連載小説
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第十三話 瀕死の賭け 


(ここだな…。)

しばらく山を上り詰め…地図の最終目標である洞窟へとたどり着いた。
入口は注連縄が引かれており、まさに入るべからず…といった感じだ。
奥の方は暗くてよく見えない…洞窟というより石蔵に近い、だが地図によればここにはある魔物がいるらしい。
ヨスケに頼んだのも元よりこれが目当てだ。

思えばこのジパングでも長い道のりだったな。
そういえば…送ったジパングの皆は仲良くやっているだろうか?
結構な人数になってきたから向こうではきっと賑やかになっているんだろうが…。

「ここにいる魔物を送ったら一度戻るか…。」

皆も心配しているだろうし…島に漂流した子供の事も気になる、無事に戻れるよう気を引き締めていこう。

俺は注連縄を潜り洞窟の中へと入っていった。

…。

暗い洞窟の中を松明の明かりを頼りに進んでいく。
湿気でジメジメしているせいか所々コケが生えている、転ばないように注意しないと。
気づいたが、ここは外よりも若干だが暖かいようだ…いや、気になるのはそこじゃない。

「なんだ…この魔力の濃度は?」

息をするのも辛いほどの高濃度の魔力がそこらじゅうから感じる。
洞窟自体ではなく側面の石や地面に付いた何かの黒い染みから放出されているようだ。
何かは分からないが少なくとも自然から出るものではない、触れるのはやめたほうがよさそうだ。
早くも薬を飲んでおいたほうがいいかもしれない…。

(…行き止まりか?)

どうやら最新部へと到達したらしい。
思ったほど深くはなく、見上げればここからでも出口が見えているほどだ。
辺りには何もいない…大きな石があるだけだ。

「…おかしいな?」

空気中の魔力はまだ新しいものだし、それに心無しかここだけ少し暖かい。
すれ違いは考えにくい、抜け穴があると考えたほうが自然か?
そう思ってもう一度辺りを見回した時だった。

「ん?」

今…石の一部が動いたような?

松明を向けるとそれは緑と黒の大きな石。
その石肌はやけに滑らかで…。

(違う…こいつは?!)

石に紛れていた彼女は持っていた明かりに向かって飛びかかってきた!

「ぐっ!!」

松明を投げ捨ててその巨体を受け止める。
黒い石と思っていた部分は彼女の大きな腕と八本の足で、俺を捕まえようと伸し掛ろうとする。
そして何故俺が”彼女”だと分かったか?
…俺の目の前には特徴であるでかい胸と綺麗な女性の顔があるからだ。

そう、こいつはまさしく―

「ウシオニ…!」

ジパングで唯一危険視されているアラクネ種の魔物だ、その性格はかなり凶暴でこいつのせいで行方不明になった男も少なくない。
特徴は八本の足と異常なまでの性欲、今も俺を犯そうと息を巻いている。

「我ト…交尾…精…貰ウ!!」

盛りきった獣のようにウシオニは全体重をかけてのしかかってくる。
なるほど、これは危険視されるわけだ…。
だが…。

「力だけでは俺には勝てんぞ…!」

彼女の巨体を押し返し、隙を見て突き飛ばした。

「ガゥッ…!」
「?」

突き飛ばした際、ウシオニの顔が一瞬苦痛に歪んだような気がした。
それに巨体の割に力もそれほど掛けてこない…。

「…捕マエル。」

低く呟いたあと、ウシオニは身体から蜘蛛糸のようなものを放ってきた。
縄ほどの太さの糸が瞬時に俺の左手へと絡まる。
彼女はその糸をたぐり寄せるように引っ張っろうとする…が。

「ガ、ガァ…!?」
「どうした、俺を捕まえてみろ?」

いくらウシオニが引っ張っても俺が掴んだ糸は動くことはない。
逆に左手に力を込め彼女を手繰り寄せる。

「グッ、ググ…!!」
(なんだ…ただの見掛け倒しか…?!)

ふとよく見ると…苦しむ彼女の身体から黒い液体が流れ出ていた。
それは先程から見ていた魔力を帯びる黒い染みそのものだった。

「まさか?!」

俺は左手の力を抜き、よろめいた隙に懐に入り糸を輪にして彼女の両手首を縛った。

「ガァ!!?」
「やはり…。」

近くで見たとき俺の予想は的中していた。
ウシオニの身体にはいくつかの切り傷があり、そこから黒い液体…血が流れ出していた。
…普通なら失血死するほどのレベルだ。
彼女は傷だらけでも尚、抵抗する。

「落ち着けっ、俺はお前を狩りに来たわけじゃない!!」
「グゥ…ググ…。」

暴れていたウシオニに俺は顔ごと目線を合わせた。
黄色い二つの目が俺を覗き込む。

「いいか、俺を見ろ…俺の目を見るんだ。」
「…?」
「そうだ…良い子だな。」

俺の目を見たウシオニが自然に落ち着きを取り戻していく。
俺はそのまま彼女を諭すようにゆっくり話しかけた。

「俺はお前を殺しに来たわけじゃない、俺はお前の夫になるためにここへ来た。」
「オ…夫…?」
「そうだ、だからもう暴れなくてもいいんだ…。」
「夫…我ノ…夫…。」

ウシオニはそう呟きながら地面に崩れた。
所々傷だらけなのに…無茶しやがる。

「だがお前は運が良い、ヴェンに貰った傷薬がまだ残っているからな…だがその前に薬を飲ませてくれよ?」

瓶の中身を一気に飲み干した後、彼女の応急処置を試みた。

…!!

…こいつは。


――――――――――。



「…。」

一通りの治療を終え、俺は眠るウシオニの顔を見ながら考えていた。

彼女が受けた無数の傷、それは全て剣で切られた傷だった。
しかもその傷は最近、見覚えのあるものだった。

「ヒメを襲った奴と同じ…。」

ヒメに特徴を聞いたとき、まさかと思っていたがここまで来ると確定的だ。
これだけのことができる女を俺は一人しか知らない。

「この近くにいると考えたほうが良いか…。」

だとしたらここも危ない、ウシオニが動け次第すぐに送ろう。
…先にヴェンに連絡を入れておくか。
イヤリングに意識を集中させ、ヴェンを呼び出した時だった。

カランカラン…、カコンッコンッ!!

「ん?」

呼び出している最中、洞窟の中で小さい何かが転がる音がした。
俺が小石かと思って振り返るのとヴェンとの連絡が繋がったのは同時だった。
アレスが大きく目を見開かせる。

「アレス、どうし―」

ヴェンが聞いたのは耳を劈く程の大きな爆発音だった…。

―――――。

「アレス?…アレスどうしたんだ?!今のは一体??!」

何度聞き返してみてもアレスは応答しない。
そして最後に聞こえた爆発音…。
彼に一体何が…?

「魔王様…どうされました?!」
「まさか…アレスに、アレスに何かあったの?!」

一緒に談話していた皆が一斉にこちらへと向く。
その顔は皆不安な表情だ。

「わからない…、途中で切れてしまったのだ。」
「切れたって、そんな…。」
「アレス…死んじゃったの…??」
「それは…。」

泣き出しそうになる彼女たちに私はそれ以上何も言えなかった。
彼に限ってそんなことは無い、と思いたいが最悪の場合は…。
と考えているとルーが立ち上がる。

「落ち着くんだ、彼が死ぬはずがない…私たちは信じて待っていると約束したんだろう?」
「皆、ルーの言うとおりだ。…アレスは私たちが認めた夫だぞ?私たちがそんなことでどうする!」

私の代わりにルーとレイが彼女たちを説得してくれた。
それを聞いて、隣でリザが悔しげに爪を噛む。

「くっ…こんな時に、私達は何も出来ないなんて…。」
「それは皆一緒だ、だから魔王様…私達に出来ることはありませんか?」
「出来ること…?」
「私達も、少しでもアレスのお手伝いがしたいんです。」
「魔王様、お願いします。」

皆にせがまれて私は先程の考えを悔いた。
…何を不安になっているのだ。
これだけの素晴らしい妻達を残して彼が死ぬはずがない、もし死ぬようなことがあれば彼をゾンビにしてでも私が蘇らせてやる。
そのためにも…私がしっかりしなければな…。

「皆ありがとう…だが今は彼の連絡を待とう、皆はすぐに動けるよう準備しておいてくれ。」
「はいっ!!」

アレス…無事でいてくれよ…?


――――――――。


ガラガラガラッ…。

爆発の衝撃で洞窟の中は一部崩れてしまっていた、土煙が蔓延し所々が瓦礫で埋もれてしまっている。

「意外と上手くいったわね、狭い洞窟に入ってくれて助かったわ。」

土砂の中を喜々として踏み歩いてくる女が一人、それは赤い鎧で包まれた金髪の剣士『レミィ』だった。
レミィはさも嬉しそうに進んでいく。

(まさかアレスが黒幕だったとわね、あたしがせっかく追いかけてた魔物を手当てをしてる時は頭おかしくなったと思ったわ…、でも今考えてみればおかしいわよね、任せろって言った割には全然魔物が減らなかったし…でもこれで一石二鳥、勇者様に褒めてもらえるわ…きゃはは♪)

レミィは崩れてしまった内部をキョロキョロとし始める。

「何か証拠でもあれば…多分バラバラになってるから腕とかで良いんだけど…あん、手が汚れる。」

レミィは嫌々ながらも瓦礫を手で掘りながら探していく。
すると…。

「ふふ〜ん、あった〜♪」

掘り起こした先にアレスのものと思われる手がすっぽりと埋まった状態で見つかった、それを見てレミィはほくそ笑む。

「幸先いいわ〜♪あとは魔物の方は、と…子供でもいれば攫うんだけどね〜?」

呟きながらその手に触れた瞬間だった。

「…うっ!?」

その手がいきなり動き出しレミィの首を掴んだのだ。

「…な、何…?」

急に目の前の瓦礫が盛り上がりアレスが姿を現した。

「もう少しで死にかけたぞ…糞女っ!!」
「キャッ?!」

レミィはアレスに放り投げられ、壁に当たり尻餅を付いた。
手でお尻を摩りながらも忌々しげにアレスを睨みつける。

「ほんと…虫けら並みのしぶとさね、魔物と一緒に死ねばよかったのに。」
「貴様になんかに、殺されて堪るか…。」
「きゃは…瀕死じゃ説得力ないわね〜?…でも生きてるのはちょっとラッキーだったかしら?」
「…何?」
「死体持っていくより捕虜の方が喜んでもらえるのよね〜、あんたなら色々知ってそうだし〜、でも―」

言いかけてレミィは剣を抜き、振り上げた。

「腕はいらないわっ!!」
「っ!!」

彼女の剣をアレスは最小限の動きでかわす。
かわされた剣は傍にあった瓦礫をいとも簡単に切り裂いた。
レミィは気にもせず続けて剣を薙ぎ払い、振り上げアレスを追い詰める。

「きゃはは!!、素手で私に勝てると思ってるの?馬鹿ねっ。」

ブンブンと剣を振り回し、アレスに攻撃しかける。
彼は狭い地形を利用し、なるべく瓦礫を盾に避けていた。

(石の瓦礫を簡単に切り裂くこいつの威力は凄まじい…一撃でも食らったら肉片にされる、だがその弱点は…。)

「もらったぁ!!」

レミィは勝ち誇ったように突進し剣をアレスの身体へと突いた。

「前から言おうと思った、がな…お前は―」

寸前で刺さるというところでアレスは横から掌底を当て、剣の軌道をずらした。
剣は脇をすり抜け壁へと突き刺さる。
その隙をアレスは突いた。

「勝ちに慢心しすぎなんだよっ!!」

隙だらけになった身体に蹴りを打ち込んだ。
ガハッ…とレミィは剣を手放して壁に叩きつけられる。
そしてアレスはその首筋に落とした剣を当てた。

「くっ。」
「まだ、やる気か?」
「…。」

剣を当てられ、身動きの取れなくなるレミィ。
アレスを睨みつけ、今にでも噛み付く勢いだがアレスは動じない。
その時点で武器を失ったレミィには勝ち目は無かった。

「…わかったわよ。」

睨み合いの末、レミィは諦めて戦意を無くしたように両手を上げて降伏した体制を取る。

「そうだ…それでいい。」

アレスが首筋から油断して剣を離した時だった。

「良くないわよ…バーカ。」

そう言い放つとレミィの挙げていた篭手の隙間から煙が噴射され、アレスの顔にへとかかった。

「ぐっ?!」

一瞬怯んだアレスにレミィは落ちていた石で殴りつけた。
頭を殴られたアレスはその場へと倒れ込んでしまう。

「勝ちにこだわることの何がいけないのよっ?」
「ぐっ…。」

倒れるアレスを見下しながら、その腹に容赦なく蹴りを入れる。
苦しむアレスを見てレミィは邪悪な笑みを浮かべた。

「昔からあんたのことムカついてたのよ、何かあるたびに説教かましてきて…自分が偉いとでも思ってんの?おらっ!」
「ぐはっ…!」
「魔物なんかに心奪われるなんて、とんだクズね…でも安心しなさい、あんたを始末したあと、あたしがここにいる魔物全員殺してやるから…どう嬉しい?嬉しいでしょ?言ってみなさいよ!?」
「うぐっ…。」

罵声を浴びせながらレミィはアレスの身体を虫けらのように踏みつけ蹴飛ばし続けた。
アレスは血を吐いて苦しみ、その苦痛に顔を歪ませる。

「う、うぐ…。」
「はぁ〜、スッキリした…。」

そして止めとばかりに壁へと磔にし、剣を拾い上げアレスの胸へと突き立てた。

「さて、もう飽きたし…あんたはここで殺してあげるわ。」
「…。」

勝ち誇った口調で話しかけるレミィにアレスは沈黙したまま動かなかった。

「まぁ私も優しいし、最後の言葉ぐらい聞いてあげるわよ?ほら、何か言いなさいよ?ほらっ?!」

無理やりにでも口を開かせようとレミィが手をかけた頃、アレスは何かを呟いた。

「…ぉぉ。」
「は?何、よく聞こえないんだけど。」

ケタケタ笑いながらレミィが耳を傾けようと近寄った時だった。

「オーダー、」
「あ?」
「オーダー…5(ファイブ)!」

アレスが突如目を開け歯を食いしばる。
力の抜けていた腕が突如後ろへと反動を付け、身体ごと踏み込む形にへと入る。
その姿にレミィは背筋が凍る思いをした。

「―?!」
「テイクッ!!」

肉眼では見えないほどの速さでアレスは拳を叩き込んだ。

「ぐっ?!」

鎧、肩、腕、兜に計五発…レミィにへと至近距離で放たれる。
なんとか寸前で両腕を覆いガードしたものの衝撃で吹き飛び瓦礫の中へとめり込んだ。
ダメージは与えたものの…鎧で守られたレミィを倒すには至らなかった。

「ガッ…ハ、…よくも、やったわね…?」

怒りに震えたレミィは壁から這い出でると膝をついたアレスを八つ裂きにしようと向かっていった。

「もう簡単には殺さない…少しずつ切り、刻ん…で。」

レミィが近づこうとした瞬間、彼女の身体が突如爆発した。

「ッア”ア”ァァァ!!!」

彼女が受けた箇所…五箇所からバンッと破裂音がし、鎧、兜、篭手は見事に粉々になった。
…レミィはそのまま沈黙する。

「…ざまぁ…みろ。」

アレスは力無く立ち上がり、倒れたレミィに言い放った。
もう動かない事を確認するとアレスは辺りを探し始める、埋もれてしまったウシオニを探すためだ。

そして意外にも彼女は直ぐに見つかった。
幸いにして少し埋もれていただけでそれほど傷はない。

「しっかりしろ…俺が分かるか?」

周りの瓦礫を取り除きアレスは彼女の身体を抱きかかえた。
腕に抱かれたウシオニが目を覚ます。

「ゥ…夫…カ?」
「そうだ、お前の夫だ…立てるか?」
「問題…ナイ。」
「よし、急いでここを出るぞ。」

彼女を腕を引っ張ろうとしたが逆に引っ張られ抱きかかえられてしまう。

「おい、何してる?」
「駄目…夫、血出デル、我…治ス。」

傷だらけのアレスを見てウシオニは心配そうな表情を見せる。
先程までの凶暴さから一変して妙に可愛く見えたウシオニにアレスは優しく微笑んだ。

「その気持ちだけで良いさ、お前も早く送らないと。」
「我、助ケタ…、夫…愛シテル。」
「…ありがとう、だが今は急いでるんだ…後でな?」
「約束…ダ。」
「ああ、約束だ。」

傷だらけにも関わらず彼女は優しくアレスを抱きしめた。
その温もりはアレスにとって幸せな一時だった。


…だがその幸せさえも長くは続かなかった。

「ギャアッ!!」
「?!」

悲鳴と共に彼女の体を何かが肉を貫く音がした。
見ると先程まで倒れていたはずのレミィがウシオニの背中にナイフを突き刺していた。

「いい気になるんじゃないわよ…この、化け物!!」

レミィは豪快に返り血を浴びながらウシオニの背中を何度も何度も突き刺した。

「やめろ、離せっ!!」

刺されながらもウシオ二はアレスを離そうとはしなかった。
ウシオ二は弱々しい笑でアレスに微笑みかける。

「我…夫…守ル…。」
「やめろっ、本当に死んじまうぞ!!」
「恩人…助ケルッ!!」
「邪魔よ、退きなさいよっ化け物!!」

ウシオニを退かそうとレミィは攻撃を加えるが動きはしなかった。
レミィの身体が段々と返り血で黒く塗りつぶされていく。

「夫…助ケル…。」
「邪魔だって言ってるでしょ?!」

不意にレミィがウシオニの身体に左手を当てた途端、光を放ち爆発した。

「ガァ…!!」
「うぐっ…!!」

衝撃が二人を襲い、ウシオニの身体ごとアレスは吹き飛ばされてしまった。
それに追い打ちをかけようと目が血走ったレミィが近づいてくる。

「…殺してやる、皆殺しにしてやるっ!!」
「くそっ…。」

運悪くウシオニの下敷きになったアレスは身動きが取れずただレミィを睨みつけることしかできなかった。
…だがアレスがレミィを捉えたとき、彼の表情が固まった。

「…なによ?」
「…。」

自分の事をまじまじと見られたのが気に食わないのかレミィはアレスを問いただした。
アレスは視線を変えず未だに固まったままだ。

「なんとか言いなさいよ!!」
「…どうなってる?」
「はぁ?」
「自分がどうなっているのかも気がつかないのか…?」
「何言ってるのか全然わかんないんだけど?…もういいわ、今すぐ殺して―」

アレスに掴みかかろうとレミィが手を伸ばした時だった。

「え…?」

その自分の手を見てレミィは止まった。
何故なら…その視界に現れた手は人の物ではなかったからだ。
獣のように太く、黒い毛で覆われた自分の手…それはまるでウシオニの手だった。

「なによこれ…なんなのよっ…?!」

気づけば肌も緑色に変色し始め、頭からは硬い角のようなものまで生えてきていた。
レミィは自分に起きていることが理解できず、混乱するしかなかった。

「嫌、気色悪い…身体が…熱い…!!」
「とにかく…今のうちだ。」

ウシオニを抱きかかえ出口へと向かうアレス。
抱きかかえたウシオ二はもう虫の息だった。

「アレス、どこに行こうって…うぐっ!!」

レミィが蹲ると、膝を付いていた足が大きく膨らみ始めた。
黒く変色し始めそこから蜘蛛のような足が形成されていく。

「い、いやぁぁ!!アたしの身体ガぁァ!!」

自分が醜く変わっていく姿に耐え切れずレミィは発狂したように叫んだ。
その両手から急激に光が集まってくる。

「やめろっ、ここでそんな魔法使ったら全員生き埋めになるぞ?!」
「嫌、ィやァァァァァ!!!」
「くそっ!!」

ウシオニを半ば引きずる形で出口へと向う。
後ろで絶叫を上げながらレミィが光を収縮させた。

「全部…無クナレぇぇ!!!」

叫んだ瞬間…光は拡散し、洞窟内で爆発を起こした。

「っ!!!」

衝撃をモロに受け、ウシオニと共に後ろへと吹き飛ばされる。
アレスは転がるように地面に投げ出され外へと吐き出された。
見れば洞窟の入口は崩れ、瓦礫の山と化していた…。
奴ももう生きてはいないだろう。

「…。」

いろんなことがありすぎて、頭が追いつけていなかった。
耳鳴りが止みようやく落ち着いて理解できた頃に、アレスの身体を激痛と疲労感が襲う。

「痛…こりゃ、何本か…逝ったな…。」

気づけば自分の身体は血だらけでもうボロボロだった…よくこんな状態で動けたなとアレスは一人感心する。
だが時間は許してはくれない。

「…ゆっくりしてる場合じゃない、先に、早く送ってやろう…。」

倒れたウシオニを心配し、再度イヤリングに意識を集中させアレスはヴェンを呼び出した。

「ヴェン…。」
「アレス?…アレスっ、無事なんだな?!」

出た直後、必死のヴェンの問いかけにアレスは顔を歪ませた。

「そう怒鳴るな…頭に響く。」
「馬鹿っ!!、いままで私たちがどれほど心配したと思っているんだ?!」
「それだけ…大変だったんだ、とにかく話は後だ…今すぐに俺を合わせて二人送ってくれ。」
「君もだな…分かった、もう準備は出来ている…カードは出せるか?」
「あぁ、今ここに―」

アレスが言いかけながら札を取り出した時だった。

「ガァぁァぁぁっ!!!!!!」
「?!」

瓦礫で埋まっていた洞窟から轟音と粉塵が巻き上がり、何かが飛び出してきた。
それはまるで怒り狂った獅子のように咆哮を上げる。

「なんだ、アレスどうした?!」
「嘘だろ…?」

ヴェンの言葉も耳に届かずアレスは目の前から出てきた“魔物“に目を向けた。
完全にウシオニだが…その顔はどう見てもレミィだった。

「ア”レ”ス”ぅ……!!!!」

どす黒い血でまみれながらレミィだったウシオニはこちらへとにじり寄る。

「レミィ、魔物になった感想はどうだ…そう悪くもないだろう?」
「グルルッ…!!」

アレスは軽口を叩きながらも後ずさりしていく。
だが彼は冷や汗をかくほどに追い詰められていた…何故なら。

(これ以上来るなよ?…今俺の後ろは地獄への近道だからな。)

後ろには文字通り…何も無かった。
そこは下が見えないほどに深い谷になっており、落ちれば一溜りもない。
そして目の前には凶暴化したレミィが立ち塞がる。

本来、魔物化した人間は性に目覚め目の前の男を犯すことしか考えないのだがレミィの場合は違った。
教会からの魔力に対する施し、更に酷い精神状態によりウシオニと彼女特有の凶暴性だけが残ってしまった。
これは一時的なもので、少しすれば完璧なウシオニへと変化するが…アレスを八つ裂きにするには十分な時間だった。

「アレス、聞こえるか?早く意識を集中させてこっちへ来るんだっ!!」
「駄目だ…そんなことしてたら先にこいつに八つ裂きにされる、やるしかないか…?!」
「グルルルッ…。」

アレスが身構えていると急にレミィが向きを変えた。
その先には…。

「まさか…よせっ!!」
「ゴろスゥゥ!!!!」

瀕死になって動けないウシオニにレミィは咆哮を上げた。
今にでも止めを刺す勢いで向かっていく。
その時、アレスに考えている暇はなかった。

「やめろぉぉぉ!!!!」

突進するレミィを追い越して先にアレスは傷ついたウシオニを抱きかかえ、共に谷底へと落ちていった。
…その彼の手にはカードが二枚握られていた。



谷底へと落ちていきながら頭の中でヴェンの声が響きわたる。

「アレス?!君に一体何が起きている?急に位置が特定できなく―」
「ヴェン!!今すぐに送れっ!!」
「な、何?!」
「今すぐ俺たちを送れっ!!じゃないと二人とも死ぬぞ?!」
「待てっ、位置が特定できないとなると、手動でやるしか…。」
「なんでもいい!!とにかくさっさとしろっ!!」
「ええぃ無茶なことばかりっ…皆、今すぐ私の言うとおりに魔方陣を書いてくれ!!」

一度通信が途切れ、アレスはウシオニと離れまいとしがみつく。
風圧と恐怖で気絶しそうになるのを堪えながら二人は真っ逆さまに落ちていった。
下では流れが強くなった川が二人を待ち構えるようにうねりを上げている。

「ヴェン、まだかっ?!」
「後もう少し…もう少しなんだっ!!」
「早くしろっ、じゃないとジパングまで俺たちの死体を取りにくることになるぞ?!」
「こっちも急いでいるっ!!…よし…後は君が集中するだけだっ。」
「くそ、この状況でか…。」

落ちていく中、アレスは意識を統一させようとするが恐怖と焦りで上手く行かない。
段々と川は二人へと近づいてくる。

「アレスッ…!!」
「頼む行け…、行けよぉ!」

二人に光が灯り始めると同時にもう川は目の前へと来ていた。

「いけぇぇぇぇぇぇ!!!!!」

川の水しぶきが上がるのと同時に…光が弾けた。

12/02/26 19:39更新 / ひげ親父
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■作者メッセージ

はい、読んでいただきありがとうございます。
ひげ親父でございます。

気づけばもうすぐ100、胸が熱くなります…。
これも皆様のおかげでございます、ありがとうございます!!

とりあえず次は、読み切りとコラボが先に上がると思います。
あ、設定資料も上げないとな…。
なかなか忙しくなりそうです。

ここまで見ていただいてありがとうございました!!

追記、100になった時につくる作品のヒント。
『マオウ』
『PSP』
『コケ』


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