連載小説
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そして伝説になった日
Tips・・・黒い角飾りの細剣

ミシェーラが友人のドワーフに頼んで打って貰った魔界銀で打たれた両刃の作りの細剣であり、刃渡り約70センチ幅が3センチ足らず。

洗練されたシンプルで一切の無駄を削ぎ落としたデザインの細剣に、ただ一つの装飾が柄頭に艶やかな黒い角、魔王の娘たるリリムのミシェーラの角がはめ込まれている。最愛の人に贈られる1振りとして、魔界勇者ハロルドの新たな戦い方を実現させるための剣である。

羽のように軽い細剣なれど、その見かけからは想像もつかない程に刀身は頑強。例え龍が踏もうが決して曲がらず、大理石へと叩きつけようとも折れず、一万の敵と打ち合おうとも刃こぼれ1つ起こさない剛剣である。


Tips・・・グラン・フォグリア陥落事件

反魔物国家グラン・フォグリアが、自国から過去に輩出した元勇者ハロルド・カーライルと傍に寄り添う謎の1人の女性の手によって陥落せしめられた事件。

本件に関する情報は様々な諸説があるが、彼我の戦力差が1:1000とも記録されている文献が現状で最も信ぴょう性が高いとされている。

結末としては元勇者ハロルド・カーライルの手によってグラン・フォグリア側の兵士がすべて無力化され、対魔結界発生塔がすべて制圧された。結果、国外から魔物娘の軍勢がお婿さん探しへと大量に侵入してきたことがきっかけとなり、グラン・フォグリアは魔物娘の手に急速に掌握されていった。

グラン・フォグリアの陥落後、国の周辺に幻惑の霧と呼ばれる薄桃色の霧が立ち込めるようになり、グラン・フォグリアを奪還せんと戦力を送る周辺の主神教団の軍勢たちは霧に阻まれ続ける。

無意味に軍費を消耗し続けるだけの無意味な出征を、目的地にすらたどり着けない行軍を幾度となく繰り返すことになる。



――――――――――――――――――――



「いよいよ満月の日だな・・・作戦開始は魔王討滅祝賀会前に行われる国王からの褒賞授与会だったな」
「ええ、その場で洗いざらいの真実を突き付けて、私たちの平穏を要求するのです」
「国王は・・・というよりも教団幹部連中はそんな要求受けられるか、と突っぱねて、俺たちを武力を以て制圧にかかる・・・これで俺たちがこの国を攻め落とす大義名分になる・・・とはいえ後は激しい戦闘を繰り広げながら全部の対魔結界発生塔を巡り、残らず制圧してゆく訳だな」
「私の部下のクノイチに偵察してもらいましたが、やはり彼我の戦力差は1対1000なのだそうですね・・・ふふふ・・・ハロルド様にとっては楽勝ですね」

現在地はグラン・フォグリア王城内、特別教練塔の一室、広々としたベッドの上。ハロルドはメイド服姿のミシェーラに膝枕をされながら耳搔きをされていた。カリカリホリホリと耳の穴を掻かれる心地よさを堪能しながら軽く作戦・・・というのもためらうような、行き当たりばったりの力推しの作戦会議が行われている。

色々と調査をしてくれたミシェーラから手渡されたグラン・フォグリア場内の手書き地図も、大変申し訳ないのだがミシェーラからの耳掃除が心地良すぎてキチンと見られていない。まぁどうせ戦いになったらミシェーラを担ぎながらあちこち走り回る訳だから、その時にミシェーラに道案内してもらえばいいかとハロルドは遂に目を閉じ、耳掻きの心地良さを堪能しにかかってしまった。

「ふふふ・・・大変心地良いようですね・・・はいこちら側はおしまい、反対側を向けてくださいませ」
「んおっ・・・心地良すぎて寝てしまいそうだ・・・ふう・・・よし、反対も頼む」

反対側を向いた衝撃でメモ書きの地図は完全に見えない位置へと動いてしまった。それでもミシェーラは文句ひとつ言わずに・・・むしろ喜ばしそうな笑顔のまま、ハロルドの耳掻き奉仕に励んでくれている。ハロルドは身も心も全てを委ねるがまま、ミシェーラの膝枕と耳掻き奉仕に酔いしれ続けている。

ハッキリ言って2人して少々たるみ過ぎである。なにせこれからハロルドは前代未聞の戦いを・・・1対1000という圧倒的な戦力差の戦いを挑みにかかろうとしているのだ。だというのに2人の間に漂う雰囲気は甘ったるい夫婦の蜜月の日常である・・・それも敵国の城の中で。本来であればハロルドは既に敵の手中に堕ちていて、さらに言えば敵方の送り込んだミシェーラという名のハニートラップに思いっきり引っかかっている状況である。

「はい、おしまいですよハロルド様・・・ちょうど迎えの者もやってきたようです」

カリカリ、ホリホリ、極楽の耳掻きの時間はあっという間に過ぎ去ってしまう。代わりに扉がコンコンとノックされ、仕方なしにミシェーラの膝枕から起き上がる。どうぞと答える前に扉は勝手に開け広げられた・・・問答無用で入ってくるのは街道のど真ん中でハロルドを待ち構え、強引にハロルドを拘束しにかかった冷酷な威圧を放つ老剣士と教団幹部の襟章をつけた3人の聖職者達だった。

「おいおいまだ入って良いぞと答えてないぞ?」
「ハロルド・カーライル・・・我らが王より貴様に褒賞を授与される」

教団幹部の一人がそう告げるや否や、ハロルドの目の前にゴテゴテとした装飾がたっぷりとあしらわれたローブが手渡される。

「この重っ苦しいローブは・・・?」
「教団より支給される第一等信者礼装だ・・・作法は問わんが恰好だけでも謙遜な信者のように見せたい・・・良いな?」
「・・・どうやら俺は知らないうちに、さぞかし教団に寄付を弾んだらし・・・分かったよ、いう通りにするさ」

軽口を挟もうとするや否やの1対4での無言の圧、無駄口を挟まずにいう通りにしろと言葉にするよりも明らかに意図が漏れ出ている。いくら現状のハロルドが“教団側に弱みを握られている“という状況で逆らうことが出来ないと言っても、随分とまた嫌われたものである。

それもそのはず、目の端にはミシェーラと幹部の男の1人・・・恐らくミシェーラの父親ということになっている男が、2人で大丈夫だったかだとか、何もされていないかだとかを会話していた。対するミシェーラも演技派なもので、噓泣きに涙を流して見せながら、ハロルドに姦通の罪を何のとおよよと力なく泣いて見せている。

嫌われ者なれど、何とか野郎の目の前で監視されながら着替えたくはないという意思だけは押し通し、ハロルドは旅装の上からゴテゴテとしたローブを身に纏う。そして部屋から出るときはしっかりと手錠までつけられたまま、錠につけられた縄を引かれてグラン・フォグリア場内を引きまわされるのだった。


――――――――――――――――――――


「分かっておるな、貴様の数え切れぬほどの罪・・・結婚もしておらぬ処女に対し姦通の罪を犯すなど、本来であれば貴様の血族そろって即刻打ち首に値する程のその罪を雪いでほしくば・・・」
「ははは・・・分かってるさ、おとなしくせざるを得ない・・・だろう?」
「真面目に聞いておるのか!貴様だけではない!貴様の血族から一人残らず我らは始末できる力を持っておるのだぞ!」
「おお怖い怖い・・・父さん母さんごめんなさい・・・ってな」

グラン・フォグリア場内の南側に位置する大聖堂、その手前で手錠を外されたハロルドは再三の釘指しを受けていた。そうは言ってもハロルドはのらりくらりとやる気のなさげに聞き流す。それが腹立たしい幹部連中が憎たらし気にハロルドをにらみつける。彼らの怒り具合からして鞭打ちの1つでも行われてもおかしくはないのだが、これからハロルドは魔王を討った英雄として国民皆の前で凱旋せねばならない。言うまでもなく、今のハロルドには傷1つ付けてはならないのだ・・・それも式典が終わるまでの間だろうが。

なにせ式典で国中を凱旋している間、所々でまごう事なき本物の勇者の証たる、雷の魔法を勇者の剣に受けて見せるというパフォーマンスが計画されている・・・教団幹部連中にとっては替え玉を建てられない理由が、ここに来て彼らの首を致命的に絞めつけていた。

そして何よりも、ハロルドが開き直って死なばもろともと国民の皆の前で秘密を大暴露しようものならば・・・彼らは相当に面倒な火消しに走らねばならない。肥しに肥やした私腹・・・財産をこんなバカげたことのために使いたくはない。それが幹部連中の共通認識であり、それはこれから魔界勇者ハロルドに滅茶苦茶にされるという悲しい結末を迎えることになるのだが・・・まぁそれはそれ、ハロルドとミシェーラを脅迫したのが悪いのだ。

幹部連中との何とも実のない打ち合わせという名の小言会が終わり、いよいよハロルドは大聖堂の中へと幹部連中に先導されながら足を踏み入れる。大聖堂の中央辺りで待てと命じられ、幹部連中はそれぞれの用意された席へと向かい、王を待ち始めた。

手持無沙汰に周囲を見渡すハロルドはステンドグラスに描かれた主神の荘厳さや、無垢な白の花々が飾り付けられた祭壇、グラン・フォグリアの国営新聞社と書かれた腕章やその他いろいろ各種報道の関係者などといった如何にも・・・な風景をぼうっと流し見て、ふとミシェーラの姿を見つけ出した。気をつけねば忘れてしまいそうになる教団幹部の娘という設定・・・やや中央よりの教団幹部席の近く、礼服らしきかしこまった藍色のローブを身に纏いこちらに微笑みかけてきた。

その微笑みがハロルドの身に震えをもたらす・・・もちろん武者震いだ。これからあの微笑みを、あの温もりを、あの愛と平穏を勝ち取るために・・・この国を攻め堕とす。

いよいよ自分の人生において、今後超えることのないであろう大きな戦いが・・・遂に始まる予感、その時がいよいよやってきた・・・その宣告者となるのはグラン・フォグリア王、深紅のローブに金の王冠・・・とても分かりやすい王の象徴を身に纏った小太りの男性が、用意された祭壇の上に立ち、ハロルドの方を見て面倒臭そうに祝辞の言葉が書かれているであろう紙を取り出していた。

大聖堂の周りが静寂に包まれる・・・この褒賞の授与が終わり次第、ハロルドは国中を凱旋する手筈なのだ。

「エリオット・アルベール・グラン・フォグリアの名において、勇者ハロルドの武勲に対し、褒賞を与える・・・この褒賞は我らが憎き魔の王を討滅せしめた英雄への褒賞である!・・・勇者ハロルドよ、受け取ってくれるな?」

ハロルドの横から執事役が持ってきた深紅の布が被せられた盆の上、小さな勲章に目を落とす。王直々の褒賞なのだからどんな金銀財宝かとちょっぴり期待していたハロルドは肩透かしな気分になる。魔王の城の手前、蜃気楼の町ユメハツカまでだって結構遠かったというのに・・・栄誉だけでは報われない想いのまま、執事役の手で勲章がハロルドの胸元へと括り付けられた。

「皆の元!偉大なる主神様の名のもとに、勇者ハロルドが偉業を成したことを!ここに宣言する物である!」

執事役の男に無理やり振り向かされて、新聞社やら報道者からの激しいフラッシュに晒される。なんだかもうこの茶番に付き合うのも馬鹿らしくなってきたハロルドは、焚き続けられるフラッシュに背を向けてバサリと重っ苦しい式典用のローブを脱ぎ捨てる。動きやすい何時もの旅装の恰好になったハロルドは、王を真正面から見つめて声高らかに叫ぶ。

「嘘は良くないな!王様!!!!」

小気味いい程にハロルドの一喝が大聖堂内へと響き渡り、報道連中やら関係者やらが何事かとどよめき始める。ハロルドの近くにいた教団の下っ端らしき連中は驚き戸惑っていた。

「ここはあんたらの大聖堂、あんたらの信じる主神様のお膝元だよな?・・・そんな神聖なる場で嘘は良くないんじゃないか?と言っているんだ」

何を言い出すのだと周囲の聖職者達が戸惑い始める。この様子だと案の定、教団上層部の連中は下っ端連中に、魔王討滅は偽りであることを伏せているらしい。

ほくそ笑みそうになった頬を意識して引き締めて、奴らの計画を崩す第一声を声高らかに言い放つ。

「まず、大前提として俺は魔王を討ってなどいない!」

面白いように様々な音色の息を飲む声が聞こえてくる。戸惑いの表情で教団幹部連中を見つめ返す下っ端達と、それに目を合わせられない幹部連中の構図が何とも痛快だ。幹部の一人が我慢ならなそうに真っ赤に染めた顔のままこちらに近寄ってきそうな所で、更なる追い打ちの証言を重ねる。

「そして現在において、俺を含めたそれ以外の勇者の誰もが・・・魔王の城までたどり着けずにいる・・・違うか?」

怒りの表情で王が何をやっているのだとにらみつけ、教団幹部連中は苦虫を噛み潰したような険しい顔で俯いた。そりゃあそうだろう、自分が魔王の城の直近に位置する、蜃気楼の町ユメハツカに滞在していた時に確認しているのだ。町を訪れた新しい来訪者といえば、他ならぬ自分を探し求めていたローランド君以外に居なかったし、何よりもその彼自身も他の勇者様達とは直近で誰とも出会ったことがないのだと証言していたのだ。

―――――なっ何故そうだと言い切れるのだ!
―――――そうだ!我が国から他にも多数の勇者が輩出されている!その皆全てが辿り着けないとは限らないだろう!
―――――主神様の御加護を以ってすれば、如何なる困難であろうとも、必ず乗り越えられるはずだ!

上層部連中が揃いも揃って何も言い返せない中、健気にも下っ端連中だけは美しい反論を・・・何も知らないが故に出来る愚かな言葉を返してくる。

「魔王の城は幻惑の霧というものに包み込まれている・・・この霧の中ではありとあらゆる者が方角を見失い、目指す場所へはたどり着けない・・・つまり魔王の城へは現状誰もたどり着けない・・・そう、誰一人としてな」

ハロルドの返しの言葉に言葉を失い、正しくぐぬぬと言った表情となる下っ端連中。さて、そろそろ本題を切り出すタイミングだろう。ハロルドは教団の幹部連中に向き直り、1つの提案を試みる。

「さて、アンタらと1つ交渉をしたい」
「なっ・・・?!交渉だと?!」
「そうだ、まず大前提だが、俺はもう既に勇者を解任済みのはずだ、アンタらの書状1枚をもって・・・そうだったな?」

手に持つ勇者解任と勇者の剣を返却しに来いと言う書状を周囲へと見せつける。これまた下っ端連中が息を飲む音が聞こえてくる。同じ教団の人間だろうに、ここまで大事な話が降りてこないとは、下っ端連中も気の毒なものだ。

「俺はこの書状の通り勇者の剣を返却しにこの国へとやってきた・・・その途中で強制的に連行されてこそいるが、その時に勇者の剣はアンタらの手に戻ったはず・・・違うか?」
「・・・確かに、勇者の剣は返却してもらっている、そちらの要求は?」

グラン・フォグリア王より肯定の言葉かもたらされた・・・その言葉がハロルドは聞きたかったのだ。仮にも借り物の剣を返却すること・・・律儀なハロルドはそれだけが最後の心残りだったのだ。

「こちらの要求は2つ、今後俺や俺の家族に対し何ら関わりを持たない事を誓ってもらう・・・そして魔王討滅に関する偽りを訂正し、民の皆に真実を伝えてもらおう」
「・・・受けられぬ、と言ったら?」
「この国は親魔物領として、新たに生まれ変わることになるだろう」

誰もが息を飲み、場に静寂と緊張が走った。親魔物領として生まれ変わる・・・それはこの国の政治にまで深く根をおろしている、主神教団の崩壊を意味する言葉だからだ。

戸惑う下っ端連中、顔を赤らめて怒りに震える幹部連中、ぞろりぞろりと剣に手を掛けた教団の近衛兵士達がハロルドを取り囲み始める。

「おっと言い忘れていたが、俺の両親を人質にしようとしたが、何時の間にか逃げ出されてしまった・・・よな?」
「っっぐ・・・しかし貴様は我が娘ミシェーラに対し姦通の罪を・・・っっ!」
「だから最後、頼みの綱の色仕掛け・・・ここでも嘘を付いている、そもそもミシェーラはアンタの娘じゃないだろう?」
「ええ、私は貴方の娘ではなく、現魔王軍の魔王と勇者の間に生まれた娘・・・魔物娘のリリムですから」

堂々とした姿でハロルドの傍へと歩み寄るミシェーラ、ばさりと教団の礼服を脱ぎ捨てる。そしてこれが証拠だと言わんばかりに旅装姿のミシェーラが一瞬眩く輝き、次の瞬間にはリリムとしての姿を・・・艶やかな黒い巻き角に美しい銀の翼、尻尾を露わにする。

―――――なっ?!魔物?!?!
―――――どうしてここに魔物が?!
―――――対魔界結界の中の筈だ!魔物はここに存在する事すらも出来ぬはずなのに!!

「ええ、殆どの魔物娘にとってはこの結界内の空気はイヤでしょうね・・・でも私、リリムですからこんなモノは通用しませんよ?」

なんて事ないと言い放つミシェーラに対し恐れおののく周囲の者達、主神教団にとって対魔界結界とは魔の存在に襲われる恐れがない場所。彼らにとっては文字通りの聖域なのだから。

「クッッ・・・おのれ背信者ハロルドめ・・・魔に誑かされおったか?!」
「言い方が気に食わないな、俺とミシェーラは自由恋愛だよ」
「ええそうです、私たちは自由恋愛の元結ばれた、何処にでもいる普通の夫婦ですから」
「えぇい!神聖なる大聖堂内に穢れし魔を招き入れるとは!者共!コヤツ等を始末せよ!丸腰ならば勇者と言えども恐るる事は無い!」

ハロルドとミシェーラを取り囲む兵士達が、揃って剣やら槍やらを構えてジリジリとにじりよってくる。

肩をすくめるハロルドの傍に、ミシェーラが楽しげに擦り寄って来た。

「ふふふ、はいハロルド様、貴方の剣ですよ」

ミシェーラが何処からともなく黒い角飾りの細剣を取りだし、ハロルドの腰ベルトの左側へと鞘ごと差し込む。何時の間にそんな物を!なんて驚き戸惑う教団幹部連中がコレまた小気味いい。王は近衛の兵士たちに連れられて去ってゆくのが目の端に写る、まぁ今更王に用は無いのだし、見逃してあげることにする。

「ありがとうミシェーラ、さぁ共に戦おうじゃないか」
「えぇ、魔界勇者ハロルドの伝説の始まりですね」

鞘から細剣を右腕でスラリと抜き放ち、そのまま軽く振るって取り囲む兵士達へ牽制・・・そして残る左腕がミシェーラを軽く抱き抱えてみせた。

それはミシェーラのお尻を下から抱き上げるように、ミシェーラはハロルドの首筋に抱き着くようにする格好であり、到底このまま戦うとは思えない不可思議な格好となる。

だと言うのに、ハロルドは大胆不敵な笑みを浮かべたまま周囲を取り囲む兵士達に細剣を向けながらジロリと突破口を探し始めている。

―――――馬鹿な?!奴は女を抱えながら戦おうとしているのか?!
―――――馬鹿げている・・・此方は囲んでいるのだぞ?!
―――――えぇい!何を見守っておるのか!誰でも良いから早く斬り掛からぬか!

教団幹部連中の怒号が開戦のキッカケとなった。ハロルドの真後ろに長剣を構えた兵士が、雄叫びを轟かせながら斬りかかってきたのだ。力任せの袈裟懸けに振るわれる長剣がハロルドの背にまっしぐら、しかしその長剣は空を斬るだけに留まった。

ハロルドは真後ろからの一撃にも関わらず、その身をほんの少し翻すだけでその一撃を躱してみせたのだ。

「記念すべき1人目だ、悪く思うなよ?」

空を斬った長剣に身体を持っていかれて体勢を崩す兵士、その無防備な胴元に一閃、黒い角飾りの細剣が閃いた。

たちまち兵士は腰を抜かしたかのようにその場へと膝を着き、周囲の兵士達が恐れおののく声が聖堂内へと響き渡る。傍から見れば胴元を思い切り斬り裂かれた様に見えたのだろう、血こそ吹き出しておらずとも、その光景は十分に戦意を削ぐに値した。

が、人斬りと誤解されるのも癪だったハロルドはキチンと種明かしをする事にした。

「安心しろ、これは魔界銀製のレイピアだ、斬っても命に別状はない!」
「ついでに言うならばハロルド様の雷の魔法も、細剣と同じく人を傷付ける事が無くなっておりますよ」
「そうなのかミシェーラ、これは良い事を聞いた・・・よし、こういう取り囲みに対してこそ、雷の魔法が役に立つんだ」

ハロルドが細剣を天に掲げると、一筋の黒い雷が細剣へと落ち、バチバチと音を立てながら刀身へと纏わった。その黒雷を纏った刀身を見て、ハロルドは惚れ惚れしてしまう。何せハロルド自身の魔力と驚く程に良く馴染み、まだまだ魔力を纏わせても平気そうだったからだ。

「たっぷりと魔力が纏われていますね・・・流石はハロルド様、でも貴方の本気はまだまだこんなものじゃ無いのでしょう?」
「あぁ、勇者の剣じゃ耐えられそうになかった俺の本気の雷・・・この剣ならば余裕で受け止められるだろう」

右手を突き付けるように、黒雷を纏った細剣を幹部連中に突きつける。左腕のミシェーラは楽しそうにハロルドへと身を預けながら、1人分のご褒美と言わんばかりに頬に口付けをくれていた。

幹部連中は認めたくない心持ちで向けられた細剣に纏った黒雷を見つめていた。何せ魔を討つとされる聖なる雷を操る勇者、その雷は無垢な白ときまっている。それが今や漆黒に染まりきっている・・・この期に及んでようやく、教団幹部連中はハロルド・カーライルがとっくの昔から完全に魔の手に堕ちていたのだと悟るのだった。

「ええい!お前ら何を見守っている!奴は片手だ!しかも魔族の女まで抱えておきながらなのだぞ!数を活かして同時に攻撃せんか!!!」

仮にも教団内で幹部になった男たち、人の指揮は多少は様になっているなとハロルドは心の中でほくそ笑む。

その隙を突いたつもりなのか、ハロルドの左右に立つ槍の兵士と剣の兵士が互いに顔を見合わせて、同時攻撃をいざ試みようとした瞬間・・・

「奥義、雷華一閃!!」

ハロルドが瞬時に1周、身を翻す様に回転斬りを放った。周囲の兵士達が思わず身を固くする・・・が、その刃は届かないはずだった。どう見たってそれは間合いが遠すぎるはずだった、何せ3、4メートルはまだ離れているはずだったのだ。

しかし左右の兵士達は斬りかかろうとも叶わず、無様に腰砕けとなる・・・否、周囲を取り囲む兵士全員が一様に腰砕けになってしまった。

そう、ハロルドの回転斬りは確かに空を斬った・・・しかし纏った黒雷が振るわれると同時に、周囲の兵士達まで届くほどの長い黒雷の刃と変わっていたのだ。それは目にも止まらぬ黒雷の一閃、兵士たちは訳も分からぬまま、取り囲む全員が斬り伏せられたのだ。

「お見事ですハロルド様・・・ふむ、ちょうどこれで7人倒しましたね、ご褒美のキスを7度行わなければ・・・」
「ははは・・・これはヤル気が出てきたぞミシェーラ!確かこの国の兵士はちょうど1000人くらいだったな」
「まぁハロルド様ったら・・・んちゅっ・・・❤全員倒さなくても・・・んちゅ・・・❤1000でもんちゅ・・・❤2000でも数え切れないんちゅ・・・❤程にキスしてんちゅ・・・❤んちゅ・・・❤差し上げますのに・・・ちゅうっ❤」

もはやキスの回数などどうでも良くなったハロルドは頬に受け続けたキスを唇に求めるように顔を合わせ、ミシェーラもそれに応じるように唇へとキスを贈ってくれる。

せっかく囲みを脱する機会を得られたというのにハロルドとミシェーラはキスがどんどん熱くねちっこくなってゆく。

大聖堂内、まだまだ他にも兵士は山ほどいるから新たな1団に取り囲まれ直すハロルドとミシェーラ。それでも互いの愛を交わし合う熱烈な口付けが止められない。

「ふっ・・・っっふざけおって!!!者共何をしておるか!仕掛けよ!仕掛けぬか!その身を賭してでも魔の存在を討たぬか!!!」

声を荒らげる幹部達、そうは言ってもハロルドの奥義を攻略出来ないままに仕掛けようとも、再び全滅するのは目に見えていた。熱烈なキスを続けながらもハロルドの右手、黒い角飾りの細剣は黒雷を纏ったまま、まるでこちらを威嚇するかのようにパチパチと音を立てていたのだから。

「ちゅぷ・・・ふぅミシェーラ、早く対魔結界塔を全部攻め落としてしまおう、このままじゃ我慢出来なくなる」
「ふふふ・・・そうですね、さっさとこんな国は攻め落としてしまいましょう?そして私たちの宿に帰って心行くまで・・・ね?」
「おうとも、さぁ・・・本気の雷・・・その試し斬りと行こうか」

ハロルドが再び黒い角飾りの細剣を天に掲げる。瞬間先程までとは比べ物にならない程の巨大な黒雷が魔界銀の刀身へと轟き落ちた。

ハロルドの圧倒的な魔力の元に呼び降ろされた、圧倒的な黒雷を刀身に受け止めてなお、黒い角飾りの細剣は健在だった。ハロルドの見たて通り、ハロルドの本気の雷であろうとも、刀身が溶けたり曲がったりもせず、それが当然かの如く黒雷を纏って健在していた。

「いかんっ!みんな伏せろ!!!」
「奥義、轟・雷華一閃」

新たに取り囲む兵士たちがその場に倒れ込むかのように伏せる。先程までの技ならば、それで躱し切れるはずだった。

しかし言うまでもなく、その回転斬りは先程までとはまるで違う。

ハロルドの本気の黒雷・・・それを纏った細剣から伸びるように変じた黒雷の刃は、その刃渡りは大聖堂内全てに届くほどに長大で、たとえその場で地に伏せていようとも躱す事が叶わない程に上下にも分厚かったのだ。

「・・・・・・流石は全力を出してみただけあるな・・・この剣のお陰様だよミシェーラ」
「ふふふ、私まで痺れちゃいそうな一撃でした・・・さぁハロルド様、早く塔へと参りましょう?私までだんだん待ち切れなくなって来ました」
「わかったよミシェーラ、走るから道案内頼むよ」

大聖堂内は見渡す限りの死屍累々、主神教団の幹部も下っ端も、兵士も含めた全員が平等に腰砕けに倒れ込んでいた。もはやこの場に立ち向かえる者は誰もおらず、追いすがる者も居ない状況の中、ハロルドとミシェーラは颯爽と駆け出してゆくのだった。


――――――――――――――――――――


「流石はハロルド様、結構長い上り階段だったのに軽く息を切らせる程度だなんて」
「ふぅ・・・鍛え方が違うからな・・・ふぅ・・・ふぅ・・・」

ハロルドとミシェーラは立ち塞がる敵を軒並み蹴散らしながら、1つ目の対魔結界発生塔へとたどり着いていた。発生塔の中は建物3階分ほどの長い螺旋階段になっていて、言うまでもなくハロルドはミシェーラを抱えたままその階段を登りきった形だ。

そしてハロルドとミシェーラの目の前に、ぼうっと無垢な白光を放つ身の丈よりも遥かに巨大なクリスタルが宙に浮かび上がっていた。

「・・・この大きなクリスタルが対魔界結界の核なのか?」
「はい、ではこの核を私の魔力で染め直して・・・」

そういうや否や、ミシェーラが無垢な純白のクリスタルに向けて手を伸ばすと、その手の先から薄桃色の霧がふわりと放出されてゆく。その霧はクリスタルの周りを取り囲むように纏ったかと思えば、スルスルとクリスタルに吸い込まれてゆき、あっという間に無垢な純白のクリスタルは薄桃色のクリスタルへと変じてしまった。

ぼうっと照らしていた無垢な白光は見る影もなく、フワフワと薄桃色の霧が漏れ出るだけとなってしまう。

そしてこの薄桃色の霧と言えば、ハロルドにとってよく見覚えのある霧である。

「ミシェーラ、この霧は・・・もしかして幻惑の霧なのか?」
「いい機会ですので簡単にご説明しますね・・・そもそも幻惑の霧は私が編み出した魔法の1つだったのです・・・初めは害成す者から弱き者達を護るための陣地構成の魔法の1つに過ぎないはずだったのですが、どうもこの魔法は・・・縁結びの力も備えていたようなのです」
「幻惑の霧が縁結び・・・?道に迷わせるだけじゃなかったのか」
「はい、この霧に向けて何度も何度も諦めずに行軍し、迷いに迷ったその時・・・目の前に現れた者こそが迷い人にとっての縁となる・・・そんな力を持つのです」
「・・・でも俺が初めてユメハツカに辿り着いた日は幻惑の霧は出てなかったぞ・・・?あ、まさかミシェーラ・・・」
「はい、私ったらハロルド様の事を待ち切れなくて、幻惑の霧を晴らしてしまったのです・・・許してくださいね?」
「・・・魔王の城の霧も君が操っていたのかミシェーラ?」
「いえ、実家の制御は私ではなく本当に気まぐれなのですよ・・・出たりでなかったり・・・私の元を旅立ったあの日も随分と苦労をおかけしました」

本当にゴメンねと言わんばかりか、ミシェーラがハロルドに深く詫びの口付けをして来た・・・ハロルド的にはちょっぴり複雑だが、まぁミシェーラに惚れた弱みだ・・・もう過去の事は振り返らないことにする。

「良いさミシェーラ・・・今更君の愛を疑う余地など微塵もないのだから!」
「ふふふ・・・愛しておりますよハロルド様❤」

頬に数え切れない程、唇に・・・は流石に危ないからと窘めつつ下り階段を降りるハロルド。残る対魔結界発生塔は3つ、取るに足らない雑魚どもを蹴散らしつつ、一刻も早くミシェーラと思う存分交わるために・・・さっさとこんな国は攻め落としてしまおうとハロルドは考えるのだった。


――――――――――――――――――――


「これで3つ目、いよいよ最後の1つだな」
「はい、最後の1つは塔ではなく、王の寝室の直上に設置されています・・・この国で1番高いところですね」
「流石に近衛兵達も大勢いるだろうな・・・まぁ残らず蹴散らすだけだが」

グラン・フォグリア攻略戦は実に順調に進められていた。立ち塞がる敵ももはや数えて100や200をとうに通り過ぎている。そしてその全ての接敵に対してハロルドは、抱き抱えているミシェーラを含めたその身に1つのかすり傷も無く、誰一人の殺生も起こさずに無力化せしめていた。

それでいてハロルドは体力も魔力もまだまだ有り余らんばかり。右手に持つ得物たる黒い角飾りの細剣だって、数え切れない程に敵の剣や槍やらと打ち合ったというのに、その刀身に傷の1つも付いておらず、刃に欠けの1つも起こしてはいなかった。

「ふふふ・・・私の部下たちは結構な大国であるグラン・フォグリアを単騎で攻め落とすだなんて本当に大丈夫かと心配していたのですが、ハロルド様にとっては杞憂だったようですね」
「・・・いや、ちょっとだけ苦戦するかもしれないな、もちろん負けるつもりも無いが」

ハロルドが油断なくこう呟いたのは、彼の魔界勇者としての・・・強者としての勘、それは正しく脅威の存在を感じ取っていたから。ハロルド達が最後の1つの対魔結界発生塔へと向かう道すがら、王城のちょうど中心に拵えられている庭園のど真ん中・・・その脅威は座して待ち構えていたのだった。

「・・・道を開けてくれると助かるな、爺さん」
「断る」

その脅威は先日の事、作戦だったとはいえ無抵抗で教団の兵士たちに捕らえられた時に見かけた老剣士だった。まだ彼我の距離にして数10メートルは下らないというのに、頬にビリビリと殺気と威圧を感じてしまう。

「すまないミシェーラ、下がっていてくれ」
「はい、ご武運をお祈りしておりますね」

流石のハロルドもあの老剣士相手では、ミシェーラを抱き抱えたままで戦うつもりはなかった。これまでの有象無象とは訳が違う、浮かれポンチの戦い方では無く、真っ向からキチンと立ち向かうべきだと感じていたからだ。

ミシェーラを降ろし、老剣士の前に立つハロルド。老剣士も立ち上がり、腰に下げられた剣を抜き放つ。

老剣士が右手に持つ得物は、研ぎに研がれて刀身がすっかりと薄くなったのだろう片刃のサーベル、されど末恐ろしい程の切れ味を目で見るだけで感じ取ることが出来る・・・あれは一太刀たりとも当たれば最期だろう、ハロルドは油断なく老剣士に向けて此方の得物たる黒い角飾りの細剣を突きつけながら、ジリジリと間合いを保つ。

剣に魔法を纏わせる隙は無さそうだとハロルドは悟る。達人同士の睨み合い、庭園に嫌な静けさが広がり・・・そして均衡は不意に破かれた。

老剣士がまるでジパング地方に伝わる剣技、抜刀術の構えを見せた瞬間・・・ハロルドは瞬時に顔を思い切り右に躱していた。そしてブワリと庭園中に鋭い一陣の風が吹き、重ねて一拍遅れてハロルドの左頬にスっと赤い筋が走る。

「良くぞ躱したな、首を跳ねてやるつもりだった」
「・・・冗談キツイな爺さん」

何とも驚異的な事に、あの老剣士は風を斬って飛ばして見せたのだ。あんな芸当をハロルドは未だ成し遂げたことが無い、魔法を剣に宿して放つ・・・そういった次元の技では無かった。

再び老剣士が抜刀術の構え・・・かと次の瞬間には風が吹き、ハロルドは細剣を縦に構えて胴を薙ごうとする風の刃を打ち払う。

マグレまでとは言わずとも、正直言って紙一重だった。不味いことにコレだけの間合いを持ってギリギリ防げる状況、このままでは不味いとハロルドの頬に冷や汗が伝う。

「2度も防ぎおったな小童・・・褒めてやろう」
「ったくアンタ何者だよ爺さん!主神教団の一兵士って訳じゃなさそうだがっっっと!」

こちらと語り合うつもりが無いのだと、ハロルドが投げかけた質問に、3度老剣士が風の刃を放ってみせる。

再び首元を狙う風の刃をギリギリで細剣で防ぐハロルド。老剣士の放つ技も神業ながら、それを打ち払い続けるハロルドも驚異的な業である。

―――――間合い的にも轟・雷華一閃ならば届く・・・あの老剣士を倒せるだろう。
―――――問題は黒雷を剣に纏わせる隙が無いこと。
―――――隙を生み出すために間合いを詰めようとも、風の刃はこれだけの間合いがなければ防げそうにない。

ハロルドは老剣士の足元を油断なく見定める。老剣士は今立つ位置から1歩も動く気は無いと見えた。老剣士にとって最優先すべき事は対魔結界発生塔を守ること。ハロルドにとって攻め手にあぐねているこの状況は、それだけで老剣士にとって望むべきことなのだ。

下手に動き、余計な隙を晒さずに、いくらでも隙あらば風の刃を放つ・・・それで老剣士は良かったのだ。

対するハロルドはそうは行かない。粗方の兵士たちを無力化して来たとはいえ、このまま何時までもここで老剣士に足止めされては作戦失敗である。

あくまでも兵士たちは無力化して来ただけ、いずれは彼らも復活し、此方の応援に駆けつけてこないとも限らない・・・そうなれば必然的にミシェーラを抱き抱えながらの戦いにならざるを得ない、そうなれば此方に勝ち目がないことは分かりきっていた。

幸いなことに老剣士はミシェーラを狙うつもりは無いらしい・・・最もミシェーラとて、自分の身を護る魔法は使えるから心配は無いのだが。

とにかく、この状況を打開するためには、兎にも角にも一瞬の隙が必要だった。

何でもいい、あの老剣士が動揺させる何か・・・それさえあれば勝機が見えるのだ。

―――――ハロルド様、一瞬ですが、あの老剣士に隙を作れるかもしれません。

ハロルドの脳裏にミシェーラの声が響き渡る。魔法による意思の伝達なのだろうか、よろしく頼むと念じ返してみる。

―――――分かりました、私の身を守ってくださいね?

初めての事ながら、上手く作戦を立てられたようだ。ミシェーラがハロルドの傍に立ち、ハロルドはミシェーラを庇うかのように細剣を構えたまま、一瞬も油断なく老剣士を伺いみる。

「老剣士さん、勝手ながら貴方のことを調べさせて頂きました・・・貴方も名をハロルドと言うのですね」

ミシェーラが老剣士に向けていきなり驚くべき事を告げてきた。それでも油断なく細剣は構えたまま、老剣士に此方の隙は見せないように集中力は切らさない。

「魔の女と話す舌など持たぬ・・・」
「何を言うのです、私たちがこの国を攻め落とし、親魔物領へと作り替えた時・・・それが貴方の本当の望みが叶うというのに」

瞬間、風の刃がミシェーラを狙い放たれる。ハロルドは何とかそれを打ち払うが、老剣士の中に先程よりも微かながら怒りの感情が混じっているのを感じ取る・・・理由は分からないが、あの老剣士は、ミシェーラの話で確かに心を揺さぶられているのだ。

「私たち魔物娘にとって、愛し合う者たちを裂くことは、例え死であろうとも叶わない」

黙れと言わんばかりに、再び風の刃がミシェーラに飛ぶ。それを打ち払うハロルドは、その一撃が先程よりも怒りが滲みこんだ一撃だと悟る。ミシェーラが何を告げようとしているのかは分からないが、この話は確かに老剣士にとって動揺を誘うに値する話題のようだ。

そしてミシェーラが決定的な一言を老剣士へと投げかけた。

「私たちが勝てば、貴方の最愛の人、ミシェルは・・・魔物娘のアンデットとして蘇ることが出来るのですよ?」

その言の葉で明確に、老剣士の双眸が驚きに開かれる。それはハロルドが待ち望んだ一瞬の隙・・・その一瞬にハロルドは全てを掛ける。

―――――轟

すかさず掲げた細剣に途方もない魔力を帯びた黒雷が刀身へと落ちる。

―――――雷華

身を翻しながら、すかさず傍のミシェーラを抱き抱えるように左腕で持ち上げる。この全力の一撃にミシェーラまでも巻き込まないためだ。

動揺から立て直した老剣士が遅れて居合の構えに入る、恐るべき速さで風の刃が放たれようとしているのがハロルドの目の端で捉えられている。

勝負は一瞬。その一瞬に2人の強者が全身全霊を込めて技を放ち合う。

一閃・・・・・・勝負は、呆気なく決まった。

長大な黒雷の刃がほんの数歩前まで迫ってきていた風の刃を打ち払い、そのまま老剣士を庭園の花々ごと斬り裂いて見せたのだ。

白い花々が舞い散る中、奇しくも同じ名を授かった老剣士は黒雷に打たれて倒れ、魔界勇者は伴侶を片腕に勝利する・・・それがこの戦いの結末だった。

「見事だ、魔界勇者とやら・・・」
「・・・こちらは2対1だった、アンタの強さには恐れ入ったよ」
「動けるようになったら、貴方の最愛の人が眠る場所へ向かうと良いでしょう、きっと彼女は起きたばかりで喉がカラカラでしょうから水も忘れずに」
「・・・・・・感謝・・・する」

これ以上の言葉は不要だった。最後の対魔結界発生塔へと向かうハロルドとミシェーラを止める者は、この国にもう誰一人として居ないからだ。

そして幾ばくもない間に、グラン・フォグリア王国の周辺一帯を、薄桃色の霧が一気に包み込んだ。

霧に包まれて何事かと驚き戸惑う国民達、国中に混乱が広がる最中で1人、また1人と独身の男性達が何者かに押し倒されてゆく。

対魔結界塔の全てが、この国の中枢が魔の手に堕ちたのだと国民皆が理解したのは、国外から滝のようになだれ込んで来る魔物娘の軍勢を見てからの事。

その魔物娘達は皆、片手に号外の新聞を握りしめていた。

―――――号外!勇者ハロルド・カーライル!遂に魔王を討ち取る!来る次の満月の日にて、戦勝祝賀式典を開催!

グラン・フォグリア国営新聞社の発行した号外新聞・・・奇しくもそれが、淫魔の大号令への招待状となるのだった。







メインクエストの目的が「グラン・フォグリアを攻め落とし、新魔物領へと作り変える」から「ミシェーラと何時までも深く愛し合う」に変更されました・・・!

魔界勇者ハロルドは職業:魔界勇者から、蜃気楼の町ユメハツカの宿屋の主人に変更されました・・・!


ゲームクリア、おめでとうございます・・・!

25/09/20 23:39更新 / たっぷりとしたクリーム
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■作者メッセージ
最後に後日談を少々・・・それでこの物語は終了となります!

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