読切小説
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エスケープ・フロム・トーフタウン〜終焉のラッパは、熱愛のファンファーレ〜
大型バイクのVツインエンジンが、気だるげな低音を響かせていた。

ドッドッドッ、という規則的なアイドリングの振動が、シートを通して臀部から背骨へと伝わってくる。午後2時の日差しは、10月にしては強すぎる。アスファルトから微かに立ち昇る陽炎が、前方の視界をゆらゆらと歪ませ、信号機の赤色を滲ませていた。

フルフェイスのヘルメットの中で、荒木タツヤは一つ、重たい息を吐いた。

アクセルを回せば、風になれる。鉄の塊に跨り、加速でかかるGに身を任せている間だけは、自分が何者でもないただの風になれる気がした。だが、どれだけ風を切って走っても、タツヤの背中には見えない「豆腐」の二文字が張り付いていた。

タツヤの実家はこの町の商店街にある、創業80年の老舗『荒木豆腐店』。老舗の高級旅館から国賓がもてなされる格式高い料理屋まで取り寄せ注文がある、豆腐屋の中でも右に出る者のいない、確かな実力を認められた豆腐屋である。そんな豆腐屋の1人息子の彼は、物心ついた頃からその跡取りとして育てられたのだ。

朝4時の起床と仕込み、水温の厳密な管理、大豆の選別、大豆を水で洗って浸水させるところから始まる豆腐作り・・・他にもたくさんの工程を踏んで作られるのはまごう事なき純白の塊・・・それが豆腐。

それを毎日休みなく作り続ける両親は、間違いなく尊い職人であり、この国の文化と食卓を支える誇りある職業だ。そんな両親のことは心から尊敬しているし、出来立ての豆腐の香りも嫌いではない。だが、25歳の男が一生を捧げるには、そのレールはあまりに強固で、一直線すぎた。他の可能性を考える余地すら与えられず、決定づけられた未来。それは、水槽の中で飼われる魚の安寧に似ていた。

「・・・・・・また、ここまでか」

バイザー越しの景色に、隣町との境界線を示す青い看板が見えてきた。この先をさらに20分ほど走れば、高速道路のインターチェンジがある。そこに乗れば、どこへだって行けるはずだ。海へも、山へも、誰も自分を知らない都会にだって。

けれどタツヤは、いつものようにウインカーを出し、Uターンをした。遠くへ行く勇気はない。それは、今の生活を捨て、老いた両親を裏切ることを意味するからだ。豆腐屋を継ぐことへの僅かな抵抗と、何時までも踏ん切りがつかない自分への苛立ち。中途半端な反抗心を持て余し、ただガソリンを燃やすだけの逃避行。その鬱屈した感情を振り払うように、タツヤは乱暴にアクセルを開けた。エンジンが咆哮を上げ、車体を加速させる。

隣町にまで走っておきながら、結局最後に向かう先は・・・いつも時間を潰している、街を一望できる高台の展望台だ。そこから見える景色が好きだった・・・そう、この町で豆腐職人として生きていくのだという気持ちを湧きおこらせるための行為だ。

・・・それが何とも物悲しい、自慰行為に過ぎないと分かっていても。


――――――――――――――――――――


エンジンの熱気と自分の体温で蒸れたヘルメットを脱ぐ。乱れた髪を適当にかき上げ、タツヤはバイクを降りた。高台の展望台には、冷ややかな秋の風が吹いていた。眼下には、タツヤが生まれ育ったベッドタウンが広がっている。しかし見飽きた景色だ・・・どこにでもある住宅街、駅前の商業施設、そして彼を縛り付ける実家のある商店街。灰色の屋根が連なるその風景は、タツヤの心象風景そのものだった。

煙草でも吸おうかとポケットを探ったタツヤの手が、ピタリと止まる。先客がいたのだ。だが、それはタツヤが知る「人間」の姿ではなかった。所々の塗装が剥げ、錆びついた柵にもたれ掛かるようにして虚空を眺めている女性。まさしく金の糸と表現するに相応しい、美しい金の長髪が、風に遊ばれている。身に纏っているのは、ボディラインを容赦なく晒すタイトなニットワンピースだ。色は深みのあるワインレッド。背後から見たって分かるほどの、その豊満すぎる肢体もさることながら・・・タツヤの目を釘付けにしたのは、彼女の背中だった。

そこには、アッシュブラウンの翼が生えていたのだ。

作り物ではない確かな正対由来のそれは、鳥のそれよりも大きく、蝙蝠のそれよりも優美な、2対の翼。夕闇に溶け込むような灰茶色の羽毛が、風に煽られて揺れている。それは「堕天使」という言葉を具現化したような、かつての輝きを失った灰のような、けれどどうしようもなく美しい色をしていた。昼の逆光の中に浮かぶそのシルエットは、神々しくもあり、同時に人間社会の理から外れた異質な存在感を放っている。

「魔物娘・・・ってやつか」

タツヤの口から、乾いた言葉が漏れた。この世界には、稀に人ならざる存在――魔物娘が現れるという話は聞いていた。だが、まさか自分の住む退屈な街に、これほど美しい個体が現れるとは・・・このまま後ろからジッと眺めているだけでは、不審がられると理性が真っ当な事を言う。しかし、足は、顔は動かなかった。

「こんにちは、お兄さん」

不意に、鈴を転がしたような声が響いた。彼女がゆっくりと振り返る。深いアメジスト色の瞳・・・その眼差しは、不躾に後ろからジッと見つめていたタツヤを威嚇するものではなく、全てを見透かすように静かで、どこか慈愛に満ちていた。タツヤは思わず息を呑んだ・・・その圧倒的な「美」に魂が跪いてしまったのだ。整いすぎた顔立ちは、作り物の人形のようでありながら、瞳の奥には長い時を生きた者特有の知性と、深い憂いが宿っている。

「あ、いや・・・どうも、初めまして」

情けないことながら、気の利いたセリフの一つも出てこない。彼女は広げていた背中のアッシュブラウンの翼を優雅に畳むと、艶めかしい所作で歩み寄ってきた。その片手には、黒い小さな楽器ケースが抱えられている・・・彼女はアーティストか何かを生業としているのだろうか。

「ふふ、驚かせてごめんなさい・・・私の種族を知っている?」
「いや・・・そういうのにあまり詳しく無くて」
「そう・・・私は『サルピンクス』、かつて天界を捨てて堕ちた、ラッパ吹きの魔物よ」

サルピンクス。聞き慣れない名だが、その響きには甘美な毒が含まれている気がした。彼女はタツヤの目の前まで来ると、アルカイックスマイルのような謎めいた微笑みを浮かべた。

「名前は、セラというの・・・お兄さんの名前は?」
「タツヤ、荒木タツヤ・・・豆腐屋の・・・息子だ」
「ふぅん・・・豆腐屋の息子さんなんだ・・・うん、ねえ、タツヤ君、早速だけどお願いがあるの」
「俺に?いったい何を?」
「ええ、そのバイクに私も乗せてくれないかしら?この街のこと、知りたいの」

セラは小首を傾げながらも柔らかく微笑みかけ、タツヤの事を真正面から見つめてきた。それは唐突すぎる、そしてあまりに危険な申し出だった。相手は魔物娘。関わればタダでは済まないことは、本能が警鐘を鳴らしている・・・いや、危険だとかそういう事が断じてないのは分かっているのだが。

とにかく、普通の人間なら、ここで断って逃げ出す場面だ。だが、タツヤに拒否権はなかった。彼女のアメジストの瞳に見つめられ、その背にある翼の美しさを知ってしまった瞬間、タツヤは彼女という「非日常」に魅入られてしまったのだ。退屈な日常を破壊してくれる何かを、彼は心の底で待ち望んでいたのかもしれない。

タツヤは愛車の元へ歩み寄り、その後部座席の収納を開く。中には荷物を結束する用のストレッチコードとレインコート、簡単なメンテナンス工具、そしてバイク屋の店主にサービスで渡された女性用サイズのヘルメットだ。未だ誰も被ったことのない新品ピカピカのそれを抱え直し、そして観念したように、しかし少し気まずそうに視線を逸らしながらそのヘルメットをセラに手渡した。

「・・・タンデムは初めてでね?それでも構わないかい、お嬢さん?」

精いっぱいの強がりと軽口を1つ・・・タツヤは大型バイクを何年も乗り回しておきながら、今まで一度も後ろに誰かを乗せたことがない。その事実は、彼のこれまでの孤独な逃避行を物語っていた。誰かを乗せて走る責任も、共有する喜びも、彼は避けてきたのだ。だって自分の行きつく先は老舗豆腐店の跡継ぎ・・・その生活にバイクは必要ないのだから。

しかし、セラはそんなタツヤの不慣れさを慈しむように、艶然と微笑んだ。

「ええ、もちろん大丈夫」

彼女はためらいなく近づき、タツヤの後ろに跨った。何時もよりも重い2人分の荷重がかかり、サスペンションが気持ち程度深く沈み込む。直後、背中に押し当てられる・・・信じられないほど柔らかく、そして巨大な質量。タツヤの背中がカッと熱くなる・・・バイク乗りの男なら一度は夢見るシチュエーション・・・豊満なバストの女性を背に受けて、走り出す。タンデム運転に対する恐怖は、不思議と沸き上がってこなかった。

「出して、タツヤ君」

耳元で囁く声と共に、甘い香水の匂いが鼻腔をくすぐる。タツヤはいつも通りにクラッチを繋ぎ、しかしアクセルは気持ち優しく開いた。緩やかに山道を下り始める愛車と、背に受ける確かな柔らかさと温もりが、何かが始まる予感を感じさせたのだった。


――――――――――――――――――――


タツヤの住む街を巡る間、セラはずっと上機嫌だった。駅前の商店街、子供たちが遊ぶ公園、川沿いの桜並木。タツヤにとっては退屈な日常の象徴たちも、彼女の目を通すと違って見えた。彼女は時折、愛おしそうに目を細め、あるいは何かを確認するように深く頷く。まるで、もう二度と見られない景色を目に焼き付けているかのように。背中越しに伝わる彼女の体温と、カーブを曲がるたびに押し付けられる胸の感触が、タツヤの理性を少しずつ削り取っていく。その度に安全運転に集中しろと数えきれないほどの自分への戒めを繰り返していると・・・

「もしかしてだけど、ここが貴方の実家?」

不意に彼女が声を上げたのは、実家の『荒木豆腐店』の前にある信号で停車していた時のことだった。店先では、タツヤの父親が常連客と笑いながら油揚げを袋詰めしているのが見えた。母親は奥で豆乳を絞っているのだろう。湯気と共に、大豆の煮える懐かしい匂いが漂ってくる。

「・・・ああ、だが立ち寄るのは勘弁してくれ・・・見つかると色々面倒だ」

信号が青に変わったと同時に、タツヤはアクセルを少し強めに開いた。今の自分は、得体の知れない美女を乗せて走る不良息子だ・・・言い訳だって面倒なのは目に見えているが、今の自分は・・・真面目に働いている両親には合わせる顔がないというのが何よりの本音なのだが。

だがセラは、遠ざかる豆腐店から視線を外さず、ボソリと呟いた。

「いいお店ね。生命力に溢れてる・・・きっと、素晴らしい『変化』を受け入れるわ」

その言葉の真意を測りかねるタツヤに、セラは背後から強く抱き着いてきた。豊かな胸が圧力を増してタツヤの背中を包み込む。心臓の音が聞こえてきそうなほどの密着度だ。たちまちタツヤの心拍数が上昇してゆくのが感じられる。

「ねえ、タツヤ君・・・あと3日なのよ」
「あと3日って・・・何が?」
「この街が終焉を迎えるの・・・3日後、空からたくさんの星が降ってきて、全ての日常を変えてしまうわ」

いきなり何を言っているんだ、とタツヤは思った。狂人の戯言か、新手の宗教勧誘か。だが、彼女の落ち着き払った声には、揺るぎない確信があった。それはただ淡々と、まるで明日の天気予報を告げるように、彼女は終焉を予言したのだ。サルピンクス・・・ラッパ吹きの魔物。彼女の言葉は、予言そのものなのだろう。

「・・・・・・信じる?」

試すような声色。しかしタツヤはミラー越しに彼女を見ることはしなかった。ただ、前を見据えたまま、少しだけ考えてから、口を開く。

「信じてもいいけど、信じるだけじゃあ無責任だ」

それは、自分でも驚くほど素直な言葉だった。根拠はない、だが、豆腐屋を継ぐことへの迷い、中途半端な自分への苛立ち。そういった澱んだ感情が、彼女の突拍子もない言葉と奇妙に噛み合った気がしたのだ。もし本当に世界が終わるなら、俺の悩みなんてちっぽけなものだ。そんな投げやりな気持ちと、彼女への奇妙な信頼が混ざり合っていた言葉に、背中でセラが息を呑む気配がした。

「・・・そう、貴方は真面目な人なのね」

彼女の腕に力がこもる。まるで、ようやく見つけた大切なものにしがみつくように。

「じゃあ、これならどう?その災厄は、私が引き起こした物じゃない・・・そう言ったら、信じてくれる?」
「もちろんだ」

今度は即答だった、だって彼女が破壊者には見えなかったからだ。その瞳の奥にあったのは、悲しみと、そしてもっと深い、救済を求めるような色だったことを、タツヤは直感していた。

「ありがとう、タツヤ君」

耳元で、感謝の言葉と感情がヒシヒシと伝わってきた。奇妙な問いかけだったが、どうやら自分は上手い答えを返せたのだなとほんの少しだけ、愉悦感を感じていた。


――――――――――――――――――――


日が暮れ、国道沿いの大衆向けレストランで夕食を終えた頃には、すっかり夜の帳が下りていた。目の前の道路を騒がしく走り抜けるテールランプ達を見送りながら、バイクに跨ろうとするタツヤの袖を、セラがくい、と引いた。

「タツヤ君、あっちに行こう?」

彼女が指差したのは、駅前のロータリーの向こう側にそびえる歓楽街方面、ネオン煌めくホテル街だった。その場所を見て、その意味を察して、思わずタツヤは硬直した。

「え・・・いや、そこは・・・」

言葉を詰まらせるタツヤに、セラは一歩近づいた。残り香のような濃厚なフェロモンが漂い、豊満な胸元がタツヤの胸板に触れるか触れないかの距離まで迫る。アメジストの瞳が、妖しく光ったような気がした。

「・・・いいのか?意味わかって・・・言ってるんだよな?」

腹の底から絞り出すように尋ねたタツヤに、セラは悪戯っぽく、しかし逃げ場を封じるような大人の余裕で微笑みかけた。

「もちろんよ・・・だって私たち今日1日で、お互いのこと凄くよく知れた仲じゃない?」

それは美しい詭弁だった。それぞれの名前と、自分の実家と、さっきのレストランで彼女はエビフライが大好物なのだということ・・・というか、そもそも自分は彼女の正体を知らないのだ。彼女がサルピンクスのラッパ吹きだということ以外は・・・だが、「よく知れた」という言葉が、妙に腑に落ちたのも事実だった。彼女が背中越しに伝えてきた体温、街のいたるところを見る時の眼差し、レストランでの会話。それらは確かに、言葉以上の何かをタツヤに刻み込んでいた。

何より、彼女の瞳が訴えていた。『我慢することは無いわ』と。

「・・・わかった」

タツヤの理性のタガが、静かな音を立てて外れた。2人の乗るバイクはネオン街へと、吸い込まれていった。


――――――――――――――――――――


広めのバスタブにお湯を出し始めて数分、浴室にはすでに温かい湯気が充満していた。もう少しでたまりそうだと伝えるために、脱衣所へと戻ったタツヤの目の前に、美の象徴と言っても過言ではない絶景が広がった。セラはすでにニットワンピースを脱ぎ捨てていたのだ。

息を呑む音が、蒸気の中で大きく響いた。彼女が身に着けていた下着は、彼女の瞳や髪の色と同じ、深く鮮やかなインディゴブルーのランジェリーだった。ライトパープルの肌とのコントラストが、あまりに艶めかしい。そして何より、その布面積の少なさが、隠しきれない「凶器」の存在を強調していた。薄いレースのブラジャーは、あふれんばかりの果実を支えるのに必死で、今にも悲鳴を上げているようだった。

「ふふ、そんなに見つめられると恥ずかしいわ」

セラは照れ隠しのようにはにかんで見せ、ゆっくりと背中を向けた。翼の生えている肩甲骨の間には、真正面から見たブラジャーのホックがここだよと言わんばかりに、きらりと光ったような気がした。

「・・・外してくれる?」

それは命令ではなく、甘い誘いだった。タツヤは震える手で彼女の背中に触れる。滑らかな肌の感触に指先が熱くなる・・・三段ホックに両手を伸ばし、少々手こずりながらも外れた瞬間、何とも奇妙な感動が沸き起こってきた。再度振り返ったセラが身をよじり、ブラジャーを前から外す。セラの豊満すぎるバストが拘束から解き放たれた瞬間、タツヤの目の前でそれがまろび出された瞬間、まるで時が止まったかのような衝撃が身体中を駆け上った。

たわわに実った双丘が、重力に従ってボヨン、と重々しく揺れながら露わになる。それはグラビアアイドルなどでは太刀打ちできない、ただ美しいと表現することすらも生ぬるい、生物としての格の違いを見せつけるような、圧倒的で暴力的なまでの美しさだった。先端のかすかな色づきすらも神々しく、タツヤはただ呆然と、その圧倒的な質量を見上げることしかできない。

そこから先はもはや白昼夢でも見ているような気持ちでいた。スルスルと何時の間にか生まれたままの姿にされて、共に今日1日の身体の汚れを落とすために入浴する。日々の営み、普遍的な行為のはずが、絶世の美女たるセラとの混浴という非日常となってタツヤの理性を致命的に溶かしてしまう。

もう互いに待ちきれなかったから・・・わざわざバスタブに湯を張ってもすぐに出てしまった。濡れた体をきちんと拭き取るのももどかしいのまま、2人は吸い込まれるように真っ白なシーツへと雪崩れ込む。タツヤが天井を仰ぐと、すぐに視界はセラの美しい肢体に遮られが、彼女はすぐに唇を重ねてくることはしなかった。タツヤの胸に手を突き、そのアメジスト色の瞳で、タツヤの魂の底を覗き込むように深く・・・こちらを見つめたてきたのだ。

「ねえ、タツヤ君・・・シちゃう前に、知っておいてほしいの・・・私の種族、サルピンクスのこと」

「・・・・・・ああ、聞かせてほしい」

セラは語り始めた。それは、御伽噺のような、しかし目の前の彼女の存在が裏付ける真実の物語。

―――――かつて私たちは、天界に暮らす神のしもべ・・・天使の一族だったわ。でも、私たちはその清廉潔白な世界よりも、地上の愛や、泥臭い感情に惹かれてしまった。だから、自ら翼を捨てて魔物となることを選んだ・・・いわば『堕天使』なの。そして私の楽器・・・あれは『終焉のラッパ』。神話では、その音色が人類に終焉をもたらす大いなる災厄の合図だと伝えられているわ。

「ふふふ・・・ラッパ1つで随分と大げさよね・・・恐ろしい?」
「いや、恐ろしくはない・・・君がそんな破壊者には見えないさ」

タツヤの言葉に、セラは瞳を潤ませ、嬉しそうに目を細めた。

「ありがとう・・・ええ、その通りよ・・・私たちは災厄を起こしたりはしない。私たちはただ、予見するだけ。そして・・・悲劇的な災厄を、私たちの魔力で『書き換える』のが役目なの」

セラの手が、タツヤの頬を優しく撫でる。

「人々が苦しんで死ぬ姿なんて見たくない。だから私たちは、絶望を悦楽に、死を魔界の繁栄に変える。それが、堕天使である私たちなりの、歪んでいるかもしれないけれど・・・精一杯の『出来ること』なのよ」

彼女の正体は、終焉を告げる死神などではなかった。 滅びゆく運命にある者たちを、優しく、甘く、魔の道へと誘う救済者。そして今、彼女はタツヤという1人の男を選び、救おうとしているのだ。

「タツヤ君・・・貴方は、この地に満ちる災厄の魔力に当てられながらも、他の誰でもなく私の元へ辿り着いてくれた・・・だから、貴方は私の運命の人」

セラは身を乗り出し、その豊満な双丘をタツヤの胸板に押し付けた。
圧倒的な質量と熱量が、言葉以上の説得力を持ってタツヤに迫る。

「サルピンクスはね、災厄の中で結ばれた男性を、生涯の伴侶として愛し抜くの。私のすべてで、貴方を愛させて。貴方を、私のものにさせて」

それは、求愛であり、契約の儀式だった。 心からセラに求められることで、タツヤの中にあった「中途半端な自分に対する嫌悪感」が音を立てて崩れ去っていく。代わりに満ちていくのは、彼女と共に堕ちていくことへの、抗いがたい歓喜。「豆腐屋の跡取りとしての未来」をかなぐり捨ててでも彼女を欲しくなってしまう・・・たとえそれが最低最悪な裏切りだとしても・・・彼女と一緒ならば、出来る気がした。例え地獄の果てまでであろうとも、逃げ切ってしまえる気がした。

「・・・ああ。俺も、君が欲しい。セラ」

タツヤの両手が、吸い寄せられるように彼女の腰を引き寄せた。 その答えを聞いた瞬間、セラは魔性の微笑みを浮かべた。もう遠慮はいらないとばかりに聖女の仮面が剥がれ落ち、愛欲に飢えた魔物娘の本性が露わになる。

「嬉しい・・・っ。でも覚悟してね、タツヤ君。サルピンクスの愛は・・・深くて、重いんだから」

セラはタツヤの脚の間に移動すると、期待に震えながらも7分勃ち程度だった彼の肉竿を愛おしそうに口に含んだ。想像を絶する巧みな舌使いに、タツヤの背筋が反る。このままではあっという間に限界を迎えてしまうと悟ったタツヤは、震える手でサイドテーブルのコンドームに手を伸ばした。

しかし―――――

「ふふふ・・・そんなもの必要ないわ」

セラの細い指がそれを掠め取り、迷いなくゴミ箱へと放り捨てた。カラン、という小気味の良い音が、理性の終了を告げる鐘のように響いた。

「え、でも、さすがにそれは・・・その・・・出来ちゃったら・・・」

「責任取ってくれるんでしょう?・・・でも相当・・・滅茶苦茶・・・かなり頑張ってもらわないと・・・出来ちゃわないわよ?」

言い募ろうとするタツヤの唇を、セラが覆いかぶさるようにして塞いだ。愛情たっぷりの濃厚なキス、絡み合う舌が思考をほんの欠片しか残っていない理性すらも溶かすようだ。そして限界まで充血したタツヤの上に、セラが跨った。もうタツヤは何も抵抗できない・・・彼女は自身の秘所を先端にあてがうと、ゆっくりと、しかし確実に腰を下ろしていった。

「んっ・・・ふぅ・・・っ、大きい・・・」

セラの口から悩ましい吐息が漏れる。たちまち温かい人肌の肉壷に沈み込んでゆく感触が背筋を駆け上ってゆく。きつい・・・信じられないほどに狭く、そして熱い。まるで生き物のように蠢く肉の壁が、侵入者を歓迎し、逃がさないように絡みついてくる。それは単なる性器の結合を超えていた。魂ごと吸い取られるような、極上の「名器」の感覚。ぱちゅん、と根元まで収まると、セラはタツヤの胸に手を突き、激しく腰を揺らし始めた。ぐぽ、ぐちゅ、と濃密な結合音が響く。彼女が上下するたびに、豊満すぎる双丘が暴力的なまでの弾力で跳ね回り、タツヤの視界を埋め尽くす。 アメジスト色の瞳が、とろりと濁ってタツヤを見下ろしていた。

「気持ちいい・・・?タツヤ君・・・?」
「っ、やばい、セラ・・・これ、すごすぎ・・・る・・・!!」

快楽の濁流に飲み込まれ、タツヤの意識は白く弾けた。サルピンクスの魔物娘たるセラとのセックス・・・その甘く極上の快楽にただただ翻弄されるだけ。

「あぁセラ・・・もうだめだ、もう・・・イく・・・!!!」
「いいわよ・・・全部、出して。私の胎内に・・・!!!」

ドクン、ドクン、と熱い塊が吐き出される。雌の胎の中に子種を吐き出すという圧倒的な快楽と、生殖本能を満たす原初の悦楽がタツヤを心の底から魅了してゆく。快楽の奔流に溺れんばかりの中、セラは腰を密着させ、その全てを余さず受け止めるように、タツヤを抱きしめる。

こうして、災厄までのカウントダウンが進む中、1人の人間と1人の魔物は、深く、分かちがたく結ばれたのだった。


――――――――――――――――――――


翌日、空は泣いていた。叩きつけるような激しい雨が、世界を灰色に染めている。だが、レインコートを着込んでバイクを走らせるタツヤとセラにとって、その雨さえも2人の世界を隔絶するカーテンのようだった。そんな2日目は、隣町まで足を延ばしていた。雨に濡れた古い寺院、アーケードのある商店街。どこへ行っても、2人は身を寄せ合い、まるで恋人同士のように振る舞った。夜になれば、また体を重ねた。昨夜よりも深く、貪欲に。互いの心と身体を重ね合い、愛を交し合った。

そして、運命の3日目。空は嘘のように晴れ渡っていた。タツヤは、いつもの隣町との境界線で、バイクを止めなかった。そのまま直進し、緑色の看板が示す「入口」――高速道路のインターチェンジへと滑り込んだのだ。だってセラが・・・もっと飛ばせと煽るのだから。

「ふふふ・・・!やっぱり馬力が違うわね!とっても早いじゃない!」

加速するGに、セラが嬉しそうに声を上げる。教習所以来に乗る高速道路、流れる景色が、今までとは桁違いの速さで飛び去っていく。風の音、エンジンの咆哮・・・その全てが段違いに大きい・・・だが不思議と怖くはなかった。自分の背中にはセラがいる。ただそれだけで、タツヤはどこまでも行ける気がしたのだ。

そんな2人は高速道路をひた走る。右も左も見たことのない場所までも・・・トイレ休憩で立ち寄ったパーキングエリアの土地名が聞き覚えのない場所までも来た。そろそろ疲れたから甘いものを食べたいなとねだるセラのために、次のサービスエリアまでバイクを飛ばして・・・そして彼女御所望の、無難なバニラソフトクリームを2人で食べた。周りには家族連れのお客さんの多い、ありふれた休日の風景。だが、タツヤにとっては革命的だった。なにせ自分1人だけでは隣町までしか行けなかったのに、彼女と一緒ならこんなにもあっさりと、驚くほど簡単に限界を超えてしまったのだから。

「ふふふ・・・タツヤ君・・・美味しい?」
「あぁ・・・こんなに美味いソフトクリームは初めてだよ」

タツヤはセラに微笑み返す。そして、自分の中で何かがカチリと音を立てて決まったのを感じた。自分は豆腐屋の息子だ・・・その事実は変わらない。だが、その運命に縛られる必要はない。逃げるのではなく、受け入れ、そして超えていく。彼女となら、それができるのだと。

「・・・そろそろ帰ろう、セラ」
「ええ、帰りましょう」

最寄りのインターチェンジで降りて、Uターン・・・このまま何処までも行けると確信したタツヤが・・・逃避の果てに選んだのは、故郷への帰還だった。


――――――――――――――――――――


時刻は23時55分。2人は再び実家のある街へ、2人が出会ったあの高台の展望台に戻ってきていた。眼下には、タツヤが生まれ育ったベッドタウンの夜景。いつもと変わらない平和な灯りだが、冷ややかな夜風が、何かの訪れを予感させていた。セラはバイクの後部座席にくくりつけていたケースを静かに降ろし、タツヤに向き直った。

「タツヤ君、覚えてる?3日後にこの街に災厄が訪れるって」
「ああ、忘れもしないさ」

タツヤは迷いなく答えた。3日前とは違い、その表情には一皮むけた男としての落ち着きがある。

「じゃあ、その災厄が・・・私のせいじゃないってことも、覚えてる?」
「もちろんだとも」
「嬉しい・・・じゃあ・・・信じてみててね?私がこれから起こす、奇跡を」

セラはケースを開け、その中から『終焉のラッパ』を取り出した。それは金属的でありながら、どこか生き物の骨や内臓を思わせる有機的な艶めかしさを持つ、形容しがたい美しい楽器だった。彼女はアッシュブラウンの翼を広げ、月光の下でその神々しい姿を晒した。そして、ラッパを口元に運び、静かに息を吹き込んだ。

――プゥウウウウウウ――――

響き渡ったのは、鼓膜ではなく、脳の奥、魂の芯に直接響くような音色だった。それは「終焉」を告げる警報ではない。母親の胎内にいるような安心感、恋人の肌に触れた時の高揚感、それらを全て凝縮したような、甘く、重く、とろけるような音色。

タツヤは黙ってその音色に聴き入った。そして日付が変わる・・・その瞬間、夜空が裂けた。

ヒュオオオオオオオオオ―――――!!!!!

何時の間にか、空から大量の流星が降り注がんばかりに、いや、実際に降ってきていた。 本来なら、それは街を焼き尽くし、全てを死滅させるはずの「天よりの火」だった。だが、セラの演奏は止まらない。彼女の奏でる音色が、落下する炎に干渉し、その性質を書き換えていく。

タツヤの目には、だんだんと空から降ってくるものが「炎」ではなく、「輝く花びら」や「脈動する光の雫」のように見え始めた。ドォン、ドォン!流星が街に着弾する、しかしその度に爆発音の代わりに響くのは、歓喜の歌声のような音。 燃え上がるはずの家々は、何事もなくそこにあり続けており、逃げ惑うはずの人々の悲鳴は、歓喜と喘ぎ声へと変わってゆく。

世界が、桃色と紫色の夢に塗り替えられていく。信じると言ったのだ・・・タツヤは何もせずに、ただその光景と、ラッパを吹くセラの神々しい姿を見守り続けた。やがて最後の流星が落ち、演奏もまた、終わった。セラはラッパを下ろしてタツヤへと向き直り、演奏会を終えた奏者のように、恭しく一礼した。

「信じてくれて・・・ありがとう」

静寂が戻る。いや、風に乗って、街の方からは甘い吐息のような喧騒が聞こえてくる。

「セラ、これはいったい・・・?」

呆然とするタツヤに、セラは悪戯っぽく微笑んだ。

「言ったでしょう?これは命を奪うような災厄じゃないわ。ただ・・・この街は少しだけ素直になったの。愛と欲望に満ち溢れた、新しい街へと生まれ変わったのよ」

眼下の街からは、甘い熱気が立ち上っていた。ピンク色の霧が展望台の足元まで迫り、世界は淫靡な香りに包まれている。タツヤは隣に立つセラを見た。彼女の肌は汗で濡れ、月明かりを反射して艶めかしく輝いている。大仕事を終えた高揚感からか、アメジストの瞳は潤み、荒い息をつくたびに豊かな胸が大きく上下していた。

「・・・タツヤ君」

彼女が熱っぽい瞳でタツヤを見つめる。その視線だけで、タツヤの身体は熱くなった。街を覆う欲望のエネルギーが、2人にも伝播しているのだ・・・いや、それだけではない。世界を書き換えるという「奇跡」を目の当たりにし、その当事者である彼女への畏敬と愛欲が、爆発しそうになっていたのだ。

「セラ・・・・・・!!!」

タツヤは彼女を引き寄せた。 セラは待っていたかのように、その豊満な体をタツヤに預けてきた。 言葉はいらなかった。 夜風の中で、2人の唇が重なる。それは今までで一番熱く、深いキスだった。セラが着ていたワンピースの肩紐が滑り落ちる。露わになった薄紫の肌に、アッシュブラウンの翼が影を落とす。そのコントラストは、この世のものとは思えないほど美しかった。

「タツヤ君・・・ここで、シて。生まれ変わった世界を見下ろしながら・・・思いっきり愛して・・・!」
「勿論だとも・・・!」

所々塗装が剥げ、さび付いた手すりにセラが手を突き、お尻を大きく突き出した。ヘソまで叩かんとばかりに硬く反り返った剛直を、セラの股座へと割りこませる・・・驚くほどにスムーズに行われた結合の瞬間、セラは快感に顔を歪め、夜空に向かって甘い声を上げた。その声は、眼下の街から聞こえる歓喜の合唱と重なり、一つのハーモニーとなって響き渡る。万感の想いでタツヤは激しく腰を打ち付けた・・・心に満ち溢れるのは背徳感と解放感。豆腐屋の息子でもなく、現実から逃避する若者でもない。ただ1人の男として、この美しい魔物娘を愛し、愛される。その事実だけが、タツヤの魂を満たしていった。

たった一度の吐精では終わらない、セラの胎の中を満たし、溢れ返させるほどに何度も・・・セラの中へと吐き出し続ける。もう数えきれないほどの何度目かの絶頂を迎え、2人は重なり合ったまま、荒い息を整えながら気が付いた。東の空が白み始めている・・・「災厄」の夜が明け、新しい朝が来ようとしていたのだ。

「・・・そろそろ、戻るか?」

タツヤが優しく問いかける。
しかし、セラはタツヤの胸に顔を埋めたまま、首を横に振った。

「ううん・・・もう少し、このまま」

彼女は上目遣いでタツヤを見つめ、悪戯っぽく微笑んだ。

「せっかくだから朝焼けが見たいの。それに大切な息子さんを3日もあちこち連れ回させて、挙句は朝帰りさせるなんて・・・わるーい女の典型的な例みたいでしょ?」
「はは、違いない・・・そんなわるーい女に惚れた俺も、わるーい不良息子さ」

タツヤは笑って、彼女の汗ばんだ髪を撫でた。今までなら、朝帰りなんてもってのほか、親の目を気にして急いで帰っていただろう。だが、今は違う。この腕の中にいる愛しい伴侶と共に、昇りくる太陽を待ち、堂々と胸を張って帰るのだ。2人は寄り添い合い、変わり果てた、けれど幸せに満ちた街が朝日に照らされるのを静かに待った。

完全に日が昇り、朝の光が世界を照らし出した頃。バイクで山を降り、実家へと戻る道中・・・すれ違う人々は皆、衣服を乱し、所々の路上で愛を語らっていた。誰もが幸せそうで、苦痛の色はない・・・本当にこの街が生まれ変わったのだと実感させられた。

そしてたどり着いた『荒木豆腐店』。 その暖簾を恐る恐るくぐると、中から聞こえてきたのは、信じられないほど覇気のある両親の声だった。

「おお! 帰ってきたかタツヤ!見てくれ母さんを!艶やかでツヤツヤだぞ!頬擦りしてもシ足りないくらいだ!!!」
「あらあら貴方ったら、随分と甘えん坊になっちゃって!!!」

そこにいたのは、若返り、心からの笑顔を見せる両親だった。腰が痛いと嘆いていた父は若かりし頃の筋肉隆々の鬼のような姿に、母は妖艶なサキュバスのような姿に。2人はタツヤが頭を抱える程にイチャついていた。これから豆腐屋を継ぐのだと決意表明しようとしていたのに・・・なんとも気が抜けてしまう光景だが、ええい!と気合を一閃・・・話を無理やり切り出した。

「父さん、母さん、今まで遊び惚けていてゴメン・・・豆腐屋の話だけれど・・・」
「豆腐屋?ああ、ここを継ぐ話か!ガハハ!すまんが忘れてくれ!」

父はタツヤの肩をバシッと叩いた。その力強さは以前の比ではない。どういうことだと目を白黒させるタツヤに対し、活力あふれる笑い声をあげ、父は豪快に宣言して見せた。

「俺たちはこの新しい体で、あと数100年は現役で豆腐を作り続けるつもりだ!魔界大豆を使った豆腐作りだって始めるぞ!いやぁ、元気が溢れて止まらん!お前が入り込む隙間なんざねぇぞ!」
「そういうことだから、タツヤ。貴方はもう・・・自由よ・・・貴方の思うがまま・・・生きなさい」

その言葉を聞いた瞬間、タツヤの中で何かが弾け飛んだ。「豆腐屋を継ぐ」という、逃れられないと思っていたレール。それが、両親の魔物化という「最高のご都合主義」によって、木っ端微塵に砕け散ったのだ。今まで散々思い悩み、無為に費やしてきた時間も共に木っ端微塵となった形だが・・・不思議と喪失感はなかった。残ったのは、突き抜けるような爽快感・・・まだ見ぬ無限の未来への希望だけだった。

「・・・分かったよ父さん、母さん・・・俺は・・・行くよ」
「おう!達者でな!」
「風邪ひかないようにね!」

朝の澄んだ空気の中・・・店の前で、再び愛車に歩み寄るタツヤ。その背後で、セラが遠慮がちに、しかし期待に満ちた瞳で問いかけた。

「ねえ、タツヤ君・・・お願いがあるの」
「なんだいセラ?」
「ここからずっと遠く離れた別の街・・・そこにも、近いうちに災厄が起こるの・・・放っておけば滅びてしまう街が」

彼女はタツヤの背中に手を添える。それは温かく、力が沸き起こってくる温もり・・・自分の心に迸るイグニッション・スパークともとれる始まりの力だ。

「一緒に、行ってくれる?」

それは、かつて隣町までしか行けなかった彼への、果てしない旅路への誘い。救済という名の、終わりのないハネムーン。タツヤは2人分のヘルメットを手に取って、片方をセラへと渡してニヤリと笑った。大切な人を乗せて走ることに、もはや迷いは欠片程も残ってはいない。

「早く乗れよ、セラ」

愛車に跨って、キーを回し、エンジンに火がともる。ギアをニュートラルのままで2、3度アクセルを吹かし、調子はどうだと煽られたエンジンが咆哮を上げる・・・大丈夫、今日もコイツは快調だ。

「こうなったら、どこまでだって連れて行ってやるさ!」

セラが嬉しそうに背中に抱き着く感触を背負い、大型バイクが走り出す。バックミラーに映る故郷とは、しばらくお別れだ。ほんのちょっぴりの寂しさを置き去りにして、まだ見ぬ次の「災厄」が待つ地平線の向こうへと、大型バイクは2人を乗せて、一陣の風になる。

「ふふふ!この加速感はやっぱり癖になるわね・・・もっと飛ばしてよ!ほら!アクセル全開!!」
「ったく・・・!!途中じゃ降ろしてやらないからな!!俺だけの堕天使様!!!」
25/12/07 01:26更新 / たっぷりとしたクリーム

■作者メッセージ
この小説を書いていた時のアイディアイメージは
・ハネウマライダーの歌詞
・3日後に月が落ちてくるクロックタウンの物語

それらをイチャラブで包み込んで仕上げてみました!

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