第十八話 二つの契約 後編
宴も終わり…皆が眠気眼を擦りながら後片付けやら復興作業をする中、アレスとハンスは旅支度を整えていた。
町の人が用意してくれた朝食をとり、水やら食料を補充した二人は最後に町の人たちに別れの挨拶をして回った。
「すまないな、世話になったよ。」
「ごめんなさい、朝食まで頂いちゃって…。」
「もっとゆっくりしていきゃいいのに…あんた達はこの町の英雄なんだからもっと威張っていいんだぜ?」
「俺たちも理由あって旅しているからな、好意は有難いが遠慮しとくよ。」
「そうかい?そりゃ残念だな…。」
「アレスお兄ちゃん、ハンスお兄ちゃん!!」
二人が町の人達と話していると人ごみからトーマがこちらへと走ってきた。
「二人とも…もう行っちゃうの?」
「あぁ、俺たちにはしなくちゃならないことがあるからな。」
「でも…もしまたあいつらみたいなのが襲ってきたら…。」
「その時は―」
アレスはトーマの頭に手を置きながら話した。
「お前が先頭を切ってこの町を守ればいい。」
「え?!!」
「?!」
アレスの言葉にトーマ自身もそうだが周りの町の人々も若干だが驚いていた。
目を白黒させるトーマにアレスはゆっくりと話し始めた。
「お前はもうすでに戦えるほどの力を持っているんだ、俺たちがいなくてもやっていけるさ。」
「で、でも…僕は…アレス兄ちゃんやハンス兄ちゃんみたいに強くないし…。」
「力の強さじゃない、重要なのは『戦う意志』だ。」
「戦う…意思?」
「そうだ、お前はさっき俺に『僕たちも一緒に戦う』って言ったじゃないか…それこそが戦う意志だ、戦う意志があるからこそ…勝つことができる。」
「…。」
「それをお前が皆に教えてやるんだ、お前にはそれが出来る。」
「僕に…できるかな?」
「大丈夫、トーマ君ならきっと出来るよ?」
アレスとハンスが諭すのを見て、町の人々はそれに応えるようにトーマに言いよった。
「はっはっは、いつのまにかあのトーマがこんなに逞しくなったなんてな!」
「これから頼むぜ、よっ!トーマ隊長!!」
「大丈夫、私達みんなで守っていきましょう!!」
「…うん!!」
トーマは元気よく、決意を込めた返事をし二人に向かって微笑んだ。
………。
「そうだ、あんたら『レイン』をどっかで見かけなかったかい?」
「『レイン』?」
ひと段落終わった頃に一人の男がアレス達に聞いてきた。
聞きなれない名前にアレスは首を傾げていると男が先に言った。
「ほら、あんたが昨日イグニスを助け出そうとして一緒にいたサキュバスだよ。」
「あぁ…(そういや名前を聞いてなかったな)いや見てないが?」
「そうか…ついさっき帰ってくると部屋にいなかったらしくてな、その旦那と一緒に探してるんだが…何処に行っちまったのかね?」
「俺たちも手伝おうか?」
「いやいやいや、流石にあんたたちには頼めねえよ…それに人数もいるしすぐに見つかるさ、気にしないどくれ。」
「そうか、…それじゃ元気でな。」
「おぅ、いつでも遊びに来てくれや!」
アレス達の別れの挨拶にトーマや皆が名残惜しんだが皆快く旅立ちを祝ってくれた。
さっきの人を最後にアレス達は荷物をまとめ、町を出ようと入口へと来た時だった。
「?」
「あれ、どうしたんでしょう?」
二人が見たのは門の内側付近で荷車を引いている人間の男と魔物達の姿だった。
怒鳴り声やらがここからでも聞こえ、何かを口論しているようだった。
近づくにつれてその内容が二人の耳に入っていった。
「だから、それは私達の仕事だって言ってるでしょ!!!」
「うるせぇっ!!そこをどきやがれ!!」
どうやら男が門から出ていこうとするのを魔物達が必死に食い止めているようだった。
無視するわけにもいかず、二人はその騒ぎの中へと入っていく。
「おい、どうしたんだ?」
「ちょっと聞いてよ、この人が私たちの仕事を奪おうとするのよ!!」
「仕事?」
よく見ると男が押している荷車には棺桶のような形をした箱が二つほど積まれていた。
そしてその止めている魔物達がグールやゾンビといったアンデット類からしてアレスはその仕事の内容を容易に想像することができた。
「なるほど…葬儀屋か。」
「そうさ、ここで死んだ仏さん二人を故郷に返してやろうとしたら急にこいつらが出てきて止めやがるんだよ。」
「急に出てきたのはそっちでしょ?!!私たちが依頼を受けてここに来たのに何勝手な事してくれてんのよ!!」
「そんなことは知らねえよ、俺も同じように仕事の依頼が来たんだからよ…この2つの遺体を故郷の土に埋めてやってくれって。」
「そんなの聞いてないわよ、そういうのはこっちがするから早くその棺桶を渡しなさい!!」
「そいつは出来ねえな、こっちもこれで飯食ってんだぜ?…仕事譲るほど裕福はしてねえよ。」
「第一、この砂漠をそんな荷車一つで越えられると思ってるの?」
「そこまで馬鹿じゃねえよ、この先で俺の仲間と合流して一気に転移して貰う手筈なんだよ、ほら、分かったらさっさとどけ!!」
「ムキーッ!!」
「やれやれ、これは逆にかかわらない方が良いかもしれませんね。」
両方が言い争っているのを見てハンスは少々げんなりした様子で呟いた。
だがそれとは逆にアレスは何かを考えた様子で黙りこくっていた。
「アレスさん、どうかしたんですか?」
「ちょっと…な。」
何かを思いついたアレスは急に荷車を押している男の方へと歩き、話しかけた。
「ちょっと聞きたいんだが、お前はいつぐらいにここに着いたんだ?」
「え、…朝早くだが、それがどうした?」
「いやなに…そこの棺桶に入ってる魔物とはちょっと縁があってな…遺体の状態が気になったんだ。」
「遺体の…?なんでそんなこと―」
「棺桶に入れたあんたなら分かるだろ、拷問されて傷だらけにされた挙句に水に沈められて死んだんだ…そんな身体で遺族に会わせるのはどうかと思ってな。」
「安心しな、俺たちはプロだ…そんなえげつないことはしねえよ、ちゃんと傷の状態も元に戻してるし肌もツヤツヤだ、流石に見せるわけには行かないがな。」
「…そうか。」
「「「…。」」」
アレスが男と話終わると周りは水を打ったようにしんと静まり返っていた。
いや寧ろ皆、男とアレスを見比べながら固まっている。
「な、なんだよお前ら?」
不審に思った男が口を開いたがそれに続けるようにハンスが口を開いた。
「アレスさん…確か亡くなったのって…。」
「ちょ、ちょっと…あたしたちそんな話は聞いてないわ、磔にされて衰弱死したって聞いてここに来たんだけど…。」
「その通りだ、彼女達は磔にされて衰弱死したんだ…溺れてなんていない、今のは俺の嘘だ。」
「…え”?」
一斉に周りが男の方を向くと男は急に焦り出したように話し始めた。
「や、やだなぁ…あんまり遺体が酷かったからてっきりあんたの話を信じ込んじまったよ…あんたも人が悪いな〜。」
「遺体が酷かったのは俺もそう思ってな、昨日町の魔物に頼んで亡くなった彼女達の身体を形だけでも修復させたんだ、これはトーマの願いでもあったし誰も反対する者もいなかった、だから今遺体には傷一つ付いていないはずだ。」
「…。」
「あんた一体…誰の遺体を治したんだ…?いや…言い換えてやろうか?」
アレスは拳を構えながら言った。
「…その棺桶には”誰”が入ってるんだ?」
「…ヘッ。」
男はにやりと笑うと二つの棺桶を荷から引きずり下ろし、片方を開けた。
「こうも簡単にバレるとは…カシムが敗れなきゃ下調べぐらい出来たんだがな…?」
男の表情は先ほどとは打って変わって邪悪な笑みを浮かべ、悪人のとしての本性を現した。
棺桶の蓋が開けられ、そこから引きずり出されたのは…。
「レインさん…!!」
「…やはりな。」
棺桶から出てきたのは手を縛られ猿轡をはめられたレインの姿だった。
意識がはっきりしていないのかレインは朦朧とした様子で足取りも覚束無いようだった。
男はもう片方の棺桶から手斧を取り出して、それをレインの首筋にへと当てがけた。
「おっと動くなよ?…動くとてめぇらが近づいてくるたびにこいつのパーツを一つずつ切り取ってやるからな、こいつがダルマにされたくなきゃ大人しくそこで待て。」
「くっ…!」
レインを抱えたまま男はジリジリと門の方へと下がっていく。
アレス、ハンスと魔物達はその様子を悔しそうに見過ごすしかなかった。
「くそっ…、アレスさん…何か、何か手はないんですか?!!」
「駄目だ、あいつは恐らくグリムの言っていた誘拐犯だ…こういう場面にも慣れているはずだ、下手に動くとあいつは平気で彼女を殺すだろう。」
「そんな…このまま黙って見ているんですか?!」
「落ち着け…今考えている。」
慌てたように叫ぶハンスとは裏腹にアレスは落ち着いた様子で状況を見ていた。
そしてアレスは考える。
(この位置から飛び込めば間違いなく彼女は殺される、物を使おうとも考えたがレインを盾にしている時点で奴には効かないだろう…フランも今は衰弱していて手伝えそうにない…だとすれば今できるのは時間を稼ぐことぐらいだろう。)
逃げようと後退する男に向かってアレスは尋ねた。
「そんな状態でこの砂漠を抜ける気なのか?」
「まさか。…さっき俺の言った話も嘘ばかりじゃねえ、この先で俺の仲間と合流する手筈になってんだよ、そこで転移魔法でこいつを送るって寸法だ。」
「一体何処にだ?」
「そいつは教えられないな〜。…だが安心しな、すぐには殺さない…こいつも大事な商品だからな。」
「…商品だと?」
「おしゃべりはここまでだ、悪いが俺はここから逃げさせてもらうぜ?」
「くそっ、待て!!」
男が話を切り、アレス達から去ろうとした時だった。
「ま、待ってくれ!!!!」
アレス達の後ろから声がしたかと思うと目の前にレインの夫が飛び出した。
「貴方は…どうしてここに?!」
「騒ぎを聞きつけて駆けつけたんです…でもどうしてレインを…。」
レインを人質にとっている男は飛び出してきたレインの夫に奇怪な目を向けた。
「なんだてめえは?」
「彼女は僕の妻だ、人質なら僕がなる…だから彼女を開放してくれ!!」
「てめぇなんかいらねえよ、俺が欲しいのは魔物だけだ。」
「頼む、妻は僕の生きがいなんだ…連れて行かないでくれ!!」
「あ、あなた…。」
夫の必死な説得に妻レインは朦朧としながらも心を打たれ頬に涙が伝った。
それを男は吐き捨てるように否定した。
「下らねえ、お涙頂戴しようたってそうはいかねえんだよ、お前も諦めて新しい魔物でも探すんだな?…そこらじゅうにいるからよ。」
高笑いしながら夫の前から後ろに去ろうとする男。
それを止めるように今度はアレスが前へと出た。
「なんだ、お前もなんか言いたそうだな?」
「…。」
アレスは黙ったまま男を睨みつけていた、それはいつぞやのカシムに向けていた目と同じように射殺すような目だった。
「へっ、時間稼ぎのつもりか?…だったら手始めにこいつの羽を削ぎ落としてやるよ、そして次は―」
「やれよ。」
「「?!!」」
その場にいた全員がアレスの言葉で一瞬に凍りついた。
男も、後ろにいたハンスも、隣にいる夫も魔物達も皆アレスの言葉を疑った。
「アレスさん、今なんて…?」
「羽をそぎ落とすんだろ?…やれよ。」
「アレスさんっ…あなたなんてことを!!!?」
「いいから黙ってろ、…どうした、ほらやれよ?」
「てめぇ…俺をナメてんのか?…こっちは本気だぞ?!!」
男は手斧をグイっとレインの首の方へと持っていきアレスを脅した。
レインが苦しそう顔をしかめるのを他所にアレスはさらに煽った。
「どうせ大した根性もないんだろ?…誘拐犯みたいな姑息な事してる奴にそんな度胸があるのか?」
「言ってくれるじゃねえか…!!」
男の手は震え始め、怒りで顔が真っ赤に染め上がった。
「ほらどうした、やれ!!」
「くっ…!!」
「やれよっ!!!」
「舐めるなぁぁぁぁ!!!!!!!!」
男は大きく手斧を振り上げ、レインの背中めがけて振り落とした!!
「駄目だ、間に合わない!!」
「やめてくれぇぇぇぇぇ!!!!!!!」
ハンスと夫が目を伏せ叫んだ時だった。
ダァァンッ!!
破裂音とほぼ同時になにか金属が砕けるような音があたりに響き渡った。
「?!!」
ハンスたちが驚いて見上げたが一瞬何が起こっているのかわからなかった。
男の方は訳がわからないといった様子で硬直してしまっていた。
何故なら…破裂音がしたと同時に持っていた手斧の斧の部分が砕け散ったからである。
「な、なにが?!!」
「!!」
タイミングを見計らいアレスは男に飛びかかり、顔面に拳を叩き込んだ。
「ぐあっ?!」
咄嗟のことに反応しきれず男はレインを手放し地面へと突っ伏した。
膝から崩れ落ちるレインをアレスはそっと抱きかかえ素早く男から引き離す。
「れ、レイン!!」
夫がレインの元へと近づき彼女を抱き抱えた、アレスは彼女の様子を見ながら話す。
「大丈夫だ、意識は朦朧としているが外傷はない…無事だよ。」
「よ、よかった…。」
夫の口から安堵の声が漏れ、その場にへたり込んでしまった。
後ろから奇怪な顔をしながらハンスが尋ねる。
「アレスさん…一体何がどうなっているんですか?僕にはさっぱり…。」
「なんだハンス覚えてないのか、同じようなことがこの前にあっただろう?」
「同じようなこと…?」
「そうだよな、”グリム”?」
アレスは後ろの門の柱の影に向かって呼びかけた。
そこからゆっくりと名を呼ばれた男が姿を現した。
「グ、グリムさん!?」
「よぉ。」
遺跡の時と同じような格好でグリムは軽く手を挙げ挨拶した。
当然、見たこともないような武器を手に持ちながら。
「助かったぜアレス、お前が上手く誘導して奴の腕を上げてくれたおかげで狙うことができた、礼を言うぜ。」
「いや、こっちも正直助かった…それにしてもハンスの時もそうだがいい腕だな、武器だけを狙うなんてな。」
「こっちでああいう場面は屁をするより慣れてるからな、褒められるまでもねえよ。」
「ちょ、ちょっと待ってくださいアレスさん!!」
グリムとアレスが話しているところを急に慌てた様子でハンスが止めに入った。
「いくらなんでもあれはやりすぎではありませんか?!もう少しで危ないところだったんですよ?!!」
ハンスは半ば怒鳴るような口調で話したがアレスは落ち着いた様子で言葉を返した。
「そうだな、だがこうして無事に助けられた。」
「あの時、もしも失敗してたら大変なことになってたんですよ…そうやってあなたは―!!」
「失敗はしない。」
「な…!?」
ハンスが言葉を続けるよりも先にアレスが言葉を制した。
それはまるで決意するかのような一言だった。
「目の前の魔物も救えないようじゃ…この旅をする資格はない。」
「…ですが―!」
「他に方法があったにしろなかったにしろ、俺は必ず助ける…それが相手を殺すことになってもな。」
「……。」
「もういいんだ…ハンスさん、ありがとう。」
「え…?」
下を向いて黙り込んでいたハンスにレインを抱えていた夫がハンスに向かって礼を言った。
「僕とレインのことを思って言ってくれているんでしょう?でもこうして無事に助けてもらったことで僕は満足しています、だから…。」
「…すみません。」
「こっちも悪かったな…危険な目に合わせてしまったことは事実だし、ハンスの言ってる事も間違いじゃない。」
「いいんですよ…本当に無事だったんだし…アレスさんたちにはホント助けてもらってばかりですね。」
「ハハ、そうか…。」
「あぁ…もういいか?」
何かを急かすようにグリムは話を折り背を向けた。
…そしてその視線の先にいる男に向かって腰に差してあった小型の同じような武器を構えた。
「何処へ行く気だ?」
パァンッ…!!
先程とまた同じような破裂音が聞こえたかと思うと逃げ出そうとしていた誘拐犯の男が右足を抱えて蹲った。
見ると右足の太ももの裏に穴が空き、そこから血が滲み出していた。
「あ、あがぁ…!?」
「どうだ?…この世界の奴らじゃ経験出来ないような痛みだ、よぉく味わっておけよ?」
パァンッ…!!
背筋が凍りつくような笑みを浮かべたグリムがまた同じように左足にも照準を合わせ、撃ち込んだ。
その様子からアレスだけはグリムの持っている武器の大まかな特徴を掴むことができていた。
ジパングで見た鉄砲や大砲の原理と同じだろうとアレスは考えてはいたが、そんなものより遥かに優れ…凶悪な武器であるということがひしひしと伝わっていた。
動けなくなった男を仰向けに寝かせ、グリムは持っていた小型の武器の先端を口の中へと押し込んだ。
「ひゃ、ひゃめろ…はにふる気だ?!!」
「お前と同じことをやってやるのさ、忘れたとは言わさねえぞ?」
「ほ、ほれは…ほまえなんか、ひらない!!」
「俺じゃねえ…俺の友達さ、この世界で初めて出来た友達のことさ。」
グリムは視線を話さないまま語り始めた。
「俺がこの世界に紛れ込んで野垂れ死にかけてた頃その友達、ハーピーは見ず知らずの俺を家族同然に世話してくれた…自分にも一人のガキが居るってのにも関わらずだ。」
「は、はにをひってやがる…?!」
「俺はその友達に凄く感謝していた…何か恩返し出来ることがあるだろうかと考えてた時だったな…―」
「てめえがガキを連れ去るためにそいつを殺しやがった…!!」
「?!」
その場にいた全員がグリムの言葉で一斉に息を飲んだ。
「俺が駆けつけた頃には全てが終わっていた、残ったのは隅でガタガタ震えていたガキと変わり果てた友達の姿だった…その時、俺は決意したよ―」
グリムは武器を持っていた手に力を込めながら叫んだ。
「てめえの汚ねえ面にこの弾丸をぶち込んでやるってな。」
「だ、ダメです、グリムさん!!」
弾丸を撃ち込もうとしていたグリムをハンスが横から割って入り止めた。
それでもグリムは構えを解こうとはせず、武器はその男の口に入ったままだった。
「どんなに悪いことをしてたって、その人を殺してはダメです!!」
「じゃあこいつのしてることを黙って見ているのか?…こいつは俺の友達を殺したにも飽き足らず魔物を何人も連れ去っているんだぞ?」
「この人がしたことは許されることではありません…それは間違いない、でも殺すのは間違っています、それじゃあ貴方が人殺しになってしまうし…何も解決しない!!」
「解決はするぜ、俺なんかの手が汚れるだけで誘拐されるやつが減るんだ…立派な手段さ。」
「殺しで解決するようなことなんてあっちゃいけないんだ…そうじゃなきゃ誰も―」
「―そういう甘い考えだからこういう奴がのさばってんだよ、いいから黙ってろ。」
もう一度グリムは男に向きなおすと手に持っていた武器に力を込めた。
男は焦りと恐怖で涙や汗でいっぱいになり顔はクシャクシャになっていた。
「ひゃ…ひゃめて…殺ふな…ひゃめろ!」
「これで終わりだ…。」
そう言ってグリムは弾丸を男に打ち込もうとした時だった。
パシッ…。
「え…?」
「…あ?」
武器を持ったグリムの腕を横から誰かが弱々しく握った。
その手の持ち主は…レインだった。
「お願い…その人を…殺さないで。」
意識が朦朧とし、息遣いが荒いにもかかわらず彼女はグリムの腕を掴んだのだ。
よく見ると傍には夫の姿もあり、二人してグリムの凶行を止めたのだ
弱々しく放った言葉にグリムは焦ったような顔を見せた。
「お前…正気か?」
「お願い…もう人が死ぬのは…見たくないの。」
「僕からもお願いします…どうかその人を殺さないでください。」
「お前ら…こいつはお前、お前の妻を誘拐…いや殺そうとしたやつだぞ、わかってんのか?!」
「それでも…もう僕らは血を流すのを見たくないんです、お願いします…。」
「お願い…!!」
二人に凄まれグリムは自分の武器と二人の顔を見比べた。
グリムの中で激しく思いが葛藤する。
「…くそっ!!」
グリムは忌々しく舌打ちすると口に押し込んでいた武器をそっと収めた。
「彼女たちに感謝するんだな…。」
それだけ言い残すとグリムは足早と男から離れた。
男は仰向けになったまま止まらない汗も気にせずぽつりと呟いた。
「た、助かったのか…?」
まだ現状が把握しきれていない男がただ一つ、今この時だけ生きた実感を感じ自然と笑みが溢れていた。
…だがそれを後ろから近づいてきた男は許しはしなかった。
「そうだな…だがこれぐらいはさせろっ!!!」
近づいたアレスがその男の顔面めがけて拳を振り下ろした。
「グォ…!!」
強い衝撃に顔がめり込み、男はそのまま気絶してしまった。
――――――――。
とりあえずは一件落着となり、男は町の人たちに確保され檻に入れられることとなり、レインは安静のため夫と共に家で一旦休ませる形になった。
後に残されたのはアレスとハンス、葬儀屋たちとグリムだった。
「あの…。」
少し重苦しい雰囲気の中、先に口を開いたのは葬儀屋のグールだった。
シルバーの髪にグラマラスな色気を出した妖艶な美女である。
「何はともあれ彼女に代わって感謝するわ、ほんとにありがとう。」
グールが深々と頭を下げる姿にアレスやハンスは遠慮がちに笑ってみせた。
「いいさ、こういうのは慣れているからな。」
「本当に、みんな無事で良かったです。」
「俺はお前たちのためにやったわけじゃねえよ、ただ恨みを晴らしたかっただけさ。」
グリムは座って視線を下にしたままそう返した、どこか疲れたような言い方にグールは少しだけ戸惑いながら話した。
「え、えっと…あなたたちは一緒に旅をしてるの?」
「俺とハンスはそうだ、グリムは先日あったばかりだ。」
「あぁ、だがそれも今日で今生のお別れだな…。」
「え…?」
グリムの思いがけない言葉に皆の視線が集まる中、一人グリムはゆらりと立ち上がった。
「もうわかっているとは思うが…俺はこの世界の人間じゃねえ、どうしてかわからないがひょんな事でこの世界に来ちまった。」
「別世界…ってことですか?」
「なんとなく察しはついてたよ、見たこともない服装だし話し方も少しだが俺たちと違うしな。」
「じゃあ、グリムさんは元の世界に戻るために旅を?」
「俺の世界に未練なんてねえよ、だからといってここも住みやすい場所じゃあねえし…友達がいれば変わったかもしれねえがそれも失った、恨みも晴らしたし居場所もなくなった…俺にはここにいる意味はもうない。」
ゆっくりと語りながらアレスから離れていくグリム。
ハンスが少し慌てた様子で話しかけた。
「グ、グリムさん…急にどうしたんですか…?」
「俺みたいなのがここにいるのは…良くねえんだよ。それに―」
ハンスの心配を他所にグリムは少し離れたところで立ち止まった。
「俺はもう…疲れた。」
そして―
カチャ…。
取り出した小型の武器を―
「?!」
「グリムさん?!!!」
自分のこめかみへと当てた…。
!!
パァァン…!!
…。
「…。」
「…。」
「…。」
「お前、どういうつもりだ?」
自殺しようとしたグリムを真っ先に止めたのは…アレスだった。
グリムは自分の手を勢いよくつかみ弾丸の軌道ずらしたアレスを睨みつけた。
皆が時間が止まったかのように制止した中、アレスはグリムの手を強く握り締めながらただ黙って見ていた。
「アレス、お前はこれが何かわかってやったのか?」
グリムは手に持った小型の武器を差しながら言った。
「いいや?…でも放っておいたらお前は死んでいた。」
「同情ならやめとけ、俺にはそんなもの必要ねぇ。」
「そんなつもりはない、ただ…もったいないと思ってな?」
「もったいないだと?」
アレスはグリムの持っていた武器をひったくるとグリムから見ればデタラメな持ち方でその武器を掴みながら話をした。
「それだけの力を持った人間をこんなところで死なすのは惜しい。」
「はっ…買いかぶりすぎだな、俺はただの平凡な人間だ。」
「じゃあその平凡な人間に頼む、俺の仲間になってくれないか?」
「な…仲間だと?」
突拍子なアレスの話にグリムは戸惑いを隠せなかった。
アレスの後ろではハンスが見守るような視線を送っているのでこれがアレスだけの勝手な意見ではないということがグリムには容易に察しがついた。
グリムは心を落ち着かせながら話を続ける。
「…俺を用心棒として雇おうってのか?」
「俺とハンスは今、この世界の魔物…彼女達を救う旅に出ているんだ、お前にもそれを手伝ってもらう。」
「おいおい…そういうのは漫画のヒーローにでも頼むんだな、俺はそんなガラじゃねぇ。」
(漫画…?)「どちらかというと魔王側だがな。」
「そういうことを言ってんじゃねぇ、俺には誰かを助けるとか世界を救うとかそういうのは向いてないって言ってんだよ。」
「世界じゃない…魔物だ、それに現にお前はレインを助けてくれた…素質は申し分ない。」
「第一に俺たちは会ったばっかだろう、そんな奴を信用するってのか?」
アレスは手に持っていた武器を返しながらグリムに言った。
「復讐とは言え彼女達のためにお前はここまで来たんだ、俺はそんなお前を救いたい。」
「…?!」
その言葉にグリムは目を見開いて驚いたような顔を見せた、まるでそんな言葉を生まれて初めて言われたかのような反応だった。
手渡された武器をグリムはじっと見つめ…目を瞑った。
「で、どうするんだ?」
アレスの問いにグリムは一つため息をつくと、ゆっくりと答えた。
「…どうもこうもねぇ、俺には他にやることがねぇんだからな。」
「じゃあ…?」
グリムはアレスとハンスに向かってニヤリと笑みを浮かべた。
「そのかわり…しっかり稼がしてもらうぜ。」
「安心しろ、功績によっては世界の半分ぐらいくれるんじゃないか?(ヴェンが)」
「そ、そいつはすげえな…流石にそこまでは言わねえが。」
「何はともあれ、これで仲間が増えました。グリムさん…よろしくお願いします!!」
「あぁ、任しとけよ。」
三人ともが向かい合い共に手を取り合った。
どれもその手は不思議と暖かく、希望が溢れていた。
それは彼女達の世界にまた一つ光が差したような感覚だった。
「さて、話もまとまったところで悪いんだけど…あなたたちはこれからどうするの?」
グリムが仲間に加わった直後、蚊帳の外だった葬儀屋達、先ほどのグールが三人に話しかけた。
「特にどうするというわけでもない、まぁとりあえずは一旦戻るだろうな。」
「戻るって…町に?」
「いいや、俺たちの本拠地さ。」
「本拠地?…なんだそりゃ?」
グリムが首をかしげて疑問を口にすると、ハンスが横から小声で付け足した。
(グリムさん、魔王城のことですよ…僕たちは魔王様の協力で旅をしてるんです)
(な?!アレスとお前は魔王なんかと関わりがあるのか?)
(詳しいことはまた後で話しますから…今は合わせといてください)
(いきなりラスボスと共同前線とはな…こいつは驚いた。)
「そうなんだ…でもありがとうね、これで私たちもしっかり仕事ができるわ。」
「それにしてもよく気がついたわ…あれ同業者じゃないの?って、”ローラ”が言ってくれなかったら私たち気がつかなかったよ。」
「あ、あれは偶然よ、なんかキョロキョロしてたし怪しかったから声かけたら棺桶持っていたから…でもまさか誘拐犯とは思わなかったけど。」
「まぁそいつも捕まったし、一件落着ね…じゃぁ私たちはこれから仕事に―」
「ちょっと待ってくれ!!!」
葬儀屋のグールやゾンビが話し終え、別れを言おうとした時にアレスはいきなり大声を上げた。
「ど、どうしたの?」
「アレス、いきなり脅かすな、どうしたんだ?」
皆がアレスの方へと注目する中、真剣な様子でアレスは聞いた。
「今、『ローラ』って言わなかったか?…誰のことだ?」
「わ、私ですけど…。」
わけもわからない様子で恐る恐る手を挙げた一人のグール。
そのグールに向かってアレスは更に近づき、まるで尋問かのように話を進めた。
「その名前、どこで?」
「え、いや、この姿で起きた時に棺桶に書いてたから…。」
「…生きていた時の記憶はあるか?」
「…なにも覚えてないの。」
「なんだと?」
「私たちグールやゾンビは死んだショックが大きいと記憶を失うことがあるのよ、でもどうしてそんなことをローラに聞くの?」
「そうですよアレスさん、怖い顔するからローラさん怯えてますよ…彼女と知り合いだったんですか?」
「ハンスには話していなかったな…俺はある男に墓荒らしにあった妻の遺体を探してくれと頼まれていたんだ、いや、正確には自分で引き受けたんだがな…その女性の名前がローラだ。」
「え…私の名前?」
「ローラ、あんた棺桶から初めて起きたとき馬車でどこかに運び込まれてた途中だったとか言ってなかった?」
「ええ、途中で止まったから慌ててそこから逃げ出したの、その時に名前をみたのよ…その後に貴女たちに会った。」
「それが墓荒らしだったなら話は繋がるな。」
「でも、私は記憶がないし…例えその人にあっても―」
「―これでも思い出せないか?」
そう言ってアレスはカバンからシルバーに光るリングをローラに見せた。
その指輪を見てローラが過剰に反応した。
「そ、それは…ちょっと見せて!!!!」
ローラはアレスの手から指輪をひったくるとそれをまじまじと見つめた。
そしてアレスに尋ねた。
「その人の…名前は?」
「ムンド…お前の夫の名前だ。」
確信を持ったアレスはそう宣言した。
名前を告げられたローラに見て分かるほどに衝撃が走った。
「ムンドっ…あの人は無事なの?!!!」
「あぁ、大丈夫だ…どこにいるかも知ってる。」
落ち着かないローラに葬儀屋達のゾンビやグール達が話しかけた。
「ローラ、貴女記憶が戻ったの?」
「えぇ、今はっきりと思い出せた…あの人のことも何があったかも。」
「これからどうするの?」
「私は…夫に会いたい…でも皆も心配だし。」
「何言ってんのさ、私たちなんかより夫を優先しなよ…魔物なんだからさ。」
「で、でも皆のおかげで私は―」
「気にすんなよ、今まであんたはこの葬儀屋でよく働いてくれた、それに私たちはそんなやわじゃないよ。」
「ローラはそっちの欲がないから心配してたけどそういうことだったんだね…だったら納得だよ、夫に会いに行きなよ。」
「みんな…。」
「決心はついたか?」
皆に励まされ、ローラは決心したかのようにアレスに頷いて答えた。
それを見てアレスは静かに微笑み、転移の札を何枚か取り出した。
………。
深夜を回った頃、俺はこの街ミルアーゼと戻ってきていた。
今思えばここはリザとレイと初めてあった場所だ、妙に懐かしい感じがする。
グリムとハンスはヴェンに頼んで先に魔王城へと送っておいた。
今頃は魔王城を案内されながら詳しい状況を聞いている頃だ、二人共初めてだろうがまぁなんとかなるだろう。
そして俺はローラを連れてミルアーゼの街へと転移してきたわけだが…それにしてもこの札はほんとに便利だ、一度行ったところなら問題なく行けるんだからな…。
と、そんなこと考えてる場合でもないか。
「よし、そろそろ行くぞ。」
「…はい。」
俺はローラを連れて暗く静まった街を歩き始めた。
人通りは少ないとは言えここは反魔物派の街だ、ローラには俺のローブを着せて歩かせている。
幸い見張りも入口しかいないようで街中にはいなかった、これなら問題なく着けそうだ。
「あの…アレスさん。」
「ん?」
歩いていると急にローラが話しかけてきた。
「本当に…大丈夫でしょうか?」
「何が?」
「その、わかってくれるでしょうか…私と。」
「…。」
ローラの言いたいことはわかった。
要するに、『魔物と変わり果てた自分を受け入れてくれるか?』ということだ。
俺はそれを当たり前のように答える。
「あぁ、必ず…な。」
「断言…できるんですか?」
「元々死んだ妻が姿が違うとは言え生きて帰ってきたんだ、喜ばない奴はいない…確かにあいつは魔物を少々誤解はしているがなんとかなるよ。」
「はい…。」
「俺がなんとかするさ、だから…笑って会ってやってくれ。」
「…はい!」
少し元気を取り戻したローラがそう返事した。
ムンドなら大丈夫…俺はそう信じている。
そうこうしている内にムンドがいる家へとたどり着いた。
「よしここだ、ちょっと待っていてくれ。」
「はい。」
俺は扉の前に立つと小さくノックしようとした。
ガチャッ…。
「ん?」
だがノックするまでもなく扉はすんなりと開いた。
「なんだあいつ、こんな時間に戸締りしてないのか?」
少し無用心だと思いながらも中に明かりが漏れていたのでアレスはそのまま家へと入っていった。
中に入るにつれて奥の部屋からムンドらしき声が聞こえてきた、誰かと話している様子だ。
俺は気にせずムンドの名を呼んだ。
「おいムンド、俺だ…アレスだ!!」
そう叫ぶと部屋の中から慌てたような足音が聞こえてきて、すぐにムンドが顔を出した。
「あ、アレスさん!!いつ戻っていたんですか?!!」
「さっき着いたばかりだよ、それにしても鍵もかけずに無用心だな?」
「あぁ、そうでしたか…はははっうっかり忘れていましたね。」
前に別れた時と打って変わって何処か上機嫌なムンドがそう答えた。
アレスは少し不思議に思ったが今は気にせず話を続ける。
「まぁいい、実はな…お前にどうしても会わせたい奴がいてな。」
「そうなのですか?…実は私もそうなんですよ、いや本当に奇遇です!!」
「?」
「さぁ、こっちへおいで。」
アレスがどういう意味かと聞き返そうとする前にムンドは部屋の中にいた人物を呼び寄せた。
「アレスさん、ご紹介します―」
ムンドに呼ばれて部屋から出てきた人物にアレスは一瞬で凍りついた。
「妻の、ローラです。」
そこにはローラと瓜二つの女性が立っていた。
13/09/09 08:38更新 / ひげ親父
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