俺得物語フォース after…。
『人生とは、驚きの連続である』
そう誰かが言っていた。
―――例えば、偶然自分の書いた作品が注目されたり、
―――例えば、街中でスカウトされて芸能人の仲間入り、
…例えば、知っている作品の物語の住人が急に家へ押しかけてきたり、
あげればキリが無いだろう
だが、恐らく自分以上に驚く体験をする人間は居ないと断言しよう。
「ここ、どこ…?」
−−目が覚めたら知らない平地に立たされてるなんて普通は無いだろうから。
「何が…どうなって?」
辺りを見回せど何も無い、草原が広がりただ道が続いてるだけ。
「これは夢だ…そうに決まってる、早く覚めないかな…?」
起きようと頬を抓ってみたり、目を閉じてみるが一向に覚めない。
嫌にリアリティのある夢だ。
そう思ってると後ろから馬の走ってくる音が大勢聞こえてきた。
「わぁっ!」
馬達は俺の目の前で止まり、鎧に包まれた騎士の一人が降りて話しかけてきた。
「貴様、こんな所で何をしている?」
威圧しているような態度で話しかけてくる騎士に対して俺は驚愕した。
いやむしろ混乱した、今時こんな格好で馬に乗ってる奴なんてよほどのレイヤーでもいないだろう、というかここはどこなんだよ?
「あ、いや、その…。」
「見慣れぬ服装に、怪しい態度…貴様、新手の魔物だな?!」
「え、ちょ?!」
いきなり腰に差してある剣を引き抜き、俺に向けてきた。
逃げようとするも腰が抜けてしまい尻餅をついてしまう。
「逃げるな、神の名の下に成敗してくれる!!」
「ひゃっ?!」
すれすれで剣が首をかすり、ピリっと痛みが走った。
触ってみると少し血が出ており、これが夢じゃないことを教えてくれる。
「下賎な者よ、死ねっ!!」
「!!」
襲い来る狂気に俺は手で覆い隠した。
が、いつまでたっても痛みは襲ってこない。
「ぐ、貴様…。」
「へ?」
驚いて目を開けると寸前のところで剣が止められていた。
しかも指で摘むようにして。
「お前らの神様は無抵抗な人を切り殺すのが教えなのか?」
剣を振り払い、俺を守るようにして前に立つ男性。
「貴様…我ら教団の意志を愚弄する気か?!」
「困ってる奴を助けて殺される筋合いは無いな。」
「貴様も仲間だな、一緒に制裁をくれてやる!!」
騎士が男に剣を振り下ろす。
が、男は軽くいなし騎士の懐に思い一撃をお見舞いした。
「グホっ!!」
「た、隊長?!」
「ゴハ…何してる、お前たちもいけ!!」
吹き飛ばされた騎士は咳き込みながら部下に指示を出す。
騎士たちは男を囲むようにして剣を抜いた。
「そのまま逃げりゃ良いものを…。」
「魔物の手先め…覚悟!!」
「あ、危ない!!」
全員一斉に剣を振り、思わず俺は叫けび声を上げた。
「ぐわぁ!!」
だがさっきまで囲んでいた騎士が全員吹っ飛んでいた。
いったいどうやって…?
「こ、こいつ…。」
「見ろ…剣が折れてるぞ…化け物だ!!」
「に、逃げろぉ!!」
「お、お前ら?!…くそ、一旦退却!!」
騎士たちは乗ってきた馬でそそくさと逃げていってしまった。
「怪我は無いか?」
「あ、はい。」
手を差し出され、起こしてもらう。
「あの、ありがとうございます…助けていただいて。」
「いいさ、連中は俺も嫌いでな…ところで、見慣れない格好だな?」
自分の格好を指摘され、自分でも見てみるがどこにでもある普通の服だ。
「俺から見たら…そっちの方が不思議ですけど。」
「そうなのか?」
服装は少し古めかしい感じの服、俺でもこんなのはあんまり見ない。
「まあいいさ、えーっと名前は?」
「あ、えっと…。」
以前にもこんな事があったような?
とりあえず同じように答えてみる。
「俺は、ネームレス。…レスでいいです。」
「レスか…俺はアレスだ、少し名前が似てるな?」
お互い自己紹介をしてアレスと握手した。
途端になにか引っかかるものがあった。
「あれ…アレスだって?」
「どうした…俺の名前に何か?」
見たことも無い世界、騎士達の言っていた魔物、アレスという凄腕の戦士、彼の耳についてるイヤリング。
俺の中で最悪の結論が脳裏をよぎる。
「…変な事を聞いても良いですか?」
「そんなに固くならなくても良い、呼び捨てで構わない。」
「じゃあ、アレスって…魔物と人間が共存できる世界の為に旅してるとか言わない?」
「?!」
「魔王様と親友で名前はヴェン、リザ、サラ、ルカ、プリン、他に−」
「何故それを知ってる?!」
急にアレスが胸倉を掴み首絞めてきた、すごい力だ…息が出来ない。
「待って…苦し…。」
「あぁ、すまない。」
手を緩めてもらい、咳き込んで息を整える。
もう少しで意識が飛ぶところだった…。
「それにしても…どうしてその事を?」
「やっぱりか…頭痛くなってきた。」
住人が現代に来る次は俺が小説入りかよ…。
そんなベタな物語…今時誰がするよ…?
「…話すと長いけど、何処から話せば…。」
「いや、あまりゆっくりもしてられなくなった。」
アレスが指す先には先ほどの騎士が倍の人数を連れて帰ってきた。
「ど、どうするの?」
「仕方ない…お前をヴェンの所へ連れて行く、少し待ってろ?」
そういうとアレスはイヤリング越しに話をした。
しばらくしてアレスと自分の身体が急に光りだした。
「ちょっときついが…我慢しろよ?」
そして俺は光に包まれた。
「よし、着いた。」
景色が現れた途端、急に目の前がグニャリと曲がり、意識が遠ざかっていった。
「あれ…。」
「レス、おい…ど…し…?!」
アレスの言ってる事も聞き取れず、そのまま暗い底へと落ちていった。
…
「…ん?」
「あ、気が付きました。」
ベッドの上で目が覚める。
どうしてこんな所で寝てるんだっけ?
「アレスさんから聞きましたが、突然倒れたらしいですよ?まぁ…転移魔法で僕もそうなったから気持ちはわかります。」
俺の横には少年が立っていた。
今までのことから推測するに彼は…。
「君が…ロイス君?」
「は、はい…アレスさんから聞いたんですか?」
説明するのも面倒なので頷いておく。
ほんとに書いてあった通りだ…。
「お、起きたか…心配したぜ?」
ドアからアレスが入ってきて後から黒いマントを靡かせた男が一緒に入ってきた。
「君が…アレスの言っていたレス君か?」
「あ、はい…ネームレスって言います。」
「ご丁寧にどうも。…私は、ヴェン…魔王と言った方が分かりやすいかな?」
礼儀正しい対応、人間のような風貌、作品を見ていて感じていたけど…。
「魔王っぽくない…。」
思わずそんな言葉が出てハッと我に返るがヴェンは気にした様子も無く笑い飛ばしていた。
「ははは、よく言われるよ。」
「まったくだ…俺も初めて会ったとき同じ事を言ったよ。」
「は、はぁ…。」
ほんとに二人は仲が良いんだな…。
でも男の魔王ってなんか変だな?…まぁいっか。
タグでも私の世界ってついてたし。
「それはさておき…君の話を聞かせてもらいたいんだが。」
急にヴェンは真剣な顔になり、俺の目を見る。
何を聞きたいのかは分かってる…でも。
「これから話すことは…かなり衝撃的です、だから…。」
「わかっている…ロイス君。」
はいと返事しロイスが部屋から出て行った。
部屋にはアレスとヴェンの三人が残る。
俺は意を決して話し始めた。
…
「…以上です。」
話し終わるとヴェンは信じられないと言う顔をし、アレスはというと腕を組んで黙っていた。
まぁ、半分は予想していた反応だ。
「ふむぅ…信じられん。」
「信じようと信じまいと…これが俺の知っている事実です。」
「頭がどうにかなりそうだ…しかし、これほど言い当てられると嘘とも思えん。」
頭を抱え悩むヴェン。
それはそうだろう、俺も急に貴方は物語の住人ですなんて言われたら疑いたくもなるさ。
「という事は今まで私達がしてきた事も全部、君は知っているのか?」
「全部、ではないですが…殆どアレスの旅がそこには書かれています。」
「俺の…ということは彼女達との出会いも?」
「はい…その…交−」
「わかった言うな…予想は出来てる。」
自分でも言うのが恥ずかしかったためすぐに察してもらえてよかった。
「そうなると不可解なのは…君がどうしてここに来れたか、だな。」
それは自分でも全く分からない、教えて欲しいぐらいだ。
たしか寝ていただけのはずだったし。
「このような経験は前にも?」
「いえ…初めてです…ただ似たようなことはありました。」
「ほう…どんな?」
「それが…よく覚えてないんです…ここに来てから急に。」
それを思い出そうとすると邪魔するかのように頭が痛み、思い出せずにいた。
なにか大切な思い出だった。
それしか覚えていない。
「とりあえず…君が異世界から来たという事にして帰る方法を探してみよう…その間、ここでゆっくりするといい、気兼ねは要らないし…必要ならここにずっと住んでも構わない。」
「あ、ありがとうございます。」
「なら俺がここを案内してやるよ、付いてきな?」
アレスと共に俺は中を案内してもらった。
…
「そういえば…レスの言う俺達の物語の最後は知っているのか?」
廊下を歩いてる途中でアレスが聞いてきた。
「まだ知らない…続きはまだ出てないんだ。」
「そうか…もし知ってたら聞こうと思ったんだが、流石にズルは出来ないか…。」
少しがっかりした風に彼は言った。
その表情を見て俺は知らずして口から言葉が出ていた。
「きっと…大丈夫だよ。」
「…そうか?」
「だって、アレスは強いし…物語って最後はハッピーエンドになるものさ、大丈夫だよ。」
バッドエンドの作品もあるけど…ここは黙っておこう。
「お前が言うと妙に力があるな…ま、信じて頑張るさ。」
そういうとアレスは急に立ち止まった。
「しまった…リザに稽古をつけてやる約束だったのを忘れていた、すまないがここから先に行くとみんなの部屋がある、誰かに案内してもらってくれ。」
「あ、うん、俺は大丈夫だから…行ってきて。」
すまないと言い残しアレスは走っていった。
仕方ない…言われたとおりに真っ直ぐ行ってみるか。
「ぶおっ!」
「きゃっ!」
T字路に差し掛かったときに誰かにぶつかってしまい、俺は尻餅をついた。
「ごめん、大丈夫?」
「こちらこそ…。」
目を開けると長く下に伸びた谷間が目の前にあった。
「あら、あなた…アレスのお客さんじゃない?」
「は、はい…ど、どうも。」
思わず視線を逸らし妙な考えを振り切る。
例えばさっき当たった柔らかい感触はこの大きな胸とか…。
だから考えるなって!
「初めまして、サラよ…貴方は魔物を怖がらないのね?」
「はい…見慣れてるもので…。」
「その割には…目が泳いでるけど?」
「いや、それは…。」
うわぁ…図鑑と全く同じで男を魅了する力は半端なくすごい。
というか露出度激しすぎだろ…。
「フフフッ…あなた綺麗な顔してるわね、お姉さんが可愛がってあげようか?」
「いや、その…俺…。」
「大丈夫、お姉さんそういうの得意だから…ね?」
彼女の顔が近づき、そして為すがままに−
「そこまでだ、サラ。」
−−−ならなかった。
「チッ、良い所だったのに。」
舌打ちしちゃったよこの人…。
残念そうにしながら俺から離れていく。
ちょっと惜しかった気もするけど。
「その人は大事な客人だ、無粋な真似はするな。」
「ルー、ちょっとからかっただけよ…そんなに睨まなくてもいいじゃない?」
「どうだかな…。…ラズがお前に来て欲しいそうだ、外の山の方で待っている。」
「ふーん、じゃあ行って来よ〜♪」
気ままに横を通り過ぎていく時に、そっと耳打ちをされた。
「良い子にしてたら…また来てあげるからね?」
「ひゃい?!」
一瞬飛びあがりそうになり、笑いながらサラは窓から外へ飛んでいってしまった。
「すまないな…サキュバスは本来あんな性格でな、悪気は無いんで許してやって欲しい。」
「い、いえ…大丈夫です…寧ろ−」
「?」
むしろ俺得を書きたくなった…家に帰ったら頑張ろう。
「まぁ…気にしてなければいいんだが…レス、だったか?」
「はい…そうです。」
「私はルー、見ての通りワーウルフだ。」
ワーウルフ…図鑑のイメージとは少し違う…。
どちらかというとドラゴンみたいな感じだ。
胸も大きいし…じゃなくて!
「それより…どうしてここに?」
「えっと…誰かに案内してもらえって。」
「そうか…途中まででいいなら、私が案内するが…?」
「あ、お願いします。」
今度はルーと共に階段へ降りていった。
…
「ここが食堂だ、食事は皆で食べるのがここの決まりだ。」
扉を開けるとすでに数人が座っていた。
さっきから思ってたけどこの流れどっかで…。
「腹減った〜、飯はまだかっ?」
「まだか〜♪」
「お腹空いたぞ〜♪」
「あんたら…朝あんなに食べたのに。」
「うわぁ…勢ぞろい。」
そこには小説で見たスラミー、レジーナ、プリン、ルカの四人が座っていた。
改めて思う…図鑑通り過ぎる。
むしろ動いてる分、感動すら覚えてしまう。
「お、あんたが噂のレスかい?」
「あ、どうも…レスで…す。」
彼女が俺に気づいて振り向き、むくっと立ち上がった。
うわぁ…でけぇ…俺が子供みたいになってるよ。
「へぇ…アレスと違って随分可愛らしいじゃないか?」
「ほんとに?!見せて見せて〜!」
幼女よろしくの二人がこっちへとことこと寄ってくる。
こんな子があんな事やこんな事をしてるなんて…。
…だから考えるな俺!!
「ついでなら厨房も見ていくか?あまり使う事は無いだろうが…。」
「あぁ…今、『 』が料理作ってるはずだぜ?」
え…?
「『 』か…なら料理の出来の心配はしなくて良さそうだな。」
ある一部分を聞こうとすると酷く頭痛がした。
なんだろう…とても大切な“名前”のはずなのに。
「レス、そっちの扉が厨房だ、挨拶してくるといい。」
「…。」
「…レス?」
「…へ、何?」
「どうした?具合でも悪いのか??」
「いや、大丈夫…挨拶してくるんだよね…。」
俺はふらふらと扉へと向かっていった。
扉に近づくたびに頭痛は激しさを増していく。
「お、おい…あいつ大丈夫か、ふらふらだぞ?」
「休ませたほうが−」
「大丈夫、彼に行かせてあげて。」
「へ…?今の…プリン様?」
意識を失いそうになりながらも扉の前に立った。
後はこのドアノブを握り、開くだけ。
「…。」
扉はすんなりと開いてくれた。
「…だから、料理はまだだって言って−」
扉が開くと同時にケンタウロスが振り向いた。
手におたまを持ってエプロンを腰に巻いている。
俺と目が合った途端、彼女も動きを止めた。
「あ…あぁ…!」
『私はレイ。レス、失礼するぞ』
『優しいんだな、魔物に対してでも』
俺の頭の中で彼女の言葉が再生されていく。
『レスとこうして話した記憶がなくなるのも、私には嫌なんだ』
『レスの事忘れるのもいやだよぉ…』
彼女の笑う顔、泣き顔、照れる顔、そして温もり。
俺は…全てを思い出した。
そう、彼女の名は−
「レイっ!!」
俺はレイの元へ駆け寄りその身体を抱きしめていた。
彼女は特に拒みをせず受け入れてくれる。
この肌に感じる温もり…どうして俺は忘れてしまっていたんだ…。
「…すまないが。」
レイが申し訳なさそうな顔で俺を見た。
「お前は…誰だ?」
「え…?」
彼女が俺にそんな言葉を言った。
せっかく思い出したのに…あの時のこと、レイは覚えてないのか?
忘れてしまったのか?
俺の身体は失望に脱力していく。
「…フフッ。」
そんな俺を見てレイが急に微笑んだ。
その笑みはいつの日かを思わせる笑みだった。
「冗談だ、私がお前の事を忘れるわけが無いだろう?…『レス』」
「あ…。」
名前を呼ばれ、俺はぽろぽろと涙が零れた。
彼女が優しく俺を抱きしめてくれる。
「また会えたな…レス。」
俺はそれに答えるようにして強く抱きしめた。
後ろでレジーナ達が不思議そうに首を傾げていた。
「なんだ…どうなってるんだ?」
「さぁ…私にも分からん。」
「レイちゃん…良かったね〜♪」
「え、プリン様…レイとあの人の事知ってるんですか?」
「ん〜?さぁねぇ〜?」
「もう…プリン様〜。」
「なんでも良いけどお腹すいた〜…。」
後ろの話も聞こえないほど、俺とレイは自分達の世界に入っていた。
…
「もう…会えないと思ってたよ。」
「私もだ…今でも実感が無いよ。」
レイと二人で外の草原を歩きながら話した。
優しく吹く風が程よく心地いい。
「でも…一体どうやってここに?」
「それが分からないんだ…気がついたらここに。」
でもこうしてレイに会えたんだし、あんまり深く考えてないけど。
「あの…レス」
俺が楽観的な考えをしてるとレイが少し恥ずかしそうに聞いてきた。
「せっかく広い所に出たんだし…その…良かったら。」
「なに?」
「私の…後ろに、乗ってみるか…?」
「え?!」
レイは急にすごい事を言い出した。
確かケンタウロスが男性を後ろに乗せるときって…。
そう考えると顔が熱くなっていくのが自分でも分かった。
「…い、良いの?」
「お、お前なら、別に構わない…大切な人、だから。」
「う、うん…じゃ、じゃあ。」
ギクシャクしながらもそーっとレイの後ろに乗ってみた。
「うわぁ…。」
「ど、どうだ?苦しくないか?」
「いや…馬にも乗った事無いから…なんかすごいや。」
「そ、そうか。」
恥ずかしいやら嬉しいやらで気持ちが一杯になりなんて言ったら良いか分からなかった。
こういう時ってどんな事を言えばいいんだろう?
「じゃあ、行くぞ?落ちないようにしっかりつかまっていてくれ?」
「こ、こう?」
ぷにゅ。
「ひゃっ?!ど、何処を触っている!?」
「あ、ごめん!!…ここで良い?」
「あ、ああ、ん…そこで良い。」
すっごい柔らかな感触を得た後、何とか腰に手を回すという事で安定できた。
かなり抱きついた形になっているので彼女の香りが鼻をくすぐり、心臓が高鳴った。
「じゃ、いくぞ!」
彼女に乗って俺は風の如く草原を駆け巡った。
…
「レイ、すごかったよ!!とても速いし、風がすごく気持ちよかったっ!!」
「フフッ、喜んでもらえて何よりだ。」
ひとしきり走った後、休憩がてらに歩きながら話した。
後ろに乗りながら、レイはゆっくりと道を歩いてくれる。
「それで、初めて会った日の事なんだが。」
「ん?」
「その…手紙はちゃんと届いていたか?」
手紙というのは彼女と別れた後に机の上にあったものだ。
それは勿論。
「うん、お守りと一緒に大事にしてあるよ?」
「そうか…。」
後ろ姿で表情を隠そうとしていた彼女だったが、尻尾が嬉しそうに振っていた分ばればれだった。
こんなところもレイが可愛いと思えるところだ。
「ん、あれは?」
前から誰かが歩いてくるのが見えた。
「アレスだ、リザを背負ってるようだが。」
「お、レス!レイ!」
アレスの方もこちらに気づき、駆け寄ってきた。
「リザは…どうしたんだ?」
「いやなに、稽古のしすぎて疲れて寝ちまっただけだ、それにしても…。」
アレスは後ろに乗った俺を意外そうに見た。
「お前ら随分仲良いんだな、知り合いだったのか?」
「あ、その…。」
「ああ、少し前にちょっとな…私の大切な人だ。」
「ぶっ!」
いやそんなはっきり言われるとさすがに恥ずかしいって?!
しかも旦那に向かって…。
「はははっ、そこまで言われると少し妬けるな、だがレイが後ろに乗せるとはよっぽど気に入られてるんだな。」
「あ、はぁ…その、ごめんなさい。」
「何謝ってんだよ?俺も人の事言えないし、仲が良い事は悪い事じゃない。」
アレスは気にしてないという感じで俺の背中を叩いた。
作中でもあったけどアレス自身もそんな苦悩してたよな。
最初は羨ましいと思ってたけど…意外と辛いのかも。
「っと…悪い、ヴェンからだ。」
アレスが急に一人で誰かと話し出した。
イヤリングを通して交信してる時の姿は独り言みたいだ。
どこか危ない人に見える。
「わかった…伝えとく。」
交信が終わるとアレスは俺に向かって真剣な様子で話し出した。
「レス、お前の帰る方法が見つかった…すぐに来て欲しいそうだ。」
「えっ?」
意外な答えに少し面食らってしまった。
普通アレスからすれば喜ばしく言うはずだが何故か少し重く感じられた。
すぐにっていうのも気になるし…。
「レス、とにかく行ってみよう。」
「…うん。」
「俺も後から行く、先に行っててくれ。」
レイは大急ぎで城へと戻った。
走ってる最中、俺とレイは一度も顔を合わせられなかった。
その理由を…俺は知ってるから。
…
「レス…レイも一緒か、丁度良かった。」
二人で部屋に入るとヴェンがそう言った。
「魔王様、それはどういう…?」
「ふむ、二人ともこれに見覚えはないか?」
ヴェンが手に持ったあるものを俺達に見せた。
それは紛れも無く−
「その水晶…!!」
あの日、レイがこちらの世界に来たときに持っていた水晶だった。
「やはりな…君が言っていた似たような事というのは、レイがそちらの世界へ行ったことではないか?」
「…!」
「魔王様…ご存知だったんですか?!」
二人してヴェンの言葉に驚いた。
レイのこの様子だと皆には秘密にしてたみたいだ。
じゃあどうやって…。
「以前、レイが私の部屋を掃除したとき帰ってみると倒れていた事があってな…その時は何も無くほっとしていたのだが、…水晶がやけに新しくなっていたのを思い出してまさか…と思ったわけだ。」
「…そうだったんですか。」
ヴェンは水晶を見せるようにして説明してくれた。
「これは『幻想の水晶』といってな、目に見えない不確かなものが結晶化したものだ、私も偶然に手に入れた物だからどういうものかは分からなかったが…これには異世界と異世界を繋ぐ力があったようだ。」
幻想の水晶…。
RPGにでも出てきそうな名前だけに効果もそれらしい。
「じゃあ、ここにレスが来たのも…。」
「恐らくこの水晶のせいだろう、これは仮説だが二人の会いたいという願いが彼をここに呼び寄せたのかもしれん…だが−」
ヴェンが水晶を見えるように掲げた、すると…。
ピシッ!!
「亀裂が…。」
「この水晶は不安定でな…不確かなもので作られたのだから仕方ないのだが…。」
以前、レイがこっちの世界に来たときも水晶はひび割れていた。
今俺がここにいるのも水晶のお陰だとしたら…。
「これを直す事は出来ないのでしょうか?」
「そうだ…たしかこっちに来たとき直してくれる人がいたんですよ、それなら−」
「…これを直す事が出来たのか?」
信じられないという顔でヴェンが俺を見た。
そんなはずは無い、たしかあるサキュバスとその旦那が…。
「これを直せるとしたら私以上…あるいは神以上の力が無ければ、それも創造主並みの力が必要なんだ、君の世界とは一体…。」
これがそんな代物だったなんて…。
あの人たちは軽そうに話していたけど…何者なんだろう?
「魔王様…。」
俺が考えているとレイは神妙な面持ちでヴェンに聞いた。
「この水晶が壊れたとき…どうなるのですか?」
「…。」
レイにそう聞かれ、ヴェンは重々しくため息をつき答えた。
「この水晶がレス君をここに留めているとしたら、壊れれば彼は元の世界へと戻れるだろう。」
重々しい態度の割りにそれほど悪い話ではなかった。
なんだ…別に俺が消えてなくなるわけでもないし、もしかしたらまた会えるかも−
「だが水晶がこちらで壊れれば直す事は出来ない、つまり…。」
俺はその考えが甘い事に気付かされる。
「もう二度と…奇跡は起こらないだろう。」
「そんな…。」
レイは居た堪れなくなり、ヴェンにしがみ付いた。
「なんとか…せめて時間を延ばすことだけでも−」
「無理だ、何度も言うように直せない…そしてこれは奇跡でもない限り作れないんだ…。」
「どうして!!」
「レイ、もういいんだ…。」
「レス?!」
必死に頼むレイを俺は引き止めた。
レイはそのまま俺に掴みかかる。
「分かってるのか?!もう会えないんだぞ、記憶だって残るかどうかなんて…!!」
「わかってるよ、でも…ヴェンだってそれは分かってるんだよ。」
俺の言葉にレイはハッとなってヴェンを見た。
その目からぽろぽろと涙が溢れる。
「魔王様…申し訳ありません、感情に身を任せとんでもないご無礼を…、お許しください。」
「いや、いいんだ…私にもっと力があれば…。」
悔しそうに拳を作るヴェン
困難じゃ駄目だ…。
俺はその手をそっと掴み、拳を開いた。
「いいんです…その水晶のお陰で俺はレイにもまた会えたし、この世界を見ることも出来ました、これ以上の歓びは無いですよ?だから自分を悲観しないでください。」
「…レス君。」
そしてレイへと向きなおす。
「レイ?」
「えぐ…ひっく。」
泣き顔のレイに涙をぬぐいながらゆっくりと話し始める。
そんな俺もいつの間にか涙が出ていた。
「二度と会えないと思っていた君とこうしてまた会えたんだ、後ろにも乗せてくれた、俺はすごく嬉しいよ…だから−」
だから…これ以上求めたらいけない。
求めたら寂しくなるから。
「今度は…笑ってお別れしよう?」
泣き顔になりながらも俺は精一杯の笑顔を作った。
それにつられてレイも涙を拭きながら微笑んだ。
「うん…。」
自然と二人が抱き合う中、水晶の一部が割れ少しだけ光が漏れた。
それを持っていたヴェンがわざとらしく自分の目を手で覆い隠した。
「おや、水晶の光が強くなってきた、これでは周りがまったく見えないなー。(棒)」
指の間からヴェンがウインクするのが見えた。
それが彼なりの気の利かせ方なんだろう。
ほんと魔王って思えないような人だ…。
「レス…。」
レイと無言で見つめ合い、身体を出来るだけ密着させた。
「…好き。」
彼女の顔が近づき…そして。
チュッ。
…
「ぐえっ!」
ベッドから落っこちて背中を強打してしまった。
頭をかきながら、窓から差す朝の光に目を細める。
「…全部…夢?」
…ですよねー。
あんな事が現実にあるわけない。
多分あの日が印象的過ぎて夢に出てきたんだろう。
「でも…やけにリアルな夢だったな…。」
今でも唇辺りに柔らかい感触が…。
いやいや夢だって…。
とりあえず顔でも洗おう。
洗面台で自分の顔を見たとき、動きが止まった。
「…なんで。」
その首筋にはくっきりと切り傷がついていた。
ハッとなり急いであのお守りと手紙を出すと少し文面が変わってる事に気がついた。
「ありがとう…私はきっと貴方を忘れない。
だから貴方も忘れないで。
いつまでも
レイ」
「忘れるわけ無いよ…。」
お守りをぎゅっと握り締め、気合を入れてPCの前へと座った。
「さぁ、気合入ってるから覚悟しろよぉ!」
そうして小説を書き始めた。
11/10/19 00:59更新 / ひげ親父