第十四話 帰還 中編
―――――。
場所が変わり…ここは魔王の城から少し離れた森の中。
そこには一人の女性が城から逃げるように歩いていた。
「よいっしょ…よいっしょ…!」
何かが入った袋を重そうに引きずりながらその女性は森の中を歩いていた。
その格好は図鑑そのものの『クノイチ』だった。
「…このへんで良いかな?」
…しばらく歩いたあと、クノイチが近くのめぼしい木を見つけるとふぅ…と一息を付き座り込んだ。
そっと彼女は袋を見ながら不敵に微笑んだ。
「ふふふ、もっと手こずるかと思ったけど意外と楽勝だったわね…流石クノイチエリートの私。」
大きく出た谷間を見せながらクノイチは得意げに鼻息を鳴らした。
「主様の言っていたとおり、やはり口だけの魔王だったわね。そのおかげで私も楽にこなせたし…こんな良い任務は他に無いわ、それに…。」
クノイチは任務の途中に見た、ある男性のことを思い出し頬を赤く染めた。
「魔王の隣に座っていた人、アレスとか呼ばれてたけど私の好みだったなぁ…。」
クノイチは自分を抱きしめるような体制で悶絶し始めた。
「はぁ…ダメと分かっていても魔物としての身体が疼いてきちゃう。」
「…。」
「あんな逞しい人に抱かれたらどんなに気持ち良いんだろう…?」
「…。」
「強く抱きしめられて、乱暴に押し倒されて…胸とか弄ばされてアソコとか掻き回されて…その後ぶっといあれを…はぁっ…ゾクゾクする…。」
「…。」
「そして瞳があったときに…『俺の女になれ』とか言われちゃうんだろうな…きゃ〜!!」
「…そんな言い方はしないな。」
「そう?でも私的には強引な方が好きだし〜…。」
そこで彼女は初めて違和感に気が付いた。
「…え?」
彼女が袋の方を見るといつの間にか袋は消えており、その代わりに先ほど妄想をしていた男性が目の前にいた。
「そうか、強引なのが好きなのか…機会があれば覚えておこう。」
「?!」
驚いた彼女は尻餅を付きながらすごいスピードで後ずさった。
「ななっ、なななな何故貴方、いやき、貴様がここにっ?!!!」
「お前が連れてきたんだろうが…。」
半ば呆れながらアレスが答えるとクノイチはデュラハンなら首がとれる勢いでブンブンと横に振った。
「そんなはずはない!!確かに私は魔王を薬で眠らせて捕まえたはず…。」
「あぁ、あの嗅がせてきたやつか…あれで眠るのは素人ぐらいだぞ?」
「な、何故貴様がそれを…まさか?!」
「なにかおかしいな…?」
クノイチは何かに気づいたのかしまったという顔をした。
アレスはその場で考える。
本来ならばアレスがここにいるのは不思議ではない。
何故ならクノイチ本人がアレスを誘拐してここにいるのだから逃げ出していることを除けば驚くことではない。
そう、誘拐するのがアレスだったらの話である。
顎に手を当て考えていたアレスがそっと顔を上げた。
「…そうか、さっきから何か話がおかしいと思ってたがさては―」
目の前の男性、アレスが確信を突いた一言を言った。
「お前、俺と魔王(ヴェン)を間違えたな?」
「ふぎゅっ?!」
図星を突かれたクノイチは目を泳がせながらあたふたと手を動かした。
正解だったかと確信したアレスは半ば呆れながらクノイチを見た。
「ち、違うぞ?!決して間違えたわけではないっ、これは…。」
「これは?」
「そう、策…確実性を取った策なのだ!!」
「ほう…策とな?」
腕を組みながら興味ありげにアレスは聞き返した、もちろんこれは『どこまで嘘を重ねるか見物だ』という彼なりの意地悪である。
クノイチは必死に言葉を選びながら話し始めた。
「そうだ、これは策で…よ、要は誰でもよかったのだ!」
「…どうして?」
「たとえ違ったとしてもあそこでひとりでも居なくなれば必ず探しに来るだろう…そこへ一人になった魔王を捕まえればいいだけのことだ、どうだ…これなら確実だろう?!」
「ふん…なるほどな、よくわかったよ。」
「ふふ、分かればいいのだ。」
「自分も暗くて良く分からなかったってことがな。」
「ギクッ。」
「それとな…。」
アレスはずっと疑問に思っていたことをクノイチにぶつけた。
「普通はこんな白昼堂々としかもほぼ全員集まってたときにやるか?やるなら夜中寝静まった後とか一人になったところを狙うだろう…。」
「う…。」
「だいたいな…見たところお前は隠密か何かだろう?隠密がエリートクノイチだとか素性をばらしてどうするんだよ。」
「だ、だって…。」
アレスの言葉に打ちひしがれたのかクノイチが座り込んでしまった。
よく見ると目に涙が滲んでいる。
「だって最近主様からまともな任務なんてなかったし…いっつも呼ばれるのはデュナとシルバだし、アープには馬鹿にされるし…。」
「お、おい。」
「里でも『お前は感情を表に出しすぎだ』って頭領に怒られるし、拾っていただいた主様に認められようと張り切ってるだけなのにいつも裏目に出て…今回だって失敗したし…。」
(駄目だ…完全に戦意喪失だ、すこしやりすぎたか。)
手の付けられないほどに負のオーラを醸し出す彼女にアレスは溜め息を付きながら話しかけた。
やれやれ…面倒な奴だ。
「すまん、少し言いすぎた…お前だって良いところはあるさ?」
「どうせ私は落ちこぼれクノイチですよ…。」
「お前エリートじゃなかったのか…。ま、まぁ聞け…お前の良いところはな?」
「うん…。」
「その…あれだ…。」
アレスは彼女を見て思いつく限りの事を言ってみた。
「お前は…綺麗だ。」
「…綺麗?」
「そう、それに美人だし可愛い、隠密でこれほどの女性は見たことはない。」
「ほんと…?」
「あ、あぁ。」(ジパングの隠密は見たことはないが)
「…。」
目の前のクノイチは何を思ったのか、ぐっと立ち上がり大きい胸を張った。
「そうだよね、私にだっていいとこあるもん、めげちゃダメよっ!!」
「そ、そうだな。」(立ち直り早いな…。)
「という訳で、もう一度魔王を捕まえるために貴様をダシに使わせてもらおう!!」
「そのまえに一ついいか?」
「へ?」
変な構えを取って捕まえようとするクノイチにアレスはひとまず待ったをかけた。
…あまり時間もないし手早く行こう。
「お前のその『主』について教えてもらえないか?」
「主様に…ついて?」
「そうだ。」
突拍子もない質問だったのか目を丸くしてクノイチはアレスに聞き返してきた。
(こいつはともかく、その主ってやつは元々ヴェンを狙っていたんだ、理由はどうあれそいつについて色々と聞き出しておかないと…。今のこいつなら簡単に話してくれそうだしな。)
クノイチはそれを聞いて急にそっぽを向いた。
「それは駄目、主様については一切答えられない。」
「どうしてだ?」
「主様に尽くすのが忍の役目、そんな主様が危険になり得るような事は言えない。」
「あれだけ散々素性言っておいてか?」
「う、うるさい!とにかく言えないのっ!!」
「じゃあ、代わりに当ててやろうか?」
「な、なに?」
オーバーなリアクションで驚く彼女に、彼はある程度立てていた仮説を聞かせた。
「恐らくだがお前の主様は魔王(ヴェン)に匹敵するほどの力を持った者…それもヴェンとは親族関係にあり魔王の座を狙っている魔物、違うか?」
「???!」
超能力を見せられて驚く観客みたいに言葉を無くしてクノイチは驚いていた。
アレスからすれば彼女は『そうです』と答えられるよりわかりやすい反応をしたことになり、『やはりな…』と深く頷いた。
クノイチはわなわなと震えながら恐るような目で彼を見る。
「ど、どどどうして分かったの?!」
「考えれば分かることさ。まず俺を捕まえたことからお前は主に魔王を暗殺ではなく生け捕りにしろと言われた、そうだろう?」
「そ、そうだけど。」
「そうなると魔王を生きて連れてこなければならない状況があるはずだ、あるとすれば三つ、それは『教団による陰謀』『過激派による戦力誘拐』そして『魔王の座』だ。」
「ふんふん…。」
いつの間にか興味ありげに聞き出してるクノイチに疑問を感じながらもアレスは話を続けた。
「教団による陰謀はお前が魔物であることからしてまずありえない、そして過激派による戦力誘拐もお前がここに難なく入っていることからして無いだろう。」
「えっと…一つ目はわかるけど、どうして二つ目が無いと言えるの?」
「そういう奴らがそもそもここに来れるわけが無いからな、もし来るんなら大勢で強襲に来るはずだし…お前はさっき主の言葉で『口だけの魔王』と言っていた、これはつまり主は魔王の力を欲してないってことになる…消去法で『魔王の座』と考えられるな。」
「ふぇ〜…。」
「そしてそう考えると、この場所を知ってるという事からヴェンとは顔見知り…むしろ親族関係と考えたほうが自然だろう、口ぶりからして自分の方が強いと取れることから魔王の座を狙っていると考えればお前が誘拐するという理由もうなずけるしな?」
「あの…実は名探偵だったりする?」
「悪いがこれぐらいは考えられる、疑り深くなればな。」
目の前のクノイチはアレスの推理にぽかんとしていた。
だが何を思ったのか急にクノイチは不敵に笑い出した。
「ふ、ふふふ。」
「どうした?」
「ここまで知られてしまったのなら仕方がない、あなたはここで始末させてもらうわ!」
「ほう…俺を殺すのか?」
「そんな恐ろしい…いや、足がつくような真似はしないわ、ちょっと動けなくなってもらうだけよ。」
「なんだ、その身体で俺を骨抜きにでもするのか?」
「そうしたいのは山々なんだけど…じゃなくて!!貴方にはこの娘の相手をしてもらうわ!!」
そういうとクノイチは腰から丸く巻いてある紙を取り出し、紐を解いて広げた。
「忍法、口寄せの術…いでよ、大百足!!」
なにか呪文のような物を発すると巻物が軽く破裂し、煙を舞った。
「っ!!」
予想も出来ない攻撃にアレスは身構えながら様子を見た。
煙が無くなり、そこから現れたのは―。
「ふきゅぅ…。」
「えっ…ちょっと?!」
「…。」
少しぐったりした大百足だった。
その姿に彼は唖然とし、クノイチは慌てふためいていた。
「なんで?!捕まえたときはもっと元気だったじゃない!」
「あんな狭い所に…無理やり押し込められてたら…ぐったりもするわ…。」
クノイチの意思とは反面に動かない大百足、使い魔かと思ったらただの被害者だったというところである。
(それにしてもあの巻いた紙便利だな…物とかも収容できるのだろうか?)
アレスは拍子抜けしたのか関係ない事を考え始めていた。
行き詰まったクノイチがアレスを指さした。
「もう、そんなことより…いますぐあいつを骨抜きにするのよ!!」
「あぁ…お日様が…日光は嫌いなの…。」
「無視するなぁぁ!!」
「やれやれ…。」
見兼ねたアレスは溜め息を付きながらも大百足の所まで歩き、彼女を抱きかかえた。
「大丈夫か?」
「…あなたは?」
「お前からすれば通りすがりだ、見たところ大分弱っているようだが…”下半身”は歩けるか?」
「…なんとか。」
「私を無視するんじゃない!!」
クノイチが何かを言っていたが聞こえないふりをして、彼女を負ぶさった。
下半身を引きずる形になってはいるが無数の足で器用に歩けているので大丈夫そうだった。
「よし、ここは日差しが強いから日陰になっているところまで行くぞ。」
「…はい。」
「ちょ、ちょっと…何処行くの?!」
「あぁ、お前はもう帰っていいぞ?」
「なによそれ?!」
「どうせもう手の内もないんだろう?…見逃してやるからさっさと行け。」
「もうっ!!…次会ったら覚えていろよっ!?ふーんだっ!!」
半泣きになりながらも無駄に煙を撒き散らしてクノイチはどこかに消えてしまった。
アレスは居なくなったクノイチの煙を見つめる。
(少しかわいそうだったが…これでヴェンも一安心だろう、後は…この背中の大百足だな。
)
アレスは彼女を日の当たらない森の奥まで負ぶさっていった。
(視点変更…アレス)
「この辺で良いだろう。」
「…はい。」
少し歩いていくと丁度日光も当たらずじめっとした場所に着き、大百足を下ろした。
場所が場所だけにか大百足も心無しか上機嫌そうだ。
「さて、これからのことなんだが―」
そう言いかけて振り返ると急に彼女が下半身を使って俺の身体に絡みついた。
「おい。」
「…♪」
何本もの足で器用に包み、辛うじて腕が出そうかという状況の中…彼女は少し嬉しそうにこちらを見つめている。
いや、密着したまま見つめ合ってるというところか。
「なぁ、一つ聞いていいか?」
俺は溜め息を付きながら息を巻く彼女に話しかけた。
「…なんでしょう?」
「どうしてお前たちはそんなに気が早いんだ…ほら、もっと様子を見るとか…まずは話をしてからとか…無いのか?」
「…私はちゃんと…選んだつもりです…。」
「そ、そうなのか?」
「貴方なら…私を幸せにしてくれるような気がして…。」
うっとりとしながら微笑みかける彼女に俺は少しドキリとした。
いや待て待て待て…流石にここでは不味いだろ?!
恐らく皆心配して俺を探してる筈だ、そんな時にこんなとこ見られたら洒落にならんぞ。
せめて部屋に戻ってから…。
そう考えるのも束の間だった。
「?!」
ガシッ!!
彼女は首周りから出ている二本の角のようなもので俺に噛み付こうとしてきた。
「どういうつもりだ…?」
「私なりの…スキンシップです…♪」
咄嗟に出せた腕でなんとか掴んだが、どうやらこれは彼女の顎肢のようだ。
百足という形からして…何かの淫毒を持っていそうだ、刺される前に薬を飲んでおかないと…!!
彼女の手が優しく俺の顔に添えられた。
「大丈夫…痛いのは最初だけだから…ね?」
「悪いが俺は挿される趣味は…無いからな。」
「ふふ、面白い人…でも駄〜目…。」
「何が…うぐっ?!」
突如、首に鋭い痛みが走った。
見てみると彼女の尻尾の先の顎肢が俺の首筋に鋭く食い込んでいた。
それをみて俺から乾いた笑い声が出る。
「はは…、まさか、尻尾にも…あったの…かよ…。」
襲い来る痺れと有無を言わせない快感に俺の身体は力を失った。
それとは逆に股間からは強い熱を感じ、ズボンを膨らませた。
「すごい…。」
彼女は両手でズボンを下ろし、反り立つ肉棒を見て頬を赤らめた。
まじまじと見ながらも、肉棒を丁寧にしごき始める。
「おぉ…あぁ。」
「どんどん…大きくなってくる…素敵…。」
「あぁ…ああぁ。」
「私のに…挿れても…良い?」
彼女のシゴキだけでもイキそうになる程に俺は快楽に溺れていた。
気が付けば彼女は秘部を自分で開き、俺の肉棒に擦り付けていた。
柔らかい感触にクチュクチュと音が鳴り、彼女の息も荒くなっていった。
「はぁ…んっ…もう…挿れますね…?」
俺と彼女は密着し、そのまま肉棒がぬるりと挿っていくのが分かった。
「はぁっ!…挿った…おっきい…!」
彼女は淫らに腰を擦り付け、いやらしい音と声を奏でていった。
快感に溺れ、俺は成すすべもなく犯され続ける。
「はぁ…良いの…好き…好きっ♪」
「…。」
いや…まだ俺は動ける。
ここから抜け出すのは無理だが…なにも出来ずただ犯されるってのはごめんだ。
そうじゃないと…彼女たちに笑われる…。
なら…せめて…!!
「こ…のっ!!」
「うぶっ?!」
彼女の首の顎肢を掴んで一気に引き寄せた後、俺は彼女の唇を奪った。
こんなことして何になるか…逆効果になるだけだと思いつつも何もしないよりはマシだと心の中で正当化した。
「ぶ…ぷはっ…あぁ…?!」
だが彼女は予想外のことに目を見開き、慌てて俺を引き剥がした。
口を押さえている彼女に俺が疑問に思っているとそれは突如として起こった。
「いや…駄目…イクっ…だめぇぇ!!!」
急に彼女が身体を震わせ、まるで絶頂を迎えたかのように叫んだ。
その瞬間、挿入していた秘部が吸い上げるように締まった。
「うあぁっ?!」
思いがけない快感に俺は彼女の中に射精した。
快感を紛らわすために肩の…それも模様が書いてある部分に吸い付いた。
「ひぎぃっ!!…やめてっ…壊れる…わたひ…ほわれひゃうよぉ!!」
何度もビクンッと身体を震わせ、秘部からは噴水のように愛液を吹き出した。
射精した後も止まらず、彼女の中に精を出し続けた。
「あ…あぁ…ああぁぁぁ…。」
一瞬、白目を向いた後…とうとう彼女は俺の拘束を解き、スルスルと倒れた。
倒れたあとも快感が続いているのか、ビクビクと身体は震えていた。
開放された俺は覚束無い足元で立ち上がる。
「…う…一体…何が?」
今は考えてもしょうがない。
とりあえず…先に薬を飲もう。
俺は腰に付けてあった薬を一瓶開けて飲み干した。
口に爽やかな味が広がり…身体からだるけさが抜け始めた。
「…ふぅ。」
一息ついた後、耳のイヤリングが点滅していることに気が付いた。
どうやら心配してずっと交信していたみたいだな…。
俺は意識をヴェンへと集中した。
「ア、アレス、…アレス!!」
「そう叫ぶなよ、大丈夫だ。」
「良かった…。」
交信できた後にすぐさまヴェンの声が聞こえた。
声の感じからして相当焦ったいたみたいだ、安心させてやらないと。
「今、何処にいるんだ?」
「魔王城近くの森の中だ、だいぶ深いところにいる…それと早速だが一人送っていいか?」
「送るって君を誘拐した奴をか?…私に拷問でもしろと?」
「違う、妻として送るんだ。」
「なに?!誘拐したのは彼女達(魔物娘)だったのか…いやそれよりも君は誘拐犯と何を―」
「安心しろ、その部下?を送るだけだ…まぁいずれそいつも送る。」
「相変わらず無茶苦茶な…。…わかった、いつでも送っていいぞ?」
「すまないな、それと…。」
「なんだ?」
「…いや、なんでもない。」
俺はクノイチの主について聞いてみようかと考えたが…やめた。
もっと情報を集めてからでも遅くないと思ったからだ、それにあれだけ存在を明かせば向こうから何かしら反応は来るだろう。
今は変に不安にさせることもない。
「ところで君はどうするんだ?必要なら皆を迎えに行かせるが…。」
「いや大丈夫だ、自分の足で帰れる。」
「なら、皆で君の帰りを待っているぞ?…もう夕飯時だ。」
「…そうか、確か昼時に起きた事だったな。」
ここは日も当たらず暗いせいか時間間隔を無くしていた。
お昼も食べ損なっていたしな…。
「じゃあ、後でな?」
「あぁ、気を付けて。」
交信を終えた後、俺は札を一枚取り未だ失神している大百足を城へと送った。
後は俺が帰宅するだけだが…。
「…ん?」
歩こうとして向こうの方から誰かが来るのが分かった。
おかしいな…ヴェンには伝えたから皆は帰り始めているはずなんだが…?
近づいてくるにつれ、それは俺も良く知っている顔だった、ごく最近に。
「病室から抜け出したのか…ウシオニ。」
「夫…無事カ?」
茂みの中を分けるようにして目の前にウシオニが現れた。
俺を見つけてほっとしたのか柔らかい笑みを見せた。
至るところに包帯が巻かれているのが痛々しかったが問題なく動けている辺り大丈夫なのだろう。
いや、それよりも気になるのは…。
「お前…左目が―」
「…これ…カ?」
ウシオニの左目にはぐるぐると包帯が巻かれていた。
彼女は左目を抑えながら呟いた。
「我ニハ…解ル。…もう…光…見エナイ。」
「そんな…。」
「大丈夫…まだ…右目アル…夫…見エル。」
彼女は左目を失っても尚、俺に心配させまいと微笑みかける。
どうしてそこまで…お前だって苦しかっただろう?
ウシオニは俺を抱き寄せてくる。
「今更だが…本当に俺でいいのか?」
「夫…嫌カ?」
「俺が頼んだんだ、でもほとんど成り行きだったし…。」
「我ノ命…救ッタ…ソレダケデ…十分…。」
「…それでも!」
「…幸セ…。」
「え?」
「我ノ…幸セ…夫ト…居ルコト…。」
「…!」
「愛シテル…。」
急に彼女が愛おしくなり、俺はウシオニを抱きしめた。
その時彼女の頬には涙が流れていた。
「我…凄ク…幸セ…。」
「あぁ…。」
「…嬉シイ…夫…好キ。」
「あぁ…俺もだ。」
ウシオニと俺は二人強く抱き合った、あの時みたいな邪魔はもう入らない。
時間が掛かってしまったが…ようやくだ。
しばらく抱き合ってた後、ウシオニは魔物特有の妖艶な目を俺に向けた。
「夫…我…。」
「わかってる、それと…俺の事はアレスと呼んでくれ。」
「アレ…ス?」
「俺の名だ、それと…お前の名前は?」
「我ノ…名前…?」
「ウシオニじゃ呼びにくいだろ…無いのか?」
「我…分カラナイ。」
「…そうだな。」
俺は少し考えたあと、思いついた名前を言ってみた。
「シオン。」
「…?」
「シオンてのは…どうだ?」
「…♪」
返事のかわりに彼女は笑顔で返してくれた。
簡単な決め方だったが…無いよりはマシだろ。
「アレ…ス…?」
「フフ、なんだ?」
「我…欲シイ…。」
「…あぁ。」
彼女、『シオン』と口づけを交わした後、快楽のままに身体を重ねた。
それから魔王城に帰ったのは…丁度夕飯が出来ていた頃だった。
―――――――――。
次の日、アレスはリザ、レイ、ルーに連れられて城の外…見晴らしの良い平原へと出かけていた。
「はぁっ!!」
「っ!」
カンッ!!
静かな平原に乾いた音が鳴り響き目の前で二つの木製の剣が交差する。
「はぁぁっ!!!」
目の前でリザがアレスを押し返そうと交差した剣に力を込め前進する。
後ずさりしながら防ぐ中、リザの上から何かが日光を遮った。
「っ!!」
「ぐぁっ?!」
アレスは間一髪でリザを押し返し後退する、目の前には空中から奇襲をかけたルーが着地し地面に拳をぶつけていた。
「チッ…!!」
舌打ちを鳴らし、ルーがそのままアレスへと突進してくる。
アレスは持っていた剣を捨て、ルーの拳を受け止めた。
そのまま腕を引き込みルーを拘束した後、まるで盾にするかのようにレイの方へと向いた。
「ルー?!」
「ぐっ…レイっ構うな!放て!!」
アレスを離れた位置から狙っていたレイは一瞬弓を引くのを躊躇った。
その隙を見逃さず、アレスは落ちていた剣を器用に拾い上げレイに向かって投げた。
「くっ?!」
ぶんぶんと音を立てて飛んでくる剣を寸前で避けたものの、レイの持っていた弓に当たり弓は簡単に折れてしまった。
壊れてしまった弓を捨て、レイは木製の剣を抜きアレスへと突進する。
「でやぁぁっ!!」
拘束していたルーを地面に叩き伏せた後、レイに向かって迎撃体制に入る。
そこにリザが側面からアレスに向かって突進してくる。
「くっ…。」
「もらったぁっ!!」
「…オーダー2。」
アレスは構えていた腕を下げ、一切の力を抜く。
そして二人を見捉え、肉眼では見えない程の速さで拳を叩き込んだ。
「テイクッ!!」
「ぐっ?!」
「なに?!」
アレスの拳は二人の剣に当たった。
二人とも剣を手放しはしなかったものの、剣は傷んでしまい使い物にならなくなってしまう。
「くそっ!?」
「まだだリザっ、まだ終わっていないぞ!」
レイが叫び、持っていた剣を捨てようとした瞬間、剣は爆発した。
予想もしない衝撃と粉塵で二人は顔を背けた。
「ぐっ?!」
「しま…きゃっ?!」
無防備になったリザはそのまま足払いを喰らい転倒してしまう。
残ったレイはアレスにリザの腰に差していたもう一本の剣で目の前に突き立てられてしまった。
「どうだ、まだやるか?」
不敵に笑うアレスに対してレイは諦めたように言った。
「わかってるくせに…降参だ。」
両手を上げるレイを見て倒れたリザとルーは悔しそうに唸った。
「くっ…三人がかりでも勝てないのか。」
「少しは自信あったんだが、これは基礎からやり直しだな…。」
「いや、三人ともよく動けていた…俺もすこし危なかったよ。」
「よく言う…アレスの事だからかなり手加減していたんだろう?」
「そうでもない、俺も良い汗はかけたからな?」
「私たちの本気はアレスにとっては運動ってこと…か。」
「アレス、運動なら昨日しただろ?…私達を差し置いて森の中で。」
「それはもう勘弁してくれ…。」
「はは、大丈夫…気にしてないよ。…その代わり埋め合わせはしてもらうぞ?」
「…頑張るよ。」
「頑張ってな?旦那様♪」
…。
稽古を終え、道具の片付けをした後…アレス達は城へと歩きだした。
歩いている途中でリザがアレスに話しかけた。
「アレス、ちょっと気になるんだが…。」
「あぁ、俺が使ってた技だろ?」
アレスは聞かれるのを分かってかそう言った。
実際彼女達には初めて見せる技だからだ。
「あぁ…初めて見るんだが、あれは一体?」
「私も驚いたぞ…持っていた剣が爆発したからな。」
「名前は『オーダー』。俺もあまり原理は知らないが…ものすごい速さで拳を当てて、遅れてきた衝撃で一気に相手を内部から破壊する技だ。」
「え、えげつないな…。」
もし自分がそれを食らったら…とレイは少し想像して震えた。
それを見てアレスは安心させるように付け加える。
「あまりに危険だからな、勇者か英雄…または物にしか使わないと決めている、もちろん魔物自体にはこれは使わない。」
「ほっ…。」
「なるほど…それは自分で会得したのか?」
「いや、師匠からだ…会得するのに随分かかったが。」
「アレスの師匠…?」
「アレスにも師匠がいるのか…きっと強くて立派な人なんだろうな。」
三人は思い思いにアレスの師匠を思い浮かべた。
強くて逞しく、そして立派な顔立ちをした戦士…。
だがアレスは反対に頭を軽く掻きながら気まずそうに言った。
「あぁ、確かに強いんだがな…。」
「ん、何かあるのか?」
「ちょっとな…。」
「???」
言葉を濁すアレスに三人は訳も分からず頭を傾げる。
そんな中、先頭を歩いていたアレスが急に立ち止まった。
「ん、どうしたんだアレス?」
「…。」
「アレス…?」
「リザ。」
急にレイが険しい顔でリザを呼び、顎で前を指した。
そこには…。
「エルザ…?」
そこにはただ一人…エルザが立っていた。
それはあまりにも奇妙な出で立ちで不気味である。
普通ならエルザがそこにいること自体はおかしいことではない、アレスも立ち止まることも皆が険しい顔をすることもないだろう。
ただ、彼女が両手で引きずっている物が皆を警戒させていた。
「エルザ…どうして?」
「…。」
「どうして…私の剣を持っているんだ?」
リザの問いにも反応せず、エルザはただ黙って睨みつけたまま動かない。
ただ一点を…アレスだけをその目に捉えていた。
リザが諭すように語りかける。
「エルザ…私の剣を忘れたと思って…持ってきてくれたんだろう?」
「…。」
「それとも…私に稽古をつけて欲しかったのか…?それならここに木製のがあるからそれと交換しよう…な?」
「…。」
「なぁ、エルザ―」
「リザ…気持ちはわかるが、彼女は本気だ。」
ルーが横からリザの肩を叩いて気づかせる。
リザ自身もそんなことは分かっていた。
戦闘態勢の目…同じ種族であればわかるのは尚更であるが…それでもリザには信じられなかった。
ルーの手を払い除け、前に出てエルザに叫ぶ。
「エルザっ!!アレスは他の人間とは違う、私の夫なんだぞ!」
「退いて…リザお姉ちゃん。」
「エルザ分かってくれ…私は…お前を…。」
「人間なんて嫌い…そいつから、殺す。」
「そいつからということは…ロイスにはまだ手を出していないんだな?」
機械のようにゆっくり頷くエルザ。
それを見てアレスは軽く溜め息を付いた。
「いいだろう…相手をしてやる。」
「アレス?!」
思いがけない返答にリザはアレスに突っかかろうとするが、ルーとレイによって抑えられてしまう。
「リザ、落ち着けっ!!」
「待ってくれアレス、あの子は私の子同然に思っているんだっ!!」
「たとえ彼女であっても真剣で向かってくるならそれに答える必要がある…それにロイスにも危険が及ぶ以上…野放しには出来ない。」
「アレス頼む…エルザを…傷つけないでくれ…。」
「リザ…。」
涙を流して泣き崩れるリザにアレスは背を向け、目の前のエルザへと対峙した。
エルザは付けていた眼帯を外し、両目でアレスを捉える。
そしてアレスは真剣な表情でエルザに語りかけた。
「エルザ…俺を殺しにくるという以上、それなりの覚悟はしているな?」
「…。」
「…良いだろう、なら俺も全力で打とう。」
アレスは持っていた木製の剣を捨て、構えた。
その彼の目はいつもの優しさはなく、ただ一人エルザを捉え睨んだ。
エルザは持っていた剣を一瞬よろめきながらも構え、持つ手に力を込めた。
「…!!」
「…来いっ!!」
「だあぁぁぁっ!!」
「やめてぇぇっ!!!!」
リザの叫びの中、エルザは叫びながら突進しアレスに切りかかった。
そして…。
ザシュッ!!!
―――――――――――。
…。
…。
「…。」
「アレス…。」
「…え?」
ルーの声を聞いた後、泣き腫らした眼を擦りながらリザは顔を上げた。
そこには剣を持ったまま動かないエルザがいた。
エルザは口を開けたまま信じられないという目でアレスを見ている。
アレスは動かず、ただ突っ立ったままだ。
「何…が…?」
リザは状況が把握出来ず…ただ二人を見ているしかなかった。
その時、エルザの持つ剣から赤い液体が滴り落ちるのを見てようやく理解した。
「ア…アレス…どうして…。」
「…。」
そう、アレスは構えていたにもかかわらずエルザの剣を防ぎも避けもせず、その身体で受け止めたのだ。
あの勇者の攻撃ほどではないが、アレスの肩からは血が滲み出していた。
だが彼は苦痛の顔一つせず、ただ真っ直ぐにエルザを見ていた。
「あ…あぁ。」
何かを言おうとエルザは震えながら口を動かすが、その前にアレスはいやらしめのない優しい笑顔を彼女に見せた。
「少しは気が晴れたか、エルザ?」
静かに語りかけるアレスにエルザは持っていた剣を地面に落とした。
血で濡れた剣が地面でカランッと悲しい音で鳴いた。
「わ…私…。」
「エルザ、もういい…もういいんだ…お前だけが抱え込むことじゃない。」
「で、でも…私は…!!」
「敵を打とうなんて思うな、そんなことをしたって誰も喜びはしない、リザも俺もな。」
「私は…私は目の前で…母さんを殺された…なのに、どうして敵を打たせてくれないの?!」
「じゃあその母さんやリザは…お前に復讐させるために生きながらえさせたのか?」
「??!!!」
アレスの言葉にエルザは大いに反応した。
そう…エルザ自身もそれに気づいていた、だが憎しみを抑えられずにいただけなのだ。
気づかされたエルザは口を抑え、瞳には涙が溢れていた。
「お前の母さんは、お前に幸せになって欲しいと願ってるはずだ…その手は血で汚すためじゃなく、愛する者を抱きとめる手だろう?」
「…う…うう。」
「だったら乗り越えてみろ…それがお前の…生き延びた者の勤めだ、それでも辛くなったら俺に打ってこい、いつでも受け止めてやる。」
「う、うう…うわぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!!!!」
エルザは声を大にして泣いた。
今までの溜め込んできたものを一気に吐き出すようにして。
その小さな少女をアレスとリザが優しく包み込んだ…。
12/04/12 08:51更新 / ひげ親父
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