二
※朝廷がジパングとは思えない行動をとります。
※ジパングの魔物が数種類登場します。
※筆者は京都周辺の地理に疎いです。明らかな誤りがあったらツッコミお願いします。
※テンタクルちゃんの過去がいろいろひどい。
「織子様を乗せた牛車が、小倉山中で妖怪に襲われた!?」
「ええ、この国では記録の無い、蔦葛の姿をした女がいきなり…」
「置いて逃げたのか!!」
「申し訳御座いまsごふっ!!」
無意識のうちに、その牛車を置いて逃げてきた腰抜け下男の頬を殴り飛ばしていた。
織子様が都からいなくなって初めての参内で、
こんな最悪な報せを聞く羽目になるなんて。
歯が飛び散り、げほげほと血混じりの咳をしながら彼は自己弁護を始めた。
「とにかく、この国の定義にはない妖怪だったんです。
牛鬼や大百足ならまだ何者かわかるから反撃も出来たでしょう。
しかし、何物かすらわからない、とにかく、うねうねしたものが…」
「蛇の群れでも出たというのか?」
「い、いいや、女の顔が見えたのは確かなんです。
しかし、蔦葛の妖怪など聞いた事も無い…」
「『わからぬもの』か。まだそう遠くに言っていないだろう。
そして、女を襲う妖怪に襲われたということは
―――是非もない、順基殿に援軍を頼もう」
僕は、それがどういう決断かは、直ぐに想像ついた。
妖怪が女を襲う時、それは、女が人で無くなるとき。
順基殿は、最近力を付けてきた武門の頭領だ。
この国は、妖怪とはそれ程悪い関係を築いてきたわけでもないが。
下々の女一人が妖怪に変わろうがどうって事ないが、
高貴な血筋の女性が妖怪に変えられてしまったとあれば話は別であって―――
「宮様に刃を向けるのは本意ではないが、魔道に堕とすよりはましだ。
皆、馬の準備を―――貞嘉??」
***
織子様は絶対に殺させなどしない。
都を追った上に、この世からも放逐しようとでもいうのか。
僕は織子様がどんな姿に変わろうと、共に生きる事を望む。
もう、迷わない―――筈だったのだが。
「まずい…日も暮れてきたというのに…人家が見つからない…」
既に僕は洛外に身を置き、
馬に乗って弓矢を携えているという以外は全くの無防備な状態である。
若しこれで織子様の元にたどり着く前に妖怪に見初められでもしたら。
「おっ落ち武者か?何処のモンだ」
声の方に顔を上げれば。
赤ら顔に、角。
「―――悪いが、僕は貴女と酒を飲んでいる時間はない」
「想い人がいるのか?」
「ああ。誰よりも貴い女性だ」
「そんな女より、俺らと酒飲んでいる方がお似合いだと思うがな」
襟首を掴まれそうになった刹那、赤鬼の背後から更に声。
「やめとけ、曼珠。そいつはどう見ても落ち武者じゃなくて貴族様だろ?
まだ侍どもの方が酒強そうだ」
「とかいって歌問に応えられなかったらお前がこいつを手籠めにする気だろ、藍!!」
その名の通り藍色の肌を持つ、角の女。
「どうだ、旅の男。貴族様だったら歌の一つぐらい詠めるだろ?」
***
「…見事、見事。参った!」
僕だって、歌人の家に生まれて英才教育を受けてきた男だ。
鬼の恋歌など簡単にあしらえる。
「ホントーにこんな事をしている暇はないんだけどなー、僕」
「どうか、私の恋歌の師にはなって頂けぬか!」
「その話だけどね、僕の質問に答えてくれたら考えてあげるよ」
僕は歌の素養がある鬼に、織子様を襲った蔦葛の妖怪に関する質問をした。
「そう言えば…最近妙な名前の妙な蔦のような女がこの辺りを彷徨っていたなあ…」
「その名は?」
「確か…『てんたくる』とか名乗っていた気がするが…
この国の妖怪ではないとも言っていた…」
「どこから来たと?」
「さあ…海の向こうから船で運ばれて来たが、水夫に棄てられてしまったと…」
「海の向こうというと、宋か、元か、もしくは高麗か」
「その船は宋からのようだが、そいつの故郷はもっと遠い国だそうだ」
―――貿易船か。
ついこの間までこの国を牛耳っていたある武家一族の頭領は、
宋との貿易に力を入れ、幾つかの港を整備した。
宋からの主な輸入品は、陶磁器、絹織物、巻物、文具、香、薬、絵といったところ。
怪しいのは、香か薬だろう。
『そう』偽って、そいつを船に乗せて求めた好き者がいるのか。
全く、とんでもないものをこの国に持ち込んでくれたものだ。
「私が知っているのはこれだけだ。さあ、恋の歌を私に教えてはくれぬか―――」
「僕はそいつを追わなくてはならぬのだっ!さらば!!」
これ以上留まれば、僕はきっと鬼の窟から一生出られなくなるだろう。
再び馬を飛ばし、山の方へ向かうことにした。
***
「…貴女は、何という妖怪ですか?」
私は、蔦葛の少女の名を問うた。
「私ねー、テンタクル…って言ってもこの国では通じないみたいなんだけど、
とにかく触手植物から産まれた魔物なの」
「てんたくる…貴女の、お名前は?」
少女は、答えに窮した、という顔をして。
「私個人の名前は…まだ…かな…ずっと人間の道具として使われて来たし…」
「『まだ』と言うのね。では、『まだ』さん、質問があります」
「えっ!?そういうことじゃなくて、私にはまだ名前がなくて…」
「貴女は、私を魔道に送る御積りですか?」
「うん!だって、貴女の様な人を笑顔にしたいからだもの」
嗚呼。
怖れていた答えが返ってきてしまった。
どうかそれだけは、避けてほしい。
きっと、貴女がくれるというその笑顔は。
聖なる皇女に相応しくない、淫らな感覚に支配されたもので。
それを受け入れたら最後、私は私でなくなるんだろう。
「…それだけは御遠慮願うわ」
「どうして?貴女を放っておくなんて、できないよ。
他の皆はどっか行っちゃったみたいだし」
「お願い、私を人の身のままで死なせて」
名を持たない少女は、私の懇願を拒絶した。
「私もそれだけは出来ない。私は、貴女を助けてあげたいの」
言い終わらないうちに、蔦が私の方に伸びてきた。
***
どうにか、誰にも捕まらずに桂川まで出た。
洛外を男一人で単騎駆けすることは、予想以上に危険だったらしい。
今の僕は、人にも妖怪にも追われる身だ。
ある意味、僕らしい結末に向けて順調なのかも知れない。
僕は幼い時分から他人との衝突が多く、
一度は宮中で乱闘騒ぎを起こして謹慎になった事がある。
『身の程知らずにも元斎女の皇女様に恋し、洛外まで追いかけて行方知れず』
最も、それが野垂れ死にか、他の妖怪に捕まるかは別として、だ。
川の水面に、飛沫が上がった。
人の形をしたものが、近づいてきた。
馬を駆ったが、間に合わなかった。
僕は瞬く間に引きずり降ろされた。
「…君も、僕が欲しいのかい?」
彼女もまた、人の肌とは違う肌の色をしていた。
「…ちゃう」
緑肌の少女は、首を振って手を放した。
「だったら最初からちょっかいかけないで欲しいなあ!」
馬は、さっきの騒ぎでどっかへ行ってしまった。
しょうがないので僕は徒歩で橋を渡る事にした。
「…来ない…もう、死んじゃったのかな…」
***
あっと言う間に衣を剥がれ、手足も身動きできないようにされてしまった。
「…もう一度だけ聞くわ。
どうして貴女は、私が魔道に向かう事で救われると信じるの?」
「だって、今までだってそうだったもん。この国に来るまでは」
「この国に来るまで、貴女には何があったの?」
「私は、元々人の形をしていなかった。
魔界の森の入り口で、他の仲間と一緒に貴女の様な人達を、
いっぱい魔物にしてあげて、お婿さんを作ってあげていた」
私の理解を越える説明。
私の様に身の清さを要求されている女性達を魔道に通じさせ、男を抱かせると。
「でもね、突然教団の人が故郷の皆を焼いちゃった。
生き残った私はその教団軍の隊長から『実験材料』とかで司祭の身に渡ったけど、
その司祭はお金が欲しくてこっそり私を『中立国』ってところの貴族に売っちゃったの」
故郷を焼かれ、他国へ売り飛ばされたという事しか解らない。
「その貴族が悪い人でね、結婚を約束した人がいる女の人を町から攫って
『魔物になれば股が近場の儂を求める』っていって、私にその女の人を魔物にさせたの。
女の人は、最初は今の貴女みたいに諦めた様な顔をしていたけれど、
『あの男に股を許すのは嫌だけど、魔物になれば身体だけは気持ちよくなれるかも。ありがとうね』って笑ったの」
それはね、
好きでもない殿方に抱かれて喜ぶようになるこれからの自分を悲観して笑ったんだと思うの。
「…それで、その女の人は、体だけでその貴族と結ばれたわけ?」
「それが違うの!
女の人は魔物になったら羽が生えてね、本当に大好きな人の元へ帰っていったの!」
羽が、生える?
本当に大好きな人の元へ?
「そして、その女の人は?貴族の人はどうなったの?」
「女の人は知らないけど、多分今でも幸せだと思うよ。
でもね、貴族はもうカンカン。『お前のせいだ』って、
まだ植物でしかない私をこっそり『密貿易』の船に乗せる荷物に入れちゃった」
「…貴族の人の元を離れられて、よかったのかも知れないわ」
「うん。船に乗せてくれた事だけは、あの貴族に感謝している。
だって、それから私は、色々な所を巡って、色々な人の笑顔を見て来れたんだもの!」
彼女は、私よりずっと広い世界を見てきた。
「この国に向かう船で一緒に入った箱の中に、魔界産の植物を使ったお香があったの。
それと反応して、私の体はいつの間にかこんな風になっていた。
…箱を開けた水夫さんに吃驚されちゃって、放り出されちゃったけどね」
異形の植物が、少女の姿を得た。
「私もいきなりこんな風になって混乱していたから、つい人気のない方
――故郷にそっくりの、緑いっぱいのこの山に身を寄せた、
つもりだったけど、この山は季節で色を変えるのね。
結局、ここは私の故郷じゃなかったんだ」
「どれ程心細かったでしょう…」
「えっ?」
「住み慣れた故郷を追われ、欲望に塗れた人々に弄ばれ、棄てられ
―――貴女は多くの人々を喜ばせてきたというのに、逃げなければならないなんて」
彼女も仏に近い生き物なのだ。人間より余程。
「いや、私は逃げるべき生き物だったんだよ。大半の場所ではそうだった。
私に好意的な目を向けてくれる人なんでいなかった。
―――まして、女性を魔物に変える魔物なんて、ね」
不意に、私の体の一番敏感な部分が、ひやっとする感触に襲われた。
「ひっ!?」
むにむにと、其処に何かの液体を丁寧に擦り込まれる。
「くっ…!」
今まで自分でもしかと目にした事の無い場所をたっぷりと弄んだ後、
彼女は私の其処から触手をそっと放した。
「其処以外からも、私の体液が浸透し始めている筈だよ。
私からは一切手出ししないけど、段々貴女の体中がムズムズしてきて、
弄ってもらいたくなってくると思うよ。
その様子を見るのも私の楽しみなの。我慢できなくなったら私に何でも言って頂戴
…そうなったら後はもう魔物化一直線だけどね♪」
その体液を塗り込まれた箇所は、既に冷感から、ある一転に集中するような熱感と―――
―――付き合いの長い、忌まわしくも甘い疼きを感じ始めていた。
※ジパングの魔物が数種類登場します。
※筆者は京都周辺の地理に疎いです。明らかな誤りがあったらツッコミお願いします。
※テンタクルちゃんの過去がいろいろひどい。
「織子様を乗せた牛車が、小倉山中で妖怪に襲われた!?」
「ええ、この国では記録の無い、蔦葛の姿をした女がいきなり…」
「置いて逃げたのか!!」
「申し訳御座いまsごふっ!!」
無意識のうちに、その牛車を置いて逃げてきた腰抜け下男の頬を殴り飛ばしていた。
織子様が都からいなくなって初めての参内で、
こんな最悪な報せを聞く羽目になるなんて。
歯が飛び散り、げほげほと血混じりの咳をしながら彼は自己弁護を始めた。
「とにかく、この国の定義にはない妖怪だったんです。
牛鬼や大百足ならまだ何者かわかるから反撃も出来たでしょう。
しかし、何物かすらわからない、とにかく、うねうねしたものが…」
「蛇の群れでも出たというのか?」
「い、いいや、女の顔が見えたのは確かなんです。
しかし、蔦葛の妖怪など聞いた事も無い…」
「『わからぬもの』か。まだそう遠くに言っていないだろう。
そして、女を襲う妖怪に襲われたということは
―――是非もない、順基殿に援軍を頼もう」
僕は、それがどういう決断かは、直ぐに想像ついた。
妖怪が女を襲う時、それは、女が人で無くなるとき。
順基殿は、最近力を付けてきた武門の頭領だ。
この国は、妖怪とはそれ程悪い関係を築いてきたわけでもないが。
下々の女一人が妖怪に変わろうがどうって事ないが、
高貴な血筋の女性が妖怪に変えられてしまったとあれば話は別であって―――
「宮様に刃を向けるのは本意ではないが、魔道に堕とすよりはましだ。
皆、馬の準備を―――貞嘉??」
***
織子様は絶対に殺させなどしない。
都を追った上に、この世からも放逐しようとでもいうのか。
僕は織子様がどんな姿に変わろうと、共に生きる事を望む。
もう、迷わない―――筈だったのだが。
「まずい…日も暮れてきたというのに…人家が見つからない…」
既に僕は洛外に身を置き、
馬に乗って弓矢を携えているという以外は全くの無防備な状態である。
若しこれで織子様の元にたどり着く前に妖怪に見初められでもしたら。
「おっ落ち武者か?何処のモンだ」
声の方に顔を上げれば。
赤ら顔に、角。
「―――悪いが、僕は貴女と酒を飲んでいる時間はない」
「想い人がいるのか?」
「ああ。誰よりも貴い女性だ」
「そんな女より、俺らと酒飲んでいる方がお似合いだと思うがな」
襟首を掴まれそうになった刹那、赤鬼の背後から更に声。
「やめとけ、曼珠。そいつはどう見ても落ち武者じゃなくて貴族様だろ?
まだ侍どもの方が酒強そうだ」
「とかいって歌問に応えられなかったらお前がこいつを手籠めにする気だろ、藍!!」
その名の通り藍色の肌を持つ、角の女。
「どうだ、旅の男。貴族様だったら歌の一つぐらい詠めるだろ?」
***
「…見事、見事。参った!」
僕だって、歌人の家に生まれて英才教育を受けてきた男だ。
鬼の恋歌など簡単にあしらえる。
「ホントーにこんな事をしている暇はないんだけどなー、僕」
「どうか、私の恋歌の師にはなって頂けぬか!」
「その話だけどね、僕の質問に答えてくれたら考えてあげるよ」
僕は歌の素養がある鬼に、織子様を襲った蔦葛の妖怪に関する質問をした。
「そう言えば…最近妙な名前の妙な蔦のような女がこの辺りを彷徨っていたなあ…」
「その名は?」
「確か…『てんたくる』とか名乗っていた気がするが…
この国の妖怪ではないとも言っていた…」
「どこから来たと?」
「さあ…海の向こうから船で運ばれて来たが、水夫に棄てられてしまったと…」
「海の向こうというと、宋か、元か、もしくは高麗か」
「その船は宋からのようだが、そいつの故郷はもっと遠い国だそうだ」
―――貿易船か。
ついこの間までこの国を牛耳っていたある武家一族の頭領は、
宋との貿易に力を入れ、幾つかの港を整備した。
宋からの主な輸入品は、陶磁器、絹織物、巻物、文具、香、薬、絵といったところ。
怪しいのは、香か薬だろう。
『そう』偽って、そいつを船に乗せて求めた好き者がいるのか。
全く、とんでもないものをこの国に持ち込んでくれたものだ。
「私が知っているのはこれだけだ。さあ、恋の歌を私に教えてはくれぬか―――」
「僕はそいつを追わなくてはならぬのだっ!さらば!!」
これ以上留まれば、僕はきっと鬼の窟から一生出られなくなるだろう。
再び馬を飛ばし、山の方へ向かうことにした。
***
「…貴女は、何という妖怪ですか?」
私は、蔦葛の少女の名を問うた。
「私ねー、テンタクル…って言ってもこの国では通じないみたいなんだけど、
とにかく触手植物から産まれた魔物なの」
「てんたくる…貴女の、お名前は?」
少女は、答えに窮した、という顔をして。
「私個人の名前は…まだ…かな…ずっと人間の道具として使われて来たし…」
「『まだ』と言うのね。では、『まだ』さん、質問があります」
「えっ!?そういうことじゃなくて、私にはまだ名前がなくて…」
「貴女は、私を魔道に送る御積りですか?」
「うん!だって、貴女の様な人を笑顔にしたいからだもの」
嗚呼。
怖れていた答えが返ってきてしまった。
どうかそれだけは、避けてほしい。
きっと、貴女がくれるというその笑顔は。
聖なる皇女に相応しくない、淫らな感覚に支配されたもので。
それを受け入れたら最後、私は私でなくなるんだろう。
「…それだけは御遠慮願うわ」
「どうして?貴女を放っておくなんて、できないよ。
他の皆はどっか行っちゃったみたいだし」
「お願い、私を人の身のままで死なせて」
名を持たない少女は、私の懇願を拒絶した。
「私もそれだけは出来ない。私は、貴女を助けてあげたいの」
言い終わらないうちに、蔦が私の方に伸びてきた。
***
どうにか、誰にも捕まらずに桂川まで出た。
洛外を男一人で単騎駆けすることは、予想以上に危険だったらしい。
今の僕は、人にも妖怪にも追われる身だ。
ある意味、僕らしい結末に向けて順調なのかも知れない。
僕は幼い時分から他人との衝突が多く、
一度は宮中で乱闘騒ぎを起こして謹慎になった事がある。
『身の程知らずにも元斎女の皇女様に恋し、洛外まで追いかけて行方知れず』
最も、それが野垂れ死にか、他の妖怪に捕まるかは別として、だ。
川の水面に、飛沫が上がった。
人の形をしたものが、近づいてきた。
馬を駆ったが、間に合わなかった。
僕は瞬く間に引きずり降ろされた。
「…君も、僕が欲しいのかい?」
彼女もまた、人の肌とは違う肌の色をしていた。
「…ちゃう」
緑肌の少女は、首を振って手を放した。
「だったら最初からちょっかいかけないで欲しいなあ!」
馬は、さっきの騒ぎでどっかへ行ってしまった。
しょうがないので僕は徒歩で橋を渡る事にした。
「…来ない…もう、死んじゃったのかな…」
***
あっと言う間に衣を剥がれ、手足も身動きできないようにされてしまった。
「…もう一度だけ聞くわ。
どうして貴女は、私が魔道に向かう事で救われると信じるの?」
「だって、今までだってそうだったもん。この国に来るまでは」
「この国に来るまで、貴女には何があったの?」
「私は、元々人の形をしていなかった。
魔界の森の入り口で、他の仲間と一緒に貴女の様な人達を、
いっぱい魔物にしてあげて、お婿さんを作ってあげていた」
私の理解を越える説明。
私の様に身の清さを要求されている女性達を魔道に通じさせ、男を抱かせると。
「でもね、突然教団の人が故郷の皆を焼いちゃった。
生き残った私はその教団軍の隊長から『実験材料』とかで司祭の身に渡ったけど、
その司祭はお金が欲しくてこっそり私を『中立国』ってところの貴族に売っちゃったの」
故郷を焼かれ、他国へ売り飛ばされたという事しか解らない。
「その貴族が悪い人でね、結婚を約束した人がいる女の人を町から攫って
『魔物になれば股が近場の儂を求める』っていって、私にその女の人を魔物にさせたの。
女の人は、最初は今の貴女みたいに諦めた様な顔をしていたけれど、
『あの男に股を許すのは嫌だけど、魔物になれば身体だけは気持ちよくなれるかも。ありがとうね』って笑ったの」
それはね、
好きでもない殿方に抱かれて喜ぶようになるこれからの自分を悲観して笑ったんだと思うの。
「…それで、その女の人は、体だけでその貴族と結ばれたわけ?」
「それが違うの!
女の人は魔物になったら羽が生えてね、本当に大好きな人の元へ帰っていったの!」
羽が、生える?
本当に大好きな人の元へ?
「そして、その女の人は?貴族の人はどうなったの?」
「女の人は知らないけど、多分今でも幸せだと思うよ。
でもね、貴族はもうカンカン。『お前のせいだ』って、
まだ植物でしかない私をこっそり『密貿易』の船に乗せる荷物に入れちゃった」
「…貴族の人の元を離れられて、よかったのかも知れないわ」
「うん。船に乗せてくれた事だけは、あの貴族に感謝している。
だって、それから私は、色々な所を巡って、色々な人の笑顔を見て来れたんだもの!」
彼女は、私よりずっと広い世界を見てきた。
「この国に向かう船で一緒に入った箱の中に、魔界産の植物を使ったお香があったの。
それと反応して、私の体はいつの間にかこんな風になっていた。
…箱を開けた水夫さんに吃驚されちゃって、放り出されちゃったけどね」
異形の植物が、少女の姿を得た。
「私もいきなりこんな風になって混乱していたから、つい人気のない方
――故郷にそっくりの、緑いっぱいのこの山に身を寄せた、
つもりだったけど、この山は季節で色を変えるのね。
結局、ここは私の故郷じゃなかったんだ」
「どれ程心細かったでしょう…」
「えっ?」
「住み慣れた故郷を追われ、欲望に塗れた人々に弄ばれ、棄てられ
―――貴女は多くの人々を喜ばせてきたというのに、逃げなければならないなんて」
彼女も仏に近い生き物なのだ。人間より余程。
「いや、私は逃げるべき生き物だったんだよ。大半の場所ではそうだった。
私に好意的な目を向けてくれる人なんでいなかった。
―――まして、女性を魔物に変える魔物なんて、ね」
不意に、私の体の一番敏感な部分が、ひやっとする感触に襲われた。
「ひっ!?」
むにむにと、其処に何かの液体を丁寧に擦り込まれる。
「くっ…!」
今まで自分でもしかと目にした事の無い場所をたっぷりと弄んだ後、
彼女は私の其処から触手をそっと放した。
「其処以外からも、私の体液が浸透し始めている筈だよ。
私からは一切手出ししないけど、段々貴女の体中がムズムズしてきて、
弄ってもらいたくなってくると思うよ。
その様子を見るのも私の楽しみなの。我慢できなくなったら私に何でも言って頂戴
…そうなったら後はもう魔物化一直線だけどね♪」
その体液を塗り込まれた箇所は、既に冷感から、ある一転に集中するような熱感と―――
―――付き合いの長い、忌まわしくも甘い疼きを感じ始めていた。
14/07/23 00:16更新 / Inuwashi
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