異世界勇者はすみっこ勇者
「・・・ここか」
俺は今、大きな建物の前にいる。
俺はあの後無事にギルドに帰り着き、報酬をもらった後(本当はいらなかったのだが、受け取らないとギルドとして成り立たないので)、この世界のことを本格的に調べ始めることにした。
しかし調べようとした矢先、この町、カラエスにはちょうどいい施設があることが分かった・・・渡りに船ではあったのだが、俺はその船に即乗ることはできない・・・。
なので三日間ほど訓練し、今ようやくその建物の前に立っている、というのが現状である。
看板『カラエス市立図書館』
・・・翻訳魔法の訓練は十分積んだ。発動までの時間短縮、持続時間の延長・・・もう大量の本を読む分に支障はないはずだ!!・・・・・・ほんとこういうの仲間まかせにしてなきゃよかった・・・・・・。
扉を開けて中に入ると、ある魔物が本の整理をしているところだった。
下半身が巨大な花に包まれた緑の肌の女性だ。蔦を手足のように使いテキパキと本を片付けている。えーっと・・・この魔物はたしか・・・
「あ・・・お客様ですか〜」
あ、向こうがこちらに気付いた。
「どうも〜ここの館長みたいなことをしているアドリーというものです〜」
「あどりー?えー、たしかアルラウネって名前では・・・」
「・・・はい?私はたしかにアルラウネですが〜」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
や、やっちまったあぁぁぁぁ!!フィルネにフワルにピリル、いろんな名有りの魔物に会ってきておいて今更ぁぁぁ!!!
俺がこの世界の魔物を魔物として扱えない理由は、ほとんど人間にしか見えない、言葉も話せ感情も変わらない、といった理由のほかにもうひとつ、それぞれ自分の名前を持っている、というものがあった。
自分の世界の魔物達は、そもそも言葉を話せる奴自体あまりいなかったのだが、そのまれに話せる奴は皆自分のことを種族名で呼んでおり、固有の名前というものを全く持ってなかったのである。
それに例え言葉が通じたとしてもその感性は人間と違う事がはっきり分かった。なんというか自分の事を自分ととらえていないというかなんというか・・・言葉にしにくいが、仲間の僧侶曰く、「種としての自己概念はあるが、個としての自己概念が無いのでは」とのこと・・・分かるような分からんような・・・
そんな奴らに比べれば、この世界の魔物達はほとんど人間と言っていい・・・にもかかわらず、俺は時々、俺の世界の魔物の基準を持ってきてしまう。以前人間と魔物が結婚してると分かって動揺しまくった時とか・・・
・・・そりゃまだ自分の世界の魔物達のほうが付き合い長いし・・・うう・・・せめて彼女達の呼称が「魔物」でなけりゃなあ・・・「魔物娘」って呼称もあるみたいだけど・・・
「・・・お客様〜?」
「・・・!あ、ああすみません。今のは気にしないで下さいお願いします。」
「はあ〜・・・あ、この図書館に入館されるというのなら、少し言っておきたいことがあります〜」
「・・・?」
「この図書館は前の市長の意向で、思考や価値観にとらわれずにありとあらゆる本が集められているんです〜・・・なので、奥のほうに、その、反魔側の本もありまして〜」
「ええ、それは来る前に聞きました。」
だからここに来たのだ。この世界のことを深く知るためには親魔、反魔、両方の立場から物を見なければいけないだろうと・・・
「あ〜注意の必要はなかったですかね〜〜後は本を汚したり無断で持っていったりしないでとか月並みな注意しかないですけど別にいいですよね〜〜それではごゆっくり〜〜」
さてと・・・まずはこれくらいでいいか。
本棚から取り出したいくつかの本を持って部屋のすみっこの椅子に座る俺。
今から翻訳魔法をかけながら本を読む為、目立つわけにはいかないのだ。
すみっこでなにやら得体のしれない魔法を使いながら本を読み続ける男・・・。
傍から見たらどう見えるか、は・・・・・・考えないようにしよう・・・。
やはり一番気になるのはこの世界の勇者のことだ。
あの馬車での会話の際、フワルが最後に「他の勇者にはまともな人もいると思いますし気を落とさないでください」と言っていたのだ。つまりこの世界は勇者が一人ではないらしい。まあ勇者が複数いてはいけないという決まりはないが・・・。あんなやつがこの世界の代表とか信じたくなかったし吉報ではあったのだが。
本を読んでるとさっそく勇者がでてきた。あの勇者と違う名前だし別の勇者か。しかもこの勇者・・・女性だ。まあ勇者が男性でないといけないという決まりはないな。
・・・ってありゃ?もう別の名前の勇者が・・・ってあり?この本にでてくる勇者の名前も違う?・・・あ、これも別人・・・こ、これはゆ、ゆ、勇者名簿!??勇者に名簿!?
名簿!?めいぼぉぉぉぉぉ!!???
・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
完全に予想外だった。複数いるといってもせめて十人かそこらだと思ってたのだが、そんなレベルじゃないようだ。しかも打ち止めとかではなく、まだ生まれてきてるみたいだし。
ただ他の勇者にまともな奴がいるのはたしかなようだ。教団のやり方に納得がいかない、魔物が悪い奴に見えない、といった理由で魔物側に下った勇者を何人か親魔側の本で見た。その点は嬉しかったのだが・・・。
『かつて最強と呼ばれた勇者は現魔王の夫となってしまった。その為今の勇者は質より量を重視している』・・・つまりこの世界の勇者は量産式・・・・・・分かってる、この世界に自分の世界の常識を押し付けても意味がないってことくらい・・・。勇者が量産式ではいけないという決まりは・・・・・・やっぱ納得いかねええぇぇぇ!!
俺一人で頑張ってたのにい!そりゃ仲間はいたけど勇者は俺一人だったんだぞ!!
しかも俺は勇者になるまでに体感時間でだけど十年位かかったってのに・・・こんなにポンポン勇者が生まれるとか・・・ううう・・・。
・・・・・・とりあえず勇者に関してはここで置いとくことにした。
次に調べるのはやはり魔物・・・魔物娘のことだ。
自分が知っている魔物がこの世界ではどう変貌をとげたのか、もちろん興味はあった。
ただ勇者を調べているときに分かったのだが、この世界の魔物娘とやらは・・・その・・・なんというか・・・好色らしい。どうやら現魔王は淫魔の類で、その影響で魔物娘は人間の精を主食にしているようなのだ。だから全く害がない、というわけではなく、魔物によっては性的に相手を襲い、自分の住処に連れ帰ってしまう者もいるらしい。
それに関しては思うところが無いわけではないが、正直な感想を言えば『自分の世界の魔物達より数十倍まし』である。なにせ魔物娘達は人間を愛するようになり、人間を殺すことが本能的にできなくなってしまっているのだ。殺戮しか知らない魔物がいた世界の住民からすればうらやましいとしか言えない・・・。仲間の僧侶がこの世界を見たらどう思うだろうな・・・。
さて、魔物の事を調べるにはやはりこの魔物娘図鑑とやらを見るのが一番だろう。反魔側で作られた本であることがちょっと気になるが・・・
・・・あの郵便配達員ハーピーだったのか。くそ、ますますこの世界がうらやましくなってきた・・・リザードマンは自分に勝った相手を夫にする習性が?あの戦いのあと、フィルネが「私はもうラルトのものなのだからな!!」とか言ってきたのそういうことですか・・・ゆきおんな?ジパング出身?ここらへんは全然分からなそうだ・・・こ、これがゴブリン・・・ただの角が生えた幼女にしか見えないんだが・・・
ふう・・・全部見たわけではないが、皆個性豊かだ。色気たっぷりな魔物もいればかわいらしい魔物もいて・・・そういや仲間の女魔法使い、魔物の中には少しはかわいげのあるやつもいるんじゃないかと思ってたけど全然いないとか愚痴ってたっけ・・・。彼女もこの世界うらやましがるだろうな・・・。
そして今俺はある魔物のページを開いたまま机の上に置いている。
『サキュバス』
この魔物が魔王になったためこの世界になったという。
もしこの魔物が自分の世界にいたら、こんな世界になる可能性もあったのだろうか・・・
そう
俺の世界にサキュバスはいなかったのだ。
知識としては知っていた。といっても空想上の存在、性的な妄想話に出てくる存在としてだ。妄想上で語られても実際に人間と性行為を行う魔物なんているはずがない、という認識が自分の世界では一般的だったと思う。
他にもこの世界にはいるが俺の世界では空想上でしか存在しなかった魔物がいる。マーメイド、フェアリー、ケンタウロスあたりがそうだ。言ってしまえば俺の世界には人間に近い姿を持つ魔物は全然いなかったと言っていいかもしれない・・・あ、エルフはいたか。魔物扱いなんてされてなかったけど。
かろうじて人間の部分をもっている魔物ならいた。ラミア、アラクネあたりだ。しかしとても人間にはみえなかった。ラミアは目が蛇の瞳孔で口は耳元まで裂け、髪は手入れの概念がなかったのか無残なほど乱れきって・・・言葉をしゃべっていたところも見たことがない。シャーとかなら言ってたけど。アラクネだって目が蜘蛛の赤い複眼だったし、奴らを見て性的興奮できる奴は相当特殊・・・というか異常だろう。
特にハーピーにいたっては・・・もういいや。思い出したくない。
この世界の魔物娘達を知れば知るほど羨望の気持ちがわいてくる。どうして自分の世界はこうならなかったのか・・・こうなれば俺が嫌というほど体験した悲劇も目を閉じたくなる位の犠牲も起きなかったのに・・・。
もし、の話をしても仕方ないか・・・。
魔物の起源の話も気になった。自分の世界では起源については諸説入り乱れて結局よく分かってなかったのだが。
この世界ではほぼ二つに分かれていた。親魔側では主神とやらが魔物も含め全てを作りあげたとされ、反魔側では主神は魔物以外の全てを作り、魔物は主神と敵対する魔王が作り上げた存在とされていた。
どちらが正しいか、は余所者である自分に判断する資格はなさそうだが、やはり親魔側の主張のほうが正しい気がした。それは自分の世界では考えられない「ある現象」がこの世界にあったからだ。
魔物化
読んで字のごとくなのだが俺は一瞬意味が分からなかった。
魔物になった人間なんて自分の世界では聞いたことがない。それ以前にこっちの魔物は殺戮しか考えてなかったような存在、人間を仲間にする位なら殺していただろう。
そもそも生物を別の生物に変えてしまうというのだ。この世界の魔物は人間に近い姿をしているとはいえ、魔物になるというのなら羽や尻尾といった本来無い部分を形成しないといけない。自分の感覚でいえば魔物になるには膨大な時間、魔力、下準備が必要になりそうなのだが、この世界ではかなり簡単なようだ。
自分の同族に変えてしまう魔物もいれば、全ての魔物に変えてしまえるという魔王の娘リリム、そして別に魔物がかかわらなくてもその魔力をあびていれば人間は魔物にかわってしまうという・・・。なかなか信じられない話だった。
だからこそ思う。人間も魔物もある一つの存在によって作られた近しい種だからこそ、魔物化もおきるのだろうと・・・。
・・・以上、異世界人の妄想でした・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「さて、どうしようか・・・」
一通り調べ物も終わり、図書館の外に出てきた俺。すみっこでなにやら怪しげなことをしていたからか、アルラウネのアドリーに変な目で見られたが、もう気にしないことにした。
この世界にはやはり自分の居場所はないのかもしれない。この世界は戦いや争いを切り離そうと動いている。戦いを求めてやってきてしまった自分がここにいていいのだろうか・・・。
しかし元の世界にはもう魔物はいない。俺が魔王を倒して平和になってるはずだし・・・
・・・この世界で暮らしていいのだろうか。魔物娘の誰かと結ばれて夫婦生活を送ったりしていいのだろうか。殺しにきた相手を夫にしたりする魔物娘達だ。得体のしれない俺のような奴でも受け入れてくれるのだろうか・・・。
・・・・・・・・・なにかひっかかる・・・・・・・・・
平和になってる・・・そのはずだ。魔王も魔物もいなくなっているのだから・・・でもなんでこんな胸騒ぎがするんだ?
それに、元の世界から逃げてきたままでいいのか?そもそも仲間に何も言わずに来てしまっている。このまま元の世界のことを忘れてこの世界で暮らしてしまっていいのか?
・・・というか仲間の事を思うの遅すぎるよな・・・ほんと俺って『自称』勇者・・・
考え事をしながら歩いている俺の耳に、なにやら喧噪のようなものが聞こえてくる。なんだ?
「おい、何の騒ぎだ?」
「なんでも一人の勇者が襲撃をかけてきたらしいぞ?警備隊が向かっているそうだが・・・」
・・・また過激派の勇者か。本で読んだまともな勇者に会いたいんだがな・・・。
「キ、キリクさぁ〜〜ん!!」
ん、あれは・・・あのワーラビットのフワル!?
「も、門に勇者が攻めてきて・・・」
「え、ええそれは聞きましたけど・・・」
「そ、その勇者が・・・」
「自称勇者を出せ、って騒いでいるらしいんです!」
え?
14/08/18 23:33更新 / popopo
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