初めましてッス!これから末永くよろしくお願いしますッス!
―――――8月1日、晴れ、10時15分
「確かに入塾料を頂きました。しかしそのお年で・・・この額を払うのは随分大変だったでしょう?・・・とはいえ、これからが本当に大変なのでしょうが」
「ええ、でもこの塾に入る事が夢だったんです・・・ようやく夢が叶いました」
空調の効いた事務所の中、僕は男磨き塾の入塾料をキチンと払い終え、事務のお姉さんに褒められながら・・・これからの事を思い心を弾ませていた。
とうとう夢に見た男磨き塾への入塾が果たされるのだ・・・果たしてこれからどのようなカリキュラムが待ち受けているのか・・・例えどんなに辛く険しい試練が待ち受けていようとも、僕は絶対に諦めない。必ずこの男磨き塾を卒業して、誰もが認める男らしい男に成るのだと心の内の炎を燃え上がらせていた。
「ではこの建物を出て真正面、講堂の中でお待ちください、塾長から新規入塾生達への激励の挨拶があります」
「分かりました、ありがとうございます」
事務のお姉さんに促されるがまま、着替え1式その他色々と荷物の入った重たい鞄を肩にかけて、講堂と札の掛けられた建物の中へと入る。
大講堂の入口たる靴脱ぎ場には十数名程度の男性達が立ち塞がるように・・・と言うよりかは講堂の中に入るのを躊躇っているかのように、人集りを作っていた。
―――――うわっ・・・やべぇよ
―――――ちょ・・・直視出来ねぇ・・・可愛すぎる
―――――生きてて・・・良かった・・・ここまで頑張ってきて・・・良かった・・・!
口々に何やら感動と感嘆の声が漏れ聞こえてくる・・・っていうか可愛いってどういう事なのか、みんな一体何を見て入口で足を止めているのだろう。
「すいません通してください、通してくださいね・・・」
大きな荷物を抱えながら人の壁を掻き分けて、ようやく講堂の中へと入ることが出来たのだが・・・そこで僕は思いっきり面食らってしまった。
何故ならば、その講堂の中は・・・・・・
―――――いよいよ私達も勇者候補とバディが組める時が来たね!
―――――うん!ワクワクする〜ドキドキする〜どんな素敵な出会いが待ってるんだろ〜!
―――――ふんす!ふんす!可愛い男の子・・・たっぷり甘やかしてあげるッス!!!!!
―――――うん・・・授乳手コキで甘やかす、真っ直ぐ行って甘やかす、授乳手コキで甘やかす・・・
右を見ても左を見ても、どこを見ても想像を絶するほどの美少女達の集まりだったのだ。講堂中に充満する華やかな香りすらも鼻腔を突き抜ける・・・一体何なのだこの空間は・・・!?!?
「よう新入生・・・まぁ俺もなんだが、どうだいこの絶景は!右も左も可愛子ちゃんばっかりでびっくりしただろう?」
背後から人懐っこそうな低い声、目の前の女の子達に見とれていた意識がハッと覚めて、声の主へと振り返る。
「え、ええ・・・何なんですかこの空間は・・・僕は男らしい男になるために・・・」
「ハハハ!!何だよそれ!何にも知らずに入ってきたのか!すげーヤツだな!ってそんなヤツ居るわけ無いだろーってなハッハッハッ!」
面を食らっていた僕に、声をかけてきたのは大柄も大柄の大男、人懐っこい笑顔が彼のエネルギッシュさと人の良さを演出している。
「初めましてだよな、俺は伊織コーイチ、コーイチって呼んでくれ」
「僕は園崎マコト、よろしくねコーイチ」
「おうとも!これから同じ塾生同士仲良くやっていこうぜ!」
肩口をバンバン叩かれて少し痛い。されど彼の人懐っこく、力強くも頼もしいその仕草が・・・男らしくて羨ましいなと、僕の心に僅かな闇を差した。コーイチに悪意は微塵もない事は分かっている、それでも会って早々情けないことに、彼のことを羨んでしまったのだ。
「でさ、話戻すんだけど、コーイチはどの子がタイプ?赤いマントの子?それとも青?紫?緑?オレンジ?ピンク?黒?白?タータンチェックに青と白のシマシマ模様まであるけど、ホント色とりどりで迷っちまうよなぁ!」
「ええ・・・?好みのタイプって・・・僕は遊びに来たつもりはないんだけど・・・」
「おいおい今更照れ隠しするなって!これからの塾生活のバディ選び、テキトーに選んで後悔したくないだろ?」
「バティ選びって・・・君とバディ組む訳じゃなくて?」
「アッハッハッハッ!さては全然予習してないなマコト!ココでバディと言ったら男女で2人1組が基本だろ!」
ここまで話が噛み合わなければ誰でも気がつく。コーイチの屈託のない笑顔がこれまた嫌な予感をもたらしてくる、多分この予感は勘違いでは無いだろう。何だか僕は・・・何か重大な思い違いを・・・致命的な勘違いを・・・してしまったのではないだろうか。背筋に冷や汗がつぅと垂れる感覚を堪えながら、覚悟を決めてコーイチに問いかける。
「・・・ねぇコーイチ・・・ここって・・・男磨き塾・・・だよね?」
「は?男磨き塾・・・?確か・・・近所にあるゴツイ野郎共の集まりで、何時もヘンテコな事件ばかり巻き起こす・・・その・・・気軽に近寄っては行けない場所で有名な、あの塾の事言ってる?」
「えっ近所・・・?・・・ここは・・・ここの塾は何というお名前なのでしょうか?」
「おいおい何寝ぼけてんだよ、ココは天下の名門ブレイブハート・アカデミーだよ・・・!!ほら、テレビでやってる現役ヴァルキリー達による勇者の養成所・・・まさかお前ホントに間違いでココに入ってきたのか!?」
「ヴァルキリーって・・・あの魔物娘の?!それに勇者ってそんな?!」
目の前が真っ暗になった気がした。だって無理もないだろう?何せ1年かけてようやく貯めたお金だったのに、僕はそれを男らしい男になるために使おうと・・・必死になって・・・・・・
「・・・マジ?え?マジで?本当にマジの勘違いでここに来たの・・・?」
「・・・うん・・・入る場所間違えた・・・」
「・・・えぇ・・・そ・・・その・・・元気出せよ!クヨクヨせずに前向きにだなぁ・・・」
コーイチがアタフタしながら僕のことを慰めてくれている。あぁ何と情けのない事か、僕は勇者じゃなくて男らしい男になりたくて今日の日まで頑張ってきたというのに・・・
「今から間違いでしたって言えばお金返してもらえるかな・・・」
「ちょちょちょ?!待て待て何言ってんだマコト!?せっかくブレイブハート・アカデミーに入れたんだぜ!?倍率どんだけ高いか知ってんのかよ!?噂じゃ倍率100倍どころじゃ済まないって超超超超超狭き門を潜り抜けてきたんだぜ俺達は!?!?」
「知らないよ・・・僕は男磨き塾に入ろうとしてたのに・・・まさか間違ってたなんて・・・もうヤダ・・・お家帰る・・・」
「待て待て俺には心が折れる理由が分からんぞ?!なんでだよマコト!?しっかりしろよ!?俺達は今日この日から可愛い女の子との楽しい楽しいランデブーの毎日をだな・・・」
―――――静粛にせよ!!!!!
凛とした声が講堂中に響き渡る。たったの一言ながら、身も心もキュッと引き締まり、気が付けば両足を揃えて気を付けの格好となる。
―――――総員整列!・・・入口で二の足を踏む殿方達も前へ!!
ものの数秒でピシッと5列縦隊に並ぶヴァルキリー達、その左側に男性一同は不慣れな5列縦隊をたっぷり3分はかけて並び立つ。僕はちょうどコーイチと共に最後尾の右端に陣取っていた。
静けさが広がる講堂の壇上に、1人の女性が優雅に、それでいて堂々とした歩みで上がってゆくのが人の隙間から見える。壇上越しに伺い見れたその女性は、美しさと強さと自信を兼ね揃えた、惚れ惚れとするほど生き生きとした女性・・・その背からは純白の羽が両対・・・あれがヴァルキリーと呼ばれる戦乙女達なのかと思わず見惚れてしまった。なにせ僕は魔物娘を見たことは初めてではないが、ヴァルキリーを見るのは初めてなのである。
「マコト、お前はヴァルキリーを見るのは初めてか?」
小声でコーイチが話しかけてくる。こくりと頷くとコーイチがニヤリと笑みを浮かべながら、小声で囁いてくる。
「ヴァルキリーってのは、神々に仕える天界の戦士で、優れた武勇と気高い精神を併せ持つ中位の天使さ・・・神の声に従って、英雄や勇者となるべき人間に寄り添い、勇者として育て上げることを命題としてるんだよ」
「勇者・・・じゃあ此処にいる皆は勇者になる素質でもあるって訳?」
「そりゃそうだろ・・・ブレイブハート・アカデミーへ入塾が認められるには2通りの方法があるんだけど・・・っと・・・ヤベッ」
塾長と思われるヴァルキリーが壇上へと上がり、内緒話をしていた僕らを見つめていたことにコーイチが気がついたのだ。慌てて背筋を伸ばして傾聴の構えを取ると、満足そうに頷き懐から祝辞を書いたであろう封筒を取り出した。
遠目で見ても分かるほどに嫋やかな指先がマイクのスイッチをオンにして、祝辞を書いた紙を広げる音をマイクが拾い、講堂中へと響かせる。
そして大きく息を吸い込んで、紡がれた言の葉は・・・
「私が、このブレイブハート・アカデミーの塾長を務める、エミリア・リンクスである」
ただの自己紹介のセリフ・・・だと言うのに何と堂々たる響きだろうか。そして今後も何度も聞くことになりそうなセリフだと言う気がしてならない。
「諸君たちは栄えあるブレイブハート・アカデミーへの入塾が認められた・・・よって明日より勇者となるための修行に入る・・・その修行期間はちょうどキッカリ1ヶ月、あっという間に過ぎ去る量の時間だが、立派な勇者となるために、少しでも多くの事を学んで行って欲しい」
一瞬の静寂が講堂に流れる。壇上から横に出た塾長が不敵な笑みを浮かべたのに気が付いた者は少なくないだろう。
―――――それではーーーーー!!!
「へへっ・・・来るぞ来るぞ!」
「え?何コーイチ・・・何が始まるのさ?」
されどその笑みの理由までは知っているものは居なかった・・・恐らくコーイチを除いて。
―――――者共!かかれーーー!!!
塾長の号令が轟いた瞬間、5列縦隊に並んでいたヴァルキリー達が、一斉に男性一同の列へと襲いかかってきたのだ。
―――――初めまして!私ハンナ・アボット!私とバディを組んでよ!
―――――初めまして!私はミリアリア・アリディ!ねぇねぇ私とバディ組んでよ!
―――――初めまして!私まどろっこしいのは嫌いなの!黙って私のバディになりなさい!
うろたえる男性陣一人一人にヴァルキリーが片っ端から群がり、何やら手を繋いで挨拶をするやいなやバディになれと迫りくる。絶世の美少女達に前のめりに突っ込まれた男性陣は、どうにもこうにも気恥しさにしどろもどろ・・・そんな光景に僕さえも狼狽えていると・・・僕の目の前に1人のヴァルキリーが現れた。
「初めましてッス!私ジョアンヌ・クレジオと申しますッス!貴方のお名前を教えて欲しいッス!」
ジョアンヌ・・・と名乗る目の前のヴァルキリーはアッシュブロンドのクセっ毛とグレイの瞳の持ち主だった。目元鼻元に唇に至る全てがあまりにも整い過ぎた美少女からは、コロコロと鈴を転がすような声が発せられ、身体中に元気いっぱいなハツラツさが溢れている。そして二の句が向いた先は情けないことに、柔らかく豊満に盛り上がった胸元、ついついだらしなく鼻の下が伸びかけた気がして・・・必死の思いで視線を逸らす。
気を紛らわせるかのように辺りを見渡すと、ジョアンヌというかヴァルキリーの子達は皆そろって白地でミニ丈のワンピースを基調として、左肩に様々な色のマントを括りつけているようだ。
それで言えばジョアンヌはピンク色のマントを括りつけていて、さらに言えば艶やかなニーソックスを履いていて、健康的な肉付きと絶対領域が眩しく光る・・・どこを見ても目に毒、直視できないとボヤいていた感想も頷けるというものだ。
「あっ・・・初めまして、僕は園崎マコト・・・よろしくね、ジョアンヌ」
どうにかこうにか自己紹介を返す。よろしくッス〜とニッコリと微笑むアンヌ・・・その口元から八重歯がチラリと特徴的・・・ドキリと胸が高鳴る音が聞こえてきたのは聞き間違いではないだろう。
―――――かっ可愛い・・・すぎる・・・だろ・・・
誇張なく断言出来る。僕は確かにたったの17年しか生きていない若輩者なれど、こんなにも可愛らしい女の子とお近づきになれる機会はもう二度と無いのだと悟ってしまう。今後の僕の人生においての最高到達点だと確信できる、未だかつて見た事の無い可愛らしい女の子が目の前で笑顔を向けてくる・・・僕の心臓は飛び上がって後方抱え込み2回宙返り2回ひねり・・・一切のごまかしも言い訳も文句無し、僕の心はあっという間にジョアンヌに対して一目惚れしてしまった。
「ぬっふっふ〜♪マコト、私のバディになってくれるッスか?」
「ぅぁっ・・・・・・うん」
「やったぁ!!!今後ともよろしくッス!!!」
―――――あぁぁぁぁぁ距離が近い良い匂いがするめっちゃ可愛いやばいやばいやばい・・・・・・!!!!!!
心底嬉しそうに微笑みながら、僕の手をぎゅうっとジョアンヌが握ってきて・・・女の子の手の平の柔っこさに涙すらもこみあげて来そうなのを必死に堪える。
「それじゃあマコト!早速フルソウルリンクの契約を結ぶッスよ!」
「へ?フルソウル・・・なんだって・・・?」
「フルソウルリンク!私達バディは生きるも死ぬも、何を食べるも何を学ぶも、例えこの身が闇に染まり、堕天しようとも一心同体・・・になる契約ッス!!!」
「な・・・なんだか重たくない?その契約・・・まだ僕たちであって10分も経ってないのに・・・」
「周りを見てみるッスよマコト!周りのみんなはもう大体契約完了してるッス!恐れずひと思いにバーーーんと契約するッス!」
ジョアンヌの熱意にごり押しされた感は否めないが、ひとまず契約とやらに合意をしなければ始まらないらしい・・・訳も分からずに契約をするのは良くないことだと分かっちゃいても、ここであんまりにも迷っていては男らしくない・・・!
「分かったジョアンヌ!契約してよ・・・そのフルソウルリンクってやつを!」
「ぬっふっふ〜〜♪ではではお手を拝借しなおしまして〜♪」
ジョアンヌが左手で僕の左手を恋人つなぎのように握りこんできた。目を閉じ、集中するかのように真面目な顔付きになるジョアンヌの顔もまた滅茶苦茶可愛らしくて・・・・・・・と見惚れている間にジョアンヌが契約の詠唱らしき言葉を述べ始めた。
我が魂を捧げん、愛しき者よ。
我が半身よ、応えよ。
清き炎が燃え尽き、聖なる星は砕けようとも、
繋がれたる我らの魂は、
永劫に一つなり。
故に、求めん。
我が身と心、そして魂の欠片を、汝に。
汝の欠片を、我に。
今、此処に契約を結ぶ。
魂よ、二つに分かたれ、そして、一つとなれ。
「・・・はい、これでおしまいッス!・・・身も心も心機一転!これからマコトとアタシは一心同体に頑張ってゆくッスよ!」
「そう言われても・・・なんだか何も変わっていないような気がするけど・・・」
「いつか変わったことに気が付く日がくるかもッス・・・?まぁひとまずはこれでマコトとアタシは正式なバディとなったッス!まずはそれだけを理解してくれていたら大丈夫ッス!」
―――――諸君!ひとまず全員がバディと契約を交し合えたようだ!再び整列!
エミリア塾長が号令をかけ、僕はジョアンヌに手を引かれるがままに再び5列縦隊・・・の一番前に今度は陣取る。隣はもちろんジョアンヌがいて、その隣にコーイチと彼のバディらしきヴァルキリーが横目にちらりと見えた。
―――――先も言ったが、本格的な修行は明日からとなる。今日はバディ同士で存分に親睦を深め合う事・・・以上!総員解散!!
エミリア塾長の解散の令を受け、ぞろぞろとバディを連れた二人組が講堂の外へと出てゆく。
今更になって現実が見え始めてきた。状況に流されるがままだったが・・・僕は勇者を目指して明日から修行をすることになってしまったらしい・・・と。
本来僕は汗水と時間をかけて稼いだお金を本来の使用目的ではないところに使ってしまったはずのだ・・・だが、そのことに不思議と拒絶感というか、なんというか・・・不愉快な感情は抱いていないことに正直驚いている。
多分それは・・・きっと・・・僕があっという間に恋に落ちたから。
「ほらマコト!私達も行くッスよ!これからお世話になるブレイブハート・アカデミーをご案内するッス!」
嬉しそうに僕の手を引くヴァルキリーのバディ、ジョアンヌがいたから・・・なのだろう。
「確かに入塾料を頂きました。しかしそのお年で・・・この額を払うのは随分大変だったでしょう?・・・とはいえ、これからが本当に大変なのでしょうが」
「ええ、でもこの塾に入る事が夢だったんです・・・ようやく夢が叶いました」
空調の効いた事務所の中、僕は男磨き塾の入塾料をキチンと払い終え、事務のお姉さんに褒められながら・・・これからの事を思い心を弾ませていた。
とうとう夢に見た男磨き塾への入塾が果たされるのだ・・・果たしてこれからどのようなカリキュラムが待ち受けているのか・・・例えどんなに辛く険しい試練が待ち受けていようとも、僕は絶対に諦めない。必ずこの男磨き塾を卒業して、誰もが認める男らしい男に成るのだと心の内の炎を燃え上がらせていた。
「ではこの建物を出て真正面、講堂の中でお待ちください、塾長から新規入塾生達への激励の挨拶があります」
「分かりました、ありがとうございます」
事務のお姉さんに促されるがまま、着替え1式その他色々と荷物の入った重たい鞄を肩にかけて、講堂と札の掛けられた建物の中へと入る。
大講堂の入口たる靴脱ぎ場には十数名程度の男性達が立ち塞がるように・・・と言うよりかは講堂の中に入るのを躊躇っているかのように、人集りを作っていた。
―――――うわっ・・・やべぇよ
―――――ちょ・・・直視出来ねぇ・・・可愛すぎる
―――――生きてて・・・良かった・・・ここまで頑張ってきて・・・良かった・・・!
口々に何やら感動と感嘆の声が漏れ聞こえてくる・・・っていうか可愛いってどういう事なのか、みんな一体何を見て入口で足を止めているのだろう。
「すいません通してください、通してくださいね・・・」
大きな荷物を抱えながら人の壁を掻き分けて、ようやく講堂の中へと入ることが出来たのだが・・・そこで僕は思いっきり面食らってしまった。
何故ならば、その講堂の中は・・・・・・
―――――いよいよ私達も勇者候補とバディが組める時が来たね!
―――――うん!ワクワクする〜ドキドキする〜どんな素敵な出会いが待ってるんだろ〜!
―――――ふんす!ふんす!可愛い男の子・・・たっぷり甘やかしてあげるッス!!!!!
―――――うん・・・授乳手コキで甘やかす、真っ直ぐ行って甘やかす、授乳手コキで甘やかす・・・
右を見ても左を見ても、どこを見ても想像を絶するほどの美少女達の集まりだったのだ。講堂中に充満する華やかな香りすらも鼻腔を突き抜ける・・・一体何なのだこの空間は・・・!?!?
「よう新入生・・・まぁ俺もなんだが、どうだいこの絶景は!右も左も可愛子ちゃんばっかりでびっくりしただろう?」
背後から人懐っこそうな低い声、目の前の女の子達に見とれていた意識がハッと覚めて、声の主へと振り返る。
「え、ええ・・・何なんですかこの空間は・・・僕は男らしい男になるために・・・」
「ハハハ!!何だよそれ!何にも知らずに入ってきたのか!すげーヤツだな!ってそんなヤツ居るわけ無いだろーってなハッハッハッ!」
面を食らっていた僕に、声をかけてきたのは大柄も大柄の大男、人懐っこい笑顔が彼のエネルギッシュさと人の良さを演出している。
「初めましてだよな、俺は伊織コーイチ、コーイチって呼んでくれ」
「僕は園崎マコト、よろしくねコーイチ」
「おうとも!これから同じ塾生同士仲良くやっていこうぜ!」
肩口をバンバン叩かれて少し痛い。されど彼の人懐っこく、力強くも頼もしいその仕草が・・・男らしくて羨ましいなと、僕の心に僅かな闇を差した。コーイチに悪意は微塵もない事は分かっている、それでも会って早々情けないことに、彼のことを羨んでしまったのだ。
「でさ、話戻すんだけど、コーイチはどの子がタイプ?赤いマントの子?それとも青?紫?緑?オレンジ?ピンク?黒?白?タータンチェックに青と白のシマシマ模様まであるけど、ホント色とりどりで迷っちまうよなぁ!」
「ええ・・・?好みのタイプって・・・僕は遊びに来たつもりはないんだけど・・・」
「おいおい今更照れ隠しするなって!これからの塾生活のバディ選び、テキトーに選んで後悔したくないだろ?」
「バティ選びって・・・君とバディ組む訳じゃなくて?」
「アッハッハッハッ!さては全然予習してないなマコト!ココでバディと言ったら男女で2人1組が基本だろ!」
ここまで話が噛み合わなければ誰でも気がつく。コーイチの屈託のない笑顔がこれまた嫌な予感をもたらしてくる、多分この予感は勘違いでは無いだろう。何だか僕は・・・何か重大な思い違いを・・・致命的な勘違いを・・・してしまったのではないだろうか。背筋に冷や汗がつぅと垂れる感覚を堪えながら、覚悟を決めてコーイチに問いかける。
「・・・ねぇコーイチ・・・ここって・・・男磨き塾・・・だよね?」
「は?男磨き塾・・・?確か・・・近所にあるゴツイ野郎共の集まりで、何時もヘンテコな事件ばかり巻き起こす・・・その・・・気軽に近寄っては行けない場所で有名な、あの塾の事言ってる?」
「えっ近所・・・?・・・ここは・・・ここの塾は何というお名前なのでしょうか?」
「おいおい何寝ぼけてんだよ、ココは天下の名門ブレイブハート・アカデミーだよ・・・!!ほら、テレビでやってる現役ヴァルキリー達による勇者の養成所・・・まさかお前ホントに間違いでココに入ってきたのか!?」
「ヴァルキリーって・・・あの魔物娘の?!それに勇者ってそんな?!」
目の前が真っ暗になった気がした。だって無理もないだろう?何せ1年かけてようやく貯めたお金だったのに、僕はそれを男らしい男になるために使おうと・・・必死になって・・・・・・
「・・・マジ?え?マジで?本当にマジの勘違いでここに来たの・・・?」
「・・・うん・・・入る場所間違えた・・・」
「・・・えぇ・・・そ・・・その・・・元気出せよ!クヨクヨせずに前向きにだなぁ・・・」
コーイチがアタフタしながら僕のことを慰めてくれている。あぁ何と情けのない事か、僕は勇者じゃなくて男らしい男になりたくて今日の日まで頑張ってきたというのに・・・
「今から間違いでしたって言えばお金返してもらえるかな・・・」
「ちょちょちょ?!待て待て何言ってんだマコト!?せっかくブレイブハート・アカデミーに入れたんだぜ!?倍率どんだけ高いか知ってんのかよ!?噂じゃ倍率100倍どころじゃ済まないって超超超超超狭き門を潜り抜けてきたんだぜ俺達は!?!?」
「知らないよ・・・僕は男磨き塾に入ろうとしてたのに・・・まさか間違ってたなんて・・・もうヤダ・・・お家帰る・・・」
「待て待て俺には心が折れる理由が分からんぞ?!なんでだよマコト!?しっかりしろよ!?俺達は今日この日から可愛い女の子との楽しい楽しいランデブーの毎日をだな・・・」
―――――静粛にせよ!!!!!
凛とした声が講堂中に響き渡る。たったの一言ながら、身も心もキュッと引き締まり、気が付けば両足を揃えて気を付けの格好となる。
―――――総員整列!・・・入口で二の足を踏む殿方達も前へ!!
ものの数秒でピシッと5列縦隊に並ぶヴァルキリー達、その左側に男性一同は不慣れな5列縦隊をたっぷり3分はかけて並び立つ。僕はちょうどコーイチと共に最後尾の右端に陣取っていた。
静けさが広がる講堂の壇上に、1人の女性が優雅に、それでいて堂々とした歩みで上がってゆくのが人の隙間から見える。壇上越しに伺い見れたその女性は、美しさと強さと自信を兼ね揃えた、惚れ惚れとするほど生き生きとした女性・・・その背からは純白の羽が両対・・・あれがヴァルキリーと呼ばれる戦乙女達なのかと思わず見惚れてしまった。なにせ僕は魔物娘を見たことは初めてではないが、ヴァルキリーを見るのは初めてなのである。
「マコト、お前はヴァルキリーを見るのは初めてか?」
小声でコーイチが話しかけてくる。こくりと頷くとコーイチがニヤリと笑みを浮かべながら、小声で囁いてくる。
「ヴァルキリーってのは、神々に仕える天界の戦士で、優れた武勇と気高い精神を併せ持つ中位の天使さ・・・神の声に従って、英雄や勇者となるべき人間に寄り添い、勇者として育て上げることを命題としてるんだよ」
「勇者・・・じゃあ此処にいる皆は勇者になる素質でもあるって訳?」
「そりゃそうだろ・・・ブレイブハート・アカデミーへ入塾が認められるには2通りの方法があるんだけど・・・っと・・・ヤベッ」
塾長と思われるヴァルキリーが壇上へと上がり、内緒話をしていた僕らを見つめていたことにコーイチが気がついたのだ。慌てて背筋を伸ばして傾聴の構えを取ると、満足そうに頷き懐から祝辞を書いたであろう封筒を取り出した。
遠目で見ても分かるほどに嫋やかな指先がマイクのスイッチをオンにして、祝辞を書いた紙を広げる音をマイクが拾い、講堂中へと響かせる。
そして大きく息を吸い込んで、紡がれた言の葉は・・・
「私が、このブレイブハート・アカデミーの塾長を務める、エミリア・リンクスである」
ただの自己紹介のセリフ・・・だと言うのに何と堂々たる響きだろうか。そして今後も何度も聞くことになりそうなセリフだと言う気がしてならない。
「諸君たちは栄えあるブレイブハート・アカデミーへの入塾が認められた・・・よって明日より勇者となるための修行に入る・・・その修行期間はちょうどキッカリ1ヶ月、あっという間に過ぎ去る量の時間だが、立派な勇者となるために、少しでも多くの事を学んで行って欲しい」
一瞬の静寂が講堂に流れる。壇上から横に出た塾長が不敵な笑みを浮かべたのに気が付いた者は少なくないだろう。
―――――それではーーーーー!!!
「へへっ・・・来るぞ来るぞ!」
「え?何コーイチ・・・何が始まるのさ?」
されどその笑みの理由までは知っているものは居なかった・・・恐らくコーイチを除いて。
―――――者共!かかれーーー!!!
塾長の号令が轟いた瞬間、5列縦隊に並んでいたヴァルキリー達が、一斉に男性一同の列へと襲いかかってきたのだ。
―――――初めまして!私ハンナ・アボット!私とバディを組んでよ!
―――――初めまして!私はミリアリア・アリディ!ねぇねぇ私とバディ組んでよ!
―――――初めまして!私まどろっこしいのは嫌いなの!黙って私のバディになりなさい!
うろたえる男性陣一人一人にヴァルキリーが片っ端から群がり、何やら手を繋いで挨拶をするやいなやバディになれと迫りくる。絶世の美少女達に前のめりに突っ込まれた男性陣は、どうにもこうにも気恥しさにしどろもどろ・・・そんな光景に僕さえも狼狽えていると・・・僕の目の前に1人のヴァルキリーが現れた。
「初めましてッス!私ジョアンヌ・クレジオと申しますッス!貴方のお名前を教えて欲しいッス!」
ジョアンヌ・・・と名乗る目の前のヴァルキリーはアッシュブロンドのクセっ毛とグレイの瞳の持ち主だった。目元鼻元に唇に至る全てがあまりにも整い過ぎた美少女からは、コロコロと鈴を転がすような声が発せられ、身体中に元気いっぱいなハツラツさが溢れている。そして二の句が向いた先は情けないことに、柔らかく豊満に盛り上がった胸元、ついついだらしなく鼻の下が伸びかけた気がして・・・必死の思いで視線を逸らす。
気を紛らわせるかのように辺りを見渡すと、ジョアンヌというかヴァルキリーの子達は皆そろって白地でミニ丈のワンピースを基調として、左肩に様々な色のマントを括りつけているようだ。
それで言えばジョアンヌはピンク色のマントを括りつけていて、さらに言えば艶やかなニーソックスを履いていて、健康的な肉付きと絶対領域が眩しく光る・・・どこを見ても目に毒、直視できないとボヤいていた感想も頷けるというものだ。
「あっ・・・初めまして、僕は園崎マコト・・・よろしくね、ジョアンヌ」
どうにかこうにか自己紹介を返す。よろしくッス〜とニッコリと微笑むアンヌ・・・その口元から八重歯がチラリと特徴的・・・ドキリと胸が高鳴る音が聞こえてきたのは聞き間違いではないだろう。
―――――かっ可愛い・・・すぎる・・・だろ・・・
誇張なく断言出来る。僕は確かにたったの17年しか生きていない若輩者なれど、こんなにも可愛らしい女の子とお近づきになれる機会はもう二度と無いのだと悟ってしまう。今後の僕の人生においての最高到達点だと確信できる、未だかつて見た事の無い可愛らしい女の子が目の前で笑顔を向けてくる・・・僕の心臓は飛び上がって後方抱え込み2回宙返り2回ひねり・・・一切のごまかしも言い訳も文句無し、僕の心はあっという間にジョアンヌに対して一目惚れしてしまった。
「ぬっふっふ〜♪マコト、私のバディになってくれるッスか?」
「ぅぁっ・・・・・・うん」
「やったぁ!!!今後ともよろしくッス!!!」
―――――あぁぁぁぁぁ距離が近い良い匂いがするめっちゃ可愛いやばいやばいやばい・・・・・・!!!!!!
心底嬉しそうに微笑みながら、僕の手をぎゅうっとジョアンヌが握ってきて・・・女の子の手の平の柔っこさに涙すらもこみあげて来そうなのを必死に堪える。
「それじゃあマコト!早速フルソウルリンクの契約を結ぶッスよ!」
「へ?フルソウル・・・なんだって・・・?」
「フルソウルリンク!私達バディは生きるも死ぬも、何を食べるも何を学ぶも、例えこの身が闇に染まり、堕天しようとも一心同体・・・になる契約ッス!!!」
「な・・・なんだか重たくない?その契約・・・まだ僕たちであって10分も経ってないのに・・・」
「周りを見てみるッスよマコト!周りのみんなはもう大体契約完了してるッス!恐れずひと思いにバーーーんと契約するッス!」
ジョアンヌの熱意にごり押しされた感は否めないが、ひとまず契約とやらに合意をしなければ始まらないらしい・・・訳も分からずに契約をするのは良くないことだと分かっちゃいても、ここであんまりにも迷っていては男らしくない・・・!
「分かったジョアンヌ!契約してよ・・・そのフルソウルリンクってやつを!」
「ぬっふっふ〜〜♪ではではお手を拝借しなおしまして〜♪」
ジョアンヌが左手で僕の左手を恋人つなぎのように握りこんできた。目を閉じ、集中するかのように真面目な顔付きになるジョアンヌの顔もまた滅茶苦茶可愛らしくて・・・・・・・と見惚れている間にジョアンヌが契約の詠唱らしき言葉を述べ始めた。
我が魂を捧げん、愛しき者よ。
我が半身よ、応えよ。
清き炎が燃え尽き、聖なる星は砕けようとも、
繋がれたる我らの魂は、
永劫に一つなり。
故に、求めん。
我が身と心、そして魂の欠片を、汝に。
汝の欠片を、我に。
今、此処に契約を結ぶ。
魂よ、二つに分かたれ、そして、一つとなれ。
「・・・はい、これでおしまいッス!・・・身も心も心機一転!これからマコトとアタシは一心同体に頑張ってゆくッスよ!」
「そう言われても・・・なんだか何も変わっていないような気がするけど・・・」
「いつか変わったことに気が付く日がくるかもッス・・・?まぁひとまずはこれでマコトとアタシは正式なバディとなったッス!まずはそれだけを理解してくれていたら大丈夫ッス!」
―――――諸君!ひとまず全員がバディと契約を交し合えたようだ!再び整列!
エミリア塾長が号令をかけ、僕はジョアンヌに手を引かれるがままに再び5列縦隊・・・の一番前に今度は陣取る。隣はもちろんジョアンヌがいて、その隣にコーイチと彼のバディらしきヴァルキリーが横目にちらりと見えた。
―――――先も言ったが、本格的な修行は明日からとなる。今日はバディ同士で存分に親睦を深め合う事・・・以上!総員解散!!
エミリア塾長の解散の令を受け、ぞろぞろとバディを連れた二人組が講堂の外へと出てゆく。
今更になって現実が見え始めてきた。状況に流されるがままだったが・・・僕は勇者を目指して明日から修行をすることになってしまったらしい・・・と。
本来僕は汗水と時間をかけて稼いだお金を本来の使用目的ではないところに使ってしまったはずのだ・・・だが、そのことに不思議と拒絶感というか、なんというか・・・不愉快な感情は抱いていないことに正直驚いている。
多分それは・・・きっと・・・僕があっという間に恋に落ちたから。
「ほらマコト!私達も行くッスよ!これからお世話になるブレイブハート・アカデミーをご案内するッス!」
嬉しそうに僕の手を引くヴァルキリーのバディ、ジョアンヌがいたから・・・なのだろう。
25/09/28 00:27更新 / たっぷりとしたクリーム
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