連載小説
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始まりは何時も突然、運命の女性へ心は燃える
俺の名はブラウン・ベーカー、21歳でパン屋の次男坊だ。姉の名はブルネット・ベーカー。住まい兼パン屋を営む実家は魔炎の都市アールデー・イグニスの一角、歓楽街の入り口付近という良い立地に建っている。

僕はこの名前が嫌いだった。だってブラウンでベーカーで実家はパン屋、何の変哲もない、苗字を名乗り始めた最初期の人々が適当につけたようなフルネームが僕は大嫌いだった。

何不自由しない程度には稼ぐことができ、ひと財産築き上げた親父は子供たちにパン作りを仕込んで店を託し、悠々自適に遊んで暮らすつもりだったのだろう。

だから物心つき始めたころから二人して親父からパン作りを仕込まれた。

当然、俺も姉さんも必死になって修行をした。朝早くから起きて生地をこねて窯に火を入れパンを焼く・・・そんな幼少時代だった。

しかしパン作りの才能は姉にほとんどを持っていかれたのか、姉さんのパンは柔らかくてふわふわ・・・俺の焼くパンとは大違いだった。売れ行きは何よりも正直で、店先に並ぶ姉さんのパンは午後を待たずに売り切れて、俺の焼くパンは二束三文の袋詰め行きがザラだった。当然ながら大人になるまで俺の心は劣等感に苛まれ続けることになる。

計画通り、姉さんが成人すると同時に店は姉さんに託された。そんな俺は何をしているか?成人になると同時に実家を飛び出して、博打を打ってその日の小銭を稼ぎ、酒を飲んで適当にそこらに見かけた女に声をかける日々。

「くそっ・・・やめだやめっ・・・」

そんな今日は最悪の日、打つ博打がことごとく外れてヤケっぱち、引き戸気を見誤った結果は気が付けばすっからかんの一文無し・・・これでは明日の博打を打つ元手すら残っていなかった。

「あーーー!!!くそっ!・・・帰るか・・・」

ひもじい懐のまま、建付けの悪い安アパートのねぐらへと戻る。冷蔵庫は空っぽでヤケ酒を買う金もない、ふて寝を決め込もうとしたときに親父から電話がかかってきた・・・どこまでもタイミングの悪い日・・・しかしこれを無視してもさらに面倒が待っているだけ、観念して電話に出ることにする。

「おう、おまえ暇してんだろ?明日から家に帰ってきて仕事を手伝え、バイト待遇だが給料も払うぞ?」
「・・・わかったよ親父」

渡りに船とはこのことで一文無しの俺に他に選択肢は無く、なけなしのプライドが傷つくだけだった。

「ふぁぁぁ・・・ねみぃ・・・ったく親父のやつ歓楽街の反対側に出張販売って・・・しかも設営は全部俺はやるし他の店員もいねえし・・・ヒドイ親父だぜ」

早朝の6時から実家近くの歓楽街の反対側へ重たいテントとテーブルとベーカー・ベーカリーの店名が書かれた登り旗、その他出張販売所の一式を設営する・・・自分一人で。

どうにか設営を終えた頃に姉さんが大きなワゴンを押してやってきた、中身はもちろん焼き立てのパンだろう。まだ距離があるのに甘い小麦の良い香りが風に運ばれて鼻をくすぐる。

自分自身で忘れようと努力していた劣等感が再び顔をもたげ始める。

「ひさしぶりねブラウン、ちょっとやせたんじゃない?」
「・・・姉さんは元気そうで何よりだよ」

出来る限り言葉尻にトゲが出ない等に返す・・・肩をすくめられてしまっているのも目を背けて気が付かない振りをする。

二人でパンを並べている間は無言だった。姉さんは日々店を切り盛りして大変な中で手伝いもせずに、自分は放浪していただけ・・・今更何を話せばいいのか分からなかった。

程なくしてパンを並べ終えるとまたお昼にお弁当と一緒に午後からのパンを持ってくるわねと言い、姉さんはワゴンを押して店へと戻っていった。

変わるようにお客様がテーブル前にパンを持って現れた、ありがたいことにかなりの盛況が期待できそうなほど人だかりができている。それは店にとっても僕にとってもありがたい話だった。儲けが出れば嬉しいに決まっているし・・・忙しさに気を紛らわせられるのも僕にとってはありがたい話だったからだ。

気が付けばお客様のラッシュもひとしきりさばき終えて、まだ午前9時過ぎだというのに出張販売のパンもほとんど空のカゴばかりになった。

姉さんたちに追加のパンを要請しなければと電話を掛けようとした時・・・

「店員さん♪オススメのパンはひとつ貰えるかな?」

前にソリ出した2つの大角、全身を揺らめく炎に黒い翼、豊満な胸元を惜しみなくさらけ出したボンテージのような服を着こなして颯爽と現れた魔物娘バルログを目にした瞬間・・・俺の心に火がついた。

「麗しきお嬢さん!僕と結婚してください!!! 」

気がつけば口が動いていた。身体は右膝をついて勝手に彼女の手を取って、僕は精一杯の礼をしていた。

遅れて理性がプロポーズの言葉を叫べと命じてきた。いきなりお前は何をやっているのだという考えは全くもって無く、そうするのが当然だという衝動が全身を突き動かしていた。

「え?!いきなり激しいお兄さんだねぇ・・・ん〜〜どうしよっかなぁ・・・」

まだ名も知らぬ彼女の顔すらもろくに見ないまま跪き、判決のときを待つ。自分の人生における史上最大級の判決だ。しかしてNOと言われようと僕はもう二度と他の女性に目をくれない確信があった。

もう僕には彼女しか見えていないのだ。

「ふむふむ・・・確かに原石っぽいね、それも特大のヤツ・・・もしかしてコレって運命の出会い?キャーーっっ♥いよいよウチにも春が来たっぽいっ?!?!」

こちらを値踏みするかのように全身を見つめられる。服装はパン屋の制服だしヒゲは・・・マズイ、顎の下に剃り残しが少しあるではないか!

「えーと、私の名前はアーデント・グルナ・アールデー・イグニス、この都市の当主をしております・・・貴方のお名前は?」
「ブラウン・ベーカー、パン屋の・・・アルバイトをしています」

なんということか、僕がプロポーズした相手はこの魔炎の都市アールデー・イグニスの当主様だったなんて!

現状の僕は彼女と釣り合わないというの次元の話ではない。

しかし1歩も引く気は無い、燃え上がる心が、魂が彼女への求婚を続けさせた。

「一生懸命身を粉にして貴女のために働きます!稼いだお金だって全部貴女のために渡します!」
「え〜別にウチお金には困ってないし〜〜他には?」

我ながらなんとも俗な求婚だった、もっと彼女の心の琴線に触れる何かをもって愛を伝えなければ、熱暴走する脳みそが次に導き出した答えは・・・

「だったら貴女のために世界一豪華な宝石をプレゼントしましょう!」
「ん〜それも違うかな、見ての通り私アクセにはこだわってるけど、それも困ってはいないし〜〜」

畏くも彼女の全身を改めて見ても良い許可を賜った僕ははじめて彼女が煌びやかなアクセサリーを身につけて、その宝石にも負けない魅力的な輝きを放っていることに気がついた。

改めて魂ごと彼女に惚れ直す。心の炎が更に強く大きく燃え盛る。

絶対に、絶対に、絶対に諦めてなるものか!!!

「だったら貴女の欲しいものをなんでも用意します!貴女が欲しいものはなんですか!?」
「ふふふ、ちょっぴり答えに近づいたね♥そうだね、私が欲しいものは・・・キミこそが用意出来る最上級のモノ・・・分かるかな?」

僕に用意出来る最上級のモノ・・・?お金でも宝石でもこの身の全てでも無い「何か」

それを彼女は求めている。それこそが此度の求婚の答え、それこそが麗しき高嶺の花を手にする勝利の鍵。

考える、考える、考える、考える、考える・・・

僕は一体何者だ、何を出来る?何が出来る?何をしてあげられる?

何も無い・・・僕はただのパン屋の次男坊で・・・いや、僕はパン屋の次男坊だ、彼女の為にパンを焼いてあげられる、でも出来はイマイチだ・・・いや、否、コレだと気付く、コレしか無いと一世一代の全身全霊を賭けて高らかに叫ぶ。

「僕はブラウン・ベーカー!パン屋の次男坊です!貴女のために最上級のパンを焼いてみせましょう!!!」
「ふふふ・・・やっぱり私の見込み通り・・・コレは・・・化けるね♥正解だよブラウン君、お見事だね♥」

やった!やった!成し遂げた!全身がつま先の爪の先まで歓喜に震えた。

「んふふ、ところでこの並べられているパンはあなたの焼いたパンかな?」
「っっ・・・いいえ、このパンは私の姉が焼いたパン・・・残念ながら私の焼くパンは美味しくないのです」

正直に告げる、そうするしかなかった。たとえ嫌われようとも彼女に嘘はつきたくは無かった。

「なるほどね、じゃあブラウン君、君に1つ仕事を頼もうかな・・・お昼ご飯にパンを1つ焼いてくれる?」
「喜んで!全力で作りましょう!」
「ふふっ・・・契約成立だね、お代は後で送るとして・・・あっ!ここの店番も要るね」

パンパンと手を2回叩く彼女、すかさず使用人たちが駆け寄ってきて何処で手に入れたのかうちの制服を身にまとい、僕の代わりに店番をしてくれることになった。

「んしょ・・・はい、コレあげる♪」

彼女から受け取ったのは先程まで彼女が両耳につけていたイヤリングの片割れ、燃え上がる焔のような細工に大ぶりの赤い宝石・・・素人目に見ても分かる高級品だった。

「ウチの屋敷の門番にそれを見せたら取り次ぐようにしておくから!それじゃあ改めてこのパンをひとつくださいな♪」

震える手で姉さんの焼いたパンをひとつ袋に詰めて手渡した。お代を渡してきた彼女の手が僕の手を包み込んでウインクをひとつ。

トキメキの電撃が全身に迸る。今季何度目かの惚れ直し。少女漫画のような反応、ドキドキと胸が高鳴る。

「それじゃあお昼を楽しみにしてるから!じゃあね!ブラウン!」

熱気にあふれたこの街なのに爽やかで甘酸っぱい涼しい風が吹いた気がした。

去ってゆく彼女の後姿が見えなくなってたっぷり小一時間微動だに出来なかった僕は急に再起動を果たす。時計を見ると10時ちょっと過ぎ、パンを焼かねばならない。内なる情熱が燃え上がって体を突き動かす途方もなく大きな活力となっている。

思わず走り出していた、脇目も振らずに全力疾走。目指すはベーカー・ベーカリー疎ましく思う我が実家も今や関係がない、ここでパンを焼くのだ。

「親父!ただいま!パンを焼かせてくれ!!!お願いだ!!!」
「っっといきなりだなブラウン?そうは言ったってこれから昼の分のパンを焼くってのにお前のパンを焼く余裕なんて」
「良いじゃない父さん、ブラウンがパンを焼きたいって言いだすのは滅多にないことよ?ちょっと無理したって聞いてあげましょうよ?」

今はこの店は姉さんが仕切っているのだ。その姉さんがOKといえば親父は引き下がるしかない。

「ありがとう姉さん!!まだ小麦は残ってるよね!?一人分でいいんだ!!」
「ふふ・・・ええ、ちょうど一人分・・・他の材料もないからシンプルな物しか焼けないけど」
「十分さ!ありがとう!!」
「ふふふ・・・今日の仕込み水は34か35度よ!そうねえ・・・ちぎりパンとかいいんじゃない?ホルスタウロスミルクはまだ少し残ってたはずよ!」

ありがとうと大声で返しながら大急ぎでエプロンを結び、丁寧に手を洗う。仕込み水代わりにホルスタウロスミルクを35度に温めて粉類の計量・・・姉さんの言う通りきっかり一人分しか残っていなかった。何年振りかのパン作りだが一発勝負だ、子供のころに必死になって修行したのだ、手順は今でも頭にしっかりと残っている・・・材料を合わせて慎重にボウルの中で混ぜ合わせる。

生地が一塊になったらいよいよ捏ねる、伸ばす、捏ねる、伸ばす。ちぎりパンのコネの目安は確か耳たぶ位の柔らかさ。捏ねる、伸ばす、捏ねる、伸ばす・・・

生地を指先で広げてゆっくり伸ばす・・・指先が透けて見えるがちぎれない。捏ね具合としてはOKだ。生地に温度計を刺す・・・27度、直ちに発酵器へと生地を入れる。

生地が膨らむのを発酵器の前で待ち遠しく待っていると姉さんがやってきた。

「なかなかいい感じに捏ねられたじゃないの!・・・で、どういう事かしらブラウン、貴方がいきなりパンを焼きたいだなんて・・・どういう訳か教えてくれるかしら?」
「・・・好きな人ができたんだ・・・その人がパンを焼いてほしいとお願いしてきた、だから僕はパンを焼くんだ」

お腹を抱えて姉さんが笑う、可笑しいのは分かる、子供のころあんなに修行して、自分で限界を決めつけて、投げ出して逃げ出した男が・・・今更になって惚れた女性のためにパンを焼こうとしているのだから。

「そう、そうだったのね・・・良いわブラウン、精いっぱいやりなさい?その子の頬っぺた叩き落しちゃうようなパンを焼きあげて見せなさいな!」
「ああ・・・姉さんもありがとう、そしてお願いがあるんだ」
「んん?なあにブラウン、ここまで来たらありったけの胸の内を聞かせてもらうわよ?」
「僕にパン作りを教えて欲しい、もっともっと美味しいパンを焼くために・・・最上級のパンを焼くために!」

姉さんの顔が驚きに変わる。気持ちは分かる、昨日までの僕が聞いたら自分自身でも絶対に信じないようなことを言っているのだから。

「・・・私はこの店があるから難しいけれど、父さんだったら・・・父さんにお願いしてみなさい?大丈夫、父さんったら遊び飽きて毎日ヒマしているのよ?きっと教えてくれるわ」
「分かった、そうするよ姉さん・・・本当にありがとう」

話が終わると同時にちょうど一次発酵が終わる。生地に指を第二関節まで突き込んでみて・・・へこんだまま、ばっちり発酵できているようだ。

すかさず生地を9等分に切り分けてオーブンを予熱、四角い型枠へ並べたらサラダ油を定量塗ってオーブンへ入れる。

焼き上がりが待ち遠しく思いながらひと先ず店番をしている親父の元へいく。

「親父、頼みがあるんだ」
「・・・悪いがお前の師匠にはなってやれそうにもないぞ?」
「っっ・・・どうして・・・?」
「俺はお前とブルネットに自分の知りうるすべてを教えたつもりだ、そしてお前は何だかんだ遊び惚けていてもパン作りの事を忘れてはいなかっただろう?だからこれから先はお前自身がパンと向き合い続けるしかないんだ」
「・・・わかった、親父・・・やってみるよ」

親父に背を向けて再びキッチンへ、焼き上がりまではもう少しだった。

程なくして焼き上がったパンを取り出す。焼き上がりはちょっとだけ形は不ぞろいながらも香ばしく甘い香りがキッチンへ広がる。

「へえ・・・なかなかいいじゃない!ほんとに久しぶりに焼いたの?」
「親父に頼んでみたけど、後は自分でパンと向き合うしかないって言われたよ・・・確かにその通りだと思う、これからたくさんパンを焼かないと・・・」

焼き上がったちぎりパンを包み、身なりを軽く整える。いざ・・・あの人の元へ行くときだ。

「行ってくるよ姉さん・・・いろいろありがとう」
「ふふ・・・行ってらっしゃい」

この魔炎の都市アールデー・イグニスの当主の屋敷はちょうど歓楽街のど真ん中に立地している。このパン屋からは歩いてすぐの場所、焼き立てのパンが冷めることは無いだろう。

屋敷の入口の門番に軽く会釈、右手に渡されたイヤリング、左手にパンの包みを持ち、高らかに告げた。

「ベーカー・ベーカリーのブラウンです、当主様にパンを届けに来ました」
「お話は伺っております、こちらへどうぞ」
24/09/06 01:26更新 / たっぷりとしたクリーム
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■作者メッセージ
3話くらいをめどに書こうかなって思っております・・・もちろんハッピーイチャイチャラブラブエンドだよ!!!

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