでしょうか?
楽しんでいただけたら幸いです。
長らくお待たせして申し訳ありませんでした。
今回は星村と美核の話の最終回!
そして字数も最大の40000字……
一度に大量の文章、申し訳ありません。
そして、本来ならここクロビネガの指針に反しているだろう、立宮先輩の話まで乗せてしまったのも、申し訳ないと思っています。
しかし、彼女も救われてこその物語だと考え、書かせていただきました。
そのおかげで、個人的には後悔のない作品となったと思っています。
約3年ほどだったでしょうか?長期に渡る空理と美核の物語についてきてくださった皆様、本当にありがとうございます。感謝してもしきれないです。
この話をもって、喫茶店「アーネンエルベ」の日常の第一幕は終了とさせていただきます。皆様、長年おつき合いいただき、本当にありがとうございました。
しかしながら、アーネンエルベでの活動は終わりにしません。
もしコラボなどの話がありましたら、積極的にさせていただきたいと思っていますので、もししていただけるというのであれば、感想欄またはメールの方でお願いしていただけたらと思っています。
他にも、自キャラでの後日談的な話をこの作品でやっていくつもりでもありますので、そちらの楽しみにしていただけたら幸いです。
さて、文章が長くなってきたので、今回はここで切らせていただきます。
これからも、喫茶店「アーネンエルベ」の日常、及び星村空理の作品を読んでいただけるよう頑張って行きます。
それでは、ありがとうございました!

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