白黒『偽りの正義と真実の悪』
【昔々の大昔
二人の天使がいた
一人は自分こそが正義だと信じてやまない大天使
一人は悪こそが真実だと信じてやまない堕天使
まったく異なる二人の思想はお互いを衝突させるには雑作もないことであった
大天使は剣を取り
堕天使は剣を取り
大天使は歌いながら剣を振り
堕天使は怒りながら剣を振り
かつての友であった二人はいつの日か敵となり
七日七晩戦い続けた
木々は消し飛び、大地は割れ、海は大荒れ
村は死に、町は飢餓、城は陥落
この世の終わりかと思われた戦争で
八日目の朝、荒れ果てた戦場に残されていたのは
一対の剣だけであった】
「この一対の剣『偽りの正義、真実の悪』には様々は伝説、異名、怪奇、災いなど等・・・が語り継がれております。
ある時は民衆を救う英雄の手元に。
ある時は大剣豪である二刀流の武士の手元に。
ある時は悪逆非道の限りを尽くした国王の手元に。
ある時は戦を招き入れる呪われた剣として。
多種多様に語られておりますが、ただ一つ確かなことがあります。
それはこの剣を手にしたものは凄まじい力を手に入れられるということ。
その力はただの腕力的な意味ではございません。権力、財力、発言力、戦闘力、魔力、指揮力・・・
ありとあらゆるものを手に入れられるでしょう。
しかし忘れてはいけません。
己の力に溺れ目的を見失った時、その大いなる力は自分に降りかかることになるということに。
そのとき貴女はどちらに傾いているか。
それによって貴女の命運は分けられるでしょう。
善と悪。相反する二つの力に惑わされぬよう己を保つようにして下さい。
それでは吉報をお待ちしております。
代金は後払いで結構ですから・・・」
※※※
聖騎士アリア=マクシミリアンは苦悩していた。
晴れて憧れであった聖騎士になれたというのに、己の戦闘力のなさに苦悩していた。
特に貴族でもなんでもない田舎出身の彼女が聖騎士と言う役職に就くに、どれほどの苦労と努力があったのかは想像するに容易い。一つ一つ、戦場で功を重ね幾多の敵を葬り、武力功績を認められるまでにどれほどの歳月がかかったことか。
ゆえに彼女は聖騎士になれた今でさえも、己の力はまだ足りないと思い込んでいた。
実際彼女は恐ろしく強者である。幾千の戦場を潜り抜けたその戦闘センスは他を圧倒するものがあるだろう。
だが彼女はまだ足りなかった。満足していなかった。
己を徹底的に磨き上げ、己の右に立つものは存在しない。自分の背中を任せられるのは自分のみ。
孤高に立つ絶対的強者。
彼女はそういう思想の持ち主であったのだ。
既に歴代最強とまで呼ばれている彼女であるが彼女自身はその異名は全くと言っていいほど信じていなかった。
強さへの飽くなき探究心はいつになったらこの私を満足させてくれるのだろうか。
最近そんなことを思うようになって気さえする。
「なるほど・・・確かにただの剣とは雰囲気がまるで違う」
どうにかしてもっと強くなれないものかと、悩みあぐねていた彼女はふと城下町で珍妙な骨董屋を見つける。
路地裏の一角にずいぶんと小ぢんまりした怪しげな店はこれまたずいぶんと小ぢんまりとした店主が一人で立ち尽くしているのみであった。
それ以外特に何のとりえも無さそうな骨董屋であったが、何故か彼女は吸い寄せられるように足を運び、店主の話を聞くうちに知らず知らずのうちに物品を拝借していたということだ。
するりするりと物品を覆っている布を外していく。
数枚の布で何重にも巻かれていることから、とても厳重に扱われているものであると言うことがわかる。
最後に何やら呪文が書かれた札が張ってあったが彼女はそれを見向きもせず剥がすと、物品の全容が露になった。
一つは『偽りの正義』と呼ばれたもので鞘、刀身、柄まで全てにおいて真っ白であり所々に金細工が装飾されたやや短めの、短剣と長剣の中間ぐらいの長さの剣。確かに切れ味は良いがどちらかというと戦闘向きのものではなく、専ら宝剣のように飾り立てるタイプの剣のようだ。透き通るような綺麗な刃は見ているだけで心が安らぎそうになる。
もう一つは『真実の悪』という赤黒い鞘、鎖が巻かさった鞘、吸い込まれそうなほど暗黒色の刀身である両刃の長剣であった。その禍々しさはなんと形容したらいいものか、彼女が今まで見たこともないようなほど黒くそして恐怖を感じた。
だが、恐る恐る手にしてみるとその見た目に反し驚くほど軽い。柄も一見掴みにくそうな形状をしているがいざ掴んでみると意外にも手にフィットし、その軽さと相成ってまるで剣を持っていないかと錯覚してしまうほどであった。
そして一番の驚きはその切れ味である。軽く確かめてみようと、切っ先に軽く指を当ててみたが、それだけで指に切り傷がついてしまった。断じて動かしてなどいない。指を当てただけである。
「すばらしい・・・これほどまでの業物があのような骨董屋に置いてあったとは」
彼女は二本『偽りの正義、真実の悪』を鞘に戻し、『偽りの正義』を腰に、『真実の悪』を背中に背負う形で装備した。
その途端なんだか彼女は今まで悩んでいたことが全て吹き飛んだような気がして、とても清清しい心地に誘われる。
否、悩みが消えたのではない、解決したのだ。
まるで剣から力が直接流れてくるかのように何かが流れてくるのを感じて、自分自身の力となるのを感じた彼女は体の内から何かが溢れてくる気がした。
そもそも初めから悩みなどなかったのではないかと錯覚するほどだ。
装備するだけで彼女の屈強な悩みを解決してくれるほどの力を持った双剣。彼女はとんでもないものを借りてしまったのではないだろうかとまた一瞬苦悩したがその悩みもまたすぐに消えてしまった。
――――――――
「そなたの功績を讃えそなたを聖騎士長に任命する。己の剣に誓い、民衆を我が国を守り通すことを誓うか」
「誓いましょう。私は必ずやこの国を守り抜き、防衛の要と呼ばれるような存在になります」
謁見の間では数十人の国の重役が見守る中、国王陛下直々に聖騎士長への昇進を認められている真っ最中であった。
例の双剣を手にした彼女は凄まじかった。
疾風雷火の如く戦場を駆け巡り、敵兵の中心で踊る二つの刃は味方からは守護天使と呼ばれ、敵国の間では双刀の悪鬼と噂されているほど驚異的なものになっていた。彼女一人が一個大隊に匹敵する戦闘能力を兼ねそろえていたのだ。
出陣する戦場では傷一つ負わずに対峙した敵を必ず打ち負かし、なおかつ味方への攻撃も最小限に抑え今までの倍以上の功績を次々と挙げていった。
彼女が出る戦闘では必ず勝利し、負傷者も限りなくゼロに近いことからまさしく彼女はこの国の守天使足りえる存在にまで上り詰めている。
守護天使と呼ばれる由縁については、彼女の容姿にも関係しているのだろう。
長髪の金髪。舞う剣戟と輝く魔法の嵐。まさに彼女は戦場の天使であった。
どうやら重役の中には田舎出身の彼女がここまで昇格するのに喜ばしく思っていないものもいるが、彼女はそんなことは眼中にも入れていなかった。
彼女の目的はただひたすらに強くなること。強くなりこの国を守り抜くことが彼女の全てであったのだ。
「そなたの更なる活躍に免じてこれからはそなたのみに特別な任務を要求することがあるが受け入れてくれるな?」
「もちろんです国王陛下。私の剣はいついかなる時もこの国の為にあるのですから」
腰の剣と背中の剣をかちゃりと鳴らす。
アリア=マクシミリアンといえば白と黒の双剣の使い手、という代名詞が既に出来上がっていたのだ。
彼女を彼女たらしめるには無くてはならないものである。
「良い返事だ。では・・・早速その特別任務に取り掛かってもらうとしよう。
そなたには一ヶ月の間有給を取ってもらう。その間に我が息子に剣術を指南して欲しいのだ」
会場が一気にざわつく。
だが、一番驚いたのはアリア自身であった。
「そのような重役が私に任されていいものなのでしょうか?
たとえ聖騎士と言えど田舎出身には変わりませんので・・・その、陛下のご子息と接することなど私には到底・・・それに私は他人に物事を教えるのはさほど上手ではありません」
「そう気にするでない。昔のように我が馬鹿息子に少し実際の剣術と言うものを体験させてあげたいのだ。
教えずとも実際に体験させてくれるだけで結構だ。それにあいつは昔となんら変わってはいないからな。どう接すればいいなんて考える必要はない」
「は、はぁ」
折角聖騎士長になれたというのにすぐさま戦場に出て活躍できないのは多少悔しいと思うところだが、国王陛下直々の依頼とならば断るわけにはいかない。
なに、たった一ヶ月の間ご子息と剣を交えれば良いということだ。焦る必要はない。
彼女は自らに言い聞かせる。
「わかりました、喜んでお勤めさせていただきましょう。早速今日から取り掛かりましょうか」
「いや、それは明日からで良い。今日はもう下がってよいぞ。ごくろうであった」
そう言い謁見の間を後にする。
聖騎士長昇進祝いというものもあったが、どうせ田舎出身の私を心の底から歓迎してくれるものなど誰一人としていないだろうから私自ら取りやめるよう願い出た。
これでいいのだ。私はただこの国の剣となれればそれで良い。
国の為に剣を振るい、英雄と呼ばれ歴史に名を刻み生涯を終える。それでいい。
後世に語り継げられ永劫人々の記憶から消え去らないように名を残せればいい。
・・・私はいつからこのように強さと名声を求めるようになってしまったのだろうか。少なくとも聖騎士に憧れ入隊したばかりの頃はただ活躍して聖騎士になり、いつの日か夫を貰い幸せに暮らしていたいと思っていた。だが、幾多の戦場を経験するうちに気が付けば私は己を磨き上げることにしか頭になくなっていたのかも知れない。
聖騎士長という役職になってしまった以上、もはや並の男は私の元へ寄り付こうとも思わないだろう。昇進して少しでも良い男と結ばれたかったという思いは多少なりともあるが、それが結果として間違いであったということに今更気がついたとしても遅すぎる話である。
もはや私に残されているのは闘争のみ。ならばその闘争を生涯貫き通していくしかないのだな。
・・・いや、もう一つの道がある。
全てを投げ出しどこか遠い地で生活するというのもまだ遅くはないのかもしれない。
今の戦いに明け暮れ鍛え続ける毎日は別に苦労しているわけではないが、昔の頃のように農作業をして自給自足の生活を送るというのも悪くは無い。そこに夫と数人の愛すべき子供がいればどれだけ幸せなのだろう。
兵法を練るのも、剣を握る必要もない穏やかな時間。夫と毎晩愛し愛される毎日を過ごすことの幸せさ。
ふっ・・・私はまだそういうことを考えることもできたのだな。
そんなことを考えているといつの間にか自室の目の前まで歩いてしまっていたようだ。
私は部屋に入り、祭事用の堅苦しい衣装を脱ぎ投げるとベッドに倒れこむ。
毎日の日課である双剣の手入れは欠かさず行なう。たとえ使用していなくとも何故か毎日剣を手に取り刀身を眺めなくてはならないという行動が、すでに体に染み付いていた。
剣を鞘から引き抜くと私の眼前にはいつものように漆黒と純白の刀身がギラリと煌く。
剣を見つめる私の顔はどういう顔なのだろうか。恐らく、他人が見たものならあまりの形相に引いてしまうに違いない。軽い麻薬中毒者のようにトランス状態になっているのだろう、剣から伝わるエネルギーを体の隅まで巡らせるように一心不乱に見つめるその様は狂気すらあるのではなかろうか。
刀身を舐めずり回し、瞬きを忘れるほど見つめ、汗ばんだ手で柄を握って放さない。
この剣を手に入れてからというもの、少し生活リズムが変わってしまったような気がする。
いくら働いても疲れがこないし眠らずとも力が滾ってくる。先ほどのように今までは考えもしなかったことを思うようにもなってきた。私はいったいどうかしてしまったのであろうか
ドンドンドン!
ドンドンドン!!
剣を握り恍惚に浸っている私。
ゆえに私の耳にドアを叩く音が聞こえるのは少し後になる。
「っかしいなぁ・・・戻ったってのは俺の聞き間違いだったか?」
ドアの外で若い男性の声が聞こえると私の意識ははっと現実に戻された。
荒い息遣いを整え鏡を見ると恐ろしく発汗していることに気づき私自身が驚きを隠せない
すかさず返事をし、双剣を壁に立てかけるとどこかおぼつかない足取りでドアへと向かう。
「す、すまない。少し仮眠を取っていたもので・・・えっ!?」
ドアを開けるとそこには私より身長が少しだけ大きめな細身の男性がローブを全身に羽織い立ち尽くしていた。
人目を遠ざけるように被っているようだが、逆にめだって怪しさが際立っている。
「や、やあ。久しぶりだねアリア・・・いや、今はマクシミリアン聖騎士長かな。部屋に入れてくれないか」
「王子・・・」
完全に突如として現れた来客は明日から一ヶ月間世話をする陛下の息子、この国の王子であった。
王子は人目を忍んで私の元へとやってきたのだ。
一体この私に何の用があるのだろう。というか、今の私の部屋はものすごく汚い。脱ぎ捨てた衣服や下着が山積みなっておりできれば入ってほしくないものだが・・・
いや待て、少しの間王子に待ってもらいその間に掃除をすればいいだけなのだが・・・どうしたものかありのままの私を見てもらいたいと思ってしまっている自分がいる。
以前はこんなはずではなかったのだがまぁいい。
「聖騎士長、ずいぶんと部屋が汚いようだけど?レディの部屋とは到底思えないな。
それに・・・寝汗か?凄い汗だぞ」
「アリアで結構ですよ王子。お恥ずかしいものです・・・最近はめっぽう忙しくなりプライベートの時間すらままならない状況でございまして」
よくこんなバレバレのそれらしい言い訳をつけたものだ。
あの剣を手にしてからというもの戦いのことしか頭に無かったのは事実だが、掃除の時間がなかったというわけではない。
先ほどのように掃除する時間も惜しむほど一分一秒でも長くあの双剣を手にとって触れていたいのだ。
異常と思えるほどに剣に執着している私。
「ところで王子。一体私めに何用ですか」
「それは、だな。その・・・あれだ、明日から一ヶ月の間世話になるから、少し挨拶をと思って、な。
最近はめっぽう隣国が攻めてきて忙しいって聞くしこんな大変な時期に世話になるもんだからな」
「は、ははっなんですか。王子も私と同じことを考えていたのですね。私も後ほど王子に挨拶に参ろうかと思っていたところなのですよ」
そうかだったのか、コソコソする必要なかったなぁと王子はにへらと笑う。
なんだろう。ふと、王子のはにかむ顔が一瞬。一瞬だけだがとても愛おしく思ってしまった。
胸のときめきというものを久しく忘れていた私にとって、この高鳴りはとても懐かしい衝動だ。
「そういうことでしたら、王子、立ち話もなんですしどうぞお座りになって下さい」
衣服が散らばっているのはいいとして、できるだけ下着は王子の視界に入らぬよう衣服の下に隠すよう少しだけ掃除をした。
掃除といえるのか疑問視するところだがそこは触れないようにしておこう。
「ち、近くないかいアリア」
「そうですか?でしたら離れますが」
「いや、いや結構だ。そのままでいい」
王子をベッドに座らせ、私はその王子のすぐ隣に座る形となった。
しかしこうやって久しぶりに見ると王子は立派に成長したものだ。
王子は私より2歳年上なのだがつい3年ほど前までは私のほうが身長が高かった。それが、ここ数年で少し遅れた成長期が来たのかみるみるうちに身長を伸ばし、体格も立派な成人男性らしくなりいつの間にか私の身長を抜かしてしまったものだ。
今までは弟のような感じがしていたが、これからは彼が兄のようになりそうだな。
いや、いずれは国王となるお方だ。兄というものよりも到底目上の人になるのだが。
国王となってしまったら、もう私ともこうやって雑談することも許されないのだろうか。
聖騎士長という高い役職のまま維持し続けていれればもしかしたら他の兵士よりかは対応が変わるかもしれない。
ということは王子と対等・・・とまではいかないが、少しでもまともに会話ができる関係を継続するというのなら私はこの役職から降りることは許されないのだな。
「どうした?顔つきが怖いぞ」
「あ、え、いやぁあははは・・・少し考え事ですよ。お気になさらないでください」
――――――――
「ぐっ・・・」
「勝負ありですね。王子、私の7勝0敗です。ですが着実に腕は上がっていますよ。私が保証します」
剣術の稽古をするようになってから早一週間が経とうとしていた。
これで私の7勝0敗だ。まぁ当然のことであろう。
陛下からは―習うより慣れろ方式でやってくれ―との仰せであったので、特に王子には軽く戦闘の流れやスタイルを教えた程度で特にコツやアドバイスなどはしていない。
「うーむいいセンいけると思ったんだがなぁ。やっぱ付け焼刃じゃムリか」
だというのに王子はこの一週間で私が驚くほどに成長を遂げていた。教えてもいない戦術を練り、現に私と勝負していた。
7戦目にして始めて私が冷や汗をかいたが、これが早いか遅いかは個々の感じるように様々であろう。
だが私は、戦闘においては絶対的自身と強さがあると自負している。その私を、たった7回目の稽古で冷や汗をかかせたというのなら恐ろしいものではないだろうか。
流石は国王陛下のご子息なだけある。陛下も若かりし頃は百戦錬磨の猛将であったと聞いているし、その血が王子にも確かに流れているのならうなずける話だ。
「強いなアリアは。その二刀流は我流なのか?」
「ええそうですよ。二刀流にしてからというもの、なんだか自信に満ち溢れてしまって・・・おかしな話ですよね」
私と王子は地面に突き刺さっている二本の剣を見ながら話を進める。
剣を手にしてからの、数々の戦場で挙げた武勇を。記憶に残る敵との闘争を。
私は知らず知らずに喋り過ぎていたようだ。
「凄いな、俺にもそんな力があればもっと違う人生もあったのかもしれないな・・・」
そうだなぁと共感する。
実際今の私には戦う理由さえあれば海でも山でも戦いに出かけてしまうのだろう。戦闘狂だ。
この力は必死に鍛錬して身につけた努力の賜物でもあるが、もはや今では剣から譲り受けてもらった未知なる力の方が私の本来の力をゆうに上回ってしまっているのだろう。
別に悔しくはない。
それよりも私はこの力のおかげで更なる戦闘へと出陣することができるのだ感謝しなければならない。
私の居場所はやはり闘争の中にあり、というわけなのだな。
「少し触ってみてもいいか?」
触ってもいい?
王子の申しだ、私には拒否する理由が無い。
む、王子の手が泥で汚れている。そのような汚れた手で『偽りの正義』を手に取ろうものなら、汚れが移ってしまうではないか。
私の純白の脇差である『偽りの正義』。
始めは使い勝手が悪いと思っていたが、使ってみれば意外と使いやすく、長剣である『真実の悪』のカバーできない部分を丁度よく補ってくれるから相性が抜群なのだ。
「・・・・・・」
・・・もし王子が剣に手を触れてしまったら。
泥が剣についてしまうだろうが後で拭けば問題なかろう。
ただの泥汚れじゃないか、気にする必要はない。いつも通り丹念に磨き上げれば解決する話だ。
いや、それよりも問題なのは剣の未知なる力が王子にも行き渡ってしまうのではないかということ。
私はあの剣を握ることにより力が目覚めた。ならば王子もまた剣を握れば力に目覚めるのではないか?
私が今まで一人で独占してきたあの力を王子も持ってしまったのならば私が持っている力はどうなってしまうのだろうか。
まさか・・・分散してしまうのでは・・・
そ、それだけはなってはならない。私はこの剣の力があるからこそ聖騎士長になれたのだ。その力が分散してしまうとなれば、私には聖騎士長を名乗る資格はなくなってしまう。
それは嫌だ!嫌だ!!私が私ではなくなってしまう!
おのれ・・・王子め・・・
私の数少ない居場所を奪おうというのだな。
私を国から追放しようというのだな。
許せぬ・・・
剣の力を横取りし、功績を上げ、自分自身は新たな国王になろうというのだな。その下卑た考えは見え見えであるぞ。
国王になった暁には恐怖政治で民衆を虐げるつもりなのだろう。なんと恐ろしいことか、絶対に阻止せねばなるまい。
ああ、その汚らしい手で私の純白の剣を犯すというのか。力を奪い取ると言うのか!
下衆め!絶対に許さん!!
「その薄汚い穢れた手を放せ!!さもなくば切る!!」
気がつけば私は心の声が発せられると同時に、走り出していた。
私は鬼神の如く勢いで突き刺さった剣の元へと走り寄ると、引き抜いた『真実の悪』を片手にその剣の切っ先を王子の首元につき立てた。
「・・・!?!?」
何が起きたかさっぱりわけがわからない様子の王子は、恐ろしさのあまり完全に動きが止まっていた。
蛇の前の蛙のように。
鷹の前の兎のように。
鬼気迫る彼女の姿に王子は疑問を抱くより前に、ただただ恐怖し萎縮していた。
―動いたら間違いなく切られる―
私の鬼のような視線は本気だった。
一転の曇りなく、ただ純粋に向けられる殺意。
目の前を男を許しておけるわけがない。罪人には天罰を下さなければならない。
守護天使の名の下に不浄は許してはならないのだ。
「次に私の剣に触れてみようものなら、貴様ら一族を全て肉片に変えてやろう。二度は言わないぞ」
彼女は地面に突き刺さっているもう一つの剣『偽りの正義』を引き抜く。
すると・・・どういうことだろうか。
先ほどまで容赦なく突きつけられた殺意と剣は驚くほど呆気なく薄れ、やがて消失した。
彼女の殺意がスーッと波が引くように徐々に徐々に薄れていったのだ。
と、同時に王子は彼女が明らかに可笑しいことにようやく気が付いた。
いや、愛国心の非常に強い彼女が王族を殺すなどという発言からもはや十分に異常であったのだが、その異常を覆すような異常が三度起きていた。
「わ、わた、わたしは・・・なんっなんてことを・・・あああああ・・・お許し下さいお許し下さいお許し下さい。
どうか聖騎士長からは除籍しないでください、お許し下さいお許し下さい。
どうか・・・どうか・・・神よ・・・うぅぅ」
泣いている。
あの鉄仮面と呼ばれどんな非常時も表情を崩さない屈強な聖騎士であるアリア=マクシミリアンがこの異常に涙を流している。
王子は幼い頃から彼女を見てきたが、彼女が涙を流すことなど今の今まで見たことも無かった。
本来ならば貴重な出来事だと感慨深くなるものだが、今回は状況が状況だけにそう思うことはできない。
国王の息子に冗談ではなく本気で刃を突き立て、さらには一族を殺すと言ったのだ。
聞き間違いではなく確かにその口で言った。
これが異常ではないとしたら何といえるだろうか。
「ア、アリア・・・お前は一体・・・」
問いかけたが依然彼女は泣き崩れているだけで返事は返ってこなかった。
今この場には泣き崩れているアリアと、冷や汗が垂れ流れて尻餅を突いている王子二人のみが何も会話を交わさずただただアリアのすすり泣く声と嗚咽が木霊しているだけであった。
と、ふと場の空気を一転するかのように一人の兵士が飛び込んでくる。
「伝令!休戦中である北の大国から敵兵の大軍団がこちらに進軍中!兵力およそ5万!
アリア=マクシミリアン聖騎士長は直ちに出兵準備をなさって下さい。陛下直々の命令です。
王子は陛下の下へお戻りになって下さい」
伝令兵の息切れから察するに本当に緊急の収集なのだろう。
よく耳を澄ませば城内を慌しく走り回る音が四方八方から聞こえてくる。
休戦中だというのに奇襲を仕掛けてくるとは、武人の風上にも置けない奴らだ。
王子はそう心から思った。
「た、立てるかいアリア」
既に精神的に慢心相違な彼女を立ち上がらせようとするが、あの重々しい双剣を掴んで放さないせいで持ち上げることすら叶わなかった。
仕方なく伝令兵と二人がかりでなんとか両肩を持つと彼女を兵舎へ運ぶこととする。
「・・・アリアはまた戦うことになるのかい」
「いえ、今度の戦場では指揮を執ってもらうとのことです。それに・・・このような状態では戦闘など到底・・・」
「それ以上は言うもんじゃない。アリアを頼むよ」
「もちろんです」
その後、北の大国との戦いが激しくなり、兵士達は遠方へ遠征してしまうので王子とアリアとの剣術稽古はたった一週間で終わってしまうこととなる。
兵の仕事だから仕方がないとは言え、折角アリアと少し仲が良くなれたというのにまた会えなくなるもどかしさが王子にはあった。
そして王子にはもう一つ思うところがあった。
アリアを運んでいる時に見つけた、腕にある黒い刺青のようなもの。
前まであんなものあったっけかと王子は疑問に思うのであった。
――――――――
おかしい。
何かがおかしい。
いつから私はこんなに変わってしまったのだろうか。
守りたい国などどうでも良くなってしまった。
あれほど誓いを立てた陛下はもはや私の中ではただの一般人と同等に成り下がってしまった。
おかしい。
最近よく私の中では天使と悪魔が拮抗していることが多くなった。
以前は直感で善と思えるものが、今では少し疑問に思い悪しき方向へと思考を向けさせてしまう場面もそう多くは無い。
実際に、指揮を間違え聖騎士長の座を降ろされてしまったのだから否定はできないというものだ。
敵国は魔物と人間の連合国であったにもかかわらず、兵士達に魅了耐性を付け忘れるという大失態を犯してしまったのだ。物理的な兵力の差で勝利したのはいいものの聖騎士長あるまじき行為として私に正当な処罰が下されるのも無理はない。
【でも貴女は頑張ったんだもの、負けはしなかっただけ良いではありませんか】
【アンタのぞんざいな指揮のせいでいっぱい味方が魔物なっちゃったんだよ?さらわれちゃったんだよ?かーわいそー!】
そうだ、そうなのだ。
私の指揮のせいで数多くの味方を・・・魔物にしてしまった。
結果として我が国の兵力は下がり、敵国の兵力を増強させてしまうハメになってしまったことも私の罪として架せられたものなのだ。
【でも・・・あの魔物となった女のヒトたちの顔ときたらいやらしくて下品でした】
【ずぼずぼハメちゃってねー♪で、なんでアンタは一人でオナってんの?】
おかしい。私はおかしい。
戦場で魔物となった味方の淫らな交わりは私の脳裏に焼きついて離れなかった。
女性というものはあのような声が出るのか・・・
あんな腰の動かし方もできるのか・・・
何よりあんなに嬉しそうな表情ができるのか・・・
初めて目の当たりにした性交は私の硬く守り抜いてきた心の「ナニカ」をいとも容易く崩壊させてしまうとは。
そういえば私も女なのであったなと。私にも気持ちよくなる権利があるのだなと。
そう思うと私は股間が熱く疼き・・・無我夢中で一心不乱に自らの秘部をかき乱していた。
求めるままに。欲望のままに。女として証明するために。
【性欲は人間に刻み込まれた三大欲求の中の一つです。逆らえないというのも無理はありません】
【アンタだって欲しいんだろう?あのでっかい棒でブチ抜かれたいんだろう?自分に素直になりなって】
欲しい。
だが、私にはそれは許されない。
私は守護天使だ。いついかなるときでもあらゆるものを守り抜く天使でなければならないのだ。
【あなたの守りたいものに自分の未来は入っていないのですか?】
頭の中の天使が語りかけてくる。
【幸せな家庭・・・家族・・・愛するわが子・・・貴女が守らなければならないものは国ではなく家族なのではないですか?そしてそれは貴女の最初の願いと直結しているのではないのですか?】
【国を守るということは国民の平和が許されるということだ。アンタは心優しいやつだからな、この国が争いのない平和の国となってから結婚して子供を作りたかった。そうだろう?愛する子供に戦時中を体験なんてさせたくないからなぁ】
最近は天使までもがまともなことを言わなくなってきた。
今までは私を支えてきてくれたのに、今ではどう考えても私を惑わせているとしか考えられないようなことを平気で口走ってくる。
だが確かに、私が国をああでもして守りたかった理由はもしかしたらこんなにも単純な、一人の女としての願いから来ているのだとすれば私も相当人間らしい人間だなと思う。
【だけどその為には、その夢を叶えるにはパートナーが必要です。貴女を一生支えてくれる愛すべきパートナーが】
【でももうアンタ、自分で気が付いてるよ。アンタはあの男と親密になりたいその一身で昇進してきたんじゃなかったのかい?】
悪魔の言っていることは明らかに嘘だ。
嘘なのだが、別に嘘でなくてもいいんじゃないか、と思う。
【貴女は嘘をついています。貴女が守りたかったものはこの国ではありません。この国に住まう彼を守りたかった。そうでしょう】
やめろ。
みなまでいうな。
それ以上は私自らが決断し納得しなければならない。
他者の意見に流されるようでは守護天使として成り立たないのだ。
【貴女が自分で決断し行動する。それもいいでしょう。さすれば運命は切り開けることになります】
【必要になったらいつでも呼べよなー】
私が自慰により絶頂を迎えると同時に頭の中の天使と悪魔は音も無く消え去っていた。
ここ最近はいつもこんな感じで丸一日を自室で過ごすことが多くなり、もはや聖騎士としての誇りや威厳もとことん底まで落ちに落ちぶれてしまっている。
だが、私にはあの剣さえあればいい。
あの剣を肌身離さず持っているだけでこの上ない安心感がこみ上げてくるのだ。もう私は闘争などしたいとも思わなくなっていた。
戦争が終わってから一週間。
もはやアリア=マクシリミリアンは限界だった。
頬は痩せこけ、立つときなど物につかまらなければ立てない状況だ。自慢の金髪は酷く痛み、以前のような艶は完全に消失してしまっていた。
だがそれらを失うと同時に、彼女の女性としての艶、匂い、仕草、欲望・・・
そういった今まで無くしていたものを取り返したような気がしたので彼女は格別悲観することはなかった。
だから自分の皮膚に明らかに模様と思えるような規則的なシミが出来始めても、気にすることは無く、剣の柄で秘部を何度も何度も刺激し、快楽のままに絶頂して膣液を垂れ流すことなど気にすることは無かった。
シミを指で伝うだけで体中を痺れるような快感が走る。
これは一体何なのだろうと彼女は疑問に思う。
よくよく見ると模様のような気もするが、いかんせん触るだけで体が過敏に反応してしまうのでおちおち調べられもしないのが現状であるのでどうしようもない。
だが察するに魔物関係の何かだということははっきりとはわかっていたが、それすらももはやどうでもよくなってしまっていたのだ。
ドンドンドン!
ドンドンドン!!
「アリア・・・夕食を持ってきたが・・・はぁ、今日も開けてくれないか」
彼女が戦場から戻ってきてからというもの王子は毎日、彼女の為にお忍びで飯を配給しに来ていた。
というのも、聞くに彼女はろくに食事も口にせず一日中部屋に閉じこもっているというのだ。明らかに以前のような威厳ある聖騎士と同一人物とは思えないほどの変わり具合である。王子が心配しないはずが無かった
昔は年下だが姉のような不思議な存在感があり、身の回りに歳の近い者は彼女以外いなかったのでよく遊び相手になってもらっていた。
最近は王子として勉学や政治を習わなければならないし、彼女も彼女で聖騎士なので任務に忙しいから王子自身から彼女とは少し距離をとるようにしていたのだ。
最近になってようやく落ち着き、お互い気楽に会話が出来るようになってきたと思ってきた矢先・・・この有様である。
だから王子は不思議でならなかった。
かの守護天使と謳われた聖騎士長が一週間部屋に引きこもってろくに食事も取らないという奇行をしているなど到底思えなかったのだ。
真実は自分の目で確かめるのみ。
そう悟った王子は彼女が扉を開けてくれるその日まで待ち続ける。
俺から開けては何の意味もない。アリア自身から開けてくれないと意味が無いんだ。
そう信じてやまなかった。
そして――
ガチャリ。
「・・・・・・今の私を私だと思っていてくれるのなら入ってきて下さい。大事な話しがあります。
以前の私のままでいたいのならばお引き取り下さいませ・・・」
部屋の鍵が独りでに外され、奥のほうからは酷くか細く、それでいて確かに彼女だと思える肉声で声が聞こえた。
一見するとどこにでもある普通のドア。
なのだが・・・・・・何かが違っていた。
彼はドアノブに手をかけた瞬間、悟る。
―ここが最後の壁なのだ―と。
常識と非常識を分かつ最後の壁がこのドアで、一度くぐってしまえば二度と常識の世界には戻って来れなくなるかも知れないと。
戻れば元の平穏な生活に戻れるが彼女を見捨てることになる。
進めば全てを捨ててでも彼女を選ぶ。
そう信じたくは無いが、このドアの向こうから発せられる異常なる気配を目の前にその考えはあながち間違っていないものだと認めざるを得ない。
「すうぅぅ・・・」
彼、王子は深く深呼吸をするとドアノブを引いた。
――――――――
まず感じたのは異臭。
つんと鼻につくこの異臭は今までかいだことも無いような匂いだが、なんとなく彼にはわかる臭いだった。
悪臭ではない、異臭。それは人の汗と女のにおいが混ざり合わさったような酷く官能的な臭い。
照明すらつけられていない部屋は不気味でとても彼女の部屋とは思いたくは無かったが、脱ぎ捨てられている下着や衣服を見るに彼女の部屋だと思うほか無い。
ひとつ「ブラウスのようなもの」を取り上げてみる。
それはもはやブラウスというにはあまりにも忍びないほどずたずたに引き裂かれ、原形を留めてはいなかった。刃物で引き裂いた跡、手で引きちぎった跡、口で噛み千切った跡・・・いったい彼女はどんな思いでこうするに至ったのか、想像すらも叶わない。
以前は綺麗な観葉植物が植えられていたプランターは今では、不気味に怪しい桃色の果実が実っていて怪異この上なかった。見たことも無い果実に興味を引かれたが、流石に得体の知れないものを手に取ろうとは思えるはずも無くそのまま無視して先へ進んだ。
「アリア、どこにいるん・・・っ!」
細い通路を抜けやや広い空間、恐らく居間であろう場所に出た。
と同時に彼は一歩だけ反射的に後ずさりする形を取る。
というのも先ほど感じた異臭が生易しいと思えるほど、この部屋の艶めかしさというか、色欲な雰囲気が彼を圧倒したのだ。
長時間ここにいては気が狂ってしまう。
そう感じた彼はアリアを探すよう自分を急かすようになるが、この暗闇の部屋の中ではなかなか見つかることは無かった。
そうしてやがて夜目が慣れた頃、部屋の全貌が薄ぼんやりと見えてきたことによって彼はいよいよもって押さえ込んできた感情が爆発しそうになる。
「は、はははっ、な、なんなんだよこれ・・・何だってんだよ・・・」
壁一面に綴られる文字と絵。
その文字は血のような赤と墨のような黒で壁一面に書き綴られており、もはや彼には何が書いてあるか理解できなかった。殴り書きのように一心不乱に書き殴られている文字は部屋の壁を一周し床も足場も無いほど書かれ、天井にもいっぱいに敷き詰められていた。
かろうじて読める文字の中でも一際「天使」「快楽」「神殺し」「家族」「永劫」の五文字が多く目に映る。
ぎっしりと書き綴られる文字の合間合間に、抽象画のように描かれるは天使と悪魔の姿。
天使と悪魔が互いに手を取り、人類と神を焼き殺している。
中には悪魔が攻撃されている絵もあったが、どれもこれも最終的には神を殺している絵に行き着くようになっていて純粋な恐怖を感じる。
目に映る全ての光景は狂気であり、また彼の頭も限界をゆうに越え狂気で埋め尽くされてしまいそうであった。
あまりの恐怖に彼が脚をふらつかせながら2,3歩歩こうとすると彼は更なる異常を感じる。
体が動かない。いや、厳密には動かせない。
体中の筋肉を総動員させてもピクリとも体は動かないのである。
「うふ・・・うふふふ・・・王子ぃ、やはり貴方は来てしまったのですね。待っていましたよ・・・私はずうっと」
奥の部屋から、くすくすと笑い声が聞こえる。
彼はこの声の主が彼女だとは信じたくはなかったがもはやここまで来てしまった以上この声が彼女によるものだと信じるほかなかった。
やがてしばらくして、彼の眼前に姿を現したのは・・・アリアであった。
「アリア・・・」
「王子、すみません。拘束の魔法をかけていただきます。私の目的のために」
「目的だと・・・一体それは」
「言わずともすぐにわかります。えぇ、それはそれはとても素晴らしい形で・・・」
その笑みは一体何を意味するものなのか。王子には深い意味はわからなかったが、ただ確かに言えることは良いことではない、ということのみであった。
彼女は剣術のみならず魔術にも相当長けていた実力者である。王子一人を拘束するなど朝飯前のことなのだろう。
彼女は指一本で王子を宙へと浮かし、ベッドへ仰向けに寝かしつけた。
そのすぐ側をアリアが腰掛ける。
「アリアお前、いつからそんな体に」
「あぁこれですか。私にもわからないのですよ、気が付いたらこんなに広がってましたので」
「それにその格好・・・せめて何か着た方がいい」
「それは、できないです♪だって・・・アツくてアツくて、服なんて着ていられませんもの」
下着姿すら身に着けていない彼女の姿はまさに生まれたての姿同然であった。
いつもは鎧に隠れていたその胸は意外にも豊満で、腰のくびれとその対比に出る尻の大きさに今一度彼女の女性らしさを直に実感する。
そしてこの前一瞬目にした刺青のようなものは、もはや今では彼女の体の半身にまで広がり、規則的な模様によって埋め尽くされてしまっていた。
彼女は刺青をするような女性ではなかった。
今の彼女は確かにアリアそのものなのだが、何かが違っていた。まるで何かに吹っ切れてしまったかのような、長年の枷が外されたかのような清清しく、そして禍々しい開放感に満ち溢れていたのだ。
「二つほど聞きたいことがある」
「はい♪なんなりと」
「お前は、アリアなのか」
「もちろん私は守護天使と呼ばれた元聖騎士長アリア=マクシミリアン本人です。まぁ今はただの聖騎士ですがね」
「・・・それを踏まえてもう一つ聞く。なぜお前はそうなってしまった。以前のような屈強な武人の面影はどこに置いてきた」
「王子・・・私はもう分かってしまったのですよ。闘争の無意味さを。命を奪う虚しさを。
そして新たに知ってしまった。生命の素晴らしさを」
そう語る彼女の顔はどこか悲しみの色をしていた。
違う。
俺が見たかったのはそんな顔じゃあない。
彼は続けて言う。
「だったら!・・・だったら俺がそうならない国を造る。戦争もない、種族差別もない、完全な平等社会を俺の手で造り上げてやる。だからアリア、そんな顔をしないでくれないか」
「ありがとうございます王子。ですが、貴方が頑張る必要はありませんよ♪もうすぐ・・・もうすぐで全てが終わり、新たな時代が始まるのですから・・・」
「どういう、意味だ」
「こういう意味です♪」
パチンッ、と彼女が指を鳴らすと彼の衣服は上着下着一切合財全てが弾け飛んでしまった。
ベッドの上で仰向けになり裸状態にさせられる王子。
依然体の身動きは取れぬままで、もがくことすら許されていない。
「なっ!?!」
「うふふ・・・あぁ王子サマ、私の体でこんなに興奮して下さったのですね」
「い、いやこれは違」
「嬉しい・・・流石は王子、立派なものをお持ちになっていますね・・・♪」
裸の王子を覆いかぶさるように彼女は彼の上にのしかかる。
彼女の垂れてきた大きな乳房が彼の筋肉質な胸板と擦れあい、互いが異なる感触を感じ取っていた。
王子とて一人の男である。眼前にスタイルの良い美貌の美女が裸で纏わり張ってきたら、自らの股間が反応しないわけがなくそれは、アリアと言えど例外ではなかった。
執拗に胸を押し付け、腰を擦り合わせてくる彼女の淫靡さときたらまるで昔絵に見た娼婦と何も変わらない。
「ねぇ王子、私最近神様の声が聞こえるようになってきたのよ」
「神・・・主神の声が聴けるようになったと言うのか」
「いいえ違う。私が聴くのはあんなカスみたいな奴の声じゃない。私に女としての生き方、人間として有るべき生き方を教えてくれた別の神様よ」
「別の神・・・・・・?」
「神様は言うの。『種付けは最も崇高すべき神聖なる行為である。快楽と色欲はこの世の理である』と。素晴らしい考えだと思いませんか」
「アリア、君邪神に唆されている。そんな声は聞くもんじゃない」
「王子は神様の言う事が信じられないの?」
ぺろり、と彼女は王子の乳首を舐め回し、吸い上げ、舐め回し・・・交互にそのねっとりとした快楽を王子に与え続ける。こりこりと舌で転がし、時おり軽く歯で甘噛みされるその気持ちよさ。愛おしさ。
絶妙に気持ちよく、かといって射精するほど激しい快楽攻めではないその行動に王子はただひたすら受け続けることしかできなかった。
「あは・・・凄ぃ、オチンチンがぴくぴくしてる・・・♪欲しい・・・貴方のものが欲しい」
「アリア・・・やはり君は魔物に魂を売ってしまったのか」
「いいえ、そうではありません。私は新たに受け取った、いやこれから受け取るのです。
貴方が欲しいから、貴方のすべてが欲しいから。貴方を手に入れられるのなら私は全てを捨ててでも構わない」
「それは酔狂というものだ。俺は王子で君は兵士である以上、どうにもなりはしない、仕方のないことなんだ」
「だから私はその身分の壁を壊すためにこうしているの」
彼女がもう一度指をぱちんと鳴らすと、今度は部屋の奥から二本の剣が飛んできた。
危ない!そう思ったが双剣は彼女の目の前で止まり空中に浮いたままである。
一つは『真実の悪』
その暗黒の刃は全てを飲み込む力の象徴であり、この剣を振るったときの彼女に敵う敵など誰一人として存在しなかった。
もう一つは『偽りの正義』
王子の記憶では純白の刀身だったと記憶していたが、今ではどす黒く・・・『真実の悪』よりも禍々しいフォルムで黒いオーラのようなものまで肉眼で見えるほどにエネルギーが迸っていた。
彼女の元に剣が飛んできた時には既に彼の疑問は確信へと変わっていた。
やはりそうか――
彼女が変わり始めたときと、彼女がこの剣を使用し始めたのはほぼ同時期であったことは前々から知っていた。
ただの剣二本が人の人格に影響する力などありはしないと思っていたが・・・それは俺の浅知恵だったようだと今更になって理解することになった。
『呪われた剣』だったのだ。
だが、少し彼は気づくのが遅すぎた。遅すぎたのだ。
「はぁ・・・はぁ・・・もう、我慢できない・・・っでもその前に」
素股状態で先ほどからずっと王子の肉棒に刺激を与え続けているので、もはや王子はいつ限界に達してもおかしくない状態であった。
快楽に耐え荒い息遣いをする王子をアリアはこの上なく愛おしいと感じ、背中から頭頂までぞわぞわと波が伝うのが自分でもわかるほど興奮している。
アリアは急に前にもたれかかってくるので、快感に耐えつつも様子を伺おうとすると――
「ちゅっ・・・♪」
それは何の変哲もないただのフレンチキス。
だがそれは互いにとって、人生初のものであり、それでいて嫌な想いなどまったくしなかった。
数秒時間が止まる。
「うふ・・・♪王子・・・私は貴方のことが大好きです。一目見た入隊式のあの日からずっと恋焦がれていました。でも私は、押さえ込んでいた・・・身分の壁が私の思いを押さえつけていました」
「・・・・・・」
「貴方と少しでもお近づきになるために一生懸命頑張って、王子と会えるような階級にまで上がって。でも私は気がつけば最初の目的を忘れ闘争に明け暮れる修羅へと成り下がっていました」
「アリア・・・」
「だから私は今この瞬間を持って、長年の願いが成就するのです。多少強引でも手段は選びません」
「・・・・・・俺もだ」
「??」
「俺も・・・・・・アリア、君に一目惚れをしていた・・・」
「えっ!?」
「俺も、入隊式のあの日君を見たあの瞬間から心惹かれていたのかも知れない。俺と一番歳が近くて一番親近感が沸いたし、何より一緒に過ごしてとても楽しかった。本当に楽しかったんだ。
だからアリアが部屋から出てこないときは凄い心配したし、アリアがアリアじゃなくなっていく光景を見てとても心が苦しかった。
じゃなきゃ俺はあの場でドアノブを引かずに、自分の部屋に戻っていただろうさ」
今度は王子からの突然のカミングアウト。
突然のキスで王子を動揺させてやったと思い込んでいたアリアにとって思わぬカウンター、それも大打撃なるカウンターをもろに受けてしまった。
王子の言葉をきっかけに彼女の内側から欲望が急激に加速していく。
その欲望はもはや体では抑えきれずにいた。
「王子♪王子っ♪好きです好きです、最初から好きです、いつでも好きです、何があっても好きです、どうしても好きです、今も好きです、愛しています♪♪
ずっと愛しましょう、子供も作りましょう♪、永久に愛しましょう、永遠に愛しましょう、永遠に生きましょう、時の進まぬ世界で私たちだけの楽園を築き上げましょう♪♪」
もはや彼女を止められるものなど何もなかった。
彼女の腰がふっと浮いたと思うと、素股でびちょびちょになった淫らな秘部は大きく口を開け王子のものの先端へとあてがう。
すでに王子も抵抗する素振りも見せずに、ただ彼女の行為に付き従うだけであった。
なぜ自分は彼女に対してだけ特別な感情を持つのだろうか。その長年の疑問が彼女を愛していたからという正当な理由であったことが彼はもう満足であったのだ。
「は、ああああ♪♪来る、きてるよ・・・王子のオチンポ、熱くて大きい・・・・・・んはぁ!♪」
「うはあっ!!き、気持ちいい・・・なんだこれは・・・」
ずんっ!と彼女が腰の力を抜くと二人は驚くほどすんなりと結合してしまった。
秘部から流れる純潔の証は、今この瞬間をもって彼女を純潔でなくなったと証明する液である。
普通はここからピストンを開始するのだが、彼女はそうせず驚くべき行動を取った。
まるで指揮を執るかのように指を縦に横に動かし操作している。
「さあ、貴方達も・・・キテ♪」
彼女が空中に浮かせてあった双剣の刃を自分のほうへと向けると――
ザシュ!
「あぐぅ!!・・・・・も、もう一本・・・はあんっ!♪♪」
「ア、アリア!?一体何を?!」
彼女の背中めがけて双剣が背中から胸に向けて貫いたのだ!
彼女は目をカッと見開き震える体で何かを感じ取っていた。
左背中に刺さる『真実の悪』
人の背丈くらいある長剣はその暗黒の刃を彼女の白い素肌を突き刺し、体内をかき乱している。
右背中に刺さる『偽りの正義』
長くもなく短くもない中途半端な剣であったがそれでも十分彼女の役に立っていた。以前のような清い純白の姿は完全に消失してしまっており、その黒い刀身から彼女へ何かエネルギーのようなものを送り込んでいるようであった。
驚くことに彼女の背中から垂直に刺さっているのに、彼女の胸には貫通せず切っ先は体内に留まっているのだ。
一体あの体のどこに行き渡っているのか、そもそも剣が途中で曲がったり折れたすることなど考えられない。
「わ、わたしのっ、ことは、き、気にしなくていいから・・・突いてっ♪私を突いて気持ちよくさせて・・・♪」
「言われなくても・・・ずっと待っていたことだっ・・・!」
「あああああん♪♪はあっ、あん、きもひ、いいっ・・・あんっ♪」
気がつけば体の拘束が解けていた王子は彼女に言われるがまま、そして自分の欲望のままに彼女を突き上げる。
パンッ、パンッと突くたび彼女の胸が上下に揺れ、それを見るだけでも興奮して更に肉棒が大きくなった気がした。
水の掻き混ぜる音が聞こえる。
嬌声が脳髄に響き渡る。
快楽が押し寄せてくる。
もはや王子、アリアにはこの行為を堪能に味わいやがて来る絶頂へと目指すことにしか脳がなかった。
「んっん♪♪いいよお♪!王子チンポさぁいこう・・・はぁっ、あふっ、んん♪♪もっと・・・もっとお!」
突き刺さる剣からは止め処なく何かが流れ込んでくる。
それは背中から全身に行き渡るようじっくりとねっとりと、酷くゆっくりだが着実にアリアをアリアでなくするものだということはわかった。
熱を持ったどろどろとした何かは体に行き渡った部位を作り変えるように、変異しているように体内で暴れている。
『偽りの正義』のオーラは表皮に沈着し、徐々に白く滑らかな素肌だったものが暗青色へと染め還られているのを見て、「ああ、やっぱり私生まれ変わるんだ」と直感で確信した。
「ほらほらほら♪♪こうやってぐにぐにってすると・・・あっはぁ♪キモチいいでしょ?♪」
「うっく・・・・・・それはキツイ、うっ、ぐっ、ふぅぅ・・・はああっ!」
気づけば自分の思うままに膣の内部を動かせることができ、王子のよがり苦しむ姿を見てとても彼女は嬉しかった。
この素晴らしい力のおかげで王子を手に入れられたんだ。王子を幸せにできるんだ。王子と・・・いや、ダーリンと一緒に気持ちよく慣れるんだ♪
「幸せっ・・・幸せっ、幸せっ、幸せぇ♪幸せっっ!!幸せぇぇ!!♪♪」
全身が暗青色に変わる頃には既に彼女の脳内には王子のことしか考えられなくなっていた。
表皮にあったシミのような模様は青白く光り始め、暗い暗室を皮肉かな幻想的に照らし出している。
と同時に、彼女の変化の最終段階が始まったようだ。
剣からエネルギーのような何かが送られて来なくなると、彼女はなんだか背中が無性に疼き出し剣がぶるぶると震え出してきた。
やがてずる・・・ずる・・・と突き刺さった剣はゆっくりと彼女の体から独りでに抜けようとするが、何かが引っかかっているのか思うように抜けてくれない。
剣を抜くよりも腰を振り続けることのほうが大事な彼女はだらしなく涎を垂らし、王子と叫びながら求め続ける。
だが、いよいよ剣が抜けそうなところまで来ると想像を絶する快楽が襲ってきて腰の動きもままならなくなってきた。
「あぐっ♪早く抜けて♪♪はやぐぅ♪!ああああっっ!!♪」
「はあっ、はっ、も、もう出そうだ・・・アリア、どうすれば、いいっ・・・はああっ!」
「あはっ・・・出して・・・♪私の中に全部出して♪♪貴方の子供、妊娠したい・・・♪出してぇっっ!!」
「わかっ・・・た、わかったよ・・・!ふぅっ、だ、出すぞアリア・・・あっ、あっあっ、うっ!・・・うはああああぁっ!!」
「あっあっ――ああ♪くるっ、クルっ!!はぁぁぁん!!♪イク、いっちゃうよぉ――!♪あはぅんっ!♪♪」
彼の肉棒の先端からは到底人間とは思えないほどの量の精液が彼女の膣を、子宮を縦横無尽に駆け巡る。
しかし、それでもなお王子の射精は止まらない。確実に孕ませるために欲望がそうさせたのか、ただ単に精が溜まっていたからだけなのか、もはや彼は人でなくなってしまったのか。
理由はどうあれ現に今でも彼の精液は出続けている。
そして、驚くべきは溢れるのが当然の量の精液を一滴もこぼさず全て受け止めている彼女であろう。
まるで吸収してるといわんばかりにドクンドクンと脈打つ腹は、すこしぽっこりと膨らんでしまっている。
「もう・・・少し、でっ・・・おわ、る・・・ああああああっ!!」
ずるずるずるっ!
ぶわぁぁぁ!
彼女の背中に刺さっている剣が勢いよく弾き抜け、空中へと舞い飛んだ。
剣の先端に引っかかっていたものとは、彼女の体内で新たに構成された器官である『翼』そのものであったのだ。剣が抜けると同時に押しとめられていた黒き翼は勢いよく傷口から突出し濡れ鴉のように体内の水が滴っていた。
部屋中に舞う黒い羽はまるで祝福の紙吹雪のように乱れ、彼女が人ならざる者へと昇華した瞬間を祝うようであった。
最後に空中で舞い飛ぶ双剣は互いに三度激しくぶつかり合うと、そのせいで生じた火花と破片はアリアの頭上に円を描くように回り始め、やがては本物の輪となった。
「はあっ・・・はっ、ア、アリア・・・なのか」
「んんっ♪ええ、そうです、よ。愛するダーリン♪私は生まれ変わりました♪♪そして貴方も・・・」
「綺麗だ・・・まさか守護天使が本物の天使になろうとは・・・はぁっ、美しい・・・」
「嬉しい♪この姿は全て貴方に捧げるもの。貴方は私にいついかなる時でもその性欲をぶつけてきてくれていいのです♪そして私も貴方に快楽を与える権利がある♪」
青白い素肌。
白く変わってしまった長髪。
夜鴉のように光を通さない翼。
神々しく、禍々しく光る刺青と光輪。
彼女は今、人間を脱した。
「さあ共に溺れましょう。時間の許す限り、永遠に、とこしえに、愛を、欲を感じるの♪」
「もちろんだ、もはや俺もアリアもお互いなくてはならない存在、生命共同体だ。だがその前に俺にはやならければならないことがある。それからでも・・・遅くはないんじゃないか?」
「それは私たちにとって有益なこと?堕落神様の為になること?」
「ああ、それはとっても楽しいことになる。その為にはアリアの力が必要なんだ。・・・協力してくれるか」
彼は生えたばかりの濡れた翼を手で撫で、優しく咥える。
魔物娘と化し、半身に快楽のルーンを刻み込まれた彼女にとって性感帯と呼ばれない部位が存在しなかった。
翼の付け根を指でなぞるだけで彼女はひくひくと振るえ、快感に酔うのだ。
「ダーリンの目的のためならば私は何をやっても厭わないよ♪」
「そうか・・・ありがとう。少しの間、俺のわがままに付き合ってくれ」
「じゃ、そのためにも力をつけなきゃ・・・♪んふっ、後5回くらいは出せるよね〜?♪」
「ああ、何だか今なら10回でも20回でも出来そうなくらいだ。力が・・・溢れてくる」
「急がば回れ♪今日はお互い愛を育みましょ?」
「それもそうだな・・・」
部屋に浮いた堕天使の彼女はとても神聖な気がして触り難い気もあったが、それを自分自身の手でいくらでも犯せると、自分色に染め上げることができると想像しただけで、再び肉棒に血液が溜まっていくのがわかった。
彼女もそんな俺のものを見て、娼婦の如く顔つきをし舌なめずりをすると俺の元へと飛び込んできた。
――――――――
「性堕天使様、我々の完全勝利です」
「アリアでいいっていってるじゃないもう。まぁいいわ、で、どんな調子?」
「自軍負傷者ゼロ、敵軍死傷者ゼロ、敵軍の捕虜は一人欠けることなく魔物化とインキュバス化に成功いたしました」
「うん♪結果は上々、これでまた信徒が増えるわ♪あと、同盟の件はどうなっているのかな」
「はっ、後日レスカティエから使者が参るとのことですが・・・いかんせんあの国は政治ごとにはルーズですので・・・約束どおり来るかは定かではありません」
「いいのいいの♪時間はたくさんあるんだし、ちょっとは待ってあげようよ♪レスカティエと同盟を結べれば、私たちの国に攻めてくる国はなくなるわ」
謁見の間では『堕落国家ルグドネ』の最高権力者兼統治者であるダークエンジェル・アリアが意気揚々と鎮座していた。
彼女の座るのは椅子ではない、椅子に座っている男の上だ。
かつて王子と呼ばれた男、ラズロリース=ルグドネ4世。彼女はその男の上に跨る形で腰を下ろした。
「俺の目指す王国が、決して遠くない未来できるだろう。それもこれも全てアリアのおかげだよ。ありがとう」
彼は玉座から城下町を見下ろす。
町は朝も昼も夜も、常に誰かが交わっており日夜問わず喘ぎ声と呻き声が木霊する素敵な町並みへと変化していた。
ダークプリーストがこの国の象徴であるアリアを崇拝し、それを基本とする新たな宗教も出来上がるのも時間の問題だろう。
空中ではサキュバスとインキュバスが空中セックスなどをして、公園のベンチではダークプリーストが礼拝をしながら犯され・・・まるで天国のような光景である。
作物は完全に魔界の物へと成り代わり、この国自体が巨大な魔界へと変貌していたのだ。
その噂をかぎつけた外の魔物がこの国へと流れてくる。
新しい魔界ができた、オトコが見つかる、気持ちよくなりたい・・・
そうやって完全なるサイクルが完成していた。
「私のおかげじゃないわ、この剣のおかげよ。これがなければ私はこの力を手に入れることはなかった。貴方を手に入れることもできなかった」
「でも、剣だけの力でもない。そうだろう?」
「・・・・・・ふふ♪そうかもね♪」
こうしてまたこの二人、性堕天使と元王子は伝令の報告を待つ間はひたすら腰を振り精を吐き出す作業に戻るのである。
彼女のお腹はすでに臨月状態にあったがそんなものはおかまい無しに、胎児に精液を浴びせるかのごとく何度も何度も精を送り込む。
そうして完成された国、時を刻み忘れた国は。
やがてこの国ごとパンデモニウムに移行するのもそう遠い未来ではないのであろう。
―双剣は独りでにぶるぶると振るえ、そして黒く光り輝くのみであった―
※※※
「オヤオヤ、お待ちしておりましたよ。
貴女はとても良いことをした。とても、とても、皆が幸せになる世界を作った。
私もとっても感動しておりますよ、ええ、ええ。
『偽りの正義』と『真実の悪』・・・
一見すると真逆の性質を込めているかのように思われる双剣ですが、実は裏を返せばほとんど変わりがありません。
正義を偽ると言うことはそれ即ち悪に繋がり、悪を信じると言うことはそれ即ち純粋悪であり・・・
要はこの世に善と確定できるものなど存在しないのです。
善か悪か、昔から人々はその二者択一に迫られ苦悩してきました。
それならいっそ、片方だけの世界を作れば良い。そうすれば悩むことはないと。
おかげで貴女は立派に堕天使へと昇華することができ、永劫の幸せを掴み取ることができました。葛藤し悩み苦しむ以前の貴女ではこの幸せを掴みとることなどできなかったでしょう。
ああ、代金はいりませんよ。国が一つ堕ちたのですから、それだけで私は十分満足な報酬です、ええ・・・
その剣も貴女に差し上げます。というより、剣が貴女の側を離れたがらないでしょう。
・・・では私はそろそろ去るとしましょうか。私のような根暗な者は魔物達が笑顔で暮らせるこの国には似合いませんので。
ではまたいずれどこかで会いましょう。そのときはもっと今以上に立派に淫らな国になってることを願っております」
二人の天使がいた
一人は自分こそが正義だと信じてやまない大天使
一人は悪こそが真実だと信じてやまない堕天使
まったく異なる二人の思想はお互いを衝突させるには雑作もないことであった
大天使は剣を取り
堕天使は剣を取り
大天使は歌いながら剣を振り
堕天使は怒りながら剣を振り
かつての友であった二人はいつの日か敵となり
七日七晩戦い続けた
木々は消し飛び、大地は割れ、海は大荒れ
村は死に、町は飢餓、城は陥落
この世の終わりかと思われた戦争で
八日目の朝、荒れ果てた戦場に残されていたのは
一対の剣だけであった】
「この一対の剣『偽りの正義、真実の悪』には様々は伝説、異名、怪奇、災いなど等・・・が語り継がれております。
ある時は民衆を救う英雄の手元に。
ある時は大剣豪である二刀流の武士の手元に。
ある時は悪逆非道の限りを尽くした国王の手元に。
ある時は戦を招き入れる呪われた剣として。
多種多様に語られておりますが、ただ一つ確かなことがあります。
それはこの剣を手にしたものは凄まじい力を手に入れられるということ。
その力はただの腕力的な意味ではございません。権力、財力、発言力、戦闘力、魔力、指揮力・・・
ありとあらゆるものを手に入れられるでしょう。
しかし忘れてはいけません。
己の力に溺れ目的を見失った時、その大いなる力は自分に降りかかることになるということに。
そのとき貴女はどちらに傾いているか。
それによって貴女の命運は分けられるでしょう。
善と悪。相反する二つの力に惑わされぬよう己を保つようにして下さい。
それでは吉報をお待ちしております。
代金は後払いで結構ですから・・・」
※※※
聖騎士アリア=マクシミリアンは苦悩していた。
晴れて憧れであった聖騎士になれたというのに、己の戦闘力のなさに苦悩していた。
特に貴族でもなんでもない田舎出身の彼女が聖騎士と言う役職に就くに、どれほどの苦労と努力があったのかは想像するに容易い。一つ一つ、戦場で功を重ね幾多の敵を葬り、武力功績を認められるまでにどれほどの歳月がかかったことか。
ゆえに彼女は聖騎士になれた今でさえも、己の力はまだ足りないと思い込んでいた。
実際彼女は恐ろしく強者である。幾千の戦場を潜り抜けたその戦闘センスは他を圧倒するものがあるだろう。
だが彼女はまだ足りなかった。満足していなかった。
己を徹底的に磨き上げ、己の右に立つものは存在しない。自分の背中を任せられるのは自分のみ。
孤高に立つ絶対的強者。
彼女はそういう思想の持ち主であったのだ。
既に歴代最強とまで呼ばれている彼女であるが彼女自身はその異名は全くと言っていいほど信じていなかった。
強さへの飽くなき探究心はいつになったらこの私を満足させてくれるのだろうか。
最近そんなことを思うようになって気さえする。
「なるほど・・・確かにただの剣とは雰囲気がまるで違う」
どうにかしてもっと強くなれないものかと、悩みあぐねていた彼女はふと城下町で珍妙な骨董屋を見つける。
路地裏の一角にずいぶんと小ぢんまりした怪しげな店はこれまたずいぶんと小ぢんまりとした店主が一人で立ち尽くしているのみであった。
それ以外特に何のとりえも無さそうな骨董屋であったが、何故か彼女は吸い寄せられるように足を運び、店主の話を聞くうちに知らず知らずのうちに物品を拝借していたということだ。
するりするりと物品を覆っている布を外していく。
数枚の布で何重にも巻かれていることから、とても厳重に扱われているものであると言うことがわかる。
最後に何やら呪文が書かれた札が張ってあったが彼女はそれを見向きもせず剥がすと、物品の全容が露になった。
一つは『偽りの正義』と呼ばれたもので鞘、刀身、柄まで全てにおいて真っ白であり所々に金細工が装飾されたやや短めの、短剣と長剣の中間ぐらいの長さの剣。確かに切れ味は良いがどちらかというと戦闘向きのものではなく、専ら宝剣のように飾り立てるタイプの剣のようだ。透き通るような綺麗な刃は見ているだけで心が安らぎそうになる。
もう一つは『真実の悪』という赤黒い鞘、鎖が巻かさった鞘、吸い込まれそうなほど暗黒色の刀身である両刃の長剣であった。その禍々しさはなんと形容したらいいものか、彼女が今まで見たこともないようなほど黒くそして恐怖を感じた。
だが、恐る恐る手にしてみるとその見た目に反し驚くほど軽い。柄も一見掴みにくそうな形状をしているがいざ掴んでみると意外にも手にフィットし、その軽さと相成ってまるで剣を持っていないかと錯覚してしまうほどであった。
そして一番の驚きはその切れ味である。軽く確かめてみようと、切っ先に軽く指を当ててみたが、それだけで指に切り傷がついてしまった。断じて動かしてなどいない。指を当てただけである。
「すばらしい・・・これほどまでの業物があのような骨董屋に置いてあったとは」
彼女は二本『偽りの正義、真実の悪』を鞘に戻し、『偽りの正義』を腰に、『真実の悪』を背中に背負う形で装備した。
その途端なんだか彼女は今まで悩んでいたことが全て吹き飛んだような気がして、とても清清しい心地に誘われる。
否、悩みが消えたのではない、解決したのだ。
まるで剣から力が直接流れてくるかのように何かが流れてくるのを感じて、自分自身の力となるのを感じた彼女は体の内から何かが溢れてくる気がした。
そもそも初めから悩みなどなかったのではないかと錯覚するほどだ。
装備するだけで彼女の屈強な悩みを解決してくれるほどの力を持った双剣。彼女はとんでもないものを借りてしまったのではないだろうかとまた一瞬苦悩したがその悩みもまたすぐに消えてしまった。
――――――――
「そなたの功績を讃えそなたを聖騎士長に任命する。己の剣に誓い、民衆を我が国を守り通すことを誓うか」
「誓いましょう。私は必ずやこの国を守り抜き、防衛の要と呼ばれるような存在になります」
謁見の間では数十人の国の重役が見守る中、国王陛下直々に聖騎士長への昇進を認められている真っ最中であった。
例の双剣を手にした彼女は凄まじかった。
疾風雷火の如く戦場を駆け巡り、敵兵の中心で踊る二つの刃は味方からは守護天使と呼ばれ、敵国の間では双刀の悪鬼と噂されているほど驚異的なものになっていた。彼女一人が一個大隊に匹敵する戦闘能力を兼ねそろえていたのだ。
出陣する戦場では傷一つ負わずに対峙した敵を必ず打ち負かし、なおかつ味方への攻撃も最小限に抑え今までの倍以上の功績を次々と挙げていった。
彼女が出る戦闘では必ず勝利し、負傷者も限りなくゼロに近いことからまさしく彼女はこの国の守天使足りえる存在にまで上り詰めている。
守護天使と呼ばれる由縁については、彼女の容姿にも関係しているのだろう。
長髪の金髪。舞う剣戟と輝く魔法の嵐。まさに彼女は戦場の天使であった。
どうやら重役の中には田舎出身の彼女がここまで昇格するのに喜ばしく思っていないものもいるが、彼女はそんなことは眼中にも入れていなかった。
彼女の目的はただひたすらに強くなること。強くなりこの国を守り抜くことが彼女の全てであったのだ。
「そなたの更なる活躍に免じてこれからはそなたのみに特別な任務を要求することがあるが受け入れてくれるな?」
「もちろんです国王陛下。私の剣はいついかなる時もこの国の為にあるのですから」
腰の剣と背中の剣をかちゃりと鳴らす。
アリア=マクシミリアンといえば白と黒の双剣の使い手、という代名詞が既に出来上がっていたのだ。
彼女を彼女たらしめるには無くてはならないものである。
「良い返事だ。では・・・早速その特別任務に取り掛かってもらうとしよう。
そなたには一ヶ月の間有給を取ってもらう。その間に我が息子に剣術を指南して欲しいのだ」
会場が一気にざわつく。
だが、一番驚いたのはアリア自身であった。
「そのような重役が私に任されていいものなのでしょうか?
たとえ聖騎士と言えど田舎出身には変わりませんので・・・その、陛下のご子息と接することなど私には到底・・・それに私は他人に物事を教えるのはさほど上手ではありません」
「そう気にするでない。昔のように我が馬鹿息子に少し実際の剣術と言うものを体験させてあげたいのだ。
教えずとも実際に体験させてくれるだけで結構だ。それにあいつは昔となんら変わってはいないからな。どう接すればいいなんて考える必要はない」
「は、はぁ」
折角聖騎士長になれたというのにすぐさま戦場に出て活躍できないのは多少悔しいと思うところだが、国王陛下直々の依頼とならば断るわけにはいかない。
なに、たった一ヶ月の間ご子息と剣を交えれば良いということだ。焦る必要はない。
彼女は自らに言い聞かせる。
「わかりました、喜んでお勤めさせていただきましょう。早速今日から取り掛かりましょうか」
「いや、それは明日からで良い。今日はもう下がってよいぞ。ごくろうであった」
そう言い謁見の間を後にする。
聖騎士長昇進祝いというものもあったが、どうせ田舎出身の私を心の底から歓迎してくれるものなど誰一人としていないだろうから私自ら取りやめるよう願い出た。
これでいいのだ。私はただこの国の剣となれればそれで良い。
国の為に剣を振るい、英雄と呼ばれ歴史に名を刻み生涯を終える。それでいい。
後世に語り継げられ永劫人々の記憶から消え去らないように名を残せればいい。
・・・私はいつからこのように強さと名声を求めるようになってしまったのだろうか。少なくとも聖騎士に憧れ入隊したばかりの頃はただ活躍して聖騎士になり、いつの日か夫を貰い幸せに暮らしていたいと思っていた。だが、幾多の戦場を経験するうちに気が付けば私は己を磨き上げることにしか頭になくなっていたのかも知れない。
聖騎士長という役職になってしまった以上、もはや並の男は私の元へ寄り付こうとも思わないだろう。昇進して少しでも良い男と結ばれたかったという思いは多少なりともあるが、それが結果として間違いであったということに今更気がついたとしても遅すぎる話である。
もはや私に残されているのは闘争のみ。ならばその闘争を生涯貫き通していくしかないのだな。
・・・いや、もう一つの道がある。
全てを投げ出しどこか遠い地で生活するというのもまだ遅くはないのかもしれない。
今の戦いに明け暮れ鍛え続ける毎日は別に苦労しているわけではないが、昔の頃のように農作業をして自給自足の生活を送るというのも悪くは無い。そこに夫と数人の愛すべき子供がいればどれだけ幸せなのだろう。
兵法を練るのも、剣を握る必要もない穏やかな時間。夫と毎晩愛し愛される毎日を過ごすことの幸せさ。
ふっ・・・私はまだそういうことを考えることもできたのだな。
そんなことを考えているといつの間にか自室の目の前まで歩いてしまっていたようだ。
私は部屋に入り、祭事用の堅苦しい衣装を脱ぎ投げるとベッドに倒れこむ。
毎日の日課である双剣の手入れは欠かさず行なう。たとえ使用していなくとも何故か毎日剣を手に取り刀身を眺めなくてはならないという行動が、すでに体に染み付いていた。
剣を鞘から引き抜くと私の眼前にはいつものように漆黒と純白の刀身がギラリと煌く。
剣を見つめる私の顔はどういう顔なのだろうか。恐らく、他人が見たものならあまりの形相に引いてしまうに違いない。軽い麻薬中毒者のようにトランス状態になっているのだろう、剣から伝わるエネルギーを体の隅まで巡らせるように一心不乱に見つめるその様は狂気すらあるのではなかろうか。
刀身を舐めずり回し、瞬きを忘れるほど見つめ、汗ばんだ手で柄を握って放さない。
この剣を手に入れてからというもの、少し生活リズムが変わってしまったような気がする。
いくら働いても疲れがこないし眠らずとも力が滾ってくる。先ほどのように今までは考えもしなかったことを思うようにもなってきた。私はいったいどうかしてしまったのであろうか
ドンドンドン!
ドンドンドン!!
剣を握り恍惚に浸っている私。
ゆえに私の耳にドアを叩く音が聞こえるのは少し後になる。
「っかしいなぁ・・・戻ったってのは俺の聞き間違いだったか?」
ドアの外で若い男性の声が聞こえると私の意識ははっと現実に戻された。
荒い息遣いを整え鏡を見ると恐ろしく発汗していることに気づき私自身が驚きを隠せない
すかさず返事をし、双剣を壁に立てかけるとどこかおぼつかない足取りでドアへと向かう。
「す、すまない。少し仮眠を取っていたもので・・・えっ!?」
ドアを開けるとそこには私より身長が少しだけ大きめな細身の男性がローブを全身に羽織い立ち尽くしていた。
人目を遠ざけるように被っているようだが、逆にめだって怪しさが際立っている。
「や、やあ。久しぶりだねアリア・・・いや、今はマクシミリアン聖騎士長かな。部屋に入れてくれないか」
「王子・・・」
完全に突如として現れた来客は明日から一ヶ月間世話をする陛下の息子、この国の王子であった。
王子は人目を忍んで私の元へとやってきたのだ。
一体この私に何の用があるのだろう。というか、今の私の部屋はものすごく汚い。脱ぎ捨てた衣服や下着が山積みなっておりできれば入ってほしくないものだが・・・
いや待て、少しの間王子に待ってもらいその間に掃除をすればいいだけなのだが・・・どうしたものかありのままの私を見てもらいたいと思ってしまっている自分がいる。
以前はこんなはずではなかったのだがまぁいい。
「聖騎士長、ずいぶんと部屋が汚いようだけど?レディの部屋とは到底思えないな。
それに・・・寝汗か?凄い汗だぞ」
「アリアで結構ですよ王子。お恥ずかしいものです・・・最近はめっぽう忙しくなりプライベートの時間すらままならない状況でございまして」
よくこんなバレバレのそれらしい言い訳をつけたものだ。
あの剣を手にしてからというもの戦いのことしか頭に無かったのは事実だが、掃除の時間がなかったというわけではない。
先ほどのように掃除する時間も惜しむほど一分一秒でも長くあの双剣を手にとって触れていたいのだ。
異常と思えるほどに剣に執着している私。
「ところで王子。一体私めに何用ですか」
「それは、だな。その・・・あれだ、明日から一ヶ月の間世話になるから、少し挨拶をと思って、な。
最近はめっぽう隣国が攻めてきて忙しいって聞くしこんな大変な時期に世話になるもんだからな」
「は、ははっなんですか。王子も私と同じことを考えていたのですね。私も後ほど王子に挨拶に参ろうかと思っていたところなのですよ」
そうかだったのか、コソコソする必要なかったなぁと王子はにへらと笑う。
なんだろう。ふと、王子のはにかむ顔が一瞬。一瞬だけだがとても愛おしく思ってしまった。
胸のときめきというものを久しく忘れていた私にとって、この高鳴りはとても懐かしい衝動だ。
「そういうことでしたら、王子、立ち話もなんですしどうぞお座りになって下さい」
衣服が散らばっているのはいいとして、できるだけ下着は王子の視界に入らぬよう衣服の下に隠すよう少しだけ掃除をした。
掃除といえるのか疑問視するところだがそこは触れないようにしておこう。
「ち、近くないかいアリア」
「そうですか?でしたら離れますが」
「いや、いや結構だ。そのままでいい」
王子をベッドに座らせ、私はその王子のすぐ隣に座る形となった。
しかしこうやって久しぶりに見ると王子は立派に成長したものだ。
王子は私より2歳年上なのだがつい3年ほど前までは私のほうが身長が高かった。それが、ここ数年で少し遅れた成長期が来たのかみるみるうちに身長を伸ばし、体格も立派な成人男性らしくなりいつの間にか私の身長を抜かしてしまったものだ。
今までは弟のような感じがしていたが、これからは彼が兄のようになりそうだな。
いや、いずれは国王となるお方だ。兄というものよりも到底目上の人になるのだが。
国王となってしまったら、もう私ともこうやって雑談することも許されないのだろうか。
聖騎士長という高い役職のまま維持し続けていれればもしかしたら他の兵士よりかは対応が変わるかもしれない。
ということは王子と対等・・・とまではいかないが、少しでもまともに会話ができる関係を継続するというのなら私はこの役職から降りることは許されないのだな。
「どうした?顔つきが怖いぞ」
「あ、え、いやぁあははは・・・少し考え事ですよ。お気になさらないでください」
――――――――
「ぐっ・・・」
「勝負ありですね。王子、私の7勝0敗です。ですが着実に腕は上がっていますよ。私が保証します」
剣術の稽古をするようになってから早一週間が経とうとしていた。
これで私の7勝0敗だ。まぁ当然のことであろう。
陛下からは―習うより慣れろ方式でやってくれ―との仰せであったので、特に王子には軽く戦闘の流れやスタイルを教えた程度で特にコツやアドバイスなどはしていない。
「うーむいいセンいけると思ったんだがなぁ。やっぱ付け焼刃じゃムリか」
だというのに王子はこの一週間で私が驚くほどに成長を遂げていた。教えてもいない戦術を練り、現に私と勝負していた。
7戦目にして始めて私が冷や汗をかいたが、これが早いか遅いかは個々の感じるように様々であろう。
だが私は、戦闘においては絶対的自身と強さがあると自負している。その私を、たった7回目の稽古で冷や汗をかかせたというのなら恐ろしいものではないだろうか。
流石は国王陛下のご子息なだけある。陛下も若かりし頃は百戦錬磨の猛将であったと聞いているし、その血が王子にも確かに流れているのならうなずける話だ。
「強いなアリアは。その二刀流は我流なのか?」
「ええそうですよ。二刀流にしてからというもの、なんだか自信に満ち溢れてしまって・・・おかしな話ですよね」
私と王子は地面に突き刺さっている二本の剣を見ながら話を進める。
剣を手にしてからの、数々の戦場で挙げた武勇を。記憶に残る敵との闘争を。
私は知らず知らずに喋り過ぎていたようだ。
「凄いな、俺にもそんな力があればもっと違う人生もあったのかもしれないな・・・」
そうだなぁと共感する。
実際今の私には戦う理由さえあれば海でも山でも戦いに出かけてしまうのだろう。戦闘狂だ。
この力は必死に鍛錬して身につけた努力の賜物でもあるが、もはや今では剣から譲り受けてもらった未知なる力の方が私の本来の力をゆうに上回ってしまっているのだろう。
別に悔しくはない。
それよりも私はこの力のおかげで更なる戦闘へと出陣することができるのだ感謝しなければならない。
私の居場所はやはり闘争の中にあり、というわけなのだな。
「少し触ってみてもいいか?」
触ってもいい?
王子の申しだ、私には拒否する理由が無い。
む、王子の手が泥で汚れている。そのような汚れた手で『偽りの正義』を手に取ろうものなら、汚れが移ってしまうではないか。
私の純白の脇差である『偽りの正義』。
始めは使い勝手が悪いと思っていたが、使ってみれば意外と使いやすく、長剣である『真実の悪』のカバーできない部分を丁度よく補ってくれるから相性が抜群なのだ。
「・・・・・・」
・・・もし王子が剣に手を触れてしまったら。
泥が剣についてしまうだろうが後で拭けば問題なかろう。
ただの泥汚れじゃないか、気にする必要はない。いつも通り丹念に磨き上げれば解決する話だ。
いや、それよりも問題なのは剣の未知なる力が王子にも行き渡ってしまうのではないかということ。
私はあの剣を握ることにより力が目覚めた。ならば王子もまた剣を握れば力に目覚めるのではないか?
私が今まで一人で独占してきたあの力を王子も持ってしまったのならば私が持っている力はどうなってしまうのだろうか。
まさか・・・分散してしまうのでは・・・
そ、それだけはなってはならない。私はこの剣の力があるからこそ聖騎士長になれたのだ。その力が分散してしまうとなれば、私には聖騎士長を名乗る資格はなくなってしまう。
それは嫌だ!嫌だ!!私が私ではなくなってしまう!
おのれ・・・王子め・・・
私の数少ない居場所を奪おうというのだな。
私を国から追放しようというのだな。
許せぬ・・・
剣の力を横取りし、功績を上げ、自分自身は新たな国王になろうというのだな。その下卑た考えは見え見えであるぞ。
国王になった暁には恐怖政治で民衆を虐げるつもりなのだろう。なんと恐ろしいことか、絶対に阻止せねばなるまい。
ああ、その汚らしい手で私の純白の剣を犯すというのか。力を奪い取ると言うのか!
下衆め!絶対に許さん!!
「その薄汚い穢れた手を放せ!!さもなくば切る!!」
気がつけば私は心の声が発せられると同時に、走り出していた。
私は鬼神の如く勢いで突き刺さった剣の元へと走り寄ると、引き抜いた『真実の悪』を片手にその剣の切っ先を王子の首元につき立てた。
「・・・!?!?」
何が起きたかさっぱりわけがわからない様子の王子は、恐ろしさのあまり完全に動きが止まっていた。
蛇の前の蛙のように。
鷹の前の兎のように。
鬼気迫る彼女の姿に王子は疑問を抱くより前に、ただただ恐怖し萎縮していた。
―動いたら間違いなく切られる―
私の鬼のような視線は本気だった。
一転の曇りなく、ただ純粋に向けられる殺意。
目の前を男を許しておけるわけがない。罪人には天罰を下さなければならない。
守護天使の名の下に不浄は許してはならないのだ。
「次に私の剣に触れてみようものなら、貴様ら一族を全て肉片に変えてやろう。二度は言わないぞ」
彼女は地面に突き刺さっているもう一つの剣『偽りの正義』を引き抜く。
すると・・・どういうことだろうか。
先ほどまで容赦なく突きつけられた殺意と剣は驚くほど呆気なく薄れ、やがて消失した。
彼女の殺意がスーッと波が引くように徐々に徐々に薄れていったのだ。
と、同時に王子は彼女が明らかに可笑しいことにようやく気が付いた。
いや、愛国心の非常に強い彼女が王族を殺すなどという発言からもはや十分に異常であったのだが、その異常を覆すような異常が三度起きていた。
「わ、わた、わたしは・・・なんっなんてことを・・・あああああ・・・お許し下さいお許し下さいお許し下さい。
どうか聖騎士長からは除籍しないでください、お許し下さいお許し下さい。
どうか・・・どうか・・・神よ・・・うぅぅ」
泣いている。
あの鉄仮面と呼ばれどんな非常時も表情を崩さない屈強な聖騎士であるアリア=マクシミリアンがこの異常に涙を流している。
王子は幼い頃から彼女を見てきたが、彼女が涙を流すことなど今の今まで見たことも無かった。
本来ならば貴重な出来事だと感慨深くなるものだが、今回は状況が状況だけにそう思うことはできない。
国王の息子に冗談ではなく本気で刃を突き立て、さらには一族を殺すと言ったのだ。
聞き間違いではなく確かにその口で言った。
これが異常ではないとしたら何といえるだろうか。
「ア、アリア・・・お前は一体・・・」
問いかけたが依然彼女は泣き崩れているだけで返事は返ってこなかった。
今この場には泣き崩れているアリアと、冷や汗が垂れ流れて尻餅を突いている王子二人のみが何も会話を交わさずただただアリアのすすり泣く声と嗚咽が木霊しているだけであった。
と、ふと場の空気を一転するかのように一人の兵士が飛び込んでくる。
「伝令!休戦中である北の大国から敵兵の大軍団がこちらに進軍中!兵力およそ5万!
アリア=マクシミリアン聖騎士長は直ちに出兵準備をなさって下さい。陛下直々の命令です。
王子は陛下の下へお戻りになって下さい」
伝令兵の息切れから察するに本当に緊急の収集なのだろう。
よく耳を澄ませば城内を慌しく走り回る音が四方八方から聞こえてくる。
休戦中だというのに奇襲を仕掛けてくるとは、武人の風上にも置けない奴らだ。
王子はそう心から思った。
「た、立てるかいアリア」
既に精神的に慢心相違な彼女を立ち上がらせようとするが、あの重々しい双剣を掴んで放さないせいで持ち上げることすら叶わなかった。
仕方なく伝令兵と二人がかりでなんとか両肩を持つと彼女を兵舎へ運ぶこととする。
「・・・アリアはまた戦うことになるのかい」
「いえ、今度の戦場では指揮を執ってもらうとのことです。それに・・・このような状態では戦闘など到底・・・」
「それ以上は言うもんじゃない。アリアを頼むよ」
「もちろんです」
その後、北の大国との戦いが激しくなり、兵士達は遠方へ遠征してしまうので王子とアリアとの剣術稽古はたった一週間で終わってしまうこととなる。
兵の仕事だから仕方がないとは言え、折角アリアと少し仲が良くなれたというのにまた会えなくなるもどかしさが王子にはあった。
そして王子にはもう一つ思うところがあった。
アリアを運んでいる時に見つけた、腕にある黒い刺青のようなもの。
前まであんなものあったっけかと王子は疑問に思うのであった。
――――――――
おかしい。
何かがおかしい。
いつから私はこんなに変わってしまったのだろうか。
守りたい国などどうでも良くなってしまった。
あれほど誓いを立てた陛下はもはや私の中ではただの一般人と同等に成り下がってしまった。
おかしい。
最近よく私の中では天使と悪魔が拮抗していることが多くなった。
以前は直感で善と思えるものが、今では少し疑問に思い悪しき方向へと思考を向けさせてしまう場面もそう多くは無い。
実際に、指揮を間違え聖騎士長の座を降ろされてしまったのだから否定はできないというものだ。
敵国は魔物と人間の連合国であったにもかかわらず、兵士達に魅了耐性を付け忘れるという大失態を犯してしまったのだ。物理的な兵力の差で勝利したのはいいものの聖騎士長あるまじき行為として私に正当な処罰が下されるのも無理はない。
【でも貴女は頑張ったんだもの、負けはしなかっただけ良いではありませんか】
【アンタのぞんざいな指揮のせいでいっぱい味方が魔物なっちゃったんだよ?さらわれちゃったんだよ?かーわいそー!】
そうだ、そうなのだ。
私の指揮のせいで数多くの味方を・・・魔物にしてしまった。
結果として我が国の兵力は下がり、敵国の兵力を増強させてしまうハメになってしまったことも私の罪として架せられたものなのだ。
【でも・・・あの魔物となった女のヒトたちの顔ときたらいやらしくて下品でした】
【ずぼずぼハメちゃってねー♪で、なんでアンタは一人でオナってんの?】
おかしい。私はおかしい。
戦場で魔物となった味方の淫らな交わりは私の脳裏に焼きついて離れなかった。
女性というものはあのような声が出るのか・・・
あんな腰の動かし方もできるのか・・・
何よりあんなに嬉しそうな表情ができるのか・・・
初めて目の当たりにした性交は私の硬く守り抜いてきた心の「ナニカ」をいとも容易く崩壊させてしまうとは。
そういえば私も女なのであったなと。私にも気持ちよくなる権利があるのだなと。
そう思うと私は股間が熱く疼き・・・無我夢中で一心不乱に自らの秘部をかき乱していた。
求めるままに。欲望のままに。女として証明するために。
【性欲は人間に刻み込まれた三大欲求の中の一つです。逆らえないというのも無理はありません】
【アンタだって欲しいんだろう?あのでっかい棒でブチ抜かれたいんだろう?自分に素直になりなって】
欲しい。
だが、私にはそれは許されない。
私は守護天使だ。いついかなるときでもあらゆるものを守り抜く天使でなければならないのだ。
【あなたの守りたいものに自分の未来は入っていないのですか?】
頭の中の天使が語りかけてくる。
【幸せな家庭・・・家族・・・愛するわが子・・・貴女が守らなければならないものは国ではなく家族なのではないですか?そしてそれは貴女の最初の願いと直結しているのではないのですか?】
【国を守るということは国民の平和が許されるということだ。アンタは心優しいやつだからな、この国が争いのない平和の国となってから結婚して子供を作りたかった。そうだろう?愛する子供に戦時中を体験なんてさせたくないからなぁ】
最近は天使までもがまともなことを言わなくなってきた。
今までは私を支えてきてくれたのに、今ではどう考えても私を惑わせているとしか考えられないようなことを平気で口走ってくる。
だが確かに、私が国をああでもして守りたかった理由はもしかしたらこんなにも単純な、一人の女としての願いから来ているのだとすれば私も相当人間らしい人間だなと思う。
【だけどその為には、その夢を叶えるにはパートナーが必要です。貴女を一生支えてくれる愛すべきパートナーが】
【でももうアンタ、自分で気が付いてるよ。アンタはあの男と親密になりたいその一身で昇進してきたんじゃなかったのかい?】
悪魔の言っていることは明らかに嘘だ。
嘘なのだが、別に嘘でなくてもいいんじゃないか、と思う。
【貴女は嘘をついています。貴女が守りたかったものはこの国ではありません。この国に住まう彼を守りたかった。そうでしょう】
やめろ。
みなまでいうな。
それ以上は私自らが決断し納得しなければならない。
他者の意見に流されるようでは守護天使として成り立たないのだ。
【貴女が自分で決断し行動する。それもいいでしょう。さすれば運命は切り開けることになります】
【必要になったらいつでも呼べよなー】
私が自慰により絶頂を迎えると同時に頭の中の天使と悪魔は音も無く消え去っていた。
ここ最近はいつもこんな感じで丸一日を自室で過ごすことが多くなり、もはや聖騎士としての誇りや威厳もとことん底まで落ちに落ちぶれてしまっている。
だが、私にはあの剣さえあればいい。
あの剣を肌身離さず持っているだけでこの上ない安心感がこみ上げてくるのだ。もう私は闘争などしたいとも思わなくなっていた。
戦争が終わってから一週間。
もはやアリア=マクシリミリアンは限界だった。
頬は痩せこけ、立つときなど物につかまらなければ立てない状況だ。自慢の金髪は酷く痛み、以前のような艶は完全に消失してしまっていた。
だがそれらを失うと同時に、彼女の女性としての艶、匂い、仕草、欲望・・・
そういった今まで無くしていたものを取り返したような気がしたので彼女は格別悲観することはなかった。
だから自分の皮膚に明らかに模様と思えるような規則的なシミが出来始めても、気にすることは無く、剣の柄で秘部を何度も何度も刺激し、快楽のままに絶頂して膣液を垂れ流すことなど気にすることは無かった。
シミを指で伝うだけで体中を痺れるような快感が走る。
これは一体何なのだろうと彼女は疑問に思う。
よくよく見ると模様のような気もするが、いかんせん触るだけで体が過敏に反応してしまうのでおちおち調べられもしないのが現状であるのでどうしようもない。
だが察するに魔物関係の何かだということははっきりとはわかっていたが、それすらももはやどうでもよくなってしまっていたのだ。
ドンドンドン!
ドンドンドン!!
「アリア・・・夕食を持ってきたが・・・はぁ、今日も開けてくれないか」
彼女が戦場から戻ってきてからというもの王子は毎日、彼女の為にお忍びで飯を配給しに来ていた。
というのも、聞くに彼女はろくに食事も口にせず一日中部屋に閉じこもっているというのだ。明らかに以前のような威厳ある聖騎士と同一人物とは思えないほどの変わり具合である。王子が心配しないはずが無かった
昔は年下だが姉のような不思議な存在感があり、身の回りに歳の近い者は彼女以外いなかったのでよく遊び相手になってもらっていた。
最近は王子として勉学や政治を習わなければならないし、彼女も彼女で聖騎士なので任務に忙しいから王子自身から彼女とは少し距離をとるようにしていたのだ。
最近になってようやく落ち着き、お互い気楽に会話が出来るようになってきたと思ってきた矢先・・・この有様である。
だから王子は不思議でならなかった。
かの守護天使と謳われた聖騎士長が一週間部屋に引きこもってろくに食事も取らないという奇行をしているなど到底思えなかったのだ。
真実は自分の目で確かめるのみ。
そう悟った王子は彼女が扉を開けてくれるその日まで待ち続ける。
俺から開けては何の意味もない。アリア自身から開けてくれないと意味が無いんだ。
そう信じてやまなかった。
そして――
ガチャリ。
「・・・・・・今の私を私だと思っていてくれるのなら入ってきて下さい。大事な話しがあります。
以前の私のままでいたいのならばお引き取り下さいませ・・・」
部屋の鍵が独りでに外され、奥のほうからは酷くか細く、それでいて確かに彼女だと思える肉声で声が聞こえた。
一見するとどこにでもある普通のドア。
なのだが・・・・・・何かが違っていた。
彼はドアノブに手をかけた瞬間、悟る。
―ここが最後の壁なのだ―と。
常識と非常識を分かつ最後の壁がこのドアで、一度くぐってしまえば二度と常識の世界には戻って来れなくなるかも知れないと。
戻れば元の平穏な生活に戻れるが彼女を見捨てることになる。
進めば全てを捨ててでも彼女を選ぶ。
そう信じたくは無いが、このドアの向こうから発せられる異常なる気配を目の前にその考えはあながち間違っていないものだと認めざるを得ない。
「すうぅぅ・・・」
彼、王子は深く深呼吸をするとドアノブを引いた。
――――――――
まず感じたのは異臭。
つんと鼻につくこの異臭は今までかいだことも無いような匂いだが、なんとなく彼にはわかる臭いだった。
悪臭ではない、異臭。それは人の汗と女のにおいが混ざり合わさったような酷く官能的な臭い。
照明すらつけられていない部屋は不気味でとても彼女の部屋とは思いたくは無かったが、脱ぎ捨てられている下着や衣服を見るに彼女の部屋だと思うほか無い。
ひとつ「ブラウスのようなもの」を取り上げてみる。
それはもはやブラウスというにはあまりにも忍びないほどずたずたに引き裂かれ、原形を留めてはいなかった。刃物で引き裂いた跡、手で引きちぎった跡、口で噛み千切った跡・・・いったい彼女はどんな思いでこうするに至ったのか、想像すらも叶わない。
以前は綺麗な観葉植物が植えられていたプランターは今では、不気味に怪しい桃色の果実が実っていて怪異この上なかった。見たことも無い果実に興味を引かれたが、流石に得体の知れないものを手に取ろうとは思えるはずも無くそのまま無視して先へ進んだ。
「アリア、どこにいるん・・・っ!」
細い通路を抜けやや広い空間、恐らく居間であろう場所に出た。
と同時に彼は一歩だけ反射的に後ずさりする形を取る。
というのも先ほど感じた異臭が生易しいと思えるほど、この部屋の艶めかしさというか、色欲な雰囲気が彼を圧倒したのだ。
長時間ここにいては気が狂ってしまう。
そう感じた彼はアリアを探すよう自分を急かすようになるが、この暗闇の部屋の中ではなかなか見つかることは無かった。
そうしてやがて夜目が慣れた頃、部屋の全貌が薄ぼんやりと見えてきたことによって彼はいよいよもって押さえ込んできた感情が爆発しそうになる。
「は、はははっ、な、なんなんだよこれ・・・何だってんだよ・・・」
壁一面に綴られる文字と絵。
その文字は血のような赤と墨のような黒で壁一面に書き綴られており、もはや彼には何が書いてあるか理解できなかった。殴り書きのように一心不乱に書き殴られている文字は部屋の壁を一周し床も足場も無いほど書かれ、天井にもいっぱいに敷き詰められていた。
かろうじて読める文字の中でも一際「天使」「快楽」「神殺し」「家族」「永劫」の五文字が多く目に映る。
ぎっしりと書き綴られる文字の合間合間に、抽象画のように描かれるは天使と悪魔の姿。
天使と悪魔が互いに手を取り、人類と神を焼き殺している。
中には悪魔が攻撃されている絵もあったが、どれもこれも最終的には神を殺している絵に行き着くようになっていて純粋な恐怖を感じる。
目に映る全ての光景は狂気であり、また彼の頭も限界をゆうに越え狂気で埋め尽くされてしまいそうであった。
あまりの恐怖に彼が脚をふらつかせながら2,3歩歩こうとすると彼は更なる異常を感じる。
体が動かない。いや、厳密には動かせない。
体中の筋肉を総動員させてもピクリとも体は動かないのである。
「うふ・・・うふふふ・・・王子ぃ、やはり貴方は来てしまったのですね。待っていましたよ・・・私はずうっと」
奥の部屋から、くすくすと笑い声が聞こえる。
彼はこの声の主が彼女だとは信じたくはなかったがもはやここまで来てしまった以上この声が彼女によるものだと信じるほかなかった。
やがてしばらくして、彼の眼前に姿を現したのは・・・アリアであった。
「アリア・・・」
「王子、すみません。拘束の魔法をかけていただきます。私の目的のために」
「目的だと・・・一体それは」
「言わずともすぐにわかります。えぇ、それはそれはとても素晴らしい形で・・・」
その笑みは一体何を意味するものなのか。王子には深い意味はわからなかったが、ただ確かに言えることは良いことではない、ということのみであった。
彼女は剣術のみならず魔術にも相当長けていた実力者である。王子一人を拘束するなど朝飯前のことなのだろう。
彼女は指一本で王子を宙へと浮かし、ベッドへ仰向けに寝かしつけた。
そのすぐ側をアリアが腰掛ける。
「アリアお前、いつからそんな体に」
「あぁこれですか。私にもわからないのですよ、気が付いたらこんなに広がってましたので」
「それにその格好・・・せめて何か着た方がいい」
「それは、できないです♪だって・・・アツくてアツくて、服なんて着ていられませんもの」
下着姿すら身に着けていない彼女の姿はまさに生まれたての姿同然であった。
いつもは鎧に隠れていたその胸は意外にも豊満で、腰のくびれとその対比に出る尻の大きさに今一度彼女の女性らしさを直に実感する。
そしてこの前一瞬目にした刺青のようなものは、もはや今では彼女の体の半身にまで広がり、規則的な模様によって埋め尽くされてしまっていた。
彼女は刺青をするような女性ではなかった。
今の彼女は確かにアリアそのものなのだが、何かが違っていた。まるで何かに吹っ切れてしまったかのような、長年の枷が外されたかのような清清しく、そして禍々しい開放感に満ち溢れていたのだ。
「二つほど聞きたいことがある」
「はい♪なんなりと」
「お前は、アリアなのか」
「もちろん私は守護天使と呼ばれた元聖騎士長アリア=マクシミリアン本人です。まぁ今はただの聖騎士ですがね」
「・・・それを踏まえてもう一つ聞く。なぜお前はそうなってしまった。以前のような屈強な武人の面影はどこに置いてきた」
「王子・・・私はもう分かってしまったのですよ。闘争の無意味さを。命を奪う虚しさを。
そして新たに知ってしまった。生命の素晴らしさを」
そう語る彼女の顔はどこか悲しみの色をしていた。
違う。
俺が見たかったのはそんな顔じゃあない。
彼は続けて言う。
「だったら!・・・だったら俺がそうならない国を造る。戦争もない、種族差別もない、完全な平等社会を俺の手で造り上げてやる。だからアリア、そんな顔をしないでくれないか」
「ありがとうございます王子。ですが、貴方が頑張る必要はありませんよ♪もうすぐ・・・もうすぐで全てが終わり、新たな時代が始まるのですから・・・」
「どういう、意味だ」
「こういう意味です♪」
パチンッ、と彼女が指を鳴らすと彼の衣服は上着下着一切合財全てが弾け飛んでしまった。
ベッドの上で仰向けになり裸状態にさせられる王子。
依然体の身動きは取れぬままで、もがくことすら許されていない。
「なっ!?!」
「うふふ・・・あぁ王子サマ、私の体でこんなに興奮して下さったのですね」
「い、いやこれは違」
「嬉しい・・・流石は王子、立派なものをお持ちになっていますね・・・♪」
裸の王子を覆いかぶさるように彼女は彼の上にのしかかる。
彼女の垂れてきた大きな乳房が彼の筋肉質な胸板と擦れあい、互いが異なる感触を感じ取っていた。
王子とて一人の男である。眼前にスタイルの良い美貌の美女が裸で纏わり張ってきたら、自らの股間が反応しないわけがなくそれは、アリアと言えど例外ではなかった。
執拗に胸を押し付け、腰を擦り合わせてくる彼女の淫靡さときたらまるで昔絵に見た娼婦と何も変わらない。
「ねぇ王子、私最近神様の声が聞こえるようになってきたのよ」
「神・・・主神の声が聴けるようになったと言うのか」
「いいえ違う。私が聴くのはあんなカスみたいな奴の声じゃない。私に女としての生き方、人間として有るべき生き方を教えてくれた別の神様よ」
「別の神・・・・・・?」
「神様は言うの。『種付けは最も崇高すべき神聖なる行為である。快楽と色欲はこの世の理である』と。素晴らしい考えだと思いませんか」
「アリア、君邪神に唆されている。そんな声は聞くもんじゃない」
「王子は神様の言う事が信じられないの?」
ぺろり、と彼女は王子の乳首を舐め回し、吸い上げ、舐め回し・・・交互にそのねっとりとした快楽を王子に与え続ける。こりこりと舌で転がし、時おり軽く歯で甘噛みされるその気持ちよさ。愛おしさ。
絶妙に気持ちよく、かといって射精するほど激しい快楽攻めではないその行動に王子はただひたすら受け続けることしかできなかった。
「あは・・・凄ぃ、オチンチンがぴくぴくしてる・・・♪欲しい・・・貴方のものが欲しい」
「アリア・・・やはり君は魔物に魂を売ってしまったのか」
「いいえ、そうではありません。私は新たに受け取った、いやこれから受け取るのです。
貴方が欲しいから、貴方のすべてが欲しいから。貴方を手に入れられるのなら私は全てを捨ててでも構わない」
「それは酔狂というものだ。俺は王子で君は兵士である以上、どうにもなりはしない、仕方のないことなんだ」
「だから私はその身分の壁を壊すためにこうしているの」
彼女がもう一度指をぱちんと鳴らすと、今度は部屋の奥から二本の剣が飛んできた。
危ない!そう思ったが双剣は彼女の目の前で止まり空中に浮いたままである。
一つは『真実の悪』
その暗黒の刃は全てを飲み込む力の象徴であり、この剣を振るったときの彼女に敵う敵など誰一人として存在しなかった。
もう一つは『偽りの正義』
王子の記憶では純白の刀身だったと記憶していたが、今ではどす黒く・・・『真実の悪』よりも禍々しいフォルムで黒いオーラのようなものまで肉眼で見えるほどにエネルギーが迸っていた。
彼女の元に剣が飛んできた時には既に彼の疑問は確信へと変わっていた。
やはりそうか――
彼女が変わり始めたときと、彼女がこの剣を使用し始めたのはほぼ同時期であったことは前々から知っていた。
ただの剣二本が人の人格に影響する力などありはしないと思っていたが・・・それは俺の浅知恵だったようだと今更になって理解することになった。
『呪われた剣』だったのだ。
だが、少し彼は気づくのが遅すぎた。遅すぎたのだ。
「はぁ・・・はぁ・・・もう、我慢できない・・・っでもその前に」
素股状態で先ほどからずっと王子の肉棒に刺激を与え続けているので、もはや王子はいつ限界に達してもおかしくない状態であった。
快楽に耐え荒い息遣いをする王子をアリアはこの上なく愛おしいと感じ、背中から頭頂までぞわぞわと波が伝うのが自分でもわかるほど興奮している。
アリアは急に前にもたれかかってくるので、快感に耐えつつも様子を伺おうとすると――
「ちゅっ・・・♪」
それは何の変哲もないただのフレンチキス。
だがそれは互いにとって、人生初のものであり、それでいて嫌な想いなどまったくしなかった。
数秒時間が止まる。
「うふ・・・♪王子・・・私は貴方のことが大好きです。一目見た入隊式のあの日からずっと恋焦がれていました。でも私は、押さえ込んでいた・・・身分の壁が私の思いを押さえつけていました」
「・・・・・・」
「貴方と少しでもお近づきになるために一生懸命頑張って、王子と会えるような階級にまで上がって。でも私は気がつけば最初の目的を忘れ闘争に明け暮れる修羅へと成り下がっていました」
「アリア・・・」
「だから私は今この瞬間を持って、長年の願いが成就するのです。多少強引でも手段は選びません」
「・・・・・・俺もだ」
「??」
「俺も・・・・・・アリア、君に一目惚れをしていた・・・」
「えっ!?」
「俺も、入隊式のあの日君を見たあの瞬間から心惹かれていたのかも知れない。俺と一番歳が近くて一番親近感が沸いたし、何より一緒に過ごしてとても楽しかった。本当に楽しかったんだ。
だからアリアが部屋から出てこないときは凄い心配したし、アリアがアリアじゃなくなっていく光景を見てとても心が苦しかった。
じゃなきゃ俺はあの場でドアノブを引かずに、自分の部屋に戻っていただろうさ」
今度は王子からの突然のカミングアウト。
突然のキスで王子を動揺させてやったと思い込んでいたアリアにとって思わぬカウンター、それも大打撃なるカウンターをもろに受けてしまった。
王子の言葉をきっかけに彼女の内側から欲望が急激に加速していく。
その欲望はもはや体では抑えきれずにいた。
「王子♪王子っ♪好きです好きです、最初から好きです、いつでも好きです、何があっても好きです、どうしても好きです、今も好きです、愛しています♪♪
ずっと愛しましょう、子供も作りましょう♪、永久に愛しましょう、永遠に愛しましょう、永遠に生きましょう、時の進まぬ世界で私たちだけの楽園を築き上げましょう♪♪」
もはや彼女を止められるものなど何もなかった。
彼女の腰がふっと浮いたと思うと、素股でびちょびちょになった淫らな秘部は大きく口を開け王子のものの先端へとあてがう。
すでに王子も抵抗する素振りも見せずに、ただ彼女の行為に付き従うだけであった。
なぜ自分は彼女に対してだけ特別な感情を持つのだろうか。その長年の疑問が彼女を愛していたからという正当な理由であったことが彼はもう満足であったのだ。
「は、ああああ♪♪来る、きてるよ・・・王子のオチンポ、熱くて大きい・・・・・・んはぁ!♪」
「うはあっ!!き、気持ちいい・・・なんだこれは・・・」
ずんっ!と彼女が腰の力を抜くと二人は驚くほどすんなりと結合してしまった。
秘部から流れる純潔の証は、今この瞬間をもって彼女を純潔でなくなったと証明する液である。
普通はここからピストンを開始するのだが、彼女はそうせず驚くべき行動を取った。
まるで指揮を執るかのように指を縦に横に動かし操作している。
「さあ、貴方達も・・・キテ♪」
彼女が空中に浮かせてあった双剣の刃を自分のほうへと向けると――
ザシュ!
「あぐぅ!!・・・・・も、もう一本・・・はあんっ!♪♪」
「ア、アリア!?一体何を?!」
彼女の背中めがけて双剣が背中から胸に向けて貫いたのだ!
彼女は目をカッと見開き震える体で何かを感じ取っていた。
左背中に刺さる『真実の悪』
人の背丈くらいある長剣はその暗黒の刃を彼女の白い素肌を突き刺し、体内をかき乱している。
右背中に刺さる『偽りの正義』
長くもなく短くもない中途半端な剣であったがそれでも十分彼女の役に立っていた。以前のような清い純白の姿は完全に消失してしまっており、その黒い刀身から彼女へ何かエネルギーのようなものを送り込んでいるようであった。
驚くことに彼女の背中から垂直に刺さっているのに、彼女の胸には貫通せず切っ先は体内に留まっているのだ。
一体あの体のどこに行き渡っているのか、そもそも剣が途中で曲がったり折れたすることなど考えられない。
「わ、わたしのっ、ことは、き、気にしなくていいから・・・突いてっ♪私を突いて気持ちよくさせて・・・♪」
「言われなくても・・・ずっと待っていたことだっ・・・!」
「あああああん♪♪はあっ、あん、きもひ、いいっ・・・あんっ♪」
気がつけば体の拘束が解けていた王子は彼女に言われるがまま、そして自分の欲望のままに彼女を突き上げる。
パンッ、パンッと突くたび彼女の胸が上下に揺れ、それを見るだけでも興奮して更に肉棒が大きくなった気がした。
水の掻き混ぜる音が聞こえる。
嬌声が脳髄に響き渡る。
快楽が押し寄せてくる。
もはや王子、アリアにはこの行為を堪能に味わいやがて来る絶頂へと目指すことにしか脳がなかった。
「んっん♪♪いいよお♪!王子チンポさぁいこう・・・はぁっ、あふっ、んん♪♪もっと・・・もっとお!」
突き刺さる剣からは止め処なく何かが流れ込んでくる。
それは背中から全身に行き渡るようじっくりとねっとりと、酷くゆっくりだが着実にアリアをアリアでなくするものだということはわかった。
熱を持ったどろどろとした何かは体に行き渡った部位を作り変えるように、変異しているように体内で暴れている。
『偽りの正義』のオーラは表皮に沈着し、徐々に白く滑らかな素肌だったものが暗青色へと染め還られているのを見て、「ああ、やっぱり私生まれ変わるんだ」と直感で確信した。
「ほらほらほら♪♪こうやってぐにぐにってすると・・・あっはぁ♪キモチいいでしょ?♪」
「うっく・・・・・・それはキツイ、うっ、ぐっ、ふぅぅ・・・はああっ!」
気づけば自分の思うままに膣の内部を動かせることができ、王子のよがり苦しむ姿を見てとても彼女は嬉しかった。
この素晴らしい力のおかげで王子を手に入れられたんだ。王子を幸せにできるんだ。王子と・・・いや、ダーリンと一緒に気持ちよく慣れるんだ♪
「幸せっ・・・幸せっ、幸せっ、幸せぇ♪幸せっっ!!幸せぇぇ!!♪♪」
全身が暗青色に変わる頃には既に彼女の脳内には王子のことしか考えられなくなっていた。
表皮にあったシミのような模様は青白く光り始め、暗い暗室を皮肉かな幻想的に照らし出している。
と同時に、彼女の変化の最終段階が始まったようだ。
剣からエネルギーのような何かが送られて来なくなると、彼女はなんだか背中が無性に疼き出し剣がぶるぶると震え出してきた。
やがてずる・・・ずる・・・と突き刺さった剣はゆっくりと彼女の体から独りでに抜けようとするが、何かが引っかかっているのか思うように抜けてくれない。
剣を抜くよりも腰を振り続けることのほうが大事な彼女はだらしなく涎を垂らし、王子と叫びながら求め続ける。
だが、いよいよ剣が抜けそうなところまで来ると想像を絶する快楽が襲ってきて腰の動きもままならなくなってきた。
「あぐっ♪早く抜けて♪♪はやぐぅ♪!ああああっっ!!♪」
「はあっ、はっ、も、もう出そうだ・・・アリア、どうすれば、いいっ・・・はああっ!」
「あはっ・・・出して・・・♪私の中に全部出して♪♪貴方の子供、妊娠したい・・・♪出してぇっっ!!」
「わかっ・・・た、わかったよ・・・!ふぅっ、だ、出すぞアリア・・・あっ、あっあっ、うっ!・・・うはああああぁっ!!」
「あっあっ――ああ♪くるっ、クルっ!!はぁぁぁん!!♪イク、いっちゃうよぉ――!♪あはぅんっ!♪♪」
彼の肉棒の先端からは到底人間とは思えないほどの量の精液が彼女の膣を、子宮を縦横無尽に駆け巡る。
しかし、それでもなお王子の射精は止まらない。確実に孕ませるために欲望がそうさせたのか、ただ単に精が溜まっていたからだけなのか、もはや彼は人でなくなってしまったのか。
理由はどうあれ現に今でも彼の精液は出続けている。
そして、驚くべきは溢れるのが当然の量の精液を一滴もこぼさず全て受け止めている彼女であろう。
まるで吸収してるといわんばかりにドクンドクンと脈打つ腹は、すこしぽっこりと膨らんでしまっている。
「もう・・・少し、でっ・・・おわ、る・・・ああああああっ!!」
ずるずるずるっ!
ぶわぁぁぁ!
彼女の背中に刺さっている剣が勢いよく弾き抜け、空中へと舞い飛んだ。
剣の先端に引っかかっていたものとは、彼女の体内で新たに構成された器官である『翼』そのものであったのだ。剣が抜けると同時に押しとめられていた黒き翼は勢いよく傷口から突出し濡れ鴉のように体内の水が滴っていた。
部屋中に舞う黒い羽はまるで祝福の紙吹雪のように乱れ、彼女が人ならざる者へと昇華した瞬間を祝うようであった。
最後に空中で舞い飛ぶ双剣は互いに三度激しくぶつかり合うと、そのせいで生じた火花と破片はアリアの頭上に円を描くように回り始め、やがては本物の輪となった。
「はあっ・・・はっ、ア、アリア・・・なのか」
「んんっ♪ええ、そうです、よ。愛するダーリン♪私は生まれ変わりました♪♪そして貴方も・・・」
「綺麗だ・・・まさか守護天使が本物の天使になろうとは・・・はぁっ、美しい・・・」
「嬉しい♪この姿は全て貴方に捧げるもの。貴方は私にいついかなる時でもその性欲をぶつけてきてくれていいのです♪そして私も貴方に快楽を与える権利がある♪」
青白い素肌。
白く変わってしまった長髪。
夜鴉のように光を通さない翼。
神々しく、禍々しく光る刺青と光輪。
彼女は今、人間を脱した。
「さあ共に溺れましょう。時間の許す限り、永遠に、とこしえに、愛を、欲を感じるの♪」
「もちろんだ、もはや俺もアリアもお互いなくてはならない存在、生命共同体だ。だがその前に俺にはやならければならないことがある。それからでも・・・遅くはないんじゃないか?」
「それは私たちにとって有益なこと?堕落神様の為になること?」
「ああ、それはとっても楽しいことになる。その為にはアリアの力が必要なんだ。・・・協力してくれるか」
彼は生えたばかりの濡れた翼を手で撫で、優しく咥える。
魔物娘と化し、半身に快楽のルーンを刻み込まれた彼女にとって性感帯と呼ばれない部位が存在しなかった。
翼の付け根を指でなぞるだけで彼女はひくひくと振るえ、快感に酔うのだ。
「ダーリンの目的のためならば私は何をやっても厭わないよ♪」
「そうか・・・ありがとう。少しの間、俺のわがままに付き合ってくれ」
「じゃ、そのためにも力をつけなきゃ・・・♪んふっ、後5回くらいは出せるよね〜?♪」
「ああ、何だか今なら10回でも20回でも出来そうなくらいだ。力が・・・溢れてくる」
「急がば回れ♪今日はお互い愛を育みましょ?」
「それもそうだな・・・」
部屋に浮いた堕天使の彼女はとても神聖な気がして触り難い気もあったが、それを自分自身の手でいくらでも犯せると、自分色に染め上げることができると想像しただけで、再び肉棒に血液が溜まっていくのがわかった。
彼女もそんな俺のものを見て、娼婦の如く顔つきをし舌なめずりをすると俺の元へと飛び込んできた。
――――――――
「性堕天使様、我々の完全勝利です」
「アリアでいいっていってるじゃないもう。まぁいいわ、で、どんな調子?」
「自軍負傷者ゼロ、敵軍死傷者ゼロ、敵軍の捕虜は一人欠けることなく魔物化とインキュバス化に成功いたしました」
「うん♪結果は上々、これでまた信徒が増えるわ♪あと、同盟の件はどうなっているのかな」
「はっ、後日レスカティエから使者が参るとのことですが・・・いかんせんあの国は政治ごとにはルーズですので・・・約束どおり来るかは定かではありません」
「いいのいいの♪時間はたくさんあるんだし、ちょっとは待ってあげようよ♪レスカティエと同盟を結べれば、私たちの国に攻めてくる国はなくなるわ」
謁見の間では『堕落国家ルグドネ』の最高権力者兼統治者であるダークエンジェル・アリアが意気揚々と鎮座していた。
彼女の座るのは椅子ではない、椅子に座っている男の上だ。
かつて王子と呼ばれた男、ラズロリース=ルグドネ4世。彼女はその男の上に跨る形で腰を下ろした。
「俺の目指す王国が、決して遠くない未来できるだろう。それもこれも全てアリアのおかげだよ。ありがとう」
彼は玉座から城下町を見下ろす。
町は朝も昼も夜も、常に誰かが交わっており日夜問わず喘ぎ声と呻き声が木霊する素敵な町並みへと変化していた。
ダークプリーストがこの国の象徴であるアリアを崇拝し、それを基本とする新たな宗教も出来上がるのも時間の問題だろう。
空中ではサキュバスとインキュバスが空中セックスなどをして、公園のベンチではダークプリーストが礼拝をしながら犯され・・・まるで天国のような光景である。
作物は完全に魔界の物へと成り代わり、この国自体が巨大な魔界へと変貌していたのだ。
その噂をかぎつけた外の魔物がこの国へと流れてくる。
新しい魔界ができた、オトコが見つかる、気持ちよくなりたい・・・
そうやって完全なるサイクルが完成していた。
「私のおかげじゃないわ、この剣のおかげよ。これがなければ私はこの力を手に入れることはなかった。貴方を手に入れることもできなかった」
「でも、剣だけの力でもない。そうだろう?」
「・・・・・・ふふ♪そうかもね♪」
こうしてまたこの二人、性堕天使と元王子は伝令の報告を待つ間はひたすら腰を振り精を吐き出す作業に戻るのである。
彼女のお腹はすでに臨月状態にあったがそんなものはおかまい無しに、胎児に精液を浴びせるかのごとく何度も何度も精を送り込む。
そうして完成された国、時を刻み忘れた国は。
やがてこの国ごとパンデモニウムに移行するのもそう遠い未来ではないのであろう。
―双剣は独りでにぶるぶると振るえ、そして黒く光り輝くのみであった―
※※※
「オヤオヤ、お待ちしておりましたよ。
貴女はとても良いことをした。とても、とても、皆が幸せになる世界を作った。
私もとっても感動しておりますよ、ええ、ええ。
『偽りの正義』と『真実の悪』・・・
一見すると真逆の性質を込めているかのように思われる双剣ですが、実は裏を返せばほとんど変わりがありません。
正義を偽ると言うことはそれ即ち悪に繋がり、悪を信じると言うことはそれ即ち純粋悪であり・・・
要はこの世に善と確定できるものなど存在しないのです。
善か悪か、昔から人々はその二者択一に迫られ苦悩してきました。
それならいっそ、片方だけの世界を作れば良い。そうすれば悩むことはないと。
おかげで貴女は立派に堕天使へと昇華することができ、永劫の幸せを掴み取ることができました。葛藤し悩み苦しむ以前の貴女ではこの幸せを掴みとることなどできなかったでしょう。
ああ、代金はいりませんよ。国が一つ堕ちたのですから、それだけで私は十分満足な報酬です、ええ・・・
その剣も貴女に差し上げます。というより、剣が貴女の側を離れたがらないでしょう。
・・・では私はそろそろ去るとしましょうか。私のような根暗な者は魔物達が笑顔で暮らせるこの国には似合いませんので。
ではまたいずれどこかで会いましょう。そのときはもっと今以上に立派に淫らな国になってることを願っております」
17/02/26 13:46更新 / ゆず胡椒
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