連載小説
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第十四話 帰還 前編
魔王城にて…。


「…。」


談話室の中央に大きな魔方陣が描かれ、それを神妙な面持ちで見つめる彼女達。
ヴェンは目を瞑り、魔法陣に向かって手を添えてた。

「魔王様…アレスは、無事なのですか?」
「ちゃんと…帰って来れますよね?」
「…。」

ななとセーレの言葉も届いていないのかヴェンは黙ったまま微動だにしない。
心配する二人にリザとサラが語りかける。

「今は魔王様を信じて待ち続けよう…大丈夫、アレスは帰ってくる。」
「そうよ、私たちの素敵な旦那様なんだから…ちゃんと迎えてあげましょう。」
「…はい。」

その場にいた全員が二人の言葉に頷き、少し落ち着きを取り戻していた。
その時、ヴェンが目を見開き勢い良く立ち上がった。

「…来た!」

魔方陣の文字が赤く光りだし、その中央から白く光る球体が現れる。
それは典型的な転移魔法の光だった。
それを見た皆の曇っていた顔が一瞬にして晴れる。

「やった!アレスが帰ってくるっ!!」
「やった〜、やった〜!!」
「…ほんとに、良かった。」
「まったく…心配させて…バカ。」

ルカとプリンは後ろで大はしゃぎで飛び跳ね、他の者たちもアレスの帰還にほっと胸をなで下ろした。
しかし―

「…!」

ヴェンはまだその球体を見つめたまま動かない。
彼の額に嫌な汗が流れ始める。
不審に思ったレイが声をかけた。

「魔王様、どうされ―」
「駄目だ速すぎるっ…皆、伏せろぉ!!!」

魔王が叫ぶと同時に光を放ち球体は弾けた。
そこから弾丸のような速さで何かが吐き出される。

――ドオォォンッ!!

「うわぁぁ?!」
「ひゃぁ?!」
「危ないっ!!」

ガラガラガラガラ!ッガラ…ガッ…ゴゥン!!

予想もしない衝撃に皆がパニックになり、悲鳴を上げる。
それは凄まじい勢いでアレスとウシオニが部屋へと投げ出される衝撃だった。
テーブルやら椅子やら家具を全て巻き込み、魔王城全体を揺るがす。
やがて壁に大きな穴を開け二人はようやく止まった。
彼女たちは起きたことに実感が沸かぬまま恐る恐る声を上げ始める。

「一体、何が起きたのよ…?」
「うーん…死ぬかと思った〜。」
「皆しっかりしろっ、生きているか?!」
「なんだよ…まるで大砲かなんかだったぞ…?」

残骸やらをどかし、手を取り合って立ち上がる。
見ると部屋は台風でも通った後のように家具が粉砕され散乱していた。
一人レイが立ち上がり周りを見渡した。

「アレス?…アレス、どこなんだ?!」

必死に探すもアレスの姿は見当たらない。
と、近くにいたリザが声を上げる。

「いたっ!!…レイ、こっちだ…手伝ってくれ!!」

声のする方へと向かうとリザが懸命に残骸を取り除いていた。
その下にはアレスの足だけが見えており、そこから上は大きな残骸で隠れていた。
レイが一瞬最悪のケースを想像する。

「ア…アレス!?」
「この残骸をどかすんだ…早く!!」
「どきなっ!」

二人の後ろからレジーナが割って入り、倒れていた大きな食器棚をその豪腕で退かした。
そこからリザがアレスを抱きかかえる。

「アレスは…アレスは無事なのか?!」
「…大丈夫、まだ息はある…生きてるよ。」
「よかった…。」
「こっちにも誰かいるよ?!」

見るとルカとプリンが同じように残骸に埋もれたウシオニを発見した。
二人はゴブリンというのもあってか容易に残骸を退かせる事が出来ていた。
出て来たウシオニにななとたまが反応する。

「これは…。」
「なな…知っているの?」
「知っているもにゃにもジパングにいるウシオニにゃ、ねぇお姉ちゃん?」
「強靭としてしられるウシオニ様が…こんなになるなんて。」

その後ろではサラの手を借りてヴェンが立ち上がっていた。

「魔王様、大丈夫?」
「私は平気だ…皆も無事か?」
「魔王様!アレスとウシオニが見つかりました…こっちです!」
「…わかった!」

ルーの示す方へと行くとアレスとウシオニがそこに横たわっていた。
取り囲むようにして彼女達は心配そうに見つめる。

「二人共…一体何が?」
「アレスは…大丈夫でしょうか?」
「…。」

皆が焦る中、ヴェンは落ち着いた様子で二人の状態を見る。

「アレスは大丈夫だが…ウシオニの方はまずい、このままでは手遅れになってしまうぞ。」

ヴェンは見渡すように立ち上がった。

「手分けしよう…リザは医療道具を、レイは私の部屋からめぼしい薬を全部持ってきてくれ!」

「御意!」
「仰せのままに!」

指示を出された二人が勢い良く部屋を出ていった。
続けてヴェンは指示を飛ばす。

「たまとななは書物庫からウシオニに関する資料を集めてきてくれ、ルカとプリンはここの残骸の撤去、ロイス君とラズは止血出来そうなもの…シーツでもなんでもいいありったけ持ってきてくれ!」

「はい!」
「了解にゃ!」
「わかった!」
「わかった〜!」
「は、はい!」
「ほらロイス、急ぐよ!」

たまとななは書物庫へと向かい、ラズとロイスは各部屋へと廻った。
ルカとプリンはテーブルやらイス、家具を窓へと放り投げる。

「サラ、急いでヒメを呼んできてくれ!私だけでは回復魔法が追いつかない!!」
「はいっ、まったく…あいつこんな時にどこにいんのよ?!」

サラは愚痴を吐きながら窓から飛び出しその黒い翼を広げた。

「レジーナ!彼女をテーブルに乗せる…手伝ってくれ!」
「はいよっ…!」
「「いくぞ…イチッ、ニッ、サン!!」」

声をあわせてヴェンとレジーナはウシオ二をテーブルへと乗せた。

「いいぞ…。」
「魔王様、私たちはどうすれば?!」
「残った者はアレスの治療を、それ以外は邪魔にならないように手分けしてくれ!!」
「わかりました!!」
「アレス…もう大丈夫だよ。」

セーレとクロエに連れられてアレスは部屋を出ていった。
彼をひとつ向こうの角から…一人の女の子が覗いていた。
それも…冷たい眼差しで。




―――――――。






「…?」

白いベットの上で俺は目を覚ました。
窓から差し込む光に目を細め、頭をはっきりとさせる。
起き上がってみると頭や身体に包帯が巻かれすこし不自由さを感じた。

「これは…。」

部屋を見渡すと壁に弓矢やショートソードが掛けられており、棚には可愛らしいぬいぐるみ、それに何故かメイド服とエプロンが置いてあった。
その時点でここは自分の部屋ではないことが分かった、ただ…。

「戻ってこれたんだな…。」

部屋は違っても雰囲気でわかる、どうやら俺はちゃんと転移出来たようだ。
恐らく俺は誰かの部屋を借りているのだろう…でも誰だ?

「そうだ…ウシオニ!!」

一緒に転移したはずのウシオニが気になり、俺はベッドを降りた。
部屋を出ようとしたとき、目の前のドアが先に開いた。

「あ…。」
「あ…。」

ドアの向こうからセーレが包帯を持って立っていた。
二人して目があったまま固まってしまう。

「…。」
「…。」
「ば―」

セーレの目からポロポロと涙があふれた。

「ばかっ!!!」

罵倒しながらもセーレは勢い良く俺に抱きついてきた。
彼女は俺の胸に顔を埋め、わんわんと泣きだした。

「バカ…ヒクッ、心配、したんだから…とても、怖かったんだから…!!」
「…すまなかったな。」
「アレスの…バカァ…。」

泣きじゃくるセーレの頭をゆっくりと撫でて落ち着かせる。
すると泣き声を聞いたのかユラとレイが駆けつけてきた。

「どうしたのよセーレ…ってアレス!!」
「アレス、もう大丈夫なのか?!」
「あぁ、心配かけたな…。」
「心配かけたって…あんたね…。」
「セーレ、気持ちは分かるがアレスは怪我人だ。」
「あ、そうだった…グスン。…と、とにかく…みんな呼んでくるね!!」

セーレは一目散に部屋を出ていき皆を呼びに行った中、ユラは呆れた風に話し出した。

「まったく、アレスが来た時は大変だったんだから…部屋は滅茶苦茶になるし二人ともボロボロだし…それにあんた三日も寝込んでたのよ?」
「三日…俺は三日も寝ていたのか?」
「いやむしろ…三日で起き上がれる方がおかしい、普通は動くこともままならないはずなんだぞ?」

ユラの説明にレイが関心を含めたように付け加えた。
そうか…全然気がつかなかったが思ってたより重体だったようだな。

「俺は大丈夫だが…それに二人と言っていたが一緒にいたウシオニは無事だったのか?」
「えぇ大丈夫よ、ウシオニは元々生命力が強いから魔力さえ補えば自然治癒出来るわ。」
「だが、お前は人間だからちゃんと寝ていなければ駄目だぞ。」
「いや俺は―」

言う前にレイに強引にベッドに寝かされてしまった。

「頼むから…無理はしないでくれ、心配するから…。」
「そうよ…あたしたち皆、ほんとに心配したんだからね?」
「…すまない。」

二人の真剣な表情に俺はそう言うしかなかった。
わかってるつもりだったがあの時は他にどうしようもなかった…。
…でも、今回は皆に助けられたな。

「二人とも、ありが―」
「は〜い、回診の時間よ〜♪」

俺が二人にお礼を言おうとしたらドアから少し色っぽい声で誰かが入ってきた。
三人で振り向くとそこには―

「なに…している?」

看護婦…ナースの格好をしたサラがドアの前に立っていた。
白のハット、白のストッキング…さらに回覧板まで手に持っている。
一体どこでそんなものを?
サラがドヤ顔で話し始める。

「見て分からない?白衣の天使よ。」
「あんた…悪魔だったんじゃ?」
「細かいことは気にしな〜い、私も一度やってみたかったのよね〜♪」
「ほんとよく恥ずかしく無いな?」
「メイドのコスプレしてるレイに言われたくないわよ。」
「あれは断じてコスプレじゃない!し、仕事服だっ!!」

焦りながらも必死に言い返すレイ…ちょっと可愛いな。
だとするとメイド服があるこの部屋は…。

「ということは…ここはレイの部屋か?」
「へ?!あ、あぁ…転移してきた部屋から一番近かったからな…。」
「どおりで…可愛らしい部屋だな、ぬいぐるみとか。」
「い、いや?!ち、ちがうぞ…これは、だな!!」

ぬいぐるみを乱暴に持って俺に必死に弁明しようとするレイ。
その後ろでサラとユラが意地悪そうにニヤニヤと笑っている。

「ま、的だ!弓を射る時の的だ、手頃なのが無くて止む無く置いてるだけで…。」
「あら〜?レイはそれをいつも寝る前に抱きしめてるんじゃなかったの?確か名前はアレ―」
「あーっあーっ!言うなっ!言うなぁ!!!」

レイは顔を真っ赤にしてユラの口を塞ごうとするがユラは八本の足を器用に使って涼しい顔で受け流していた。
それを遠目で見ているとサラが不敵な笑みでこちらへと寄り添ってきた。

「アレスさ〜ん、治療しますよ〜♪」
「治療って…何する気なんだ?」
「エロいナースが治療するといったら一つしかないでしょ〜?」
「いや…待て、ここでか?!」
「フフフ、さぁ…脱ぎ脱ぎしましょうね〜♪」
「よ、よせ!やめろっ!」
「随分と楽しそうなことしてるわね〜?」
「え?」

ふと天井から声がして見上げるとアサギがスルスルと俺の上に降りてきた。

「ア、アサギ!!」
「もうアレス、心配したじゃない…私はこの年で未亡人は嫌よ?」
「…お前いくつなんだよ?」
「だから…今のうちにヤれることはヤっときましょう♪」
「お、おい!」
「ちょっと、あたしが先だったんだから〜!」
「お前らっ!言っとくがここは私の部屋だぞっ!!」

な、なぜこんなことに?
俺をもとに皆が争い始めてしまった、このままでは何時かみたいに全員で襲われかねない。
早めに自分の部屋へと帰って…。

気づかれないようにベッドを抜け、ドアへと向かった時だった。

バンッ!!

「?!」
「アレスッ、もう元気になったの?!」

ドアが勢いよく開かれ、彼女たちが一斉に入ってきた。

「ちょっと、もう動いて大丈夫なの?!」
「セーレの言ってたとおりだな?!もう動いてやがるぜ!」
「お兄ちゃん、寂しかったんだから〜!!」
「アレス、まだ寝てなきゃ駄目でしょう?!」
「お父さん〜!!お父さん〜!!」
「ちょっとあんた達、団体でのお見舞いはお断りよっ!!」

…どうやら、俺はここでもゆっくりできなさそうだな…。




―――――――。



「まったく…君はいつも無茶ばかりするな?」

やっとのことで開放された俺はヴェンと一緒に俺の部屋へと向かっていた。
二人で話をするならそこが一番だろう。

「すまないな…でもおかげで二人とも助かっただろ?」
「君らしいな。…でももう歩いて大丈夫なのか?あれだけの傷で。」
「あぁ、じっとしていると勿体ない気がしてな…。」
「ここにいるぐらいはゆっくりしてくれ、彼女たちも喜ぶだろう。」
「それはそうだが…ところでウシオニはどこに?」
「ユキノの隣の部屋だ、君と同じでウシオニも歩けるほどに回復しているよ…まったく君は本当に人間か?」
「よく言われる…。」
「それは私の言葉だ。」

二人で笑い合いながら自分の部屋の扉を開けた。
そこには―。

「はぁ…はぁ…アレス…。」
「だめ…臭い、たまんない…。」
「旦那様…旦那様ぁ…!」

…俺のベッドで息を荒くするリザ、クロエ、ちうの三人がそこにいた。

「…。」
「…。」
「「「あ。」」」

ヴェンと二人で固まっていると三人と目が合った。
リザは俺の枕に跨り、クロエは俺のベッドの上で秘部を触り、ちうは俺のシャツに顔を埋めていたまま止まる。
…しばらく無言の沈黙が続いた後、俺達はそのまま―。

パタンッ。

「部屋を間違えたようだ。」
「そ、そのようだな。」

見なかったことにした。

「あぁぁっ、待って待ってアレス!?」
「ち、違うんだ、私たちはただお前のことを思って我慢していただけで!」
「ふえぇぇん…旦那様ぁ…嫌いにならないで〜。」

扉の向こうから三人の悲痛な叫びが聞こえてきた。
そしてヴェンは言う。

「…わかったか、彼女達を放置しすぎるとどうなるか?」
「あぁ…良く分かったよ。」

その後、必死に土下座する三人をなだめて俺達は部屋へと入っていった。


…。


「…やはりな。」

俺は今までの旅の経緯、特にウシオニを送る際の事をヴェンに話した。
俺の話を聞いていたヴェンが頷きながら何かを納得する。

「ヒメから聞いて、その特徴からまさかと思っていたが…やはりあの勇者の一味だったか。」
「あぁ、あの時は必死だったが…今思えばどうしてあんな所に?」
「まさか…魔王様の存在がバレてしまったんじゃ?!」

リザが青ざめた表情をするが俺は首を横に振って否定する。

「それは無い、あいつは初めにヒメを襲っていた…それに俺を追いかけていたのなら隙はもっと他にあった筈だ。」
「だとすると…偶然でしょうか?」
「まぁ、一様あいつも勇者の一味だし…魔物を狩っていたんだろう。」
「アレスが来なければ…あのウシオニは死んでいたな。」
「その女剣士は…どうなったのですか?」
「今は新しい自分を見つけて楽しんでるよ。」
「新しい自分?」
「あぁ、なるほど…。」

リザは理解できなかったようだがちうとクロエには分かったようだ。
…ジパングでは良くあることなのだろうか?

「それと、ちょっと気になることがあるのですが…。」

クロエが急に俺の方を向いて不安げに聞いてきた。

「先程から聞いているとアレスはその女剣士と面識があるようですが…どうしてですか?」
「そ、それは…。」

クロエの質問にヴェンは気まずそうに俺を見たが俺は静かに溜め息をした。

「いやいい、いずれ言わなきゃならないことだ。」
「アレス…。」
「一体…なんなんだ、アレス?」

三人の注目が集まる中、俺は静かに語り始めた。
昔の…忌まわしい過去を。

「俺は昔な…その勇者の一味だった事がある。」



―――――――。



「ふむ。」
「…。」
「えっと…。」

俺が話を終えると三人は思い思いの表情をした。
どう思っているかは分からないが、いい思いはしないだろう。

「すまないな、いずれ言おうと思っていたが言えなかった…。こんなこと今更言っても困ると思ってな。」

ほんと今更だがな…本当なら会ったときに言うべきだったが彼女たちを思うと言えなかった。
俺が気まずくなり目を伏せているとクロエが口を開いた。

「ほんと…今更ですよ。」
「…。」
「でも良かった。」
「え?」

驚いて顔を上げると、三人は俺に微笑みかけてくれていた。

「昔の妻だったとか言い出したらどうしようかと思いましたが…それなら問題ないです。」
「私はどちらかというと黙ってたほうがショックだったがな…まぁ、当然か。」
「旦那様、私たちはそんなことを気にしませんよ?」
「だって…俺は元勇者の一味なんだぞ?ヴェンを倒したのも俺達なんだぞ、気にならないのか?」
「魔王様とアレスを見てそんな心配はしませんし、それに魔王様も気にしておられないのでしょう?」
「あぁ、寧ろ感謝している…あの時はアレスに救われたからな。」
「アレス、もっと私達を信用してくれ。私たちは”今の”アレスが好きなのだから。」
「…みんな。」

どうやら俺の杞憂だったようだ。
他の皆に話しても納得してもらえるだろうか?
いや…納得してくれる、そう信じよう。

「さて、こんな暗い話は終わりだ。」

ヴェンは立ち上がって手を軽快に叩きながら話し始めた。

「もう良い時間だしそろそろお昼にしよう、今日はアレスがいるから豪勢なものを皆で作ろうか?」
「え、だが俺は…。」
「今君は休養が必要だろう?なら何日かはここにいてくれ。」
「しかし…。」
「良いじゃないか、私たちもアレスと一緒にいたいんだ。」
「せっかく帰ってきたのですからゆっくりしましょう?」
「旦那様、ご無理をしてはいけません。」
「…参ったな。」

こう皆に迫られると嫌とは言えないな…。
まぁ元々帰るつもりだったし、すこしゆっくりしても大丈夫だよな?

「じゃあ、皆を呼んで支度を―」
「ん?」

ヴェンがそう言おうとしたとき俺はドアから視線を感じた。
見てみるとドアの隙間から小さい瞳がこちらを覗いているのが分かった。

「ライムか?」
「どうしたんだ、アレス?」
「いや、そこに…。」

俺が指すとドアがゆっくりと開かれ、そこにはリザードマンの少女がいた。
白いワンピースで左目に眼帯を付けたその少女はどこか悲しげなように見えた。

「あ、『エルザ』起きたのか?」
「…エルザ?」

エルザ…リザに子供が出来たのだろうか?
いや、それにしては大きすぎるしそんな話も聞いていない…。
もしかして…?

「ヴェン、この子は…?」
「あぁ、この前言っていたここに流れ着いた少女だよ。」
「そうか、アレスにはまだ紹介してなかったな…。『エルザ』、名前は私が勝手に付けたのだが…エルザ、こっちにおいで?」
「…。」

エルザと呼ばれた少女は無表情のままリザの元へと歩いてきた。
時折こちらをちらちらと気にしてはいるがどうも警戒されているようだ。
むしろ…親の敵のように睨まれている。

「ほら、前に言っていた私の夫のアレスだ。」
「宜しくな、エルザ?」
「…。」

俺は手を交わそうと差し出したがエルザは睨んだままリザに抱きついた。
…俺は相当嫌われているらしい。
腰元を離さないエルザにリザは優しく話しかける。

「大丈夫、この人は私たちの夫だ。…怖がらなくていい。」
「…嫌。」
「アレス…この子はな?」
「わかってる、元々そういう子じゃないんだろ?」

ヴェンが説明するまでもなく俺には分かった。
彼女の目を見ていればわかる…必ずしも魔物が人間を好きとは限らない。
人間に極度のトラウマを持てば誰でもこういう反応にもなる。
リザが申し訳なさそうにこっちを見た。

「…すまないなアレス、ロイスにもこんな反応なんだ…普段はもっと穏やかに話してくれるんだが。」
「いいさ、初めて会ったばかりだし警戒されるのは当然だ。」
「同じ種族もあってか一番リザに懐いていますね、私も早く子供が欲しいです。」
「ちうも同じです、早く旦那様との子供が欲しいです。」

二人の妙な視線に俺は視線を泳がせるしかなかった。
…今夜俺はどうなってしまうのだろうか?

「エルザ、昼食の準備をするから一緒に来てくれ。」
「…はい。」
「あぁついでに皆も呼んできてくれ、分担させて作業したほうが早くできるだろう。」
「わかりました。」
「あ、私たちも参ります。」
「アレス、後でね?」
「あぁ。」

リザに連れられてエルザは部屋を出ていった。
部屋を出る時、一瞬だが彼女と目があった…。
その瞳は…。

「―。」

どこか寂しそうにしていた。


「…ヴェン、エルザはどこの出身だ?」

ドアが締め切った後、タイミングを見計らってヴェンに聞いてみた。
さすがに本人の前では聞けないからな。

「それが…まだ話せていないんだ、どこかの村にいた事は分かっているのだが…。」
「ここに着いたとき怪我をしていたと言っていたな、ということは…?」
「あぁ、恐らく勇者や教団の襲撃にあったのだろう…命からがら逃げてきた彼女はここへとたどり着いた…あくまでこれは憶測だが。」
「その辺りだろう、エルザはこの先どうするんだ?」
「リザが進んで面倒を見てくれると言っているからしばらくはここに置いておこうと思うのだ、なに…部屋は十二分に足りているよ。」
「そうか、俺も旅をしながら彼女の村を探してみることにする。」
「頼むぞ、さて…私たちも行くとするか!」
「そうだな、豪勢な食事に期待しよう。」

俺とヴェンは部屋を出て食堂へと向かった。
廊下を歩きながらヴェンと他愛のない話をする。

「皆と食べるのも久しぶりだな、人数も多くなったし。」
「あぁ、だが実際は全体の半分も満たない…気の長い話だ。」
「研究は順調なのか?」
「まだライムだけだからな、そう早くは出来んよ?」
「…相変わらず家事とかで忙しいんだろ?」
「ははは…最近は皆も手伝ってくれるし楽させてもらってるよ、それに今日は料理も皆で作るし私は安心して席に座っていられる。」
「魔王ってそんな忙しいのか?」
「私だけだろうな、聞くところによると魔王の中にはダンジョンに立っているだけという者も居るぐらいだ。」
「そいつほんとに魔王か…?」

苦笑しながら食堂の扉を開けた時だった。

ボォォンッ!!!

「うおっ?!」
「うわっ?!」

すぐ近くの厨房から爆発が起こり、爆風で扉が開け放たれた。
厨房内は黒い煙で充満し、咳をしながら何人かが出てきた。
レイとルカ、それにななだ。

「ケホッ…皆、大丈夫か?」
「なんとか…でも出来上がってた料理がふっとんだの見たわ。」
「ケホッ…ケホッ…生きてたのが奇跡です…。」
「お前ら…一体何があったんだ?」
「皆、ケガはないか?!」
「あぁアレス…それに魔王様、その…料理は―」

レイが申し訳なさそうにしていると煙の中からレジーナとヒメが出てきた。

「ゴホッ…ヒメこのやろうっ!!あたいを焼肉にする気か?!」
「わらわのせいではない!!鍋が勝手に爆発したのじゃっ!」
「お前があんな危ねぇ魔法ぶっ放すからだろ?!」
「火力が足りないと言ってたのはお主であろう?!」

「…ていう訳なんだ。」
「…すみません。」

俺はヴェンの顔を見ながら言った。

「おい、お前の出番だぞ?」
「…。」

ヴェンは手で顔を覆い隠していた。





―――――――。





「これが…。」
「豪勢な…食事?」

皆が集まって座った後、出された料理に誰もが思ったことを代わりにサラとアカネが言った。
なぜならテーブルの上には―

「カレーライス…?」

一人づつに大盛りのカレーライスが置かれていたからだ。
目を点にする皆に俺がフォローをいれる。

「まぁ…豪勢な食事だろ?」
「すまないな…これが限界だった。」
「ま、魔王様のせいではありませんよ?」
「まったく…ほんと誰のせいでしょうね?」
「サラ…手伝いもしていないお前が言うな。」

隣で少し落ち込むヴェンにレイが励ましを入れ、サラのいびりにリザが一言を加える。
ヒメが少し落ち込んでいたが後で声を掛けておこう。

「なんで〜?ライムはカレーライスすきだよ〜♪」
「ライムはなんでも食べれるもんね〜えらいえらい♪」
「えへ〜。」

スラミーがライムを撫でてやるとライムは嬉しそうに笑った。
それを見て皆の空気が少し軽くなった気がした。

「ライムの言うとおりだな…良いじゃないか、カレーライスでも。」
「”ルー”…だけにかい?」
「そのネタは二度と言うな。」
「ま、あたいはこっちの方がガッツリしてていいんだけどな?」
「あんたはいつもがっつりしてるでしょ?」
「カレーですか…初めて食べますね。」
「あたしもにゃ、ユキノさんもかにゃ?」
「はい、ジパングでは見たことがなかったので…。」
「えっ?!ジパングにカレーってないの?!」
「大きい街ならあったかもしれないけど…私のいたところにはなかったわね。」

黙っていたみんなも思い思いに話し始めた。
よかった…沈んだまま食事なんて嫌だったからな。
ヴェンが手を叩きながら立ち上がった。

「さぁ皆そろそろ頂こう、一品だけで申し訳ないが量はたくさんあるから遠慮なく食べて欲しい。」
「なに?!おかわりもあんのか?!」
「レジーナ、それだけあってまだ食べるの?」
「ははは、量は作ったからな、みんなも食べてくれよ?」
「あれ、そういえばウシオニは?」

俺がテーブルを見渡すとウシオニの姿が無かった。

「心配ない、ウシオニは口を切ってしまったので部屋で食べやすいものを用意している、彼女といえどまだ怪我人だからな。」
「ここにいなくて寂しくないのか?」
「ラズとロイス君が付いているし、心配なら後で見に行くといい、二人だけで話したいこともあるだろう?」
「…それもそうだな。」
「ではいただきます。」
「いただきま〜す♪」

皆が目の前のカレーに手をつけた時だった。

フッ…。


「?」
「?!」
「ほえ?」

急に部屋が真っ暗になり何も見えなくなった。
なんだ、窓は開けていたはずだが…それにまだ昼だぞ?
暗闇の中、口々に話し始める。

「ヴェン、どうしたんだ?」
「わからん…外も暗くなっている、どういうことだ?」
「皆、落ち着け…大丈夫か?」
「勘弁してくれよっ、このカレーまで失ったら飢え死にしちまう!!」
「わ、わらわは何もしておらんぞ?!」
「わ〜い、真っ暗だ〜♪」
「プリン様、みっともないですからもっと緊張感持って下さい!」
「これは…。」
「どうしたのアサギ?」
「これはジパングの術の類よ!!」
「ど、どういうことだ?!」
「これは敵の視界を見えなくする術よ…こっちでは忍術って呼んでるけど。」
「忍術って…カラスの技じゃなかったか?」
「私のは神通力です、一緒にしないでください!」
「と、とにかく…だれか明かりを点けてください!!」
「やってるけど魔法が効かないのよっ!」
「私でも無理だ…いや、これは幻術の類だ、ならば―」

〜〜〜〜!!

スッ…。


「あ、明るくなった〜♪」
「眩しっ?!」

ヴェンが何かの呪文を唱えた後、瞬く間に部屋の明かりが戻った。
急に明るくなったせいか誰もが眩しさに目を細める。

「皆大丈夫か、なんともないか?」
「はい、ざっと見たところでは…。」

ヴェンも立ち上がって皆を見渡したところ、特に異常はなさそうだった。
良かったとホッと胸をなで下ろす。

「よかったぜ…カレーは無事だ!」
「あんたそればっかね…。」
「なんか今日は散々だわ、一体何なのよ?」
「これは…忍者の仕業よ。」
「忍者?」

皆が見つめる中、難しい顔をしたアサギがゆっくりと忍者について話し始める。

「忍者っていうのはジパング特有の隠密部隊よ、私も直に見た事はないけど普段は情報を探ったり要人を誘拐したり…とにかく特殊な力を持った集団よ。」
「その特殊な力がさっきの魔法?」
「こっちでは忍術って呼んでるわ…他にも自分を分身させたり水の上を歩くとも言われているわ。」
「すご〜い、かっこいい♪」
「その忍者が…なんでこんなところに?」
「それは…わからないわ。」
「アレスが連れてきたんじゃないのか?」
「いや、ここに来たのは二人だけだったはず…そうだよな、アレス?」

皆がアレスに注目した時だった。

「あれ?」

注目され質問されるべき当の本人の座っていた席は…空っぽだった。
乾いた声で誰かが呟いた。

「アレス…は?」

その瞬間、皆の顔が一瞬で青ざめ声を揃えて叫んだ。


「「「「アレスが誘拐されたぁぁっ!!!!!!!?????」」」」

12/04/02 20:31更新 / ひげ親父
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■作者メッセージ
お待たせいたしました…。
長くお待たせして申し訳ありません。
言い訳をさせていただくと仕事だったり、ラージマウスと戯れたり、資料を書いたりと大変だったんです。
でも次回はちょっと早くできると思います。
現在は60パーセントぐらいなので明日出来ればアップしたいですね…。

他に詳しいことは次回に〜!

ここまで見ていただいてありがとうございました!!

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