そのきゅう
これまでのあらすじ
〜〜濡れ衣の重ね着状態です〜〜
「…機嫌を直してってばぁ」
「不可能だな」
「そこをなんとか」
「…じゃあ俺への誤解をすべて解いて来い」
「不可能よ」
「………………」
サバトンでの揉め事も無事に解決し、再び『医の楽園』を目指す馬車の中で
猫なで声で詫びるマリナを、俺はつっぱねていた。
「お前からの要望が俺からの調教という解釈になってんだぞ。
魔物に敵対してる連中からデルエラのかーちゃんよりも憎まれてるとか
俺はどうしたらいいんだよ」
目をつぶるとあの罵詈雑言の嵐が鮮明に思い出される。
鬼畜だの、死ねだの、外道だの、呪われろだの、どれも実に心のこもった恨み言だった。
しかもサバトンの住人からも
『信じられん、あの勇者ウィルマリナを犬扱いするとは』
『勇者喰いと呼ばれるだけはあるわね』『デルエラ様が一目置くわけだ…』
という感じですっかり恐れられてしまった。
「おとなしくレスカティエの王城で、アタシ達と、ずーっと交わってればいいだろ。
ハーレムは男の夢だっていうじゃないか」
虜の果実にかぶりつきながら、教官がねちっこい視線を向けてきた。
「世の男がみんなそういう夢を持ってるわけじゃないんですが」
というより、それはハーレムという名の牢獄としか思えない。
「……それなりに治癒の魔法を使えるからそれなりに教国でも重宝されて
それなりに給金も貰ってそれなりの嫁を娶ってそれなりの家庭をもって
それなりの余生を過ごすという難易度低そうな人生プランだったのに
どうしてこうなった……」
おのれデルエラ。
「うまくいかなくてよかったね」「堕落神さまにかんしゃだねー」
おのれデルエラと堕落神。
「どうした、渋い顔して」
「あのさ…」
向かい合う体勢で俺の膝上に座り込んだプリメーラが、
眉をひそめながら問いかけてきた。
「なんで、そんなにニンゲンであることにこだわるの?
触手とか平気で生やしたり、男の子を堕としたりしてるくせにさ」
「そうよ。人間なんて、様々な理由で社会から管理や抑圧されてるだけの、ただの
囚人みたいなものじゃない。そんな虜のままでいたいなんて変よ」
人狼や淫魔から見たらそうだろうがな。
「人間って素晴らしい………とまでは言わんが、まあ、あれだ。
お前らにはとても大きな責任や重圧がのしかかっていたが、俺には
そういった厳しく頑丈な枷がなかったということだ。
だから、インキュバスになって、枷から解放されても
俺は自由という恵みがいまいち実感できんのだよ」
世間の風が冬のそれのように冷たいのは当たり前だと、ガキの頃に
理解したし納得もしたのに、それがいきなり
常夏の日差しになれば『これは違うよな。なんか』って、拒絶反応も出るさ。
「ウチらは救われましたけどね」
稲荷へ堕ちてから詳しく聞いたが、今宵も、なかなか
ハードな人生を送ってたよな。その年で身内の争いの中心人物になるのは
さぞかし苦痛だったろう。奉仕や自己犠牲への傾向が精神的にあるから、逃避もできず
追い詰められるように生きてきたようだし。
ジパングから離れたのも姉のためというからなあ。
「今から思えばアタシも、なんで自分の性をあれだけ否定してたのかと思うよ。
全く馬鹿げた話さ。どれだけ強くなっても、女は女だってのに」
あんたの場合は右目を失ってるからなぁ。
トラウマになって然るべきだ。
「お兄ちゃんだって、けっこう浮き沈みの激しい人生だと思うよ〜」
「そりゃそうだが、俺はお前らみたいに
義理やしがらみがほとんどないしな」
実の家族のようにサーシャ姉たちと暮らしてはいたが、基本は天涯孤独だし
家も土地も守るべき財産もないしな。我ながら人生のフットワークが軽すぎる。
「ずるいよね〜〜〜」
それは違うだろ。俺が運命と取引したとでもいうのか。
「……もしかすると、私達からの愛と快楽がまだ足りてないのかもしれませんね。
だから彼は、精神的にも人をやめるという、最後の一歩を踏み出せないのでしょう。
そうは思いませんか、皆さん?」
なに勝手に断定してんのサーシャ姉。
「わたくしたちが手ぬるかったということですか?」
「あ〜〜〜〜、確かに言えてるね〜〜。うんうん〜〜」
おかしいその結論はおかしい。
いや、魔物ならそういう結論を出してもおかしくないのか。
つまりこの場合は俺のほうがおかしい?
「なら今すぐヤっちゃおうぜ」
教官、それは無理ですって。
俺とあんたらがヤりまくって、性交の際に発せられる濃い魔力を
垂れ流してたら、馬車の轍の跡にそって魔界ができるぞ。だから服を脱ぐな。
そうなれば教団の軍勢が押し寄せて旅行どころじゃなくなるのは火を見るより明らかだ。
『喰って』しまえば、魔力が周囲に漏れることもないが…
…今はそこまでセックスしたい気分じゃない。
「わかったから、せめて夜まで待ってくれ」
――その夜。
月夜に響くのは嬌声ではなく、怒号や悲鳴、武器同士がぶつかり鳴り響く音だった。
「なんでこうなるのよぉ!」
踊るように魔剣を閃かせ、マリナが叫んだ。
「予感はあったけどなぁ!
サバトンであれだけ大立ち回りしたんだし!ぬりゃああぁ!!」
愛用のハルバードを荒々しく振り回して、教官がマリナの叫びに叫びを返した。
俺達は人間の一団に取り囲まれて戦闘の真っ最中だった。
鎧や盾の刻印からして、メイデナ聖騎士団に違いないだろう。しつこい連中だ。
「は〜い、えっちな気分になる毒霧だよ〜〜」
水をすくうような仕草をしているミミルの両手から出てきた紫色の霧が
騎士たちの方へ流れ込むように素早く向かっていった。
「うっ……ううっ!?熱い、身体が燃えるようだ!」「な、何これっ………あんっ!」
霧を吸い込んだ騎士や兵士が、我慢できず、次々と地面にへたり込んでいく。
高密度の魔力を練りこんで放たれた発情の魔法。性に免疫のない者にとっては
猛毒にも等しい威力だろう。
「くふふ……ウチの符術、とくと味わいやぁ」
怪しげな文字の書かれた符を今宵が宙へばら撒くと
それは意思を持っているかのように飛び交い、騎士たちへと張り付いていく。
「どうや?旦那様直伝の降魔の符は?」
その問いかけに返答できる余裕のある者はいなかった。
その符に襲われた者のほとんどは己の身体をむしばむ魔力に抗えず
失神してしまい、かろうじて意識のある者も軟体動物のように脱力していた。
「むっ?」
ふと頭上を見るとプリメーラが木から木へと飛び移りながら
「鹿撃ちより簡単だね!」と嘲笑して獣魔の矢を放ちまくっていた。
………ワーウルフというよりワーモンキーみたいだな。
「どうしたものか…」
十人ほど逃がしはしたもの、戦闘自体は俺達の圧勝に終わった。
倒した兵士達は近場にすんでいる魔物たちを呼び寄せて
『お持ち帰り』という名の後始末をしてもらった。
「いただきー」「あたしこっちもらいー」「女王様が気に入るといいなー」
などと口々に言いながら、異形の娘たちは腕や触手や尻尾などで
兵士達を捕らえて持ち去り、後に残ったのは所有者のいなくなった武器などだけだった。
「困ったな」
しかし、今後もこのような襲撃を受けるようでは、骨休めどころか
旅行の中止すら考えざるをえない。『医の楽園』の抗魔力肥料は
確かに魅力的ではあるが、面倒ごとには極力かかわりあいたくないからな。
「面白かったねー」「エキサイティングだったねー」
…その年で荒事が楽しいとか、こいつらの将来が非常に心配だ。
「ちょろいもんだね〜〜。赤子の手をちぎるって感じ〜〜〜?」
ミミルはもう仕上がってるので諦めよう。
一応、多数決をとるか。
やる必要もないだろうが、とりあえず念のためだ。
「このまま波乱万丈な新婚旅行を続行したいやつ、手を上げてー」
俺がそういうと全員が挙手した。やっぱりな。
「こんな程度で断念するわけないでしょ。むしろ旅のいいスパイスよ」
マリナ、お前はそれでいいだろうが、俺はそんなスパイスなんぞお断りなんだよ。
唐揚げにレモンっていう例え話を知らないのか?
「また襲われてもその度に撃退したらええし、別に問題あらへん」
襲われるということが既に問題だろ。
まったく、今宵も好戦的になったもんだな。
「せっかくの旅行ですしね。なんなら…………援軍でも本国に要請しますか?」
「サーシャ姉、それはもう旅行じゃなくてただの遠征だ」
――で、どうなったかというと、護衛の連中がとっくに要請していたらしく、
歩みを緩めていた俺達は追いついてきた援軍と
二日後に合流し、今では一軍を率いてハネムーンを続けていた。
「……ハネムーンってレベルじゃねえぞ」
〜〜濡れ衣の重ね着状態です〜〜
「…機嫌を直してってばぁ」
「不可能だな」
「そこをなんとか」
「…じゃあ俺への誤解をすべて解いて来い」
「不可能よ」
「………………」
サバトンでの揉め事も無事に解決し、再び『医の楽園』を目指す馬車の中で
猫なで声で詫びるマリナを、俺はつっぱねていた。
「お前からの要望が俺からの調教という解釈になってんだぞ。
魔物に敵対してる連中からデルエラのかーちゃんよりも憎まれてるとか
俺はどうしたらいいんだよ」
目をつぶるとあの罵詈雑言の嵐が鮮明に思い出される。
鬼畜だの、死ねだの、外道だの、呪われろだの、どれも実に心のこもった恨み言だった。
しかもサバトンの住人からも
『信じられん、あの勇者ウィルマリナを犬扱いするとは』
『勇者喰いと呼ばれるだけはあるわね』『デルエラ様が一目置くわけだ…』
という感じですっかり恐れられてしまった。
「おとなしくレスカティエの王城で、アタシ達と、ずーっと交わってればいいだろ。
ハーレムは男の夢だっていうじゃないか」
虜の果実にかぶりつきながら、教官がねちっこい視線を向けてきた。
「世の男がみんなそういう夢を持ってるわけじゃないんですが」
というより、それはハーレムという名の牢獄としか思えない。
「……それなりに治癒の魔法を使えるからそれなりに教国でも重宝されて
それなりに給金も貰ってそれなりの嫁を娶ってそれなりの家庭をもって
それなりの余生を過ごすという難易度低そうな人生プランだったのに
どうしてこうなった……」
おのれデルエラ。
「うまくいかなくてよかったね」「堕落神さまにかんしゃだねー」
おのれデルエラと堕落神。
「どうした、渋い顔して」
「あのさ…」
向かい合う体勢で俺の膝上に座り込んだプリメーラが、
眉をひそめながら問いかけてきた。
「なんで、そんなにニンゲンであることにこだわるの?
触手とか平気で生やしたり、男の子を堕としたりしてるくせにさ」
「そうよ。人間なんて、様々な理由で社会から管理や抑圧されてるだけの、ただの
囚人みたいなものじゃない。そんな虜のままでいたいなんて変よ」
人狼や淫魔から見たらそうだろうがな。
「人間って素晴らしい………とまでは言わんが、まあ、あれだ。
お前らにはとても大きな責任や重圧がのしかかっていたが、俺には
そういった厳しく頑丈な枷がなかったということだ。
だから、インキュバスになって、枷から解放されても
俺は自由という恵みがいまいち実感できんのだよ」
世間の風が冬のそれのように冷たいのは当たり前だと、ガキの頃に
理解したし納得もしたのに、それがいきなり
常夏の日差しになれば『これは違うよな。なんか』って、拒絶反応も出るさ。
「ウチらは救われましたけどね」
稲荷へ堕ちてから詳しく聞いたが、今宵も、なかなか
ハードな人生を送ってたよな。その年で身内の争いの中心人物になるのは
さぞかし苦痛だったろう。奉仕や自己犠牲への傾向が精神的にあるから、逃避もできず
追い詰められるように生きてきたようだし。
ジパングから離れたのも姉のためというからなあ。
「今から思えばアタシも、なんで自分の性をあれだけ否定してたのかと思うよ。
全く馬鹿げた話さ。どれだけ強くなっても、女は女だってのに」
あんたの場合は右目を失ってるからなぁ。
トラウマになって然るべきだ。
「お兄ちゃんだって、けっこう浮き沈みの激しい人生だと思うよ〜」
「そりゃそうだが、俺はお前らみたいに
義理やしがらみがほとんどないしな」
実の家族のようにサーシャ姉たちと暮らしてはいたが、基本は天涯孤独だし
家も土地も守るべき財産もないしな。我ながら人生のフットワークが軽すぎる。
「ずるいよね〜〜〜」
それは違うだろ。俺が運命と取引したとでもいうのか。
「……もしかすると、私達からの愛と快楽がまだ足りてないのかもしれませんね。
だから彼は、精神的にも人をやめるという、最後の一歩を踏み出せないのでしょう。
そうは思いませんか、皆さん?」
なに勝手に断定してんのサーシャ姉。
「わたくしたちが手ぬるかったということですか?」
「あ〜〜〜〜、確かに言えてるね〜〜。うんうん〜〜」
おかしいその結論はおかしい。
いや、魔物ならそういう結論を出してもおかしくないのか。
つまりこの場合は俺のほうがおかしい?
「なら今すぐヤっちゃおうぜ」
教官、それは無理ですって。
俺とあんたらがヤりまくって、性交の際に発せられる濃い魔力を
垂れ流してたら、馬車の轍の跡にそって魔界ができるぞ。だから服を脱ぐな。
そうなれば教団の軍勢が押し寄せて旅行どころじゃなくなるのは火を見るより明らかだ。
『喰って』しまえば、魔力が周囲に漏れることもないが…
…今はそこまでセックスしたい気分じゃない。
「わかったから、せめて夜まで待ってくれ」
――その夜。
月夜に響くのは嬌声ではなく、怒号や悲鳴、武器同士がぶつかり鳴り響く音だった。
「なんでこうなるのよぉ!」
踊るように魔剣を閃かせ、マリナが叫んだ。
「予感はあったけどなぁ!
サバトンであれだけ大立ち回りしたんだし!ぬりゃああぁ!!」
愛用のハルバードを荒々しく振り回して、教官がマリナの叫びに叫びを返した。
俺達は人間の一団に取り囲まれて戦闘の真っ最中だった。
鎧や盾の刻印からして、メイデナ聖騎士団に違いないだろう。しつこい連中だ。
「は〜い、えっちな気分になる毒霧だよ〜〜」
水をすくうような仕草をしているミミルの両手から出てきた紫色の霧が
騎士たちの方へ流れ込むように素早く向かっていった。
「うっ……ううっ!?熱い、身体が燃えるようだ!」「な、何これっ………あんっ!」
霧を吸い込んだ騎士や兵士が、我慢できず、次々と地面にへたり込んでいく。
高密度の魔力を練りこんで放たれた発情の魔法。性に免疫のない者にとっては
猛毒にも等しい威力だろう。
「くふふ……ウチの符術、とくと味わいやぁ」
怪しげな文字の書かれた符を今宵が宙へばら撒くと
それは意思を持っているかのように飛び交い、騎士たちへと張り付いていく。
「どうや?旦那様直伝の降魔の符は?」
その問いかけに返答できる余裕のある者はいなかった。
その符に襲われた者のほとんどは己の身体をむしばむ魔力に抗えず
失神してしまい、かろうじて意識のある者も軟体動物のように脱力していた。
「むっ?」
ふと頭上を見るとプリメーラが木から木へと飛び移りながら
「鹿撃ちより簡単だね!」と嘲笑して獣魔の矢を放ちまくっていた。
………ワーウルフというよりワーモンキーみたいだな。
「どうしたものか…」
十人ほど逃がしはしたもの、戦闘自体は俺達の圧勝に終わった。
倒した兵士達は近場にすんでいる魔物たちを呼び寄せて
『お持ち帰り』という名の後始末をしてもらった。
「いただきー」「あたしこっちもらいー」「女王様が気に入るといいなー」
などと口々に言いながら、異形の娘たちは腕や触手や尻尾などで
兵士達を捕らえて持ち去り、後に残ったのは所有者のいなくなった武器などだけだった。
「困ったな」
しかし、今後もこのような襲撃を受けるようでは、骨休めどころか
旅行の中止すら考えざるをえない。『医の楽園』の抗魔力肥料は
確かに魅力的ではあるが、面倒ごとには極力かかわりあいたくないからな。
「面白かったねー」「エキサイティングだったねー」
…その年で荒事が楽しいとか、こいつらの将来が非常に心配だ。
「ちょろいもんだね〜〜。赤子の手をちぎるって感じ〜〜〜?」
ミミルはもう仕上がってるので諦めよう。
一応、多数決をとるか。
やる必要もないだろうが、とりあえず念のためだ。
「このまま波乱万丈な新婚旅行を続行したいやつ、手を上げてー」
俺がそういうと全員が挙手した。やっぱりな。
「こんな程度で断念するわけないでしょ。むしろ旅のいいスパイスよ」
マリナ、お前はそれでいいだろうが、俺はそんなスパイスなんぞお断りなんだよ。
唐揚げにレモンっていう例え話を知らないのか?
「また襲われてもその度に撃退したらええし、別に問題あらへん」
襲われるということが既に問題だろ。
まったく、今宵も好戦的になったもんだな。
「せっかくの旅行ですしね。なんなら…………援軍でも本国に要請しますか?」
「サーシャ姉、それはもう旅行じゃなくてただの遠征だ」
――で、どうなったかというと、護衛の連中がとっくに要請していたらしく、
歩みを緩めていた俺達は追いついてきた援軍と
二日後に合流し、今では一軍を率いてハネムーンを続けていた。
「……ハネムーンってレベルじゃねえぞ」
12/04/02 08:16更新 / だれか
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