海賊ネズミ団―狙うは無限チーズ?!―
穏やかに佇む大海原。
眠気を誘うような規則正しい浪の音を聴きながら、船はゆらゆらと進む。
「暇だな…。」
一人の青年が船長室で椅子の背もたれに寄りかかりながら呟いた。
机の上には海図が何枚も散りばめられ、空の酒瓶がいくつか転がっている。
「ここ最近マシな事がない…これじゃ鈍っちまうな。」
普段なら輸送船を襲ったり島に上陸したりと動きっぱなしの彼らだが今に至っては暇を持て余していた。
外では船員のラージマウス達が追いかけっこをして遊んだり、チーズを賭けて(結局喧嘩になるが)ギャンブルをする始末。
本来であればこういう何もないときは隠れ家でじっとしているが『高級チーズをのせた定期船が通る』という情報を聞き、船を走らせたのだった。
結果…見つけたのはただの観光船で、料理に使う程度の微々たるチーズしか無かった。
手ブラでは帰れないと海図を開くもののここら一帯は何もなくただただ海が広がるだけの海域だった。
まさに八方塞がり…。
どうしようもないのでこのままゆらゆらと船を進めていた。
「でもなんとかして動かさないとあいつら怒るだろうな…。」
情報がデマだったときもあいつら「てぶらじゃかえらないぞ―!」とか言って息巻いてたしな…多分そろそろ―
ばんっ!!
と青年が考えていたら案の定、扉を蹴破って入ってきた。
―――――。
「こりゃー、お頭!!」
プンスカと頭に煙を出したベスが机を乗り出して怒る。
…見かけが見かけだけに怒っていても可愛らしい。
「なんじゃこの体たらくぶりは?!いつになったら船を走らせるんじゃ!?」
やっぱ、そうきたか…。
「仕方ないだろ、行き先も目的も無しで船は進められない、ここで輸送船が通りかかるのを待ち伏せていた方がなんぼかマシだ。」
「わしらは泣く子も黙る海賊ネズミ団じゃぞ、攻め込まずしてチーズなど得られん!!」
「そうは言っても八方塞がりだ、最悪引き上げることも考えないと…食料ももう少ないんだろう?」
「むむむ、ぶ、武士は食わねど高楊枝と言って…。」
「お前海賊じゃなかったのか…?」
ベスの言う事も分かってはいる…、だからこそ俺はここで何か起こるのを待っているんだが安直な考えだったか…?
「それにじゃ、こんなところで待っておったらいつか海軍に見つかってしまうぞ?」
「それは大丈夫だ、奴らが宛もなくこんなところ通るわけない…通るとしたら定期船―」
ドォーンッ!!!
「うわぁ?!」
「ひゃぁ?!」
突如、轟音のような音が響き船が揺れた。
「なな、ななななななんじゃっ?!」
「くそっ、ありゃ大砲だ!!」
部屋を飛び出し甲板に出ると、辺りはパニックになっていた。
「なんだなんだ〜?!」
「てきしゅう、てきしゅうっ!!」
「敵ってどこ?!何も見えないよ?!」
「みはり、ちゃんとみろ〜!!」
「なにもいないよっ!!」
「お前ら落ち着けっ、報告しろ!!」
慌てふためくラージマウス達を落ち着かせる。
一体何が起こったんだ?!
「あ、おかしら!」
「やった〜、おかしらがきた〜。」
「被害は?当たったか?!」
「だいじょうぶ、撃ってきたのはいっぱつだけ〜。」
「一発だと…敵は?」
「それが…どこにもいない…。」
「いない…?」
どういうことだ…?
敵は大砲一発撃って逃げたってことか??
だとしたら舐めたことしてくれるな…。
「まだ近くにいるかもしれねえ、飛んできた方向へ舵をとって追いかけろっ!!」
「「「おーっ!!」」」
「おかしら、ちかくで誰か浮いてる!!」
「なに?!」
言われて船から水面を見てみると板の切れ端に捕まるようにして男がゆらゆらと浮いていた。
「さっきまではなにもいなかったよ〜。」
「もしかするとさっきの砲撃はこやつかもしれんぞ?」
「馬鹿な…人間を砲弾にして撃ち込んだっていうのか?」
そんなどこぞの世紀末じゃあるまいし。
だがさっき打ち込まれたのはここだとも聞いていたし…なにか知っているかも。
「よし、誰かあいつを助けてやれ。」
「はーいっ、わたしがいく〜…とぅ!!」
リルカが勇良く何も付けずに海へと飛び込んだ。
まて…何も付けずに?
「馬鹿っ!!、ロープも付けずにどうやって引き上げる気だ?!」
ザバーンと着水した後、船の下の方から泣きそうな声が響く。
「ふえぇぇん…たすけて〜。」
「やれやれ…。」
…。
「で、こいつは一体何者なんだ?」
ぼとぼとになった服を乾かしながら気絶したままの男を見下ろす。
ベスが持ち物を調べているが難しそうな顔をしていた。
「ふむ…持っているものは液体の入った瓶だけ、これだけでは特定できんな。」
「…なんの液体なんだ?」
「わからん…薬のようにも見えるが…?」
とても船旅するような持ち物じゃねえし…遭難者にしては服が綺麗だしな…益々訳がわかんねぇ。
取り囲むようにしてラージマウスたちが興味ありげに話し出す。
「くすりやさんなのかな?」
「商売人、かも…。」
「でも良く見ればこの人けっこうかっこいいよね?」
「それわかるー、でもお頭には敵わないよっ。」
「おかしらのほうがびけい〜!!」
「びけい〜!!」
「くくく、お前らも言うようになったじゃないか?」
「言っとる場合かっ!…で、こやつはどうするんじゃ?」
「そうだな…。」
大した物も持ってなさそうだし、おまけに野郎だ…面倒ごとになる前に海へ捨てちまおうか?
いやむしろ魔物に売り飛ばすって言う手もアリか…?
「う…ん?」
「おや…気がついたようじゃ。」
気絶していた男が目を覚ましながら起き上がる。
ちっ…物騒な考えしてたら先に起きやがった。
「ここは…?」
「ここは船の上じゃ。」
「船…それにラージマウスだと?」
男は現状を分かってないのかきょろきょろと周りを見始める。
ここはきちっと言っとかないとな…。
「そうだ…だがただの船じゃない、海賊船だ。」
「海賊船?」
「そうじゃ、何を隠そう…我らが泣く子も黙るネズミ海賊団じゃ!!」
ここぞとばかりにべスは無い胸を張って男に言い放つ。
普段威厳が出せない分目立ちたかったんだな…可愛いやつめ。
周りのラージマウスも合わせるように「おっー!」と雄たけびを上げた。
「どうだ、こわいだろう?!」
「私たちはすごくおそろしいんだぞっ?」
「こ、ここ怖いんだぞ?!」
「それを束ねるお頭はつよいんだぞ〜!!」
「どうだ、まいったかーっ!」
「ええーっと…ま、まいったかーっ!」
そんな容姿で言っても全然怖くは無いんだが言ったら凹まれ…いや、俺達の尊厳に関わるから黙っておく。
「ふふふ、どうじゃ…恐れて何も言えまい?」
ドヤ顔をしたべスがふふんと鼻を鳴らし男の顔を覗き込む。
まぁ、それでもこれだけの魔物に囲まれれば男とはいえ堪ったものじゃないだろう。
だが男はバツが悪そうに言った。
「あ〜、なんというか…海賊っぽくないな?」
「な、なぬ?!」
「なんだと〜?!」
「よくもいったな〜?!」
男の言葉にラージマウスたちは抗議の声を上げぷんすかと怒り出した。
へぇ…これだけ魔物に囲まれても動じないとはなかなか骨のある奴だ。
だが、海賊っぽくないってのは聞き捨てならないな。
「助けてくれた事には感謝する、だが俺はお前達の欲しがるような物は今は持ってないし富豪の生まれでもない…出来れば俺が元いた島まで送って欲しいんだが…?」
「待ちな。」
闇雲に立ち上がろうとする男の首に俺は素早く剣を当てた。
男は動かず黙ったまま俺の方を見つめてくる。
「勘違いしてるようだが俺達は慈善事業してるんじゃねぇ、砲弾が飛んできたと思ったらお前が浮かんでたから事情を聞きだすために拾ってやったんだ。」
「それはすまなかったな…その砲弾というのも多分俺だ。」
「どういう経緯かは聞かない、攻め込んできたわけじゃない事も分かった…だが俺達にお荷物はいらない、今すぐ降ろされるか自分から飛び込むか選びな?」
「無事に帰れればお礼はちゃんとする、それまで待ってくれないか?」
「駄目だ、お前はまだ信用出来ない。」
「傲慢だな…。」
「それが海賊だ。」
威圧するように言った俺の言葉に周りから「さすがお頭!!」「かっこいい〜!」「素敵…。」と黄色い声が上がった、まぁ…悪い気はしねぇな。
そんな様子を見て男は微笑みかけた。
「随分と慕われているんだな?」
「あぁ、そこらの人間より動いてくれるし…何より俺がロリコンなところがあるからな。」
「ロリコ…まぁ良い、だがお頭さん?…俺はお前達とは戦いたくない。」
「なんだと?」
男は俺の剣を払いのけて詰め寄ってきた。
「俺はお前と同じ、いやそれ以上に魔物達を愛している…彼女達の為なら命は惜しまないつもりだ。」
「え、お前もロリコン−」
「…じゃないが俺は同志を手に掛けたくはない。」
「気が合うな?俺もそうだ、だがこっちも死活問題なんでな?」
「こっちも譲れない事がある…最悪この船を頂いてでも帰らせてもらうぞ?」
「大した自信だな、これだけの数を相手に勝てるとでも?」
「その時は−」
言いながら男は俺に何かを手渡した。
「…覚悟しておいてくれ。」
手を広げて見るとそれは折れた剣先だった。
「なっ?!」
驚いて剣を見ると見事に先が無くなっていた。
くそ…いつの間にやりやがったんだ?
「え、なになに?何が起こったの?!」
「はやくてなにもわかんないよ!」
「お頭…どうしたの?」
周りで見ていたラージマウスたちが一斉に何事かと騒ぎ出す。
その中でベスが俺にそっと耳打ちをしてきた。
(ど、どどどうするんじゃ?こうなったら隙を見て一斉にやってしまうかの?)
(駄目だ、こいつはかなり出来る…頭にくるが従うしかない。)
(ぐぬぬ…海賊としてのわしらの面子が…。)
「どうだ…話は決まったか?」
くそっ…やっぱり面倒になりやがった。
こんな事なら拾うんじゃなかったぜ…とんだ厄日だ、今日は…。
「わかった、乗せてってやる…ただし、いくつか約束しろ。」
「なんだ?」
「まず、ここでは俺の命令に従う事…あと勝手な行動はするな。」
「善処しよう…他には?」
「それと着いたらで良いが…『お礼』は弾んで貰うぜ?」
「無論、そのつもりだ…いくら欲しい?」
「いや、俺達は金じゃなくて−」
「「チーズだっ!!」」
話してる途中で後ろから口を揃えてラージマウスたちが言った。
不意を突かれたのか男は驚いたように聞き返す。
「ち、チーズ?」
「そうだ、わたしたちはチーズが食べたいんだっ!!」
「ほうしゅうとしてチーズをようきゅうするっ!!」
「それもひとつやふたつじゃない…ぜんぶだっ!!」
こうなったらもう止まらねぇな…こいつには悪いが破産するまでチーズを買ってもらおう。
「まぁ…そういうことだ、かなりの量になるが良いか?」
「多分…大丈夫だろう、俺の知り合いにそういう奴がいる。」
「なんだ?チーズの商売人か何かか?」
「いいや、『チーズなり何なりを創り出せる奴』とでも言っておこう。」
「な、なんじゃと?!」
「チーズをつくりだせる?!」
チーズと言う単語にあからさまに食らいつく。
お前ら海賊の威厳はどうしたんだよ…?
「ほ、ほんとに?!」
「ああ、本当だ。」
「い、いくらでもつくれるの?!」
「流石に限度はあるがお前達を満腹にさせられるほどなら大丈夫だろう。」
「高級…?」
「それも問題ないだろう。」
「やったーっ!!」
そんな奴いんのかよ…そんなことが出来るのは神様ぐらいなもんだぞ?
でも駄目だ…こいつら話に乗っかっちまって涎垂らしてやがる。
だがほんとだとしたら…。
「そういや名前聞いてなかったよな?」
「そうだったな、俺はアレス…よろしくな。」
「俺は頭とでも呼べ、後…お前に一つだけ忠告しておく。」
「…なんだ?」
俺はなるべく殺気を放ちながら言った。
「こいつらに手を出したら…殺すぞ?」
「…。」
「わかったか?」
「ふふ、安心しろ…ラージマウスは間に合っているからな。」
「間に合ってる?」
「こっちの話さ、気にするな。」
「ほれっ皆の者!!、さっさと客人を部屋に案内せんか!!」
「アイサーッ!!」
「お前らな…。」
勝手にアレスを船内へと連れて行くラージマウス達、その中でリルカが不敵に笑った。
「お頭。」
「なんだよ?」
「ヤキモチー。」
「うっせぇ!!」
笑いながらリルカは船内へと入っていった。
−−−−−−。
しばらくして…。
「ねぇねぇ…アレスは何処から来たの?」
「お嫁さんとかいるの??」
「チーズ好き?」
「職業とかあるの??」
「待て…いっぺんに聞かれると分からないから一つずつ答えるぞ?」
船内でアレスはラージマウス達に質問攻めにあっていた。
まぁ…俺以外の男が船にいるなんて珍しいからな、無理も無いか…。
だがなんだろう…この切なさは?
「俺も随分と湿っぽくなっちまったな…。」
「何を黄昏とるんじゃ、らしくないのぅ?」
俺がボーっと見ているとベスがとことこと近寄ってきた。
「何でもない、ただちょっと気になるだけさ。」
「アレスが…か?」
「あぁ、なんというか…あまり信用できない。」
「なんじゃ…まだ妬いとるのか?」
「そうじゃねえよ、ただ得体が知れないだけだ。」
「そうかのう…?」
「なぁ、お頭さん?」
ベスと話しているとアレスがいつの間にか俺の目の前へと来ていた。
「あ、どうした?」
「いや、ちょっと聞きたいんだが…どうしてお前はここの頭になろうとしたんだ?」
「だから…俺はロリコンだから−」
「それだけで海賊はしないだろう…どうしてなんだ?」
「ほんとに何でもない…ただ俺はこいつらに好かれてるだけさ、いつの間にか頭と慕われていた…それだけだ。」
「なるほど…頭、兼、夫ということか。」
「それなら、お前はどうなんだ?」
「俺か?」
「そうだ、魔物を見ても驚かないし寧ろ愛していると言っていた…お前にも妻がいるのか?」
俺の質問にアレスは少し考えたが決心したように話し始めた。
「あぁ、いるよ…俺は妻を捜す旅をしているからな。」
「妻がいるのに妻を捜すのか?」
「妙な話だが間違いではない。」
「そういやさっき…ラージマウスは間に合ってるとか言ってたが…まさか。」
まさかこいつ、全魔物を嫁にしようと…?
俺が見ているとアレスは静かに頷いた。
「正気かよ…?」
「残念だが俺はまともな方だ…それにこれは俺の欲ではなく彼女達の為でもある。」
「魔物たちのため…?」
「…悪いがこれ以上は言えない。」
なんだ?
そんな風に言われると余計気になるな…。
だが聞くと余計面倒な事になりそうな…?
「ねぇねぇ…ということは、アレスってつよいの?」
横からラージマウスの『ミュール』が突然、そんな事を言い出した。
「なんでそうなるんだ?」
「だって…そのはなしだといろんなまものを嫁にしてきたんでしょ?」
「まだ全部ではないがな。」
「ほら、りざーどまんとか…つよいあいてしかきょうみないって言うじゃない?」
「ほぅ…それもそうじゃな、女子は強い男を好きになるのは当然じゃからの。」
「じゃあ…アレスはつよいのかなっておもって。」
「ふーん、どうなんだ?」
またもやアレスは質問されすこし戸惑っていた。
俺もそこそこは剣を使えるがこいつは得体が知れない強さだからな…。
ちょっとだけ…興味あるな。
「さぁ…相手にもよるな。」
「じゃあじゃあ!!お頭とどっちが強い?!」
「え?」
「お、おい?!」
なんでそこで俺が出てくるんだ?
というかなんでそんな面白そうなんだ?!
「それ気になるっ!!ねぇねぇどっちがつよいの?」
「聞かれてもわかんねえよ、なぁ?」
「お、俺に振るのか?…まぁ頭と言われるだけあるからやっぱ強いんじゃないか?」
「でもアレスもすごかったよ…お頭の剣を折っちゃうなんて。」
「ん〜、わかんないな…。」
「では−」
いきなりベスがテーブルに立ち皆に向かって語りかけ始めた。
「二人ともどちらが強いか戦ってみてはどうじゃ?」
「な、なに?!」
「え?!」
どうしてそんな話になったんだ?!
というかベス、何いきなり仕切ってやがる!!
「それ面白そう!!」
「どっちが勝つか見てみたい!!」
「何言ってんのよ…お頭が勝つに決まってるじゃん!!」
「じゃあお頭にチーズ一切れ賭けるっ!!」
「乗ったっ!!あたしもお頭にチーズ二切れっ!!」
「あたしは三切れ〜。」
「こりゃ!それでは賭けにならんじゃろうがっ!!」
「だって〜、お頭が負けるはずないもん。」
「そうだそうだ〜!!」
おい、なんか賭けみたいなもんまで始まってるぞ?!
「ちょっと待てっ…俺は一言もやるなんて言ってねぇぞ?!」
「へ?」
一気にラージマウス達が俺の方を向いた。
な、なんだよ?
「お頭…やらないの?」
「なんでこいつと勝負しなきゃなんないんだよ?」
「だって…気になるじゃん。」
「きになる〜。」
「俺に得なんて無いし…アレスも嫌だろう?」
「まぁ、流石に殺し合いはしたくはないな…。」
「ほれ見ろ。」
「じゃあじゃあ、危険が無ければいいんじゃな?」
「何する気なんだ?」
「ふふん、これを見るのじゃ!!」
いきなりベスがテーブルの上にあったコップになみなみとブドウジュースを注いだ。
コップの中はジュースで溢れそうな勢いだ。
「これがどうかしたのか?」
「ちょっとしたゲームじゃ、今から二人はこのコップに銅貨を入れていき先に溢れたほうが負け…というので勝負してみてはどうじゃ?」
なんかどっかで聞いたような勝負だな…。
アレスと二人して見合わせる。
「確かにこれなら危険はないが…これが強いのとどう関係あるんだ?」
「強いものは度胸がいいからのぅ…これならどちらが強いかわかるじゃろう。」
「だがやったところで俺たちに得なんか―」
言いかけて止めた。
いや、これは案外つかえるかも…。
「気が変わった…アレス、勝負しろ。」
「なっ…なんでいきなり―」
驚くアレスを見て俺はそのまま話を続ける。
「もし俺が勝ったらさっきの話の続きを聞かせてもらおうか?」
「…何?」
「お前の信用できないのは謎が多い所にある…なら、俺が納得できるまで話してもらうぜ?」
「知って…どうするんだ?」
「役に立ちそうな情報なら使わせてもらう。」
「…。」
まぁ、単に気になって眠れないだけだがこれだけ面白そうな奴の情報だ。
知っといて損はないだろう。
「じゃあ…俺が勝ったら?」
「アレスが勝ったら…そうだな、どうしたい?」
「そうだな…。」
アレスは少し考えたあと、こう言った。
「じゃあ、俺がお前たちの力を必要になった時…無償で協力してくれるというのはどうだ?」
「なんだと?」
おいおい、そんなんで良いのか?
この中から一人寄越せとか言い出したらどうしようかと思ったが…。
まぁ…それぐらいなら良いだろう。
「いいぜ、お前らも問題ねえな?」
「おぉー!!」
その返事を聞いてアレスは了承した。
そして目の前に銅貨が数枚置かれる。
「では始めるぞ、準備は良いか?」
「いつでも。」
二人とも向かい合ってひとつのコップに集中した。
「お頭がんばって〜!!」
「頑張って…。」
「おかしら〜。」
皆が見守る中、先行の俺がコインを二枚入れる。
慎重に…慎重に。
「…。」
ポチャン…。
コップの中にコインが二枚入った…。
ジュースは…溢れていない。
「ふぅ…意外と溢れそうだな。」
額の汗を拭って心臓を落ち着かせる。
こういうのは落ち着きが肝心だからな。
「さぁ、次はアレスの番じゃ。」
「そうだな…じゃあ俺は五枚入れよう。」
「五枚?!入るのそんなに?」
「静かに…。」
アレスは目の前で静かに…そして一斉に五枚コインを入れた。
ジュースは…波打つもこぼれはしなかった。
「…。」
「す、すごい…。」
周りまで息を飲むほど緊迫した空気。
それで落ち着いていられるこの男はやっぱり只ものじゃねえ…。
一体…何者なんだ?
「入れたぞ?次だ。」
「あぁ…そろそろ決着が付きそうだな、アレク?」
「わざと名前を間違えるな、そんなものでは俺の心は揺らがないぞ?」
ちっ…バレてたか。
まぁ、なにをしたところでこれで勝負はつくんだ。
俺の勝ちでな。
「じゃあ行くぜ…危ないから一枚だ。」
俺はあるコインを取り出しコップの上へゆっくりと持っていく。
「あ…。」
後ろで見ていたミュールが小さく声を上げた、何故なら―。
そのコインの裏には薄くチーズが貼っ付けてあったからだ。
こうすれば微調整がしやすく次の番で溢れさせることも可能、さらに危険性も少ない。
イカサマなんてものはバレなきゃ何をしても大丈夫だ…勝負する相手を間違えたなアレス。
勝ち誇った表情でコインを入れようとした時だった。
「ちょっと待て。」
「!!」
コインを入れる手をアレスがいきなり掴んできた。
まずい?!…ばれたか?
「お頭。」
「な、なんだ?」
周りが固唾を飲んでアレスの言葉を待った。
そしてアレスは俺と目が合ったとき…口を開いた。
「不正を防止したいから袖はまくってくれないか?」
「え、…あ、ああ…それもそうだな。」
なんだ脅かすなよ、バレたかと思ったじゃねえか…。
気を取り直して袖をまくり、コインを入れた時だった。
タプッ…。
「?!」
「あ?!」
コップからジュースが溢れ…テーブルを濡らした。
「そ、そんな…馬鹿な?!」
そんなはずはない、まだコップの中は余裕はあったはず…。
ありえない…一体こいつどんな魔法を使いやがった?!
頭が追いつかないままアレスは静かに言い放つ。
「俺の…勝ちだな。」
アレスの言葉で皆我に帰り口々に騒ぎ出した。
「よっしゃっ、わしの一人勝ちじゃ!!」
「あっ、ずるいーっ!!」
「ひきょうものーっ!!」
「うわぁーん、お頭のばかぁーっ!!」
「なんでだ…?」
ポカポカと背中を叩かれてるがそれどころじゃない。
こいつ…一体何を?
俺が睨んでいるとアレスは不敵に笑った。
「俺もある勇者のおかげでこういうのには慣れているんだ…ここで役に立つとは思わなかったが。」
と、アレスは俺に向かって手の平を差し出してきた。
見ると手の上に何か白い物が置かれている、それはまるで綿のような…。
「あぁっ?!!」
それで俺はすべての謎が解けた。
すべてこいつの思惑通りだったてわけだ…。
要はまずこの綿のようなもので水か何かを染み込ませておいて手に隠し持っておく。
アレスは俺がイカサマを仕掛けてくると踏んでわざと仕掛けやすいギリギリのラインまでコインを入れた、そして見計らってイカサマをした俺の手をあたかも見破ったかのように掴む。
一瞬俺と周りの注意がアレスに逸れた隙にこいつは染み込ませた水をコップの中に搾り出したんだ…!!
俺はまんまとそれに引っかかって…。
「舐めたマネを…!!。」
「それはお互い様だろう…っと、そろそろ迎えが来たようだ。」
そういうとアレスは急に甲板へと走り出した。
「あ、おい待ちやがれっ!!」
「え?!ちょっとおかしらどこいくの?」
「こりゃ!!、まだチーズを数えとらんのに?!」
―――――。
外へと出ると船の端の方でアレスは空を見上げていた。
ただ黙って…水平線の向こうを見ているようにも見えた。
全員でアレスを取り囲む。
「おい、アレス。」
「…来たか。」
「?」
視線を辿ると鳥か何かが二匹こちらへと飛んでくるのが分かった。
徐にアレスが振り返る。
「悪いなお頭、俺は帰らせてもらうぞ?」
「帰るだと…?」
こいついきなり何言ってやがる?
この辺に島なんて無いし、街なんて泳いでいける距離じゃ…?
「だとして…報酬はどうなるんだ?」
「それは俺が”この船で”無事に帰れたらの約束だったろ?…まぁ、無いだろうが俺の所へ来ることがあればご馳走しよう。」
「え?!じゃあチーズは?!!」
「すまないな…こちらもまさか迎えが来るとは思わなかったんでな。」
そう言うとアレスは急に腕を天高く掲げた。
後ろから先程の鳥…いや、セイレーンと鴉天狗が飛んできたっ!!
「まずいっ!!今すぐアレスを捕まえろっ!!」
「ら、らじゃーっ!!」
何人かのラージマウスが取り押さえようと飛び掛ったがそれよりも先に二匹の”鳥”がアレスを連れ去り、「ふぎゃっ」と地面に顔を打った。
アレスを連れ帰ろうとセイレーンと鴉天狗がアレスの腕を足で掴み飛び立つ。
「アレス、遅くなってすいません。」
「アレス大丈夫?…怪我してない?」
「いや…大丈夫、最高のタイミングだったぞ。」
「まて〜、チーズ〜!!」
「…急いだほうがよさそうですね。」
「頼む。…お頭、世話になったな。」
「くそっ…。」
そう言い残すとアレスはそのまま飛び立っていった…。
――――――。
その後、魔王城に着いたアレス。
「…。」
「…。」
「…。」
「言い訳があるなら聞こうか?」
仁王立ちし睨むアレスの前にゴブリンのルカ、サキュバスのサラ、魔王ヴェンの三人が正座させられていた。
ルカとサラの頭にはたんこぶが出来ており、ヴェンに至っては何時ぞやの様に顔の形が分からなくなっていた。
ルカが涙目になりながら弁解を始める。
「いや…私も創作意識が出たというか最高傑作だと思ってるんだなこれが…使ってみて良いと思わなかった…?」
「…これがか、とても人を打ち出すものとは思えないが?」
「ですよね〜…。」
視線を辿ると人が一人入れる程の馬鹿でかい大砲がそこにあった、窓から砲身が突き出し外へと打ち出すようになっている。
続いてサラが口を開く。
「わ、私は嫌々頼まれてやっただけだし…そこまで怒らなくても―」
「俺をこの中へ押し込めて楽しそうに『発射〜♪』と言ったのを俺が知らないとでも?」
「は、ははは…。」
バツが悪そうに目線を逸らすサラ。
そして最後に…。
「そしてヴェン、これを作らせたのはお前の案だと聞いたが?」
「い、いや考えてみてくれ…もし勇者達が船でやってきてもこいつがあれば船へ乗り込むことが出来ると思わないか?」
「こんな大砲でか?…もし出来たとしてもこんな危ないのを俺は使わない。」
「で、でも君も無事だったんだし…安全は保証されて―」
「だったらお前が使え。」
「いや私は…。」
項垂れる三人にアレスが止めの一言を言う。
「何か言うことは?」
「「「…すいませんでした。」」」
「あ、あの…ところで。」
タジタジになりながらも急にラージマウスのラズがアレスへと話しかけた。
「どうした?」
「さっきから思っていたのですが…アレスさん、帰ってきてからいい“臭い“がしますね?」
「臭い?」
クンクンと身体を嗅いでくるラズ。
それを聞いてたセイレーンのセーレと鴉天狗のクロエが思い出したように話し出す。
「あ、それ私も思ってた…でもいい臭いじゃないよ。」
「そうですね…チーズみたいな臭いです。」
「あぁ…それはきっと―」
と言いかけてアレスはハッと止まった。
「まさか…。」
アレスが自分の身体をくまなく探すと肘の部分にべっとりとチーズが付いていた。
それを見てアレスは青ざめ、呟いた。
「…やられた。」
――――――。
アレスが飛び立った後、海賊ネズミ団では…。
「ほんと…おかしらの言ったとおりになったね…。」
「だろ…まぁ、まさかあそこで負けるとは思わなかったがな?」
「ふふふ、おかげでわしはしばらくチーズには困らないわけじゃ♪」
「いいもん、これから嫌というほどチーズが食べられるんだから。」
「そのとおりだ、…くくく、あいつも今頃してやられたという顔をしてるはずだ。」
海賊は常に貪欲でないとな、俺があんな旨い話を見過ごして逃げられるとでも思ったか?
無限にチーズを作れる職人…そいつがいればこいつらも喜ぶだろう。
こいつらの満面の笑顔が毎日見れるなら…アレスにも感謝しないとな。
「臭いは嗅ぎつけているんだろうな?」
「もちろんじゃ、わしのとくべつなチーズをつけておいたからばっちりじゃ。」
「上等…よし、目指すは無限なるチーズっ、いくぞお前らっ!!」
「おぉーっ!!」
ネズミ海賊団は今日もまた、新たな目標に向け船を走らせた。
12/03/06 12:31更新 / ひげ親父