そのじゅうに
ギャンブルは好きじゃないんで出たとこ勝負ってのは嫌なんだが
トップの指示には逆らえず俺は武道会場の最前列へ向かった。
『迷子になると困るから単独行動は慎め』
俺は嫁達にそう言い聞かせ、自分の席に腰を下ろした。
だが、教官とミミル、サーシャ姉にだけは、
不穏な空気が漂っているから自然な感じで周りに気を配れと告げた。
あの三人ならそれなりに腹芸ができるだろうし問題はないはずだ。
「おにーちゃんお疲れ様ー」「おつかれー」
二人の幼な妻から可愛いねぎらいの言葉をかけられた。癒された。
「なるほど……教官とマリナは武器トーナメントで
プリメーラは徒手空拳トーナメントに出るのか」
武器のほうは、木刀、木の棒、短い二本の棒などを使用でき、
徒手空拳のほうは、綿入りの長靴と手袋を装着する。
決着方法は有効打とみなされた一撃を先に入れるか
武器を相手の手から離させた者の勝ち……ふむ、よくできてるな。
ミミルの説明を聞かされ、俺はルールの公平さに感心した。
「足にも爪のある魔物ってけっこういるからね〜〜」
うん、嫁に一人いるな。足がないのもいる。
「優勝候補は、このような感じですわよ」
姫様――いや、もう女王なんだよな――が、触手でつまんでいた
オッズ票を渡してくれた。
武器のほうは、マリナと教官が本命なのは言うまでもないが
他に『ブラックスワロウ』『鋼の嵐』『闇姫』といった
異名の三人もまた評価が高かった。
黒いドレスに身を包み、教団の兵達を優雅に打ちのめすサキュバス。
デュラハンの中でも若輩でありながら最強の一角と称される猛将。
蝙蝠を模した仮面で顔を覆った、レイピア使いのヴァンパイア。
オッズ票にはそんな簡素な解説があった。
で、徒手空拳のほうだが、こちらはプリメーラが一番人気で
それに続いて『鉄拳』『真紅の焔』などがあげられていた。
前者が素手の戦いを最も得意とするオーガで、後者が魔王軍でも
屈指の強さを持つ赤毛のワーウルフということらしい。
他にも団体戦があるらしいが、そちらは名のあるグループが
それほどいるわけでもなく『雨の旅団』と呼ばれる冒険者連中が
優勝をさらうのは間違いないようだ。
ちなみにマリナの解説は『魔界勇者』で、教官が
『ハルバードを極めた蛇神』、プリメーラが『魔狼の射手』だ。
大げさである。
『甘えん坊勇者』『デレ蛇』『わんこエルフ』でいいだろ。
「他にも隠れた強者がいるかもな」
「それは十分にありえる話でしょうけれど、きっと武器トーナメントは
メルセさんが優勝すると思いますわ」
「なんで〜〜?」
俺が思っていた疑問をミミルが口にした。
「間合いが長いほうが勝つのが自然ではなくて?
それに、彼女は魔物相手に長年戦ってきた玄人です。
主に人間と戦ってきた彼女らや、マリナさんよりも、経験が違います」
また意外と適切な理由が返ってきたな。
「旦那様はどう思うん?」
今宵が小首をかしげた。
「手堅い推測ではあるが、勝負ってのは時の運の要素が強い。
蓋を開けてみないと結果はわからないというのが正直なとこだ」
俺がそんな素晴らしい予想をしたところで、特設会場を震わせるような
開幕のドラが鳴り響き――大会が始まった。
「何もわからへんのと一緒やないですか」
いいや、結果がわからないことをわかっている。うん。
『それでは、これより…第一回レスカティエ武道大会を開催します!!』
会場の中心に設置された巨大な闘技台の上を飛び回り、
なんらかの魔法を使った司会役のハイテンションなフェアリーの声が
会場に異常に大きく響いた。
きっと闘技台そのものに拡声の魔法をかけたのだろう。
始まった武道大会だが、武器トーナメントから
いきなり大番狂わせが発生した。
大穴扱いだった『ネクスト』という露出の少ない服装のサキュバスが
『闇姫』と接戦の末に見事一本をもぎとり勝利したのだ。
「薄暗いとはいえ、日の光が刺してないわけではないから
本調子を出せなかったに違いない。絶対そう」というのが敗者の弁だった。
事実そうなのだろうが、それなら最初から出場すんなという話である。
そしてマリナの初戦だが、相手はなんと『ブラックスワロウ』だった。
どちらも優勝候補にして腕利きのサキュバスである。
これで盛り上がらないはずがない。会場のボルテージは一気に急上昇した。
俺をのぞいては。
「ふぅむ……」
先ほどの大番狂わせも、この試合も、式典前にマリナ達から受けた
お仕置きもそうだったが、なんとなく……………………か弱い感じがする。
まるで子猫のじゃれつきとしか思えないのだ。
…それは、今に始まったことではない。
かつて人間だった頃の彼女らや、魔性と化した後の彼女らからあれほど受けた
格の違いや威圧感、力強さなどが、いつからか全く感じられなくなっていた。
危険に鈍くなったか?
マリナ達に溺れて堕落したのか?
俺は自問自答を繰り返していたが、納得できる答えはいまだ出ない。
実力が拮抗しているため、多少戦況の天秤が傾くことがあっても
決定打を出すには至らないらしく、二人の舞姫は、
「ふっ!なかなか、やりますねっ!」
「あなたこそっ!はああっ!」
立ち位置を入れ替えつつ優雅に戦ってギャラリーを魅了していた。
他にも考えることはあるわけだし、せっかくかぶりつきにいるんだから
この悩みは後回しにして今は彼女らの猛々しいダンスを見物しよう。
「ブラックスワロウがんばれーーー。愛してるぞーーーー」
俺は思案を打ち切ると、気分転換に、マリナと一進一退の攻防を繰り広げている
ゴスロリ姿の黒髪ロング淫魔のほうを応援してみた。
応援しなさいとは言われたが、その対象については特定されてないし〜〜。
「なんで!?なんでそんなに意地悪なの!?馬鹿なの!?死ぬの!?」
俺は試合そっちのけのマリナに胸倉掴まれていた。
んでもってマリナの対戦相手は対戦相手で、恋人らしき金髪の美少年に
「あの人とどういう関係なんですか!?」などと詰め寄られて
しどろもどろになって潔白証明に苦心していた。
「冗談だって冗談」
「やっていい冗談とそうでない冗談があるのよ!!」
「し、試合を再開してもらえませんか…」
テンション低くなった司会のフェアリーがそう言ったがもうどうにもならん。
結局、号泣しながら会場を走り去る恋人をこれまた涙をこぼして
黒一色のサキュバスが追いかけていき、試合放棄でマリナの勝ちとなった。
「なかなかに酷い結末を演出したわね」
デルエラが冷たく呟いた。
またしても予想外のハプニングにより大会が一時中断する事件があったが
その後は無事に滞りなく進行していった。女王の顔色も無事だった。
マリナは順調に勝ち進み、準決勝で『ネクスト』に手こずったものの
危うげなく退けて一足先に決勝へのパスを手にした。
腑に落ちない試合ではあったが…
そして準決勝第二試合。
圧勝でここまできた教官の相手は、マリナとさして変わらない
年齢の若きデュラハン……そう、優勝候補の一人、『鋼の嵐』だった。
「ふふん、久しぶりに骨のある相手とやれるねぇ」
「奇遇ですね。わたしも同じことを思っていました」
ここまでの戦いぶりから、お互いの力量を把握した二人は、
好敵手と巡り合えたことへの笑みをこぼして得物をぶつけあった。
接近戦を嫌って教官が引けば『鋼の嵐』が間合いを一気に詰め、逆に
『鋼の嵐』が強引に近づこうとすると教官が棒で薙ぎはらう。
「ありゃりゃ、互角だね〜〜」
ミミルが不安そうに教官を見ていた。
「互角ではないさ。じきにわかる…教官の勝ちだ」
俺が自信満々に言うとミミルはおろか今宵達までが
「なんで?」という表情になったが、すぐに、俺の予言が当たったことへの
驚きのそれへと変わった。
「はああああああああっ!!」
「く……っ!」
教官の鋭い一閃が、才気溢れる若き魔将の木刀を跳ね飛ばした。
『一本!
勝者、レスカティエ軍所属、メルセ・ダスカロス!!』
フェアリーの判定の声を引き金に、敗者への健闘を称え、勝者を賛辞する
観客達の歓声が闘技台へと浴びせられる。
それに応えるように教官は棒を持ってないほうの腕を、空へと突き上げた。
「……フランツィスカ様の言った通り、年季が勝敗を分けたんだよ」
俺は教官の勝因を説明することにした。
普段は軽々と大剣を使いこなして敵を蹂躙するであろう
彼女の戦法も、威力よりも正確さやスピードが要求されるこの試合形式では
満足に発揮できはしない。
似たような戦い方をする教官も同様だがそこは経験の差がものをいう。
一本とみなされる一撃を何とか与えようと、慣れない緻密な戦法に切り替えた
『鋼の嵐』と違い、教官は武器に的を絞った。
これなら防げる、そう相手が確信してわずかに気を抜く瞬間を待ちつづけ、
そのチャンスが来たときに、教官は全力の一撃を放ったのだ。
「戦略勝ちだね〜〜」「ですわねー」
胸の前でパチパチグニグニと手と触手を叩き、ミミルとフランツィスカ様が
嫁仲間の勝利を喜んでいた。
「…おかしかったな」
「………おかしかったわねぇ」
俺は席を立ち、デルエラのほうへ近づいて耳打ちした。
「あの『ネクスト』とかいったダークホース、準決勝の後半あたりから
わずかにペースダウンしたぞ。故障したわけでもないのに」
「マリナも、それがわかってたみたいよ。勝ったのに不満げな顔してたし。
私達が警戒しながら観戦してることまでは、見抜けなかったみたいだけど」
マリナの試合の後にデルエラからアイコンタクトされた俺は
不審な態度を見逃さないよう『ネクスト』の試合だけはじっと観戦していた。
だから不自然な出力低下を見抜けたのだ。
まあ、ペースダウンしなかったとしても、彼女がマリナに勝てたかどうかは微妙だが。
「魔力の波長なんだが、普通のサキュバスとは違う感じだった。
なんかこう……似て非なるというか」
「そんなことまでわかるの?どこまで成長するのかしらね、貴方って………
…ところで、彼女、団体戦にもエントリーしてるわ。
『名誉の五人』という無名チームのリーダーとして」
「そちらが本命で、個人戦では底力を隠した、という線はないか?」
「それは団体戦の結果を見てみないとわからないわね。
他にも、徒手空拳にエントリーしてる『サード』ってワーウルフも
そのチームの一員で、我々の監視対象にもなってる」
なんとなくデルエラの声がわくわくしていた。
「一網打尽、できそうだな」
俺はデルエラの肩に手を置いて軽く叩き、席に戻ることにした。
決勝だが、教官のほう応援したらマリナがついに泣きそうになったので
困った教官が花を持たせてやろうと彼女に負けてやったら
『そんな手抜きの白星なんていりません!彼の応援がほしいの!』と
駄々っ子のように俺を指差しまくって逆効果。
考え付く限りの言葉で俺が応援激励して機嫌を直したのだが
いまさら試合再開しようにも、こんな空気でやれるわけないので
そのままマリナの優勝になった。
最後までグダグダの流れにデルエラはついに天を仰ぎ
大好きなお姉さまの失態にサキュバス応援団は悲嘆に暮れつつも
「これはこれでアリ」などと胸をキュンとさせていたそうな。蓼食う虫も好き好き。
トップの指示には逆らえず俺は武道会場の最前列へ向かった。
『迷子になると困るから単独行動は慎め』
俺は嫁達にそう言い聞かせ、自分の席に腰を下ろした。
だが、教官とミミル、サーシャ姉にだけは、
不穏な空気が漂っているから自然な感じで周りに気を配れと告げた。
あの三人ならそれなりに腹芸ができるだろうし問題はないはずだ。
「おにーちゃんお疲れ様ー」「おつかれー」
二人の幼な妻から可愛いねぎらいの言葉をかけられた。癒された。
「なるほど……教官とマリナは武器トーナメントで
プリメーラは徒手空拳トーナメントに出るのか」
武器のほうは、木刀、木の棒、短い二本の棒などを使用でき、
徒手空拳のほうは、綿入りの長靴と手袋を装着する。
決着方法は有効打とみなされた一撃を先に入れるか
武器を相手の手から離させた者の勝ち……ふむ、よくできてるな。
ミミルの説明を聞かされ、俺はルールの公平さに感心した。
「足にも爪のある魔物ってけっこういるからね〜〜」
うん、嫁に一人いるな。足がないのもいる。
「優勝候補は、このような感じですわよ」
姫様――いや、もう女王なんだよな――が、触手でつまんでいた
オッズ票を渡してくれた。
武器のほうは、マリナと教官が本命なのは言うまでもないが
他に『ブラックスワロウ』『鋼の嵐』『闇姫』といった
異名の三人もまた評価が高かった。
黒いドレスに身を包み、教団の兵達を優雅に打ちのめすサキュバス。
デュラハンの中でも若輩でありながら最強の一角と称される猛将。
蝙蝠を模した仮面で顔を覆った、レイピア使いのヴァンパイア。
オッズ票にはそんな簡素な解説があった。
で、徒手空拳のほうだが、こちらはプリメーラが一番人気で
それに続いて『鉄拳』『真紅の焔』などがあげられていた。
前者が素手の戦いを最も得意とするオーガで、後者が魔王軍でも
屈指の強さを持つ赤毛のワーウルフということらしい。
他にも団体戦があるらしいが、そちらは名のあるグループが
それほどいるわけでもなく『雨の旅団』と呼ばれる冒険者連中が
優勝をさらうのは間違いないようだ。
ちなみにマリナの解説は『魔界勇者』で、教官が
『ハルバードを極めた蛇神』、プリメーラが『魔狼の射手』だ。
大げさである。
『甘えん坊勇者』『デレ蛇』『わんこエルフ』でいいだろ。
「他にも隠れた強者がいるかもな」
「それは十分にありえる話でしょうけれど、きっと武器トーナメントは
メルセさんが優勝すると思いますわ」
「なんで〜〜?」
俺が思っていた疑問をミミルが口にした。
「間合いが長いほうが勝つのが自然ではなくて?
それに、彼女は魔物相手に長年戦ってきた玄人です。
主に人間と戦ってきた彼女らや、マリナさんよりも、経験が違います」
また意外と適切な理由が返ってきたな。
「旦那様はどう思うん?」
今宵が小首をかしげた。
「手堅い推測ではあるが、勝負ってのは時の運の要素が強い。
蓋を開けてみないと結果はわからないというのが正直なとこだ」
俺がそんな素晴らしい予想をしたところで、特設会場を震わせるような
開幕のドラが鳴り響き――大会が始まった。
「何もわからへんのと一緒やないですか」
いいや、結果がわからないことをわかっている。うん。
『それでは、これより…第一回レスカティエ武道大会を開催します!!』
会場の中心に設置された巨大な闘技台の上を飛び回り、
なんらかの魔法を使った司会役のハイテンションなフェアリーの声が
会場に異常に大きく響いた。
きっと闘技台そのものに拡声の魔法をかけたのだろう。
始まった武道大会だが、武器トーナメントから
いきなり大番狂わせが発生した。
大穴扱いだった『ネクスト』という露出の少ない服装のサキュバスが
『闇姫』と接戦の末に見事一本をもぎとり勝利したのだ。
「薄暗いとはいえ、日の光が刺してないわけではないから
本調子を出せなかったに違いない。絶対そう」というのが敗者の弁だった。
事実そうなのだろうが、それなら最初から出場すんなという話である。
そしてマリナの初戦だが、相手はなんと『ブラックスワロウ』だった。
どちらも優勝候補にして腕利きのサキュバスである。
これで盛り上がらないはずがない。会場のボルテージは一気に急上昇した。
俺をのぞいては。
「ふぅむ……」
先ほどの大番狂わせも、この試合も、式典前にマリナ達から受けた
お仕置きもそうだったが、なんとなく……………………か弱い感じがする。
まるで子猫のじゃれつきとしか思えないのだ。
…それは、今に始まったことではない。
かつて人間だった頃の彼女らや、魔性と化した後の彼女らからあれほど受けた
格の違いや威圧感、力強さなどが、いつからか全く感じられなくなっていた。
危険に鈍くなったか?
マリナ達に溺れて堕落したのか?
俺は自問自答を繰り返していたが、納得できる答えはいまだ出ない。
実力が拮抗しているため、多少戦況の天秤が傾くことがあっても
決定打を出すには至らないらしく、二人の舞姫は、
「ふっ!なかなか、やりますねっ!」
「あなたこそっ!はああっ!」
立ち位置を入れ替えつつ優雅に戦ってギャラリーを魅了していた。
他にも考えることはあるわけだし、せっかくかぶりつきにいるんだから
この悩みは後回しにして今は彼女らの猛々しいダンスを見物しよう。
「ブラックスワロウがんばれーーー。愛してるぞーーーー」
俺は思案を打ち切ると、気分転換に、マリナと一進一退の攻防を繰り広げている
ゴスロリ姿の黒髪ロング淫魔のほうを応援してみた。
応援しなさいとは言われたが、その対象については特定されてないし〜〜。
「なんで!?なんでそんなに意地悪なの!?馬鹿なの!?死ぬの!?」
俺は試合そっちのけのマリナに胸倉掴まれていた。
んでもってマリナの対戦相手は対戦相手で、恋人らしき金髪の美少年に
「あの人とどういう関係なんですか!?」などと詰め寄られて
しどろもどろになって潔白証明に苦心していた。
「冗談だって冗談」
「やっていい冗談とそうでない冗談があるのよ!!」
「し、試合を再開してもらえませんか…」
テンション低くなった司会のフェアリーがそう言ったがもうどうにもならん。
結局、号泣しながら会場を走り去る恋人をこれまた涙をこぼして
黒一色のサキュバスが追いかけていき、試合放棄でマリナの勝ちとなった。
「なかなかに酷い結末を演出したわね」
デルエラが冷たく呟いた。
またしても予想外のハプニングにより大会が一時中断する事件があったが
その後は無事に滞りなく進行していった。女王の顔色も無事だった。
マリナは順調に勝ち進み、準決勝で『ネクスト』に手こずったものの
危うげなく退けて一足先に決勝へのパスを手にした。
腑に落ちない試合ではあったが…
そして準決勝第二試合。
圧勝でここまできた教官の相手は、マリナとさして変わらない
年齢の若きデュラハン……そう、優勝候補の一人、『鋼の嵐』だった。
「ふふん、久しぶりに骨のある相手とやれるねぇ」
「奇遇ですね。わたしも同じことを思っていました」
ここまでの戦いぶりから、お互いの力量を把握した二人は、
好敵手と巡り合えたことへの笑みをこぼして得物をぶつけあった。
接近戦を嫌って教官が引けば『鋼の嵐』が間合いを一気に詰め、逆に
『鋼の嵐』が強引に近づこうとすると教官が棒で薙ぎはらう。
「ありゃりゃ、互角だね〜〜」
ミミルが不安そうに教官を見ていた。
「互角ではないさ。じきにわかる…教官の勝ちだ」
俺が自信満々に言うとミミルはおろか今宵達までが
「なんで?」という表情になったが、すぐに、俺の予言が当たったことへの
驚きのそれへと変わった。
「はああああああああっ!!」
「く……っ!」
教官の鋭い一閃が、才気溢れる若き魔将の木刀を跳ね飛ばした。
『一本!
勝者、レスカティエ軍所属、メルセ・ダスカロス!!』
フェアリーの判定の声を引き金に、敗者への健闘を称え、勝者を賛辞する
観客達の歓声が闘技台へと浴びせられる。
それに応えるように教官は棒を持ってないほうの腕を、空へと突き上げた。
「……フランツィスカ様の言った通り、年季が勝敗を分けたんだよ」
俺は教官の勝因を説明することにした。
普段は軽々と大剣を使いこなして敵を蹂躙するであろう
彼女の戦法も、威力よりも正確さやスピードが要求されるこの試合形式では
満足に発揮できはしない。
似たような戦い方をする教官も同様だがそこは経験の差がものをいう。
一本とみなされる一撃を何とか与えようと、慣れない緻密な戦法に切り替えた
『鋼の嵐』と違い、教官は武器に的を絞った。
これなら防げる、そう相手が確信してわずかに気を抜く瞬間を待ちつづけ、
そのチャンスが来たときに、教官は全力の一撃を放ったのだ。
「戦略勝ちだね〜〜」「ですわねー」
胸の前でパチパチグニグニと手と触手を叩き、ミミルとフランツィスカ様が
嫁仲間の勝利を喜んでいた。
「…おかしかったな」
「………おかしかったわねぇ」
俺は席を立ち、デルエラのほうへ近づいて耳打ちした。
「あの『ネクスト』とかいったダークホース、準決勝の後半あたりから
わずかにペースダウンしたぞ。故障したわけでもないのに」
「マリナも、それがわかってたみたいよ。勝ったのに不満げな顔してたし。
私達が警戒しながら観戦してることまでは、見抜けなかったみたいだけど」
マリナの試合の後にデルエラからアイコンタクトされた俺は
不審な態度を見逃さないよう『ネクスト』の試合だけはじっと観戦していた。
だから不自然な出力低下を見抜けたのだ。
まあ、ペースダウンしなかったとしても、彼女がマリナに勝てたかどうかは微妙だが。
「魔力の波長なんだが、普通のサキュバスとは違う感じだった。
なんかこう……似て非なるというか」
「そんなことまでわかるの?どこまで成長するのかしらね、貴方って………
…ところで、彼女、団体戦にもエントリーしてるわ。
『名誉の五人』という無名チームのリーダーとして」
「そちらが本命で、個人戦では底力を隠した、という線はないか?」
「それは団体戦の結果を見てみないとわからないわね。
他にも、徒手空拳にエントリーしてる『サード』ってワーウルフも
そのチームの一員で、我々の監視対象にもなってる」
なんとなくデルエラの声がわくわくしていた。
「一網打尽、できそうだな」
俺はデルエラの肩に手を置いて軽く叩き、席に戻ることにした。
決勝だが、教官のほう応援したらマリナがついに泣きそうになったので
困った教官が花を持たせてやろうと彼女に負けてやったら
『そんな手抜きの白星なんていりません!彼の応援がほしいの!』と
駄々っ子のように俺を指差しまくって逆効果。
考え付く限りの言葉で俺が応援激励して機嫌を直したのだが
いまさら試合再開しようにも、こんな空気でやれるわけないので
そのままマリナの優勝になった。
最後までグダグダの流れにデルエラはついに天を仰ぎ
大好きなお姉さまの失態にサキュバス応援団は悲嘆に暮れつつも
「これはこれでアリ」などと胸をキュンとさせていたそうな。蓼食う虫も好き好き。
12/01/17 17:26更新 / だれか
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