第十四話 帰還 後編
…。
「これが…勇者の力か?」
私には到底信じることができなかった。
いや、むしろ人間の仕業なのかも怪しくなってくるほどだ。
私の隊はそれを間近で見せられ、誰もが恐怖し…言葉も出なかった。
魔物に…哀れみを感じたのはこの時が初めてだった…。
「た、隊長…。」
私の部下の一人、ジパング出身である『ハヤト』は青ざめた表情でこちらを見る。
分かっているさ…誰もが皆同じ気持ちだろう。
こんな所もう見たくない…私も今繰り広げられている虐殺を止めようものならそうしたい。
だが…あれはもう止められるものではない。
「あっはははは!!…どうしたっ、もう終わりか?!」
目の前で狂ったように殺戮を繰り返す勇者、それが相手が逃げ出そうと命乞いしようと容赦なく切り捨てる。
これを見て世界はなんと思うのだろうか?
教団のお偉い方はこんな殺戮を望んでいるのだろうか?
神は…女神様は…こんな世界を望んでおられるのですか?
だとしたら私はなんのために…?
「た、隊長!!」
はっ、と部下の声で我に帰る。
いかん…想いふけってしまっていたようだ。
何事かと見ていると、向こうで勇者が戦いを止めこちらをじっと見つめていた。
「どうしたんだ…?」
「わかりません、敵が居なくなった途端…急に。」
「まさか…こっちに攻撃してきたりなんか―」
「我らは味方だぞ?いくら凄まじいからといってそんなこと―」
そう言ってる間に勇者はこちらへと進んできた。
その目は血走ったままこちらを捉えている。
「こ、こっちに来ますよ?!」
「慌てるな、奴は味方だと言っただろ?!」
「ですが隊長!?」
更に勇者は周辺の瓦礫や死体を切り付けながら歩いてくる。
心無しか歩くスピードも早くなっている気がする。
「あ、あいつは俺たちを殺す気なんだ!!」
「くそ、隊長…俺が話をつけてきます!!」
「ま、待て行くな!!」
私が制止するのも聞かず部下の一人である『ロイ』が勇者へと駆け寄っていった。
「勇者様っ!!ここから先は味方がいます…破壊衝動は控えて―」
「前に出るな、どけぇ!!!」
前に出た私の部下を勇者は容赦なく弾き飛ばした。
瓦礫に突っ込んだ部下には目もくれず勇者はこちらへと向かってくる。
「ロイ?!」
「やっぱりだ…皆殺される!!」
「くそっ…全員散開しろ!!…あの勇者を止めるんだ!!」
「その必要はありません。」
ふと、後ろから場違いな声が聞こえたかと思うと、私の横をすり抜け一人の女性が前へと出てきていた。
服装からして賢者だろうか?
「よせ!!いま勇者は危険な状態だ、近づくと死ぬぞ!」
「問題ありません、慣れていますので…それと呼び捨てではなく勇者様とお呼びください。」
「な、何を言って…?」
「時間がありませんのであなた方は見ているだけで結構です、くれぐれも邪魔はしないでください。」
スラスラと単調な口調で話したあと、賢者の女はツカツカと勇者のもとへと歩いていった。
勇者が近付いてきた女を捉える。
「また前に出てきやがったな…死にてえのか?」
「やれやれ、勇者様…私が誰かも忘れてしまったのですか…悲しいです。」
「ぁあ??」
「これで暴走は三回目ですよ?…いい加減、制御できるようにしておいてください、私も暇ではありませんので。」
「ごちゃごちゃとうるせーんだよ!!」
「いかんっ!!」
勇者が女賢者に剣を降り下ろそうとした時、私は咄嗟に飛び込んだがそれは徒労に終わった。
「うぐっ?!」
「なっ?!」
女賢者は手馴れたように勇者の懐に入り込み、その身体に抱きついた。
誰もが唖然として見ていると女賢者の手には注射器の様なものが握られており、勇者の首筋へと刺していた。
「あぁ…ぁ。」
注射器の中の液体を流し込まれた勇者は降り下ろそうとした剣を落とし、あれだけ恐ろしかった容姿も勢い殺気も失い、最初に見た頃の青年にまで戻っている。
…一体なにが起きているんだ?
「あ〜…身体痛てぇな…ちきしょう。」
「おかえりなさいませ、勇者様、…ご気分はいかがですか?」
「糞みてぇな気分だ…フェイ、早く離れろ。」
「あら、私ではご気分は優れませんか?」
「無表情のお前を抱いたってつまらねぇからな。」
「それは失礼致しました。」
『フェイ』と呼ばれた女賢者は渋々といった感じで勇者から離れ、落ちていた剣を手渡す
。
「サンキュ。…さて、魔物も残りわずかだ…お前はどうすんだ?」
「そうですね…どうせ来てしまいましたし、私も別ルートでお手伝いします。」
「よし、あとで向こうで合流だ、先に行ってるぜ?」
剣を受け取った勇者は何事もなかったかのように先へと進みだした。
状況が把握できず、私たちがぽかんと口を開けて見ているとフェイは思い出したかのようにこちらに振り向いた。
「分かっているとは思いますが、先ほど見た一部始終のことは全てお忘れください、他言も一切無用です…万が一この事をお話された際には私が事情を御伺いしに参りますので…あしからず。」
相変わらず無表情のままフェイがそう言うと彼女は勇者とは別の方向へと歩きだした。
後には私たちだけが残され、皆何も言わずただ立ち尽くしたままだった。
「隊長…。」
沈黙を破ったのはハヤトの声だった。
「あ、あぁ…なんだ?」
「先にロイを助けたほうが―」
「そうだった!!ロイ、無事か?!」
あまりの出来事ですっかり忘れてしまっていた。
私はすぐに瓦礫に頭から突き刺さったロイを引っ張り出した。
「ロイ、しっかりしろ。」
「うぅ…あのクソッタレめ…俺をぶっ飛ばしやがった!!」
「言うな聞こえるぞ、気持ちは分かるが今は任務に集中しよう、立てるか?」
「えぇ…平気ですよ、でもこれからどうするんです?」
「とりあえずあの勇者の後を追うぞ、あれ以上暴れられたら必ずこちらにも被害が出るからな…状況によっては攻撃もやむを得ない。」
「あんなのを俺たちだけで止められるんですか?」
「さっきなら無理だが今の状態なら大丈夫だろう…とにかく行くぞ。」
「…了解。」
勇者によって殺された者たちに最小限の敬意を払いながら…私は隊を引き連れて勇者の後を追った。
魔物にこんな感情を抱いたのは初めてだ…どうしてだろうか?
…。
「何が…起きて…。」
援軍に来たシビルの前に地獄のような光景が広がった。
自分たちが当たり前だった風景、沢山馬鹿なことで笑いあった仲間達、そのどれもが火に焼かれ、切り裂かれ瓦礫と化し…地に倒れていた。
誰も動いてはくれない…。
「ほかの皆は…ブレア…シャロン…!!」
シビルは絶望を振り払うように村の中を走り出した。
誰かまだ生き残っている仲間がいる…きっと援軍を待ちながら戦い続けている…そう信じて彼女は走った。
だがどこを見ても崩れた瓦礫と仲間の死体が続くばかり。
彼女は自分の知らない世界へと来てしまったような錯覚を覚えた。
走る速度も徐々に落ちていき…彼女は足を止めた。
「皆…ごめん。」
シビルは膝を付き、戦っていたであろう仲間たちに謝罪をした。
誰も責めるものはいない、そう分かっていても彼女は謝らずには居られなかった。
彼女が目を閉じ、仲間達の顔を一人一人思い浮かべていた時だった。
キンッ…キンッ…カンッ!!
「?!」
聞き覚えのある…金属と金属がぶつかる音が彼女の耳へと入ってきた。
それは断片的にではあるが確かに聞こえる…それもすぐ近くに。
「頼む…間に合ってくれ!!」
彼女は必死の思いで音のする方へと走った。
崩れた家々を抜け、たどり着いた先には…。
「はぁ…はぁ…はぁ…。」
「シャロンっ!!」
村のリーダーでもあり自分の良き戦友でもあるシャロンがそこに居た。
錯覚のせいかシビルはシャロンとはもう何年も会ってないかのようなほどに久しぶりな気がした。
彼女は剣を両手に持ち構えてはいるものの、所々からは傷が目立ち…息も絶え絶えだった。
「どうした…逃げてたと思えば急に来て…頑張ってたと思ったらもう終わりか…ほんと大したこと無いな?」
シャロンを追い詰めていた勇者はまるで退屈と言わんばかりに大剣を肩に担ぎ挑発する。
よく見るとシャロンの後ろには腰を抜かして震え上がっている男がいた。
(あれは確か最近ここにやってきたワーウルフの夫だったな…嫁の方はすでに戦死してしまったのか…。)
シビルは状況から男が勇者に殺されそうになったのをシャロンが助けながら逃げてきたと
咄嗟に判断した。
直ぐ様剣を抜き、彼女の隣へと付いた。
「シビル、生きていたのか?!」
「それは私のセリフだシャロン…ほかの皆は?」
「…すまない、私が指揮していながら…皆こいつにやられた。」
「こいつ一人にか…?」
剣を構えながらシビルは目の前の勇者を捉えた。
一見ただの剣士に見えなくもないがシャロンの言葉やこの現状を察するに嘘でも無いと彼女は本能的に悟った。
自然に剣を持つ手に力が入った。
「なんだ、まだいやがったのか?…まぁいいか、探す手間も省けたしな。」
「貴様はここで倒す…死んでいった仲間たちの為にも!!」
「めんどくせぇから少し本気で行くぞ?」
勇者が初めてその大剣を両手に持ち替え、水平に低く構えた。
その表情は先程の余裕とは裏腹に少し真剣な眼差しだった。
(いいかシビル…私が奴の懐を開けるから入り込んで仕留めろ。)
(駄目だ、そんな事をすればシャロンが―)
(よく聞けっ!!悔しいが深手を負った私は足でまといにしかならない、お前が奴を仕留められる最後のチャンスなんだ…仲間の敵を討ってくれ!!)
(シャロン…。)
「行くぞっ!!」
シャロンはその四本の足で駆け抜け、捨て身の覚悟で剣を構えた。
勇者はそれに動じず大剣を構えたまま動かない。
二人の距離が段々と縮まっていく。
「だぁぁっ!!!!」
シャロンは手前で高く飛び上がり空中から勇者を襲った。
勇者はそれを待ち構えてたかのように上に向かって大剣を水平に薙ぎ払った。
対空迎撃で放たれた大剣は彼女の両手剣を見事に粉砕し、その身に刻まれた。
(やった…!!!)
切られたにも関わらず自分の思惑通りに事が進み、シャロンは最後に勇者を見て不敵に笑った。
だがその勇者の顔は…。
「?!」
不運にも彼女の策も知っていたかのように笑い返していた。
気づけばの持ち手は片手だけになっていた。
「終わりだぁっ!!!」
ドスッ!!!
シビルがシャロンの勇姿を歯に食いしばり見届けた後、勢い良く懐に入り込み剣を勇者の胸へと突き立てた。
肉片を剣が貫く鈍い音を立て、彼女の手には特有の生々しい感触が伝わった。
「…。」
だが彼女の目には絶望の光が宿っていた。
何故なら…。
「惜しかったな、残念。」
彼女が貫いたのは勇者の胸ではなく防がれた右腕だったからだ。
刺さってはいるものの致命傷には至らず、彼女たちの決死の覚悟もこの瞬間無駄に終わった。
勇者は突き刺さった腕を強引に引き抜き、シビルの首元を掴み上げた。
「うぐっ…。」
「とはいえ…俺の身体に傷を付けたのは見事だったぜ、気に入った…お前を最後の『締め』にしてやるよ。」
シビルの首元を掴んだまま勇者はもう片方の手で持っていた大剣を手放し、代わりに後ろの腰の方に差してあった短剣を抜いた。
(こんな…所で…!!)
必死で掴む手を剥がそうと藻掻くシビルの視界の端に動くものがあった。
どうしてそこに来てしまったのか分からない…意識が薄れゆく彼女には必死に少女の名前を呼ぶが声は出なかった。
向こうで少女が何かを叫んでいるがもう聞こえない。
「喜べ、俺が締めと決めた魔物はな―」
短剣を胸に貫く瞬間、首を掴んでいた勇者の手が緩んだのをきっかけにシビルは叫んでしまった。
「エルザ、駄目…逃げてぇっ!!!!!」
「―綺麗に殺すことに決めてる。」
勇者はシビルの心臓に短剣を突き刺し、一瞬で絶命させた。
「お母…さん…?お母さん…いやぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
…。
もうすでに肉の塊となった物を俺は投げ捨てる。
この締めというのは唯一の俺の決め事だ、派手に殺したあとは最後に綺麗に終わらせる、どうしてこう決めたのかはもう覚えちゃいないがな。
と、その前に…。
「おい、てめぇ待てよ?」
「ひっ?!」
さっきからこそこそと俺の横を通り過ぎようとする男を呼び止めた。
魔物に守られてるだけでも情けねえのにこいつはずっと戦いもせず動かなかった、ほんとにタマ付いてんのかよコイツ?
それに加えて…。
「お母さんっ…お母さん…死んじゃやだよぉ…。」
さっきから死体に向かってピーピーなく魔物のガキと来たもんだ…うるさくて仕方がねぇ。
だが…この光景どこかで?
「…。」
『お姉ちゃん…お姉ちゃん…。』
「…。」
『どうしてお姉ちゃんを殺したんだっ、この人殺し!!!』
「…嫌なこと思い出しちまった。」
手を眉間に寄せて頭を振って考えをやめた。
こんなことを思い出すなんて…今日はとことん嫌な日らしいな。
(い、今のうちに…。)
「だから待てつってんだろ?」
「う、うわっ?!」
俺はまたも逃げようとする男の胸倉を掴み上げた。
「てめぇよ、魔物だろうが仮りにも自分の女とガキなんだろ?…それがこんな目にあってるのに見捨てるつもりか?」
「そ、そんなやつ俺のガキじゃねえし…お、俺には関係ねぇ!!」
「ははっ、こいつは驚いたな…じゃあお前は自分が助かるためなら助けてもらった恩人の子供がどうなっても知らないっていうんだな?」
「お、俺は無理やりここへ連れてこられたんだ、頼む…命だけは―」
「嘘つきっ…!」
男の話を遮るようにガキがいきなり語りだした、見るとその目には怒りと憎しみが混じっている。
「ここに来たとき…この人と一緒に暮らしますって言ってたくせに…すごく幸せだって…お母さんにも言ってたくせに…愛してるって言ったくせに…嘘つきっ!!」
「こ、このガキ…黙れ!!」
余計なことを言われて腹立てたのかガキを思いっきり蹴飛ばしやがった。
それを見て俺は陽気に口笛を吹いた。
「ヒュー、お前なかなか面白い奴だな…よし、決めたぜ。」
「へ、まさか見逃して―」
俺の言葉に食いつくようにすがってくる目の前の男。
俺はそいつに微笑み返しながら―
ザシュッ!!!
「え…。」
その腹に俺の愛剣をぶっ刺してやった。
「な…で…?」
「何かに使えると思ったが止めた…俺もかなりのクズだがお前ほどじゃねえよ、ここで死んでろ。」
「い…やだ…死にたく…。」
剣を引き抜くと男はゴミみてぇに死んだ。
こいつにはふさわしい最後だな…ま、あんまり人のこともいえねぇか。
チャキッ…。
「あん?」
妙な音が聞こえたかと思うとさっきのガキが剣を持って俺を睨みつけていた。
多少訓練しているだろうがそれでも殆ど素人の構え方だ…ほんとめんどくせぇ。
「おい、なんのつもりだ?」
「殺してやる…人間なんか…殺してやる…!!」
「…こいつは面白れぇ。」
この男も少しは役に立ったな。
おかげで面倒な事もしなくて済むし、なにより確実だ。
後はこいつをどう逃がすかだが…。
「おいガキ、死にたくなかったら失せろ。」
「嫌だ…お前を殺すまで死んでも動かない。」
「まだわかんねぇのか?お前の母親は俺が殺したんだ、子供のお前が太刀打ちできるわけねぇだろうが。」
「うるさい、…この命に代えても…お前を殺してやるっ!!!」
雄叫びを上げてガキが突っ込んでくる。
ほんと…っだからガキは嫌いなんだよ!!
「とっとと失せろっ!!!」
「きゃぁ?!!」
なるべく殺さないように剣ごと弾き飛ばした。
多少傷は負わせちまったが死んでないよりはマシだろう。
正直なところはちょっと焦っちまった…。
俺がなにか言葉を考えていた時だった。
「いた、勇者様だ!!」
「ちっ!」
見るとさっきの教団の騎士共がこっちへ走ってくるのが見えた。
こんな時にほんとタイミングの悪い奴らだ、面倒なことになる前に早く逃がさねえと…。
「おら、さっさと行けこのグズ!!」
「くそ…必ず…必ず…殺してやる!!」
「あぁ、いつまでも…待ってるぜ。」
ようやくガキが剣を捨てて逃げていった。
まったく…手間かけさせんじゃねぇよ。
遅れて騎士共がこちらへと走ってくる、剣を抜いている辺りまだ俺に警戒してるんだろう…賢い奴らだ。
「安心しろ、もう暴れたりなんかしねぇよ?」
「いえ…念の為に、それより今のは?」
「なんでもねぇ、ただの魔物のガキだ…逃がしてやった。」
「逃げたのなら追わなければまた争いの火種となりかねます…ロイ、ハヤト、すぐに搜索に―」
「聞こえなかったのか?…俺は“わざと“逃がしたんだぜ?」
指示を出そうとした隊長らしき男が俺の言葉を聞いてピクリッと止まり、こちらへと向いた。
「…どういう意味ですか?」
半ば睨みつけるように男たちは俺を見た。
…待てよ、こいつらなら使えるか?
面倒だと思いながらも俺は説明してやることにした。
「分からねぇか?…魔物ってのは仲間意識、同族意識が強い奴らだ…そのガキが傷ついて助けを求めてくれば、腹を立てた魔物共がまたこっちに大隊で攻め込んでくるだろう。」
「そ、そんなことになったら―」
「まずいだろうな?…その時は王は俺に魔物の迎撃依頼をするだろう、…沢山の報酬と引き換えにな。」
「まさか貴方…そのために?」
「そうだ、同じ仕事と報酬が何度でも舞い込んでくるんだぜ?こんなうまい話は他にねぇよ。」
俺の話を聞いて全員が信じられないという顔をする。
ま、この方法を思いついたのも“あいつ”のおかげだがな…今はどうしてるのかねぇ?アレス。
「…ふざけるなよ。」
隊の中の一人の男が押し殺すような声で呟いた。
「てめぇ…今なんつった?」
「ふざけるなと言ったんだ!!」
「よせっ、ロイ!!」
ロイと呼ばれた男が隊長やらと何人かに抑えられながらも俺に掴みかかろうと息を巻いている。
「なにそんな怒ってんだよ、俺がなんかしたのか?」
「俺はお前に吹き飛ばされたロイだっ!!だがそんなのはどうでもいい、俺が気に入らないのはお前のその汚い欲望だ!!そんなことで仲間を…罪もない人を巻き込むなっ!!」
「金が欲しいと願って何が悪いんだ、お前だってそのつもりでここにいるんだろ?」
「違う!!俺はこの世界を魔物から救うために、女神様の意思によってここにいるんだ!!」
「まさかお前、あの教団のジジィ共が言ってるのを本気で信じてるのか?…魔物が人を襲ってると…魔物を殺せば平和になると?」
「司祭様を馬鹿にするなっ、魔物は人々を苦しめる…そのためには子供であっても浄化しなくてはならないんだ!!」
なんて哀れな奴だ。
だがこういう奴がいると後々支障が出るな…なんとかするか。
「おいロイっ、何処に行くんだ?!」
男たちの制止を振りほどき、ロイが勝手にガキの逃げていった方へと歩きだした。
「俺はそいつの言うことなんか信じない、俺だけでも追いかけてきます!!」
ほら言わんこっちゃない…早速邪魔しやがったな。
…目障りだ。
「…隊長さんよ、部下の躾がなってないな?…躾ってのはな―」
俺はガキが落としていった剣を拾い上げ…。
ドスッ!!!
「ぐあっ!?!」
「ロ、ロイッ?!」
ロイに向かって剣を投げた。
「―こうするんだよ。」
俺の投げた剣は見事に奴の背中から心臓に向けて突き刺さり、音も無く倒れた。
「貴様…!?」
周りにいた奴らが俺に剣を向けるより早く、俺は振り返りながら愛剣を構えた。
「言ったはずだぜ…俺の前に立つなってな、二度も助けるほど俺は優しくなんかないぜ?」
「くっ…。」
「どうした…他に意見があるなら言ってみろよ?」
全員が殺す勢いで俺を睨みつけていたが、程なくして悔しそうにその剣を収めた。
…そうだ、それでいい。
「よし。」
愛剣を背中に差して奴らと向き直った。
もう使う必要なんてないし…そろそろ本題に入らないとな。
俺は少し真剣な口調で話し始めた。
「いいか…俺がこんな大事なことをぺちゃくちゃ話すのには理由がある、それはお前たちにどうしても手伝って欲しいことがあるからだ。」
「手伝う…?」
「あぁ、近いうちに街でちょっとしたイベントがあるんだよ、それにはどうしても人手が足りねえんだ…そこでお前達が必要になってくる訳だ。」
「こんなことをしておいて…私たちが素直に従うとでも?」
「従ったほうが良い、じゃなきゃおっかねぇ“魔法使いの女“がお前らを消し炭に変えるだけだ。」
「…くそっ!!」
隊長の男がようやく自分の置かれた立場を理解して苛立ちながら地団駄を踏んだ。
…ここまで言っておきゃ逆らう気も失せるだろう、フェイも使える女だ。
「まぁそう邪険にすんな、上手くいきゃ俺が王に言ってお前らの暮らしもよくしてやるよ、俺は仕事さえしてくれりゃ他の事は気にしねぇからな。」
「…。」
「じゃあ後はよろしく、俺は先に帰ってるぜ…くれぐれもチクんなよ?」
景気よく隊長の肩をポンポンと叩いて、来た道を戻ろうとした時だった。
「ん?」
隊長の横を通り過ぎようとして、その中の一人の男が目に入り足を止めた。
顔つきからしてジパングの男だ、30ぐらいか?
「…なにか?」
相変わらず警戒した様子で俺を睨みつける。
気のせいか?今一瞬だけ…。
「いや、なんでもねぇ。」
少し気になるが今の俺じゃわからねぇ、フェイにでも聞いておくか。
俺は最後にガキの逃げていった方向を見つめた、方角からしてずっと行けば海に出られるはずだ、誘導するのも大変だったがな。
(生き残れよ、そして俺を殺しに来い…待ってるからな。)
そう言い残してフェイと合流した後、俺は城へと戻っていった。
…魔王城にて。
「…。」
一件あった後、エルザは俺に何があったのかを全て話してくれた。
傍にはヴェンの他にリザがエルザの手を握りながら聞いていた。
話が終わったあと…リザはエルザを優しく抱きしめた。
その目には涙が溢れている。
「エルザ…辛かったな、もう大丈夫だからな。」
「…ごめんなさい。」
「お前が謝ることはないんだよ…今は…甘えていいんだよ?」
「…ひっく…ぐす…。」
泣き出すエルザをリザは強く抱きとめる、傷ついた心を癒すには程遠いがこれが彼女に
出来る唯一のことだろう。
いや、それが必要なんだろう。
「アレス…今の話の勇者っていうのは―」
「分かっている…あいつしかいないだろう、いずれケリをつける必要があるな。」
「気持ちはわかるが…まずは彼女達を集めないと、君が死んでしまっては元も子もないぞ。」
「あぁ、はらわたが煮えくり返りそうだがな…今は我慢しておく。」
出来ることなら今すぐにでも敵を討ってやりたいが…まだその時じゃない。
エルザ…もうすこし辛抱してくれよ。
「アレスさん…。」
リザの胸に顔を埋めていたエルザがこちらへと向いていた、目を涙で赤く腫らしているのがとても痛々しい。
「本当にごめんなさい、勘違いで私はアレスさんを傷つけてしまって…。」
「大したことないさ、それでお前が気づいてくれたんならそれで良い。」
「…。」
「いいかエルザ、確かに人間にも悪い奴らはいる…だが同時に俺やロイスみたいに魔物と仲良く暮らせる良い人間もいるんだ、今は無理でも…そんな人間を嫌いにならないで欲しい。」
「はい、…私は…その、アレスお兄ちゃんは好きだから…。」
「…そうか。」
俺はそっとエルザの頭を撫でてやった。
こんな事が二度と起きないためにも…俺は戦わなくちゃならない、それは俺が決めたことだ。
力強く立ち上がり、ヴェンと向き合った。
「ヴェン、ここに長く居すぎた…そろそろ次の場所へと向かうぞ。」
「止めても行くのだろう?…で、どこに向かうのだ?またジパングへ送ろうか?」
「いや…もっと別の場所へ行こう、まだ行ってない場所だ。」
「なら地図を出そう…ちょっと待ってくれ。」
ヴェンは懐から折りたたまれた地図を取り出して机の上へと拡げた。
「うーむ、後行ってない場所となると…かなり遠くになってしまうな。」
「別に構わないさ、どの道行くことになるんだからな。」
「ならば…安全なルートで魔界に近い街を探そう、えーっと確か―」
「待て、…ここに決めた。」
俺は地図の端っこのある地を指さした。
「ん、どれどれ…?!」
そこに居た全員が指された地名を見て凍りついた。
そしてゆっくりと俺に視線を向ける。
「ア、アレス?」
「君は…正気か?」
「あぁ。」
俺は自信をもって答えた。
話は戻りミノス城にて…。
「―以上が…今回の話の概要です。」
話終わると目の前で聞いていた勇者が驚いたような顔をしていた。
「いやぁ〜記憶力良いなお前、俺は殆ど忘れてたわ。」
「当然ですよ…一人の部下を失った任務でしたからね。」
「まだ言うか…それで、仇討ちでもするか?」
「そうしたいのは山々ですが今の私では貴方には敵いません、ですから…確認したいことがございます。」
「あぁ…そうだったな。…で、何が気になるんだ?」
「貴方はあの時言いましたよね、司祭様の言っていることは全部デタラメだと。」
「あぁ…言ったぜ、それがなんだ?」
「本当にそうなのですか…?逆に言えば、魔物は人間を滅ぼすつもりはないと、一方的に滅ぼしているのは私たちの方だと言うのですか?」
それが私が一番聞きたかったことだ。
私も今となっては薄れてはいるが本来は無実の民を魔物から救うためにここにいる。
それは司祭様から…教団から教わったことだ、今では世界の常識でもある。
それが嘘だとしたら…なぜ私はここにいるのだ…?
それがどうしても気になって…会いたくもない勇者に会いに来た。
「…。」
勇者はなにか考えるように黙ったあと、口を開いた。
「…見たことあんのか?」
「…え?」
「魔物が人を殺すところ…見たことあんのか?」
勇者は突然私に質問を投げ掛けてきた。
聞きたいのは私だというのに…。
私は不満を押し殺して正直に答えた。
「戦って死んだものはいます。」
「そうじゃねえよ、村に攻め入って剣やらなんやらで人間を殺してるのをお前は見たことあんのかよ?」
「いえ…。」
「だったらそれが真実さ。」
勇者は私に向き直って話し始めた。
「実際、魔物と一緒に住んでるだけで人間には危害は加えてない…連れ去ったりする奴もいるが例外なく殺してはいない。」
「で、ですが人間が魔物へと変わる所を私は見ています!」
「変わるだけで死んじゃいねえよ、寧ろ生き生きしてるぐらいだ…そしてそいつも人間を殺そうとはしていない…つまり人には害はないんだよ。」
「そんな…。」
「よく考えりゃわかることなのにお前らは真実を見ようとしてないだけだ、そういう奴がやれ平和だの、やれ女神様の意思だとほざくのが俺は我慢ならねぇ。」
「では一体…あなたはなんのために魔王を倒したのですか?!」
すこし熱くなってしまい声を荒らげる私の問いに勇者は静かに答えた。
「俺がここに存在するためさ。」
「え…?」
一瞬私には意味が分からなかった。
存在?なんのために?
分からない私を置いていって勇者は話を進める。
「言ってもわからねぇと思うがそのおかげで俺はここに居れる、そうしなきゃ生きていけねえんだよ。」
「…では何故、司祭様はそんな嘘を?」
「知るかよ…まぁ強ち嘘でもねえな、実際は人類自体は減っているしな…俺にはどうでもいいが…。」
「…。」
今まで信じてきたものが急に嘘と分かって…今まで殺してきた者たちが本当は無実のものだと知って…。
こんな罪を誰が許してくれるのだ…?
私はそんなことのために剣をふるって…仲間を支えてきたのか?
私は…。
「私は…これからどうすれば?」
「そんなの自分で決めろ、…嫌なら辞めりゃいいじゃねえか?」
「辞める…?」
「テメェも立派な大人なんだろ?なにも嫌なことを命賭けてまですることはねぇ、嫌々するのはガキの使いと一緒だ。」
「…貴方は、嫌ではないのですか?」
「俺は美味い飯が食えて豪華な暮らしができてイイ女を抱けたらそれで良い、それ以外は興味ねぇ。」
「…。」
「いいか、下らねぇ使命だとかなんだとかはこれで終りにしろ…じゃねえと大事な仕事が出来無くなるからな?」
なるほど…そういうことか。
勇者にとって私はただの仕事の仲間でしかない…いやむしろ道具というべきか。
だからこんなにも言ってくれるのだろう、また一つ疑問が晴れた。
やはりこの勇者とは分かり合えない…だが、これで私は何か変われた気がする。
これからの事を…自分で決めないと。
「長くなってしまい…失礼致しました。」
「いいさ、俺も説教臭くなっちまったから…仕事期待してるぜ?隊長殿。」
「…えぇ。」
私はそのまま一礼して部屋を出ようとしたとき、勇者が急に呼び止めた。
「あ、それからよ、言い忘れてたがお前の隊の中に歳が30ぐらいのジパングの男が居ただろ?」
「え…ハヤトの事ですか?」
「そいつ、目を離すなよ?…魔物とつるんでやがるからな。」
「ま、まさか?!」
そんな…有り得ない。
ハヤトは長年、私の下で戦ってくれた信用のある部下だ。
そのハヤトが…魔物のスパイ?
…冗談もほどほどにしろ。
「からかうのはやめてください。」
「いいや間違いねぇ…微量だが奴からは魔物特有の魔力の痕跡がある、俺は闇討ちなんてゴメンだからな、なんとかしておけよ?」
「…。」
私は不安を胸に抱いたまま勇者の部屋を出た。
廊下を歩く途中に部下の一人に出会った。
「隊長、お疲れ様です。」
「あぁ…。」
「…どうされました?随分と疲れたご様子ですが…。」
「…。」
信じたくはない…私は信じたくはない。
仲間を疑うなんて隊長失格だが…それでも…。
「隊長…?」
「すまない…実は、頼みたいことがあるんだ。」
私は…あの勇者が嘘を言っているようには見えなかった。
「これが…勇者の力か?」
私には到底信じることができなかった。
いや、むしろ人間の仕業なのかも怪しくなってくるほどだ。
私の隊はそれを間近で見せられ、誰もが恐怖し…言葉も出なかった。
魔物に…哀れみを感じたのはこの時が初めてだった…。
「た、隊長…。」
私の部下の一人、ジパング出身である『ハヤト』は青ざめた表情でこちらを見る。
分かっているさ…誰もが皆同じ気持ちだろう。
こんな所もう見たくない…私も今繰り広げられている虐殺を止めようものならそうしたい。
だが…あれはもう止められるものではない。
「あっはははは!!…どうしたっ、もう終わりか?!」
目の前で狂ったように殺戮を繰り返す勇者、それが相手が逃げ出そうと命乞いしようと容赦なく切り捨てる。
これを見て世界はなんと思うのだろうか?
教団のお偉い方はこんな殺戮を望んでいるのだろうか?
神は…女神様は…こんな世界を望んでおられるのですか?
だとしたら私はなんのために…?
「た、隊長!!」
はっ、と部下の声で我に帰る。
いかん…想いふけってしまっていたようだ。
何事かと見ていると、向こうで勇者が戦いを止めこちらをじっと見つめていた。
「どうしたんだ…?」
「わかりません、敵が居なくなった途端…急に。」
「まさか…こっちに攻撃してきたりなんか―」
「我らは味方だぞ?いくら凄まじいからといってそんなこと―」
そう言ってる間に勇者はこちらへと進んできた。
その目は血走ったままこちらを捉えている。
「こ、こっちに来ますよ?!」
「慌てるな、奴は味方だと言っただろ?!」
「ですが隊長!?」
更に勇者は周辺の瓦礫や死体を切り付けながら歩いてくる。
心無しか歩くスピードも早くなっている気がする。
「あ、あいつは俺たちを殺す気なんだ!!」
「くそ、隊長…俺が話をつけてきます!!」
「ま、待て行くな!!」
私が制止するのも聞かず部下の一人である『ロイ』が勇者へと駆け寄っていった。
「勇者様っ!!ここから先は味方がいます…破壊衝動は控えて―」
「前に出るな、どけぇ!!!」
前に出た私の部下を勇者は容赦なく弾き飛ばした。
瓦礫に突っ込んだ部下には目もくれず勇者はこちらへと向かってくる。
「ロイ?!」
「やっぱりだ…皆殺される!!」
「くそっ…全員散開しろ!!…あの勇者を止めるんだ!!」
「その必要はありません。」
ふと、後ろから場違いな声が聞こえたかと思うと、私の横をすり抜け一人の女性が前へと出てきていた。
服装からして賢者だろうか?
「よせ!!いま勇者は危険な状態だ、近づくと死ぬぞ!」
「問題ありません、慣れていますので…それと呼び捨てではなく勇者様とお呼びください。」
「な、何を言って…?」
「時間がありませんのであなた方は見ているだけで結構です、くれぐれも邪魔はしないでください。」
スラスラと単調な口調で話したあと、賢者の女はツカツカと勇者のもとへと歩いていった。
勇者が近付いてきた女を捉える。
「また前に出てきやがったな…死にてえのか?」
「やれやれ、勇者様…私が誰かも忘れてしまったのですか…悲しいです。」
「ぁあ??」
「これで暴走は三回目ですよ?…いい加減、制御できるようにしておいてください、私も暇ではありませんので。」
「ごちゃごちゃとうるせーんだよ!!」
「いかんっ!!」
勇者が女賢者に剣を降り下ろそうとした時、私は咄嗟に飛び込んだがそれは徒労に終わった。
「うぐっ?!」
「なっ?!」
女賢者は手馴れたように勇者の懐に入り込み、その身体に抱きついた。
誰もが唖然として見ていると女賢者の手には注射器の様なものが握られており、勇者の首筋へと刺していた。
「あぁ…ぁ。」
注射器の中の液体を流し込まれた勇者は降り下ろそうとした剣を落とし、あれだけ恐ろしかった容姿も勢い殺気も失い、最初に見た頃の青年にまで戻っている。
…一体なにが起きているんだ?
「あ〜…身体痛てぇな…ちきしょう。」
「おかえりなさいませ、勇者様、…ご気分はいかがですか?」
「糞みてぇな気分だ…フェイ、早く離れろ。」
「あら、私ではご気分は優れませんか?」
「無表情のお前を抱いたってつまらねぇからな。」
「それは失礼致しました。」
『フェイ』と呼ばれた女賢者は渋々といった感じで勇者から離れ、落ちていた剣を手渡す
。
「サンキュ。…さて、魔物も残りわずかだ…お前はどうすんだ?」
「そうですね…どうせ来てしまいましたし、私も別ルートでお手伝いします。」
「よし、あとで向こうで合流だ、先に行ってるぜ?」
剣を受け取った勇者は何事もなかったかのように先へと進みだした。
状況が把握できず、私たちがぽかんと口を開けて見ているとフェイは思い出したかのようにこちらに振り向いた。
「分かっているとは思いますが、先ほど見た一部始終のことは全てお忘れください、他言も一切無用です…万が一この事をお話された際には私が事情を御伺いしに参りますので…あしからず。」
相変わらず無表情のままフェイがそう言うと彼女は勇者とは別の方向へと歩きだした。
後には私たちだけが残され、皆何も言わずただ立ち尽くしたままだった。
「隊長…。」
沈黙を破ったのはハヤトの声だった。
「あ、あぁ…なんだ?」
「先にロイを助けたほうが―」
「そうだった!!ロイ、無事か?!」
あまりの出来事ですっかり忘れてしまっていた。
私はすぐに瓦礫に頭から突き刺さったロイを引っ張り出した。
「ロイ、しっかりしろ。」
「うぅ…あのクソッタレめ…俺をぶっ飛ばしやがった!!」
「言うな聞こえるぞ、気持ちは分かるが今は任務に集中しよう、立てるか?」
「えぇ…平気ですよ、でもこれからどうするんです?」
「とりあえずあの勇者の後を追うぞ、あれ以上暴れられたら必ずこちらにも被害が出るからな…状況によっては攻撃もやむを得ない。」
「あんなのを俺たちだけで止められるんですか?」
「さっきなら無理だが今の状態なら大丈夫だろう…とにかく行くぞ。」
「…了解。」
勇者によって殺された者たちに最小限の敬意を払いながら…私は隊を引き連れて勇者の後を追った。
魔物にこんな感情を抱いたのは初めてだ…どうしてだろうか?
…。
「何が…起きて…。」
援軍に来たシビルの前に地獄のような光景が広がった。
自分たちが当たり前だった風景、沢山馬鹿なことで笑いあった仲間達、そのどれもが火に焼かれ、切り裂かれ瓦礫と化し…地に倒れていた。
誰も動いてはくれない…。
「ほかの皆は…ブレア…シャロン…!!」
シビルは絶望を振り払うように村の中を走り出した。
誰かまだ生き残っている仲間がいる…きっと援軍を待ちながら戦い続けている…そう信じて彼女は走った。
だがどこを見ても崩れた瓦礫と仲間の死体が続くばかり。
彼女は自分の知らない世界へと来てしまったような錯覚を覚えた。
走る速度も徐々に落ちていき…彼女は足を止めた。
「皆…ごめん。」
シビルは膝を付き、戦っていたであろう仲間たちに謝罪をした。
誰も責めるものはいない、そう分かっていても彼女は謝らずには居られなかった。
彼女が目を閉じ、仲間達の顔を一人一人思い浮かべていた時だった。
キンッ…キンッ…カンッ!!
「?!」
聞き覚えのある…金属と金属がぶつかる音が彼女の耳へと入ってきた。
それは断片的にではあるが確かに聞こえる…それもすぐ近くに。
「頼む…間に合ってくれ!!」
彼女は必死の思いで音のする方へと走った。
崩れた家々を抜け、たどり着いた先には…。
「はぁ…はぁ…はぁ…。」
「シャロンっ!!」
村のリーダーでもあり自分の良き戦友でもあるシャロンがそこに居た。
錯覚のせいかシビルはシャロンとはもう何年も会ってないかのようなほどに久しぶりな気がした。
彼女は剣を両手に持ち構えてはいるものの、所々からは傷が目立ち…息も絶え絶えだった。
「どうした…逃げてたと思えば急に来て…頑張ってたと思ったらもう終わりか…ほんと大したこと無いな?」
シャロンを追い詰めていた勇者はまるで退屈と言わんばかりに大剣を肩に担ぎ挑発する。
よく見るとシャロンの後ろには腰を抜かして震え上がっている男がいた。
(あれは確か最近ここにやってきたワーウルフの夫だったな…嫁の方はすでに戦死してしまったのか…。)
シビルは状況から男が勇者に殺されそうになったのをシャロンが助けながら逃げてきたと
咄嗟に判断した。
直ぐ様剣を抜き、彼女の隣へと付いた。
「シビル、生きていたのか?!」
「それは私のセリフだシャロン…ほかの皆は?」
「…すまない、私が指揮していながら…皆こいつにやられた。」
「こいつ一人にか…?」
剣を構えながらシビルは目の前の勇者を捉えた。
一見ただの剣士に見えなくもないがシャロンの言葉やこの現状を察するに嘘でも無いと彼女は本能的に悟った。
自然に剣を持つ手に力が入った。
「なんだ、まだいやがったのか?…まぁいいか、探す手間も省けたしな。」
「貴様はここで倒す…死んでいった仲間たちの為にも!!」
「めんどくせぇから少し本気で行くぞ?」
勇者が初めてその大剣を両手に持ち替え、水平に低く構えた。
その表情は先程の余裕とは裏腹に少し真剣な眼差しだった。
(いいかシビル…私が奴の懐を開けるから入り込んで仕留めろ。)
(駄目だ、そんな事をすればシャロンが―)
(よく聞けっ!!悔しいが深手を負った私は足でまといにしかならない、お前が奴を仕留められる最後のチャンスなんだ…仲間の敵を討ってくれ!!)
(シャロン…。)
「行くぞっ!!」
シャロンはその四本の足で駆け抜け、捨て身の覚悟で剣を構えた。
勇者はそれに動じず大剣を構えたまま動かない。
二人の距離が段々と縮まっていく。
「だぁぁっ!!!!」
シャロンは手前で高く飛び上がり空中から勇者を襲った。
勇者はそれを待ち構えてたかのように上に向かって大剣を水平に薙ぎ払った。
対空迎撃で放たれた大剣は彼女の両手剣を見事に粉砕し、その身に刻まれた。
(やった…!!!)
切られたにも関わらず自分の思惑通りに事が進み、シャロンは最後に勇者を見て不敵に笑った。
だがその勇者の顔は…。
「?!」
不運にも彼女の策も知っていたかのように笑い返していた。
気づけばの持ち手は片手だけになっていた。
「終わりだぁっ!!!」
ドスッ!!!
シビルがシャロンの勇姿を歯に食いしばり見届けた後、勢い良く懐に入り込み剣を勇者の胸へと突き立てた。
肉片を剣が貫く鈍い音を立て、彼女の手には特有の生々しい感触が伝わった。
「…。」
だが彼女の目には絶望の光が宿っていた。
何故なら…。
「惜しかったな、残念。」
彼女が貫いたのは勇者の胸ではなく防がれた右腕だったからだ。
刺さってはいるものの致命傷には至らず、彼女たちの決死の覚悟もこの瞬間無駄に終わった。
勇者は突き刺さった腕を強引に引き抜き、シビルの首元を掴み上げた。
「うぐっ…。」
「とはいえ…俺の身体に傷を付けたのは見事だったぜ、気に入った…お前を最後の『締め』にしてやるよ。」
シビルの首元を掴んだまま勇者はもう片方の手で持っていた大剣を手放し、代わりに後ろの腰の方に差してあった短剣を抜いた。
(こんな…所で…!!)
必死で掴む手を剥がそうと藻掻くシビルの視界の端に動くものがあった。
どうしてそこに来てしまったのか分からない…意識が薄れゆく彼女には必死に少女の名前を呼ぶが声は出なかった。
向こうで少女が何かを叫んでいるがもう聞こえない。
「喜べ、俺が締めと決めた魔物はな―」
短剣を胸に貫く瞬間、首を掴んでいた勇者の手が緩んだのをきっかけにシビルは叫んでしまった。
「エルザ、駄目…逃げてぇっ!!!!!」
「―綺麗に殺すことに決めてる。」
勇者はシビルの心臓に短剣を突き刺し、一瞬で絶命させた。
「お母…さん…?お母さん…いやぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
…。
もうすでに肉の塊となった物を俺は投げ捨てる。
この締めというのは唯一の俺の決め事だ、派手に殺したあとは最後に綺麗に終わらせる、どうしてこう決めたのかはもう覚えちゃいないがな。
と、その前に…。
「おい、てめぇ待てよ?」
「ひっ?!」
さっきからこそこそと俺の横を通り過ぎようとする男を呼び止めた。
魔物に守られてるだけでも情けねえのにこいつはずっと戦いもせず動かなかった、ほんとにタマ付いてんのかよコイツ?
それに加えて…。
「お母さんっ…お母さん…死んじゃやだよぉ…。」
さっきから死体に向かってピーピーなく魔物のガキと来たもんだ…うるさくて仕方がねぇ。
だが…この光景どこかで?
「…。」
『お姉ちゃん…お姉ちゃん…。』
「…。」
『どうしてお姉ちゃんを殺したんだっ、この人殺し!!!』
「…嫌なこと思い出しちまった。」
手を眉間に寄せて頭を振って考えをやめた。
こんなことを思い出すなんて…今日はとことん嫌な日らしいな。
(い、今のうちに…。)
「だから待てつってんだろ?」
「う、うわっ?!」
俺はまたも逃げようとする男の胸倉を掴み上げた。
「てめぇよ、魔物だろうが仮りにも自分の女とガキなんだろ?…それがこんな目にあってるのに見捨てるつもりか?」
「そ、そんなやつ俺のガキじゃねえし…お、俺には関係ねぇ!!」
「ははっ、こいつは驚いたな…じゃあお前は自分が助かるためなら助けてもらった恩人の子供がどうなっても知らないっていうんだな?」
「お、俺は無理やりここへ連れてこられたんだ、頼む…命だけは―」
「嘘つきっ…!」
男の話を遮るようにガキがいきなり語りだした、見るとその目には怒りと憎しみが混じっている。
「ここに来たとき…この人と一緒に暮らしますって言ってたくせに…すごく幸せだって…お母さんにも言ってたくせに…愛してるって言ったくせに…嘘つきっ!!」
「こ、このガキ…黙れ!!」
余計なことを言われて腹立てたのかガキを思いっきり蹴飛ばしやがった。
それを見て俺は陽気に口笛を吹いた。
「ヒュー、お前なかなか面白い奴だな…よし、決めたぜ。」
「へ、まさか見逃して―」
俺の言葉に食いつくようにすがってくる目の前の男。
俺はそいつに微笑み返しながら―
ザシュッ!!!
「え…。」
その腹に俺の愛剣をぶっ刺してやった。
「な…で…?」
「何かに使えると思ったが止めた…俺もかなりのクズだがお前ほどじゃねえよ、ここで死んでろ。」
「い…やだ…死にたく…。」
剣を引き抜くと男はゴミみてぇに死んだ。
こいつにはふさわしい最後だな…ま、あんまり人のこともいえねぇか。
チャキッ…。
「あん?」
妙な音が聞こえたかと思うとさっきのガキが剣を持って俺を睨みつけていた。
多少訓練しているだろうがそれでも殆ど素人の構え方だ…ほんとめんどくせぇ。
「おい、なんのつもりだ?」
「殺してやる…人間なんか…殺してやる…!!」
「…こいつは面白れぇ。」
この男も少しは役に立ったな。
おかげで面倒な事もしなくて済むし、なにより確実だ。
後はこいつをどう逃がすかだが…。
「おいガキ、死にたくなかったら失せろ。」
「嫌だ…お前を殺すまで死んでも動かない。」
「まだわかんねぇのか?お前の母親は俺が殺したんだ、子供のお前が太刀打ちできるわけねぇだろうが。」
「うるさい、…この命に代えても…お前を殺してやるっ!!!」
雄叫びを上げてガキが突っ込んでくる。
ほんと…っだからガキは嫌いなんだよ!!
「とっとと失せろっ!!!」
「きゃぁ?!!」
なるべく殺さないように剣ごと弾き飛ばした。
多少傷は負わせちまったが死んでないよりはマシだろう。
正直なところはちょっと焦っちまった…。
俺がなにか言葉を考えていた時だった。
「いた、勇者様だ!!」
「ちっ!」
見るとさっきの教団の騎士共がこっちへ走ってくるのが見えた。
こんな時にほんとタイミングの悪い奴らだ、面倒なことになる前に早く逃がさねえと…。
「おら、さっさと行けこのグズ!!」
「くそ…必ず…必ず…殺してやる!!」
「あぁ、いつまでも…待ってるぜ。」
ようやくガキが剣を捨てて逃げていった。
まったく…手間かけさせんじゃねぇよ。
遅れて騎士共がこちらへと走ってくる、剣を抜いている辺りまだ俺に警戒してるんだろう…賢い奴らだ。
「安心しろ、もう暴れたりなんかしねぇよ?」
「いえ…念の為に、それより今のは?」
「なんでもねぇ、ただの魔物のガキだ…逃がしてやった。」
「逃げたのなら追わなければまた争いの火種となりかねます…ロイ、ハヤト、すぐに搜索に―」
「聞こえなかったのか?…俺は“わざと“逃がしたんだぜ?」
指示を出そうとした隊長らしき男が俺の言葉を聞いてピクリッと止まり、こちらへと向いた。
「…どういう意味ですか?」
半ば睨みつけるように男たちは俺を見た。
…待てよ、こいつらなら使えるか?
面倒だと思いながらも俺は説明してやることにした。
「分からねぇか?…魔物ってのは仲間意識、同族意識が強い奴らだ…そのガキが傷ついて助けを求めてくれば、腹を立てた魔物共がまたこっちに大隊で攻め込んでくるだろう。」
「そ、そんなことになったら―」
「まずいだろうな?…その時は王は俺に魔物の迎撃依頼をするだろう、…沢山の報酬と引き換えにな。」
「まさか貴方…そのために?」
「そうだ、同じ仕事と報酬が何度でも舞い込んでくるんだぜ?こんなうまい話は他にねぇよ。」
俺の話を聞いて全員が信じられないという顔をする。
ま、この方法を思いついたのも“あいつ”のおかげだがな…今はどうしてるのかねぇ?アレス。
「…ふざけるなよ。」
隊の中の一人の男が押し殺すような声で呟いた。
「てめぇ…今なんつった?」
「ふざけるなと言ったんだ!!」
「よせっ、ロイ!!」
ロイと呼ばれた男が隊長やらと何人かに抑えられながらも俺に掴みかかろうと息を巻いている。
「なにそんな怒ってんだよ、俺がなんかしたのか?」
「俺はお前に吹き飛ばされたロイだっ!!だがそんなのはどうでもいい、俺が気に入らないのはお前のその汚い欲望だ!!そんなことで仲間を…罪もない人を巻き込むなっ!!」
「金が欲しいと願って何が悪いんだ、お前だってそのつもりでここにいるんだろ?」
「違う!!俺はこの世界を魔物から救うために、女神様の意思によってここにいるんだ!!」
「まさかお前、あの教団のジジィ共が言ってるのを本気で信じてるのか?…魔物が人を襲ってると…魔物を殺せば平和になると?」
「司祭様を馬鹿にするなっ、魔物は人々を苦しめる…そのためには子供であっても浄化しなくてはならないんだ!!」
なんて哀れな奴だ。
だがこういう奴がいると後々支障が出るな…なんとかするか。
「おいロイっ、何処に行くんだ?!」
男たちの制止を振りほどき、ロイが勝手にガキの逃げていった方へと歩きだした。
「俺はそいつの言うことなんか信じない、俺だけでも追いかけてきます!!」
ほら言わんこっちゃない…早速邪魔しやがったな。
…目障りだ。
「…隊長さんよ、部下の躾がなってないな?…躾ってのはな―」
俺はガキが落としていった剣を拾い上げ…。
ドスッ!!!
「ぐあっ!?!」
「ロ、ロイッ?!」
ロイに向かって剣を投げた。
「―こうするんだよ。」
俺の投げた剣は見事に奴の背中から心臓に向けて突き刺さり、音も無く倒れた。
「貴様…!?」
周りにいた奴らが俺に剣を向けるより早く、俺は振り返りながら愛剣を構えた。
「言ったはずだぜ…俺の前に立つなってな、二度も助けるほど俺は優しくなんかないぜ?」
「くっ…。」
「どうした…他に意見があるなら言ってみろよ?」
全員が殺す勢いで俺を睨みつけていたが、程なくして悔しそうにその剣を収めた。
…そうだ、それでいい。
「よし。」
愛剣を背中に差して奴らと向き直った。
もう使う必要なんてないし…そろそろ本題に入らないとな。
俺は少し真剣な口調で話し始めた。
「いいか…俺がこんな大事なことをぺちゃくちゃ話すのには理由がある、それはお前たちにどうしても手伝って欲しいことがあるからだ。」
「手伝う…?」
「あぁ、近いうちに街でちょっとしたイベントがあるんだよ、それにはどうしても人手が足りねえんだ…そこでお前達が必要になってくる訳だ。」
「こんなことをしておいて…私たちが素直に従うとでも?」
「従ったほうが良い、じゃなきゃおっかねぇ“魔法使いの女“がお前らを消し炭に変えるだけだ。」
「…くそっ!!」
隊長の男がようやく自分の置かれた立場を理解して苛立ちながら地団駄を踏んだ。
…ここまで言っておきゃ逆らう気も失せるだろう、フェイも使える女だ。
「まぁそう邪険にすんな、上手くいきゃ俺が王に言ってお前らの暮らしもよくしてやるよ、俺は仕事さえしてくれりゃ他の事は気にしねぇからな。」
「…。」
「じゃあ後はよろしく、俺は先に帰ってるぜ…くれぐれもチクんなよ?」
景気よく隊長の肩をポンポンと叩いて、来た道を戻ろうとした時だった。
「ん?」
隊長の横を通り過ぎようとして、その中の一人の男が目に入り足を止めた。
顔つきからしてジパングの男だ、30ぐらいか?
「…なにか?」
相変わらず警戒した様子で俺を睨みつける。
気のせいか?今一瞬だけ…。
「いや、なんでもねぇ。」
少し気になるが今の俺じゃわからねぇ、フェイにでも聞いておくか。
俺は最後にガキの逃げていった方向を見つめた、方角からしてずっと行けば海に出られるはずだ、誘導するのも大変だったがな。
(生き残れよ、そして俺を殺しに来い…待ってるからな。)
そう言い残してフェイと合流した後、俺は城へと戻っていった。
…魔王城にて。
「…。」
一件あった後、エルザは俺に何があったのかを全て話してくれた。
傍にはヴェンの他にリザがエルザの手を握りながら聞いていた。
話が終わったあと…リザはエルザを優しく抱きしめた。
その目には涙が溢れている。
「エルザ…辛かったな、もう大丈夫だからな。」
「…ごめんなさい。」
「お前が謝ることはないんだよ…今は…甘えていいんだよ?」
「…ひっく…ぐす…。」
泣き出すエルザをリザは強く抱きとめる、傷ついた心を癒すには程遠いがこれが彼女に
出来る唯一のことだろう。
いや、それが必要なんだろう。
「アレス…今の話の勇者っていうのは―」
「分かっている…あいつしかいないだろう、いずれケリをつける必要があるな。」
「気持ちはわかるが…まずは彼女達を集めないと、君が死んでしまっては元も子もないぞ。」
「あぁ、はらわたが煮えくり返りそうだがな…今は我慢しておく。」
出来ることなら今すぐにでも敵を討ってやりたいが…まだその時じゃない。
エルザ…もうすこし辛抱してくれよ。
「アレスさん…。」
リザの胸に顔を埋めていたエルザがこちらへと向いていた、目を涙で赤く腫らしているのがとても痛々しい。
「本当にごめんなさい、勘違いで私はアレスさんを傷つけてしまって…。」
「大したことないさ、それでお前が気づいてくれたんならそれで良い。」
「…。」
「いいかエルザ、確かに人間にも悪い奴らはいる…だが同時に俺やロイスみたいに魔物と仲良く暮らせる良い人間もいるんだ、今は無理でも…そんな人間を嫌いにならないで欲しい。」
「はい、…私は…その、アレスお兄ちゃんは好きだから…。」
「…そうか。」
俺はそっとエルザの頭を撫でてやった。
こんな事が二度と起きないためにも…俺は戦わなくちゃならない、それは俺が決めたことだ。
力強く立ち上がり、ヴェンと向き合った。
「ヴェン、ここに長く居すぎた…そろそろ次の場所へと向かうぞ。」
「止めても行くのだろう?…で、どこに向かうのだ?またジパングへ送ろうか?」
「いや…もっと別の場所へ行こう、まだ行ってない場所だ。」
「なら地図を出そう…ちょっと待ってくれ。」
ヴェンは懐から折りたたまれた地図を取り出して机の上へと拡げた。
「うーむ、後行ってない場所となると…かなり遠くになってしまうな。」
「別に構わないさ、どの道行くことになるんだからな。」
「ならば…安全なルートで魔界に近い街を探そう、えーっと確か―」
「待て、…ここに決めた。」
俺は地図の端っこのある地を指さした。
「ん、どれどれ…?!」
そこに居た全員が指された地名を見て凍りついた。
そしてゆっくりと俺に視線を向ける。
「ア、アレス?」
「君は…正気か?」
「あぁ。」
俺は自信をもって答えた。
話は戻りミノス城にて…。
「―以上が…今回の話の概要です。」
話終わると目の前で聞いていた勇者が驚いたような顔をしていた。
「いやぁ〜記憶力良いなお前、俺は殆ど忘れてたわ。」
「当然ですよ…一人の部下を失った任務でしたからね。」
「まだ言うか…それで、仇討ちでもするか?」
「そうしたいのは山々ですが今の私では貴方には敵いません、ですから…確認したいことがございます。」
「あぁ…そうだったな。…で、何が気になるんだ?」
「貴方はあの時言いましたよね、司祭様の言っていることは全部デタラメだと。」
「あぁ…言ったぜ、それがなんだ?」
「本当にそうなのですか…?逆に言えば、魔物は人間を滅ぼすつもりはないと、一方的に滅ぼしているのは私たちの方だと言うのですか?」
それが私が一番聞きたかったことだ。
私も今となっては薄れてはいるが本来は無実の民を魔物から救うためにここにいる。
それは司祭様から…教団から教わったことだ、今では世界の常識でもある。
それが嘘だとしたら…なぜ私はここにいるのだ…?
それがどうしても気になって…会いたくもない勇者に会いに来た。
「…。」
勇者はなにか考えるように黙ったあと、口を開いた。
「…見たことあんのか?」
「…え?」
「魔物が人を殺すところ…見たことあんのか?」
勇者は突然私に質問を投げ掛けてきた。
聞きたいのは私だというのに…。
私は不満を押し殺して正直に答えた。
「戦って死んだものはいます。」
「そうじゃねえよ、村に攻め入って剣やらなんやらで人間を殺してるのをお前は見たことあんのかよ?」
「いえ…。」
「だったらそれが真実さ。」
勇者は私に向き直って話し始めた。
「実際、魔物と一緒に住んでるだけで人間には危害は加えてない…連れ去ったりする奴もいるが例外なく殺してはいない。」
「で、ですが人間が魔物へと変わる所を私は見ています!」
「変わるだけで死んじゃいねえよ、寧ろ生き生きしてるぐらいだ…そしてそいつも人間を殺そうとはしていない…つまり人には害はないんだよ。」
「そんな…。」
「よく考えりゃわかることなのにお前らは真実を見ようとしてないだけだ、そういう奴がやれ平和だの、やれ女神様の意思だとほざくのが俺は我慢ならねぇ。」
「では一体…あなたはなんのために魔王を倒したのですか?!」
すこし熱くなってしまい声を荒らげる私の問いに勇者は静かに答えた。
「俺がここに存在するためさ。」
「え…?」
一瞬私には意味が分からなかった。
存在?なんのために?
分からない私を置いていって勇者は話を進める。
「言ってもわからねぇと思うがそのおかげで俺はここに居れる、そうしなきゃ生きていけねえんだよ。」
「…では何故、司祭様はそんな嘘を?」
「知るかよ…まぁ強ち嘘でもねえな、実際は人類自体は減っているしな…俺にはどうでもいいが…。」
「…。」
今まで信じてきたものが急に嘘と分かって…今まで殺してきた者たちが本当は無実のものだと知って…。
こんな罪を誰が許してくれるのだ…?
私はそんなことのために剣をふるって…仲間を支えてきたのか?
私は…。
「私は…これからどうすれば?」
「そんなの自分で決めろ、…嫌なら辞めりゃいいじゃねえか?」
「辞める…?」
「テメェも立派な大人なんだろ?なにも嫌なことを命賭けてまですることはねぇ、嫌々するのはガキの使いと一緒だ。」
「…貴方は、嫌ではないのですか?」
「俺は美味い飯が食えて豪華な暮らしができてイイ女を抱けたらそれで良い、それ以外は興味ねぇ。」
「…。」
「いいか、下らねぇ使命だとかなんだとかはこれで終りにしろ…じゃねえと大事な仕事が出来無くなるからな?」
なるほど…そういうことか。
勇者にとって私はただの仕事の仲間でしかない…いやむしろ道具というべきか。
だからこんなにも言ってくれるのだろう、また一つ疑問が晴れた。
やはりこの勇者とは分かり合えない…だが、これで私は何か変われた気がする。
これからの事を…自分で決めないと。
「長くなってしまい…失礼致しました。」
「いいさ、俺も説教臭くなっちまったから…仕事期待してるぜ?隊長殿。」
「…えぇ。」
私はそのまま一礼して部屋を出ようとしたとき、勇者が急に呼び止めた。
「あ、それからよ、言い忘れてたがお前の隊の中に歳が30ぐらいのジパングの男が居ただろ?」
「え…ハヤトの事ですか?」
「そいつ、目を離すなよ?…魔物とつるんでやがるからな。」
「ま、まさか?!」
そんな…有り得ない。
ハヤトは長年、私の下で戦ってくれた信用のある部下だ。
そのハヤトが…魔物のスパイ?
…冗談もほどほどにしろ。
「からかうのはやめてください。」
「いいや間違いねぇ…微量だが奴からは魔物特有の魔力の痕跡がある、俺は闇討ちなんてゴメンだからな、なんとかしておけよ?」
「…。」
私は不安を胸に抱いたまま勇者の部屋を出た。
廊下を歩く途中に部下の一人に出会った。
「隊長、お疲れ様です。」
「あぁ…。」
「…どうされました?随分と疲れたご様子ですが…。」
「…。」
信じたくはない…私は信じたくはない。
仲間を疑うなんて隊長失格だが…それでも…。
「隊長…?」
「すまない…実は、頼みたいことがあるんだ。」
私は…あの勇者が嘘を言っているようには見えなかった。
12/05/29 19:13更新 / ひげ親父
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