ワインを求めたヴァンパイアと異世界から来た魔王
「レゼルバ様…。」
いつもの様に椅子に腰掛け、優雅な時を過ごしていた時…我が愛しの夫『カーヴ』が私の名を呼んだ。
「うむ、どうしたのだカーヴよ…今日は大した予定はなかったはずだが?」
顔だけ振り向くと何故か私の夫は少し青ざめた顔をしていた。
心無しか声にもいつものような張りがない。
「ど、どうしたのだ、気分でも悪いのか?!」
「い、いえ…レゼルバ様に、お手紙が届いております。」
「手紙…?」
「はい…宛名には…その…“男性“の、名前が…。」
「…。」
不安そうにカーヴは私の顔色を伺う。
カーヴよ…我が夫にしてこのような愛おしい姿は初めてだ。
以前、ミリア様がここにこられた時は私が妬いてしまったが…なるほど、これはこれで悪くはないな。
「フフフ、安心しろカーヴよ…私が愛しているのはお前だけだ、他の者に目もくれるはずあるまい。」
「そ、そうですよね///…失礼いたしました。」
「…で、手紙には誰からと書かれていたのだ?」
「はい、『ヴェン』という方からでございます。」
「…ヴェンだと?」
「はい…こちらに。」
カーヴからその手紙を受け取り宛名を確認する。
…確かにヴェンと書かれている、見間違いではない。
私は急いで手紙の封を切って中身を読んだ。
…手紙にはこう書かれていた。
〜最高のワインと夫は見つかったかい?
近々、そちらに伺おう〜
ヴェン
「まさか本当に来るとは…。」
「あの…レゼルバ様?」
「あぁ、カーヴには話していなかったな…このヴェンというお方はな、魔王様だ。」
「え?!…しかし…先ほどレゼルバ様は“男性“…と?」
「おかしな話だろう?だが“向こうの世界“ではそうらしい。」
「???」
「そうだな…ちょうど時間もあることだし話してやろう、あれは私がお前と出会う前の話だ。」
…。
月の光によって照らされた夜道を私は躍起になって進んでいた。
周りには草が生え揃い、虫たちが静かなオーケストラを奏でる。
それを邪魔するかのように私は忙しく漆黒のマントを靡かせて足を進ませていた。
数ヶ月前…私は両親と口論になって家を飛び出した。
気品だの時期当主としての風格だの作法だの…夢を追う事も許されない生活に嫌気がさしたからだ。
その夢とは…自分に合う最高のワインを探すこと。
今回もまた遠征してまでそのワインを求めたが無駄足に終わった。
そこにあったワインは確かに最高級ではあった、しかし私を満足させる事は出来ず満たされぬ思いのまま私は帰ってきた。
もう世界中のワインというワインを飲んではいるが未だに出会えない…いつになれば私の目的は達成されるのだろうか?
それともこのままワインを求め続けて独り朽ち果てるのだろうか…?
問いかけたところで答えなど出るわけもなく…今日もまた私はさまよい続ける。
「…。」
ふと、私は異変を感じて足を止めた。
先程まで歌っていたはずの虫達がピタリと静まり、微弱だが妙な気配が周りから感じる。
私は何もいない草むらに向かって声を荒らげた。
「そこにいるのは分かっている、隠れてないで出てこいっ!!」
私が叫ぶとどこから湧いてきたのか薄汚い格好をした人間達が現れた。
身なりからしてここらで旅人を襲ってると聞く野盗集団だろう。
「へへ、流石ヴェンパイアと言ったところだな…良いカンしてるぜ。」
「ならばその強さも知っておるだろう、私の気が変わらぬ内に消え失せろ。」
「俺たちもそうしたいんだが生活がかかってるんでね…あんたの身に付けてるもん全部渡せば言うとおりにするぜ?」
「ほぅ…私の相手をするというのか?…愚鈍にも程があるな。」
「へ、大層な喋り方だな?その堅口に今すぐ俺のナ二をぶち込みてえな!!」
下品な口調で話す野盗達に私は心底嫌悪感を感じていた。
旅をしている以上、こういうのは初めてではないがこれほど不快になったのは初めてだ。
「覚悟しろ…その汚い言葉を二度と吐けないようにしてやる。」
私は魔力で漆黒の鎌を作り出し、その手に握った。
こんな奴らでも手加減せねばならないと思うとこの身体になってしまったことを少し後悔した。
男たちは剣も抜かずじりじりと迫ってくる…。
「愚か者どもよ…我が前にひれ伏せっ!!」
私が一気に殲滅しようと踏み込んだ時だった。
「今だっ、やれ!!」
周りにいた人間達が突如何かを取り出してこちらへと投げつけてきた。
「ふん、小癪な真似を!!」
私は反射的に飛んできたものを見事に切り裂いてみせた。
…だがそれがいけなかった。
パシャッ!!!
「ぐっ?!」
切り裂いたはずの物体から液体が吹き出し、見事に頭から被ってしまった。
その瞬間、私の身体に電流のような衝撃が走った。
「ぐあっ…あぁぁぁぁ!!!」
身体が熱く火照り、最早自分では立てないほどの快楽に身をよじってしまう。
膝を付く頃には人間たちの薄汚く笑った顔が見下ろしていた。
「へへ、情報通りだな…。」
「まさかあのヴァンパイアが水なんかに弱いとはな…後にんにくだったか?」
「こうなりゃこっちのもんだ…身ぐるみ剥がした後は好きにしていいぞ?」
「やったぜっ!!ヴァンパイアを犯せるなんて夢みたいだ!!」
くそ…油断した。
まさか我が種族の弱点を知っていたとは…迂闊だった。
こんな奴らなんかに…。
「や、やめろ…汚い手で触るな…。」
「おいおいさっきまでの威勢はどうしたんだ…お?」
「良い身体してんなー、楽しませてくれよ?」
「ほら、早く脱がせろよ!!」
「いや…やめて…!!」
服を手にかけられ…足を無理やりに開かされる。
羞恥と惨めな思いで私は迫り来る醜い恐怖と悔しさに目を瞑った。
「ぐえっ?!」
突如、私を犯そうとしていた人間の一人が悲鳴を上げた。
驚いて目を開けるとその男は誰かに後ろから首を掴まれ持ち上げられていた。
「く、くそ…なんだ…?!」
「魔物と関係を持つことは喜ばしいことだが…嫌がる彼女を無理やりに犯すのは感心できないな。」
「何言って…ぐがぁ!!」
そう言うともがき続けていた男を天高く放り投げ、草むらの中へドサリと落とした。
「なんだ…てめぇは?」
全員の視線の先には見慣れない格好の者がいた。
私のような漆黒のマントを身に付け、全身を黒く覆った男…いや、人間かどうかも分からない。
その者は私を庇うように前へと出てきた。
「大丈夫かね?」
「貴方、は…。」
「なに、ちょっとした通りすがり…いや、今は遭難者といったところかな?」
「なにごちゃごちゃ言ってやがる!!」
数人の野盗たちが私達を取り囲み剣を抜いた。
彼は慌てもせず、落ち着いた様子で向き直す。
「君たちには悪いが私は彼女の手当てだけで精一杯だ、しばらくの間…地に沈んでてもらおう。」
「ふざけやがって…これだけの人数を相手にやろうってのか?」
「勘違いしているようだが今のは比喩ではない、“本当に“沈んでもらおう。」
そう言って彼は急に指をパチンッと鳴らした。
その瞬間、野盗達に異変が起きた。
「な、なんだ?!」
「俺の…俺の足が溶けてやがる?!」
「違う…俺たちが地面に沈んでやがるんだ!!」
彼の言った通りに野盗達は地面へとどんどん沈んでいく。
最初は何が起こってるのかわからなかったがすぐにそれが高度な魔法だと気づいた、これだけ優れた魔法を使えるのは数えるほどいない。
「安心して欲しい、この下にはジャイアントアントの巣穴が通っている、働き者の彼女たちなら君達のような甲斐性無しでも世話してくれるだろう。」
「助け…助け、て…。」
「彼女たちに宜しく。」
最後の一人が無様に助けを求め…沈んでいった。
後には私と彼だけが残った。
私の身体を包むように抱きかかえる。
「くっ…何を…。」
「水をかけられたのか…ならこれが良いだろう、興奮を多少抑えられる薬だ。」
懐から妙な薬を取り出して蓋を開ける。
「さぁ…飲んでみてくれ?」
「え、得体のしれないものなど…。」
「私も君に犯されたくはないのでね、君もそういうことは一生を添い遂げたい者としたいだろう?」
「…。」
どの道動けない私に選択肢はなく、私は成すがままに薬を飲んだ。
少し苦かったが…嘘みたいに身体から熱が引いていき、落ち着きも取り戻していった。
…すごい効き目だ、これほどの効果を持つ薬は聞いたことがない。
この男は一体何者なのだ?
「少しは楽になったかい?」
「…。」
彼の言葉を無視して、私は手も借りず立ち上がった。
向こうが何かを言う前に私は武器を構えて彼と対峙する。
「落ち着きなさい、私は敵じゃない。」
「まず私を助けてくれたことには感謝する、だが感謝の持て成しをするには貴様は怪しすぎる…私の質問にいくつか答えてもらおう。」
「…私が答えられるなら。」
私とて助けてもらった相手に礼を失する程愚かではない。
だが目の前にいる男はどうしても信用できない。
そのひとつの理由に…。
「貴様、なぜそれほどの力を持っている?」
そう、私が感じた違和感は彼の強すぎる力だ。
先程の魔法もそうだが彼が纏っている魔力は桁違いだ。
私は愚か…リリム、いや下手をすれば魔王様に匹敵するほどの実力を持っている。
それほどの力を持ったものならば私の耳に入らない訳は無い、しかも魔物ならまだしも男だ…魔物に男は存在しないはず、ならばこの目の前に居る男は一体…?
「ふむ…会った時から反応が無かったからおかしいとは思っていたが、一応“成功“という訳か…ならば後は微妙なズレを修正して―」
急に男がブツブツと訳の分からない独り言を言い出した。
…本当に怪しいやつだ。
「おい、聞いているのか?私の質問に答えろ!!」
「あ、あぁすまないね、私が何者かという質問だったかな?…なら私はこう答えよう。」
男は向き直り、漆黒のマントをバサリと靡かせて私に言った。
「私の名はヴェン、俗に言う『魔王』と呼ばれている者だ。」
…常に冷静な私だがこれには意表を突かれた思いだった。
…。
「では異世界から…来られたと?」
「そう…こことは違う世界だ。」
私は気づけば自分の仮宿にしている屋敷に『ヴェン』様を迎え入れ、詳しい話を聞いていた。
一通りの事情を聞いた後、私は彼の前に伏せ頭を垂れる。
「…先程の無礼、お許しください。…助けていただいたのにも関わらず、あまつさえ魔王様に武器を向けるとは…。」
「いや、気に病むことはない、私は気にしてないし…厳密には異世界の魔王だ…かしこまる必要もない。…なによりそういうことには慣れている。」
「というと…?」
「よく言われているだけさ?」
ヴェン様は気にした様子もなく笑ってみせた。
恐縮に思いながらも私は立ち上がり椅子へと座る。
お持て成しのワインの一つでも出せればよかったのだが、最高のワインを求めるあまり用意してはいなかった。
私としたことが…なんというミスだ。
だがヴェン様はまたも気にせず話を続ける。
「ところで…私も一つ聞いてもいいかな?」
「はい…なんでしょう?」
「レゼルバ、君は先ほど自分の足で遠くへと出向いていたのではないか?まるで旅でもするかのように。」
「えぇ、そのとおりですが…。」
「だが君にはこれほどの立派な豪邸がある、それに生活にも困っているようにも見えないし…そのマントの家紋は何処か立派な貴族のものだろう?…どうして君は危険だと知りつつも旅を続けているのだ?」
「それは…。」
私は少し話そうか迷ったが…相手のことを聞いておきながら自らのことは話さないというのは失礼だと…何より相談してみるのもいいと思い…自分のことを話した。
「私は今…ある目的のために旅をしています、…それは自分に合う最高のワインを手に入れることです。」
「…最高のワイン?」
「はい、そのために家を飛び出してまで旅を続けていますが…どれもこれも私の満足のいくものではありませんでした。」
「…。」
「ですがこのままおめおめと帰ることも許されません、無責任な話なのは承知です、何か方法は無いでしょうか?」
「ふむ…。」
その時、私もどうかしていたのかもしれない…。
他人に…しかも異世界の魔王様にこんなことを言うなんて、今思えばヴェンパイアとしての誇りも何もない。
だが…、ヴェン様は静かにどこか遠い目をして語られた。
「…これは私自身の体験談なのだが、実は私にも目的がある…君ほど立派な夢ではなく、使命…いや“約束“というべきか。」
「約束…?」
「ここの世界とは違ってね…私の世界では魔物は人間によって絶滅しつつあるのだ。」
「な…それは我が種族ヴァンパイアにもですか?!」
「そうだ…原因は私が勇者によって討伐されかけたことにあるのだが、思いがけない協力者によって救われ…その者と共に魔物を、人類と魔物が共存できる世界を創ろうとしている、…それは誰だったと思う?」
「…わかりません。」
「その討伐しに来た勇者の一味の一人だよ。」
「…?!そんなこと―」
「普通はありえないだろう。…だから私もその時は驚いたよ、深い傷を負いながらも彼は私を庇い、…こう言ってくれた、俺は魔物と人間が共存できる世界を望んでいると。」
「…。」
「レゼルバ…君は今まで一人で旅をしてきたはずだ、勿論それは悪いことではない…だが時には思いがけない事によってその目的が成されることだってある、それは案外手に触れられるほど近い所にあるものだ。」
「ですが…。」
「どうしてもプライドが許せないのならすこし傲慢になってみるのもいい…君ほどの美しい女性なら断れない男はいないだろう。」
「え、え?!わ、私はそのような…////」
「フフ、それにこれは私の予感だが…次に遭うであろう男性は君の―」
そう言いかけてヴェン様の身体から急に奇妙な音が鳴り出した。
それはヴェン様の腕のブレスレットのような物から鳴っているようだった。
「おっと…そろそろ時間が来たようだ、流石ルカだ…狂いはないな。」
「ヴェン様…時間とは?」
「私はずっとここにいるわけにはいかないからね、実際は事k…偶然でここに来た…だから私はもう帰らなくてはならない。」
そう言うとヴェン様の身体から光が溢れ出した。
それは強いものではあるが転移魔法の光だった。
私はその光に向かって叫ぶ。
「待ってください!!まだ話したいことが…もう…会えないのですか?!」
「分からない…だが約束しよう、もしも君の目的が果たされたとき可能ならばもう一度会いに行こう…その時は私にもその最高のワインを味あわせてくれ。」
言葉が終わると同時に光が弾け…気づけばそこには私だけになっていた。
…。
「そしてその後…お前の店へと訪れた訳だ。」
私が話し終えるとカーヴは納得したように頷いていた。
「なるほど…だからレゼルバ様は私にあの注文を…。」
「そうだ、私も話すまで忘れていたが今思えば私とカーヴが出会えたのもあの方のおかげだったのかもしれないな…。」
「そうかもしれません。」
「カーヴ?」
急にカーヴは私の前へと立ち、真剣な表情で言った。
「でも…レゼに想いを伝えたのは僕の意思だから…誰がなんと言おうと、君を愛してるいるという気持ちは…誰かに決められていたものなんかじゃないよ。」
「カ、カーヴ…。」
「愛してるよ…レゼ。」
「…/////////////!!!」
その言葉で私の頭は一気に沸騰してしまい、気づけば夢中でカーブの首筋へと噛み付いていた。
じゅう…じゅう…じゅぅ…。
「ひ、ひっへふれふへはないははーふほ…ならははれひほのひへひれひへひよ(い、言ってくれるではないかカーヴよ、ならば我にその身で示してみよ)」
「いいよ…じゃあ今から寝室に行こうか?…僕もちょっと…妬いてたから、今日はちょっと激しいかもしれないよ?」
「ふ、ふん…望むところだ、…ただ、ちょっとぐらいは…優しく…な?////」
「はい…かしこまりました。」
そして今宵もまた…ベッドの中で夫との熱い夜が始まる…。
12/06/01 11:02更新 / ひげ親父