連載小説
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刀鍛冶 イン ワンダーランド
「……どこだここは」

気づいたら、目に映る光景すべてが先ほどまでと大きく変わっていた。
いささか派手過ぎる色遣いの石造りの建物。珍妙な色彩と形の草木。そのどれもが今まで自分がいた場所と異なっている。それが木造の家屋と落ち着いた普通の緑の木々という様だったから、なおさら明らかな差異が目に痛くなるほど感じられてしまうのだ。

「マイト。マイトはいるか」

一緒にいたはずの弟子兼伴侶の名前を呼んだ。声と共に再び辺りを、今度は地面近くを見渡すと、桃色の草むらに転がっている彼の姿を見つけた。
あわてて駆け寄るといててとぼやきながら身を起こす。

「あ、八頭さん」
「良かった。怪我はないようだが……どうして倒れていたんだ?」
「えっと、ですね。僕たち双葉を小幡さんのところに預けたでしょう。それで、仕事を始めるから家に帰ろうとしてた。あってますよね」
「勿論」

双葉というのは、この八頭という女性とその伴侶──マイトの娘である。
両親が二人とも刀鍛冶ということもあり、なるべく一緒に過ごすよう心掛けてはいるが月に何度かは八頭の抱える弟子のひとりと家内である稲荷の小幡の家に預けることもあった。

「その途中でなんかこう、クラっときて倒れちゃったんです。そうしたらここにいて」
「成程な。私は眩暈も転ぶようなこともなかったが、現に今貴方と一緒にここにいるものなあ」
「夢……とかじゃないですよね?」
「はは。それは私の言葉だなあ。二人で見る夢というのもまた趣があると思わないでもないが……仕事の合間に眠りこけているようでは示しがつかないぞ」
「そういうのもいいんじゃないですか? 僕はともかく八頭さん、頑張ってるし。村のみんなも許してくれますよ」
「んむむ……。そういうわけにも行かないんだけどなあ。双葉を預ける日だったのが幸いか」
「心配、ですよね」

これは娘を預けた時のお約束なのだが、双葉と離れた八頭はいつも不安げな表情を浮かべる。すぐ近くで信頼できる者とその子供に面倒を見てもらっているとはいえ、とにかく子煩悩である彼女にとってはひと時でも娘と離れるというのが何より耐え難いらしい。
それは父であるマイトも同じなのだが、やはりお腹を痛めて産んだ母親という違いがそこにはあるのだろう。彼女の顔つきはいつにも増して曇っていた。

「八頭さん」

マイトは彼女の背に腕を回し抱き寄せた。自分は代わりにはなれないが、不安を落ち着かせてあげることはできる。そのたくましい自身と彼の匂いに八頭の表情は和らいでいった。

「……助かる。マイト、ありがとうな」
「これでもお父さんになりましたから」

笑顔で宣言して、彼は顔を上げた。

「ここ、きっと夢じゃないですよ。昔聞いたことがあるんです。前触れもなく、突然迷い込む、不思議の国と呼ばれる世界があるって」
「不思議の、国だと?」
「地元にいた時、出入りの魔物たちが話してました。なんでも支配者である魔王の娘がそれはまたひどい暴君で、ことあるごと国民や迷い込んだ者に極刑を言い渡してくる……とか。まあ、魔物なので。実際に行ったことがあるって夫婦も笑い話にしてたから、つまりはそういうことです」
「つまり、とはどういうことが起こるんだ?」
「あー……えっと、当時は耳ふさいでいたから……」

そこは察していただきたい、という顔のマイトだったが何しろ八頭は人間の男から魔物、彼女の国でいえばあやかしに身を変える以前からある事情で人妖問わず距離を置いて生きてきた。マイトが訪れるまで自分が男と番うことを考えもしなかったというのだから、当然自分がどういう存在なのかという自覚も薄い。考え方が人間寄りなのである。
今の関係になって間もない頃だった。突然降って湧いてきた欲望に振り回されて泣いてしまい、顔と股をぐしゃぐしゃに濡らしながら外で松炭を切っていたマイトに襲い掛かってきたこともあった。流石に子まで設けた今となってはそういうこともなくなったが、それでも夜を待てずに夫に欲情してしまう自分には未だ恥じらいを覚えずにはいられないらしい。
魔物やあやかしがどういうものか知っていたマイトの方がいち早く夫婦生活に慣れてしまったくらいだ。
だからなのかはわからないが、エキドナであるにもかかわらず八頭の肌は人間のそれである。透けるように白いが、同じ種族である双葉の肌がしっかりと青いのを見るとやはり異なっているといえる。

それでも夫が顔を赤らめる様子を見て彼女も察したようだった。たちまち顔色が移り、お互いなんとも言えない空気になってしまう。『極刑』の内容もそうなのだが、そんな場所に自分たちはいるのかという事実が二人の口を閉ざしていた。

「おや」

そんな空気を破ったのは二人のものではない誰かの声だった。
洋装を纏った女性が二人の前に現れた。白っぽい色身のズボンに緑のジャケット。何より大きな帽子が目を引く。それはジャケットと同じ緑色でところどころにキノコの飾りが付き、つばの裏もまたキノコのひだのような模様があしらわれていた。

「迷い込んだお客様かな。見たところどこへ行けばいいのかお悩みのようだね。せっかくだったら僕のお茶会へご招待されてはくれないかな?」
「……貴方は誰だ?」
「僕は不思議の国の帽子屋。マッドハッター、なあんて呼ぶ方もいるね。あえて名乗る名などないけれど、ふむ。アダー、とでもしておこうかな」

以後お見知りおきを、と言ってアダーと名乗る女は帽子を取りお辞儀した。
マッドハッターというのが種族であるのなら、彼女もまた魔物らしい。

「アダーか。私は八頭、この男はマイトという。なあ、帰る道は一体どこにあるんだろうか。教えていただきたい」
「んー。帰る道はねえ。開いたり閉じたり気まぐれなんだ。適当に時間をつぶした方が賢いやり方だね。僕のお茶会の近くにも出口が開くところがあるから」
「では、厄介になるとするか。マイトもいいな」
「そりゃあ行きますよ。こんなところで八頭さんから離れたくないです」

マイトがそう言うなり、アダーは笑い出した。

「んむ、な、なにがおかしい」
「フフフっ、いやあ、ねえ。随分と心得のある旦那様じゃあないか。ますます僕のお茶会に呼びたくなったよ」
「渡さないからな?」
「勿論。僕には愛しのダーリンが待っているし、他の子にも全員愛する旦那様がいるから安心してくれたまえ」

アダーはにっこりと笑い、二人を手招きした。



茶会の席に着くなり、八頭は目を丸くして辺りを見渡し始めた。
席も、茶も、菓子も彼女の出身である日の国の者とは全く違う。加えて先に座っていた者たちは明らかに慣れた様子だったから、なおのことどう出ていいのかわからない。
この、棚のようなかごに入った菓子は好きに食ってもよいのだろうか。湯呑と全然違う椀はどこを持てばよいのだろうか。せわしなく視線を動かしていると隣のマイトに気づかれた。

「八頭さん?」
「うっ、す、すまない。これはどうしたらいいんだろう。日の国の茶会とちがうからわからないんだ」
「ああ。すぐ気づかなくてごめんなさい。大丈夫ですよ、好きなもの僕が取ってあげますから」
「作法などは」
「その心配はないよ」

二人のすぐ近くの上座に座っていたアダーが言った。

「僕たちのお茶会は何人も拒みはしない。好きに菓子を摘み、紅茶を楽しみたまえ。唯一作法なるものを求めるのなら、淫らであること。ただそれだけさ」

見てごらん、とアダーは指し示す。目を凝らせば正面に座っている小さなサキュバスの少女は夫と思われる男を椅子代わりにして、なんと交わっている最中だった。
他にも白地に赤い模様を染め抜いた服の少女。なぜ座らないのかと疑問に思っていたが、背後にある服と同じ柄の札から彼女をつかみ腰を打ち付ける男が見え隠れする。
その他の全員もほとんど変わらない様子だった。旦那がいる、とは聞いていたがまさか人前で、それも茶会という場で堂々と交わるだなんて。
八頭は再び顔を赤くして、ここが不思議の国と呼ばれる所以をなんとなく感じ取った。

「初々しい奥様だね」
「んぐ……」
「お手本を見せてあげよう」

気づけばアダーの脇に男が経っていた。マイトと同じ、異国の顔立ちをした優男である。
一目で礼装だと分かる黒い服装。その、下履きのところをおもむろにアダーは下ろした。

「僕はミルクと紅茶は別がいいかな」

男が彼女の帽子に口づける。現れた男の性器を数度擦り上げると途端に白いものが噴き出してアダーの顔を白く染めた。それが何なのか、わからないほど初心ではない。

「ううん……♡じゅる、っ♡今日も中々のお味だよダーリン♡ほら♡君たちも好きにしたまえ♡せっかく来ていただいたのだから存分に愛を交わしたまえ♡」

そそり立つ男性器にアダーは頬ずりし、ぱくりと口に咥えてしまった。
いきなり言われたってこんな常識外れの光景を真似しろだなんて困ってしまう。
有体に言えば、狂っている。そう思った。

「ふふ。その目。まるで人間のお客様みたいだ。ジパングの御婦人は貞淑だと聞いていたけれど、想像以上だね」

じゅるり、と精液をすする音が鳴る。
色欲に潤むアダーの目が妖しく輝いていた。

「調教しがいがあるよ。いきなり交われなどと強要はしないからさ、どうだい。まずはそこの虜のパイでも」

ふいと彼女が指を動かすと、いつの間にか二人の前に菓子の乗った皿が置かれていた。
続いてフォークが、浮き上がったティーポットがカップに並々と紅茶を注ぐ。

「それでは。僕はダーリンとお楽しみの時間だからさ♡」

再び夫の性器にしゃぶりつき始めたアダーから目をそらして、八頭は皿の上と自身の夫の顔を交互に見やった。マイトは何も言わずに頷く。

「八頭さん。フォークはこう、です。カップはここを持ってください」
「うん、うん。む、この重なり。以前マイトが話していた菓子だな」
「そんなことも、話してましたっけ。……まさか本当に食べてもらえる時が来るなんて思ってもみませんでした。美味しいですか?」
「……ああ。美味いぞ。さくさくしていて中身の果実はとろりとしている。貴方も食べなさい」

長らく人間らしい食事を捨ててみかんばかり食べていた八頭だが、伴侶ができてからは次第に食べる喜びを取り戻していった。年に何度かはマイトと共に人里へ出て食事を楽しむこともある。彼女は特に甘味の類が好きだった。
何かを食べる妻の顔がマイトはことの最中の次くらいに好きかもしれないと思っているのだが、彼女がそれを知るのはまだ先の話。
彼は先に言った通り、手慣れない妻の代わりに菓子を取ったり紅茶のお代わりを注いだりしていた。使用人の見様見真似です、だなんて言っていたが手際がいい。

「次は何食べたいですか?」
「そうだなあ。ああ、あの黒と黄色のやつがいい」
「クッキーですね。わかりました」

ざく、とクッキーに歯を立てる。思いのほか口の中が乾くと紅茶を流し込んだ。その時だった。

「……? あれ、椅子が低くなったか? 声も、んっん、なんだか高いような」
「あの、八頭さん」

さっきと同じようにマイトの顔を見上げようとしたら、なぜだか彼の胸が目に入った。
首が痛くなるまで首を傾けなければいけない。そうしてやっと視界に映った夫の顔は、ひどく驚いているようだった。
どうした、と問いかけるより先に違和感を自覚できた。椅子が低くなったのではない。自分の背が低くなったのだ、と。

「な、なんだこれはっ!?」

改めて自分の身体を確かめる。真っ先に目に入った手だけでなく、そのほかの何もかもが小さい。

「あー! ちっちゃくなるクッキー引いちゃったねえ! 食べちゃったねえ!」

夫を椅子代わりにしてはじゅぶじゅぶと音を立てて跳ねていた桃色のうさぎが素っ頓狂な声を上げる。
ウサギも自分と同じクッキーを取って食った。すると彼女の姿かたちがみるみるうちに縮んでいった。

「ほーらこのとおり! きゃうっ! あははっ♡やだぁ♡おちんちんでお腹がいっぱいだよぉ……♡」

桃色のうさぎは自分が小さくなったこと以外は気にも留めず、大きすぎる男性器が浮き出る腹を撫でながら跳ね続けた。にゅぽ、にゅぽっと赤黒い肉の棒が不可思議なくらい滑らかに出入りする。

「ふぁあっ♡きみは旦那様と交尾しないの? ねえ、ちっちゃくなったらお腹の中、おちんちんでいっぱいにしてもらえるんだよ?」
「そんな、ことを言われても」
「言われても、言われても? ねぇねぇ、クッキーもお紅茶もパイもいっぱい食べたり飲んだりしたよね? お腹がいっぱいなの? そんなわけないじゃない♡おやつを食べるとお腹がペコペコになっておちんちんが欲しくなっちゃう♡それがあたしたちの常識だよ♡」
「わ、」

私は違う。第一この国の者ではないと言い返したかった。
テーブルに八頭の手が着く。そのまま蛇体を使って上半身を持ち上げようとした。
が、そこから先の言葉が続かない。

「マイト、お前何を」

こともあろうにマイトが背後から彼女の小さな身体を抱きすくめた。
肩にかかる吐息が火床の熱気かと思われるほどに熱い。
なにより八頭を固まらせたのは、蛇体に押し付けられた彼の男性器だった。鱗の張った肌すらも容易に通り抜けてその大きさと脈動が伝わってくる。
ひぃ、と口の隙間から情けない悲鳴がこぼれ出た。

「……ごめんなさい」
「っあ、あ、あ、やめ♡ぁ、ひあああああっ♡♡」

体勢がマイトと向き合う形にさせられる。小さくなった身体はいともたやすく持ち上げられて、座っていた席を盗られてしまった。
ちょっと待て、これでは──結論まで考えが行きつくより先にマイトの肉棒が突き立てられた。いつの間にそこまで濡れそぼっていたのやら、繋がったところからじゅっぽじゅっぽとやけに水気の多い音が響いてくる。

「気持ちいい……今の八頭さん、っん、いつもよりきついですよ♡」
「あ♡ああっ♡マイト……そんな、いわないでくれっ♡」
「だって……本当じゃないですかあ♡子宮だって、あっという間にここまで下りてきて吸い付いてくるんですよ……精液欲しい欲しいって♡いっぱい注いであげますからね……んっ、くぅ……!」
「だめ、だめだめだめっ♡あなたの精液、胎にいっぱい注がれたりなんかしたらっ♡おかしくなる♡またややこができてしまう、っ♡」
「できていいじゃないですか……八頭さんはお母さんになりたいんだから♡いっぱい赤ちゃん産んで、いっぱいお母さんになってくださいっ♡」
「ぃ♡ひぃ♡やあああああああっ♡♡」

びゅるびゅると濃厚な精液が彼女の子宮の中にぶちまけられた。ただでさえねっとりと熱を持つそれがいつにも増して濃いように感じられる。一度自分を孕ませた愛する人の精液だが、いつも以上に濃くて量も多い。これほどまでに本気で自分を孕ませたいのかと思い知って下腹が戦慄いてしまった。
無事に子を孕んで腹が膨れるのを想像すれば、それだけで絶頂してしまいそうなくらいである。

「ふぁ、あぁ……♡マイト……もっと、もっと、この雌の胎を膨れさせてくれ♡」
「はい♡っと、その前に」

着物の胸元をはだけさせ、マイトは彼女の胸に紅茶の入ったカップを寄せた。
そのまま反対の手で緩やかなふくらみを揉み込む。すると乳頭から白い液体が落ちてきた。
かき混ぜる暇もなく彼は一気に母乳入りの紅茶を嚥下する。すると膣内で可愛がられていたマイトの肉棒がむくむくと大きくなり、さらに勢いよく精液が噴き出された。
荒い息を吐いて精液が尿道をせり上がる快楽に酔いしれるマイトの瞳はこぼれそうなくらいとろとろとしていた。それは映り込んだ自分の顔も同じだ。

「あ、っえ……!?」
「小さくなっても母乳はちゃんと出るんですね。よかった。僕、ミルクティーが一番好きなんですよ♡」
「おや? 初々しいご夫婦かと思えばしっかり子供がいるんじゃないか♡しっかりやることやって今更恥ずかしがるだなんて♡どうかな? 奥様特製ミルクティーのお味は♡ねぇダーリン、今度は僕のミルクティーなんかどうだろう♡うんうん飲みたいんだね? 飲みたくてたまらないんだね? 嬉しいよ♡では早速取り掛かろうじゃあないか♡」
「これはっ、マイトが毎晩吸ってて、双葉ももう三つだというのにやめてくれなくて……」
「それ、娘さんが見てるからだと思うよ♡甘やかしおかーさん♡」
「っ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜♡♡ばかあっ♡」

馬鹿と幾ら罵ったところで所詮は犬の甘噛みのようなものだ。
どれだけ恥ずかしいからかいを受けても、八頭の頭の中にはもう「マイトと気持ちよくなりたい」「再び彼の子を孕みたい」という本能で染まりきっている。そんな中でのアダーたちの淫猥な会話など紅茶に砂糖を足すようなものでしかなかった。
彼女の身体は夫の腕の中でひくひくと快楽に震えているし、マイトの射精も止まることはない。彼女の小さな子宮はあっという間に精液で満たされてまるで孕んでいるかの様になってしまう。ぬるぬると膣壁を擦りたてて注がれた精液をかき回されるのがたまらなく気持ちよかった。

「はあーっ……あっ……あっ……♡マイト♡マイト♡ぃ、きもちぃ……」
「んっ、僕も……」

八頭の手がマイトの足の間まで伸びた。普段は力強く槌を振るうその手が、今は優しく夫の睾丸を揉んでさらなる射精を促そうとする。手のひらで軽く撫ぜれば睾丸がぴくりと痙攣して、同時にびゅぷぷと溶けた餅のようなねっとりとした精液が噴出するのを感じた。

「はあっ、あぁ……やず、さん……♡」
「お返しだ♡まったく、こんなに注いで♡臨月の腹より重いじゃないか♡すこしは加減しなさいっ♡」

彼女の髪の蛇が一匹、皿の上から残っていたクッキーをくわえて取ってくる。
他の蛇がマイトの口をこじ開けて、先ほどの一匹が頭ごと彼の口にクッキーを突っ込んだ。

「むぐっ! ん、ぐっ! あ、うわあああああっ!」
「これですこしは大人しくなるだろう♡んっう♡いや、ひょっとしたら出ないかもなあ♡」

自分を抱きかかえていた男がみるみるうちに小さくなっていくのを彼女は満足げに眺めていた。巻きつけていた蛇体が緩んでいく。現れた白い髪の少年は一瞬困惑したような顔をして、しかしすぐに口角をつり上げ自分より少しだけ背の高い八頭の身体に抱き着いた。ちゃっかりと胸に吸い付いて母乳を吸い始め、律動を再開する。
みっちりと腹を押し上げる大きさではなくなったものの、むしろぴったりと隙間なく胎内に収まる男性器は元から一つの存在だったかと思わせた。それがまたたまらなく愛おしい。
可愛らしいこの少年と、己がまるで宿世の縁であったようで。

「はむっ……んく、ちゅる……♡」
「っ、はぁ、やずさん、っぐああっ♡」

夢中で口づけを繰り返しているとマイトがその華奢な肩を震わせた。同時にまた、子宮に熱い迸りが降りかかる。
この体つきではてっきり出ないものだと思っていたが、自身もこの身で乳がでるからそういうものなのだろう。幼く愛らしい夫を蛇体ごと深く抱き寄せて彼女はこの狂った快楽の宴に酔いしれた。



どれほど交わっていただろうか。
ふと、背後でがしゃんという大きな音がした。続いてけたたましい笛の音が響く。
流石の茶会の者たちもこれは気になるのか、皆一斉に音のした方を見やった。
そこには茶会のひとりと同じ白地に赤の衣装を纏った少女と、巨大で禍々しい色合いの竜がいた。竜の首には飾りのように鳥籠の形をした檻が掛かっている。

「ハートの女王の命により参った。トランパート、スペードの7を賜ったカリーナである。こちらはジャバウォックのヴィラ。この茶会に不思議に国にはふさわしからぬ者が迷い込んでいると聞いたのだが……さて」

カリーナと名乗った少女は槍を構え茶会の席に着いた夫婦たちを順繰りに穂先で指し示していく。幼いサキュバスの、桃色うさぎの、同族と思われる夫婦にはため息を吐いてそして八頭たちの番が来た。

「そこなエキドナの夫婦よ。お前たちに罪の疑いがかかっているぞ。まずはご同行願おうか」

カリーナがこちらを見据えて言えば、どこからか彼女と同じ柄の札が無数に現れた。
札たちは繋がったままの二人をぐるぐると取り囲む。かと思えば、二人は竜の檻の中にいた。

「お前もだアデライン。罪人を匿っていた罰として連行する」

槍で示しながら宣言するが、夫と交わることに夢中のアダーは気づかない。

「アデライン! マッドハッターのアデライン!」

まだ気が付かないようだ。

「アダーよ!!」

あだ名で呼ばれてようやっとアダーはトランパートに目を向けた。まさか本名を忘れたのではあるまい。八頭とマイトが顔を見合わせて呆れていると、彼女とその夫も札によって檻の中に閉じ込められた。
トランパートはふうと一息つく。そうして竜の手の上に飛び乗り飛べ、と指示を出した。
竜の巨体が上昇し、つられて檻も地面から離れていく。八頭はあまり下を見ることのないようにとマイトに抱き着いた。

「やあ。災難だったね♡」

ちっとも災難だと思っていなさそうに隣にいたアダーが話しかけてくる。

「これは裁判するまでもなく極刑だろうねえ。でも大丈夫♡不思議の国じゃあ、わがままな女王様が無茶苦茶言うのは日常茶飯事だよ。最後まで楽しんでいただけると嬉しいな♡」
「は、はあ……んんっ♡」

がこん、がこんと揺られるものだから自然と身体が動いて繋がったところが擦れてしまう。
流石にまぐわっていては不味いのか、と思わなくもないのだがそれについてトランパートからのお咎めはない。アダー夫婦はと言えばそれすらも慣れたこととばかりに揺れによる快楽を楽しんでいた。
伴侶と繋がったまま連行される。この上なく狂った光景なのだが、慣れというのはそれよりもはるかに恐ろしい。具体的に何をやらかしたのかも伝えられないまま理不尽にも連れていかれることとなったのだからこのくらいしていたって構わないだろう。そんな開き直りの気持ちがあったのかもしれない。



閉じ込められたのは檻というよりも、まるでどこかの姫君の寝室のようだった。
このような大きさが本当に必要なのかと聞きたくなるほど大きな西洋式の寝台。そばの棚にはふわりと甘い香が焚かれている。よく注意して嗅げば微かに官能が刺激される。
ふたりは寝台の上に転がされた。

「ハートの女王より、お前たちの罪状である。お前たちは武器職人でありそれにより多くの血が流れた。そのような物騒な者どもを招いてただで返すわけにはいかない」
「……話には聞いていたが、ずいぶんな難癖だな」
「……はい」

エキドナとなる前ならともかく、八頭の打った刀はすべて人やあやかしを殺めることはない。それを同胞である魔物たちが知らないはずはないのだが……まあ、わかっていてわざと言っているのだろう。

「罪人たるお前たちには罪を償ってもらう必要がある。ハートの女王の名の下で私が刑を執行しよう。すなわち、エキドナの夫婦よ。その身を以てして流れた血の分だけ新たな命を産み出すのだ! 女王はお前たちが子を成すことをご所望であらせられる!」

それは果たして罰となりうるのか? と八頭は内心首を傾げた。
カリーナが命令を出せば、竜女に姿を変えたヴィラががちゃがちゃ音を立てて何かしらを持ってくる。それは盆にのせられた茶の一式であったり、液体が入った小瓶であったりした。
ほとんど陶器や硝子の割れ物であろうに、まるきりそんなことを考えていない運び方である。
カリーナも同じことを想っていたようだった。顔をしかめて奪うように一式を受け取る。

「もう少し丁寧に運んではくれないか。子宝宝樹のシロップは貴重なんだぞ?」

ヴィラはむっとした表情を浮かべ奥の方へ行ってしまった。

「……まあ、あいつも私も男日照りなわけだしな。ここ最近女王陛下も無茶ばかりおっしゃられるし……ああ、これがお前たちの食事だ。紅茶にはこのシロップを入れろ。必ずな」

棚に一式を置くと彼女は肩を落として去っていく。あれでも結構苦労人らしい。
さて、と。八頭は蛇体の拘束を緩めた。彼女の意図を理解したマイトが身体を離して茶を注いだ。当然ながら洋式の紅茶である。
続いてきゅぽっと小瓶の栓を抜き、中身を混ぜ入れた。どろりとした粘り気のある液体だ。
数度さじでかき混ぜ、彼の手ごと口元に寄せられた。

「んく、んく……ふぅ……ぅあ”っ……!?」

口に含んだとたんに、先ほどまで茶会で飲んでいたものとは明らかに異なる感覚が現れた。
下腹がどうしようもなく疼く。きゅん、と散々注がれたはずの子宮が切なくなって、いっぱいのそこにもっともっと注いでほしくなってしまった。
茶会の紅茶も飲めば色欲を呼び起こすものであったが、こんな効果はない。

「……マイト」

熱っぽい声で夫の名を呼ぶ。締め付けた膣内で彼のものがさらに硬くなった。
軽く口づけをひとつ。飲み干したカップを棚に戻して彼女の身を抱きしめた。

「っ、あぁ……なんだこれっ……♡熱い、むずむずするっ♡マイト、動いて、ずぶずぶっ……てして♡あっ、あっ、あ……だめ、あぁ♡」

にゅぷ、ぬぷっと彼の性器が出入りする。その度に膣壁は甘いしびれを起こし、子宮は射精を期待して戦慄いた。
欲しい、欲しい、欲しくてたまらない。八頭の中に残っていた理性が急激に溶け堕ちる。
薄い青緑の蛇体がさらにマイトをきつく締めあげた。愛しい男を自らに縛り付けた彼女は自分から激しく腰を打ち付けた。粘度のある卑猥な水音を響かせて彼の子を孕むため射精の快楽まで誘い込む。当然、色に狂った妻に対してマイトが長く耐えられるはずもなく、彼はあっけなく幼い男性器から精を放った。

「んぐっ、ああああああああっ……!」
「はぁ♡あ、最高だ……♡」

うっとりとつぶやきながらも彼女の責めは止まらない。
愛するひとをこの身の奥深く、女の一番大事な場所に受け入れ快楽を分かち合い、彼の何よりも大事な欲望を受け止めてその子を孕む。女として、生きとし生けるものの雌として最上の喜びが今この手の中にあるのだ。止める理由がどこにあるのだろう。

「あぁ……♡孕んだぞ♡またあなたの血を引いたややを生んでやれる♡可愛がってくれるな? マイト♡」
「っはい! この身をかけて愛します……今度は、どんな子が生まれてくるのか楽しみですね」
「む、んんっ……そうか♡私が生む子供たちは皆違っているのだったな♡」

さて。どんな子が生まれるのだろう。自分や双葉と違って、獣の手足と耳を持つかもしれない。はたまた人魚か。家の近くに湧き水こそあるが海は遠いからどう育てればよいだろう。あるいはまた別の、見たこともないあやかしか……まだ見ぬ我が子の姿を想像すればキリがない。
だが、一番は元気に生まれてきてくれることだろう。
期待に胸を高鳴らせると同時に快楽が腰からせり上がる。ぞくぞくとした絶頂に膣内が締まり、マイトも再び精液を出し果てた。



「お母ちゃん頑張ったねえ。ほらこんなに泣いて。元気な妹だよ」

まあそんなわけで。あの時、不思議の国で捕らえられた二人は命じられるまま交わっているうちに元の村に戻っていた。ほとんど時間は経っておらずせいぜいは半刻、といったほどだったろうか。
着衣の乱れもなく、果たしてあれは夢だったのだろうかと夫の顔を見ようとしたがどうにも下腹が重たい。さらなる証拠として数か月後、八頭の腹に新しい命が宿っているのが分かった。明らかに不思議の国でやらかしたあれそれのせいである。
あの国の住人のような、頭から爪の先まで色に染まった調子はずれの子が生まれたらどうしようか。そんな心配こそしたもの、産んでみればマイトによく似た美しい白鷺の娘であった。調子はずれとは真逆の真面目で穏やかな性格であり、成長した今では産婆となって下の妹たちを取り上げてくれるのだから全くの笑い話である。
少々特殊な性癖が原因で婿がなかなか見つからない、ということを除けばなのだが……。

「それで、どんな子なんだい?」
「ええっとねえ」

手を洗い妖術で消毒を行ってから白鷺の次女、稔(みのり)は舶来の書物をはらはらとめくる。放浪の魔物学者が記したというそれはどんな子が生まれるかわからない妻のためにマイトが探してきたものだ。彼が日の国に滞在した縁で翻訳されたものが出回ってこそいるが、何しろ自分がどういう存在であるかに興味のないあやかしたちである。彼女たちの周りにはほとんど出回っておらず、都の古本屋まで足を運んでやっとのこと見つけたのだ。

「よねちゃんと同じ山羊みたい。ああでも脚は人間に近いからバフォメット、なのかなあ。……なになに〜? バフォメットの率いるサバトは幼い少女の背徳と魅力を……」
「……稔? どうかした?」

娘は翼で口を抑えながら目を輝かせている。嫌な予感がして、マイトに転がっている本の内容を頼んで見せてもらった。

「……ああ」

こういうこと、である。稔は子供が大好きで、だからこそ産婆という仕事をしているのだが同時に性的な意味でも幼い子供が大好きなのだ。特に少年と少女が仲良く睦み合う姿がたまらないのだという。絶対にこの子をつくった状況のせいだと初めて聞いたときは頭を抱えたものだ。
そんなわけで、稔の婿探しは難航している。彼女好みの小さな男の子を見つけても大体その子に幼馴染の女の子がいる。稔はつい、自分よりも二人のことを優先してそういう教育を施しくっつけてしまうのだ。さらに言えば、彼女はハーピーでありながら親のおかげか強い妖力を持っている。少女をあやかしの身に変えることなど造作もない。
彼女曰く「人間の小さい子が赤ちゃんを産むのは危険だけど、妖怪なら大丈夫」という全くの親切心からなのだが。八頭自身、似たような経緯があってこうしているから咎められない。
それで、新たに生まれた七女だが。

「小さい子がいっぱい小さい子がいっぱい小さい子がいっぱい小さい子が……」
「気持ちはわかるけど、父さんと産湯の用意をしようね。稔」

娘の肩を叩いた夫もどういう顔をしたらいいのかわからないようだった。
──強く生きてくれ。いろんな意味で。
ほわほわと柔らかい生まれたての娘の、小さな角を指で撫でながら八頭はそう祈った。
20/10/23 19:11更新 / へびねおじむ
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■作者メッセージ
ふたりのその後が書きたいだけシリーズ第一話です。
不思議の国の極刑って具体的にどうなんだろう? というのもあって書きました。
おいでませ不思議の国はいいぞ。

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