ここは湯気の立ち上る温泉。
それも人間達にはまだ知られていない妖怪だけが利用している秘境の湯だ。
そこには今三人の妖怪が温泉に浸かる。
…私にとってはこういうのはあまり好きではない、もとより温泉というのは一人で入るものだ、それも気に入った男性の肩を流しながら…。
ま、今はそんな人なんていない…探し中だ。

「いやぁ〜、こういうのも悪くないね〜♪」

温泉に入りながら酒を飲むアカオニの茜(アカネ)姐さん。
私はその隣でげんなりした様子で温泉に肩まで浸かる。

「全く…あなたには酒以外に楽しみはないのかしら？」

すぐ横で呆れ果てた様子で茜さんを見やるアオオニの葵(アオイ)姐さん、彼女は鬼には珍しく下戸なので酒はほとんど飲まない。
そのためか茜さんの飲む酒の臭いに顔を顰めていた。

「んっぷ、酒を飲んでる時ほど幸せな時なんてねぇだろ〜？…なぁ、カラスもそう思うだろ？」
「は、はぁ…。」

茜さんはだらしなく私の肩を組んで話を振ってくる。
私はカラスじゃなくて鴉天狗だしちゃんと黒彫(クロエ)っていう名前があるし、それと酒臭いからあんまり近づかないで欲しい。

「やめなさい、クロスケさんが嫌がってるじゃない…ごめんなさいね？」

葵さんが助け舟を出してくれたおかげで茜さんは「つれねぇな〜」といった感じで離れていった。
本当はというと私からすれば姐さん二人に挟まれてるのが一番心苦しい、それとクロスケじゃなくて黒彫です。

そもそもなんでこんなことになっているかというと話は少し前に戻る。



「今日こそは…いい人見つけるぞ…。」

私がいつもの様に人間の観察に行こうと山の上を飛んでいた時のことだ。
最近あまりいい人間に出会っていないから今日こそはと私は張り切っていた。

ドドドドっ…。

「ん？」

ふと、変な音がして下を見てみると茜さんが巨大な岩をこちらに振りかぶっているところだった。

「あ、茜さん?!」
「そら行けぇっ!!」

剛速球で飛んでくる岩石を体を翻してなんとか避けた。
…岩は風を切って私の横スレスレを通っていった。

(な、なにして…?!)

その時ずっと下を見ているのがいけなかった。

「あ痛?!」

私は前方から近づいてくる枝に気付かずぶつかって落ちてしまった。
枝の中をバサバサと落ちていき、ぐるぐると視界が回る。

「ふぎゃ!!」

地上に落ち、硬い地面に激突した…すごく痛い。
倒れたまま突っ伏していたところを茜さんが近付いてきた。
…でっかい金棒を担いで。

「分かってるよな？カラス。」

なぜか妙に迫力のある茜さん。
私何かしたっけ…？

(…まさか愚痴をこぼしていたのがバレた?!違うんです!!あれは仲間内で酔っ払ってついつい言ってしまっただけで…)

しどろもどろになって私はなんとか弁解しようと口を開いた。

「あ、あの…茜さん、あれは―」
「あれは？…なんの話をしてんだい？」

へ？っと私が驚いた顔をすると茜さんはニカッと笑った。

「カラス、温泉に行って酒を飲みたいんだけど寂しいから付き合え。」

そう言った茜さんのもう片方の手には酒が握られていた。

(やれやれ、そういうことか。)

普通なら怒るところだが妖怪でも強者の存在である鬼が金棒と酒を持ちながら誘ってきたのだ。
これは別に脅している訳ではなく彼女なりの誘い方だから余計たちが悪い。
でも”上司”には逆らえないので私は黙って付き合うしかなかった、葵さんも似たような境遇で私の経緯を話すとものすごく謝られた。
少なくとも葵さんは上司の中では一番理解してくれる方、でも天狗は上下関係を重んじる妖怪、上司というのは苦手だ。

「なんだい、まだ岩を投げた事怒ってんのかい？」
「い、いえ!!そんなことは…。」

しまった、いつの間にか顔に出てしまっていたらしい。
私があたふたと返すと葵さんが割って入ってきた。

「あんな事をされたら誰だって怒るわよ？」
「だから悪かったって…カラスぐらい速かったら簡単に避けられると思ったんだよ。」
「だからって飛んでる相手に岩石投げるなんて…あなたには常識が欠けています、この前だって―」

急にここぞとばかりに葵さんが茜さんにくどくどと説教を始めた。

「あ〜また始まったよ、葵の説教を聞いてると酒が不味くなる、何か気の引けるもんを…と、いたいた♪」

そう言って茜さんは急に湯煙の中へと消えていった。
煙が濃すぎてよく分からないが向こうに何かいるようだ。

「あ、ちょっとまだ話は終わってないですよ!」

葵さんが慌てて茜さんを追いかけていく。
いっそのことこのまま逃げて…。
いや、後が怖いから付いていこう。

…………。


温泉の端の方まで来て茜さんを見つけた。
その隣にはうっすらと人影が見えていた。

「こりゃ、驚いたね…。」

茜さんがその人影を見て呟いた。
バシャバシャと湯の中を歩いて近づいたとき、その人影の正体に私たちも驚いた。

「…!?」
「ほう、人間ですか？」

それは紛れも無く人間だった。
私は少し焦った顔をする。
そんなことは気にもせず茜さんは男に話しかける。

「あんた、ここが何処だか分かってんのかい？」
「…温泉だ。」
「そんな事見りゃわかんだろ、ここは私たち妖怪が使う温泉で有名なんだぜ？」
「…人間が入ってはいけないというわけでもないだろう？」
「あら、大した器量の持ち主ですね…普通人間は私達を見れば逃げるか命乞いをするかですのに…。」
「ははっ、人間にしては度胸のあるやつだ…気に入ったよ！あんた、良かったら私らと酒交わしてくんないか？」
「…嗜む程度でよければ。」
「良いねぇ…そうこなくちゃ…と、カラス？何処に行くんだ？？」

ギクッ。

ちっ…バレたか。

「も、申し訳ないのですが人間などと湯に浸かるのは―」
「固いこと言うなよ、せっかくのいい男なんだから楽しめよ？」
「ちょ、分かったから布を引っ張らないで下さい!!」

どうやら逃がしてはくれないらしい。
くそ、こうなったら三人が酔った隙に逃げるしかない。
適当に話して飲んでればなんとかなるでしょう…。

「それにしてもあんた…いい男だね、ここらへんのもんじゃなさそうだけど？」
「ああ、俺は―」
「いや、ちょっと待った…当てるよ？…あんた、修行に来た戦士か何かだろ？」
「…いや、ハズレだ。」
「ありゃ…違ったか。」
「では…ジパングへ商売に？」
「それも違うな。」
「こんな温泉に入ってる奴が商人なわけねえだろ。」
「ずいぶん大きな荷物でしたからてっきり…クロスケさんはどう思います？」
「わ、私ですか?!」

しまった…逃げることばっか考えてたから何にも考えてない。
えーっと…この人間の来た理由…素性？
この人間調べてないからわかんないし…というか三人とも私に注目しすぎ?!
ああ…もう、適当に答えちゃえ!!

「しょ、将来のお嫁さんを探している旅人とか…？」

途端にしんとする周り。
あれ、なんかまずいこと言った？

「お前…それないわぁ〜。」
「そ、そうですかね…？」
「私もその発想はしなかったわね…でもそんなわけ―」
「よ、よく分かったな？」

「「「え”っ？」」」

は？
何を言ってるのこの人間？
まさか本当に嫁探しにわざわざジパングまで来たの？？
それもこんな山奥に？？？

「もっと…他の所あったんじゃねえかな？」

そう、私もそれを言いたかった。
まずこんなところへくるなんてどうかしてる、ここに人間の女性がいる訳がないからだ。
いるとすれば私たちみたいな妖怪だけ―。

…まてよ？

「もしかして…あなた―」

またしても先に私の考えを葵さんが言った。

「妖怪を…嫁にしようとしてる？」
「ああ。」
「私たちのような？」
「そうだ。」
「というか…私達？」
「…そうなるな。」

…この人間何処かおかしいんじゃない？
私が唖然して口を空けていると茜さんが照れ隠しの笑い方をした。

「こりゃ…参ったね、あたしも襲うことはあるけどプロポーズは、初めてだね…。」
「そ、その…ちょっと緊張してしまいます…。」
「…えっとー。」

二人とも本気にしてる…？
そんな馬鹿な、どう考えても冗談か狂言…。
まぁ、本当だとしても私は関係ないし―

「…俺の元へ来てくれないか？」
「…へ？」

急に目の前の人間はそう言った。
しかも裸で…。
いや、温泉だから当たり前なんだけど。

「…今なんて？」
「だから…俺の妻になってくれないか？」
「わ、私が…？」

え、嘘、なんで？
この男、急に何言い出しているの?!
ちょっと…そ、そんなに見つめないでよ?!!

「おや…カラスが良いのかい？残念だね〜、いい男なのに。」
「…私では魅力ないのでしょうか？」
「…いや、三人に言ったつもりだったんだが。」
「「「え”っ。」」」

もう訳わかんない…。
この人は何を言ってるの？？
新手の冷かし？いじめ？？

「…ちょっと、お話を聞かせてもらってもいいかしら？」

すこし困惑した葵さんが男に聞いた。

「そうだな…出来れば”事情無し”で進めたかったが仕方ない。」

なにかを諦めたように男性は説明を始めた。

…。



「…はぁ〜、ややこしいことになってんだな？」
「…まさか外ではそんなことが。」
「…。」

…。
話を凄く簡単にまとめると。

一、彼はアレス…魔王の友達で嫁探ししながら旅をしている。

二、私たちを助けるために魔物たちを嫁にして子を作らせ、絶滅を防ぐ手立てを探している、あるいは和平を求めている。

三、ジパングへ来た際、種類的に私たちはまだなのでプロポーズした。

以上。
私の中で疑問が残る。

「それにしてもあんた、なんでそんなに頑張るんだ？あたしが言うのもなんだが他人だろ、しかも魔物だぞ？」
「自分で決めた事だからな、それにそういうので俺は差別はしたくない。」
「では、今までに魔物の妻を何人も？」
「ああ、今は魔王の城で帰りを待っていてくれている…彼女達のためにも俺が頑張らないとな。」
「ふーん、あんたも苦労してるんだね…。」
「…あなたが苦労してるのを私は見たこと無いですが。」
「なにをぉ〜？」
「さて、返事を聞かせてくれないか？勿論、魔王の命だからといって畏まる必要は無い…自分の判断で決めてくれ。」

私達三人を見回してアレスは言った。
先に茜さんから答える。

「あたしは別に良いよ、いい男だし…勿論そこでは酒は飲めるんだろ？」
「ああ、一通りは揃ってる…はず。」
「決まりだな、葵…あんたはどうする？」
「私も構いませんわ、魔王様というのも一度は見てみたかった訳ですし…それに良い男には違いありませんね。」
「後は…カラスだな。」
「私は…。」

三人の目が私を捉える。
アレス…確かに、確かにいい男だけど…。

「…冗談じゃない。」

それが私の答え。

突然の否定の言葉に二人の顔は固まった。
多分…私は断らないと思ってたからだろう。

「か、カラス？」
「あなたは確かにいい男性で責任感、使命感、正義感もあり…武力も恐らく強い、申し分ないです。」
「だ、だったら―」
「でも貴方は私たちを魔物だと思って軽く見すぎじゃないんですか？」
「…クロスケさん？」
「建前は魔王様の命と言って本当は貴方のけちな性欲を満たしたいだけなんでしょう？…卑劣な人間ほど欲深いものですからね…二人は騙せても私には騙されません。」
「おい、ちょっと言い過ぎだぞカラス!!」
「茜さんは黙ってください!!」

思わず強く言ってしまい茜さんは目を点にする。
それはそうだ、ここまで感情的になったのは私だって生まれて初めてだ。
でも抑えられない。
妻になって欲しいと平気で何人にも言うこの男だけは許せない。
今までこの男の妻になった魔物たちを考えれば尚更だ。

「あなたは言いましたよね？すべての魔物を妻にするために旅をしていると。…ならあなたはすべての妻を愛せるんですか？不平等なく愛せるんですか?!」
「愛せる。」
「ほら、そんなことこの男にできるわけ―」

え？

「…愛せる？」
「ああ。」

まただ…。
なに…この感じ。
身体が火照るような…。

「う、嘘言わないでよ、そうやって色んな人の純情を弄んで―」
「勘違いしているようだから言わせてもらうが、俺はお前の言ってるようなけちな性欲や欲望に興味はない…そもそもそんな目的で旅などしない。」
「じゃあ、命令だから？友達のお願いだから？!」
「それもないとは言えない、今までの彼女達を含め多少強引な手をとったことも否定はしない、場合が急だからな…だが―。」

彼は一呼吸おいてはっきりと言った。




「なんと言われようとも俺は妻だけは自分の意志で決めている、そして後悔したことは一度もない。」



とくん。

「…！」

そうだ…この気持ち。

「だから、お前に言ったことも真剣だ。」
「なるほど…だから”事情無し”ですか、私情を挟むのはどうかと思いますが、そんな野暮はやめときましょう。」
「ほら旦那、あと一息だぜ？」

そうだったんだ…私は最初から…。

「好きだ…クロエ。」
「…?!!」

嫉妬してただけなんだ。

「お、おお…言うねぇ〜、さすがあたしの旦那。」
「少し妬けちゃいますね…でも素敵です。」

二人が何か言ってるがもう私には聞こえない。
温泉に浸かりすぎてのぼせてしまったのか身体が熱い。

「…。」
「…クロエ？」
「…下さい。」
「え…？」
「責任とってください!!」
「うわぁ?!」

私は意味のわからない事を言いながら彼に抱きつく。
もう止まらない…抑えきれない。

「私をこんなにさせたんですから…責任とってください。」
「せ、責任？」
「わかってるでしょう?!裸の愛し合った二人がすることといったら一つだけです!!」
「こ、ここでするのか？」
「当たり前です!!もう待ちきれないんですから…だから…その。」
「？」
「あ、…愛してください。」

自分で言っといて顔が真っ赤になっていく。
わ、わたしは一体何を口走って―?!

「カラスって…大胆なんだな？」
「く、クロスケさん!!そんなはしたない姿―?!」

葵さんが私の姿を見て茜さん並みに顔を赤くさせていく。
すると何を思ったのか茜さんが巻いていた布を放り投げて裸になった。

「よぉ〜しあたいらも負けてらんねえぜ、葵こっち向け!!」
「な、なんですぶぅ?!」

彼を押し倒している横で何故か二人はディープキスしていた。

「んんっ、ぷはぁっ!!い、いきなり何を―」
「お前は酒を飲まねえと本領発揮できねえからな、あたしが飲ませてやるよ!!」
「だ、だからって口移し、んんっ?!」

キスした状態で葵さんを押し倒す茜さん。
ゴキュゴキュと喉で音を鳴らしながら葵さんは酒を飲み干していく。
…次第に葵さんの目付きが変わっていった。

「ん、なんだか私…急に欲しくなってきました…。」
「あたいもさ…ちょうどそこに旦那がいるし襲っちまおうぜ？」
「今は私が彼を襲っているんです!」

二人に取られまいと彼を胸に抱き寄せる。
いい位置に頭が当たってちょっと気持ち良い。

「ぶはぁ…ちょっと、クロエ…苦しい。」
「え、あ、ごめんなさい!」

彼の言葉を聞いてとりあえず離してあげる。
でもこんなので抑えきれるはずがない…。
はやく…はやく欲しい。
貴方の一物を…私の穴に入れて欲しい…!

「さぁ…あたいのこの豊満な胸に飛び込んできな？」
「ほら見て…こんなに濡れて来ちゃった…貴方の物も簡単に入るわよ〜？」
「最初は私ですよね…後ろから突いてください♪」


…。


そして私たちは彼を貪った。
そこまでしか覚えていない。
何故なら次に目が覚めたのは魔王の城の中だったからだ。
しかも全員全裸で。
聞いたところによればあの後、酒を飲んだ後で泥酔しそのままここへ送られてしまったのだ。
三人とも酔った勢いのせいかそこにいた少年と魔王に襲いかかっていたそうだ。
その時、初めて全力で止めてくる彼の”妻”達に会った。
三人の第一印象は最悪だったが…。

でも彼女たちを見てて分かった。
私は本当に勘違いしていたのだと。

誰に聞いても会えなくて寂しいとは言うものの彼の事を信頼し、そして愛していた。
少し複雑だったがそれが彼なのだろう、…いや彼だから皆惹かれてしまうんだろう。

だったら私も…ここで待とう。
この美しい景色を見ながら…。

「…待っていますね。」




一方アレスは―


「だ、大丈夫ですか、旦那様？」
「…。」

ちうに心配されるほどに俺はやつれていた。
何故なら体力の限界に加え、のぼせ、二日酔い、胃のむかつきなどが併発していた。
…当分酒は飲みたくないな。

「私が慰めて差し上げます…。」
「いや待ていい、すこし横にならせてくれ…少し疲れた。」

これ以上何かされたら死にそうだ…ちうの好意には遠慮させてもらおう。
俺はそのまま木にもたれ掛かった。
その後、ちうが何か言っていたがよく聞き取れなかった。
俺の意識がまどろみに落ちるとき、後頭部が柔らかい感触に包まれた。
少し目を開けると目の前に丁度ちうの顔が見えた。
いつの間にか寝転んでしまっていたのか？
でも気持ちがいいから…寝てしまおう…。
俺はそのまま深い眠りについた。

「御休みなさいませ…旦那様。」

■作者メッセージ
皆様、新年明けましておめでとうございます!!
これからもよろしくお願いいたします!!

さてようやく十話が完成いたしました。
お待ちいただいた皆様、申し訳なかったです。

さてここでお知らせ、みなさまもお気づきですが…。

新たな魔物、『龍』が図鑑入りおめでとうございます!!

また小説の幅が広がります。
私もジパング編はあと二つほどを予定していたのですが急遽変更して一話足したいと思います。

皆様の小説を楽しみにしながら小説を書いていきたいひげ親父でした。
ここまで見ていただいて、ありがとうございます!!