第六話 妻達の宴 前編
「こっちに来て欲しい?」
「そうだ。」
ルカがいた洞窟から少し離れ、次の町へと続く道を歩いている途中、ヴェンに(彼女達が心配しないようにと)定時連絡をした時そう言われた。
こっちとは言うまでも無いがヴェンと彼女達がいる魔王城…もとい仮住まいの家のことだ。
どんな家かは詳しくは知らないがヴェンいわくそんなに不自由はしてないらしい。
そこに来いと言われたのは今回が初めてだ。
「かなり急だな…何かあったのか?」
「いや、大変というわけでも無いのだがどうしても君の力が必要なんだ。」
「必要?…何をすればいいんだ?」
「それは此方についた時に説明しよう、さあ早く。」
「行きたいのは山々だが…。」
「…何か問題があるのか?」
俺が言葉を濁したのにヴェンは不安そうに聞いてきた。
別に今から行こうと思えばいける、行けるのだが…。
「どうやって行くんだ?」
「…え?」
俺の言葉にヴェンは最初理解出来ていないようだった。
実際の所、俺はヴェンが今何処にいるのかは全く知らされていない。彼女達を送る際でもヴェンを念じれば良いだけなのだから場所を特定する必要も無かった。
まあ、ヴェンはまた地図にも載ってないような所に居るのだから知った所で行くのはかなり難しいが…。
少しの沈黙の後、その考えが通じたのかヴェンは慌てて訂正をするように言った。
「…あぁ、そういうことか!それならば心配はいらないぞ?」
「何か方法があるのか?」
「なに、容易な事だ。一度ケースから転送魔法のカードを一枚取り出してくれ。」
「カード…?あぁ、これか。」
俺はケースを取り出し、言われた通りに札を一枚手に取った。
「持ったな?じゃあそのまま動かないでくれ、後はこちらでしよう。」
「こちらでって…何をするんだ?」
「何を今更…、何回も見てきただろう?今度は君の番だ。」
「おい…まさか!?」
悪い予感は的中し、俺の身体は急に光り始めた。
まるで自分が消えてしまうかのような錯覚に囚われ、血の気が引いていくのを感じた。
「本当に、大丈夫なんだろうな?!」
「あぁ、少し立ち眩みをするかもしれんが直に良くなる、安心して身を任せろ。」
徐々に光りが強くなり、意識を保てなくなっていた。
そして…。
「う…うわぁぁぁ!!」
俺はその場から…消えた。
風が心地よく吹き、草原が波打つかのようにその背を靡かせる。
その緑一色の地に突如光が弾け、男が現れた。
「あ…あう…おえ。」
地に足が着いた途端、激しい嫌悪感と吐き気に俺は膝を付いた。
肩で息をしながらなんとか身体を落ち着かせる。
「くそ…ヴェンの奴、もっとマシな方法は無かったのか…?」
一人愚痴りながらも立ち上がり、大きく息を吐き辺りを見回した。
ここは空気が澄んでいるおかげか状態はすぐに良くなり、むしろ開放感に包まれるような清清しい気分になった。
「ここが…魔王のいる…島?」
ここが辛うじて島という事だけは分かった、草原の向こうは切り立った崖になっており強く叩きつけるような波音が聞こえてきたからだ。
だが俺の想像していたような暗いおどろおどろしい雰囲気は何処にも無かった。
それどころか美しい風景が広がり、ここが聖地だと言われても疑わしく無いほどの土地だ。
前回の魔王城が魔界の真ん中にあった為かそんな印象が付いてしまったのかもしれないが『魔王のいる島』というだけでもやはりそういう想像が出来てしまう。
こんな所に身を隠すヴェンはとことん魔王らしくない魔王だな…。
「で…肝心の家は何処にあるんだ?」
てっきり家の中か前ぐらいに出現すると思っていたが周りにそんな建物が見えない以上、少し離れた位置に出てしまったのだろう。
…ヴェンが失敗して無人島に送ってない限りだが。
「とりあえず連絡してみるか。」
俺がイヤリングを通してヴェンを念じた時だった。
ガサッ…。
「んっ?」
後ろでと草の根を踏む音が聞こえた。
身を隠す訳でもなく堂々と近づいてくる、その軽快さが自分を襲おうとしているものではないと教えてくれた。
そっと後ろを振り返ってみると…。
「…やっぱりな。」
見知った顔がそこにはあった。
黄色の瞳、緑一色に染め上げられた装備…そして剣、トカゲのような尻尾。
その者の存在こそがここにヴェンがいるという証明となった。
「リザ…。」
「後ろ姿を見てそうじゃないかと思っていたんだ。」
持っていた剣を鞘に収め、リザが俺の方へと駆け寄ってくる。
そのままの勢いで彼女は俺を抱きしめた。
「お帰り…アレス。」
「あぁ…ただいま。」
抱きついた彼女からは汗の匂いの他に懐かしい香りがした。
…感動の再会を後にして。
俺はリザにヴェンがいる家の方まで案内してもらった。
歩きながら二人で他愛の無い話をする。
「リザはあそこで稽古でもしていたのか?」
「ああ、腕が鈍るといけないからな。たまにレイやルーに手合わせしてもらう事もある、今日はたまたま一人だったんだが…急に向こうの方で光ったのが見えたからもしかして…って思ってな。」
「そうだったか…。」
「…さっきはすまなかったな、嬉しさのあまり抱きついてしまって。…汗臭かったろう?」
「いや?そんな事は無い、俺もリザに会えて嬉しかったからな。」
「そ、そうか…。」
リザは顔を赤くして俯いてしまった。
後ろの尻尾が嬉しそうに左右に振っている。
…可愛いやつめ。
「そろそろ城が見えてくる頃だ、頑張ってくれ。」
「ああ、問題ない。」
そうして俺は丘へと着き、そこに広がる壮大な景色を目の当たりにした。
「…すごい。」
「だろう?…私もここが気に入ってるんだ。」
二人して見とれてしまっていた。
無理も無い、俺はこんなに美しい景色は見た事が無いのだから。
風が靡く草原の向こうには大きく聳え立つ古城があった。
まるで昔からそこにあったと思わせるほどに自然にそして静かにそれは存在する。
城の向こうには森が広がり更に向こうには火山も見える、海岸らしき砂浜や大きい湖もここからなら良く見えた。
自然にしか出来ないはずのものが全てこの島に揃ってしまっている。
偶然…いや恐らくこれがヴェンの力なのだろう。
違う意味でヴェンが魔王だと再確認させられてしまうほどだ。
「さあ、皆が待っている、そろそろ行こうか?」
「あ、あぁ。」
俺はリザに促されるまま丘を下り、城へと向かって歩いた。
「近くで見ると迫力が違うな…。」
城の前へと付いた時の感想がこれだ。
遠くから見ただけでは分からなかったがこの城かなり大きい。
大富豪の豪邸か国王の城並みにあるのではないかと思わせるほどだ。
違うとすれば少し古めかしい風体ぐらいだろう。
ここに着いてから驚いてばかりだな。
「さて、私はまだやる事があるから先に入っててくれ、夕食にはまた顔を合わせれるだろうから。」
「分かった、また後でな。」
そう言ってリザは城の近くにある小屋の方へと走っていった。
俺はそのまま城の中へと入っていった、大きな扉の鈍い音と共に。
中に入ってみると外見とは裏腹に古めかしい感じはそれほどしなかった。
むしろ少し最先端をいく豪華な設備が施されている。
広い空間に天井も高い、構造からして大体3、4階ほどはあるのではないだろうか。
部屋数も多いに違いない、なるほど…不自由してないとはこのことか。
「おぉ、待ちくたびれたぞ!」
感心して見回していると奥の階段のほうから声がした。
黒いマントをなびかせ、ゆっくりとこちらに歩いてくる。
「ヴェン!」
俺はヴェンの方へと駆け寄り、嬉しさのあまり抱擁を交わしていた。
男同士だとかそんな事は二人の“仲”には無かった。
「ヴェン…数日しか経ってないはずなのに、もう随分昔から会ってない様な気がするよ。」
「アレス…、私もだ。…君が随分見違えたように見える。」
二人は顔を見合わせて笑いあった、こんなにも笑ったのは久しぶりかもしれない。
「いやぁ…すまなかったな、本来ならこの城の中に着く筈だったのだが手違いで外になってしまったんだ。」
「いや、それはもういいんだ、いいものも見れたしな。」
「いいもの…とは?」
「こっちの話さ、それよりここはすごい所だな?」
「彼女達に気に入ってもらうためにな、少し張り切ってしまったよ。」
二人で話しながら階段を上っていき廊下に出た。
ヴェンの話だとこの城は元々朽ち果てていたのをヴェンが改造したものらしい、それもかなり昔の代物だそうで外から見た印象が中と違うのはそのせいだ。
今俺達は3階の廊下を歩いているが正直迷いそうだ。
時々ヴェンに案内してもらいながら色んな部屋の場所を覚えてはいるが、かなり広いため地図でも無い限り全部覚えきるのは無理だろう。
どうしようかと悩んでいたとき、ある部屋で止まった。
「ここが君の部屋だ、家具は殆ど揃ってはいるが必要なら言ってくれ。」
扉を開けてみると中は思った以上に広く、高級な宿に泊まったかと思えるほどに設備は完璧だった。
ふかふかのベッドは勿論、下には赤い絨毯がしかれており天井にはシャンデリアもつけられている。
窓からは日が差し込むようになっており、そこから見える景色も最高だ。
「気に入って貰えたかな?」
「あぁ、…俺には勿体無いぐらいだ。」
とりあえず荷物を置き、うんと背伸びをした。
普段野宿ばかりだったせいかここで寝るという実感が持てずにいた。
ヴェンが満足げな笑みをし部屋から出て行こうとしたのを俺は慌てて呼び止めた。
「おいちょっと待て、俺はここで何をすればいいんだ?」
「何…とは?」
「俺の力が必要だからここに呼んだんだろう?」
再会に浸りすぎて忘れていたが本来俺がここに来た目的はヴェンに手伝って欲しい事があると聞いたからだ。
着いた時に話すといっていたがそれらしい事は聞かされてない。
「あぁ、そうだったな…頼みというのは簡単だ、ここにしばらく留まって欲しいのだ。」
「それは分かる、だからその間に何をすればいいんだ?」
「何も、ただここにいるだけで良い、それだけで問題は解決する。」
「何だって?」
全く意味が分からない、ここに泊まるだけで良い?
俺がここに泊まる事でなにか意味があるのだろうか?
「まあ直にわかる事だ、そんなに不安にならなくても良い。」
「だが俺は…。」
「まぁまぁ、そんなことより彼女達に会ってやってくれないか?君が今日来る事は知らせてないからきっと驚くと思う。ささ、行った行った!」
「おい、押すなって!」
ヴェンに背中を押されながら釈然としない気持ちで部屋を後にした。
2階への階段を下りて行く。
たしか2階は食堂のフロア、彼女達がいる部屋もこの階だったはずだ。
ヴェンは用事があるからといって自分の部屋へと帰っていってしまった、無責任なやつめ。
降りた先にある大きなつがい扉を開け、中へと入った。
中に入ると貴族の食堂にあるような長テーブルが一番に目が着いた。
上には蝋燭が立てられており、かなり上品な雰囲気を醸し出している。
そのテーブルに二人の女性が座っていた。
プリンとスラミーだ。
「あ、ダーリンだ〜!!」
「お兄ちゃんだ〜!!」
二人して俺の方へと駆け寄り、そして…。
「うおっ!」
文字通り押し倒されてしまった。
「ダーリン!会いたかったよ〜。」
「へへへ〜お兄ちゃんだ〜。」
「わ、わかったから二人とも離れろ!」
二人に抱きつかれ俺はあたふたとした。
予想はしていたものの流石に二人いっぺんはきつい。
二人は俺から離れた後も嬉しそうだった。
「二人とも、元気そうで何よりだ。」
「えへ〜ダーリンに会えたからもっと元気になれたよ〜。」
「でもいきなりだからびっくりしたよ〜?」
「ああ、ちょっと用事が出来てな、しばらくここにいるよ。」
「ほんと〜?!やった〜!」
俺の言葉を聞いて、二人は嬉しそうに飛び跳ねていた。
会ったときから思っていたのだがこの二人何かと性格が似ているようだ。
話し方もそうだが、幸せそうに笑うところも良く似ている。
俺が微笑んでいると誰かに足のすそを引っ張られている事に気づいた。
見てみると、スラミーに良く似た女の子(膝ぐらいまでしかないスライム)がこっちを見つめていた。
持ち上げて顔の前まで持ってくると女の子は嬉しそうに笑った。
「おとさん?」
「へ?」
目の前の女の子は俺の事を急に『お父さん』と呼んだ。
ヴェンがこの前言っていた事を思い出す。
『ああ、君とスラミーの子供だ、無事生まれたよ。』
「お前もしかして…。」
「そ〜、わたしとダーリンのオチビちゃん♪」
不意に横からスラミーが顔を覗かせて言った。
女の子はスラミーを見ると「おかさん!」と言って手をバタつかせた。
スラミーは俺の手から女の子を抱きかかえ、ふふっと笑った。
「オチビちゃん、ダーリンがお父さんって分かるんだ〜?すごいね〜!」
「えへへ〜♪」
女の子はスラミーに頭を撫でられ気持ちよさそうに笑った。
「良いな〜、わたしも早く子供欲しいな〜?」
人差し指を咥えて羨ましそうにプリンはスラミーを見つめた。
大丈夫だ、と肩を叩いて慰めてやる。
それにしても…。
「そうか…この子が俺の娘か。」
少し恥ずかしいが不思議と幸せな気分になる。
俺も娘の頭を撫でてやることにした、と咄嗟に思い出す。
「そうだ、この娘に名前を付けてやらないとな。」
「えぇ〜?オチビちゃんで良いじゃない?」
「流石にそれは駄目だろ、そうだな…。」
うーんと頭を捻り良い名前を考えてみる。
そしてなんとか考え付いたのが…。
「ライムってのはどうだ?」
「ライム〜?」
「え〜?なんか適当〜。」
「うるせぇ。」
「うにゅ。」
プリンの頭を小突きながら考えてみる。
他に何も浮かばない以上これしかない、元々俺は名前やらなんやらを考えるのは苦手なんだ。
しかし…。
「ライム…ライム!」
「あら〜、オチビちゃん気に入ったみたいよ?」
「ほんとか?!」
見てみると自分の名前を確かめるように何度も嬉しそうに呼んでいた。
俺は内心ほっとしてライムに微笑みかけた。
自分の子供とは…やはりすごく可愛く思えるものだ。
「とと、そうだった、二人とも他の皆を見なかったか?」
「皆〜?」
二人はうーんと眉間にしわを寄せ必死に思い出していた。
ライムも真似をして「うーん♪」と頭を抱えている、すごく可愛く思えるのは俺が親馬鹿だからか?
「え〜っと、確かレイちゃんとルカちゃんが晩ごはん作ってて…。」
「リザちゃんは外に行ったよ〜、ラズちゃんとルーちゃんは部屋だと思う〜、サラちゃんはわかんない。」
「そうか、ありがとう、また後でな?」
「はーい」という声と共に俺は食堂を後にした。
晩御飯を作ってると言う事はルカとレイは厨房にいるのだろう。
すぐそこだし行ってみよう。
「ルカ、そこのお皿を取ってくれ。」
「この大きいお皿で良いの?」
「あぁ、それとその野菜を盛り付けておいてくれ。」
「アイサ〜♪」
扉の前に行くと中からレイとルカの声が聞こえた。
二人とも料理が出来るなんて知らなかったが聞いている限りではかなり手際がよさそうだ。
漂ってくる匂いも美味そうだし、これは期待出来そうだ。
俺が中へと入るとレイは手を止めずに振り向いた。
「すまない、料理はまだ出来てないんだ、もうしばらく−」
そう言って俺と目が合った途端、彼女の動きが止まった。
「…うそ。」
「ん、どうしたの?」
ルカがレイの視線の先を見てみると…。
「あ、アレ−」
「アレスッ!!」
レイは一直線に俺のほうへと駆け寄り、俺を抱きしめた。
流石に予想は出来ていたので何とか持ちこたえる事は出来た、身長差があるので腰周りに抱きついている事になるが。
「っとと、レイ…どうしたんだよ?」
「どうしたもあるか!私がどれだけお前の帰りを待っていたか…。」
レイは愛おしげに俺を強く抱きしめた。
ヴェンが彼女達が心配すると言っていたがもしかしたらレイが一番心配していたのかもしれない。
俺はそれに答えるようにして強く抱きしめた。
「ふーん、見せ付けてくれるね〜?」
後ろからルカがジト目で見てきたので仕方なくレイを離してやった。
レイは少し名残惜しそうにしていたが、すぐに平静を取り戻した。
「ほら、ルカも。」
「…うん♪」
ルカは少し恥ずかしそうにしながらも俺の方へと近づき、顔を埋めた。
すこし腕に力が入っていたが気にしないでおこう。
「それにしてもいきなりだな、前もって連絡してくれれば色々と準備してやれたのだが…。」
「すまないな、こちらも急で来たんだよ、何の用かは分からないが。」
「それって…どういう意味?」
「俺にも良く分からない、ヴェンに呼ばれたんだよ。」
「ヴェン?…あぁ魔王様か…ならば問題あるまい。」
レイは納得したようにうんうんと頷いている。
ルカは頭に?を浮かんだまま難しい顔をしていた。
「それより…二人共、料理出来たんだな?」
関心をこめて二人に聞くと二人は少し照れくさそうに言った。
「ま、まぁ料理ぐらい出来ないと自立は出来ないからな…当然だ。」
「あたしは調理係だったから慣れてるだけ、でもレイの方がずっと上手いよ?」
「へぇ?それでそんな格好をしてるわけだ。」
「あ、いや!?これは…だな!」
レイが顔を赤くし急にあたふたとし始めた。
改めて彼女の格好を見てみると面白い。
レイはメイド服を着て短いスカートを穿き、頭にカチューシャまで付け、更には白いフリルの付いたエプロンまで見事に着こなしていた。良く見ると四足にはニーソもきちんと穿かれていた。
どっからどう見てもメイドにしか見えない。
変と言うわけではなく似合いすぎて面白いのだ。
「その…これは…仕方なく、そう仕方なく着ているのだ!家事を手伝うものきちんと服装もこなさなければならないからな!」
「あれ〜、そうだったっけ?確か最初の方は『アレスに見て貰えたら…』とか何とか言って…もががっ!!」
ルカが喋り出した途端、レイは目にも留まらぬ速さで近くにあったパンの一切れをルカの口に押し込んだ。
ルカは口いっぱいにパンを詰め込まれ、床の上を転げまわっている。
「と、とにかく料理はまだ先だ!後で呼びに行くから部屋で待っててくれ!!」
「あぁ、わかったから…そんなに押すなよ?」
半ば強引にレイに厨房から追い出されてしまった。
仕方ない…他のところに行こう。
適当に歩いていると彼女達の部屋へと続く廊下が見えてきた。
右、左と一人一人の部屋を通過していく。
そこである部屋の前で俺は立ち止まった、扉のプレートには『ルー』と彫られている。
「ここだな。」
俺は扉を二回ノックし、返事を待った。
すると中から「どうぞ。」と声が聞こえ、俺は中へと入った。
そこにはベッドに腰掛けていたルーの姿があった。
「アレス…来ていたのか?!」
「ルー、会いたかったよ。」
ルーは俺を見るなりそっと抱きしめてくれた。
他の彼女達と違い、ルーは落ち着いた様子だった。
それだけに彼女との関係は少しだけ特殊なようにも思えた。
「あぁ、アレス…お前にまた会えるなんて夢みたいだ。」
「俺も突然だったからな、でもこうしてお前達と会えて嬉しいよ。」
「それはそうだ、なんと言っても『私達』にだからな。」
二人してふふっと笑いあった。
こんな風に俺の事を理解して言ってくれるのは今の所彼女だけだろう。
勿論、他の彼女達が身勝手だとか嫌いだとかそんなものではない。
ただ彼女、ルーにだけは気兼ねなく話すことが出来る。
唯一俺を初めて理解してくれたのが彼女だったから。
「また、すぐに行ってしまうのか?」
「いや、しばらくはここにいる、ヴェンにそう頼まれたからな。」
「魔王様に…なるほど、そういうことか。」
ルーもレイと一緒で何かを納得したようにうんうんと頷いていた。
気になったので聞いてみる事にする。
「なぁ、レイもそうだったんだが、なにか思い当たる節があるのか?」
「ふふふ、それは秘密だ。いくらアレスでも…いや、アレスだから教えられない。」
「一体なんなんだ?」
結局どれだけ聞いてもルーからは教えてもらえず、「支度があるから。」といって部屋から追い出されてしまった。
まぁ、夕食時にでもまた皆に聞けばいいだろう。
そう思って歩き出したときだった。
「あ、アレスじゃない!」
「ん?その声は…。」
後ろから名前を呼ばれたので振り向いてみると一人の女性がこっちに向かって走ってきた。
「ぶっ!!」
タオル一枚で。
「アレス〜、会いたかったよぉ♪」
少し濡れた身体でサラが俺に抱きついてきた。
なんとか抱きかかえるものの目のやり場に困ってしまう。
髪なども濡れている辺り、お風呂にでも行っていたのだろう。
「お前、せめて服ぐらい着たらどうだ?!」
「えぇ〜?どうせ皆女の子だし恥ずかしくないよ?」
「俺は恥ずかしい!それとヴェンはどうなんだ?!」
「魔王様を襲おうなんて流石に考えないわよ?それに…こうしたほうがアレスが来たときに喜ぶかと思って。」
「と、とにかく離れてくれ!」
これ以上くっつかれると、どうにかなりそうだったので何とか彼女を引き剥がした。
タオル一枚とだけあって露出度も肌の伝わりも段違いだ。
「もぅ、そんなに恥ずかしがらなくても良いのに…私達はもう夫婦なんだから♪」
「『私達』はな、さすがにこんな所では出来ない。」
「じゃあ何処なら相手してくれるの?」
「それは…時と場合による。」
「そう、じゃあ楽しみにしておくね!そのときは好きなだけ私の身体貪ってもいいから♪」
そう言ってサラはタオルを翻してちらりと胸を強調した。
なるべく見ないようにはするものの男の悲しい性でちらちらと横目で見てしまう。
その様子を見て、サラはクススと笑った。
「じゃあ、アレス?また後でね♪」
そう言って彼女は自分の部屋へと帰っていった。
俺はそのまま壁にもたれかかり、ふうとため息をついた。
これは油断できないかもしれないなと一人苦笑し、また歩き出した。
「…。」
ある部屋の前で止まり扉をノックをしようとしたが止めた。
そこには『ラズ』とプレートに彫られた扉があった。
止めた理由は中から“お楽しみ”中の声が聞こえたからだ。
「ああ!!良いの、もっと突いてっ!!ロイス!」
「うう、ラズ!!愛してるよ!!」
やれやれ…この二人は相変わらずか。
邪魔するのも悪いし、挨拶は後にするか。
そう思って、俺はまた食堂の方へと歩き出していた。
11/09/05 11:33更新 / ひげ親父
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