連載小説
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そのじゅういち
おわび――俺がマリナ達をあてにするため城に駆け込んでから
現在に至るまでの流れをなかったことにしてください――

などと時の女神に懇願したところで彼女がせっせと紡いだ
運命のタペストリーをいまさら二つ返事でほどくわけもなく
俺は世の無常さはかなさ残酷さを痛感していた。
「…あのねえ………貴方達、今いちゃつくのは流石にやめなさいな」
フランツィスカ様を挟んで俺の反対側にいるデルエラから
ため息交じりの叱咤がきた。しかし言う相手を間違えてるぞ。
「こいつらはともかく、俺が好きでいちゃついてると思うか?」
教官とマリナとプリメーラの三人がかりでペロペロされて、俺の顔は
すっかり彼女らの唾液で濡れていた。式典の真っ最中なのに
こいつらどうなってんだ。
さっきのプレイのときにメス犬メス犬って言い過ぎたか?
あとフランツィスカ様、こっそり俺の腕を掴んで指しゃぶるな。
「好きか嫌いかはともかくとして、とりあえず落ち着かせたらどう?
いつまでキャンディみたいに舐められてるつもり?」
機嫌が良いままにしておきたいんだがなぁ。
だが、確かにキャンディ扱いされてるのに嫌気がさしてきてはいる。
周囲の目が痛いというかわずらわしいからだ。
「そろそろ四人とも舐めるのストップしてくれ」
『やだ』
ハモるんじゃねえよ。
「やめないとあの色ボケ暴虐レズビアンに怒られるぞ」
俺は隣の隣の椅子に座るリリムを指差した。

「こいやオラ、なんだビビッてんのか、おい?」
「もう変な顔しながら挑発しないで!デルエラ様ストップストップストップ!
私達が悪かったですからお願い止まってーーーーーー!!」
「わかったわマリナ……だから、みんな、私から離れなさい…」
「わ、わふっ!それはわかっている目つきじゃないですっ!」

予想外のハプニングにより式典が一時中断する事件があったが
その後は無事に滞りなく進行していった。
ただ、俺とデルエラとの間にギスギスとした空気が蔓延したせいで
挟まれていたフランツィスカ様が人間だった時のように顔色を悪くしていた。

最後に不機嫌そうなデルエラが短く締めくくって式典は終わり、
俺は武道大会が始まるまで、マリナ達につきそって
出場者でごった返している大広間に来ていた。
そこでは式典の後片付けと大会の準備がととのうまでの間、出場者達が
各自思い思いの時間潰しをしていた。
精神統一する者や、頬を赤らめて恋人と会話する者、青ざめて緊張する者、
床で柔軟体操をする者、無言で椅子に座っている者と、実に様々だ。
中にはああいう者もいるが。
「ウィルマリナ様なら優勝間違いなしですよ!」「夫と一緒に応援するからね!」
「はうぅ〜〜お姉さま〜〜〜〜〜」「目をつぶるだけで
ウィルマリナ様の勇姿がまぶたに浮かんできます…ああっ、もうだめ……」
大広間の中央に、なんともまた
姦しい雰囲気を漂わせている一団があった。
マリナを中心として五十を超える数のサキュバス達が集い
黄色い声をあげて百合の薗を形成していたのだ。すげー。
「彼女ら、式典のあいだもずっとここで待機してはったそうですよ。
みな、元々は人間やったけど、マリナに堕とされてああなったんやとか。
中には人間だったときに彼女から
剣の手ほどきを受けた者もおるって言うてはりました。
なかなかの人望………うん?この場合は魔望になるんかな?」
ふんわりとした狐の尻尾を俺の腕に絡めながら、稲荷へと堕ちた
ジパング出身の退魔師少女――今宵が説明をしてくれた。
なぜ尻尾を絡めているのかというと両手にお菓子を持っているからである。
「ありがとう。あなた達の声援があれば、負けたりしませんよ。
いえ、あなた達のためにも絶対に勝たねばなりませんね」
決意を感じられる微笑を見せてマリナがそう言うと、周りの魔物娘たちは
ため息を漏らしながらうっとりと顔を緩めていた。
何人かは我慢しきれず己の股間をいじってるが見なかったことにしよう。
「ああいうところは、救世の英雄とか
最も神に愛されし戦乙女とか言われてた頃と変わらんな」
「はあ………魔物になっても同族から心酔される点は
同じって、彼女、やっぱりすごいんやなぁ………」
凛々しく剣を掲げ、教国の兵達の前で堂々と熱く理想を語り、
その士気を著しく跳ね上げていた頃の彼女を思い出す。

『我々は勝ちます!いえ、勝たねばなりません!
世界のために、主神の御心のために、私達の未来のために、必ずや!』

……あれが本心からではなかったとはな。
俺は嘆息して、かぶりを振った。
無数の歓声を浴びる中、マリナはただ一人、心を冷たく
閉ざしていたのだろう。勇者を演じ、聖なる乙女を演じ、教国の期待通りの
英雄を演じ……それに比例して、儚くなっていくあいつの中身。
煌びやかな成果に目が眩んだ権力者たちには、それがどれほど
危うくもろいものか何一つわからなかった。
そういう隙こそ、魔物がつけいるにはもってこいだと知らずに
自分達が作り上げた偶像に満足し、酔いしれていた。その結果がこの様だ。
もはや奴らがこのレスカティエを取り戻すことはできまい。
空っぽの偶像ではなく、真に生きている勇者を
あのお利巧な連中が育成するなど、夢のまた夢だからな。
選択を誤ったものが痛手を負うのが世の常であり、神の教えに従おうと
魔の誘惑に屈しようと、それはくつがえせない決まり事だ。
誤りの代価は、決して消えない傷として延々と語り継がれよう。
魔界国家レスカティエの繁栄とともに。
ところで、この麦酒うまいな。どこ産だろこれ。

「いい加減にお酒から離れたらどう?」
物思いにふけりながらジョッキの中身を楽しんでいた俺に
マリナが淫魔オンリーの応援団を引き連れ、話しかけてきた。
「数少ない嗜好の一つなんだから勘弁してくれんか」
「あなたの場合は度がすぎてるんだって」
「精神のバランスが傾くくらいまでのめりこむのが嗜好だろう」
「それは中毒っていうの!」
ああ言えばこう言うとは、こいつのためにある言葉だな。
「あなたってほんと、ああ言えばこう言うのね」
うわ先に言われた。
「……まあ、武道大会といってもそれほど堅苦しいものじゃないし、
どちらかというと、お祭り騒ぎという雰囲気だしね。今日くらいは
大っぴらに飲んでも許してあげるわ。許したくないけど。
それと、応援は絶対にしなさいよ。わかった?」
椅子に座ってる俺と目線を合わせるため、少し前かがみになった
マリナが、腰に手を当て、俺の鼻先にしなやかな指を突きつけてきた。
「言われなくてもするから心配すんな」
先ほどの丁寧な口調とは違う、いつもの砕けた喋り方のマリナに
俺は空のジョッキを振りながら適当に承諾した。
「ふふっ、期待してるからね…………………んっ」

ちゅっ

「んむっ?」
マリナの顔がすっと近づいたかと思うと、唇に柔らかな感触がきた。
「えへへ………祝福のキス、先にいただいちゃった」
舌を出してマリナが嬉しそうに体をくねらせた。
それから一拍の間を置いたのち、
『きゃあああああああああああああ!?』
予想通りにサキュバスの悲痛な大合唱が大広間にこだました。
「あううお姉さまあああああ!!」「ウィルマリナ様の唇があああ!!」
「……これは夢よ、悪夢なのよ……ブツブツブツ…」
どうするんだこの有様。
「ちょっ!?みんな、お、落ち着きなさい!」
マリナが困惑していると、大広間の奥の廊下から、いくつもの足音が
こちらに向かってきた。医務室で待機していた
バフォメットやダークスライムの医師に、ナースキャップをかぶった
ダークプリースト達が、何事かと駆けつけてきたのだ。
「あ、サーシャさんや」
今宵がいち早くサーシャ姉を見つけた。
「今宵さんに、あなたまで…これは何の騒ぎなんですか………?」
いまや大広間は騒然となっていた。

で、マリナやサキュバス応援団は仕方ないとして
なぜか俺までデルエラに怒られた。解せぬ。

「気をつけなさい」
「わかったっつーの」
さっきまで説教部屋だった一室で、俺とデルエラは
年代ものの机を挟んで魔界産のワインを飲んでいた。
「さっきの件についてじゃないわよ。どうも………きな臭いのよね」
「人間でも紛れ込んでるとか?
別に、脛に傷のあるやつが紛れ込んでいても、不思議じゃないぜ」
魔界としてはこのレスカティエはまだ新興の地だ。
人間をやめていない者が入り込んでいてもおかしな話ではない。
…大半はやめることになるが。
「逃げ場を求めて…というより、性欲以外の、明確な目的を持っている…
そんな者が、あの会場に何人かいたのを感じたわ」
ほう?
「そういう感覚はあんたのほうが俺より優れているからな。
しかし、取り越し苦労ではないか?
記念式典はともかくとしてだ、武道大会そのものを目的とした者が
数多くいて当たり前なんだからさ」
「それはわかっているけど、それとはまた違う…
殺意や敵意めいたものを感じたのよ。だから念のために教えておこうと思って」
「目星は?」
「何人かは武道大会にエントリーしてる。
けど、それが全員かどうかは不明。今は泳がせてるのが現状ね」
「ひとり捕まえて、堕としてから聞きだすのも手だが」
「仲間同士でお互いの周囲を見張ってるかもしれないし、だとしたら
異変に気づいた他の連中を取り逃がす可能性あるでしょ?
できるなら一網打尽にしたいのよね〜」
「あえてバラバラに逃がして各個追いつめるってのも楽しそうだけどな」
口が耳まで裂けてるような悪い笑顔でこっち見んな。
「悪い笑顔してるわねぇ。マリナ達にそんな顔見せたらマゾ心を刺激させちゃうわよ?」
また先に言われた。
「とりあえず、一人になるのは避けなさいって、彼女らにも
それとなく伝えておいて。具体的には駄目よ。あの子達大げさだから。
無駄に獲物達を警戒させたくないしね」
そうなるとプリメーラには特に教えられんな。

ということで相談は終わった。
結論が、賽の目まかせというのは不安ではあるが…
12/01/17 17:22更新 / だれか
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■作者メッセージ
まさかドSサミットまで開催されるとは
さすがは魔界国家レスカティエですね。

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